いりませんよ、そんなの 


自分の仕事が一段落した男性は談話室代わりとなっている食堂で、シャチやペンギンと雑談を交わしていた。そこに、普段は部屋に籠りきりで、滅多に部屋から出ることがない船長であるトラファルガー・ローが食堂に入ってきた。真っ直ぐこちらに向かってくるローに、恋人である男性は声を掛ける。
「どうしたの?」
「……やる。」
ん、とローは男性に向かって何かを差し出した。

男性は目の前に差し出された脈打つ心臓と、それを差し出しているローを見つめる。どくどくと拍動しているそれは、ローの能力を使って取り出されたものだと思うが、いかんせん見慣れない生の臓器に、喉がひくりとなる。その心臓の持ち主が誰なのか聞きたいが、十中八九、目の前にいるローのだと考えられる。それ程に、ローは男性に対して愛情表現が激しいのだ。
「っ、ち、ちなみに聞いてみるけど、これ誰の?そもそも本物?」
「おれのだ。男性に持っていて貰いてぇんだ。フフ……勿論本物だ。好きに扱ってくれて構わねぇ。握りつぶされている死んでも男性にされるなら本望だ。」
やはり。冷や汗を流しながら聞いてみるも、帰ってきたのは想像通りの答えで、しかし、恍惚とした表情で言われるとは思っていなかったので、思わず後退りをしそうになる。この遣り取りが、ポーラータングの食堂でされているのだから周りにいる人たちもたまったものじゃないだろう。現に、先程まで騒がしいほど賑やかだった食堂は静まり返っているし、仲間の視線は、ローの心臓と男性に注がれている。ここで自分が下手なことを言えば八つ当たりを受けるのは彼らだ。ローの後ろで、男性と同じように冷や汗をかいているシャチとペンギンは、受け取れ!と口パクしているし、ジェスチャーも激しい。
正直、受け取ったところでどうすればいいのだ。そもそも恋人に心臓を渡すってなに?俺そんな趣味ないし。ヤンデレ?ヤンデレなの?そうだとしてもれべが高すぎるけどね!
一向に手を差し出す気配のない男性に、ローの顔が悲しげに歪んでいく。思考を巡らせていた男性がそれに気付き、慌てて声をかける。
「ろ、ローの心臓なんて要らないよ!」
「っ、」
ますます歪んだローの顔と、青褪める周囲にあわてて訂正する。
「ち、ちがっ、心臓なんかくれなくても、ローは俺のでしょ?俺はローのだし。もし、心臓を預かって傷つけてローが苦しむことになったら俺が辛いし、みんなも心配するよ。ましてや死んじゃうなんて事があったら、俺は悔いても悔い切れないし、すごく悲しい。それに隣にいるなら、俺は心臓より、ロー本人の方が嬉しいかな?」
そう伝えれば、ローの顔はリンゴみたいに赤く染まる。おいでと腕を広げれば、そろそろと腕の中に収まりにくる。手に持ったままの心臓を潰さないように優しく力を込めれば、ローは肩に頭を擦り寄せてくる。静かに息をつき、周囲を見渡せば、良くやったとでも言いたげにみんな頷き、親指を立ててくる。それに頷きを返して、ローに声をかける。
「ねぇ、ロー。まだ俺に心臓を預けたい?」
「……いや、いい。おれも男性の隣にずっと居てぇ。」
「そっか、じゃあ部屋に戻って心臓を元に戻そう。……あと、俺の気持ちが信じられないなら身体に直接教えてあげる。」
後半をローの耳元で囁くと、ローの顔は再び真っ赤になる。コクリと頷くだけしか出来ないローの腰に手を添えて、二人はローの部屋へと戻って行った。




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