翌日、日本史の授業が終わった後、私は土屋先生に手伝いを頼まれた。

珍しいことだ。
普段であれば学級委員が指名されるのに、この日は何故か私だった。

うへえ、と思いつつ昼休み、指定された資料室へと向かう。

「お待たせしました〜」
「遅い」

扉を開けた先にいた土屋先生は、足を組んで椅子に座り、眉間にシワを寄せて煙草を吸っていた。

見るからに不機嫌そうだ。

「えぇー、でも、ちゃんと来たじゃないですか」

煙ったい臭いが室内に充満してる。
空気の流れを循環させるため、私は窓を開けた。

「俺が遅いっつったら、遅ぇんだよ。馬鹿」
「いやいや、というか、校内は喫煙所以外は禁煙ですよー。煙草中毒土屋先生」
「フン。バレなきゃいいんだよ、こういうのはな」

あらら、出たよ暴君め。

ふぅーっと紫煙を燻らす土屋先生は流石の色香だけど、中身は完全なる独裁者だ。
うーん、土屋先生を慕う女の子たちはこんなののどこがいいんだろ。
確かにイケメンだとは思うけど。

「それで、土屋先生。私は何を手伝えばいいんですか?」

乱雑に物が置かれた室内を見渡し、まさかこれらを片付けろだなんて無理難題を言い渡されるのでは……と戦慄した私に、土屋先生はあっけらかんと言い放つ。

「は?んなのねぇよ。てめぇを呼び出したのは、ただのストレス発散だ」
「はぃぃぃい?」

何ですか、それ!
この超多忙な私を呼びつけておいて、ただのストレス発散だと?
ものすごくムカッときたので、踵を返した。

「帰る。それじゃあ失礼します」
「いや待て、お前に聞きたいことがあんだよ。ほら、エサやるから」
「私はペットじゃな―――、!?」

土屋先生が差し出してきた物体に、私は反論を忘れて釘付けになる。

こ、これは……!
最高三時間待ちとまで言われる、今巷で噂のチーズケーキ……!

やばい、ヨダレが出てきた。

「じゅるっ。いただきます」

大人しく手を合わせた私を土屋先生がチョロイと鼻で笑ってたけど、このチーズケーキに免じて許してあげよう。
うん、今はこれを食すことが最優先だ。


「で。お前、山崎と仲良いのか」

見事に1ホールを平らげた私に、土屋先生がよく分からないことを尋ねてきた。

「そんなこと聞いてどうするんですか?」
「興味本意だっての。あの山崎が珍しく女子生徒を引き連れてると思ったら、まさかのてめぇときた。あいつに雌ゴリラを連れて歩く趣味はねぇはずなんだが……」
「雌ゴリラぁ!?誰がですか!この超可憐な乙女を前にして、よくそんな暴言吐けますね!だからその歳にして彼女がいないんですよ!」
「彼女がいねぇんじゃなくて、作らねぇんだよ。どアホ」
「ムキー!アホって言った方がアホなんですー!」
「大体、ケーキを1ホール平らげるような底なしの胃袋持ったやつのどこが可憐な乙女なんだよ。鏡見ろ」
「キィィーーー!!」

ムカムカきてるよ今!
ものすごい暴言にガラスの心が砕けそうだよ!

私は興奮状態の自分を落ち着かせるために、深呼吸をした。
落ち着け私。
これじゃあ本来の私である大和撫子からどんどんかけ離れていってしまう。

ふー。
というか、土屋先生も初めの頃より遠慮が無くなってきたな。
これが土屋先生の性格なんだろうけど、始まりが始まりだけに納得できない。

だって、私は土屋先生の弱みを握ってるのだ。
半年前に。

それから、半ば脅すようにして土屋先生と交流してきたのに――今や土屋先生の方がヒエラルキーが上ってどういうこと?
私、脅してる側なんですけど?

「なぁ玄野。お前、寄せ集めの人選で新しく部活を作ったらしいじゃねぇか」
「やだ、情報早いですね土屋先生。私のストーカーですか?」
「黙れ減らず口。問題児のてめぇが校内で何かする度に職員室の掲示板に張り出されんだよ」
「いやん。私ってば人気者」
「ポジティブ通り越してきめぇよ、お前」

……それはなかなか酷い言い草なのではないだろうか、土屋先生や。

「それで、お前。部活の顧問に山崎を推しただろ」
「ええ、まあ」
「何であいつなんだ?」
「そりゃあ……」

頼みやすかった、というのもある。
でも一番の理由は山崎が良かったからだ。

いつまで続くか分からない補習が終わってからも、放課後に会えるように。

「……」

それを土屋先生に話すか否か、私は少し迷った。

素直に答弁して果たして邪推されない可能性が一体どれだけのものか……。

「山崎……先生とは仲が良いわけじゃないですよ。私が一方的に懐いてるんです」

オブラートに包みつつ、趣意は変えずに伝えると、土屋先生の眉間のシワがより一層深まった。

まるで、私が誤った回答をしてしまったように。

「……玄野、また明日も同じ時間にここに来いよ」
「えっ。嫌ですよ、何でまた」
「明日は違う菓子を持ってきてやる」
「はい、喜んでっ!」

うん。
我ながら単純だと思った。

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