昼休みはいつも我が親友と時間を共にしていたので、土屋先生のもとに行こうとすると当然の如くどこに行くのかと尋ねられた。
正直に話せば、
「男はみんな狼ってね。あの人手ぇ早そうだし、気をつけて」
と忠告じみた言葉で見送られる。
流石は我が親友、真琴ちゃん……。
土屋先生を深くは知らないだろうに、その言葉は見事なまでに当たってる。
土屋先生は、確かに手が早い。
自分の教え子と、一線を越えてしまうほどに。
半年前、私は土屋先生の弱みを握った。
土屋先生の根城である資料室に入ってゆく怪しげな教師と女子生徒を見つけ、雰囲気から何事かを察し、それをネタに脅しをかけたのだ。
『このことをバラされたくなければ、私の暇つぶしの相手になってください☆』
と。
土屋先生は、否定も肯定もしなかった。
どうやら女子生徒とは一回きりの関係なようで、しかも他の生徒にも手を出した形跡もあり、余罪はまだまだありそうだ。
女の子たちが何人告白しようと歯牙にもかけなかった土屋先生。
難攻不落であるはずの彼にこんな側面があったなんて、皆が聞いたら発狂しそうだな。
ガキに興味はない。
でも、体ばかり成熟したあいつらが持て余していたものを俺は取り除いてやっただけだ、と後に土屋先生は語るのだけど、性犯罪ってこういう考えから生まれるのかなぁとしか思えなかった。
もちろん、それを口にして土屋先生にゲンコツを落とされたのは言うまでもない。
「ちーすっ、土屋先生。今日のお菓子はなぁに」
資料室の扉を開け、何とも軽々しい挨拶をした私を土屋先生は眉根を寄せて睨んでくる。
おー、こわい。
「お前よ、前々から思ってたが礼儀っつーものを知らねぇのか?」
「やだなあ。私、土屋先生にはきちんと敬語を使ってるつもりですけど」
「“には”?……そういえばてめぇ、山崎にタメ口だったな」
よっこらしょーとわざわざ土屋先生から離れた場所に腰を下ろしたのに、何故か土屋先生の方からにじり寄ってくる。
え、何でそんなに不機嫌そうなの。
「土屋先生、何かと山崎……先生のことばっかですよね」
うん、どうしても山崎を呼び捨てで呼んでしまいそうになる。
「お前がそうさせてるんだろーが」
「え、私?なんで?」
「そのまな板に手ぇ当ててよぉく考えてみろ」
「失礼な」
まな板って何だ、まな板って。
まだ発育途中なだけなんだからね。
大人になったら、ボンキュッボンの素敵ボディになってるはずなんだからね!
「なるわけねぇだろ貧乳」
思っていたことが口からだだ漏れしていたようで、土屋先生には一刀両断される。
悲しきかな。
「あの、土屋先生。それよりお菓子まだですか」
お腹が空腹を訴えてきたので、私はさっさと本題を切り出した。
「食い意地張ってんなぁ、相変わらず」
「糖分は女子力の証なんです」
「意味分かんねぇよ。つーか、話の論点すり替えるな」
「すり替えてませんけど」
「お前らお得意の技だよな、それ。お前も、山崎も」
「……」
今日の土屋先生はどこかおかしい。
何かと山崎山崎って……何なの。
自分の後輩をとられたとでも思ってんのかこのヤロー。
山崎は、土屋先生だけのものじゃないんだからねっ。
「昨日、同じように山崎に尋ねてみたが、どいつもこいつもはぐらしやがってな。話がちっとも進まねぇ」
「土屋先生が短気なんですよ」
「確かに、山崎のやつは気が長ぇからな。お前はああいう男が良いのか」
「……えーっと」
あれ。
何の話してるんだっけ。
「山崎は俺から見てもパッとしねぇ男だが、意外にも女からの人気は高いらしいな。てめぇもその口か?」
「……」
「無言は肯定と取るぞ」
いつの間にか、土屋先生が私の胸倉を掴んでいた。
鼻と鼻とが触れ合ってしまいそうなほどに距離を詰められ、私の口からは苦笑いしかこぼれない。
どういう状況よ、これ。
「あの、土屋先生」
「何だ」
「ちょ〜っと距離が近いのでは」
「気にすんな」
下手すりゃセクハラですよ、とまでは言えなかった。
この人は平気で生徒に手を出す倫理観の欠片もない人だ。
そんな言葉はきっと通じない。
「玄野。俺がてめぇを抱いてやると言ったら?」
窓の外では太陽の光が陰りを見せた。
染み付いた煙草の匂いが、私の鼻腔をくすぐる。
「うわー、この学校きってのモテ王にそんなこと言ってもらえるなんて、私って幸せ者だなぁー……って、何の冗談ですか」
「てめぇの不細工な面も、貧相な胸も、全部まとめて愛でてやるって言ってんだよ」
「あれ。幻聴が聞こえる気がする」
頬から後頭部にかけて包み込むように手のひらを添える土屋先生を前に、私は必死に現実逃避を図る。
けど、土屋先生が唇に噛み付いてこようとした時点で、そんなものは無意味だと知った。
「ちょ、先生……っ」
「興味本位で俺と関わろうとしたこと、後悔させてやるよ」
「いや、え、え!?」
ままま待って待って待って!
ちょっと待って!!
背中に手が回り込んでるんですけど!
服の中に侵入してきて、直に触れられてるんですけど!
「ん、っ」
優しく、焦れったく、撫でられて。
甘い痺れが全身を駆け巡り、脳が考えることを放棄してしまいそう。
「土屋、せん、せ……!」
やばい。
この人、本当に手慣れてる。
「ハ。てめぇも、こうしてみるとそれなりじゃねぇか。……大人しく、俺に身を預けろ。な?」
「は、」
「俺のことは一臣でいい。瑞穂」
流石は百戦錬磨と言えばいいのか。
気づけば私のブラウスは前が肌蹴ていて、下着が露になっている。
「先生……」
「あん?」
「私、楽しいことは嫌いじゃないけど……でもさ」
首筋に顔を埋めていた土屋先生の頭を抱き締め、耳元にそっと囁く。
「お生憎だけど、先生とここでそういう関係になるほど、安い女じゃないんだよね。私って」
直後、煙草の匂いが離れた。
しょうがないとでも言いたげに土屋先生が肩を竦める。
「そりゃあ、残念だ」
「なら、いくら貢げば、てめぇは首を縦に振る?」
そんなの決まってる。
私はにっこり笑って答えた。
「毎日美味しいデザート用意してくれたら」