昼休みの話。




「うええええ。勉強本当に嫌い。なんでこの世にこんなものがあるのかマジで分かんない」

山崎との補習も本日で何度目になることか。

毎回のことながら、私は開始早々に音を上げた。

「ねぇ、山崎ぃ。ちょっと休憩、休憩しよっ。炭酸ジュースでシュワッとしたい。買ってきてー」
「却下」
「なんで!」
「始まって五分もしてない内に休憩なんて、馬鹿だろ。玄野」
「馬鹿じゃないやい」

あまりに酷い言い草にムスッと頬を膨らませると、「はい再開ー」とボールペンの先で頬をグリグリされる。
地味に痛い。

「というより、何度言ったら分かるんだ?俺のことは先生と呼ぶように」
「気が向いたらね!」
「……」

朗らかに言えば、無言で補習用のプリントを増やされた。

え、何これイジメ?

「ねえ、山崎。一つ疑問なんだけど」
「先生」
「……先生」
「なんだ?」
「どうして、先生の担当じゃない教科までセットでやんなきゃいけないの?」

積み重ねられた未着手のプリントをペラペラと捲りながら、嫌がらせにしか思えないことを尋ねてみる。

だって、山崎の担当は現社じゃないか。
なのに数学や化学……げ、歴史まである。
そんなに私のことが嫌いか、コノヤロー。

「あんたんとこの担任に頼まれてな。自分が玄野と補習を開こうとすると絶対に応じてくれない、山崎先生の言うことなら自分よりは聞くだろうから、と」
「加センそんなこと言ってたの」
「あんたのせいで、益々頭皮に磨きがかかってきてるぞ」
「……ありゃ」

私は脳裏に担任である加藤先生の姿を思い浮かべた。

もうすぐすべての毛根が死滅してしまいそうな頭に、幸の薄そうな顔。
加藤先生の数少ない髪の毛に衰退を促しているのが自分なら、かなり申し訳なく感じてしまう。

「加藤先生も苦労が絶えないだろうな、こんな生徒を受け持っているんじゃ」
「嫉妬?山崎、嫉妬?私の担任になれなかったからって、嫉妬してるんでしょ。ヤダー」
「……ハァ。あんたのその、どこまでも自分に都合の良いように解釈できる才能だけは、本気ですごいと思うよ」
「えへっ。お褒めに預かり光栄です」
「褒めてない」

何とも冷たい目で私を見ていた山崎は、不意に席を立ち上がり、教室の扉へと向かった。

どこに行くんだろう。

「山崎?」

私はその背中に問いかける。

「……飲み物、いるんだろ?」
「えっ。いいの!?」
「この調子じゃあ、いつまで経っても勉強が手につかないだろうからな。今回だけ」
「やった!山崎、大好きっ」
「まったく現金なやつ」

嬉しくって背中に抱きついた私を引き剥がし、山崎は「行くか」と言った。
上機嫌で私も頷いた。


――山崎と補習を共にして、分かったこと。

彼は非常にさっぱりしていてダメなものはダメと区別が明確だけど、こと私に関しては飴と鞭の使い分けが抜きん出ている。
扱いが上手いというか、なんというか。

素っ気ないだけではなく、なんやかんや時々こうして私を甘やかしてくれるから、ずるいなぁと思う。

「罪な男だよね」
「……あんたは本当、脈絡もなく意味の分からないことを呟くな」

もはや面倒に思ったのか、腕にまとわりつく私を振り払わずに山崎は自動販売機にお金を投入した。

あ、サイダー買ってくれるの?
やったね、私、これ大好きなんだよね。

「俺が奢ること前提だよな」
「へへ。あざーす!」
「まぁ、いいけど」

山崎が差し出してくれた缶が私の頬に触れる。
冷たくて、気持ちがいい。

山崎は何を買うのかな?と気になって尋ねようとした時だった。

「土屋先生ってば、イチゴ牛乳好きなの?いがーい!可愛いっ!」

やけにキャピキャピした女子生徒の声が聞こえ、何事かとそちらを振り向くと、類を見ない美丈夫が私たちと同じように自動販売機の前に立っていた。

あ。
土屋先生じゃん。
相変わらずイケメンだな、あの人。

しかも、周りに数人の女子生徒を引き連れてる。

「ありゃりゃ。山崎、数で負けてるよ」
「……何の」
「ハーレム」
「………そうかもな。こっちには、女子生徒が一人もいないしな」
「えっ。ちょ、ヒドイ」

でも大丈夫、私がいるから百人力だね!と言おうとしたところで、山崎のこのセリフ。
泣きたくなった。

「山崎、土屋先生に挨拶しなくていいの?」
「嫌だよ。声を掛けると、必ず用事を言い渡されるからな」
「あー。そういえば、土屋先生って山崎の大学時代の先輩なんだっけ」
「何で知ってるんだ、あんた。俺、そんなことまで言ったか?」
「風の噂」

ドヤ顔で言い切ると何故か胡散臭い目で見られたけど、土屋先生に見つかるのが余程嫌だったのか、山崎は自分の飲み物を買ってさっさと去ろうとする。
私もその後を追うんだけど……。

あのね、山崎。

「土屋先生がめっちゃこっち見てるよ」
「気のせいだ」
「じぃーって効果音がつきそうなほど見てるよ」
「気のせいだ」

容姿端麗な他にリーダーシップもあるため同性からの憧れも多いというのに、土屋先生をここまで避けたがるなんて山崎くらいのものじゃないだろうか。

「罪な男だねぇ」

何気なく呟いたら、山崎に頭をはたかれた。

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