04
しかも今度はクラスメイトの桜木千紘だ。
突然私の名前を呼んだ彼に友人たちは怪訝な表情をするけど、桜木の「日直」の一言であぁと納得する。
「ゆーり、そう言えば日直じゃん、今日。桜木くんとだったもんね」
「早く行ってあげなよ」
眠りたいのに、なかなかそうはさせてくれない友人たち。
真美ちゃんの手によって、私は桜木の前に引っ張りだされた。
「ついて来い」
桜木は私を視界に入れるなり眉を顰めて、神経質そうな表情で命令する。
果たしてその指示に従う必要はあるのかと反骨精神が生まれるも、日直ならば仕方がない。
大人しく、桜木の後を追った。
「……ここならいいか」
桜木が程なくして足を止めたのは、人気のない中庭だった。
こんなところに何の用だろうかと疑問に思うけど、桜木は理由なくむやみやたらに行動したりするタイプの人間ではないので、何か意味があるのだろうと勝手に推察する。
実は桜木は菜嶋に負けないほど、容姿が整っていたりする。
しかし如何せん高圧的な物言いや神経質な態度が相俟って、女の子たちからは嫌煙されていた。
中にはそれでもいいから付き合いたいという物好きな人間もいたが、桜木の絶対零度の眼差しに対峙し、皆早々に諦める。
桜木はどうやら、根っからの女嫌いらしい。
彼の牙城を崩すのは難しいと、諦めた女の子たちは口々に言っていたとか。
綺麗な顔してるのに、女嫌いなんてもったいないなぁ。
でもそしたら、私なんかと長くいる方が苦痛だろうなと思い、私は一つの提案をすることにした。
「ねえ、桜木。日直の仕事、午前の分は私がやっておくから、桜木は午後の分を……」
「蝶谷。俺はそんな話をするためにお前を呼び出したんじゃない」
え。
でも日直についてって桜木が言ってたよね?
顔を合わせないために役割分担を提案しようとした私の言葉を、桜木は見事に一刀両断した。
「俺は、あんな噂、信じてないからな」
そして語り始めた内容は、私には理解の及ばないもので。
……あんな噂?
噂って、なんのことだろう。
聞き返したいのは山々だけど、桜木に肩を掴まれ、真剣な目で見つめられて一瞬だけたじろいでしまった。
その隙に、桜木が畳み掛ける。
「蝶谷は少し抜けていて、昔からあっちの花、こっちの花とフラフラしていたが、その花に長く居座ることはなかっただろ?」
「ちょっと待って、桜木。何の話?」
花ってなに?
「本当に危なかっしいやつで、だからこそ俺も目が離せなかったが……」
「えっと。意味が分からないんだけど、その話、長くなる?」
「ん?何だ、蝶谷。……いや悠里。眠たくなってきたのか?」
何でわざわざ名前を言い直したの。
眠たいのはまあ事実だけど、それよりも口数の少ないはずの桜木がこうも多弁に話していることの方が気になって、それどころじゃない。
「ちょうどあの日向にベンチがある。あそこで休もう。来い」
桜木がベンチに座り、未だ状況を把握しきれてない私だけど、とりあえずその隣にお邪魔することにした。
しかし。
「横になればいい。俺の膝に頭を置いて――いつも、そうしてるだろう?」
ん?
何か、聞き逃してはいけない言葉を聞いた気がするんだけど、気のせいだろうか。
「桜木?」
「春眠暁を覚えずとも言う。春はどこにいても眠気が絶えない季節だからな。元から寝たがりな悠里にとっては、睡魔との戦いが辛いだろう」
「……」
いや、まあ、そうなんですけどね。
桜木がどうしてそんなことを言い出すのか、やっぱり理解できない。
「おいで」
でも……春の温かな陽射しの下、誰にも邪魔されない寝床を提供してくれる彼に、私は素直に甘えることにした。
だって、眠たいんだもん。
心ゆくまで寝て、疲れをとって、癒やされたい。
なーんにも考えなくていいなら、最高じゃないか。
「おやすみなさい」
結局、私がどんな形で眠りに就いたのかは分からないけど、私はしばらく目を覚ますことはなかった。