09



「んー!」

離してと叫びたいのに、口元をがっちりと押さえられ、声が出ない。

いつからいたの?この人……!
まるで気配がなかった。

力の限り抵抗してみるけど、腕の主はまったく動じない。

仕方がない。
こうなったら……

私はローファーのかかと部分で、男のすねを全身全霊の力を込めて蹴った。

「い゙っ!?」

向こうずねはどんなに筋肉質な人であろうと、鍛えられない箇所なのだ。
あの仁王立ちの弁慶でさえ太刀打ちできない人間の急所。

相手が怯んだ隙に、ダッシュで逃げる。

「ちょ、ちょい待ちぃや!あんた、俺を傷物にしてトンズラする気かいな」

しかし、スターティングをきったところで、逃がすまいと男が私の腕を掴んできた。
しつこい!

おまけに変な方言を使って……ん?
方言?
ていうか、関西弁?

「あ、あれ?アキ?うわ、奇遇ー……」
「奇遇やないわ、アホ!どアホ!何で躊躇なくウィークポイント狙ってくるん!?女だと思って油断してたのもあるけど、それにしても一撃が正確すぎやろ!」
「いやー、はは。お兄ちゃん直伝の、痴漢撃退法です」
「俺は痴漢かコラ!!」

ああ、うん。
アキだ。
どこからどう見ても、先日知り合ったばかりの刈り上げ男子だ。

それにしても紛らわしい。
人の口を塞いで雁字搦めにして、不審者と間違われても文句が言えないことをしたのはアキの方じゃないか。

タイミングがタイミングなだけに、私は悪くない、と言いたい。

「まったく、危ないなあ……」
「……空音、あんたには大丈夫の言葉すらないんか」
「ごめんね?」

手を合わせて、一応謝っておく。
本当は、人をびっくりさせた罰として、アキに謝ってもらいたいくらいだけど。

それにしても。

「どうしてここにいるの?学校は?」

アキの姿をもう一度だけ確認してみる。

サイズの大きな黒いTシャツに、同じく黒のジャケット、レザーパンツ。
頭の先から爪の先まで、見事に真っ黒だ。
そういえば、初めて会ったときも同じような格好をしていたけど……って、そうじゃなくて。

重要なのは、アキが制服を着ていないことだ。
おまけに今の時間はまだ授業中のはず。
アキは、仮病でも使って学校をサボっているのだろうか。

もしくは、私が勝手に見積もっていただけで、アキは高校生じゃないとか?

「って。違う、こんなことしてる場合じゃないんだ。宇崎……」

つい、アキの登場で意識が逸れてしまったけど、私がまず優先しなくてはいけないのは、宇崎のことだ。
思い出して、踵を返そうとする。

「だから、少し待ちぃって言うとるやろ」

パシッと、またしても掴まれる手首。

「なに?」
「不良に任せたらええねん、あーゆーことは。あんたが行ったってどないにもならんし、むしろ自分から怪我をしに行くようなもんやで」
「……じゃあ、どうしろって言うの」

よく分からないけど、アキは私より、今の状況を詳しく把握しているらしい。

「どうもしなくていいんや、あんたは」
「何それ」

納得できない、と反論しようとしたところ、アキがいきなり、私に着ていたジャケットを脱いで被せてきた。
頭から被せられ、視界が一瞬にして暗闇に覆われる。

びっくりした。
どういうつもり?アキ。

「ア……」

私が彼の名前を口にしようとした時。

「秋吉さん!」

その場に、第三者が現れた。



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