空音
20
アキ。
どうやら、苗字は教えてくれないらしい。
まぁいいか、と思い、こちらも名乗ろうとすれば。
「名前も知っとるわ。空音やろ?面倒やから呼び捨てにしたる。俺のこともアキでええ」
「……アキはさ、なんで私のこと知ってたの?」
「なんでやろな?」
さっきから。
質問を質問で返してくるばかりで、話がまったく進まないんだけど、アキ。
「たこ焼きは好き?」
「さぁなぁ〜」
「お好み焼きは?」
「秘密や」
「グリ……」
「関西弁使ってるからって、大阪出身やとは限らんからな!偏見やぞ、偏見!」
おお。
言い切る前にツッコんでくれるとは、なかなかやりおる。
じゃあ、どこ出身?と聞けば、教えへんわボケと返ってくる。
とりあえず、生まれが大阪でないことは把握できた。
「謎の多い男ってそそるやろ?」
「え。いや、別に」
むしろ、私の中で、アキへの不信感が募るばかりだ。
「即答やな……いや、それより、なぁ空音。今の学校での状況、なんとかしたいと思わへんか?」
ニヤニヤと。
何が楽しいのか、いやらしい笑みを浮かべるアキ。
「なんとかって……」
「怒篭魂に敵扱いされて、直接手は下されてないものの、全校生徒から目の敵にされてるんやろ?これからもっと凄惨な目に遭うことになるかもしれへん。けど俺なら、そこからあんたを救ってやることもできる言うてんねん」
救う?
それは、嫌がらせをなくしてくれるということだろうか。
一体、どうやって……?
「アキ、何者なの?あなた」
私のことを知っていたり、凪平高校の情勢についてやたらと詳しかったり。
……只者じゃない気がする。
証拠にアキは、親しみやすい口調と態度とは裏腹に、どこか異彩を放っていて、近寄り難いと言えばそうだ。
気がついたら、その独特の雰囲気に呑まれてしまいそうで。
「そんなの、ただの通りすがりに決まってるやん」
「……」
少し、怖い。
「はは。今更警戒することないやろ?仲良うしよーや、空音」
アキは気さくに手を差し伸べてくるけど、到底その手を掴む気にはならなくて。
私たちの間に沈黙が流れる。
「……」
「……」
十秒にも、二十秒にも感じられた静寂。
「……性悪説を推奨したのは、アキだよね」
先に口を開いたのは私だ。
笑顔を崩さないまま、「せやな」と頷くアキ。
「俺が信用できへんの?」
「うん。だって、すっごく胡散臭いんだもん」
「……あんたのその、歯に衣着せぬ言い方、好きやで」
嬉しくないよ。
だってアキは本当に胡散臭い。
美原先輩や、来栖嬢よりずっと。
何を考えているのか分からないからこそ、私はその手を取ることができなかった。
「さっき、助けに入ってくれたことは感謝してる。アキのおかげで、騙されなかったわけだし。でも、それとこれとは別」
「なんや。フラれてもーた」
「……」
「暇つぶしくらいにはなりそうやと思ってたんやけどなぁ」
―――つまらへん。
そう呟いたのは、確かにアキで。
私は暇つぶしの道具じゃないぞ、とジト目で彼を見遣る。
「ま、健闘を祈るわ。空音」
この地域ではカリスマ的存在の怒篭魂に嫌われてる私を、嘘か本当か助けてくれると言ったアキ。
普通の人だったら、冗談でも近づこうとしないのに。
彼は、何者なんだろう……。
チェシャ猫みたいな彼は、チェシャ猫のように雑踏に紛れて消えた。
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