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「ウザッ」

移動教室の際、廊下ですれ違った見知らぬ生徒から吐かれた暴言の数。
……今で五回目。

どれもこれも女の子によるもので、私はまたか、とため息をつきたくなった。

ウザいと思うのなら、構うことなく放っておいてくれたらいいのに……。

名前も知らない他人からの敵意って、結構怖かったりする。
怒篭魂に敵認定される前から悪口はよく叩かれていたけど、それはどれもクラスメイトたちによるもので、みんな顔も名前も知ってる子たちだった。

けど今は。
クラスも、学年も違う生徒たちさえ容赦のない敵意を向けてくる。

現実って、残虐の限りを尽くしたホラーサスペンス映画より、よっぽどか恐ろしい。

「あ、ごぉっめ〜ん」
「え?……わっ!」

ぼんやりとしていた私は、前から歩いてきた派手な髪色をした女の子に気づかず、肩をぶつけてしまった。

……いや、わざと?

だって、その女子生徒は笑っていた。
嘲笑ともとれる、嫌な笑み。

「か弱いフリはやめてよぉ。私の方が痛かったんだからね。てゆーか、もっと廊下の隅歩いてくんない?すっげー邪魔!」
「あーっと……ごめんなさい」
「本当にさぁ、空気読めっつーの」

空気……。
それって、どうやったら読めるようになるのだろう。

「何をしているんだ、貴様ら」

この際、目の前の彼女に伝授してもらおうかと悩んでいると、後ろから声が聞こえた。

それまで騒がしかった廊下が静まり返る。

「あ……」

後ろを振り向くと、そこにいたのは怒篭魂の幹部であるメガネくん。
名前が分からないから、メガネくんと呼ばせてもらう。

それから、隣にはチャラ男の姿もあった。

「あ、梓くん!祥吾くんも……!」

女子生徒は目を輝かせて二人を見るけど、私はといえば反対に顔から血の気が失せてゆく。

こんなところで怒篭魂の幹部と会ってしまうなんて……。
運が悪いというか、巡り合わせが悪いというか。

敵と言われたくらいだから、恐ろしい報復が待ってるのは間違いない。
どうなる、私。

「僕は何をしているかと聞いているんだ。手間取らせるな」

一方で、吹き荒れる豪雪。
メガネくんは氷点下の眼差しと物言いを私たちに向けてきた。

……勘違いじゃなければ、ほとんど私に、だ。

「もしかして、何かされたの?大丈夫ぅ?」

相変わらず遊び人を連想させるような出で立ちのチャラ男は、面白がるように女子生徒に尋ねた。

でも、目が笑ってない。
来栖嬢に向けていた表情とは、似ても似つかない。

たぶんこの人は、そういう人間なのだろう。

「そ、そうなんです!この女がいきなり私に肩をぶつけてきて……怖かったんですぅぅ!」
「えぇ〜、それは酷いね!可哀想に」
「は、はい……!」

なんて茶番。
女子生徒は私を悪者にして被害者を演じているけど、チャラ男はチャラ男でその状況を理解してか、女子生徒の求める“役”になりきっている。

利用しているようで、利用されている。
端から見ていると、とてもつまらない寸劇だ。

「絢華だけでは飽き足らず、他の生徒にまで手を出すのか。もはや人間のクズだな」
「……」
「怒篭魂から忠告をくれてやろうか。本当は腸煮えくり返る思いだが、総長の温情だ。三日以内に荷物をまとめ、この学校から出て行け。さもなくば、貴様の身の安全は保証しかねる――とな」

憎悪のこもった鋭い目つき。

本当はきっと、私なんて八つ裂きにしてしまいたいくらいなのだろう。
でも“怒篭魂”が許さない。
一般生徒に手を出すのは、ルール違反だから。

憎くて、憎くて、それでも手出しできない歯がゆさがこもった、そんな瞳。

「……忠告、痛み入ります」

私はお辞儀をして踵を返した。
お礼を言った瞬間に、メガネくんが苦虫を噛み潰したような表情をしたけれど、よくよく考えてみれば忠告に感謝するのは火に油を注ぐも同然の行為だったかもしれない。

馬鹿だなぁ、私。
せっかく怒篭魂が三日という猶予をくれたのに、相手の神経を逆なでてどうする。

「待ってよ!」

曲がり角を曲がって、階段を下っていると。

誰かに腕を掴まれ、引き留められた。

「えっと……」
「きみ、空音ちゃんって言うんだって〜?あ、名前で呼んで良かった?」
「構いませんけど……」

チャラ男だった。
昨日とは違い、にこやかな笑みを浮かべて私に話しかけてくる。

「そう警戒しないでよぉ」

……何を企んでいるのだろうか。

「ね、俺さぁ。真実が知りたいの。昨日、きみは私はやってないって言ってたじゃん?俺も本当は、きみがそんなことをするはずないって思ってるんだよね〜」
「え?」
「俺、空音ちゃんの味方だよ?だから、良かったら俺に相談してくれないかなぁ。あ、ここだと何だし、どこか人気のないトコ行く?」
「……」

どうしてだろう。
私の味方だと言ってくれて嬉しいはずなのに、喜びの気持ちがまったくと言っていいほど湧いてこない。

私はそっと、彼の手をどかす。

「ありがとうございます……。でも、もうチャイム鳴りそうなんで……」

チャラ男が驚いた表情をするが、それも一瞬のことで、「そっかぁ」とあっさり退いた。

「無理に引き留めてごめんね〜。じゃあさ、これ。俺のケー番。いつでも連絡してよ」
「……どうも」

無理やり携帯番号の書かれたメモ用紙を握らされてしまったので、突っ返すわけにもいかず、お礼を言ってチャラ男の背中を見送った。

携帯の番号を教えてもらってもなぁ……。
私、携帯持ってないし。

どうしよう?





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