◇真城透紀




翌朝。
靴箱に手紙は入っておらず、私はそのことにホッと胸を撫で下ろした。

「いつまでそこで突っ立ってんだよお前」
「うわっ!」

が、安心しきっていたところに背後から声を掛けられ、心臓が口から飛び出そうになる。
びっくりしたなぁ、もう。

「真城くんや〜ん。脅かさんといて、いつの間にいたん?」

ちなみに郁ちゃんは委員会か何かで私よりも二十分ほど早く家を出て行った。
私が心配だとかで昨夜は眠る直前まで私も一緒に連れてくと言って聞かなかったのだけど、私は朝早く起きるのだけは嫌だったので断固拒否。
渋々郁ちゃんは諦めた。
今日は私にとって記念すべき初☆一人で登校dayなのだ。

「……今日はあいつがいないんだな」

辺りを見回しながら真城くんが呟く。

「あいつ?」
「お前の幼馴染み」
「ああ、郁ちゃんね。別に四六時中一緒にいるわけやないよ?」
「嘘つけ。付き合ってんのか」

ドキッとした。
やっぱり郁ちゃんと私、そう勘違いされても不思議じゃないよね。

「ちゃうちゃう、単なる親戚の幼馴染み。変に邪推しんといて」
「別にそのまま付き合っちまえばいいんじゃねぇの。お前ら結構お似合いだぜ」
「あー、郁ちゃんはそういう対象じゃないねん。向こうも同じやと思うし」
「ふぅん?」

果たして私の心からの訂正が届いたのかは不明だが、まあいい。
これ幸いに彼のことを尋ねてみよう。
そういえば私、真城くんのことあまり知らないんだよなあ。
以前までは話したことすらなかったし。

「真城くんは?好きな子おるん?」
「なんでお前に話さなきゃいけねぇんだよ」
「ええやん、私と真城くんの仲やろ?」
「……そうだな。ただのクラスメイトの仲だな」
「つれないこと言わんといてよ〜」

ツンデレのツンだな。
大丈夫、分かってる。
デレがくるまで辛抱強く待ってあげようじゃないか。
ほらほらぁ、と真城くんの腕を人差し指の先でこねくり回すと。

「お前って……、ハァ」

何故だか真城くんにがっかりされた。
訳が分からない。
デレはいずこへ?
そうこうしている内に真城くんはスタスタと歩いていってしまった。


三限目。
心なしかクラスの女の子たちが浮き足立っていたので何かあるのかと不思議に思っていれば、とある人物が教室へやって来た。
うわ、納得やわ。
クラスにやって来たのは夏目先輩だった。
一つ上の王子様フェイスで有名な先輩。
どこの国とまでは分からないが西洋の血が混じった色素の薄い髪と瞳、背も高く全体的に線が細い。
モデル顔負けのスタイルの良さだ。
流石に白馬に乗って登場したりはしなかったけどね〜。
女の子たちが浮かれる気持ちも多少は分かる。

「すみません、教室を間違えてしまい遅れました。改めまして、皆さんこんにちは。三年の夏目雅也です」

にこやかな笑みはとても好印象。
いつも担任相手には何やってんだよと異口同音に非難するクラスメイトたちも、教室を間違えたのが夏目先輩なら何も言わない。
すごいな。
顔が良いからなのか人格者だからなのか。
多分両方なんだろうなぁ。

「今日は一ヶ月半後に控える体育祭のおおまかな流れを説明しに来ました。校内行事は生徒たちの手で成功を、という昨年決まったスローガンのため先生たちの力は一切借りません。ですから貴重な皆さんの時間を割いてもらい、こうして実行委員会の一員である僕が従来の代役をさせてもらっています」

丁寧すぎる説明に、私は必死にあくびを噛み殺す。
いくら美青年の話といえど退屈なものは退屈だ。

「私たちのクラス、ラッキーだね。夏目先輩が当たるなんて」
「本当」

私の斜め前の席にいる女の子たちのひそひそ声が聞こえたのか、コホン、と夏目先輩が咳払いをした。
女の子たちは恥ずかしそうに俯く。
声に出して指摘しない辺り、事なかれ主義なのかなぁなどとどうでもいいことを考えてみる。

「では……」

気づけば夏目先輩の話は終わり、彼の姿は既に教室にはなかった。
タイムスリップかっての。
生身で経験できるとは思わなかった。

「真城〜。先輩、何言うてたんか分かる?」

郁ちゃんのおかげで女の友達ができづらい私は、おそらくクラスで一番話しているだろう真城のもとへ移動した。
真城は不良だけど意外と頼りになる。
頭も悪くはないし。
うん、ぶっちゃけ私よりテストの成績良かったよ。
世の中分かんないものだねー。

「テメ……、とうとう呼び捨てに」
「その方が呼びやすいんやもん。真城〜真城〜マシュマロ〜なんつって。名前もかわええなぁ」
「ぶっ殺すぞ!」
「いやぁ〜ん」

そういえば、教室で真城と話すのは初めてかもしれない。
クラスメイトたちの視線をビシバシ感じる。

「お前、さっきの授業上の空だったな。先輩に目ぇつけられたんじゃねえ?」
「えっ。そんな明らかやった?あくびは我慢してたのにな……」
「ザマァねぇ。一度しばかれてその性格矯正してもらえよ」
「んー、やっぱ王子でも鞭振るうんかな?」
「は?」

白馬を調教したりするのかなと想像してみるが、夏目先輩に鞭は似合わない。
むしろ真城の方が似合ってる。
いや、金属バット?
ああ金棒も意外に合うかも。

「意味分かんねぇ」
「……どっか行くん?」

真城が席を立ったので問い掛けてみると、ぶっきらぼうな答えを返してきた。

「いつもんとこ。ここ、空気わりぃし。どーせお前も昼は来るんだろ?」

つまりはサボリか。
うん、と肯定しそうになり、慌てて首を横に振る。
アカン。
そういや昨日、郁ちゃんと約束してもーた。

「今日は行かへん。寂しいと思うけど、また埋め合わせするから」
「ば……っ!誰も寂しかねえよ!」

必死に否定するところがこれまた可愛い。
そう言うと鬼の形相で怒られるだけなので、寸前で止めたけど。

「……ふん、また今度な」

口をへの字にして呟いた台詞。
蚊の鳴くような声が私の心をくすぐる。

「またなぁ〜」

そして。
昼放課に我がクラスにやって来た郁ちゃんは、かなりへそを曲げていた。
なんでや。


「郁ちゃ〜ん?ほら、郁ちゃんの好きな玉子焼きやで〜?今日は特別に私の分もプレゼントしたるで〜」

二人きりの中庭で、私は懸命に郁ちゃんのご機嫌取りに努めていた。
理由は分からないのだけど、郁ちゃんは私の教室に迎えに来た時から機嫌が悪かった。
クラスで何かあったのかと、現在聞き出している最中だ。

「玉子焼きはいらん。今日はつまみ食いしてきたからな」

……そういえば弁当を作っているのは郁ちゃんだった。
うん、完全に忘れてた。

「なあ、何でそんなにご機嫌ななめなん?」

好物のおかずで釣るのは止めだ。
郁ちゃん相手では効果が発揮されないことに気づいたから。

「何で、やって?由岐、身に覚えあるやろ?」
「え。私?」

なんかしたっけな……。
あ、もしかして朝一緒に行かなかったことを怒ってるとか?
理不尽だ。
私は低血圧なんだから、早起きは苦手なんだよ。
郁ちゃんも知ってるでしょ?

「そのことやない!俺が知らんと思ったら大間違いやで由岐!お前、クラスの男と付き合っとるそうやないか!」
「え?え、えぇ〜?」
「俺に隠れていつの間に淫乱な女になったんや!噂がこっちのクラスにまで伝わってきたで!白い名前の男とええ仲みたいやって!」
「白い名前の男?」

誰?
白って……ああ、ひょっとして真城のことかな。
漢字は違えどシロってつくし。
それにしても郁ちゃん、きみはなんて盛大な勘違いを。

「郁ちゃん〜、それ誤解」
「せや!俺は誤解を………ん?誤解?」
「私、真城とは付き合ってへんよ」
「でも噂が……」
「噂と本人、どっち信じるん」
「……」
「郁ちゃあん?」
「……由岐」

うるうるとした瞳がこちらに向く。
ごめんね。
でも私悪くないよ。
噂がひとり歩きしちゃってるんだよ。

「良かったぁ……」

勢い良く抱き着いてきた郁ちゃんの背中をよしよしと擦りつつ、その噂とやらを探ってみる。

「どんな噂やったん?」
「……由岐が、なんや有名な白い男と仲良う話してた、って」
「話してただけやん。どうしたらそれが付き合ってるなんてぶっ飛んだ発想に繋がるのか不思議やわー」

ついでに白い男じゃないよ。
真城だってば郁ちゃん。
名前、覚えてあげてね。

「その……真城?ってやつ、一匹狼の女嫌いで有名らしいし。普通、そんな男が唯一仲良くしてる女がいたら怪しく思うやん」
「真城は女嫌いな訳じゃないと思うねんけどな。皆が怖がって話し掛けんだけやし」
「話し掛けても足蹴にされた言う女の子がうちのクラスにおんねんで!それも数人!」
「え〜」

真城、悪いやつじゃないのにな。

「とにかく、由岐がその男と仲良いんは事実なんやろ?アカン。そんなの俺が許さへん」
「……郁ちゃんって私のお父さん?」
「幼馴染みや!」

背中に回ってきた腕が一層強く私を締め付ける。
痛い。
痛いよ郁ちゃん。

「そう、お前はかわええ幼馴染みなんや……」

それは自分に言い聞かせるためのものなのか、それとも。
私には判断できない。
しばらく私を抱き締めた後、郁ちゃんは真摯な瞳で言った。



「俺に隠し事はなしやで……由岐」

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