ゲームセンターという場所は、どちらかと言えば悪いイメージが強かった。テレビでしか知らない私にとっては、不良の青少年が遊んでいる所、そんな印象だったのだ。
だから隆太にデートに誘われても、ゲームセンターやカラオケなど、最近の子が足繁く通うような娯楽施設には行かなかった。
多分、隆太の方も私に気を遣っていたんだと思う。養親がお小遣いをくれないこともあって私はお金が掛かる所には行けなかったし、機械系にも疎かった。
デートらしいデートなんて、二ヶ月に一度あるかないかの頻度だ。

けど、ゲームセンターがこんなにも楽しい所であったなら、一回でもデートに訪れていれば良かった。養親に無理を言ってでもお小遣いを貰って、隆太のために遊びに行けば。
そしたら、今の隆太との関係も、少しだけ変わっていたのかもしれない。
勝負事に「タラレバ」はないと言うけれど、恋愛だって同じ。もしもの話が妄想でしかないのだから、私は今、こんなにも後悔している。

私の隣でゲームをやっている末次先輩が、隆太だったら……。
そんなことを考えて、すぐに頭を振った。
なんて失礼なことを考えるんだろう、私は。
末次先輩は気分転換のために私をゲームセンターにまで連れてきてくれたと言うのに、ここまで来ても隆太のことが頭から離れないなんて相当だ。脳がやられてるとしか思えない。

「やった!いちかちゃん、見た!?今のテクニック!」

ガタン、という音に、私はハッと我に返った。
末次先輩がUFOキャッチャーで商品をゲットしたらしい。ピコピコピコン、と機械のランプが点滅している。

どうしよう、見てなかった……。

「す、すごいですね」

慌てて言葉を取り繕った。
相手の気分を害さないために、もっとも無難な台詞を選んで。

「……。本当はあのでっかいぬいぐるみが欲しかったんだけどねー、なかなか上手くいかないよね」

先輩はそんな私を気にする風でもなく、受け取り口から戦利品を取り出した。
ピンク色のシルクハットに似た帽子だった。

あ、これ知ってる。
確か人気アニメのキャラクターが一昔前に被っていた帽子だ。
クラスメイトの女の子が、男の子たちとそうやって騒いでた覚えがある。

「それにしても、大きな帽子ですね……」
「ね。実用性はないけど、いちかちゃんにあげる」
「私にですか?」

いいんですか、と続けようとしたところ、先輩が乱暴に帽子を被せてきた。
頭に新たな質量が加算される。

「あの男のこと考えてた罰。今だけはさ、忘れちゃえ。学校のことも家のことも、ぜんぶ忘れて僕と楽しもーよ。ね?」

ピンク色の可愛らしい帽子は罰じゃないよなと思いつつ、先輩の気遣いが心に滲みた。

本当、先輩たちには敵わないなぁ。
どこまで私の心を見透かしているんだろう。

「マッキーが言ってたでしょ?僕、いちかちゃんのワガママならなんでも聞くって。あれ嘘じゃないからね。いちかちゃんは今、どうしたい?」

どうしたい、か。

………そうだ。
先輩の言う通り、今だけは忘れてしまおう。
先輩みたいな素敵な男の人と遊べるなんて、きっと私の人生最初で最後だもん。
滅多にない機会、思い切り楽しまなくてどうするの?

「………先輩、私、あれやってみたいです」

遠慮がちに、けれどはっきりした口調で答えた。
もっと先輩と遊びたい。
自然とそう思えたんだ。

「オッケー、僕のお姫様」
「それはやめてくださいっ」

先輩、言っててむず痒くならないのだろうか。


気づけば通りはすっかり暗くなっており、正午過ぎからよくもそんな時間までゲームセンターに入り浸っていれたものだと、自分でも驚いた。
そして正確な時刻を確認するために携帯の画面を見て、私はさらに驚くこととなる。

【着信 10件 メール 3件】

“いつものように”イタズラ着信やメールであれば、特にびっくりする必要はなかった。
しかし今回は違う。
履歴のほとんどが、隆太からだったのだ。

―――なんで?

真っ先に思い浮かんだ疑問符。
最近では隆太から連絡が来ることなんてまずなかったのに。

着信履歴を遡って、私はその答えを見つけた。

自宅から一件だけ、着信があった。

「あ……」

我が家には門限がある。それより遅くなる場合、連絡を入れなければならない。
現在の時刻は午後七時。
門限は、六時までだ。

「どうしよう……」

ひどく体裁を気にする養親たちのことだから、きっとカンカンに怒ってるに違いない。私はただの一度も自宅に連絡していないのだから。
それで養親は、唯一私と近しい間柄だった隆太に私の居場所を尋ねたのかもしれない。
隆太は元来、正義感の強い男の子だ。もしかしたら、私の身に何かあったのではと心配して電話をくれたのかも。

「どうしたのー、いちかちゃん……って、もうこんな時間!?やっばあ、ごめんね、色々連れ回しちゃって」
「あ、いえ……」
「親御さん心配してるでしょ?僕のせいだって説明しに行くよ」
「え、だ、大丈夫ですから!」

男の子といたなんて知られたら、何を言われるか分かったもんじゃない。
それに、先輩にそんな場面を見せたくないのだ。事情をありのまま話したとはいえ、実物を見られるのとではわけが違う。

「いーから行こ。ご両親に挨拶もしなくちゃねぇ〜、いちかちゃんの彼氏候補ですって」
「彼氏!?」

何言ってんですか!と心の中で叫んだ。
恋愛遍歴が平均以下の私にそういう冗談はやめてほしい。平均がどれくらいかも知らないけど、心臓に悪いのだ。

私の腕を掴んで、さっさと店を出る先輩。
どうしても送り届ける気でいるらしい。
断りきれず、とりあえず私は隆太に連絡を入れることにした。


プルル――

電話はすぐに繋がった。

「も、もしもし」

すぅっと息を吸って、声を絞り出す。

『いちか?』
「……うん」




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