末次先輩に連れてこられたのは駅前のゲームセンターだった。
ここが噂の、若者の巣窟……。私はゴクリと生唾を呑み込む。
遠巻きに何度か目にしたことはあるけど、店内に足を踏み入れるのは初めてだ。あちらこちらから大音量の音楽が聞こえ、がやがやと熱量が篭っている。
今はまだ授業時間だろうに、制服姿の男女もちほらといた。私たちと同じサボリかな。

「どー?何かやりたいのあるー?」
「え?」
「何かー、やりたいの!」
「ええっと……」

周囲が騒々しくて普通の話し声だと末次先輩が何を言っているのか分からない。
二度目でようやく聞き取れた私は、キョロキョロと辺りを見回した。
何かやりたいのと言われても、どれがどういったゲーム機なのか難解すぎる。

「先輩はいつも何をするんですか?」
「えー?いちかちゃん、なんて?」
「先輩がいつもやってるもので……」
「声ちっちゃいよ!聞こえなーい!」
「せ、先輩のオススメ教えてくださいっ!!」
「ぶはっ!」

お腹の底からこれでもかというくらいの大声を出せば、末次先輩は吹き出した。耐えきれないとでも言うように笑う。
し、失礼な。笑われることは何も言ってないはず。

「ごめんごめん、聞こえてた。ちょっとからかっただけなんだけど、いちかちゃん、意外と大きな声出せるんだねえ」
「………出せますよ」

心外だとムッとすれば、また笑い始める先輩。笑い上戸?きっとそうに違いない。

「僕のオススメねー。ん、じゃあ、あれやろ!」

先輩が指差したのはやけにリアルな銃器が置かれているゲーム機だった。
え、こんな難しそうなものを?
初心者の私には無理だと訴えるが、末次先輩は聞いてくれない。

「大丈夫大丈夫。遊び方教えるよー。まず、お金を投入口に、あ、ここね。ここに入れて……」

チャリーン、とコインの入った音がした。
私は慌てて振り返る。

「え!?お金いるんですか!?」
「ぶ、いちかちゃん、何言ってんの?ひょっとしてタダだと思ってた〜?ウケるんだけど!」
「あの、わ、わた、財布持ってなくて……」

ゲームセンターってお金いるんだ。じゃなくて、それは困る。
私は財布どころか鞄さえ教室に置いてきたままだ。所持品は携帯だけ。
当然私はお金を払えないので、遊べない。

「あ〜いいよ別に。僕が無理やり連れてきたんだし、今日は僕持ちで。それに財布、まだマッキーから返してもらってないでしょ?」
「で、でも……」
「悪いと思うんなら、代わりに僕を楽しませてよね!存分に」

そうこうしているうちに先輩がゲームの設定を進めてゆく。
銃器を構えて画面の敵に向かって引き金を引くだけだと言うけれど、それが意外に難しい。模造品だというのに、この銃もちょっと重たいし……。

「じゃ、はい。スタート!」

末次先輩がそう言うと、本当にゲームが始まってしまった。
ま、待って!
私の心の叫び声は届かず、画面が切り替わる。どこかの廃工場みたいだ。
辺り一面薄暗く、壊れた自動車や生い茂る草木が不気味な雰囲気を醸し出している。
怖い。

「ほら、敵の出現〜!いちかちゃん撃って!」
「うわ、うわ、うわあ!」

ゾンビィィィィ!!

敵ってゾンビなの!?怖い!顔も歩き方も怖い!バイオレンス!
一匹出現したと思えば、フェンスの影からまた一匹。車の後ろにも一匹いる。
全員がこちらを向いていて、今にも襲われそうだ。

「ひぃぃっ」
「いちかちゃん、撃つの!いちかちゃんが死んじゃうよ!」

そんなこと言われても!

「無理!無理です!怖いっ!」
「ちょっとぉ!目ぇ瞑っちゃダメでしょ〜!敵が迫ってきてるよ!」
「末次先輩、か、代わってくださぁい!」
「ええー。しょうがないなぁ」

渋りながらも頷いてくれたので場所を交代しようとすれば、何故だか末次先輩は私の後ろに回り、銃器を持つ私の手に自分の手を被せた。
ガッチリと固定され、身じろぎ一つできない。
こ、これ、ほぼ抱きしめられてる状態じゃ……。

「近くにいるやつらから殲滅してくよー」

耳元で先輩が喋るから、背筋がゾクッとしてしまう。
そうじゃなくて、交代!交代してほしいんです!

「せんぱ、」
「ほいほーい。まずは一匹」

私の指の上から引き金を引いて、先輩はさっそく敵を一匹片す。
間髪入れずに二匹目、三匹目と標準を定めてゆくので、何も言えなくなってしまった。
………スキンシップの多い末次先輩のことだ。私が気にするほどなんとも思っていないのかもしれない。
ただの自意識過剰だと、必死に自分に言い聞かせる。

でも、これは、流石に近すぎるよなぁ……。

「もー!ダメじゃん、いちかちゃん。集中しなきゃ」
「す、すみません……」

結局は敵にやられ、ゲームオーバーになってしまった。
肝心の私が先輩ばかりを気にして、ゲームに集中できなかった所為だ。
ああ、もう。私ってば馬鹿だ。せっかく先輩がゲーム代を払ってくれたのに……。

「意識してたの?」

ニヤリと、形容し難い笑みを浮かべ、先輩が私の肩に顎を乗せる。

「な、な、何を……っ」

再び至近距離にある先輩の顔よりも、心を見透かされたことの方に大きく動揺し、舌が上手く回らなかった。

「僕のこと。意識してた?」

―――意地が悪い。
分かっていながらあえて質問してくるなんて、末次先輩はイジワルだ。
恥ずかしさのあまり顔に火がつく。

「だって、先輩!あんなにベタベタ……」
「ベタベタ?えぇ〜、気のせいだよ。僕、パーソナル空間ってもんがないからさぁ」

末次先輩になくても、私にはあるんです。
不快になるというより、とても意識してしまう。

「ふ。かぁーわい」

ダメだ。
この先輩、私を羞恥心で殺す気だ。

わざとらしく私の髪を掬い、蕩けるような笑顔でキスを落とすなんて、冗談でもたちが悪い。

「も、もう止めてください……」

ギブアップ。限界。
顔に熱がこもりすぎて暑い。

「本当にいちかちゃんって初心だね〜。またこれチャレンジする?」
「しません!」
「即答しなくてもよくない?ちょっと傷付いたかも〜」

露ほども思ってないくせに。
ニヤニヤする先輩に、私は少しだけ頬を膨らませたくなった。





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