こういう場面に出くわすのは二度目だ。以前は私の利用価値について色々と陰口を叩かれていた。あの時もこんな風に、人目を阻んでのトークだった。

彼女たちの存在が確認できるのは声のみで、おそらく階段を下りて曲がった先にいるのだろうが私はまったくその場から動けないでいた。
足が固まっている。これ以上彼女たちの会話を聞いたっていいことはないだろうに、どうして留まろうとするのか。

「だってさぁ、隆太くんやその友達紹介しろって何度も言ってんのに実行しないし。別れてザマァって思ったね」
「うちらに取られるとでも危惧してたんじゃない?まさしくその通りだけど。はは」
「いちかー!なんて言って親しい振りしてた私たちの努力は何だったのって感じ」
「だよね。まずウチはあの性格無理だわ。根暗すぎだっつーの!」

天国から地獄に突き落とされた気分とは、まさに今の私を指す言葉だろう。
やがてチャイムが鳴り、彼女たちは慌てて走り去っていった。

しばらく、その場に立ち尽くすことしかできないでいた私。

うまくいかない。
家も、学校も、隆太とも。

由貴先輩は私に我慢しなくていいと言ってくれた。末次先輩や森本先輩は懸命に私を慰めてくれた。
果たして私に、それだけの価値があると言えるのか。

………ダメだなぁ。
何が。すべてが。ぜんぶぜんぶ、ダメなんだ。

嫌なら嫌と言っていい?辛いなら辛いと吐き出して許される?
隆太にだって、別れたくないと縋り付けば別れたりはしなかったのか。
分からない。
だからこそ、言えなかった。

「嫌になってくる……」

いっそのこと、すべて投げ出せたらいいのに。

「―――それじゃあお嬢さん、僕とこっそり学校を抜け出しませんか?」

気取った口調は冗談めいて。
突然現れた人の気配に驚くのも束の間、視界の先に立っているのが見知った人物であると分かって一抹の不安も消え去った。

「末次先輩……」

なんで、ここに。
私の疑問はきちんと音として紡げただろうか。

「なんでってー。いちかちゃんを攫いに?」

面白おかしくウインクされる。
普段なら胡散臭さしか感じられない道化じみた笑顔も、今の私には精神安定剤より魅力的。先輩が話し掛けてきてくれて良かった。
おかしな感情にぐるぐると飲み込まれることがなくて、本当に。

「さ。嫌なものから一緒に逃げよっか」

返事も待たず先輩は強引に私の手を引いて歩き出した。
今度は振り払うこともない。逃げたいのは、何よりも自分の心だったから。



先生にバレずに学校を抜け出すのは、至難の技だった。
通りかかる教師を見つけては隠れ、それを繰り返して数分。末次先輩に導かれて、ようやく裏門から出ることができた。

「はあ、はあ、はあ……」

最終的にダッシュしたので、息が上がってしまっている。いろんな意味で心臓もバクバクだ。

「いちかちゃんってば、体力ないねー。ちょっと走っただけじゃーん」
「せんぱ、はや、すぎ……っ」
「えー?何言ってるか分かんなぁい!」

ケラケラと笑い出す末次先輩。
私は手元を見て、かあっと顔に熱が集まった。
だって、手!
いつの間にか手を繋いでる……!

「先輩!あの、」
「んー。いいでしょ?はぐれないように。愛の逃避行ってこーゆーもんでしょ」

あ、愛の逃避行……ですか?
何を言ってるんだろうと思わず呆け面になる私だけど、末次先輩は気に留める様子もなく歩き出した。
手は繋がれたままだ。どうしよう、私。
嫌じゃ、ない……。
隆太以外の男の子に触れられるなんて、以前までの私だったら考えられもしなかったのに。

どうしてだろう。
先輩たちには、おかしな魅力がある。彼らが大丈夫と言えば本当に大丈夫な気がするし、なんていうかこう、簡単に流されてしまう。
先輩に誘われなければ絶対に授業をサボることはなかった。
先輩だから、私は思わず着いていってしまうのだ。

「いちかちゃんは、どこ行きたい?要望なんでも聞くよ。お姫様」
「おっ!?……先輩、恥ずかしくないんですか?その台詞」
「恥ずかしいわけないじゃん!だって本当のことだし。いちかちゃんは僕らのお姫様なんだよ」
「………私は恥ずかしいです」

そりゃあ小さい頃は童話の中のお姫様とか憧れたりしたよ。でも、私ももう高校生だ。お姫様扱いされたら、何の冗談かと笑うか、逆にこちらが恥ずかしくなる。
きっと、末次先輩は私を笑わせようとしてくれているんだろう。
分かってはいるけど、どうにも恥ずかしさの方が勝ってしまう。

「そういえばいちかちゃん、ゲーム全般やったことないって言ってたよね?」
「え、あ、はい」
「じゃあ行ってみる?」
「どこに、ですか?」
「ゲームの総本山!」

ニカッと笑った末次先輩は、私よりも年下の、幼い男の子に見えた。






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