「えー!行っちゃうの、いちかちゃん」
「流石にこれ以上授業をサボったらまずいと思うので……」
「別によくない?今日くらいさぁ」
「いえ……。家に連絡を入れられるのは困るんです」

お義父さんはともかく、お義母さんがヒステリーを起こす可能性は限りなく高い。お義母さんはお義父さんが暴力を振るわなくなってから、それまではぶつぶつ小言を漏らすだけだったのに分かりやすく嫌がらせをしてくるようになった。
一年の時なんて、体操服代を学校に持っていかなければならないのにいくら頼んでもお金を渡してくれなくて、それで担任に呼ばれれば一変。きちんと娘には渡したはずなのにどうして届かなかったのかしら、と白々しくのたまったのだ。おかげで私は入学早々に教師たちから問題児扱いされ、同級生にバカにされ、肩身の狭い思いをして過ごす羽目になった。

だからあまり義母を怒らせたくはない。

腰にまとわりついてくる末次先輩をなんとかして払い除け、彼らに深々とお辞儀をしてから教室を出た。


自分の教室に入ると、それまで雑談に徹していた生徒たちが私を見て静かになる。
けれどそれは一瞬の出来事で、すぐに各々会話を再開した。
………びっくりした。なんだか変な反応だったから。

窓際に友達たちが屯しているのを見つけ、愛想笑いを引っ付けて挨拶する。おはよう、と。
先輩たちのおかげでいつもよりきな臭さの抜けた挨拶になったはずだ。

「………」

しかし、友達たちは冷たい目で私を一瞥してから何事もなかったかのように談笑し始めた。その対応に思わず顔が引き攣る。
聞こえてない、わけじゃないよね。だって一度こちらを見たもの。彼女たちはわざと無視したのだ。

なんで?

そう考えてすぐに答えが見つかった。
私が隆太と別れたから、だ。

ああ。そういえばそうじゃないか。彼女たちはもともと隆太や隆太の格好いい男友達目当てで私と仲良くしてくれていた。
陰でそう話しているのを確かにこの耳で聞いたはずなのに。都合の良い私の脳は、すっかり忘れていたらしい。
奥歯を強く噛み締めた。

私の。
私の存在価値はあくまで“隆太の幼馴染み”でしかないことを改めて実感させられた。

自分の席に着席して、鞄から筆記用具を取り出し広げる。
無心になろう。余計なことを考えると弱い私はすぐに泣きそうになるから。

鞄の中身を見て由貴先輩にまだ財布をとられたままだったことを思い出し、また彼らに会える理由ができたのだとほんの少しだけ心が凪いだ。

………私は大丈夫。


教師には一言二言怒られただけで済んだ。いや、授業で使う教材を運んでくるよう頼まれてしまったけど。
罰としては、家に電話を入れられるより余程かマシだ。

でも運の悪いことに帰り道。階段を下りてる途中、友達の……この場合、元友達と表した方がいいのかな?とにかく彼女たちの会話を偶然聞いてしまったのだ。

「あいつさー、本当うざいよね」
「あいつ?」
「ホラ、早野いちか」
「ああ、あいつね!確かに」

私の名前が出た瞬間、ビクリと肩が震えた。




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