次へ、かける

ナイトアイとの別れから、一夜が明けて―――


「強子ちゃん、完 全 復 活!!」


病衣から雄英の制服へと衣装チェンジした強子が、仁王立ちで腰に手をあて、晴れやかな笑顔で声高に主張した。
輸血はとっくに完了し、顔色も肌ツヤさえも健康そのもの!それに・・・昨日泣き腫らした目だって、すでに腫れは引いている。
かすり傷ひとつない強子の姿からは、あれだけの壮絶な戦いがあった後だなんて、誰も想像できないだろう。


「ぬおぉおお!強子ちゃァァ〜〜ん!!ホンマ、無事で良かったわァァ!!」


元気溌剌な強子を見て、歓喜したファットガムが彼女を迎え入れるようガバッと両腕をひろげて雄叫びをあげた。
それに呼応し、強子も笑顔でファットのほうを振り返って、


「ファッ・・・・・・っ!!!」

「「「・・・?」」」


いつもなら「ファットさァ〜ん!」と躊躇なく彼のふかふかボディに飛びつく強子だが、ファットを見た彼女は、ピシッと不自然にその動きを止め、動かない。
その反応に、天喰と切島も含めた三人が首を傾げていると・・・彼女は無言で スススと移動し、天喰の背後に隠れた。
そして彼の服をきゅっと握って、隠れるように顔を俯けた彼女の頬は、恥ずかしげに赤らんでいる。


「「「!?」」」


なんだ その反応!!?と、今まで見たことのない彼女の態度に、一同ぴたりと固まった。


「え・・・エッ!?なっ、身能さん・・・っ!!?」

「ど、どうした身能・・・?」

「・・・はっ!もしかして、昨日俺がキツく怒ったから、俺のことを嫌いに・・・!!?」


ガーン!とショックを受けているファットに「ち、違います!」と慌てて強子は訂正する。
強子のことを思って指導してくれるファットを嫌うはずがない。そうじゃなくて・・・


「・・・・・・だって、」


彼女がしおらしく理由を語りだすと、なんとなく、その場の空気がピンと張りつめる。
妙な緊張感の中、彼女は両手でガバッと赤い顔を覆うと、わっと勢いよく声を張り上げた。


「だってっ・・・低脂肪(ローファット)状態のファットさんが、カッコよすぎるんだもん!!!」

「「「・・・は?」」」


彼が脂肪を消耗しきると痩せることは知ってたけど・・・彼の痩せた姿をナマで見るのは初めてだった。
・・・いや、正確には、貧血で倒れる前もローファットと対面してるけど、あのときは色々と余裕がなくてそこまで気が回らなかった。
しかし!今こうして、結果にコミットした彼を改めて見てみれば・・・普段は脂肪に隠されている、ヒーローらしく鍛え抜かれたマッチョなボディ――その肉体美がお目見えしているではないか!
いつもの真ん丸かわいいフォルムから一変、彼は今や、金髪イケメンの男前なお兄さんなわけで・・・


「今のファットさんは 異性として意識しちゃって・・・抱きつくなんて、私、とても出来ませんッ!!」


それを聞いて「ファーッ!!」と歓喜するファットの傍ら・・・切島も天喰も、冷めきった目でファットを静かに睨みつけた。


「あっ、アカンで二人とも、そない目でファットさんを睨まんといて!?怖いわぁ・・・」


二人からの視線に肩をすくめると、「ま、俺のコトはええねん!それより、」と表情を引き締め、強子と目を合わせた。


「昨日、あの場所で、何があったか についてや・・・」


真剣な面持ちでファットが持ち出した話題に、思わず息を殺す。
やはり・・・あんな嘘では、彼や他のヒーローたちを誤魔化すことなど出来ないだろう。


「結論いうとな、“何もなかった”っちゅうことでカタがついたで」

「・・・えっ」


強子が目をぱちくりさせていると、ファットは後ろ頭をかきながら、不満そうな顔で盛大にため息をついた。


「いかに怪しかろうが、本人は“何もなかった”と証言しとるし、結果的にビヨンドは無傷やったし・・・まー、アレやな、大人の事情とか、モロモロ・・・不甲斐ないことに、“何かあった”で困るんは 大人たち(俺ら)いうこっちゃな」

「・・・そう、ですか」


おそらく大人たちは、強子の知らないところで、強子には考えも及ばないようなことまで考慮し、色々と話し合ってくれたのだと思う。
そして、ファットの顔を見るかぎり、この結論を出すのは苦渋の決断であったに違いない。少なくともファットには、強子が何か隠していることなどお見通しだろうし・・・。


「ちゅうわけで・・・本来やったら俺がキッチリ話きいて、叱るべきトコは叱らなあかんのやけど・・・“何もなかった”のに 強子ちゃんを問い詰めるわけにもいかへん」

「・・・はい」

「せやから―――誰でもええから相談できるヤツ見つけて、その腹に抱えこんどるモン、吐き出しィや!何でもかんでも一人でしょい込むんは 強子ちゃんの悪いクセやで!?」


歯がゆそうに発せられたファットの言葉に、はっとする。
天喰も、強子のことをよく理解しているものだと驚いたけど・・・強子の師匠であるファットガムも、天喰に劣らないくらい、強子を理解してくれているのだ。


「・・・はいっ!」


強子は彼からの言葉をしかと受け止め、元気よく頷いた。
そうすれば、ニッとこぼれるような笑顔を見せたファットに、やっぱりイイ男だなと噛みしめる。
それから―――強子に吐き出し口を与えてくれた、天喰も。
ちらりと天喰を見ると彼と視線がかち合ったので、感謝の念を込めて ふわりと微笑みかける。すると彼は、のぼせたように顔を赤くして口をパクつかせるものだから、なんだ その情けない反応はと、強子は声を出して笑うのだった。










それからインターン組は、警察の調査やヒーロー事務所の手続きなどが立て続けにあり、病院を出たあとはバタバタだった。
強子と緑谷と切島は、八斎會の邸宅に乗り込んだ際のことで警察から長時間にわたって聴取されたし、麗日と蛙吹の二人もリューキュウ事務所で忙しくしていたらしい。
加えて強子は、相澤の言いつけを守らずに単独行動をとったことで手ひどく叱られた。が、しかし・・・強子がまるで死でも味わったかのように後悔と反省をしていたからなのか・・・奇跡的に、除籍も大した罰もなく解放された。

そんなこんなで―――結局、強子たち5人が寮へと帰ってこれたのは、夜だった。


「帰ってきたァアアア!!!奴らが帰ってきたァ!!!!」


寮の扉をくぐると同時、けたたましい声に出迎えられた。


「大丈夫だったかよォ!?」

「大変だったな!」

「ニュースみたぞ おい!!」

「皆、心配してましたのよ!」

「お騒がせさんたち☆」


一瞬のうちにクラスメイトたちにわらわらと囲まれて、強子たちは思わず圧倒される。
なんだか、ずいぶんと長い間会っていなかったような錯覚を受ける。暫くぶりに彼らの顔を見て、我らがホームに帰ってこれたのだと実感する。


「まァとにかく、ガトーショコラ食えよ!」

「!わぁい、いただきまーす!」


砂藤が差し出した美味しそうなガトーショコラを見て、強子が我先にとパクリと食らいついた。
完璧な焼き加減に、口当たりの良いカカオの甘さ。愛情がたっぷり詰まったガトーショコラをもぐもぐと堪能する。
うん、やっぱり疲れてるときには、甘いものが一番!


「ってノンキに食べてる場合か!アンタ、ウチらがどんだけ心配したかわかってんの!?」

「ぐふっ!!?」


目をつり上げた耳郎が、ガトーショコラを頬張る強子の腹部にパンチをお見舞いした。その衝撃で喉を詰まらせ、ゴホゴホとむせている強子の傍に、八百万も駆け寄ってきて心配そうに声をかける。


「大変でしたわね・・・お怪我はありませんか?」

「強子のことだから、また無茶したんじゃないの?」


と、心配そうに強子の身を案じてくれる二人だが、怪我ならすでに完治している。
・・・ガトーショコラで窒息しかけていること以外、なんら体調に問題はないのだ。


「何か困ったことがあれば、遠慮せずおっしゃってください!力になりますわ!」

「・・・と、とりあえず、何か飲み物を、くださいっ・・・!」


命からがらに頼めば、八百万がラベンダーのハーブティーを淹れてくれることになった。彼女いわく、心が安らぐ効果があるらしい。
今強子が求めているのは そういうのじゃないんだが・・・ぷりぷりと気合いを入れてハーブティーを淹れる彼女を見て、まあいいかと思い直した。
一方で、


「とっっっっっても心配したんだぞもう!俺はもう!君たちがもう!!」


飯田のほうもフルスロットルである。
クラスを取り仕切る学級委員の二人がこの調子だ。となると、他の皆も大人しくしているはずもなく・・・皆してわいのわいのと、寮の共有スペースは もはやお祭り騒ぎである。
そんな中、ふと隣を見れば、麗日が浮かない顔で黙りこんでいる。


「お茶子ちゃん、大丈夫・・・?」


蛙吹が気遣わしげに問いかけると、彼女はじっと考え込んで、それから、


「・・・・・・私、救けたい」


自分の両手のひらを見つめ、心の奥底からの言葉を吐露した。
瀕死のナイトアイをその手に抱えていた彼女には、思うところがあるんだろう。
彼女の気持ちは、痛いほどに、よくわかる。だからこそ・・・強子は、彼女の手をガシリと掴んだ。


「―――次は、救けよう」


強子の心の奥底からの言葉。


「過去は変えられない。大切なのは・・・次、どうするかだよ」


もう、救いたい命を取りこぼすなんて、まっぴら御免だ。なにも出来ない無力感なんて、金輪際、味わいたくはない。


「強子ちゃん・・・」


麗日と視線を合わせ、強子はにこりと笑ってみせる。

―――笑って、未来に 立ち向かえ

彼の期待に応えられるように・・・やれるだけ、やってみようじゃないか。


「一緒に、頑張ろう」


力強く告げると、驚いたように強子を見ていた麗日が、ギュッと強子の手を掴み返す。そして彼女は弱々しくも笑顔を浮かべて、「・・・うん」と頷いた。
それを見た蛙吹も笑顔になって、大きく頷く。


「皆で頑張りましょう」


色々あったけど―――今、強子は間違いなく、心からの笑顔を浮かべていることだろう。
決意を新たにして清々しい気分でいると・・・ふいに、誰かの視線を感じた。視線のもとを探せば、共有スペースのソファにふてくされた顔して座っている爆豪と目が合った。


「おーい かっちゃん!何をフテクされてんだ、心配だったから広間(ここ)いんだろ!?素直になれよ!」

「(上鳴、お前ってやつは・・・)」


無遠慮でデリカシーなく、ひょうきんな奴だとは思ってたが・・・ここまで来ると、呆れを通り越して、逆に尊敬に値するよ。
爆豪相手にここまでグイグイいける奴、そうはいないだろう。
しかし爆豪は、


「寝る」


ひらりと上鳴をかわして、その一言とともにソファから立ち上がった。


「えー 早くね!?老人かよ!!」


すたすた自室へと戻りながら、チラとこちらを振り向いた爆豪と、再び目が合う。その視線の意味を察し、強子はニヒッと彼に笑いかけた。


「心配してくれて、ありがと!」

「ッ・・・自惚れンな!!!!」


途端に、爆豪は歯を剥き出しにし、警戒心の強い野生動物かのように強子を睨み付けてきた。
そんな彼の照れ隠しは気にせず、「おやすみ」と手をヒラヒラ振って言えば、「寝言いってねェで テメーもとっとと寝ろ!!」と怒鳴られてしまった。


「・・・わりィが、俺も」

「えー 早くね!?老人かよ!!」


爆豪に続いて、轟ももう部屋に戻ると言う。
どうやら二人とも、明日に仮免の講習を控えているらしい。
轟は部屋に戻る前に、ふらりと強子たちインターン組のところに歩み寄って、


「・・・皆、無事に帰ってきて よかった」


柔らかな表情でそう言いながら、強子の頭にぽんと優しく手を乗せた。
そして部屋へと戻っていく轟の後ろ姿を見つめ、切島が呆れまじりの苦笑でこぼした。


「なんつーか・・・“皆”と言いつつ、身能以外の俺らは “ついで”感が否めねぇな」


麗日と蛙吹の二人も同様に笑みをこぼして、強子を見やった。


「まあ、轟くんやし・・・」

「轟ちゃんらしいわ」


彼女たちの視線に気恥ずかしくなるが、けれど・・・強子も、まんざらではない。
だって、轟にとって、それだけ強子が大切な友人ということだから。
いつぞやに強がって言った“一番の友だち”というのも、あながち、的外れではないのかもしれない。彼が最も心を許す相手は緑谷だと思っていたが・・・案外、強子は緑谷にも負けてないんじゃないか!?
そんなことを考えていた強子が緑谷のほうを盗み見れば、バチリと、彼と視線が交わった。


「!?」


思い詰めた様子で、睨むようにジッと強子を見つめる緑谷。彼が、意を決したように口を開いた。


「身能さん・・・・・・話が、あるんだ」


その有無を言わさぬ強い口調に、強子はこくりと頷いた。









「さて・・・二人とも、まずはインターンお疲れさま」


緑谷に連れ出され、やってきたのは雄英校舎にある“仮眠室”であった。仮眠室に入ると、そこにはオールマイトがいて、労いの言葉とともに強子たちを迎え入れた。


「(こうなることは、予想してたけど・・・)」


緑谷の思い詰めたような顔を見たときから、ある程度は予想していた。

―――もし、デクくんがこのことを口外するって言うなら・・・・・・私も、『ワン・フォー・オール』のことを 世間に公表する

あんなことを言ったんだ。なぜ強子がそれを知ってるのか、緑谷に問われないはずがない。それに、事が事だけに、オールマイトが出てくるだろうことも予想していた。
心の準備はしてきたつもりだが・・・それでも、室内に漂うピリついた雰囲気に、いやでも緊張を覚える。


「疲れているところ すまないが・・・身能少女、君から話を聞きたくてね」

「・・・はい。私に話せることは、全てお話します」


覚悟を決めたように強子が告げれば、オールマイトは一つ頷き、緑谷と目配せしてから、再び強子に視線を戻す。


「じゃあ早速だが、本題に入ろう―――」


強子を見据えるオールマイトの鋭い目付きに、強子はごくりと喉を鳴らした。


「・・・君は、なぜ、『ワン・フォー・オール』のことを知っている?」


―――ほら、きた。
強子が知るはずのない『ワン・フォー・オール』というワードを口走った時点で、こうなる未来は確定していた。


「君は、誰から、どこで、そのことを聞いたんだ?いつから、知っていた?」


重大な秘密が第三者に漏れたのだ。当然、オールマイトも緑谷も、どこから情報が漏れたのかを追及する必要があるわけだ。
強子は一つ息を吐き出すと、慎重に言葉を紡ぎだす。


「まず、オールマイトの言葉を一つ訂正すると・・・『ワン・フォー・オール』のことを聞いたのは、正確には、“私”じゃないんです」

「「?」」

「そうですね・・・まず初めに、私の秘密からお話しますが―――私には、前世の記憶があるんです」


ぽかん。
まさにそんなオノマトペが彼らの頭上に浮かんで見えるようだ。
まぁ、これが普通の反応である。前世がどうのと言われて素直に受け入れられる人間、強子と同じく前世の記憶がある死柄木くらいだろう。
強子と死柄木の会話を聞いていたトガやトゥワイスだって、ぽかんと呆けた後、不思議ちゃんを見る目でこちらを見ていたし。


「私には、物心がついた時から、私が身能 強子として生まれる前の・・・別人として生きてた頃の記憶があるんですよ」

「そっ、そんなことが・・・?」


信じがたい様子で愕然と呟いたオールマイトに、強子はこくりと頷いた。


「輪廻転生ってあるでしょう?まさにそれです。私の魂には、過去に何度も繰り返してきた生死の記憶が、断片的に残ってるんです。そして・・・私が記憶している、幾つもの人生の中のひとつから、『ワン・フォー・オール』に関する知識を得ました」

「「!!」」


半信半疑で耳を傾けていた二人が、ハッと息をのむ。
ようやく核心に触れるぞと 身を乗り出す彼らを見て、強子はそっと目蓋を伏せた。
・・・ここまでは、本当のことを包み隠さず話したが―――ここから先は、彼らに、本当のことは話せない。


「過去の私は・・・とある人から、聞いたんです。巨悪の根源である“オール・フォー・ワン”に対抗するために、代々受け継がれている個性―――受け継いだ一人ひとりが、“力”を培い、また次代へと受け継いでいく、『ワン・フォー・オール』という個性が 存在するってことを」


・・・本当は、“物語”として見てたから強子は知ってるんだけど―――その真実だけは、この世界の誰にも話してはいけない。
この世界が“物語”として存在してたなんて・・・その秘密が誰かに知れたら、『ワン・フォー・オール』の秘密が暴かれたとき以上の混乱が世間を襲うことだろう。
だから、二人には申し訳ないけど、作り話をさせてもらう。


「・・・それで、身能 強子として生まれてみたら、この時代には“平和の象徴”と称される伝説級のヒーロー、オールマイトがいた。他の追随を許さないほどに 圧倒的なパワーを誇っているその人の個性は、非公開・・・その情報と、前世の記憶と照らし合わせて・・・もしや、彼の個性が『ワン・フォー・オール』なのでは?と勘ぐったんです」


オールマイトの個性は世間に公表されておらず、本人もインタビューではお茶を濁し続け、世界七不思議の一つだなんて 喧々囂々と議論されてきた。
だからこそ、こんな突拍子もない妄想をする人間がいたっておかしくないだろう。


「それから雄英に入ると、オールマイト並みのパワーを持つ、デクくんに出会った・・・前に轟くんも言ってたけど、デクくんはオールマイトから特別に目をかけられてるように見えたから・・・もしかして、オールマイトはデクくんに“力”を継ごうとしてるんじゃ?って、そう推測したんです」


緑谷をオールマイトの隠し子だと勘違いするやつがいるくらいだ。これくらい突拍子もない妄想をする人間がいたっておかしくないだろう。


「あくまで私の勝手な妄想なので証拠はありませんし、このことは誰にも話してません・・・前世で知り得た情報だなんて 誰かに話したところで信憑性は薄いし、私が変人だと思われるだけですしね!」


強子がそう言えば、二人ともホッとしたように肩の力を抜いた。


「はあ・・・・・・爆豪少年といい身能少女といい、鋭すぎるぞ。いくら“ヒント”があったとはいえ、こうも正確に言い当てるかな・・・」


感心と、困惑が入り交じった声でオールマイトが呟いた。そして、


「―――身能少女、君の推測した通りだよ・・・君が語ったことは、ほとんど事実さ」

「え、」


あまりにもあっさり認めるものだから、強子はキョトンと呆けてしまう。


「今まで、このことを口外しないでくれて ありがとう。それと、こちらの都合を押し付けるようで申し訳ないが・・・どうかこのことは、この先も、誰にも言わないでほしい」

「そ、それは もちろんです、けど・・・」


真剣な面持ちのオールマイトに頼まれるまでもなく、強子がこの秘密を口外することはないだろう。
それよりも、


「・・・そんな簡単に、受け入れちゃっていいんですか?」


強子が秘密を知っていることを。それに、強子が彼らに語った内容も。
もっと慎重に、疑ってかかるべきなんじゃないの?と不安げに問いかけた強子を見て、オールマイトは軽快に笑った。


「身能少女のことは 信用している。聡い君なら、今までと変わらず、迂闊に秘密を漏らすことはしないだろうさ」


そう言いきったオールマイト。
だから、そんな簡単に人を信用していいのか?と戸惑うけれど・・・


「それに、今さら君を誤魔化せるとも思えないしね!」


まあ、それもそうかと納得する。
強子の推測が真理をついているのもそうだが、仰々しく呼び出されてオールマイトと緑谷と密会しているこの状況――これこそ、彼らに“知られてはマズい秘密”があると語っているようなものだ。
今さら「ワン・フォー・オールってなんのこと?」とか言われても、白々しいにも程があるよなぁ。


「しかし・・・その、“とある人”というのは、いったい何者だったんだろう?もしかして、歴代継承者の誰かだったり・・・」


オールマイトが期待を込めた目を強子に向けたので、強子はあらかじめ用意していた答えを述べる。


「すみませんが、それは わかりません。さっきも言った通り、私には“断片的”な記憶しかありませんから・・・あれが誰だったのか、今の私にはわからないんです」


そう、都合の悪いことは、“わかりません”で誤魔化す・・・これに限る!
強子の返答を聞いて、ふむ、とオールマイトは考え込む。


「歴代継承者や彼らと近しい人間が、そう簡単に秘密を漏らすとは考えにくい。その人物は、オール・フォー・ワン側の人間だったのかもしれない・・・まあ、すでに過去の話だ。知るすべのないことをいつまでも語っていても仕方がないよな」


オールマイトはゆるゆると首を振ると、気を取り直した様子で強子に向き直った。
それから・・・彼は、一からすべてを強子に説明してくれた。
巨悪を倒すために受け継がれてきた『ワン・フォー・オール』のこと、その力を受け継いで“平和の象徴”となったこと、しかし傷を負い限界を迎えていたため、緑谷に力を譲渡したこと。
雄英でこの秘密を知るのは、校長にリカバリーガール、そして爆豪と、強子のみであること。

今までは一方的に知っていたことだけど―――それを本人の口から聞いて、何か、強子の心にあった重たい枷が外れたような気がした。







「・・・ありがとう。オールマイトにも黙っててくれて」


緑谷と二人、寮に向かってテクテクと歩きながら、唐突に強子が告げた。
“何を”とは言わずとも、彼には伝わるだろう。当然、強子が彼に言うなと脅した、“あの件”のことだ。
先ほどのオールマイトは、強子が一度殺されたことなど微塵も知らない様子だった。ということは、緑谷がオールマイトに話したのは、あくまでも、強子が『ワン・フォー・オール』を知っていた点だけなんだろう。
あれから1日が過ぎたが、緑谷があのことを相澤に話した様子はなく、オールマイトにも話さなかったのなら・・・彼は、強子の頼んだ通り、誰にも言わないでくれるはずだ。


「・・・身能さんは、」

「ん?」


足を止めた緑谷につられ、強子も足を止める。


「さっきの話・・・身能さんは、前世の記憶があるって・・・その話を聞いて、思ったんだ」

「・・・うん」

「身能さんは、もともと怪我に対する抵抗が薄いというか、自分をかえりみずに猛進するタイプだけど・・・」


お前がそれを言うか、という感じだが・・・話の骨を折るのもあれなので、「うん」とだけ相槌を返した。


「君はいつも生き急いで、がむしゃらに突っ走って・・・周囲の人間の心配なんて気にも留めないし、周りからの忠告も聞き流すけど、」

「う、うん・・・?(だから、アンタがそれ言う?)」

「・・・君に、生き死にを何度も繰り返した記憶があるなら、もしかしたらその影響で・・・身能さんは、“死”に対する抵抗が薄くなってるんじゃないのか ・・・?」

「えっ!?」

「それにっ、あのときだって・・・死柄木に向かって “殺されても生き返ってやる”なんてことを言ってたけど・・・!」


なんだか、緑谷の口調がだんだん険しくなっているような・・・?と、不穏な空気を肌で感じていると、緑谷がキッと視線を鋭くさせて強子を睨みつけた。


「君はっ、死ぬことを、軽く考えてるんじゃないのか!!?」

「・・・ええ!?」


怒鳴るように、思ってもみなかったことを言われて、強子がフリーズした。
そんな彼女に向け、緑谷が怒涛の勢いで畳み掛ける。


「あのとき、もし、あのまま 身能さんが死んでしまっていたらっ・・・どれだけ多くの人が悲しむと思ってるんだ!?君が気を失ったあともファットガムや天喰先輩、他のヒーローたちも、先生だって!すごく、すごく君のことを心配してたんだぞ!!どれだけの人が君のことを想って心を痛めたか・・・身能さんは 大事なことをわかってない!」

「・・・っ」

「それに、クラスの皆も!僕たちインターン組のことを あんなに心配してくれてたんだ!!かっちゃんも身能さんのこと気にかけてたし、轟くんだって君の無事を確認してあんなに喜んでたじゃないか!八百万さんは!?耳郎さんは!?二人なんて、特に心配してくれてたはずだろ!?身能さんは、皆にとって、大切な・・・かけがえのない存在なんだよ!!君が死んでしまったらっ・・・雄英(ここ)に帰ってこなかったらっ!皆がどんなに悲しむか、考えて行動してくれよ!!!」


緑谷の言葉に、胸が締め付けられた。
ナイトアイの死に、強子が涙したように・・・強子の死を悲しみ、悔いて、涙を流す皆の姿は、想像しただけで罪悪感に苛まれる。


「・・・僕だって、身能さんが死ぬなんて、そんなの嫌だよ・・・君を、目の前で失うなんて、もう・・・・・・ッ」


やるせなさに耐えるよう、ギリギリと拳を握りしめる彼を見て、今さらながら、申し訳なくなる。


「デクく「そりゃ、勝利に向かって突き進む君はカッコいいよ!けど、自分の身をかえりみずに突っ込んでいくのは・・・自殺志願と変わらない!命を粗末にするなんて、絶対にダメだ!!たとえ、生き返れるんだとしても、死ぬことを軽んじるなんて、そんなの絶対に、ダメなんだ!!!」

「ちょっ、待って待って!!!それは誤解だよ!!死を軽んじてなんかないってばッ!!」


ヒートアップして止まらなくなった緑谷を、ドードーと両手で宥めながら、慌てて口を挟む。


「むしろ、その逆だよ!私は死の痛みも悔しさも、イヤってほど知ってるから、絶対に死にたくないって思ってるの!死柄木に言ったのも、“絶対に死ぬもんか”っていう意思表示だから!私、簡単には死ぬつもりないからね!!?それに、私だって皆が大切だから、皆に心配かけないよう努力もするし!!!」

「そっ・・・!!!」


勢い止まらずにまくし立てていた緑谷だが、強子の言葉を聞き届けると、今度は彼のほうがフリーズした。
そして緑谷は、自分の早とちりだったことを理解したのだろう、たっぷり数秒の間をあけて、


「・・・・・・それなら、いいんだけど」


と、きまり悪そうに、顔を赤らめて呟いた。
仮眠室で密会してたとき、やけに緑谷が大人しいなとは思っていたが・・・彼は、強子のことで、色々と思い詰めていたんだろうか。


「・・・心配かけて、ごめんね」


ナイトアイの“死”と立ち合ったばかりなんだ。緑谷が“死”に対して敏感になるのは、致し方ない。
それに、一度 彼の目の前で死んでいる強子のことを彼が案ずるのも、当然のことのように思う。


「それと・・・あのとき、救けに来てくれて ありがとう」


遅くなってしまったが、彼には礼を言わなければならない。死柄木と対峙していた時、緑谷のおかげで強子は救われたのだから。


「でも、僕は・・・身能さんを救けられなかった。結局、君は、死柄木に・・・・・・っ」


俯いて、悔しげに緑谷が吐き捨てた言葉に、強子はくしゃりと笑う。


「何言ってんの、デクくんが増援を呼んでくれてたから、結局は助かったんでしょ。それに・・・」


緑谷をあの場に残して死ねない、緑谷につらい思いをさせたまま死ねない という未練が、強子を蘇らせるパワーとなったのだが・・・さすがにそれは、本人に伝えるのは照れくさくて言いよどむ。
咳払いを一つすると、彼女の言葉の続きを待っている緑谷に言い聞かせる。


「こ、細かい事はともかく!デクくんにはいつも救けられてるんだよ、私は!」


本音を隠すために口をついて出た言葉だったが、これも嘘ではない。
ここぞという時にこそ、緑谷の行動が、言葉が、存在そのものが、強子に力を与えてくれるから。彼には、いつも救けられてばかりだ。


「・・・そんなの、僕のほうこそ・・・・・・」

「・・・」


せっかく強子が感謝を述べているというのに、緑谷は相変わらず浮かない顔だ。
それだけ、強子が殺されるのを防げなかったことを 悔いてくれてるのだろう。それだけでなく、ナイトアイのことや、通形のこともあるし、彼が抱えているものは とてつもなく大きいのである。
けれど―――こういう陰気くさい空気は、どうにも好きじゃないんだよなぁ。


「・・・ここだけの話だけどさ、」


唐突な切り出しに、緑谷が不思議そうに顔をあげると、強子はいたって真面目な表情で告げた。


「私・・・自分は “勝ち組”だと思ってたんだよね」

「えっ?」


彼女は急に何を言い出すのかと、緑谷は目を点にした。


「ほら・・・私って 可愛いし、頭良いし、個性もいいし、人気者でしょ?」

「う、うん・・・(自分でそれ言っちゃうんだ・・・)」

「これだけハイスペックなら、今世の身能 強子は、悩みとか苦労のない、順風満帆な人生を送れると思ってたんだよ。でも・・・実際はそうじゃなかった」


入試じゃ爆豪に邪魔されて“補欠”になるし、雄英に入れたと思ったら 級友たちには塩対応されるし、っていうか雄英生みんな優秀すぎて焦るし・・・主人公とは個性ダダかぶりな上に、パワー負けしてるという。
そんなこんなで日々をドタバタと謳歌してりゃ、宿命とやらで死柄木に殺される始末。


「・・・気づけば、私の人生は“受難”だらけよ」


はあ、と大げさにため息をついて、強子は天をあおいだ。


「だけどさ・・・・・・なんの“受難”もなく生きている人間なんて、この世に一人もいないんだよね」


前世の“私”も。断片的に思い出した 過去のどの人生においても。
大小は様々で、苦難の種類もバラバラだけど・・・誰しもが、何かしらの受難と戦いながら生きていた。
美人とか秀才とか、スペックが高ければ幸せかといえば、そうじゃない。美人には 美人なりの苦労があるし、秀才には 凡人にはわからない苦悩がある。


「“勝ち組”かどうかは、生まれたときのステータスで決まるもんじゃない―――」


だって、『無個性』だった人間が、未来では最高のヒーローになってたりするんだから。
人は 生まれながらに平等じゃないけど・・・生まれてから死ぬまでに得られるものも、平等じゃないってことだ。
生まれた瞬間から進みつづけ、季節が廻っていくとともに衰え、壊れ・・・そして、死を迎える―――その人生のサイクルの中で、その人が何を得られるのかは、その人次第ということ。


「たぶん、本当の意味での“勝ち組”ってのは、与えられた“受難”を 乗り越えていける人のことなんじゃないかと思う」


とつとつと語られる強子の持論に、緑谷は静かに耳を傾けている。そんな彼に向き直った彼女は、熱を入れて想いを語る。


「どんな困難も、後悔も、悲しみも・・・みんな、乗り越えていくしかない。乗り越えたもん勝ちなんだよ」


人の死ともなれば、乗り越えるのが容易じゃないことは強子も実感している。
それに、これから先・・・緑谷がどれだけの“受難”と戦うことになるかも、強子にはわかっている。それでも、

―――笑って、未来に 立ち向かえ


「私も 乗り越えていくから・・・デクくんも、乗り越えていこう!」


一点の曇りもない笑顔を緑谷に向ければ、彼は呆気にとられた様子で目を瞬いていたが、


「・・・ははっ!」


ふいに、緑谷が弾かれたように笑い声をあげた。


「やっぱり、身能さんは すごいや」


吹っ切れた様子でそう言った緑谷には、もう先ほどまでの陰鬱とした雰囲気はなく、いつも通りの彼に戻っていた。
強子に向ける表情も、期末試験以降に見せるようになった 自然な笑顔に戻っていて、ほっと安堵する。
昨日から二人の間に漂っていたピリついた空気はなくなり・・・再び寮に向かって歩きはじめた二人は、穏やか空気に包まれていた。


「―――ところで、ずっと気になってたんだけど・・・死柄木はどうして身能さんにあんなに執着してるんだろう?」

「あー・・・なんかね、前世の“私”を殺したのが、死柄木の前世にあたる人間なんだけど・・・」

「・・・んっ!?」

「あいつは私を殺すのが運命だと思ってるらしいのよ。過去のどの人生でもずっとそうしてたみたいでさ・・・腹立つよねぇ」

「ええっ、ちょっ、ちょっと待って!!?まったく理解が追いつかない!!!」


なんというか・・・緑谷の重大な秘密を知っていることを本人に明かしたことで、強子の中にあった遠慮のようなものが、取っ払われたらしい。
自分は緑谷の秘密を知ってるのだから と、強子自身の秘密も、緑谷には何の躊躇いもなく打ち明けられた。
そうして、強子の数奇な輪廻転生を知った緑谷が「そんな壮絶な運命が・・・!?」と言葉を失うのを見て、「“平和の象徴”を受け継ぐ君ほどじゃないよ」なんて軽口を返しては、二人して笑い合った。

秘密を共有する―――たったそれだけの事だけど・・・強子と緑谷、互いの心の距離を縮めるには十分だった。
もともと、重大な隠し事を抱えていた二人。秘密を打ち明けられる仲間がいれば、自然と心を開き、本心をさらけ出すのも当然のこと。
ありていに言えば・・・共有の秘密を抱えることで、二人の仲間意識は今まで以上に高まり、一歩下がって相手と接するような遠慮がなくなったのである。
この日を境に、二人は、互いに気兼ねなく話せる間柄となった。










部屋に戻ると、スマホに不在着信が入っていたことに気がついた。
電話してきた相手は、移道 瞬――中学時代からの知人である。
彼からの連絡なんてめずらしい・・・そう思いながら、いったい何の用だろうかと電話をかけてみれば、


『インターンで疲れてるだろうし、強子を誘うか悩んだんだけどさ・・・明日、仮免講習の見学の許可をもらったから、都合つくなら一緒に見学しない?』

「何それ 絶対行く」


間髪いれずに即答して、強子はニヤリと口元を歪めた。
まったく・・・こうして思いがけず訪れる“お楽しみ”があるからこそ、人生ってのは そう簡単にやめられないんだぜ!










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無事にインターン編が終了しました。
おかえり、インターン組。おかえり、夢主。

タイトルの「かける」は、“駆ける”と“賭ける”を掛けています!(別に上手くない)
実は、なんとなくダブルミーニングになるようにタイトルを付けている話が多いんですよ。インターン編に関しては“運命”とか“人生”とか“命”とか、なんかそういう概念的なタイトルにしています。


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