秘密 ※緑谷視点

林間合宿における、最初の難関―――遠い山の麓にある合宿所まで、“魔獣の森”を抜けて来いという試練が与えられた。
森から現れた恐ろしい姿の魔獣を相手に、緑谷が咄嗟にフルカウルで攻撃を仕掛けると同時・・・同じタイミングで、強烈なパンチを魔獣に打ち込んだ者がいた。


「今のナイスコンビネーションだったね、デクくん!」

「!」


期末試験を終えてからというもの、緑谷と身能 強子との距離が縮まった。
・・・とはいえ、だ。


「お互いパワー増強型だし、戦闘スタイルも元々似てたし・・・私たち、相性がいいのかもしれないね!」


そんな眩しい満面の笑みを向けられることに慣れていない緑谷は、否が応にも挙動不審な態度になってしまう。
そして、緑谷と彼女という組み合わせが目新しいのだろう。「アイツらってあんな仲良かったっけ?」とクラスメイトたちからチラチラと好奇の目を向けられるのもまた、落ち着かない。
なかでも、特に厄介な視線が・・・


「(・・・かっちゃん)」


鬼の形相で緑谷にガン飛ばしてくる爆豪に、思わず表情筋が引きつった。
あの恨みがましい視線―――まあ、間違いなく・・・嫉妬だろう。
もともと、期末試験を通して彼女と親しくなりたかったのは爆豪のほうだろうに・・・彼を差し置き、緑谷が彼女と距離を縮めたことに関しては、多少の罪悪感はある。
だけど、何もそんな、親の仇を見るような目で睨まなくたっていいのに・・・。


「―――・・・にしても、本当にキリがないよ」


絶えず魔獣が襲い来る森を進んでしばらく経った頃、疲れた様子の彼女が 切り株に腰を落ち着けた。
よくまあ、こんな戦場の真っただ中でリラックス出来るものだと驚いていると・・・言ってるそばから、彼女の背後に魔獣が迫ってきているのが見えて、ハッとする。
緑谷は慌てて彼女のもとへ駆け寄ろうとしたのだが、


「休んでんじゃねぇぞ サボり女!」

「!(かっちゃん・・・!)」


緑谷よりも早く、爆速で駆け付けた爆豪が一瞬のうちに その魔獣を瞬殺した。
ほんの一瞬での出来事、そして、あまりに自然で さりげない行動だったから、緑谷以外(身能本人も含めて)、誰も気がつかなかっただろうが・・・今の爆豪の行動は、間違いない。疲れて動けずにいる彼女をフォローし、守ったのである!
これは凄いことだぞと 緑谷は目をかっ開き、考え事に集中しているらしい彼女を見やった。
あの爆豪を手玉にとるなんて・・・それも、無意識下のうちに彼を顎でつかうなんて!こんなの、身能 強子でなければ到底できない芸当だ!!


「てめェもサボってんじゃねえぞ、クソデク!」


八つ当たりのように爆豪に睨まれ、すぐさま魔獣討伐に戻りながら、彼がこの林間合宿を通して、彼女と距離を縮められることを そっと願った。





合宿所でともに過ごすことになった洸汰という少年は、ヒーロー・・・いや、“個性”ありきの超人社会そのものを嫌っていた。彼の生い立ちを知って、彼の気持ちを聞いて・・・緑谷は、彼の為になるような事を、何も言えなかった。
もし、ここにオールマイトがいたなら、あの少年に何て返していたんだろう・・・?


「・・・轟くんなら、何て言う?」


夕食の肉じゃがをつくっている最中、気になっていたことを轟に問いかけた。
すると彼は考える素振りを見せ・・・数秒の沈黙の後、一言。


「・・・・・・場合による」


・・・そりゃそうだ。場合によるよな、そりゃ。
身も蓋もない回答に思わず脱力していると、轟がさらに続けた。


「素性もわかんねぇ通りすがりに正論吐かれても煩わしいだけだろ。言葉単体だけで動くようならそれだけの重さだったってだけで・・・大事なのは、“何をした・何をしてる人間に” 言われるか、だ。言葉には常に行動が伴う・・・と思う」


彼が語った持論に、はたと目を見開く。


「俺も・・・身能は 弁が立つ奴だから、あいつの言葉に突き動かされたような気がしてたんだが、思い返すと そうじゃなくて―――あいつは、俺がどんなに冷たく突き放しても食らいついてきて、“友だち”として接してきた。だから俺は、身能と“友だち”になりてえと思えたし、身能のことは、信じられる」


身能の言葉というのが何を指しているのか、緑谷にはわからないけど・・・それはきっと、轟にとっては、彼のあり方さえも変えてしまえるような、重大な言葉だったに違いない。
そして、轟が信頼できる“友だち”の言葉だったからこそ、彼は突き動かされたんだ。


「・・・そうだね。確かに・・・通りすがりが何言ってんだって感じだ」


だけど・・・もし、彼女なら。
彼女なら、洸汰に何と言うんだろう?彼女だったら、言葉と、行動で・・・洸汰にも明るい道を示してあげられるんじゃないだろうか。


「そいつをどうしてえのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ首突っ込むのもアレだぞ―――そういうの気にせずぶっ壊してくるからな、お前らは」

「・・・なんかすいません・・・」


過去の自分を振り返って反省していると、轟が「・・・そういえば」と口火を切った。


「お前、身能と打ち解けたんだな・・・前みてえな、妙なよそよそしさがなくなった」


その言葉を聞いて、素直に嬉しくなる。
体育祭の頃、轟は緑谷と身能に、妙に“よそよそしく接してる”ように見えたと言っていたし、実際、お互いにそうだったと思う。互いにライバル意識ばかりが先行して、距離を置いて・・・。
でも、期末試験を経て、その微妙な関係は解消されたのだ。轟をはじめとするクラスメイトたちにも、その変化が見て取れるくらいに、身能との関係が改善されたのだ。
それを実感して、ほくほくと喜びを隠し切れずに破顔していると、


「ずいぶん仲良いよな・・・身能と“相性がいい”とか、俺だって言われたことねえのに・・・」

「え、」


じっとりと、拗ねたような視線を緑谷に向けてくる轟に、思わず表情筋が引きつった。
その恨みがましい視線は、覚えがある―――まあ、間違いなく・・・嫉妬だろう。
おもちゃを取られた子供のように哀愁を漂わせる彼に、ふつふつと罪悪感が芽生えてきた。


「・・・なんか、すいません・・・」

「?・・・なんで緑谷が謝ってんだ?」


委縮する緑谷を不思議そうに見つめる彼は、おそらく、自分が不機嫌な理由すら自覚していないんだろうな。
自覚はないけど行動は素直な轟と、(たぶん)自覚してるのに行動が素直じゃない爆豪―――この二人の戦い、どちらに軍配が上がるのだろうか・・・?
自分は絶対に関わり合いたくはないけど、怖いもの見たさから勝負の行方は気になる緑谷であった。





林間合宿は、ヴィラン連合の襲撃により、一瞬のうちに悲惨なものへと変わった。
緑谷は、一人で秘密基地にいた洸汰を守るために奮闘し、彼を保護したあとは 両腕に多大なダメージを食らいながらも、身能と爆豪がヴィランの“ターゲット”であることに焦燥して奔走した。
しかし、両腕を使えない緑谷に出来ることなんてほとんどなくて・・・生徒たちも、プロヒーローさえも、甚大な被害を被った。
皆が絶望する中、唯一の救いは、身能が無事だったということ。彼女も怪我は負ったものの、飯田たちクラスメイトや先生たちの援護もあって、連合に連れ去られずに済んだのだ。
だけど―――爆豪を、目の前で奪われてしまった。緑谷の手の届くところにいたはずなのに。

―――じゃあ、今度は救けよう

―――いつか過去を振り返ったときに、後悔のない選択をしていたいよね


失意の底にいた緑谷が、切島や身能の言葉に、再び奮い立つ。
飯田をはじめ、多くのクラスメイトたちが反対する中・・・それでも、動かずにはいられない。
肝心の爆豪の居場所については、八百万の協力があって連合のアジトらしき場所を突き止めたのだが・・・彼女も、爆豪救出に赴くことにいい顔はしなかった。“監視役”として同行すると言った彼女は、渋い顔で緑谷たちに苦言を呈した。


「お気持ちがわかるからこその妥協案だということ、お忘れなきよう―――もし、強子さんがヴィランに攫われていたのなら・・・私も、冷静な判断など出来なかったでしょうから」


今思えば、八百万の言うように、緑谷たちに冷静さなんか無くて、かなり無謀な計画ではあったけれど・・・結果は、誰もヴィランと戦うことなく、怪我を負うこともなく、爆豪の救出に成功した。
そして―――再びA組21人が揃って、日常へと戻ることが出来た。
とはいえ、今までと全く同じというわけではない。林間合宿であんな経験をして、神野事件を目の当たりにして・・・A組の誰もが、「もっと強くならなくては」と、今まで以上に気合いが入っていたと思う。
仮免試験においても、クラスのほとんどの者が合格を掴みとり、A組には明るい 開放的なムードが漂っていた。

けれど、仮免試験の日の夜―――“個性”の話だと言われ、爆豪に呼び出された緑谷は困惑していた。
グラウンド・βまで呼び出されたかと思えば、この“個性”がオールマイトから貰ったものだろと言い当てられて・・・緑谷は返答に詰まる。それを聞いて爆豪はどうするつもりなのか、彼が何を考えているのかと考えあぐねていると、


「戦えや―――ここで、今」

「何 で !?」


思いも寄らぬ申し出に ぎょっと目を見開いて当惑する。


「ええ!?待ってよ何でそうなるの!?いや・・・マズいって、ここにいる事自体ダメなんだし・・・!」


こんな遅くに寮を抜け出して、勝手にグラウンドに入り込んだだけでも𠮟られるだろうに、そのうえ私闘だなんて とんでもない!


「せめて戦うっても自主練とかで・・・トッ、トレーニング場を借りてやるべきだよ・・・!前にかっちゃんが身能さんと戦ったときみたいに!」


思い返すのは、体育祭前の二人の戦い――あれは 二人の私怨が爆発した結果の私闘だったけど、相澤の名のもとに正当化された“戦闘訓練”であった。
ならば緑谷も、彼女のときと同じような手法で戦えばいいじゃないかと考えたのだが、彼女の話題を出したのは間違いであった。


「そ の 名 前 を 出 す ん じゃ ね え・・・!!」


地の底から這いあがってくるような低い声で唸る爆豪。不機嫌をカケラも隠す気などないようで、あり得ないほど鋭角につり上がった目で睨みつけられ、恐怖から全身が硬直する。


「俺ぁ 今・・・あの女に、心底ムカついてんだッ!」


そうだった、と、目の前の鬼の形相を見ながら冷や汗を垂らす。
仮免試験で他校生らと交流する機会があった今日・・・改めて、彼女の人気ぶりが頭角を現した。
A組の中ではトラブルメーカー・・・いや、ちょっとお転婆なムードメーカーという認識の彼女だから、うっかり忘れかけていたけど―――外部の人たちと接する中で思い出した。
彼女のモテっぷりをまざまざと見せつけられ、その上、彼女の“元カレ”とやらも現れて・・・爆豪は虫の居所が悪く、いつも以上に感情的なように見えた。


「(・・・いや、待って、これ・・・単なる八つ当たりなんじゃ・・・?)」


戦えって言うけど、緑谷でいいように憂さ晴らしするつもりじゃないのか!?彼が嫉妬するのもわかるが、そのイラつきを緑谷に向けられては たまったもんじゃない。
理不尽なとばっちりを受けて、身能を恨みたくなりながら、どうにか彼を鎮められないかと模索していた、のだが・・・。


「―――戦えよ!!何なんだよ!何で!!ずっと後ろにいた奴のっ、背中を追うようになっちまった!!クソザコのてめぇが力をつけて・・・オールマイトに認められて・・・強くなってんのに!」


限界まで溜まっていたものが溢れ出るよう、彼の口からとめどなく吐露されていく。


「なのに何で俺はっ―――俺は・・・・・・オールマイトを、終わらせちまってんだ!!」


それを聞いて、言葉を失った。
オールマイトの引退――それが、こんなにも彼を苦しめていたなんて、気がつかなかった。
一人でずっと抱え込んで、悩んで、考えて・・・燻ぶらせていたそのどうしようもない思いを、緑谷へぶつけるほかに、方法なんてないのかもしれない。


「俺が強くて、ヴィランに攫われなんかしなけりゃ、あんな事になってなかった!身能は攫われなかったってのに!補欠だったアイツが自衛できてて・・・何で、俺はっ・・・!」


この戦いに意味なんてないかもしれない。勝ちにも敗けにも意味はないのかもしれない。
爆豪の苛立ちが爆発したのは“身能のせい”という部分も否定できないけど・・・それでも―――やらなきゃいけないんだ。今、彼の気持ちを受けられるのは自分しかいないのだから。
やるなら・・・全力だ!!


「――――――お前・・・一番強ぇ人にレール敷いてもらって・・・敗けてんなよ」


結果は、緑谷の敗けだった。
勝負を見届けていたオールマイトから話を聞いて、事情を理解した爆豪から、手厳しい言葉をもらう。
その言葉をしかと受け止めた緑谷が、彼に勝てるように「強くなるよ」と決意を示せば、大きなため息が返ってきた。


「―――デクとあんたの関係知ってんのは?」

「リカバリーガールと校長・・・生徒では、君だけだ」


緑谷とオールマイトの秘密が、三人の秘密に変わる。その慣れない感覚をくすぐったく感じていると、爆豪がぼそりと呟いた。


「・・・アイツは、知らねぇのか」

「え?“アイツ”・・・?」


“アイツ”って誰のことだ?と首を傾げれば、「・・・あの補欠女のことだ」と低い声で唸られ、緑谷もオールマイトもきょとんとする。


「補欠、って・・・え、身能さんのこと!?な、なんで・・・?」

「彼女が知ってるハズはないと思うが・・・」

「・・・・・・アイツの眼、クソデクを見るときだけ、他を見るのと違ぇンだよ。まるで圧倒的に高ぇ壁でも見てるような眼で見てやがる・・・期末んときの、オールマイトを見る眼みてェな・・・」


苦々しく語られたそれは、寝耳に水だった。


「身能が“秘密”を知らねーとしても、薄々何かは感づいてるかもな・・・バレたくねェなら、しっかり隠せや」


ギロリと睨まれ、緑谷は慌てて頷いた。それは、以前うっかり爆豪に秘密を漏らしてしまった緑谷に対する非難である。
彼の言う通り、彼女は勘が鋭いところがあるし、迂闊なことは出来ないなと気を引き締めた。












「あのさ・・・インターン組、何かあった?」

「え?」


虚をつかれ、緑谷は目を瞬かせた。
前ぶりなく振られた話題にも意表をつかれたが、そう声をかけてきた相手が 思ってもみない人物だったから。実を言うと、クラスメイトとはいえ、耳郎と二人で話す機会は今まであまり無かったもので、面食らってしまったのである。


「あー、いや、なんていうか・・・最近のインターン組は根詰めてる感があるっていうか・・・強子も、なんか元気ないなーと思ってたら、今度は妙にやる気スイッチ入ってるし・・・ちょっと、心配になったというか・・・」


緑谷の反応に、少し気恥ずかしそうに視線を泳がせながら彼女が口にした名前を聞いて、彼女の言わんとすることに察しがついた。インターンについて聞きたいなら、彼女の場合は身能に聞くだろうが・・・そうではなく、彼女が聞きたいのは、その 身能自身のことなんだろう。
緑谷から話せることなら話してあげたいところだが、おそらくだけど、最近の彼女の様子というのは、インターンと直結するもの。けれど困ったことに、インターンのことは緘口令が敷かれているため、一切の口外が出来ない。となると、耳郎にどう言えばいいものか・・・。
緑谷が慎重に言葉を選んでいると、耳郎が困ったような笑みを浮かべた。


「緑谷さ・・・悪いんだけど、強子が無茶しないよう見ててやってくれない?」

「えっ?」

「あの子、頭に血がのぼると視野が狭くなって短絡的になるトコあるからさ。いざって時は、力づくで止めてやってよ―――強子を“力づく”で止められるの、緑谷くらいだろうから」


・・・なるほど。彼女の言わんとしていたことは、これだったらしい。確かに、『身体強化』の彼女にパワーで拮抗できる人物は、インターン組では緑谷くらいないので、耳郎が緑谷に頼むのももっともだ。
だけど―――耳郎の頼みに頷きながらも、緑谷はどうにも腑に落ちなかった。


「(みんな、身能さんのこと心配しすぎなんじゃ・・・?)」


耳郎だけではない。うちのクラスには、八百万や飯田をはじめ、身能に過保護な者たちが多くいる。彼女にべったりな轟は言うまでもないが、あの爆豪でさえ彼女には甲斐甲斐しい。相澤も、ビッグ3に身能を目にかけるよう頼み込むくらいだし。
身能が直情型の人間で、すぐに無茶をする点は否定しない。彼女がヴィラン連合に狙われたのも事実。
けれど・・・彼女は、強い人である。ここぞという時に頼れる、素晴らしいヒーローなのだ。誰かに守られていなくとも、彼女なら、どんなピンチも一人で乗り越えていける――そういう人なのだと、緑谷は認識している。
ゆえに、彼女を案じるみんなの気遣いは、身能に対して過剰なように思えてならなかった。





入学時からずっと、強くて、かっこよくて、多方面に秀でていて、妬ましいくらいに眩しくて。緑谷にとって、彼女は、手が届かないんじゃないかと思うほどの存在であり・・・言うなれば、絶対的な存在。
だからこそ、緑谷は、彼女を信頼していた。
彼女がいれば”大丈夫だ”と、彼女なら”何とかしてくれる”と、彼女のことを信じ切っていた。
期末試験でもそうだったように、林間合宿でも、仮免試験でも・・・いつだって彼女には全幅の信頼を寄せ、彼女を頼っていた。彼女が緑谷の心の拠りどころと言ってもいいほど。
インターンにおいても然りで、チームアップするメンバーの中に身能がいると知った瞬間には、半ば勝利したも同然だと、大船に乗った気持ちになったくらいだ。

しかし―――死穢八斎會との戦いも終わり、エリちゃんも保護して、一件落着・・・そう思っていた矢先の出来事だった。
一人で連合を追跡すると言って聞かない彼女に、嫌な予感を覚えれば、


「身能さんッ!!!」


死柄木と至近距離で対峙している身能を視認し、息をのむ。救けなきゃ、そう思う間もなく・・・ぐさり と彼女の胸にナイフが刺し込まれた。


「!?ッ、身能さん!!!!」


目の前のすべてが、信じられなかった。
彼女の胸元からボタボタとこぼれ落ちる赤い液体も。段々と か細く消えてゆく彼女の呼吸も。力尽きたように地面に崩れる彼女の身体も。


「(・・・・・・嘘だ)」


ナイトアイが致命傷を負ったときだって耐え難い思いだったのに・・・目の前で誰かが“死ぬ”なんて、最悪な気分だ。
それも、あの、身能の死を見せられるなんて・・・緑谷が信じてやまなかった彼女の死を、見るなんて・・・!


「(こんなの、嘘だ・・・っ!)」


こんなこと、あり得ない。そうだ、悪い夢に違いない。夢であったとしても許しがたい光景だぞ。
なぜか 申し訳なさそうに顔を歪める彼女が、よろよろと、救いを求める腕を自分に向けて伸ばした。
それをただ、じっと見つめるしか出来ない緑谷が途方にくれるうちに、彼女の眼から、光が消えていく。そして、彼女の腕がぱたりと地面に落ちると・・・彼女はもうピクリとも動かなくなった。


「(う、そだ・・・嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!)」


信じられない、信じたくない光景を前にして、ただ、「嘘だ」と否定する言葉だけが緑谷の頭を占めていた。
ヴィラン連合の三人に対して自分一人、それも脳無によって体の自由が奪われているという絶望的な状況でも、逃げようとか抗おうとか、そんな思考にも至らない。それくらい、彼女の死にショックを受けていたのだ。
だけど、その直後―――


「お、おい・・・嘘だろ?」


その場にいる全員を代表して、トゥワイスがそう口走った。
そりゃ誰だって、「嘘だろ?」と自分の目を疑いたくもなるものだ。
こんなこと、あり得ない。信じられない。だって―――確かに”死んだ”はずの彼女が、甦ったなんて。





信じられないことが立て続けに起こって混乱する頭で・・・けれど、彼女が『ワン・フォー・オール』を知っていた件については、オールマイトに相談しなくてはと思い至る。
いざオールマイトに相談すると、存外 彼は冷静で、身能本人に事情を聞いてみることとなった。
そうして彼女に訊ねてみれば、これまた意外にも、彼女は素直に応じてくれた。
彼女の語るところによると、“前世”で得た知識なのだと・・・やっぱりちょっと信じがたいものだけど、納得のいく話ではあった。


「―――ありがとう。オールマイトにも黙っててくれて」


二人きりになると、彼女がそう告げた。言わずもがな、彼女が死柄木に“殺されたこと”を言っているのだろう。
でも、彼女に感謝されるようなことではない。誰かに言いたくとも、『ワン・フォー・オール』を盾に彼女に脅されていた手前、誰にも言えなかったというだけなのだから。
それでも、妙にスッキリした様子で、さわやかに礼を告げてきた彼女に・・・ふつふつと言い得ぬ感情が沸き起こる。


「身能さんは、」


―――自分勝手だ。
自由気ままに、やりたい放題(やりたい放題できるだけのポテンシャルがあるというのも問題だ)。
思い立ったら無鉄砲なことも平気でするし(行動力がありすぎるのも問題だ)。
がむしゃらな彼女は見ているだけでハラハラして、こっちは気が気じゃないというのに・・・当の本人は、そんな他者の思いなんて そっちのけ。それで結局は、周囲の人間ばかりが振り回されるわけだ。

今回だって、そうだった。
自分の立場は理解しているはずなのに、連合を追跡しようと単独行動をとるなんて、向こう見ずにもほどがあるだろ。
ヒーロー達を集めてすぐに彼女を追ったけど、中々見つからなくて、どれだけ心配したことか。ようやく彼女を見つけ出したと思えば、致命傷を負う瞬間を見せられて・・・彼女の“死”を目の当たりにした。
あの瞬間の、あの喪失感は、もう二度と味わいたくない。
かと思えば今度は、彼女が生き返ったのである。まったく、嘘のような話だ。目の前で起こった出来事なのに、とても信じられない出来事であった。

怒涛の展開に、緑谷の頭はひたすら混乱するばかり。そんな緑谷の心情なんか彼女はお構いなしで、「言わないで」なんて、緑谷を脅迫してくる始末。
緑谷が彼女をどれだけ心配したかなんて、彼女の死をどれだけ悔やんだかなんて・・・彼女は歯牙にもかけないじゃないか。現場に居合わせた緑谷だけではなく、日ごろから身能を案じている あの過保護者たちの気持ちさえも軽んじてるじゃないか!

そして―――“前世”の記憶があるという、彼女の秘密を聞いて、ふと思った。
その記憶のせいで、彼女は、“死”を軽く考えてるんじゃないか、と。人生を何度も繰り返すうち、”死んでもまた次がある”と、潜在的に考えていても不思議じゃない。
それに・・・前から気になっていたことだけど、なんというか、彼女はどこか・・・周囲と一線を引いているような気がしていた。
普通にみんなと仲良く接しているが、ふとした瞬間に、その違和感が垣間見えるのだ――自分は他のみんなとは違う世界の人間だ、とでも言うような振る舞い。自分は他のみんなと違う理の中で生きている、異物なのだとでも言いたげな態度。
彼女をよく観察していた緑谷だからこそ気づいた、その小さな違和感。
少し寂しげで、自虐的にも見えるそれは、彼女が補欠入学者であることが原因かと思っていたけど・・・実際は、彼女が輪廻転生を繰り返していることが原因だったのかもしれない。そんな記憶があったら、そりゃ、彼女が見ている世界は みんなとは違って見えるだろう。


「(だからって・・・自分勝手に行動していいわけがない)」


そんな当然の結論に至ると、自分勝手な彼女に、どんどん腹が立ってきた。
緑谷は感情が昂るままに声を荒げていたようで、気づくと、ほとんど叫ぶように彼女に言葉をぶつけていた。


「身能さんは 大事なことをわかってない!」


みんなと見えている世界が違うからって、勝手に疎外感を感じて、自分から線を引くなんて間違ってる。
1−Aの皆も、相澤も、ファットガムや天喰、そして緑谷だって―――彼女がどんなふうに世界を見ていようが、そんなの関係ないんだ。


「身能さんは、皆にとって、大切な・・・かけがえのない存在なんだよ!!君が死んでしまったらっ・・・雄英(ここ)に帰ってこなかったらっ!皆がどんなに悲しむか、考えて行動してくれよ!!!」


言いながら、胸が締め付けられた。
あのとき彼女の身に奇跡が起きていなければ・・・多くの者が身能の死を悲しみ、悔いて、涙を流していただろう。緑谷だって、目の前で彼女を失ったあの瞬間、あの光景が、もうトラウマのようになってるんだ。


「そりゃ、勝利に向かって突き進む君はカッコいいよ!けど、自分の身をかえりみずに突っ込んでいくのは・・・自殺志願と変わらない!命を粗末にするなんて、絶対にダメだ!!たとえ、生き返れるんだとしても、死ぬことを軽んじるなんて、そんなの絶対に、ダメなんだ!!!」

「ちょっ、待って待って!!!」


勢い止まらずにまくし立てていると、慌てた様子で彼女が「誤解だよ!」と口を挟んだ。


「むしろ、その逆だよ!私は死の痛みも悔しさも、イヤってほど知ってるから、絶対に死にたくないって思ってるの!死柄木に言ったのも、“絶対に死ぬもんか”っていう意思表示だから!私、簡単には死ぬつもりないからね!!?それに、私だって皆が大切だから、皆に心配かけないよう努力もするし!!!」

「そっ・・・!!!」


身能の言葉を聞き届けてから冷静に考えみると、彼女の言い分はもっともで・・・緑谷は、自分の早とちりだったことを理解する。
そして、誤解したあげく、あーだこーだと熱く語ってしまったことに恥じ入りながら、「・・・それなら、いいんだけど」とかろうじて返した。
・・・というか、“大切”だと言われるのって、思っていた以上に照れくさい・・・まあ、彼女が大切だと言ったのは“皆”であって、”緑谷”単体ではないのだけど、それでも気恥ずかしくて顔が熱くなった。


「心配かけて、ごめんね。それと・・・あのとき、救けに来てくれて ありがとう」


それも、やはり、彼女に感謝されるようなことではない。
結局、彼女は死柄木に殺されたのだ。あのとき、緑谷の手の届く範囲にいたのに、緑谷しか彼女を救える人間はいなかったのに・・・緑谷は彼女を救えなかった。
緑谷はいつも、身能に救けられていたのに、だ。
絶対的な存在である彼女の行動が、言葉が、いつだって緑谷に力を与えてくれていたのに・・・緑谷は、彼女に何も返せていなかった。
いや、そもそも緑谷なんかに、彼女にしてやれることなんて何も無いのかもしれないけど。


「・・・・・・ここだけの話だけどさ、」


唐突な切り出しに、緑谷が不思議そうに顔をあげると、身能はいたって真面目な表情で告げた。


「私・・・自分は “勝ち組”だと思ってたんだよね」

「えっ?」


彼女は急に何を言い出すのかと、緑谷は目を点にした。


「ほら・・・私って 可愛いし、頭良いし、個性もいいし、人気者でしょ?」

「う、うん・・・(自分でそれ言っちゃうんだ・・・)」

「これだけハイスペックなら、身能 強子は、悩みとか苦労のない、順風満帆な人生を送れると思ってたんだよ」


それはおそらく、”前世”の自分と比較して出てきた言葉なんだろう。


「でも・・・実際はそうじゃなかった。気づけば、私の人生は“受難”だらけよ」


はあ、と憂いげにため息をついて、身能は天をあおいだ。
言われてみれば確かに、彼女は、何かと厄介ごとに巻き込まれやすいタチのような気がする。


「“勝ち組”かどうかは、生まれたときのステータスで決まるもんじゃない―――」


はたと目を見開いた。
その言葉は、まるで、『無個性』だった緑谷に向けられたように思えた。
『無個性』だと周囲から嘲笑われ、人は生まれながらに平等じゃないと齢四歳にして悟って・・・人を“勝ち組”や“負け組”という言葉でくくるなら、爆豪みたいなやつが“勝ち組”で、自分は“負け組”に属するんだろうと、ずっと、そんな風に考えていた。


「たぶん、本当の意味での“勝ち組”ってのは、与えられた“受難”を 乗り越えていける人のことなんじゃないかと思う」


『無個性』であることに苦しんだけれど、『無個性』であったがゆえに、オールマイトに認めてもらえた。そして今や緑谷は、『ワン・フォー・オール』という個性を身に宿している。
これこそ、彼女の言う、“受難”を乗り越えたというやつじゃないか?そう考えると、数秒前まで情けなくて仕方なかった自分自身のことも、少しだけ誇らしく思えてくる。


「どんな困難も、後悔も、悲しみも・・・みんな、乗り越えていくしかない。乗り越えたもん勝ちなんだよ」


きっと、その通りだ。
彼女を救えなかった、彼女に何も返せていないという後悔も、乗り越える―――これから彼女の身を守れればいいし、彼女に少しずつ返していけばいいんだ。
うん、きっと大丈夫だ。
緑谷はもう、『無個性』だった頃の無力な自分とは違う。緑谷は、生まれもった“受難”を乗り越えて、変われたんだ、成長できたんだ。
これから先も・・・緑谷にどれだけの“受難”が降りそそぐかなんて、わからないけど、


「私も 乗り越えていくから・・・デクくんも、乗り越えていこう!」


緑谷に向けられた一点の曇りもない笑顔に、思わず呆気にとられてしまった。


「・・・ははっ!やっぱり、身能さんは すごいや」


“死”さえも乗り越えるという奇跡を起こした彼女がそう言うのだから、緑谷だって、どんな“受難”だろうと乗り越えていける――そう確信させるような笑顔だった。
ナイトアイが言っていた、彼女の笑顔が皆に力を与えるという言葉を、さっそく実感する。

それに、“勝ち組”であろうとする強気な彼女を見て、“そうだった”と思い出した。
どんな事でも、どんな時でも、どんな相手であっても・・・彼女は絶対、勝者であろうとするんだ。はたして彼女の言う“勝ち組”が どんな相手に対する勝者にあたるのかは、疑問に残るところだけども。


「(・・・ちょっと、過剰に心配しすぎちゃったかな)」


彼女のことだから、簡単に命を捨てることはしないはずだ。死ぬことは、彼女の言うところの“負け”と同義だろう。
先ほどは早とちりしてしまったけど、杞憂だった。


「(これじゃあ、みんなのこと“過保護”だとか言えた立場じゃないな)」


そう自嘲気味に振り返った緑谷の心は、スッキリと晴れ渡っていた。先ほどまで抱えていた言い得ぬ感情も、いつの間にか吹っ切れた。
気づけば、前日から彼女との間に漂っていたピリついた空気もなくなり、二人は穏やか心地に包まれている。
すると、自然と口をついて出てきたのは、気になっていたあの件で、


「死柄木はどうして身能さんにあんなに執着してるんだろう?」

「あー・・・なんかね、前世の“私”を殺したのが、死柄木の前世にあたる人間なんだけど・・・」

「・・・・・・んっ!?」


彼女の口から淡々と語られる内容は、やはり俄かには信じがたいもので混乱した。事実は小説より奇なりとは言うけれど・・・まったく理解が追いつかない。
緑谷がストップをかけると、彼女はその数奇な輪廻転生について緑谷にもわかるよう語って聞かせてくれた。


「そ、そんな壮絶な運命が・・・!?」


あまりに・・・あんまりな運命に言葉を失っていると、「“平和の象徴”を受け継ぐ君ほどじゃないよ」なんて軽口を返して身能が笑うから、どちらも笑いごとじゃないはずなのに、つられて緑谷も笑ってしまった。
なんというか・・・緑谷の秘密を彼女に明かしたことで、彼女に対する引け目のようなものが取っ払われたのもあるし・・・身能も、彼女の秘密を打ち明けたことで、緑谷に対する遠慮が取っ払われたようだった。
互いの重大な秘密をジョークのように口にしては、可笑しそうに笑い合う二人は・・・今までよりも、もっとずっと、距離が近い。

秘密を共有する―――たったそれだけの事だけど・・・緑谷と身能、互いの心の距離を縮めるには十分だった。
もともと、重大な隠し事を抱えていた二人。秘密を打ち明けられる仲間がいれば、自然と心を開き、本心をさらけ出すのも当然のこと。
ありていに言えば・・・共有の秘密を抱えることで、二人の仲間意識は今まで以上に高まり、一歩下がって相手と接するような遠慮がなくなったのである。
この日を境に、二人は、互いに気兼ねなく話せる間柄となった。





―――翌朝。
その日は休日だったこともあり、疲労がたまっていた緑谷はのんびりと起床してきたのだが・・・ふと、寮内に身能の姿が見当たらないことに気がついた。談話スペースにいたクラスメイトたちに訊ねてみれば、


「・・・え?仮免講習の、見学に・・・?身能さんが?・・・・・・え、昨日の今日で?」


いや、いくらなんでも、アグレッシブが過ぎるだろう。
どうせ彼女は「楽しそう」だとか、その程度の理由で行動を起こしたんだろうけど・・・でも、あんな事があったばかりだぞ?死柄木との因縁だってあるのに、そんな気軽に外出するなんて、何を考えてるんだと思わず頭を抱える。

―――今になって、ようやく、身能に過保護な者たちの気苦労を痛感した緑谷であった。










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こうしてまた、夢主に過保護なメンバーがひとり増えました。

インターンを経て、緑谷との関係に再び変化があったので、やはり彼視点の話をここで入れておかなければなりません!
たぶん、常日頃から人を観察・分析している緑谷にしか気づけない一面もあると思います。



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