人生はままならない

気がついたら、真っ暗闇の中にいた。
真っ黒な世界の中・・・ただ、沼底に沈んでいくように、身体がゆっくりと落ちていく感覚だけを感じていた。


「(―――ああ、そっか。私・・・死んだんだ)」


そういえば、前に死んだときも、同じような感覚に陥った記憶がある。
前回だけじゃない。その前の人生も、その前も、さらにその前も・・・死ぬたびに、毎度この暗闇を落ちていく感覚を経験してきた。何度も生まれ変わっては、ずっとずっと繰り返されてきた、自分が“死ぬ”感覚。
ということは、今も、また・・・身能 強子が、死後の世界へと向かっているところなんだろう。
そして、“死ぬ”感覚を思い出すと同時に、ぼんやりとだが 思い出した。過去、“私”が繰り返してきた人生の数々。そして・・・どの人生においても、最後には必ずあいつに殺され、凄惨な死をむかえていたこと。


「(・・・今回も、ひどい人生だったな)」


自分の人生を振り返れば、自然とため息がこぼれる。
この超人社会ですら重宝される 優良個性。その個性に見合う 抜群の運動神経。文武ともに 成績優秀。加えて、世の女性たちが羨み嫉妬するほどに 容姿端麗。
これだけのステータスがあれば、勝ち組人生を歩んで然るべきだろうに。もっと、幸せになれたはずなのに―――


「人生、ままならないよなぁ・・・」


優れた個性を持っていても―――それを発揮しきれないまま、“補欠”合格者という不名誉な称号を得たじゃないか。
どれだけ優秀でも―――恥も外聞もなく 必死にあがいたって、強者どもから、敗北の屈辱を味あわされたじゃないか。
外ヅラばかり良くしたって―――生まれる前からずっと仲良くなりたかった人たちには、冷たく突き放され、深く傷ついたじゃないか。
勝ち組に生まれたと思ったのに―――ちっとも勝てないじゃないか。“期待外れ”なんて言葉を外野から突き付けられたこともあったし。
前世で得た情報アドバンテージだって―――まるで役に立たないじゃないか。“原作”にはなかった予想外の展開に振り回されて、“知っていた”はずの未来には裏切られて。

それでも・・・頑張ってきたんだ。ままならない人生の中でも、頑張ってきたつもりなんだ。より良い人生になるようにと、努力を費やし、日々を積み重ねてきた、はず、なのに。


―――自分は変われたんだって、成長できたんだって・・・そんなふうに思ってたなら、そいつは思い違いだ


・・・・・・調子に乗っていた。
身能 強子として生まれ、そのハイスペックぶりに思い上がっていたんだ。手に入れた“万能感”に、酔いしれていたに過ぎない。
身能 強子に転生したって、結局は、根本の部分は、前世の“私”から何も変わっていなかった。
自分は無力で、非力で・・・なにひとつ成し遂げられないまま、この世になんにも残せないまま、殺されるだけの人生。


―――かわいそうになァ・・・けど、これはもう、俺たちの意志でどうにかなるもんじゃない。そういう星のもとに生まれたんだと 受け入れるしかないんだよ


こんな絶望的な運命を背負わされて・・・この人生の どこが、勝ち組か。なにが、イージーモードか。


「(とんだハズレくじを引かされて、負け確定人生だもんなぁ・・・ハードモードどころか 無理ゲーだよ・・・)」


縋るように、すっと右腕を宙に向けて伸ばしてみる。
何か掴むものを探そうと腕を彷徨わせても、腕の先には何もない。何も掴めぬまま・・・真っ暗闇の中、自分の身体は下へ下へと沈み続けるだけ。
・・・どうせ、次また生まれ変わっても、こうやって、懇願するよう腕を伸ばしながら死にゆくのだ。
精一杯に腕を伸ばしてみたって何も掴めないし、誰にも届きやしない。救けを求めようが、許しを請おうが、誰にもこの腕をとってもらえないまま死んでいく。
それなら、いっそ・・・


「・・・もう、生まれ変わりたくないなぁ」


ぽつりと呟いて、そっと目蓋を下ろす。
いっそ、このまま死んでいたほうが楽だ。もう怖い思いも、痛い思いもしなくていい。何かを望むせいで絶望するなら、初めから何も望まなければいい。
何もかもを投げ出したい気分になり、伸ばしていた腕も下ろそうとした―――瞬間、その手をパシッと誰かに握られた。


「!!?」


まさかの出来事に驚き、カッと目蓋を見開くと、


「あきらめないで」


私の腕を掴んで、そう告げたのは・・・なんと、前世の“私”だった。
目が合うと、ニコリと笑いかけてきた“私”に、ぽかんと呆気にとられる。
これは、夢か?すでに故人となっている“私”と対面するって、有り得ないだろ・・・・・・あ、今となっては、自分自身も故人になるのか。


「あきらめるのは、まだ早いよ」

「・・・いや、まだ早い って言われても・・・」


再び話しかけてきた“私”に、躊躇いがちに言及する。


「私、もう死んでるんだけど・・・」


そう、すでに死んだんだよ。もう何もかも手遅れだ。
こうして“私”と対話できるのだって、ここが死後の世界だからだろう?
げんなりと表情を崩して、諭すように“私”に言い聞かせる。


「私は、“あいつ”に殺されたんだよ。まったくもって不本意だけど、そうなる運命なんだってさ・・・知ってるでしょ?アンタも 同じ運命だったんだから」

「だけど―――身能 強子なら、その運命にも抗える」

「はァ?」


自信満々に、いったい何を言い出すんだ、この“私”は・・・。


「身能 強子には、個性がある。今までに殺された“私”たちには 無かった力だよ」

「・・・・・・あのねぇ、」


信じて疑わない様子の ノンキな“私”に、思わず眉間にしわを寄せ、こめかみを押さえる。


「個性なんてものがあれば、何者かに“なれる”だなんて・・・勘違いなの。優良個性を授かったところで、何でもかんでも出来る 神様になれるわけじゃない」

「でも・・・まずは、他の誰でもない 自分自身が“なれる”と信じてあげなきゃ、“なれる”ものも“なれない”でしょ」

「・・・」


予期せず過去の自分から的を射たことを言われ、口をつぐむ。
確かに・・・何かを成し遂げる人ってのは大抵、本人が“出来る”と信じて疑わずに没頭するからこそ、成し遂げられるものだ。
この超人社会で 無個性の人間が“平和の象徴”になるなんて、それこそ 本人が“なれる”と思い込んでなきゃ、到底実現できないだろうさ。


「・・・だとしても。死んだ人間には、何も出来ない。身能 強子は死んだ。結局、私も、過去の“私”たちと同じだったんだよ」

「同じじゃないよ」


一徹して前向きな姿勢を見せる“私”が、不思議でならない。
怪訝な面持ちになって彼女を見ていると、今度は彼女のほうが、諭すように言い聞かせてくる。


「気づいてないだろうけど・・・繰り返される輪廻の中で、過去の私たちから身能 強子へと、受け継いだものがある」

「え・・・?」

「無念にも殺された、過去の私たちの・・・“思い” だよ。生きたいと望む“思い”や、負けたくない、強くありたいと願う“思い”・・・」


ぱちくりと瞬いて、“私”の言葉に耳を傾ける。


「過去の私たち、一人ひとりが “思い”を培いながら、この魂を通して、ずっと紡いできたんだよ―――・・・そう、『ワン・フォー・オール』が、過去の歴代継承者から次代へ“力”を受け継ぐのと同じように」

「・・・へあっ!?」


あまりに突拍子のない話で、一瞬、理解が追い付かなかった。


「『ワン・フォー・オール』が、巨悪を倒すために継承されてきたものなら・・・過去の私たちの“思い”は、この魂の悲しい宿命(さだめ)を破るために継承されてきたもので―――きっと、今が 特異点。きっと、過去の私たちの悲しい宿命を、身能 強子が 打ち破ってくれる。今回は、前回と同じにはならないよ・・・だって、あなたの魂には、前回よりも強い“思い”が、継承されてるんだから」


魂に受け継がれた“思い”だって?『ワン・フォー・オール』と、同じだと?特異点ってなんだ。魂の宿命を打ち破れとか、本気?
・・・つまり、“私”が言ってるのって、


「・・・オカルト話?」

「それを言うなら ロマンでしょ!」


呆れたように“私”がツッコんで くしゃりと笑うから、こちらもつられて、くしゃりと笑う。
なんだか、気の合う、古くからの友達と話している気分だ。うん、それもそうか・・・相手は自分自身なんだから、気が合って当然か。
正直いって、急にそんな スケールの大きい話をされても ピンとこないし、殺されたばかりで 笑っていられる立場でもないんだけど・・・さっきまでの絶望感が、少し、薄れた。


「“ヒロアカ”の主人公は、緑谷 出久だけど―――この物語の主人公は・・・あなただよ、身能 強子」

「!」

「自分の価値を、自分の命を・・・所詮この程度だ なんて、決めつけないで。命は、限りあるものだけど・・・でも、あなたなら・・・その“限界”すら超えて、さらに向こうへ。もっと先へ、進めるはず!」


確信を持った顔で“私”が告げた言葉に、ドクリと、もう止まったはずの心臓が波打った気がした。


「これまで積み重ねてきた あなただからこそ、超えていける。過去の私たちから “思い”を受け継いだあなたには、過去の私たちには無かった、強い“思い”がある―――大丈夫っ、あなたが信じて突き進めば、結果も自ずと ついて来る!だから、悲しい宿命が嫌なら、負けっぱなしが嫌なら・・・今世にまだ やり残したことがあるならっ」


私の右手を掴む“私”の手に ぎゅっと力が込められ、身体が、グンと引っ張られる。


「あきらめるな!―――立 ち 上 が れ!!」


彼女に身体を引き上げられながら・・・走馬灯のように、身能 強子の記憶が駆けめぐる。
そして―――思い出す。
身能 強子の人生には、やり残したことが、まだ いっぱいあったのだと。今世に、未練が山ほど残っていたのだと。
思い出した途端、胸が、燃えるように熱くなる―――





―――・・・ああ、そうだった。





―――身能 強子、お前はこんなところで死んでいい人間じゃない。





―――死の淵から、這い上がれ!





―――魂を、呼び覚ませ!





―――運命を塗り替えるんだ!





―――前世から引きずる遺恨を、噛み千切れっ!!




















父親の個性は『物質強化』、母親の個性は『身体把握』。
二人の間に生まれた強子の個性『身体強化』は、両親の個性の特徴を兼ね備えたものだ。

父の個性『物質強化』の指令が、彼の皮膚を通して、彼が触れた物質へと作用するように―――強子の『身体強化』の指令は、彼女の細胞や体液を通して、強化すべき体組織へと作用する。

母の個性『身体把握』では、『把握』したい対象人物を視れば、反射的に、脳が相手の身体情報を分析するように―――強子が『強化』したいと望めば、反射的に、脳が彼女自身の身体情報を分析し・・・何をどのように強化すべきか判断して、指令を下す。

たとえば、彼女が「パワーを強化したい」と望めば、筋肉の出力増加、骨格や筋肉の耐久強化などが必要だし・・・彼女が「治癒力を強化したい」と望めば、傷口の止血や殺菌、細胞再生強化が必要になる。
それらを即座に分析・判断し、指令を下すのは、彼女の脳だ。
彼女が思い描く 漠然とした『強化』の指令は、脳で、潜在的に、適切かつ具体的な指令に変換して・・・強化すべき体組織へと伝達しているのだ。
つまり―――彼女の個性の核となるのは、“脳”である。










人体の急所である心臓をナイフで刺され、強子は死んだ。
確かに、生物学的に言えば、彼女は死んでいる状態だった。
だが、心臓を刺され、心臓が停止したあとも・・・まだ、“脳”という臓器は、かろうじて機能していた。

死にかけの状態で、生死の狭間を彷徨う中で・・・夢か幻か、故人との対話を経た彼女は―――『生きたい』と、強く望んだ。

その漠然とした望みを、生命活動『強化』の指令だと受けとめた脳が、反射的に、動き出す。
彼女の身体情報を分析し、生きるために、何を どのように強化すべきかを判断し、指令を下す。
その指令は、彼女の心臓が停止した後も・・・彼女の血肉を通して、強化すべき箇所へと伝達されていく―――





第一段階。
刺傷部から血液が流出している―――血管収縮能を強化。加えて、血小板凝集能を強化。これにより出血を抑え、これ以上の無駄な流血を防ぐ。

第二段階。
生命維持に必要な血液が不足している―――骨髄内、造血幹細胞の分裂能を強化。失った分と同じだけの量の血液を自ら作り出すのだ。

第三段階。
心臓、腹部、肩、腕に、深い刺傷あり。一部、血管にも損傷あり―――壊死組織の廃棄を促進。血管新生を強化。繊維芽細胞活動の誘導。肉芽組織の形成を活性化。心臓を最優先に、傷ついた体組織の修復を急ぐ。

第四段階。
急ごしらえでも臓器を修復し、傷をふさいだなら、血液を迅速に全身へと巡らせる―――わずかな時間とはいえ仮死状態であった身体に、早急に酸素と栄養を送り届けなくてはならない。細胞内、酸素供給率の強化、エネルギー代謝能の強化。

・・・最終段階。
交感神経―――活性化。
心拍数―――増加。
体温―――上昇。
筋力―――増大。

それから・・・ ヤル気―――急上昇。










グン、と腕を引っ張られた気がして、前につんのめるのを防ごうと、とっさに足を前に出す―――すると、パシャリと、水たまりが撥ねるような音がした。
足の下を見れば、目が痛くなりそうなほど、赤一色に染まっている。何かと思ったら・・・ようやく目の焦点が定まって、それが 自分が流した血だと理解した。
強子は、己の血だまりの中で、立ち上がる途中のような姿勢で片膝をついていた。
起き抜けのようにボヤけた頭で、先程のパシャリという音は、片足を踏み出した際に 血だまりを踏んづけた音だと理解する。
そして、


「―――・・・思い出した」


掠れた声で呟くと、ゆらりと立ち上がった強子に、緑谷も、連合の奴らも・・・皆一様に、微動だにできず 呆気にとられている。


「思い出したよ―――自分が“誰”なのか。自分が、どうしてヒーローを目指してるのか・・・」


固唾をのんでいる周囲の者たちを・・・彼女はぐるりと見まわした。
そして、次の瞬間、彼女の姿が消えた―――かと思うほどのスピードで駆け抜け・・・緑谷の真正面まで来ると、彼女はキュッと地面を踏みしめ立ち止まる。
そして・・・ぐっと腰を落とし、拳を構えた。


「・・・え゛っ!?」


これは どう見ても、緑谷を殴る体勢である。
ただでさえ、理解できないことの連続に困惑しているのに・・・この状況で緑谷に殴りかかるってどういうこと!!?
驚愕している緑谷に向け、目をギラつかせた強子が、思いっきり拳を振りぬく―――


「「「!?」」」


しかし、強子の拳が 緑谷にめり込むことはなかった。
緑谷の手前で、目に見えない“何か”にぶつかったように、彼女のパンチの勢いが止まったのである。
直後、彼女の拳の先、何もなかった空間に脳無の姿が現れて・・・次の瞬間には ドロリと崩れ落ちた。その崩れる様は、トゥワイスがコピーしたニセモノが崩れるときと同じだ。
そう、これは、ニセモノの脳無だ。
神野の一件で、量産されていた脳無はすべて警察が回収したのだから、ヴィラン連合の手元にホンモノの脳無がいるはずないのである。


「・・・はあ!?おいおいおいおい、どういうことだよ!あの脳無は“知覚”されないはずだろ!?なんで、身能にやられてんだよっ!」


トゥワイスの反応を見て、強子はフンと鼻で嗤う。
複製されたニセモノとはいえ、脳無の『知覚不可』は、ホンモノ同様に発動していた。
でも・・・“知覚”できないだけで、実体がないわけじゃない。
たとえ脳無自体を“知覚”できなくても、地面に生えた野草が 不自然に折れ曲がっているのを見れば、そこに脳無がいると推測するのは容易い。
わざわざ強子のために用意した脳無らしいが・・・この程度の脳無に、やられっぱなしの強子じゃないぞ。私を負かしたいなら、ハイエンドでも連れてこい!


「それより・・・強子ちゃん、さっき心臓を刺されてましたよね。どうして生きてるんでしょう?」


いつもニヤニヤ笑っている印象のトガだが、今はその表情から 笑みが消えていた。警戒の色が見える表情で強子の様子をうかがっている。
そんな彼女の変貌ぶりにハッと小さく嗤うと、強子は胸を張って答える。


「私は―――身能 強子だ」


忘れちゃいけない。
私は、身能 強子だ。
前世の“私”とは違う。前世から無念を受け継ぎ、転生した私には・・・前世よりずっと強い“思い”がある。強く生きたいと願う、“思い”が。
だからこそ・・・身能 強子は、ゆずれない。


「壁があれば、乗り越える。転んでも、立ち上がる。奪われたものは、取り戻す。常識なんて、くつがえす―――それが、私の生き方だ。ずっと、身能 強子は そうやって生きてきた」


“思い”の強い彼女だから、絶対にゆずれない。
失敗を 成功に、後悔は 闘志に、屈辱なんて 栄誉に変えて・・・敗北ではなく、勝利をその手に掴むまで。


「たとえ死んでも―――私は依然、身能 強子だ!やられたら、やられっぱなしじゃ いられない!!」


腹の底から・・・いや、魂の底からの叫びが、辺りにビリビリと こだまする。


「・・・それで、“奪われた”命も、“取り戻した”って・・・?」


呆然と、どこか夢見心地にも見える死柄木が、ぼそりと呟いた。
強子がそちらを振り向いて、二人は真っ向から睨み合う。


「あの感触、間違いなく殺したはずなのに・・・残機ありとか聞いてないぞ。常識をくつがえすどころか、生き物の域を超えてんだろ。さすがに心臓やられたら、大人しく死んどけよ・・・」


確かに、ね。
いっそ死んだほうが楽だって、逃げたくなるときもあるよ。
なんで私ばっかり、って・・・自分の運命に絶望して、全てをあきらめたくなるときもあるよ。
屈辱、恥辱、苦痛、傷心、失意、裏切り―――生きていれば、しんどい事が ひっきりなしに襲い来る。

でも、強子は知っている―――
壁を乗り越えた、その先の 絶景を。
転んだところから立ち上がる、その瞬間にこそ得られる 己の成長を。
奪われたものを取り戻したときの、誇らしさを。
常識をくつがえすことで、他者から勝ち取った称賛の声も。


「あのね、死柄木 弔・・・人生はままならないんだよ」


そりゃ 生きていれば、誰しもが壁にぶち当たるさ。
なんの受難もなく生きている人間なんて、この世に一人もいない。大小は様々だろうけど、人は、何かしらの苦難と戦いながら生きてるんだ。

でも、だからこそ、人は・・・生きることに 貪欲になれる。
明日を もっといい日に。
明後日は、もっといい日に。
そうやって・・・より良い未来に。

皮肉なことだけど―――なんの受難もない人生とか、自分の思い通りに出来ちゃう イージーな人生だったら・・・たぶん、こうはならない。ただ、惰性で日々を送るだけの、つまらない一生になるだろう。


「(まったくもって・・・人生は、ままならない)」


酸いも甘いも 引っくるめて、人生なんだ。
努力が踏みにじられることもあれば、努力が実を結ぶときもある。
どうしたって避けられない不幸はあるし、胸クソ悪くなるような理不尽に見舞われることもあるけど・・・かと思えば、思いがけず訪れる、奇跡のような幸福もある。
「ひどい人生だ」って嘆く瞬間もあるけど、「生きてて良かった」って笑う瞬間もある。

人生は、良いことも悪いことも ごちゃ混ぜで。ちっとも自分の思い通りにはいかなくて。
“ままならない”ものだからこそ・・・限りある一生を、より良いものにしようと、私たちはガムシャラになれるのだ。


「そうだよ・・・自分の人生も 思い通りにならないってのに、」


ヒクリと、彼女の表情が引きつって、その額に青筋を浮かべる。まるで狂った獣のような形相で、彼女は低く唸る。


「私の人生が・・・他人の、アンタの思い通りになるとか―――そんなのムカつきすぎて、死んでも死にきれないんだよ!」


今にも噛みつかんばかりの顔つきで、彼女が吐き捨てる。
次の瞬間、彼女の姿が消えた―――かと思うほどのスピードで駆け抜け・・・死柄木の真正面まで来ると、彼女はキュッと地面を踏みしめ、思いっきり拳を振りかぶる。


「(お前をっ、ぶっ飛ばす!それが 今世でやり残した、一番の未練だ!!)」


この場にいる誰ひとり、強子のスピードに反応できず・・・死柄木の顔面に、もろに拳がめり込んだ。


「っ・・・!!!」


死柄木が後方へと吹き飛び、苦悶の声を漏らしながら地面にどさりと倒れる。


「馬鹿にすんなよ!」


私は、身能 強子だ。


「私は変われたんだって、成長できたんだって・・・それが思い違いだと思うなら、それこそ お前の思い違いだ!私は、お前がこれまでに見てきた 他の誰とも違う!!」


過去の“私”たちとは違う。過去の“私”たち――その誰よりも、強い“思い”を持っているのが、私なんだ。
そして、過去の“私”たちには無かった力も、持っている。


「私は―――夢を、夢で終わらせない!この世界に爪あとを残すまで、絶対に死なないっ!」


この人生は、弔いだ。
無念にも殺された、過去の“私”たちを想おう。
過去の“私”たちの魂が救われるように、報われるように・・・みんなが出来なかったことを、私が 叶える。
夢を、現実にしてみせるよ。自分という人間がこの世にいた証を残してみせる。それから、長生きする。
いつか素敵な人と結婚して、子宝にも恵まれて・・・最期は、たくさんの孫たちにも囲まれて、多くの人に惜しまれながら 笑顔で息を引き取るんだ。


「(この魂の、悲しい運命の連鎖を・・・私が、終わらせる!)」


きっと、この優良個性が強子に与えられたのは、それを実現させるために必要なものだから。


「私はもう、殺されない!殺されたって、何度でも生き返ってやる!!」


横たわる死柄木を見下ろしながら、強子は堂々と決意を誓う。明確な意志をともした声で、己の覚悟を知らしめた。
・・・すると、横たわっていた死柄木の身体が、ぴくりと動く。


「・・・・・・ふっ」


死柄木の口から、小さく空気が漏れ、


「くっ、ふはっ・・・アッハッハッハッハッハッハッハッ・・・!!!」

「「「!?」」」


奴は、あお向けに地面に横たわったまま、壊れたようにバカ笑いしはじめた。
その場にいる全員がぎょっと目をむく中、ガバリと上半身を起き上がらせた死柄木は、爛々とした目を強子に向け、興奮した様子で口を開いた。


「まったく、お前っ・・・最高かよ!!」

「は?なに?キモ・・・」


顔面に強子のパンチをくらい 鼻血を垂れ流したままの死柄木が、歓喜の表情で見つめてくるので・・・思わず素で引いてしまう。


「まさか身能 強子が、アンデッドとはな!はははっ、信じらんねぇ!それも『身体強化』の力か!?すごいな、こんなの 最高だろ!最高の人生だよっ!だってさ―――何度殺しても、身能 強子は 生き返ってくれるんだろ!?それなら俺は、死柄木 弔として、何度でもお前を殺せる!一生・・・俺の寿命が尽きるまで、エンドレスに殺し続けられるんだ!!」


それは・・・想像するだけで反吐が出そうな、最悪な人生だ。


「お前が死んで、もう この“ゲーム”はリセットしようかとも思ったが・・・コンティニューだ。次のステージを、お前と俺とで楽しもう!」


子供のように無邪気に言うと、再びナイフを手にして、立ち上がった死柄木。だが・・・


「残念だけど、アンタたちはここで ゲームオーバーだよ」


ニヤリと 強子が勝ち誇った笑みを浮かべる。
すると、死柄木も、トガとトゥワイスも、気が付いたらしい――複数の人間が、真っすぐこちらに向かってきていることに。
緑谷が呼んだ増援が、ようやくご到着というわけだ。


「おいっ、ヒーローたちが来るぞ!どうすんだ!?」

「・・・数が多いです。弔くん、ここは いったん退きましょう」


死柄木は逡巡すると、首をボリボリと掻きながら、ため息をこぼした。


「・・・せっかく目の前にコイツがいるってのに。邪魔だなァ、ヒーロー・・・どこにでも湧いて出る!」


苛立った様子で、殺意を垣間見せた死柄木。
享楽的に生きる死柄木のことだ、てっきり 我々と戦う意思を見せるかと思ったが・・・奴は、くるりと踵を返した。


「じゃあな、“アンデッド”・・・また 会おう」


強子に向け、背中越しに一言そう告げると、死柄木はタッと走り去る。


「待っ・・・、逃がすかっ!」


奴を追いかけようと動くと同時、トゥワイスも動きを見せた。
例の 強子捕獲用の脳無を、再び複製したのだ。
思わず舌打ちをもらして、死柄木に向けていた意識を脳無に向ける。この厄介な個性の脳無は、優先して倒さなくては!
地面に生えた草の動きを目で追い、“知覚”できない脳無の位置を捕捉し・・・触れられる前に、渾身の飛び蹴りを脳無にぶちかます。
脳無がドロリと崩れたのを確認してから、すぐさま死柄木たちを追おうとしたところで、身体がぐっとその場に縫い付けられた。


「!」

「駄目だ、身能さん・・・もう、これ以上は、追ったら 駄目だ・・・!」


切羽詰まった顔つきで、緑谷が強子の腕をがっしりと掴み、放さない。
あまりに真剣な表情の彼を見て、頭に血が上っていた強子も、冷静さを取り戻した。
そうだよな・・・彼は一度、強子が殺されたところを見てるんだ。そりゃ、「もう やめてくれ」って表情にもなるよ。強子の腕に、セミのように縋りつくのも当然だよ。
強子の死の瞬間を見た、あのときの緑谷の顔―――彼に、あんな顔をさせたままじゃ死ねない というのも、今世に残した未練のうちの一つであった。


「うん・・・そうだね。これ以上、深追いはしないよ」


緑谷を安心させるよう、柔らかな声音で彼に告げる。
それから、連合の奴らの気配も完全に見失い、冷静になった強子は ふと周りを見渡して・・・戦慄した。
彼女が刮目するは、辺り一面に広がっている、強子の血だまりだ。
地面の土にしみ込んで、先程より多少は赤色が目立たなくなっているものの・・・むせるような血の臭いが、ここでの凄惨な出来事を物語っている。
そして、この現場に、駆け足で向かってきている、何人ものヒーローたち。彼らがここに到着したら、何があったかを問われるのは 必至。
だけど・・・


「(言えるわけないッ!ヴィラン連合とやり合って、しかも負けて・・・死柄木に、“殺された”だなんて!!)」


そもそも、強子たち雄英生は、ヴィラン連合と邂逅することも禁忌だというのに!
これは・・・強子ひとりの除籍だけじゃ、済まされないぞ。
監督責任で、相澤やファットガムにも迷惑がかかる、だけでなく・・・雄英は閉校に追いやられるに違いない。
これが、ヒーロー社会崩壊の第一歩となることだろう。


「・・・デクくん」


強子は、弱々しく震える声で、彼に告げる。


「・・・・・・言わないで」

「えっ?」


今度は彼女のほうが切羽詰まった顔つきになって、緑谷に詰め寄った。


「今、ここで起きた事っ・・・誰にも、言わないで!!」


強子が殺されたのを目撃した人間は、ヴィラン連合の奴らと、緑谷だけだ。
強子と緑谷が言わなければ、きっと、この事実が公になることはない。まだ、隠し通せる!


「なっ・・・!?何、言ってるんだ!!人の“死”に関わることだぞ!?こんなこと、隠しておくべきじゃないし、隠し通せるわけがない!」

「デクくんさえ口を割らなきゃ、隠し通せる!」

「無茶だよ!身能さんが連合を追跡してたことは、すでに皆にも伝えてある!それに、この現場を見れば・・・」

「だけど、このことが明るみに出たら、雄英がどうなるか・・・デクくんだって わかるでしょ!?お願いっ・・・!」


その言葉に、緑谷は雄英の今後を想像して、一瞬、躊躇った。


「っ・・・それでも、出来ないよ。僕たちの都合で、“殺人”の事実を隠蔽するなんて、間違ってる。皆には、事実を報告するべきだ」


頑として、緑谷はゆずらない。
この、わからず屋め・・・!彼の返答にムッと苛立った強子が、口を開く。


「・・・もし、デクくんがこのことを口外するって言うなら・・・」


―――この先は、言わないほうがいい。
わかっているのに・・・やめておけばいいのに・・・強子の舌は、とまらない。


「・・・私も、『ワン・フォー・オール』のことを 世間に公表する」

「・・・・・・ へ?」


初めは、強子の言葉を理解できずにポカンとしていた緑谷が、次第に、表情を変えていく。
そうして彼が見せた驚愕の表情は、強子の死の瞬間を見た、あのときの顔に負けずとも劣らないもので・・・強子はさっそく、自分の失言を後悔した。
けれど、声に出してしまった言葉はもう戻ってこない。


「(・・・い、言っちゃった・・・・・・)」


言ってはいけないワードを、言ってしまった。強子が知るはずのないワードを、口走ってしまった。
一難去って、また一難・・・!
でも・・・『ワン・フォー・オール』と同じくらい、この事実は、公にできないものなんだよ。


「(雄英を・・・私たちのヒーローアカデミアを、守るために!)」


目を皿のようにしてガン見してくる緑谷に、こちらも負けじと見つめ返していると、


「―――いたッ、身能さんだ!」

「ぬおおおおっ!!ビヨンド、無事か!!!?」

「サンイーター!ファットさん!」


馴染みのメンバーの顔を見て、強子はぱぁっと顔を綻ばせた。
彼らの後ろには、センチピーダーに、ケサギリマン・・・今回のインターンでチームアップした面々や、地元のヒーローと思われる人たちも、大勢が息をきらして駆け付けた。
おそらく動ける者を総動員して、強子を追ってきてくれたのだろう。
天喰とファットが強子に駆け寄るのに続いて、センチピーダーが緑谷へと歩み寄った。


「デクのスピードに皆ついていけず、途中ではぐれてしまった・・・一人で行かせて、すまなかった」

「あ、いっ、いえ!僕のほうこそ一人で突っ走ってしまって、スミマセン!!」


ぎこちなく、萎縮して答える緑谷を見て、なんとなく状況が読めた。
強子が期待していた通り、増援を呼んでくれた緑谷だが・・・強子たちの居場所を見つけ出すのに手間取るうち、焦った緑谷が単独で飛び出した、といったところか。フルカウルで走られたら、他の皆は追いつけないよなぁ。


「それにしても、人目につかない場所ってのは、住宅街にも意外とあるもんだな。サンイーターの嗅覚がなかったら、ここまでたどり着けなかったよ」

「え?・・・サンイーターの、嗅覚?」


ケサギリマンが呟いた聞き捨てならない言葉に、眉根を寄せる。
いつの間に、索敵能力なんて身につけたんだ?そいつは(ファットガム事務所では)強子の専売特許のはずだ。
強子がもの言いたげな顔で天喰を見れば、


「身能さんの、血のにおいを辿ってきたんだ・・・」


ぼそぼそと呟く彼の鼻には、何やら 灰色の丸いものが再現されていて・・・


「・・・サメの嗅覚は、血のにおいに 敏感だから」

「あっ・・・サメ肉のナゲット!!」


そういえば、そんなものを天喰に食べさせたなぁと思い返す・・・色々ありすぎて、随分と昔のことのように感じるけど。


「・・・で。この大量の血は なんや?」


顔つきを険しくさせたファットに低く問われ、ぎくりとする。


「いったい何があったんだ?」

「連合の奴らは どうなった!追ってたんだろう!?」


皆から、当然の疑問が強子と緑谷の二人へと向けられる。
緑谷が緊張をはらんだ様子で、横にいる強子をちらりと見ると・・・彼女はにっこりと 花が咲くように笑った。


「何 も あ り ま せ ん」


先ほどまで 血だまりに倒れていた人間とは思えぬ、爽やかな笑顔で、爽やかな声音で、彼女は言い張る。


「ごめんなさい、連合は 見失っちゃいました。というか、後ろ姿をちらっと見ただけなので・・・もしかしたら、見間違いだったかもしれません。お騒がせして、すみませんでした・・・」


困ったように照れ笑いを浮かべる彼女の言い分は、うっかりすると鵜呑みにしてしまいそうだが・・・


「・・・で、その血は。どう説明すんねん」


物的証拠が残っているのが苦しいところである・・・が、ここは全力で、とぼける!
この緊迫した空気をゆるませるような、面白おかしいジョークで誤魔化して、この場を乗り切るんだ!


「えっと・・・・・・せっ、生理で」


へらりと笑って答えると、ファットがぐわっと目をつり上げた。


「アホッ!!何言うてんねん!こないな状況でボケとる場合か!!しょうもないこと言うてると、さすがのファットさんも怒ってまうで!?」

「で、ですよねっゴメンナサイ!」


試しにボケてみたら・・・すっごい怒られた。
まあ、今のジョークは センスもタイミングも壊滅的だったしな。怒られても仕方ない。
それにしても・・・強子がファットにこんな、本気で怒られたのは初めてである。
顔を青くした強子が、慌てて口を開く。


「本当はっ、転んで 鼻血を出しただけなんです!!私の不注意で!事件性ゼロ!ダサいでしょう!?だから言いたくなかったんですけどっ・・・ただの鼻血です!!」


強子が勢いよく捲し立てると、ファットは目を細めてジィっと彼女を見ながら、「・・・ホンマか?」と疑り深く訊いてくる。


「ホンマです!本当にそれだけで、トラブルも何もなかったですよ!ねっ!?デクくん!・・・ねっ!!?」


横で縮こまっている緑谷に視線を向け、にこりと笑う・・・ただし、目の奥は笑ってない。
全員の視線が緑谷へと集まる中―――緑谷が、視線を足元に落とし、何か思いつめたように瞳を揺らした。そして、


「・・・・・・何も・・・ありませんでした・・・」

「「「・・・」」」


―――・・・いや、嘘、ヘタすぎか?
こんなバレバレな態度では 口止めした意味がない。ここで何かあったのだと、誰だって察しがつくだろう。
でも、一応、緑谷は・・・“秘密”を守ろうとしてくれた――その事実に、人知れず ホッと安堵する。
・・・とっておきのワードを出してまで、脅した甲斐があったというものだ。


「・・・理由はともかく、身能さんが血を流したのは確かだ。早く病院へ行こう!」

「ンンッ・・・そうやな!強子ちゃんの安全第一や!」


慌てた様子の天喰と、仕方なしといった様子で切り替えたファット。
強子はウンウン頷き、さっさと現場を離れようと大きく一歩を踏み出した。途端に、


「・・・っあれ?」


視界がぐるぐる、身体がぐらぐら・・・平衡感覚を失って、ふらついてしまう。
あれだけ血を流したあとだ、貧血にもなるというもの。


「っ、身能さん!!」


倒れかけた強子の身体を、とっさに天喰が抱きかかえた。
天喰に抱えられながら、彼の顔を見上げれば・・・さっき死んでいた強子よりも、血の気がなく、今にも死にそうな土気色の顔をしているじゃないか。
天喰も、ファットも、他のヒーローたちも・・・もちろん、緑谷も。皆が、ものすごく強子を心配してくれているのだと、伝わってくる。
たくさん心配かけて、ごめんなさい。本当のことを言えなくて、ごめんなさい―――そう反省するのと同じくらい、


「(ははっ・・・愛されてんなぁ、私・・・)」


皆が自分を想ってくれることが嬉しくて、内心でハシャいでしまう。
自分のことを想って、本気で怒ってくれる人がいる。
自分のことを想って、本気で心配してくれる人がいる。


「(やっぱり―――こんなに私を想ってくれる人たちを残して、死ねないよなァ・・・)」


天喰の腕の中で揺られながら、強子は“生”の歓びを噛みしめ・・・そして、眠るように意識を手放した。










==========

ここにきて、ようやくタイトル回収!
この連載の趣旨は、だいたいこの話に詰め込んだと思います。
ここまで、ツラい話やくだらない話も含め、長々と読み続けてくださった読者様へ、捧げます・・・!

なるべく共感できるよう、前世の“私”さんは、夢主みたいに我が強くない、普通の女性のイメージで書いてみました。
夢主の我の強さは、魂に受け継いだ“執念”があるからでしょう・・・。

そして、夢主も死柄木も、“イージーモード”とか“残機”とか“コンティニュー”とか、ゲーム用語を多用するのは、人生をゲームのように周回してる影響だったら面白いですね!

死柄木をぶっ飛ばした今、彼女が一番やりたいことは、きっと、A組の大好きな皆と一緒にヒーローになることだろうと思います。頑張れ、夢主!


[ 76/100 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -