運命 ※死柄木視点

死柄木 弔が、最初にその“違和感”に気が付いたのは、USJ襲撃の際だった。
死柄木率いるヴィラン連合は、脳無を連れて雄英へと乗り込み、あと一歩でオールマイトを殺すというところまで追い詰めた・・・のに、ヒーロー志望のガキどもに邪魔をされた。
氷結で範囲攻撃を放ってくる奴には脳無を氷漬けにされ、爆発を起こす奴には退却の要となる黒霧を押さえられた。かと思えば、硬化した奴が真っ向から死柄木に殴りかかってくるし。
最近のガキは、どいつもこいつも油断ならないなと 半ば感心していた死柄木に、間髪入れず、今度は別のガキが奇襲をかけてきた。
すかさず 手のひらをそのガキに向けるが、そいつは素早く後方へと飛び退いて回避する。そして、一歩距離をあけて、そいつと向かい合うように相対した―――その時だった。


「!?」


ぶわりと、全身に鳥肌が立つような感覚がした。
かつて感じたことがない、自分の内側から湧き起こる 奇妙な感覚。胸がざわついて、いてもたっても居られない。何か・・・何かしなくちゃいけないような気がして、焦燥する。ぞくぞくと心の奥底から這い上がってくる衝動。明らかな、違和感。
その女を目にした瞬間―――死柄木は、本能的に察知したのだ。
こいつは、今までに会った他の誰とも違う。他の人間とは、本質的に異なる存在。こいつは、特別なんだ と。
おそらく・・・この女も、死柄木を見て、何かに気付いたに違いない。身震いを抑えるかのように、両腕で身体をぎゅっと抱え込んだ女は、ジッと穴が開くほどに死柄木だけを見つめていた。


「・・・お前、」


なんだ?
なんなんだ、この感情は。誰なんだ、コイツは・・・?
知り合い、ではないと思う。
“先生”に会う前の記憶があやふやな死柄木には断定できないが・・・女の反応を見る限り、向こうも知人に対する態度には見えない。
なら、なぜ自分は・・・この女を見ると こんなにも気持ちが昂るのか。自分自身、まったく理解できない。
女と視線を合わせていると、自分の中に、自分の知らない感情がどんどん湧き上がってくる。
得体の知れない その感情に、際限なく湧き上がる その衝動に・・・死柄木は眉を寄せた。


「(・・・気持ち悪い)」


押し寄せる感情の波に、酔ってしまいそうだ。気持ち悪さを振り払うよう女から視線をはずすと・・・死柄木は、はたと我に返る。
目の前の状況を見て、己の目的を思い出した。そうだ・・・多大なリスクを負ってまで雄英にやって来たのは、オールマイトを殺すためだろ。この女にかまけている場合じゃない。
まずは、このピンチからの脱却を。そう思考を巡らすことで死柄木は、無理やり彼女の存在を頭から振り払った。







「聞いたかい、弔!今、世間は オールマイトに“秘蔵っ子”がいるなんて話題で持ちきりだよ!」


笑い交じりに先生がそう切り出すと、死柄木は気に食わない様子で首をボリボリと掻いた。
たかが高校生の、体育祭なんかに熱狂するなんて、馬鹿げた話だ。それでも、国中が雄英体育祭の開催に熱を上げていたのは確かで・・・体育祭が終わった今だって、誰も彼もが口にするのはその話題ばかり。
その熱狂ぶりは、体育祭を見てない奴なんてこの国にはいないかもしれないと思わせる。実際、体育祭なんてこれっぽっちも興味がない死柄木ですら、先生から「彼らはいずれ障壁になるかもしれない」と諭され、仕方なしに体育祭を見ていたわけだし。


「―――身能 強子、だったかな」


その名を聞いた瞬間、首を掻きむしる死柄木の指がピタリと止まる。
テレビ越しにあいつが戦う様子を見ていたが・・・やはり、初めて会ったときに感じた“違和感”は、今も変わらず死柄木の中にあった。あいつの名を耳にするたび、また、あの妙な感覚が湧き起こる。


「・・・彼女のことが、そんなに気になるかい?」


興味深そうに訊いてくる先生に「別に」と返しつつも、そんな否定の言葉じゃ誤魔化しきれないほど、“気になっている”のが態度に出ていた。
胸をざわつかせるあの女のことが、気にかかる。無意識に、あいつを目で追ってしまう。気が付くと、あいつのことばかり考えている。
そんな死柄木の態度を見て、何を勘違いしたのか・・・黒霧のやつ、「死柄木 弔!まさか彼女に、恋を・・・!?」なんて口走ったときには、本気で塵にしてやろうかと思ったぜ。


「オールマイトの“秘蔵っ子”だと騒がれている彼女・・・あの子の『身体強化』だけどね、この手の個性は当たりはずれが大きいんだよ。筋力だけを強くするタイプもいれば、五感覚や反射速度なんかの身体機能全般を強くするタイプもいる。体育祭では筋力強化を主軸に使っていたけど・・・おそらく、彼女は後者――“当たり”だね。なかなかいい個性だ。弔も、彼女と戦うなら それ相応の準備をしておいた方がいいよ」


訊いてもいないのにベラベラとあいつの情報を語って聞かされ、辟易する。
あいつの話題にリアクションを返すことすら なんだか癪で、死柄木は頑なに口を閉じていたのだが、


「でも―――彼女が本当にオールマイトの“秘蔵っ子”かと言えば、違うだろうね」

「・・・なんで?」


確信をもった様子で告げられた先生の言葉に、うっかり反応してしまった。
だけど、気になるじゃないか。世論じゃ当然のようにあいつが次世代のオールマイトだと語られているのに、どうしてこうもキッパリ言い切れるのか。


「彼女はオールマイトに似せた戦い方をしているけど、個性の本質は、似て非なるものだ・・・継承者は 他にいる」


知識豊富で、オールマイトとも因縁のある彼には、他の者には気づけないことも見えているのかもしれない。
含み笑いしている先生を横目に見ながら、確かに、あいつの戦い方はオールマイトを意識していたなと納得する。
なら、あいつが堂々と戦う姿を見ているとムカついてくるのは・・・オールマイトを彷彿とさせるからだろうか?


「ああいう目立つ子っていうのは、それだけ他人よりも 面倒ごとや災難を引き寄せやすいものだけど・・・よりによって、“オールマイト”の名を背負わされるとは!不運な子だねぇ」


口では哀れむようなことを言いながら、顔つきはニヤニヤといやらしく嗤っているじゃないか。あんたの人間性が垣間見えるぞ・・・。
だけど、ひょっとしたら、あいつを見ていると気分が悪くなるのは、自分だけじゃないんじゃないか?目立ちたがり屋ってのは、方々から反感を買いやすいものだろ?


「それにしても・・・」


身能 強子に抱く感情の理由を考察していると、はたと思い出したように、先生が切り出した。


「弔が彼女をそこまで気にかけるのは・・・もしかすると、“彼女自身”がどうこうという話ではないかもしれないね」

「は?」

「たとえば―――そう、前世からの因縁、とか」


先生が唐突に語ったそれに、思わずキョトンと呆けてしまう。


「・・・オカルトかよ」

「まァ、そうだね、信じ難い話ではあるけど・・・前世の記憶を持って生まれたって事例は今までにいくつも報告されている。“生まれ変わり”ってのは、確かにあるんだろう」


知識豊富で、知らないことなど無いんじゃないかとすら思える彼が、いたって真面目に語っている。一見するとその姿は、実に説得力があるものだが・・・さすがに、この話を真に受ける奴なんていないだろ?


「それに、偶にいるんだよ―――生まれながらにして、何か、“使命”のようなものに駆られた人間。自分でも説明できないのに、なぜか、そうせざるを得ないという性分の人間が。そういう人間を見るたび、僕は思うんだ・・・もしかしたら彼らは、前世の記憶なんて覚えてもいないのに、前世で叶えられなかった悲願を 今世では叶えようと足掻いてるんじゃないか、ってね」


もし・・・もしも、彼の推測が正しいとするなら・・・死柄木が、理由もわからず身能 強子に心を揺さぶられるのは、前世で、自分とあいつの間に、何かあったということか?前世の記憶なんて死柄木にはないが、前世での因縁を、今世にまで引きずっていると?
・・・やっぱり、オカルトじゃないか。こんな話、荒唐無稽すぎて笑う気すら起きない。
やれやれと、死柄木は気だるげに深く息を吐きだした。


「先生・・・もう、この話は終いだ。何度も言ってるだろ?俺はあの女に興味はない。ただ・・・生理的に受けつけないってだけだ」


そう、生理的に 受けつけない。その表現が一番しっくりくる。
視線を下ろすと、“資料”として用意された 雄英生たちの写真が目に入った。その中の1枚に、満面の笑みでピースサインをカメラに向けている女が写っている。
死柄木はくしゃりと顔を歪めると、苦々しく吐き出した。


「・・・コイツを見てると、気分が悪くなる」


得体の知れない感覚が、気持ち悪い。説明のつかない感情に見舞われて、気が触れそうになる。胸がざわついて、不快だ。あいつにこうも心を揺さぶられるなんて、腹が立つ!ムカムカして、とにかく暴れまくって、何かをめちゃくちゃに壊したくなるような・・・そんな衝動に駆られるのだ。
この感情は、黒霧が勘違いしたような、そんなゴキゲンなものじゃなくて・・・もっと重たくて、暗くて、吐き気を催すような・・・そういう感情なんだよ。
だからこそ、人さまの頭の中に勝手にずけずけと入りこんでくる忌々しいあの女に、死柄木は心から願う。

どうか―――どうか、死んでくれ、と。

俺の頭の中から消えてくれ。お前が生きているうちは、この糞みたいな感情が晴れる日はこないんだよ。
だから・・・どうか、さっさと死んでほしい。いや、いっそ自分の手で殺してやりたい!
こんな感情、“恋”だと呼べるか?いいや、そんなわけがない。恋愛感情なんておろか、間違っても、あの女と親睦を深めようなんて思えない。
それなら よっぽど、体育祭優勝者の爆豪とかいう奴のほうが気が合いそうだと、死柄木にはそう思えた。










『体育祭で彼が見せた 粗野で、横柄な性格・・・彼の狂暴性を目にした誰もがウワサしていますよ、彼がヴィラン側につくのではないか、と』


テレビの向こうでは、マスコミの奴らが信じて疑わない様子で語っている。
全国が注目していた体育祭で、爆豪が見せた凶暴性・・・そりゃ、ヴィランに言葉巧みにかどわかされれば、あの爆豪なら闇に染まると誰もが思うだろう。死柄木だって、そう思っていた。でも、


『それが、何?そりゃ、“もしも”の話でしょ?』


マスコミの言葉に、淡々と低い声であいつは答えた。そんな“もしも”はないのだと言い張り、マスコミに真っ向から対立している。
テレビ越しに見たあいつに、また、死柄木の心が揺さぶられる。
頭の中があいつに支配されて、不快感が募る。
開闢行動隊の奴らがあいつを捉え損ねたせいで、あいつを殺す最大のチャンスを逃した・・・そう思うと、余計にこの女が憎たらしく思え、今すぐ息の根を止めてやりたい衝動に駆られる。


『爆豪くんや私を拐おうだなんて・・・』


報道陣のカメラを通して、あいつが、ギロリと鋭くこちらを睨み付けた。


『・・・ヴィラン連合の、バーカ!!』


まるで駄々をこねる子供のような、感情をぶつけるだけの、稚拙な言動。とてもヒーローを目指しているとは思えない愚行だと、いつもの死柄木なら嘲笑するところ、なのだが―――・・・おかしい。
彼女から、目が離せない。息が、とまる。思考が、ぐちゃぐちゃに乱される。
感情を剥き出しにした彼女の言動に、心が、揺れ動かされる。
・・・いや、これは“心”よりもっと、さらに深いところ・・・そう、死柄木の“魂”が震える、そんな感覚。


「(――― なんだ、これ)」


今までに感じたことないほどの激情が、己の中で、存在をやかましく主張してくる。
ドッドッと心臓がうるさく暴れる。じっとりと手のひらに汗がにじむ。


『ヴィランなんかクソくらえだ!馬鹿!バァーカ!!』


テレビの向こうでは、あいつが必死に、ムキになって喚いている。怒り交じりにうっすらと瞳を潤す、身能 強子。
それを目にした瞬間、身能の顔と―――“見知らぬ誰か”の顔が、重なって見えた。
いや、死柄木はその顔を知っている。確かに見覚えがあった。
そうだ・・・痛みに顔を歪めて、絶望に涙をこぼしながら、それでも救けを求めて、死ぬ間際まで必死にもがいていた、“あいつ”・・・!





目の前に、古い、懐かしい情景が浮かんでくる。

暗くて、狭い、なんの変哲もない ありふれた道。
星も見えないような暗い夜空だが、歩道にぽつぽつと均等に並ぶ街灯が、かろうじて道を照らしていた。

“俺”はそこで、刃物を持って、もうすぐここにやって来るであろう“あいつ”を待ち詫びていた。

その女は、以前に一度、たまたま道ですれ違ったことがあるだけの 赤の他人だった。
でも、ひと目見た瞬間から、どうしようもなく彼女に惹かれて・・・どうしようもなく、彼女を殺したいと思った。

それまでの“俺”は、普通に、平凡な人生を送ってきた。
人並みに常識のある人間で・・・当然、人殺しはいけない事だと知っていたし、自分が誰かを殺すなど考えもしなかった。
にもかかわらず、彼女と出会ってから・・・狂い始めた。何かのタガが外れたんだろう。
もう常識なんてどうでもよくなって・・・彼女を殺したくて殺したくて、仕方がなかった。彼女を殺すことしか考えれない。これまで通りに生きることなんて出来ない。
この欲求を叶えられるなら・・・もう、他になにも要らない。

欲望に取り憑かれた“俺”は、赤の他人である彼女を探し回った。
手掛かりもないのに、有象無象の群衆の中から彼女を見つけ出したときは、これぞ運命の相手だと歓喜せずにいられなかった。
たまらず彼女を追いかけ、彼女の家と職場をつきとめ、彼女の生活スタイルも把握すると・・・誰にも邪魔されずに、確実に殺せるタイミングを狙った―――それが、あの夜だったのだ。

首を長くして彼女を待ち焦がれていると、夜遅くまで働いてたんだろう、疲れた様子の彼女が現れた。
彼女は、“俺”の手元にある刃物を見た途端に逃げようとしたけど・・・すぐに追いついて、捕まえる。

その強大な欲望に、勝てるわけがない。
彼女と出会ってから 日に日に増していくその欲求に突き動かされるまま・・・刃物を彼女に突き立てた。何度も、何度も、突き立てた。
そのたびに悲痛な叫びをあげ、苦しそうに涙で顔をぐちゃぐちゃにして、顔を恐怖の色に染めている彼女。絶望しながらも、どうにか逃げようと抗う姿が、なんとも滑稽で、健気で、愛くるしく思う。
だから“俺”は、彼女の息の根が止まるまで、彼女から目を離せず、最期まで、ただただ、じっと見届けていた。










世の中の大半の人間がそうであるように、死柄木 弔という人間もまた―――“自覚”していなかった。

今ここに、“死柄木 弔”として生きている彼が、“死柄木 弔”として生まれてくるより前・・・別の人間として、まったく別の人生を歩んでいたこと。
そして、“死柄木 弔”が死を迎えた後には・・・その魂がまた別の人間に生まれ変わり、新たな人生を歩んでいくこと。

“輪廻転生”―――人は 何度も生死を繰り返して、生まれ変わり続ける。
遥か昔から延々と繰り返されてきたサイクル、その膨大な歴史と比べれば、現在を生きる己の人生なんて、ほんの短い、切れ端程度のものに過ぎないのだ。

そのことを“自覚”して生きている人間は、世の中にいないに等しい。
だが、ごく稀に、前世の記憶――別人として生きていた頃の記憶を持って生まれるというケースはある。
そういった者は得てして、前世でよほど悔しい思いや辛い思いを味わった者、尋常ならざる未練を抱えた者という、特殊なケースであって・・・数は そう多くない。

たとえ前世の記憶を持って生まれたとしても、大半は幼いうちに記憶が薄れ、忘れさっていく。
なぜなら、人間の脳というものは便利なもので、怒りや悲しみといった負の感情は、時とともに風化するようにできているから。
前に進むため、生きていくために・・・“負の記憶”は不要なものとして、自動的に脳の奥底にしまいこみ、思い出せないようカギをかけてしまうのだ。
その便利なシステムのおかげで、前世の“不要な記憶”は、幼少時に忘れられてしまうのが 常である。

例外があるとすれば―――身能 強子という人物。
彼女は、前世で殺されたという 悔しい、辛い記憶を持って生まれたが・・・その前世で得た知識を、今世で生きていくのに“必要な記憶”であると強く認識した。
忘れてはならぬと自分に言い聞かせ、忘れぬようにと対策も講じた。
加えて、彼女の個性である『身体強化』により、脳の記憶保持のキャパが底上げされたことも助長したのだろう。
その結果、彼女は・・・己が転生者だという“自覚”を持ち、前世の記憶を細部まで忘れることなく 今世を生きた。
それは普通の人間には到底なし得ないことで、身能 強子だからこそ、実現できたことだった。

そして・・・例外は、もう一人いた。







「―――・・・思い出した」


己が転生者などと“自覚”しておらず、前世なんてものを信じてもいなかった死柄木だが―――今、思い出した。
怒りに顔を歪め、必死になって感情をぶつけてくる身能 強子を視界にとらえて、“あいつ”を殺したときの記憶がフラッシュバックした。
そして、それは、一度思い出してしまえば芋づる式に、死柄木の過去のすべての人生の記憶を取り戻していく。
脳の奥底に、カギをかけてしまわれていた記憶が、まるで ビックリ箱から飛び出す色とりどりの紙片のように、雑多に、乱雑に、勢いよく飛び出して止まらない。

どれも“死柄木 弔”のものではない記憶・・・けれど、確かに“自分”が経験してきた記憶。何百年、何千年と前から何度も生まれ変わるサイクルの中で・・・何度もめぐり逢ってきた、自分と“あいつ”に関する記憶だった。
過去の自分の人生、その全てを思い出せるわけじゃないが、あいつに関わる記憶だけは、しっかりと思い出せる。

二人はお互いに、あらゆる時代で、あらゆる国で、あらゆる立場で生きてきた。
互いの関係性にも統一性はなく、ばらばらだった。二人は、家族だったこともあるし、敵同士だったこともあれば・・・友人、あるいは恋人だったこともある。かと思えば、前回殺したときのように、赤の他人というパターンもある。
ただ、どの人生においても、唯一 共通して言えるのは・・・二人がめぐり逢ってしまえば、自分はあいつを殺さずにはいられなかったということ。あいつを殺すキッカケも、殺す方法もばらばらだけど・・・自分の手で“あいつ”を殺す――それだけは、絶対に変わらなかった。


「(そうだよなァ・・・やめられるわけ、ないよなァ?)」


いつだって、どんな方法だって、何度だって・・・あいつを殺すたび、途方もない 底なしの快楽を得られるのに。

あいつの 恐怖に染まった表情、痛みに歪む顔、苦しみにもがく声、怒りに震える姿、絶望に涙する瞳―――そのどれもが、病みつきになるほど、愛おしい。
あいつの死にゆく姿・・・それ以上に感動的で、芸術的で、魅惑的な光景など在るはずもない。ずっと、永遠に見ていたい。それを見るためなら何だって出来る。それを見るために・・・あいつを殺す。
“生きがい”と思えるほどの強い欲求。取り憑かれたように、あいつを殺すことだけを渇望する。
そして、欲望のままにあいつを殺したあと―――いつも熱望するのだ。生まれ変わっても、また、あいつを殺したい、と。

それが、来世に引き継がれるほどの、強い、尋常ならざる未練であり・・・それが、死柄木 弔が過去の記憶を取り戻すトリガーとなったのである。
死柄木は、思いがけず取り戻した数々の記憶を懐かしく思いながら、笑みを浮かべた。


「ようやく解ったよ―――何で 俺はこんなに、あいつをぶっ壊したいと思うのか」


たぶん、理由なんてない。
自分が生まれてきた理由を 知ってる奴がいるか?それと同じだ。生きる理由を知らなくても生き続けるのと同じで・・・理由なんて知らないまま、死柄木はあいつを殺し続ける。
きっと、そう定められたことなんだ。生物の本能が遺伝子に刷り込まれているように、あいつを殺すよう、死柄木の魂に刻みこまれている。
これは、理屈じゃない。生きてりゃ腹がへるのと同じで、あいつを見れば破壊衝動が目を覚ます。
もう・・・そういうものなんだ。
もはやこれは、死柄木やあいつの意志なんてものじゃ どうにもならない、決定事項。人間の意志を越えた巡り合わせ。死柄木の魂に与えられた、使命と言ってもいい。


「(オカルト?いいや、違う・・・こいつはロマンだ)」


心の奥底から逢いたいと焦がれる相手に、生まれ変わって別人になっても、また、めぐり逢えるなんてさ。
あいつに対するこの執着心は、恋と呼ぶには生ぬるい。そんな俗世的なものじゃなくて―――そう、言うなれば、“運命”!
ああ、もう・・・人生ってものは、なんて楽しいんだろう!死柄木は恍惚とした笑みを浮かべ、明確な意思をともした声で、宣言する。


「なんとしても・・・俺のこの手で、身能 強子を殺してやる」












しかし、人生とはそう上手くいかないもので―――死柄木を取り巻く環境が大きく変わる事態となった。
神野での一件により、“先生”がオールマイトに敗れ、投獄されたのだ。
慕っていた師を失うと同時、強力な後ろ盾を失って、ヴィラン連合の勢いはあっという間に衰えた。
あげくに、雄英がセキュリティを強めて全寮制を取り入れたおかげで、身能に手出しできる状況ではなくなった。
せっかく 死柄木が“自覚”したというのに、だ。

胸くそ悪いが、仕方がない。今は、ちまちまと勢力をかき集め・・・備えるんだ。ヒーロー社会をドタマからブッ潰す、その日に向けて―――


「・・・ふーん、個性を奪うクスリか。悪くない話だ」


八斎會の奴らと交渉しながらも、まず頭にチラついたのは、あいつだった。
いい個性に恵まれたからだろう、あいつは、自分の強さを過信している。最高のヒーローになれると信じ、ヘラヘラ笑って過ごしている。自分が殺されるなんて、微塵も考えちゃいないんだ。
だけど・・・死柄木もそのクスリを使って、あいつから個性を奪えたなら―――


「個性が使えず、戦うすべもなく、ただ怯える身能を殺せる ってわけだ・・・考えただけでゾクゾクするよなァ」


脳無で捕獲し、無抵抗な身能をいたぶるのもいいが・・・必死に逃げまどう、非力な身能をいたぶれるなんて、最高にそそられる。
堪えきれずにニタリと笑えば、周囲にいた八斎會の連中がザッと死柄木から距離をとった。連中は死柄木のほうを気味悪そうに見ているが・・・まあ、その失礼な態度には目をつむってやろう。
この連中は、例のクスリを手に入れるまでの暫定的な提携関係に過ぎない。クスリを手に入れるまでの辛抱だ―――と、そう思っていたのだが・・・。

八斎會に出向していたトガとトゥワイスから“それ”を聞いた瞬間、ぶわりと、全身の細胞が奮い立った。

―――身能 強子が、来ている・・・!!

雄英に厳重に守られているあいつが、こんなところまで出向いてくるなんて・・・そんな運命的なことがあるか!?あいつと対峙することになるのは、もっと先の話だと思っていたのに!
死柄木は はやる胸の内を抑えきれず、トガから連絡を受けたポイントへと急ぐ。このチャンスだけは、逃せない。
そして、八斎會とヒーローたちの全面戦争のあと・・・ヒーローたちが疲弊し、現場が慌ただしく混乱しているタイミングを狙った。
トガとトゥワイスが、あいつを上手くおびき寄せた。思った通り―――あの自信過剰な女なら、少し“隙”を見せてやれば食いついてくると思ったよ。


「なんでアンタが、ここにいるの・・・!?」


手元に例のクスリはないが、脳無という手札がある。対 次世代オールマイト用改人といったところか・・・存在を知覚できない脳無により、身能はあっけなく拘束された。
そして、身能が今、目の前にいる。抗うすべもなく、ただ怯えて死柄木を見つめている。
最高に滾るシチュエーションに心が躍る。


「アンタの性格なら、治崎にお礼参りにでも行くんじゃないの!?あいつに嫌がらせするんなら、護送中の今しかないはずでしょ!?」


まるで仔犬のようにキャンキャンと吠えた彼女に、キョトンと呆けてしまう。一拍あけて、彼女の言葉に腹から笑い声をあげた。
確かに死柄木は、ここに身能が来ていなければ、治崎に意趣返しをするべく行動していただろう。
“ヒーロー”と“ヴィラン”は、分かり合えるはずもないと思っていたが・・・“ヒーロー”に、こうも自分の考えを寸分違わずに言い当てられるとは。
もしかすると・・・彼女の本来の思考はヴィラン寄りなのかもしれないと、勝手に期待する。だとするなら・・・爆豪のときは失敗したが、彼女なら、いい仲間になれるかもしれない。

でも―――大事なことを忘れちゃいけない。これは、優先順位の問題だ。
死柄木にとっては、身能強子を懐柔して仲間にするより・・・身能強子を殺すことのほうがずっと、ずっと重要なんだ。
それこそが、死柄木の魂の本懐。それこそが、我々の魂の宿命。


「まさか・・・っ!そんなこと、あるわけっ・・・!!」


前に殺したときと同じやり方で刺してみたら、何か思い当たったらしく、食い入るように死柄木を見つめる身能。


「――― 思い出したか?」


面白半分だったのだが、どうやら本当に思い出したらしい。その証拠に、恐怖に支配された身能は、前に殺した“あいつ”と同じ顔を見せていた。
それにたまらなく興奮して、ついつい饒舌になる。
彼女と語らう時間の幸福を噛みしめながら、彼女の死への期待が、際限なく、ぶくぶくと膨らんでいく。


「自分は変われたんだって、成長できたんだって・・・そんなふうに思ってたなら、そいつは思い違いだ」


かわいそうにな・・・どんなにスペック高い人間に生まれ変わったって―――結局はこうして、また、俺に殺されるのになァ?
そして、高揚感が最高潮に達したとき・・・彼女の心臓めがけて、ずぶりとナイフを突き立てた。
ナイフづたいに、彼女の心臓が大きく跳ねたのを感じ取る。苦しそうに暴れる鼓動と、不規則に刻まれる呼吸を感じながら、トクトクと溢れ出てくる美しい赤に見惚れる。
そう・・・・・・これだ。
ずっと、これが見たかった。ついに、本懐を遂げたのだ。俺の手によって死にゆく身能は儚くて、でも、散り際だからこその荒々しい生命力を感じさせて・・・なんて愛おしいのか。


「じゃあな、身能 強子・・・また来世で会おう」


自分の“死”が確定したことを悟った彼女に向け、優しく囁いた。
きっと、また・・・生まれ変わっても、お前を殺してやるからな―――

そして、彼女が力尽き、その息の根が止まったことを確認した瞬間、至高の快感が死柄木の脳を突き抜け、全身が痺れる。
死柄木の魂が、歓びの悲鳴をあげている。
死柄木のこれまでの全ての苦労は、今、この時のために重ねてきたものだったと悟り、達成感と愉悦に浸る―――


「雄英生を二人も攻略かよ!ホント、この脳無 優秀だな!」

「弔くんっ、弔くん!!出久くんをどうしましょう!?強子ちゃんみたいに、また派手に血を流しますか!!?」


外野が騒ぎ立て、その喧たましい声に我に返った。
そうだった・・・すっかり頭から抜けていた。身能を殺す最中に邪魔が入ったから、脳無を仕向けたんだった。
顔を真っ青にした緑谷が、脳無からどうにか逃れようと無駄な抵抗をしているのを見やり、ため息をこぼした。
以前に会ったとき、“次会う時は殺す”と言った覚えもあるし、本来なら殺してやりたいところなのだが・・・今は到底、そんな気分になれない。わかるだろ?まだ、身能を殺した余韻に浸っていたいのだ。


「・・・お前らの好きにしろ」

「やったぁ!!」


嬉しそうにはしゃぐトガをしり目に、はぁと重々しく息を吐きだす。
そっと視線を落とすと、死柄木の目に映るのは、ひとつの死体。ぴくりとも動かず、その目に光を宿すこともなく・・・ただ転がっているだけ。
それを見つめた死柄木は、もう一度、憂いを帯びたため息をこぼした。


「あーあ・・・・・・終わっちまった」


心底つまらなそうに、呟く。
さっきまでの彼とは打って変わり、無気力で、まったく覇気がない、腑抜けた様子。怠慢な態度でゆっくりと死体に背を向けると、ふらふらと どこかへ向かおうとする死柄木。

今―――彼の胸の内は、とてつもない喪失感に見舞われていた。

身能が死んだということは、つまり、身能を殺すという“生きがい”を失ったことと同義なのだ。
“生きがい”を失った人間が、精力的に生きられるか?否だ。身能を殺すことに取り憑かれた人間が、身能の存在しない世界で、余生を謳歌できるか?否だ。
燃え尽き症候群に近いかもしれない。だが、事態はより深刻だ。
死柄木には、もはや、今世に未練など残っていないのである。
己が信念に掲げていた ヒーロー社会を壊すだのなんだのも、彼女の死と比較すれば、どうでもいいことに思えた。

過去の人生においても、いつもそうだった。
あいつを殺したくて殺したくて、殺す。
でも、殺したあと・・・他に生きる目的を見出せず、あとを追うように 自分も死ぬ。もしくは、監獄の中で生かされるだけの、死んでいるのと変わらない人生か。
何度生まれ変わろうと、必ずと言っていいほど、そのどちらかに帰結した。
まるで、犯した罪に見合うだけの 罰を与えられているような。人を殺した人間が 幸せになれるはずないのだと、そう啓示されているような。

現に、今だって・・・もう死んでしまおうかと、そんな考えが死柄木の頭を侵している。さっさと死んでしまえば、そのぶん早く 来世のあいつに会えるだろうという、その一縷の望みにかけて。
抜け殻のように放心している死柄木は、ふと足をとめると、手元にある、身能を刺したナイフに視線を落とした。
そして、死柄木は何かに取り憑かれたように、手元のナイフを握り直すと、刃先を自分のほうに向け・・・


「お、おい・・・嘘だろ?」


トゥワイスの驚愕したような声。
それに続いて・・・死柄木の背後でパシャリと、水たまりを踏んづけたような音がした。
なんだ?と、気力の無いまま ふらりと後ろを振り返り―――


「・・・・・・は?」


目を疑う光景に、死柄木の口から、素っとん狂な声が漏れた。
そんな光景は、死柄木が 何度と生まれ変わった何百年、何千年という歴史の中でも、一度も見たことがない。
だって・・・さっき、自分の手で確かに殺したはずのそいつが―――その目にギラギラと光を宿し・・・致死量の血だまりの中、片膝をついて 今にも立ち上がらんとしているのだから。










==========

信心深いわけではないんですけど、輪廻転生の考え方は好きです。そして、今世で縁のある人たちは、過去世でも縁があったらしいですよ。
ロマンがありますよね!

死柄木の転生設定は、夢主オリジンの話を執筆してたときには決めてたんですけど・・・いざ書いてみると、この設定大丈夫か!?と・・・。ただ、もう今さら設定を変えることもできないし、無理くり設定でも、これくらいの因縁がないと彼とのフラグは立たないと思うんで・・・死柄木さんと夢主は、ソウルメイトになりました。
死柄木のあそこまでの執着は、もはや愛と言っていいでしょう。
前話では、すごく怖くてムカつく嫌な奴になるよう目指して執筆しましたけど・・・その実態は、前前前世どころか、一万年と二千年前から愛してる系男子です。



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