戦いが終結した、直後―――


「被害者がいないか確認を!救急車ありったけ呼んで!」

「ヴィラン連合メンバーが近くにいるかもしれない、捜索を!」


現場は慌ただしく、騒然としていた。
動ける者は地元のヒーローたちとともに被害の確認にあたり、警官たちの増援、救急隊や消防隊も到着して・・・多くの者が入り乱れ、混乱した現場の収拾に努めていた。
そんな中、エリを抱えている強子は―――恨みがましい、鋭い視線を治崎へと向けていた。
視線の先にいる治崎は、全身を拘束された状態で、最寄りのヴィラン専用病院へと護送されていく。
あいつを一発ぶん殴らねば気が済まないと思っていた強子だけど・・・彼女はただ、静かに奴を睨みつけるにとどまった。
どうせ―――強子が奴に制裁を加えずとも、このあと奴は、死柄木たちヴィラン連合から襲撃されることになる。
全身拘束状態の治崎は抗うすべもなく、両腕を奪われて個性を使えなくなる上に、奴の努力の結晶ともいえる“完成品”まで奪われるのだろう。
治崎が何よりも嫌がり、悔いて、絶望することをされるのだから・・・その哀れな未来に免じて、ぶん殴るのは勘弁してやろうじゃないか。
まあ、瀕死でぶっ倒れている相手に殴りかかるのは倫理的に問題あるし・・・ヒーローがオーバーキルだなんて、世間からのバッシングはまぬがれない。


「ナイトアイ!僕、言いそびれてて!」


そう声を張る緑谷に反応して、強子はそちらを見やる。彼は、ストレッチャーで救急車へと運びこまれていくナイトアイに寄り添いながら、必死に訴えかけていた。


「オールマイト、生きるって!必ず会いましょう!会って・・・また!だからっ、頑張って!!」

「緑谷・・・」


酸素マスク越しに、かすれた弱々しい声で緑谷の名を呼ぶと、


「―――お前は、未来を・・・捻じ曲げた」


ナイトアイは、穏やかな表情でそう告げた。
それを聞いて、強子は腕の中のエリをぎゅっと力強く抱きかかえる。
この腕に抱えている彼女こそ、未来が捻じ曲げられた証拠だ。ナイトアイが『予知』した未来が、変わったという証。
そして、ナイトアイがこれまでの人生において 幾度と挑みつづけ、幾度と失敗し、後悔を積み重ねてきた――その絶望を打ち砕く、希望そのものなんだ。
何とも表現しがたい気持ちで ナイトアイを乗せた救急車を見送っていると、緑谷が今度は強子のほうへ駆け寄ってきた。


「身能さん!さっきは ありがとう、助かったよ!」


その感謝の言葉は、動けずにいた緑谷からエリを引き離したことについて言っているのだろう。でも、


「・・・お礼を言われるべきなのは、デクくんのほうでしょ」


そう言って、強子はくしゃりと笑みをこぼした。
治崎を倒したのも、エリを救け出したのも、『予知』された未来を変えたのだって・・・全部、緑谷なんだから。


「あっ、それより!!早くエリちゃんを診てもらったほうがいいと思う!」


緑谷の言葉に、強子もこくりと頷いて同意する。気を失ったあと熱を出した彼女が、苦しそうにしている。
早急に彼女を救急隊員に託そうと、強子が周囲に視線をやった瞬間、


「!!」


強子の視界にちらりと映りこんだのは―――トガとトゥワイス、二人の後ろ姿。
二人が住宅の狭間にある細道へと入っていく、その後ろ姿を捉えたのだ。一瞬だったが、見間違いじゃない。おそらく二人は、ヒーローや警官が大勢いるこの場から逃げようとしているのだろう。
二人が去って行ったほうを見ながら、強子の視線が鋭くなる。


「・・・デクくん、エリちゃんをお願い」

「?」


不思議そうに首を傾げている緑谷に、エリを託しながら小声で告げる。


「連合の二人を見つけた・・・私が、追跡する」

「え!?」


幸い、あいつらは強子が気づいたことに 気付いてない。
このままあいつらを尾行して・・・強子が、ヴィラン連合のアジトを突き止めてやる!
“原作”とは違う展開になろうが、もう、知ったこっちゃない。そんなことどうでもいいから・・・ヴィランどもに一泡吹かせてやるんだ!


「(それくらいの事させてもらわなきゃ、やってらんない!)」


そう―――彼女は、怒っているのだ。
彼女の心の内は、治崎を殴りとばせないことへの無念と、ナイトアイを救けられなかったことへの悔悟が渦を巻き・・・何より、何も成果をあげられなかった自分自身への怒りで煮えたぎっていた。ヴィラン連合を相手にでも憂さ晴らししないと、このやるせない感情の捌け口がない。


「待っ・・・駄目だよ!単独行動は!!」

「なら増援をよこして!見失わないうちに 私は行く!」


それに、今回もまた 緑谷に何ひとつ敵わなかったことで抱いた劣等感だって、彼女がへそを曲げている一因である。
不機嫌そうに、刺々しく緑谷に吐き捨てた強子は、彼が何かを言い返す前にと駆け出した。





“追跡”なら、目も耳も鼻も優れた強子の得意とするところ。先陣を切って強子が追うのが効率的だろう。
トガとトゥワイスを見失わないように感覚をフル稼働させながら、自身の気配を悟られないよう、神経を研ぎ澄ませて彼らを追いかけていく。
奴らは目立たない路地裏や、普通は人が通らないような細道なんかを使い、ときに遠回りをして、複雑な経路を進んでいく。指名手配中なだけあって、後をつけられないための策は抜かりないようだ。


「(・・・さすがに、慎重だな)」


強子の顔色が僅かに曇る。
きっと、判断力に長けた緑谷ならば、リューキュウや他のヒーローたちに強子のことを伝え、充分な戦力を揃えて追ってきてくれるだろう。しかし・・・この複雑な経路を辿って来るのは、難しいかもしれない。
そう考えながらも奴らを追いかけ続け、しばらくすると・・・トガとトゥワイスの動きが止まった。


「?」


二人が足を止めたのは、何もない、空き地のようなスペースだ。
周囲にある建物はどれも空き家のようだし、地面には野草があちこちから伸びて、不法投棄されたゴミなんかが転がっている様子を見るに・・・人の手を離れ、長いこと放置された場所なのだろう。
人目を避けるにはもってこいの場所だけど・・・ここが、ヴィラン連合のアジトなのか?
強子が首をひねっていると、視線の先にいる二人は、思ってもみない行動に出た。奴らは、空き地の先にある二筋道で、二手に分かれたのだ。


「(えっ・・・マジかよ!)」


てっきり、二人ともアジトに向かうものと思ってたのに!トガは左に、トゥワイスは右に・・・二人が、別々の方向へと歩みを進めていくではないか。
どうする!?どちらかの向かう先が、アジトではない可能性がある。そもそも、二人ともアジトに向かってない可能性もあるけど・・・でも、せっかくここまで追って来たんだ。どちらかを最後まで追うべきだろう。
となると・・・気配を消すのが巧いトガよりは、トゥワイスを追うほうが確実な気がする。
そう結論づけると、二人が左右の道へと進んで姿が見えなくなるのを待ってから、先ほど二人が足を止めていた空き地のスペースへと歩み出た。
そして・・・ちょうど、強子が空き地の真ん中を通りすぎようとした時だった。


「っ!!?」


思わず叫び声をあげそうになるのを、ギリギリのところで踏みとどまる。


「(なんだ、コレ・・・!?)」


強子の身体が―――動かない。
歩いている動作の途中で、急に、ぴたりと動けなくなった。強子の身体は、“だるまさんが転んだ”で遊ぶ子供のように、不自然に静止している。
身体の自由が効かない・・・手も、足も、首さえも動かない。
唯一、眼や口は自由に動かせることに気がついて、自分の身体を見下ろしてみる。しかし、強子の身体には、誰かが触れているわけでも、強子の足元に何かトラップがあるわけでもない。
なら、これは一体・・・?


「おっ、うまくいったみたいだな!」


唐突に投げかけられた陽気な声に、ギクリとする。
ばっと視線を上げると、先ほど右側の道に進んでいったはずのトゥワイスが、強子のほうへと戻って来ていた。


「っ・・・!!」


気づかれた!いや、すでに気づかれていたのか!?
とたんに事態のヤバさを理解して、サっと血の気が引いていく。
彼の口ぶりから、強子が動けないでいるこの現象は、奴の仕業なんだと察しがつく。まんまと奴の術中にはまってしまったというわけか・・・。


「まあ、そう睨むなよ!眉間にシワが寄ってちゃ 可愛い顔が台無しだろ?―――イカした顔だ!」


一人で忙しなく喋るトゥワイスから、すっと視線をずらす。
左側の道からトガが戻ってくる気配はない・・・ひとまず、最悪な事態は免れた。彼女がここにいたら、問答無用で強子はめった刺しにされているだろう。
状況を確認して、浮かれた様子のトゥワイスへと再び視線を戻す。


「それにしてもツいてるぜ!“核”の子供は手に入らなかったが・・・まさか、身能強子が手に入るなんてな!―――ガッカリだよ!!」


今、ここにいるのは奴ひとり。
奴ひとりなら、まだ、どうにか出し抜けるかもしれない・・・!


「お前を捕まえたと知ったらきっと、死柄木は喜ぶだろうなぁ!」


ぴくり、と強子の眉が動く。
また、“死柄木”―――どうにも 癪にさわる。こいつのせいで、雄英がどれほど振り回されたことか・・・。
その死柄木の指示で、ヴィラン連合は強子を狙っているそうじゃないか。奴が強子の命を狙っているらしいと、神野のときに爆豪が情報を掴んできたわけだが・・・


「・・・冗談じゃない」


トゥワイスは、強子を拉致して死柄木のところまで連れて行こうって算段なんだろうけど・・・爆豪に続いて 強子まで拉致なんてされたら大問題だ。こちとら、仮とはいえヒーロー免許も持ってるんだ。それこそヒーロー社会崩壊のカウントダウンが始まるぞ。
それに、何より強子は・・・殺されるなんて、もう、まっぴら御免なんだよ!


「トゥワイス、浮かれてるとこ悪いけど・・・私は アンタらの思いどおりにはならない」


トゥワイスを睨み付け、断固として言い放つ。
言いながらも、どうにか身体を動かせないかと試してみる。が・・・やはり、ぴくりとも動かない。


「(考えろ・・・どういう仕組みだ!?)」


早くっ・・・この状況から脱却する方法を見つけないと!
必死に考えを巡らしている彼女を見やり、トゥワイスはやれやれと頭を振った。


「往生際が悪いぜ・・・言っておくが、もう、お前に勝ち目はないんだよ。諦めて大人しく死柄木に殺されるんだな」

「そう言われて、大人しく殺される奴がいるか!」


この野郎、他人事だからって呑気に言いやがって・・・!
強子は唯一自由に動かせる表情筋を使い、トゥワイスに向けて・・・思いきり、アッカンベーしてやった。身体が自由に動くなら、中指を立ててやりたいくらいだよ。


「殺されるなんて、絶対にお断り!死柄木のやつとは会うのもお断りだっての!顔も見たくないっ、断固拒否だね!!」


このまま連合に拉致られ、死柄木に殺されるなんて 死んでも御免だ!そうなる前に、なんとしても、逃げおおせてみせる!!


「―――おいおい、随分つれないこと言ってくれるなァ」


その声を耳にした瞬間、ひゅっと息をのむ。
トゥワイスの声ではない。でも・・・聞き覚えのある、その声。
その声のほうへと恐るおそる視線をやり、その人物を視認した瞬間・・・心臓がドクンと、痛いほどに跳ねた。


「俺は こーんなに、お前に会いたかったっていうのにさ。酷い話だよなァ?」


・・・嘘だ。そんなはずが、ない。
空き地の先にある分かれ道――その左側の道から、こちらに向かって来る人物が二人いた。ニヤニヤと笑っているトガ。そして、彼女に引き連れられるようにして現れた、もう一人・・・。
顔面や身体のあちこちに“手”をくっつけた男を見て、強子は口をあんぐりと開けて絶句した。


「おう、死柄木!思ったより早かったな!―――待ちくたびれたぜ!」

「弔くんがこんなに急ぐなんて珍しいです・・・フフッ、本当に強子ちゃんのことが大好きなんですね!」


その男から目が離せず、強子は穴が開くほどに見つめる。
ドッドッと強子の心臓がうるさく暴れている。手のひらにじっとりと汗をかいて、気持ちが悪い。


「しっ・・・死柄木、弔・・・?」


いや、そんな馬鹿な!
こいつが、ここにいるはず、ないんだ!!こんなこと、あり得ない、はず・・・なのに!!


「な・・・っ、なんで・・・!」

「ん?どうした?」


オバケでも見たかのような顔で震える声を発すると、死柄木は楽しげな様子で首を傾げ、強子に言葉の続きを促した。
その 妙に余裕のある態度が余計に不気味で、つい腰が引けそうになるが・・・意を決し、強子は口を開く。


「なんでアンタが、ここにいるの・・・!?」


だって強子は、こんな展開 知らない。“原作”では、こんな展開じゃなかった。


「アンタはっ・・・アンタの性格なら、治崎にお礼参りにでも行くんじゃないの!?あいつに意趣返しするんなら、護送中の今しかないはずでしょ!ここにいていいわけ!?」


強子が叫ぶように問いかけると、死柄木はきょとんと呆けて、


「ハハハッ!!」


可笑しそうに笑い声をあげた。心から楽しそうに笑う姿すら不気味で、強子はごくりと唾を飲み込んだ。
何が奴のツボに入ったのかわからず困惑していると、死柄木がふうと息を吐いて、改めて強子に向き直る。


「嬉しいねぇ、お前がそこまで俺のことを理解してくれてるとは思わなかったよ・・・でもさ―――お前は 大事なことをわかってない」


死柄木が、身動きできずにいる強子へと、ゆっくり、ゆっくり、近づいてくる。


「勿論、お前の言うとおり、オーバーホールに挨拶はしておきたいからな・・・あっちにはコンプレスと荼毘、それにスピナーを送ったよ。それにしても、仲間を信じて任せるってのはいいなァ・・・まるで自分が徳の高い人間にでもなった気分だぜ」


上機嫌に言いながら、死柄木は強子に向けて一歩、一歩と、着実に距離を詰めてくる。


「つまりさ、これは 優先順位の問題なんだ。俺にとっちゃ、オーバーホールに報復するより、こっち(お前)のほうがずっと重要で―――」


とうとう目の前まで迫ってきた死柄木がすっと腕を上げたので、強子はとっさに身構えた。奴に五本の指で触れられたら、一発アウトだ。
しかし・・・奴は五指で強子に触れることはせず、手の甲で、するりと強子の頬を愛おしげに撫でた。
死柄木らしくない行動に瞠目していると、奴は強子の耳元に顔を寄せ、そっと囁く。


「―――それだけ俺が、お前を殺したくてしょうがないってことだ」

「っ!!」


ゾワッと、本能的な恐怖が全身に駆け巡る。
何か・・・得体の知れない、言葉では表現できないような、かつてない恐怖心を覚える。


「(――― 怖 い )」


怖い・・・目の前の男が、怖い。強子の心が、その感情に埋め尽くされる。
あまりの恐ろしさに、強子の顔から血の気が引いていく。視界が狭まり、まわりの音が遠くなって、自分の浅い呼吸音だけがヒューヒューとうるさい。きっと、身体が自由に動くなら、手足の震えが止まらなかっただろう。


「(嫌だ、怖い・・・死にたく、ない・・・!)」


頭の中で、グワングワンと警鐘が鳴り響く。
信じられるか?死柄木と面と向かって対峙する、それだけで・・・こうも鮮明に、自分の“死”をイメージさせられるなんて。
『予知』なんて個性を持たずとも、疑いようもなく・・・自分の“死”が、ほんの数分、いや数秒先にまで迫ってきているとわかる。
たぶん、ここ最近で感じていた、嫌な予感や漠然とした不安・・・それらは 今、この瞬間が訪れる予兆だったのだ。自分の中の第六感のようなものが、“死”が近づいてることを警告していたのだと、そう直感する。
そうだよ―――ここ最近で、痛感したじゃないか。強子というイレギュラーな存在は、強子の知っている物語に食い違いを生むんだってこと。
でも、だけど・・・


「―――・・・わからない」


怪訝な表情を浮かべた強子が、ぽつりと、小さくこぼした。
どうにも腑に落ちない。


「やっぱり、わからないよ・・・」


ずっと、理解できなかった。不思議でならなかった。今、こうして死柄木と顔を合わせて対話してみても、やはり、ちっともわからない。


「死柄木 弔―――どうして、そんなに・・・私を 殺したいの?」


ずっと気になっていた疑問を口にする。
怖いもの見たさに 近いかもしれない。だけど、気になるじゃないか。
死柄木にとっては、治崎への報復よりも、強子を殺すほうが優先度が高いと言うけど・・・強子には、死柄木からこんなにも強い殺意を抱かれる覚えなんてない。
なぜこの男は、ここまで強子を殺すことに執着する?


「(私の“知ってる”話では・・・死柄木は、ヒーロー社会を壊すことに執着してたはずなのに・・・)」


オールマイトが作り上げてきた、皆が笑って暮らせる平和な世を・・・ぶち壊す――それがコイツの信念だったはずだ。
そこに、強子は何の関与もしていない。オールマイトからワン・フォー・オールを継承した主人公――緑谷とも、違う。
なのに、この世界の悪役代表みたいな死柄木が、強子を殺すために、こんなところまで出向いてくるなんて・・・そんなことある?しかも、こんなタイミングで?もし、強子が奴と対峙することがあるとしても、もっと先の話だと思っていた。


「―――ああ、そうか・・・“思い出してない”のか、お前は・・・」


死柄木がどこか残念そうな、寂しそうにも聞こえる声で呟いた。
「何を?」と強子が訊く前に、死柄木がぱっと嬉しそうに顔をほころばせた。


「そうだ・・・お前が思い出せるかどうか、試してみようか」

「・・・は?」


さながら、クリスマスのプレゼントを心待ちにする子供のよう。死柄木はウキウキとはしゃぎながら、すらりとナイフを取り出した。
切れ味の良さそうなナイフが、目の前で鈍く光る。


「・・・っ、」


死柄木は、今、ここで・・・強子を殺すつもりなんだ。合宿のときのように、わざわざアジトまで拉致する手間も必要ない。
目前に迫る死への恐怖から、息を押し殺すように固まっていると、


「なぁ死柄木、個性は使わないのか?個性使ったほうが手っ取り早いだろ!?」

「あっ、わかりました!血ですね!?強子ちゃんの血が見たいから刺すんですよね!わあ、いいなぁ楽しそう!!」


外野が騒ぎ立て、その喧しい声に強子はっと我に返った。
何をやってるんだ、私は!ビビッて身をすくませてる場合じゃないだろ!


「(逃げなきゃ・・・!)」


しかし、相変わらず、強子の身体はぴくりとも動いてくれない。
まるで 悪夢だ。


「個性は使わない・・・俺の個性じゃ、コイツが一瞬で死んじまって つまらないだろ?」


嬉々としてナイフを構えるこの男から、どうにかして、逃げないと―――


「それに・・・“前”と同じようにやれば、嫌でも思い出すかもしれないからな」


やはり、死柄木の言うことは、理解不能。
こんなわけもわからないまま殺されるなんて、嫌だ。
ムカつくヴィランどもに囲まれながら、家族や親しい友人たちの知らぬところで、あっけなく息絶えるなんて、嫌だ。
夢見たヒーローになれないまま、人生の幕を閉じるなんて、嫌だ。
自分という人間がこの世にいた証を、なんにも残せないまま死ぬなんて、嫌だ。


「それじゃ、まずは・・・こっちの腕から」


死柄木が鈍く光るナイフを大きく振りかざし・・・強子の左腕に、ザクリと突き刺した。


「い゛っ!!」


腕に衝撃が走る。初めに熱さが駆け巡った後、一拍遅れて痛みが襲ってくる。
刺されたナイフが、刺し傷をひろげるように引き抜かれると、さらなる激痛の後、どくどくと温かい血が溢れ出る。
痛い・・・とてつもなく 痛い。
もしかしたら、これは夢なのではと僅かに期待していたのだが・・・嫌というほど感じる激痛に、その淡い期待も砕け散った。これは悪夢なんかじゃない、悪夢のような 現実だ。


「次は、こっちの肩だ」

「〜ッ!!!」


今度は右肩に衝撃が走り、声にならない悲鳴をあげる。
痛み、苦しみ・・・生理的な涙を浮かべる強子を、死柄木はうっとりと、浮かされたように見つめている。


「ほら、懐かしいだろ?・・・あ、この次、本当は“背中”だったんだけどな・・・まァ、“腹”でも同じか」


ザクリ。ナイフの刃が腹部に突き立てられた反動で身体が跳ね、「う゛ッ」と声が漏れ出る。
痛みのあまり、意識が飛びそうになったところで、再び腹部にナイフを突き立てられて、その痛みが強子の意識を無理やり浮上させる。


「(なん、だよ、コレッ・・・・・・ふざけんなよ)」


あまりにも痛すぎて、だんだん腹が立ってきた。
強子は額に脂汗を浮かべながら、ぎろりと目の前の男を睨みつける。
なぜ、この男が自分に悪意を向けているのか、まったく理解できないぞ。“思い出す”って、なんのことだよ!
こんな一方的に、無慈悲に、ここまで痛めつけられるなんて・・・こんなの、 “あの時”以来じゃないか。身能強子として生まれる前の――前世での、無力な“私”。


「――― っ!!?」


意識が朦朧としかけていた強子が、唐突に、ハッと目を見開いた。
左腕、右肩、そして腹部にどくどくと流れる温かい血の感触。ぬるりと、気持ちの悪いその感触は・・・覚えがある。


「ッ!?・・・まさか・・・っ!」


驚愕した様子で目を皿のようにした強子は、痛みすら忘れ、食い入るように死柄木を見た。


「そんなこと、あるわけっ・・・!!」


まだ、あの時のことは 鮮明に思い出せる―――強子の前世、その最期のこと。
“私”を殺した“あいつ”は・・・理不尽に、容赦なく、刃物で幾度と“私”を傷つけた。初めは左の腕を、次いで 右の肩を。そして、うつ伏せに倒れた“私”の背中に、何度も何度も繰り返し刃を突き立てられた。
そんな前世の“私”の死にざまと、“強子”の今の状況・・・偶然で、こうまで酷似するものだろうか?
いや・・・死柄木は、なんと言っていた?


―――“前”と同じようにやれば、嫌でも思い出すかもしれないからな

―――この次、本当は“背中”だったんだけどな・・・まァ、“腹”でも同じか



明らかに、コイツは・・・強子の前世のことを“知っている”。知った上で、再現しているのだ。
いや、けど、待ってくれ・・・前世の出来事を知っているということは、つまり、


「(死柄木も、転生してたってこと!?)」


自分以外に、記憶持ちの転生者がいたなんて!それも、原作キャラが!?そんなバカな!!!
だけど、もし本当に 死柄木が転生者だとして・・・“私”の死にざまをそこまで詳細に知っている、ということは、だ。


「(死柄木は・・・“私”を殺した人間の、生まれ変わり!!?)」

「――― 思い出したか?」


そう言うと、死柄木が顔面につけていた“手”を取り外した。
視界に映った奴の顔は、とても楽しそうで、恍惚としていて・・・ただただ、途方もない、純粋な悪意に満ちていた。
その狂気をはらんだ笑顔が、前世で“私”を殺した“あいつ”と重なって・・・俄かには信じがたい話だけど、自分の推測が間違っていないのだと確信する。


「お前が死んでいくときの、あの絶望した顔・・・!あれは最高だったよ!!今でも鮮明に思い出せるぜ、痛みと苦しみに涙するお前をっ・・・あれが見たくて、“前”の俺は、お前を殺したんだよなあ!!そうだよ、殺さないわけにはいかないよな!お前を殺すのが生きがいなんだからさぁッ―――“前”の俺も、“今”の俺も!!」


正気の沙汰じゃない。あまりに、異常。


「生まれ変わっても、俺は、今もまたお前を殺したくて仕方がない―――なァ、わかるだろ?俺とお前はさ・・・運命で結ばれた存在なんだよ。俺はお前を殺すために生まれ、お前は俺に殺されるために生まれる・・・そういう運命にあるんだ」


甘ったるい猫なで声で語られる死柄木の持論に、ゾッと震える。


「だって、前回だけじゃないんだぜ?その前の人生も、その前も、さらにその前も・・・ずっとずっと繰り返してきたことだ。何度生まれ変わったって、俺はお前を殺さずにはいられないし、お前も 俺に殺される運命からは逃れられない」

「!?」


何度も繰り返しているって?何度も、コイツに殺されているって!?
冗談だろ・・・?そんな非情な運命、あり得るものなのか!?そんな残酷な運命、許されるものなのか!?
到底信じ難い話なのに・・・不思議と、奴の言葉は強子の腑に落ちた。それはきっと、過去に、コイツに殺されたという実体験があるからだ。


「かわいそうになァ・・・けど、これはもう、俺たちの意志でどうにかなるもんじゃない。そういう星のもとに生まれたんだと 受け入れるしかないんだよ」


口では哀れむようなことを言いながら、その眼は、今すぐにでも強子を殺したくてしょうがないと 雄弁に語っている。
まさに、捕食者と被食者。蛇に睨まれたカエルとは このことだ。もはや彼女は、本能的な恐怖に身がすくみ、ここから逃げ出すことも頭から抜けて、ただただ固まってしまっている。


「ハハッ!なんだ、思い出した途端に、ずいぶん大人しくなったな!俺から逃げなくていいのか!?まァ、逃げたくても、お前はもう動けないんだけどさ!!」


歓喜したように笑う死柄木は、強子のほうを見ながら、強子ではない誰かに話しかけた。


「おい・・・姿を現してやれ、脳無」

「(はっ?・・・脳無!?)」


いったいどこに、と視線を彷徨わせる強子の背後に、強子の腕を掴むように突っ立っている脳無の姿が、突如として現れた。
まさか、ずっとそこにいたのか!?
脳無に腕を掴まれていたなんて、今まで全く、気付かなかった。目にも見えず、嗅覚でも聴覚でも捉えられず・・・腕を掴んでいる感触すらなかったのに。


「この脳無はさ、お前を捕まえるためだけに作ってもらったんだ」


死柄木は、オモチャを自慢するかのように強子に語って聞かせる。


「お前の『身体強化』・・・見たところ、五感覚の強化もできるんだろ?便利だよなぁ。だけど、この脳無には『知覚不可』の個性を与えてある。つまり、個性の発動中はお前の五感覚でもこいつを知覚できないってわけだ」


ようやく仕組みを理解して、強子が苦虫を噛み潰したような顔になる。


「それと、お前の超パワーは厄介だから、もう一つ個性を与えた。触れた相手をその場に『固定』する個性だ。パワーは関係ない、触れさえすれば相手は一切の身動きが封じられる」


ロックロックの『施錠』に似た個性だ。あっちは物質のみに有効だったが、この『固定』とやらは、生物に対して有効なのか。
強子の腕も、足も、その場にぴたりと『固定』され、超パワーで攻撃することはかなわない。


「シンプルだけど、お前を捕獲するには充分だろ?これでお前は、無力非力で、無個性の―――ただの、身能 強子だ!」


その言葉に、ドクリと、心臓がひときわ大きく波打つ。


「なァ、身能 強子・・・今回の人生は、楽しく過ごせたか?」


ニタリと、カサカサに乾いた唇をひん曲げて笑う死柄木が、不気味で、怖くて・・・強子は声ひとつ発することができない。
それに構わず、死柄木は酔いしれたように饒舌に語り続ける。


「前世とは比べ物にならないくらい、恵まれた人生だっただろ?可愛い顔に生まれて、頭も良くて、ハイスペックな『身体強化』の個性持ち・・・誰からも羨まれて、鼻が高いよな?勝ち組の人生だったよな?今世はイージーモードで楽しめたんだろ!?」

「・・・っ!」

「エリート校なんかに入ってさぁ・・・夢に向かって、大切な仲間たちと切磋琢磨して、ステキな学生生活を送ってきたんだもんな?そうそう、巷でも有名人だ!次世代のオールマイトだとか言って皆がお前の将来に期待してるぜ!そりゃ 気分いいよなァ!幸せだよなァ!!誰もが憧れる、順風満帆な生きざまだ!この先の人生も楽しみで仕方ないだろ!!前回とはまるで違う、素晴らしい人生!!!・・・・・・でもさ、」


馬鹿みたいに浮かれたテンションで語って聞かせていた死柄木が、ふいにトーンを下げる。
奴の変わりようについていけずに呆然としている強子の額に、こつりと、自身の額をくっつけ、死柄木が低く囁く。


「お前は、俺に殺されるんだよ」


―――いつからだろう。
身能 強子として生きるうち、いつからか忘れていた。人生は、短いんだって。人間の生涯なんて、終わるときはあっけなく、簡単に、一瞬にして終わってしまうものだ。
当然のように“明日”が来るなんて、そんな保証はどこにもない。


「生まれ変わって、別人にでもなれたと思ったか?生まれ変わって、前みたいな 地味で冴えない人生とおさらば出来たって?自分は変われたんだって、成長できたんだって・・・そんなふうに思ってたなら、そいつは思い違いだ。お前は何ひとつ変わってない、前世から何も変わらず・・・無力非力のままだろ!?」


死柄木の言葉を聞いているうち、強子の視界がぐにゃりと揺らぐ。
じわりと、彼女の瞳を潤すその涙は、痛みによるものか、死への恐怖によるものか、はたまた 自分自身への失望によるものか・・・彼女自身にもわからない。


「今世でお前が費やしてきた努力はさァ・・・ぜぇーんぶ、無駄だったんだよ!!ここまで本当にご苦労サマ!頑張って頑張って、お前が積み重ねてきたもの全部、俺の手でぶち壊されるのを・・・ただただ後悔しながら、死んでいけ!!また来世で 頑張ろぉなぁ!!」


嘲笑いながら、死柄木がナイフの切っ先を、強子の心臓部にゆっくりと押し当てる。
いつも胸部に着けていたアーマーは、先の戦いで窃野に奪われている。ただのタンクトップでナイフを防げるわけもない。死柄木が少しでも手に力を入れれば、そこでお終いだ―――


「身能さんッ!!!」

「(えっ!!?)」


突然、背後から浴びせられた、息をのむような声――強子はそちらを振り向けないけど、声でわかる。それは、緑谷の声だった。
強子を追ってきてくれたんだ!それにしても、なんて神がかったタイミングで来てくれるんだろう!さすがは 主人公!
そう感心するとともに、再び強子が生きる希望を見出した、その時だった。

―――ぐさり。

身体に衝撃が走り、視線を下におろすと・・・死柄木の持つナイフが、強子の心臓部に突き刺さっている。


「!?ッ、身能さん!!!!」


悲痛な声で、緑谷が強子の名を叫ぶ。
緑谷が強子に駆け寄ろうとするが、それより早く、死柄木が脳無に命令を下していた。
彼女の身体を『固定』していた脳無が彼女から離れ、次の瞬間には姿を消した。かと思えば、直後、緑谷の身体が不自然にぴたりと制止する。『知覚不可』と『固定』を発動した脳無に、緑谷までもが捕まってしまったのだ。
強子の表情が、再び絶望の色に染まる。


「(ごめん・・・ごめんなさい・・・)」


声を発せられず、心の中で彼に謝罪する。
せっかく彼が、単独行動をするなと強子に忠告してくれたのに。
冷静じゃなかった。怒りで視野が狭まっていた。まともに思考できていなかった。言うことをきかず、一人で突っ走ったせいで・・・彼まで巻き込んでしまった。


「あのな、身能 強子・・・ヒーローになろうって人間がさァ、他のヒーローに頼ってちゃいけねェよな。自分の身くらい、自分で守らねェと」


ナイフを握りしめたまま、死柄木が妖しく囁いた。
強子の胸からトクトクと流れ出ていく赤い血が、ナイフを伝って死柄木の手を赤く汚していく。その様子を、奴は微笑みながらうっとりと見守っている。
ハッハッと乱れた浅い呼吸を繰り返しながら、強子は呆然とした表情で死柄木を見返した。だんだん呼吸のペースが遅まるにつれ、視界が狭くなって、ぼやけてくる。血が足りず、思考もぼやけてくる。
そして、次第に痛みの感覚すらなくなって、身体が凍るように冷たくなって・・・その覚えのある感覚に、「また 死ぬのか」と悟ってしまう。


「じゃあな、身能 強子・・・また来世で会おう」


胸に突き刺さったナイフを勢いよく引き抜かれて、一気に血が溢れだす。
同時に、どさりと、強子がその場に倒れ込む。
最期の力を振り絞って、どうにか緑谷のほうに視線を向ければ・・・彼は、愕然とした表情で、強子を凝視していた。


「(・・・ごめん)」


目の前で誰かが死ぬなんて、最悪な気分になるのに。それが、ともに切磋琢磨してきたクラスメイトなら、余計 気分が悪いよね。絶対 寝覚め悪いよね・・・。
ナイトアイがああなってしまった直後、立て続けに強子の死を見せてしまうなんて・・・本当に、緑谷には、最期まで、悪いことをしてしまった。


「(・・・ごめんね、デクくん・・・)」


この世界の主人公へ謝罪を唱えながら、彼女は願う。
死なないで、生きてくれ。主人公補正でも何でもいいから・・・せめて、緑谷だけは、生き延びてくれよ。
強子は懇願するように、彼に向けて右腕を伸ばした。
だが、その間にも、みるみるうちに強子の呼吸は弱まり、鼓動を刻む間隔が長くなって、眼から光が消え・・・ぱたりと、彼女の腕が地面に落ちた。

―――身能 強子が、命尽きた瞬間であった。




















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