鉄砲玉・八斎衆の三人組を 一人で完封できると断言した天喰。ファットの判断で、彼ひとりにあの場を任せて来てしまったが・・・


「先輩、大丈夫かな・・・」


本当にそれで良かったのだろうかと、目的に向かって走りながらも、不安げに顔を曇らせる切島。


「やっぱ気になっちまう」

「うん・・・」


切島につづき、緑谷も固い表情で頷いた。
天喰の凄いところをそう多くは知らない彼らが、天喰を心配するのも 仕方ないことだ。


「けどっ!」


強子がくわっと声を張り上げた。


「先輩はっ・・・サンイーターは、強い!!私たちごときに心配されるような人じゃないよ!」


それに、強子は知っている。あの人は宣言した通りに・・・一人で三人を完封してみせることを。
強子の言葉に、ファットも「せやな!」と大きく頷いている。


「サンイーターを信じよう!!」

「んん!背中預けたら信じて任せるのが男の筋やで!!」


強子とファットの言葉を聞いた切島は、


「先輩なら大丈夫だぜ!!」


そう力強く言い放った。その変わり身の早さは、隣を走る緑谷が「逆に流されやすい人っぽい」と口をあんぐりさせるほど。


「心配だが、信じるしかねえ!!」

「サンイーターがつくってくれた時間!1秒も無駄にできん!!」

「私も先輩に負けないくらい活躍してやるんだから!!」

「「「(暑苦しいなァ・・・)」」」


っしゃこらああ!と、体育会系のノリで意気込むファットガム事務所の面々に、周りは顔を引きつらせていた。


「・・・妙だ」


ふいに相澤が言葉をもらす。


「地下を動かす奴が何の動きも見せてこないのは変だ」

「そういえば・・・グネグネしません!」

「何の障害もなく走ってるこのタイミングを邪魔してこないとなると・・・地下全体を正確に把握して動かせるわけではないのかもな」


ここに来るまでの間に分断されたサンイーターや、上の階層に残っている警察官たち。彼らのほうに入中の意識が向けられているのかもしれない。


「奴は 地下に“入り込んで操っている”。同化したわけじゃなく、壁面内を動きまわって“見たり”、“聞いたり”してるとしたら・・・邪魔をしようと地下を操作するとき、本体が近くにいる可能性がある。そこで目なり耳なり、本体が覗くようなら―――」


相澤がちらりと強子に視線を向ける。その意図を察し、強子は大きく頷いた。
今ここにいるメンバーで索敵に適した者は、強子のみ。壁面内を移動する奴を見つけ出すには、強子の超感覚がカギとなってくる。
ここでバシッと活躍して、「皆の足を引っ張るな」などと のたまったナイトアイを見返してやるぜ!
そう彼女が息巻いていると―――前触れなく、事態が動いた。
強子の真横から、地下通路の壁が勢いよく彼女に向かってせり上がる。通路のコンクリが人の手のような形を成し、彼女を呑み込もうと迫ってきていた。


「いっ!!?」


すぐには理解が追いつかず、ぎょっと 身をすくませた強子。
だって・・・なぜ、強子が狙われている!?入中が真っ先に狙う相手は、個性を消せる 相澤のハズだろ!?


「ビヨンド!!」


刹那、ダッと飛び出して、固まっている強子を突き飛ばしたファット・・・と、切島。強子の代わりにコンクリに呑まれていく二人と、カチリと目が合わさる。


「っ、すいませ・・・!」

「「気にすんな!!」」


申し訳なさそうな顔をする強子に、笑顔で親指をぐっと立ててみせた二人は、その一言を最後に、壁の中へと完全に呑み込まれてしまった。
―――強子の知る通りの展開なら、このあと彼らは、乱波と天蓋の矛盾コンビと戦うことになるだろう。


「(・・・大丈夫、だよね。あの二人なら)」


彼らならば、敵陣営の戦力をそいで、キッチリ役目を果たしてくれるはずだ。うん、そうだ、彼らを信じよう!
そう自分に言い聞かせている強子の耳に、ナイトアイのため息まじりの呟きが届く。


「ビヨンド一人のため、ファットガムとレッドライオットの二人が分断されるとは・・・痛手だな」

「っ!」


その一言に、カチンときた。


「(この野郎・・・っ、私に対する態度、キビしすぎだろ!!かばわれたのが私じゃなく相澤先生でも、同じこと言ってたか!?)」


強子が眉をつり上げてナイトアイに振り向けば、緑谷があわあわと二人の顔を交互にうかがう。
しかし・・・彼の予想と反して、強子の対応は、いたって大人なものであった。


「このミスは 必ず挽回します!だから―――さっさと先に進みますよ!!」


強子をかばってくれた二人の分も、強子が役立たなければ。こんなところで立ち止まって反省会をしてる場合じゃない!
半ばキレ気味に発した強子の言葉は 実に合理的なもので・・・立ち止まっていた皆が再び走り出した。







「急げ!先行したミリオに・・・っ!」


一人で先に行ってしまった通形に 一刻も早く追いつこうと、一行はわき目もふらずに地下通路を駆けていく。だが、そんな我々の行く手を阻むべく、再び入中が動きを見せた。


「これはっ・・・天井が!壁が!地面が!!」

「迫ってくる!圧殺する気か・・・!」

「粗挽きハンバーグにされちまう!!」


こんなときに軽口をたたくとは、ロックロックって怖そうに見えて意外とノリがいい人かもしれない、なんて考えている間にも天井や壁、地面までも強子たちを圧し潰そうと迫ってきている。
いの一番に動いたのは、ロックロックだ。


「本締(デッドボルト)!!」


錠前ヒーロー、“ロックロック”。彼の個性は『施錠』だ。
入中が操り動かしていた通路の壁が、彼が触れた途端にぴたりとその場に一切不動(ロック)された。


「こっちへ!この辺はもう動かねェ!狭さは言うなよ、強度MAXの“本締”だとそう何箇所も締められねえ」


施錠され、壁が動かなくなった区画に慌てて駆け寄るが、


「ホラ!締めてねェところから、また来るぞ!!」


通路の前方から、動かなくなった区画を埋めるように、圧壁が迫ってきていた。
我々を圧し潰さんとするそのコンクリートの塊に、緑谷がスマッシュを打ち込んで、粉砕する。直後、また次の圧壁が押し寄せてくるので、緑谷は息つく間もなくスマッシュを打ち続ける。
そうして、じわじわと前方の壁を退けながら、ゆっくりと前進していく―――まるで、愚鈍なモグラだ。


「ファットたちがいればもっとスムーズに行けたのになァ!ビヨンド!」

「ぐっ・・・わかってます!」


ロックロックの嫌味を受け止めながら、強子は周囲に意識を向けた。
ファットが強子をこちらに残したのは、「おまえが入中を見つけ出せ」という意図だ。強子が見つけて、相澤が『抹消』する――それがこの、生きる地下迷宮を攻略するための最善手である。
強子と相澤は背中合わせになりながら、周囲で蠢くコンクリートに目を凝らした。先程、ピンポイントで強子を狙い撃ってきたし、入中は、この壁のどこかから見ているハズなんだ。


「ハァッ、ハァッ!埒が明かない!!」


絶え間なく襲い来る圧壁に、スマッシュを打ち続ける緑谷の息が乱れてきた。
そこへ、さらに畳みかけるよう、今度は通路の後方からも圧壁が迫ってきた。前方にのみ集中していた緑谷では、対応が間に合わない・・・!


「っ・・・150パーセントぉ!!」


瞬時に筋肉強化を発動させた強子が地面を蹴り上げ、コンクリートの塊を、渾身の蹴りで粉砕する。
・・・忘れられては困るのだが、強子が誇るのは、敵の隙を捉える“超感覚”だけではない。いや、“超パワー”のほうこそ、彼女の真骨頂ともいえる。
その超パワーを目の当たりにして、周りにいた警官たちや、ロックロックの強子を見る目が変わった―――のは、良い傾向なんだけど・・・足のスネの部分に充てていたアーマーを窃野に奪われていたせいで、蹴りの衝撃がダイレクトに足に伝わってきた。身体の耐久力も強化してたって、ちゃんと痛い・・・めちゃくちゃ痛い。
痛みのあまり必死に涙をこらえていると、


「また来るぞ!!」

「!」


容赦ない圧殺策に、強子も蹴りの連打を余儀なくされる。
蹴りの威力は確かだが、自分に返ってくるダメージもでかい。それでも、痛みに耐えながら、目の前に迫りくる危機に、一つ一つ対処していくほかない。
こうしてる今にも、通形は治崎に追いつき 戦ってるかもしれないのに・・・こんなところでグズグズと、いつまでも堂々めぐりしてる場合じゃないのに!


「このままじゃジリ貧だ!追い詰められる一方だ!」


どうにか打開策はないかと困窮するが―――追い詰められ、焦っているのは・・・我々だけではなく 入中とて同じだった。圧殺策をもってしてもヒーローたちは着実に目的に向かって進んでいるし、入中の使用したブースター薬の効果もそろそろリミットが近い。
互いに切羽詰まった状況の中・・・突然、ブワッと壁がひらけて、広い空間にでた。


「開いた!?」

「今度はどういうつもりだ!?」


しかし、それもほんの一瞬のことで、次の瞬間には 我々を分断しようと いくつもの分厚い壁がせり上がる。


「うわっ!!?」


今まで“本締”で個性の限界を出し続けていたロックロックの反応が遅れた。強子が即座に動いて、分厚い壁に圧し潰されそうな彼を引き寄せ、回避させる。


「・・・すまねェ」


呻くように詫びたロックロックに、「いえ」と短く返しながら周囲を確認するが・・・どうやら見事に分断されたらしい。強子が閉じ込められた空間には、強子とロックロックの二人しかいなかった。
座り込んでいたロックロックに手を差し伸べれば、彼はバツが悪そうにしながらも その手をとる。


『気を付けろっ、来るぞ!“次の一手”が!!』


分厚い壁の向こう側から、ナイトアイの声がくぐもって聞こえてきた。ロックロックが「うるせぇや」と不満げにこぼしながら、立ち上がる―――その時だった。


「っ!?」


ロックロックの背後―――音もなく、ナイフを振り下ろそうとするトガの存在に気付いて、瞬時に強子はロックロックの体を引き寄せた。
トガのナイフが空をきる。と同時に、彼女と強子の目が合って、彼女はニタリと笑った。それを皮切りに、言葉もなく臨戦態勢に入る二人。


「おい、まさか、そいつは・・・っ!」


強子の背後で、ロックロックが息をのむのがわかった。
彼が驚くのも当然だ。ナイトアイらの見解では、ここにヴィラン連合はいないはずだ と。八斎會と連合は死人が出るほどの争いをして、対立しているのだ と。
ヴィラン連合のトガヒミコがここにいるなんて、誰も予想していなかったことだ。


「フフッ、あはっ、あははは!強子ちゃんだ強子ちゃんだ強子ちゃんだぁぁあ!」

「っ!」


嬉しそうに顔を綻ばせたトガが、強子に向けてナイフで猛攻を仕掛けてくるので、超反射でかろうじてそれを避けていく。


「強子ちゃんにまた会えるなんて、嬉しいなァ!!」

「“また”?おかしいな、私たちは会ったこと無いハズだけど・・・少なくとも、その姿では」


浮かれた様子で喋るトガに、つっけんどんに言い返す。
仮免試験で 現見ケミィの姿をした彼女と会ったことならあるが、トガ本人の姿で相まみえるのはこれが初めてだ。
強子の言葉を聞いて、トガがぱあっとさらに顔を輝かせた。


「わぁああ 嬉しい!!強子ちゃん、姿を変えてても私のこと覚えててくれた!友情ってやつだね!すごい、嬉しい!!!」

「おい ビヨンド!危っ・・・!!」


背後からロックロックの焦ったような声がかかるが、今はそちらに振り返る余裕がない。
トガが興奮したかのように、動きを変えたのだ。変則的なすばやい身のこなしから一変し、ぐわっと大きく大胆にナイフを振りかぶる。
危険極まりないが・・・逆に、その直線的な動きを見切った強子は、トガの腕を掴んで、


「っ・・・おらァ!」


そのまま背負い投げで彼女を地面に叩きつける。すると、ドロリと、彼女の体が崩れた。


「っ!?(これはっ、“ニセモノ”・・・!?)」


そうだった―――ここにはトガだけでなく、トゥワイスもいるんだ。今、強子が倒したのは、トゥワイスが複製した ニセモノのトガ。
じゃあ、ホンモノはどこに・・・?
嫌な予感に、慌ててロックロックを見れば、背中に刺し傷を負って倒れ込む彼の姿が目に飛び込んできた。


「ロックロック!!」


叫ぶようにその名を呼ぶが、彼はピクリとも動かない。
彼に駆け寄ろうとする強子だったが・・・ざわりと、本能的に危険を察知する。
咄嗟に後ろを振り返りながら、体の軸を横にずらす―――と、強子の体があった場所にナイフが飛んでいった。ぎょっとしてナイフを目で追う強子の、その太ももにグサリとナイフが突き立てられる。


「う゛っ!」


痛みに顔を歪める強子を見て、笑みを深めたトガ。彼女が ぐりっと肉を抉るようにナイフを深く刺し込んできたので、彼女をぶん殴ろうと腕を振るうが・・・軽やかな身のこなしで避けられた。
そして、避けると同時に抜き去ったナイフには、べっとりと強子の血が付着している。トガはそれを愛おしげに見つめてから、ベロリと舐めとった。


「うげっ!」


嫌そうに顔を歪める強子の目の前で、トガの姿が見る見るうちに変わっていき・・・完全に、完璧な強子の姿へと変貌したトガ。
彼女が両頬に手を当てて、うっとりと告げる。


「はあ、やっぱりカァイイねえ強子ちゃん。もっとあなたに近づきたい・・・もっと、血ィちょうだい?」

「絶対イヤ」


彼女を警戒しながらも、治癒力を強化して太ももの刺し傷の修復を急ぐ。彼女の前で、血を見せてはいけない。早く・・・一刻も早く、血を止め、怪我を治さなければ!


「そんな警戒しなくても、強子ちゃんは殺さないから大丈夫!・・・そっちの人は 邪魔してきたから急所を狙ったけど」


何が“大丈夫”なものか。殺しはしなくても、血を流すつもりなのは間違いない。
それに、ロックロック・・・先ほど彼が強子を呼んだとき、きっと、トガ(ホンモノ)が強子を襲おうとしたのを止めてくれていたのだろう。
でなければ、トガ(ニセモノ)に意識を向けていた強子は、彼女にやられてたに違いない・・・。


「フフフッ!出向して良かったァア!!」


再び、トガが鋭いナイフで斬撃を繰り出してきた。刺し傷の修復に集中していた強子は、ギリギリ躱しきれず、ナイフが掠った腕から、赤色が流れ出る。
治癒強化に集中するより、彼女の攻撃を躱すために 超反射に集中すべきか!?
一瞬 判断に迷った強子の腕の傷をトガに舐めとられ、やはりまずは治癒強化を優先しようと決意する。


「っ・・・アンタも、死柄木もっ!どうして私を狙うの!?」


なおも止まない斬撃をその身に受けながら、その疑問を投げかけた。


「弔くんのことはよくわかりません・・・けど私は、カァイイ強子ちゃんが大好きだから、強子ちゃんのボロボロになった姿がもっと見たい!見せてっ!!」


ニタニタと俗悪な顔で、血に飢えた獣のような眼光で・・・嬉々として自分を斬りつけてくる“自分”の姿に、強子の口元がヒクリと引きつった。


「私のかわいい顔で、そういう品のない表情すんの やめてくれる!!?」


考えろ・・・考えろ!素早く、変則的な身のこなしの彼女をどうすれば倒せる?
防戦ばかりで苦戦を強いられていると―――出し抜けに、強子の背後にあった分厚い壁に 穴が開く。


「身能さんっ!」

「デク!せんせっ・・・!」


スマッシュでぶち開けられた壁の穴から緑谷と相澤が現れ、パッと顔を輝かせた。
さらに、壁の向こうにナイトアイや多くの警官たちもみんな揃っているではないか。よし・・・これなら勝てる!


「って、ええ!?身能さんが二人いる!?」


いや違うよ!こんな下品な顔したやつが 強子なわけあるか!
強子と、強子の姿をしたトガの二人を見て 緑谷が混乱する一方で、相澤はすぐさま状況を理解したらしい。


「そこまでだ、渡我 被身子!」


相澤は迷うことなく、強子の姿をしたトガに向けて捕縛布を巻きつけた。同時に『抹消』の個性を発動させ、トガを彼女本来の姿に戻す。
捕縛布で捕らえたトガを引っぱり寄せる・・・が、彼女が大人しく捕まってくれるわけもない。彼女独特の身のこなしで、引っぱられる力さえも利用し、捕縛布をかいくぐる。ついでとばかりに相澤にナイフを突き刺すと、素早く相澤から距離をとった。
その瞬間をねらったように分厚い壁が下りてきて、我々と彼女が引き離されて、追撃し損なう。
その連携は、八斎會と連合とが 完全に協力体制であることを容易に知らしめた。


「先生!」

「大丈夫だ。それより ロックロックの止血を」


緑谷が慌ててロックロックのもとに駆け寄る。そして、相澤は強子へと視線を向けた。


「ビヨンド・・・お前の“それ”も、トガにやられたか」


強子の腕と太ももに付いている血を見て、彼が端的に問う。


「はい、でも大丈夫です!もう“治癒強化”で傷はふさがってます!!」


コスチュームに血がこびりついているが、傷自体はすでに修復済みだ。痛みももうない。
何も心配いらないですよ、と笑顔でアピールする強子だが・・・相澤は渋い顔で、強子の傷(があった箇所)をじっと見つめている。


「・・・まさか、天下のヴィラン連合が一介のヤクザに与するとはな」


ナイトアイも、神経を尖らせた様子で言葉を漏らした。彼は強子たちと分断されていた間、トゥワイスと、彼が複製した乱波と対敵していたらしい。
予想できなかったこの展開に、警官たちにも動揺が走っている。
ざわつく空気の中・・・突如として、地下迷宮に奇声が響き渡った。


「キェエエエ―――!!!」

「「「!!」」」


同時に地下迷宮が、グチャグチャのごちゃごちゃに、歪み、蠢き、こねくり回されて変型していく。


「声だ!!聞こえたな!?」


奇声と同時に大きく動いたということは、声の主は 入中で間違いない。


「おい、やばいやばい潰されるぞ!!」

「うわああ!!」


絶えず変形し続け、もはや原形をとどめていない地下迷宮・・・音が反響しまくってる中で、強子は感覚強化に全神経を注ぐ。
ぐるぐると洗濯機のごとく回転する通路の外壁、縦横無尽に迷宮内を突き抜ける大蛇のごとき柱、衝撃で落下してくるコンクリやら何やら、逃げ惑う皆の悲鳴。
―――その中で、この混乱した状況に似つかわしくない、いやに冷静な声が強子の耳に届いた。


「気の小さい人ほど自分が弱いのを隠したがります。自分を強く見せたくて、他人を “上”から見下すのです」


そう嘲っているのは、先程まで強子と話していたトガの声だ。
彼女の言った“上”というワードにハッとして、がばっと上を見上げた強子。トンネルのように上方まで続く地下迷宮・・・その最上部に、誰か、いる。


「デクっ、あそこ!!」


強子が指示すと同時、間髪入れずに地面を蹴り上げた緑谷。フルカウルで最上部に到達し、スマッシュで上壁を破壊すると・・・壁の中から入中が姿を現した。
待ってましたとばかりに相澤が奴の個性を消せば、『擬態』できなくなった入中が落ちてくる。


「ごめんな ヤー公、やっぱ好きにさせてもらうわ」


入中をさんざん煽ってブチ切れさせたトゥワイスとトガの二人が、落下していく入中に向け、ひょうきんな態度で「「バイ!」」と別れを告げる。


「っ、てめェらあああ!」


虚仮にするような態度の奴らに激昂する入中であったが・・・ナイトアイが超質量印を投げ当てられて、意識を飛ばす。
奴が地面に落ちる前に緑谷がキャッチし、ようやく、入中の確保に至った。


「どうやら、“使われてしまった”ようだな。だが―――これで迷宮は終わった」

「しかし まだ、トガとトゥワイス――ヴィラン連合がどこかに潜んでいるはず・・・!!」


警官の発した言葉に、入中がぴくりと反応した。


「トガ・・・トゥワイス・・・!!許さねェ〜!裏切りやがってェ!!」

「・・・他の連合メンバーはどこにいる」

「知るか!必ず見つけ出してやる!連合の奴ら全員ドタマかち割ってやる!!!キエエエ!!」

「ここにいるのは二人のみ、ということか」


今のところ 連合が襲ってくる気配はないが、八斎會を裏切ったからといって、奴らが味方になったとも考えにくい。


「全国指名手配のヴィラン連合――我々警察としては無視できん・・・!だが、」


強子と緑谷に視線を向けて、警官が言いよどむ。その視線の意味なら、明白だ。


「この世の中で ヴィラン連合と鉢合わせしたら一番ヤバい人間は身能、お前だろうが」



強子がヴィラン連合の標的にされたことなら、全国民が知っている。雄英とヴィラン連合が邂逅するなど あってはならないと、世間が目を光らせている。


「万一、検討違いで・・・連合にまで目的が及ぶ場合は―――そこまでだ」



緑谷が、判断を仰ぐように相澤を見た。
強子も相澤へ振り向くと、彼はやはり渋い顔で・・・どうすべきか迷っているのか 押し黙っている。


「・・・先生、」


苦々しい表情で、強子が口を開く。
わかっている・・・ここに来て、警官たちも相澤も足を止めたのは、強子という“お荷物”の扱いに困っているからだ。


「(・・・どうせ、私は・・・ナイトアイが危惧したとおり、皆の足手纏いだよ・・・)」


ここまで来るまでの間に、いったい何人が強子をサポートしようと、強子を守ろうとして・・・その手を煩わせた?
リューキュウたち地上にいる皆、地下で分断された警官たち、みんなが強子たちに道をつくってくれた。天喰、そしてファットガムと切島・・・彼らが、強子を守ってくれた。ロックロックや相澤に救けてもらわなければ、あわやというシーンも多々あった。
情けないことに・・・皆が道を紡いでくれたから、強子はここまで進んで来られたのだ。強子自身の活躍なんて無いに等しい、役立たずさ。
あげくに、強子を狙う連合も現れたとなれば、もう強子は彼らにとって“お荷物”でしかないだろう。強子の扱いに困るのも当然だ。
それでも―――それでも、だ。


「進みましょうッ!!エリちゃんを保護する!それが 最優先事項でしょ!?」


ここにいる皆に共通する目的――それは、エリを救け出すこと。強子の身の安全なんて、二の次でいいんだ!


「ここで足を止めてたら、これまで時間を稼いでくれた皆に 合わせる顔がない!」


警察に、ヒーロー・・・リューキュウたち、サンイーター、ファットガム、レッドライオット、そしてルミリオン。
彼らの努力を、強子が無駄にしてたまるか!


「ビヨンドの、言う通りだ・・・!」

「ロックロック!」

「無視して 進め!連合のほうは警察に任せりゃいい!」

「・・・確かに、それが最善か」


トガに刺された彼はこれ以上先に進むのは厳しいようだが、どのみち、入中の拘束で誰かしら残らねばならないのなら と、彼がその役を引き受けた。


「ここまで来たらあと一息だろう!わかったら とっとと足動かせ!!」


ロックロックに喝を入れられ、ダッと 全員が一斉に駆けだした。


「必ずっ、救け出します!ロックロック!」

「言ったな・・・!?必ずだぞ、デク!」


緑谷の言葉にまんざらでもない顔を見せると、彼は強子の背に向けて叫んだ。


「ビヨンド!お前、連合のいいように遊ばれんじゃねェぞ!」


彼らしい、とげのある激励に苦笑して、「はいっ」と短く答えながら、強子は目的に向かって駆け抜けた。





それから、ナイトアイに続いて暫く走っていくと、鉄砲玉・八斎衆の一人、酒木泥泥が地下通路に倒れているのが視界に入った。さらにその先には、通路をふさぐように不自然にできた壁・・・。


「あの壁の先にっ・・・!」


緑谷が壁を蹴り破り、飛び出す―――すると強子たちの視界に入ってきたのは、ボロボロなりながらも戦う通形ミリオと、それから・・・ボロボロになって疲弊する、治崎 廻!
考えるより早く、緑谷が 治崎を殴り飛ばした。隙を突かれた治崎は、殴られるままに飛ばされ、地面を転がっていく。
すかさず相澤が治崎の個性を消したのを見て、強子も奴に向かって一直線に走り出した。


「ナイトアイ、要救助者の確保を!!」


咄嗟に相澤が采配し、ナイトアイにエリを託す。
彼女は、通形の背後にいた。通形はふらつきながらも、たった一人で、エリを守りぬいたのだ。その上、たった一人で、治崎をあそこまで疲弊させたのだ。
治崎の側近であるクロノも音本も、通形に敗れたのだろう、地面に伏せって動かない。


「(すみません、先輩・・・もっと、早く着いていれば・・・っ)」


全身くまなくボロボロになっている通形を見るに、彼はもう、“完成品”の銃弾を撃ちこまれて個性を失っているのだろう。


「ルミリオンがここまで追いつめた!このまま たたみかけろ!!」

「「はいっ!!」」


ルミリオンとエリはナイトアイに任せ・・・相澤と緑谷とともに、いっきに治崎へと距離を詰める!


「っ、起きろクロノォ!!」


若頭補佐――クロノの個性は『クロノスタシス』。奴の、時計の針のような頭髪に刺されると、動きがカタツムリ並みに遅くなる。本人が停止していないと個性が発動しないという条件付きだが、それでも、その個性は非常に厄介なものだ。
そして、治崎の咆哮に反応し、地に伏していたクロノが動く。
フードの下から、時計の針のようなものを伸ばす・・・その直線上には、相澤がいた。


「させるかァ!!」

「「「!?」」」


誰より早く反応し、対処したのは強子だった。
彼女は足元に落ちていた、片手で掴めるサイズの瓦礫――それを拾い上げ、力いっぱい、ぶん投げた。
瓦礫が飛ばした先は・・・治崎でもクロノでもなく、相澤を突き刺そうとする、クロノの針の先端。
そして強子の狙い通り、瓦礫が針の先端に命中する・・・というより、針の先が瓦礫に突き刺さった。
直後、伸ばされた針が相澤に追突するが、針の先にくっついた瓦礫が邪魔をして、クロノの個性は相澤に効かず、相澤の動きが遅くなることはなかった。


「ぃよしっ!」


ナイスコントロール!実にテクニカル!その手応えに強子は思わずガッツポーズした。ストラックアウトで的を全抜きしたときのような爽快感だ。


「・・・助かった」


相澤が低く呟いたのを聞き、ニンマリと笑みを浮かべた強子。
そして、不敵な笑みを浮かべたまま、強子は治崎へと振り向いた。
ここまでは、ほとんど救けられっぱなしで来たけど・・・ようやく、強子に出番が廻ってきたぞ。ここから先は、強子が救ける番だ。


「治崎 廻―――覚悟しなさい!」


“原作通り”、お前には負けてもらうよ。
だけど、お前を“原作通り”に、好き勝手 暴れさせやしない!
そのために―――私が来たんだ!!




==========

色んな人たちに救けてもらえて、まるでヒロインのような、“夢主人公らしい”扱いを受ける夢主ですが・・・それでは、うちの夢主は納得しないようです。
彼女の場合、救けてもらえることに嬉しさは感じても、自尊心とプライドのほうが勝ってしまうんでしょう。
一応、それなりに夢主にも活躍させてるつもりなのですが・・・全然足りてないのか、フラストレーションがたまってきてるようなので、次回はもう少し暴れさせてあげたいと思います。



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