進
―――深夜。
1−Aの寮の廊下にて、緑谷、切島、蛙吹、麗日とともに、顔を見合せる。
「来たか!?」
「うん・・・」
各々、自分のスマホ画面に目を落として、固唾を呑んだ。
「決行日・・・!」
ついに、エリ救出の決行日が確定した。これでようやく、死穢八斎會にカチ込みできる!
今この瞬間も恐怖に震え、痛みを我慢し、絶望に涙しているだろう彼女を、救け出すんだ!明るい未来を知らずに苦しんでいる人を、強子のこの手で救い出すんだ!!
強子は気合いを入れて、ぐっと拳を握った。
「よぉし・・・やるぞ!!」
全国各地にある死穢八斎會の活動拠点をヒーローたちがしらみ潰しに探したが・・・目的のエリは、本拠地にいる。
サー・ナイトアイが八斎會の構成員に『未来予知』を使って突き止めた、確かな情報だった。
すでに令状も出ているので、あとはヒーローと警察とで協力し、本拠地――八斎會の邸宅に乗り込むだけ。
「決まったら早いスね!」
「君、朝から元気だな・・・」
「そういう環先輩は もう少し元気だせません?」
天喰が切島の声に押しやられるように後ずさるのを見て、強子はいつものように軽口を叩いて笑う。
そして、オドオドと背を丸める天喰の姿勢を正すよう、ファットガムがその背中をぽんと押した。
「環、コレ食うとき、カジキや」
姿勢よく顔をあげた天喰の眼前に、ファットが缶詰を差し出した。
「・・・なんでカジキ。いただいておきます」
そして、天喰がそれを素直に受け止るのを見て、強子も間髪いれずに声をかける。
「あ、環先輩!私からもコレ・・・ぜひ食べてください!」
「えっ・・・身能さんが、俺に?」
目を見開いて強子を見る天喰は、どことなく顔色が明るい気がする。そんな彼に向け、強子は笑顔で“それ”をズイっと差し出した。
「どうぞ、サメです!」
「・・・サメ?」
強子の差し出した物体をじっと見つめ、固まる天喰。
「はいっ、サメ肉のナゲットです!」
「サメ肉の、ナゲット・・・」
戸惑いを隠せない声でオウム返してくる天喰は、どうにも解せない表情をしている。
・・・何か、彼の期待していたものとは違ったらしい。
「あ、もしかして、嫌いでしたか?」
「嫌いもなにも 食べたことがないんだけど・・・こんな変わり種というか、マニアックなもの・・・君、どうやって見つけてきたの・・・」
天喰が意表をつかれた様子で(そしてちょっと引いた様子で)強子を見ると、彼女はフフンと得意げに胸を張った。
「先輩がもっと強くなれそうな“食材”、色々と探したんですよ!」
喰らったものを自分の身体に『再現』する天喰の個性―――普通に考えて、チート個性だ。
再現する特徴にサイズ、自分の身体のどこにどう再現するのかも自由自在。複数の特徴を同時に再現することができ、再現した特徴の上にさらに別の特徴を再現することも可能。
つまり、何を喰らうか、どう再現するかの工夫次第で・・・彼の強さの伸びしろも、活躍の幅も、無限にひろがっている。
「タコや貝類でもこれだけ強いんだから、もっと強い生き物を食べたら、もっと強くなれると思いません!?」
そう、これは謂わば、我が自慢のサイドキックを より強くするための計画―――天喰育成計画である!
世に無数にある“食材”から、彼を強化する“素材”を選んで、彼をカスタマイズする。
まるでゲームのような感覚でありながら、リアルに強くなれちゃうなんて・・・夢だろ、ロマンだろ!こんなの、ありったけをカスタムしていくしかないだろ!
「(それで、ゆくゆくは・・・私の考える最強の環先輩に仕上げるんだ!)」
「ほんでサメ肉っちゅうわけか。ええやん、サメ!強そうやな!」
そう言って笑うファットも、天喰育成を計画している一人なんだろう。彼も普段から天喰に思いつきで食べ物を与える傾向があった。
「いや・・・強い生き物を食べれば強くなるって、そう単純な話じゃ・・・」
「先輩とサメの組み合わせ、いいっスね!絶対かっけェ!!」
「うっ・・・切島くんが今日も眩しい」
純度100%の切島の笑顔に、眩しそうに目を細めている天喰。
当初、彼が切島のインターン受入れを拒否したときは どうなるかと思ったが・・・いざ、インターンが始まれば、やっぱり二人は打ち解けあって、今ではなかなかに良いコンビだ。
それはもう 強子が妬くくらいに、二人は意気投合していた。なんだろう・・・共通の趣味とか、何か通じ合うものでもあるんだろうか。
「・・・まあ、でも、サメよりもカジキのほうが役立ちそうですし、無理して食べなくていいですよ」
あまり乗り気じゃなさそうな天喰から視線を外すと、手元のサメ肉ナゲットを残念そうに見やった強子。
「・・・せっかく いっぱい考えて、環先輩がもっと強く、もっとカッコよくなれそうな食材を選んだんだけどなぁ」
「有りがたく いただくよ」
強子が片付けようとしたナゲットを、彼は思いのほか強い力で がっしりと掴んだ。
後輩思いの優しい彼は、結局は食べてくれるらしい。
「・・・・・・あ、普通においしい」
モグモグと咀嚼している彼をほっこり微笑ましく見つめていると、強子たちのやり取りをはたから見ていた麗日が口を開いた。
「強子ちゃん、緊張しないの?私は緊張しちゃって あかんわ・・・」
角ばった表情の彼女が視線を向けた先では、大勢の警察官が作戦決行前の最終調整を行っていて・・・その空気はピンと張り詰めており、息がつまりそうなものだった。
警察官もプロヒーローも、人員は充分そろっている。それでも、相手はこの時世で今日まで生き抜いてきた極道者たち―――今回の一斉検挙で、死人が出てもおかしくはない・・・。
「あー・・・いや、うん。実は私も、落ち着かなくて ソワソワしてるよ」
苦笑しながら、麗日にそう打ち明けた。
天喰たち見慣れた顔ぶれと、いつも通り気の置けない会話をしたおかげで、少しリラックスできたけど・・・信頼する彼らが傍にいなければ、強子といえど、もっとガチガチに緊張していただろう。
「それに比べて、プロヒーローたちはさすがだ・・・皆さん、普段どおりって感じ」
「確かに!プロ、皆 落ち着いてんな!“慣れ”か!」
切島の言うとおり、彼らには手慣れたもんなのだろう。
いや・・・常日頃、不測の事態に対応している彼らにとっては、こうして事前に準備をしてから臨めるというのは、むしろ気楽なもんなのかもしれない。
八斎會の構成員の登録個性も、警察がリストアップしてヒーローたちに提供してくれたので、情報アドバンテージもあるわけだし。
「うん。慣れてない私たちは まだ緊張しちゃうけどさ・・・その、“慣れ”るための経験を学生のうちから積ませてもらえるってのは、ありがたいことだよね」
「!・・・そうだね!」
「ああ!俺らも、慣れてないからって、縮こまってちゃいらんねーな!」
強子たちには、“エリを救ける”という明確な目標が目の前にある。そして、“エリを救けた”という経験を己の糧にできるのが、インターンの醍醐味である。
緊張にのまれてる場合じゃないぞと、1年生組は気合いを入れ直した。
「―――多少手荒になっても仕方ない。少しでも怪しい素振りや反抗の意志が見えたら、すぐ対応を頼むよ!」
ついに、死穢八斎會の本拠地へと乗り込むときが来た。
八斎會邸宅を、大勢の警察とヒーローがぐるりと囲んでいる。
「令状読み上げたらダーッ!!と行くんで!速やかによろしくお願いします」
そう念を押してから、警官が八斎會邸宅のインターホンを鳴らす―――その直前、
「何なんですかァ!!」
「「「!!」」」
怒声とともに、邸宅の門扉が轟音を立てて ふっ飛んだ。何者かが門の内側から扉を殴り飛ばしたのだ。
突然のことで反応できずに、前方にいた警察官の何人かが弾き飛ばされる。
「朝から大人数でぇ・・・」
我々の前に現れたのは、マスクを被った大男――八斎會の鉄砲玉が一人、活瓶 力也だ。
ヒーローたちが即座に反応し、飛ばされた警察官を救け出す中・・・強子もすぐに動いていた。
活瓶によって もの凄い勢いで殴り飛ばされた門扉――殺人的な勢いで警官たちに向かって飛んでいくそれをとっさに掴んで、さらなる被害を食い止める。
「オイオイオイ待て待て!!感付かれたのかよ!!」
「いいから皆で取り押さえろ!!」
思いもよらぬ展開に、警察にもヒーローにも動揺が走る。そんな混乱のさなか、活瓶が追い打ちをかけるように拳を構える。
「離れて!!」
活瓶の動きに気付いたリューキュウが、集団の前に出る。そして、
「・・・とりあえず、ここに人員割くのは違うでしょう」
活瓶の剛腕を抑え込んだのは、巨大な竜と化したリューキュウであった。
間近でその姿を見るのは初めてだが、その迫力に、強子は思わず息をのむ。
強子を影で覆うほどの、大きな身体。強子の身体なんて、その片手に収まってしまいそうだ。けれど、図体の大きさに見合わず俊敏な動きは、獲物をとらえる爬虫類を思わせる。
彼女が動くたびに風圧を感じながら、強子は目をキラキラと輝かせた。
「(ドラゴン・・・かっけェー!!)」
伝説の生き物、はんぱねェ。
物語でしか見聞きしない存在が、この超人社会では実在するのだ。感動である。
「彼はリューキュウ事務所で対処します。皆は引き続き仕事を!」
彼女の声を合図に、ヒーローも警察もダッと邸宅内に向かって駆け出した。
「もう入って 行け行け!!ビヨンド、見惚れるんやったらリューキュウやなくて俺にしとき!」
「あ、はい」
まさか、こんな時にまでボケてくるとは思わず、ファットについ素で返してしまった。ツッコミの腕を上げなくては と、強子は密かに反省する。
そうして強子も切島も、ファットに背を押されて邸宅の外玄関をくぐりながら、くるっと顔だけ後ろを振り返った。
「フロッピー!ウラビティ!」
「頑張ろうな!」
リューキュウ事務所の蛙吹と麗日は、ここに残って彼女のサポートだ。強子たちとは一旦ここでお別れである。
緑谷も「また後で!」と声をかければ、すでに臨戦態勢に入っていた彼女たちが、コクリと力強く頷いた。
「おォい何じゃテメェら!」
「勝手に上がりこんでんじゃねー!!」
・・・後ろを振り返っている場合じゃない。敷地に入った途端、どう見てもカタギじゃない男たちが威圧してきた。
「ヒーローと警察だ!違法薬物製造・販売の容疑で捜索令状が出てる!」
「知らんわ!!」
警察官が令状を掲げて見せると、男たちは大人しくするどころか・・・なんと、個性を使って攻撃してきた。
男たちのうち一人が近くに生えていた針葉樹の葉を操り、我々に向けて針の大群をとばしてくる・・・ので、それを迎え撃とうと、強子が一歩前へ踏み出した。
彼女がその手に持つのは、活瓶が殴り飛ばした 門扉の板戸――それを片手で軽々と、まるで羽子板かのような手さばきで振り切り、こちらに向かってきていた針の大群を1本残らず受け止める。
そして、流れるような動作で板戸を持ちなおすと、
「ふんっ」
今度はそれを、男たちに向けて放り投げた。
くるくると回転しながら男たちに向かって飛んでいく板戸は、さながらブーメランのようだ。その速度は、相手に回避する間を与えさせない。剛速の板戸が男たちに激突し、彼らは苦悶の悲鳴とともに沈黙した。
「ぃよしっ!」
威勢のいい男たちを数人まとめて無力化させ、その手応えに強子はガッツポーズした。ボーリングでストライクを出したときのような爽快感だ。
「先 越されたわ・・・」
ファットが少し残念そうに呟いたので、ニンマリと笑みを浮かべた強子。だが、すぐにそんな余裕はなくなった。
「暴れないで下さい!!」
「道をあけて!後先考えずに暴れると後悔するよ!!」
なにせ、組総出で時間稼ぎをしようというのだ。あっちからも、こっちからも、いかつい男たちがワラワラと押し寄せ、捨て身で我々の進行を阻もうとしてくる。それでも、
「まっすぐ最短で―――目的まで!!」
何人もの警察官やヒーローがその場に残って奴らを抑えてくれている中、強子たちファットガム事務所は、まっすぐに突き進む。
そうして、ようやく一行は邸宅内へとたどり着き、玄関口からなだれ込む。
大勢でいっせいに玄関口を通り抜けようとして・・・強子の肩がトンッと誰かにぶつかった。
「!」
・・・誰かと思えば、ぶつかった相手はサー・ナイトアイである。
目的に向かって走りながら、互いに無言で、1秒にも満たない僅かな時間を睨み合う。強子がすっと避けて道をゆずれば、無言のまま強子を抜き去っていった。
強子を見下し、軽んじるような その態度・・・。
「(・・・今に見てろよ、絶対に見返してやる!)」
ここから先は、道を知っているナイトアイが先導するため、彼が先頭をきって走っていく。その背中にガン飛ばしていると、周囲の声が耳に入ってくる。
「怪しい素振りどころやなかったな!」
「俺ぁだいぶ不安になってきたぜオイ!始まったらもう進むしかねえがよ」
「どこかから情報が漏れたのだろうか・・・いやに一丸となってる気が・・・」
「だったらもっとスマートに躱せる方法を取るだろ。意思の統一は普段から言われてるんだろう」
これだけの騒ぎで、治崎や幹部らが姿を見せてない。つまり、組員が総出で妨害してる今のうちに、地下でこそこそと隠ぺいや逃走の準備をしているのだろう。
「子分に責任押しつけて逃げ出そうなんて、漢らしくねえ!!」
怒りまじりに叫んだ切島に、ファットも「んん!!」と憤慨した様子で同意した。
仲間を家族のように大事に想っている彼らにとって、仲間をないがしろにする治崎たちの行動は、到底許せないものであろう。
そんな、情に厚い男たちの“仲間”には、自分も含まれている―――そのことに、強子は鼻を高くした。
「ここだ」
暫く走ると、地下へと続く隠し通路のある場所にたどり着いたらしい。ナイトアイが忍者屋敷かのような仕掛けを解いて、隠し通路を開けた。
途端に、数人の構成員が飛びかかってきたが、センチピーダーとバブルガールが瞬時に拘束する。
「もうすぐだ!急ぐぞ!」
けれど―――進んだ先は行き止まりで、皆の足が止まる。
道を間違えたのではと戸惑う一行だったが、通形が『透過』で壁をすり抜け、道は続いていることを確認する。治崎の“分解”して“治す”個性により、分厚い壁が道を阻んでいたというわけだ。
「来られたら困るって言ってるようなもんだ!」
「妨害できてるつもりなら めでてーな!!」
即座に緑谷と切島が一歩を踏み出し、分厚い壁に一発ぶちこんで、粉砕した。
・・・やるな、二人とも!
出番を失った強子が拳を下ろすと同時、あの気難しいロックロックが「ちったァ やるじゃねえか」と呟き、ファットガムは肩透かしをくらったように「また先越されたわ」とぼやいていた。
「進みましょう―――・・・」
だが、そうすんなりと行かせてはくれない。
「!!っ、道が・・・!!」
まるで生き物のように、地下通路全体がグニャグニャとうねり、形を変えていく。
「治崎じゃねえ、逸脱してる!考えられるとしたら、本部長、“入中”!」
モノに入り、自由自在に操れる個性――『擬態』。
それにしては、規模が大きすぎる。警察から提供された情報によれば、奴が“入り”、“操れる”のはせいぜい冷蔵庫ほどの大きさまでだったはず。
「かなーり、キツめにブーストさせれば・・・ない話じゃァないか」
鋭い視線で周囲を警戒しながら、ファットガムがそう推測する。
「地下を形成するコンクリに入り込んで、“生き迷宮”となってるんだ・・・!」
「何に化けとるか注意しとったが、まさかの“地下”!こんなん相当身体に負担かかるハズやで・・・イレイザー!消せへんのか!?」
「“本体”が見えないとどうにも・・・」
「ほんならビヨンド!“本体”の場所、探れるか!?」
「んんん・・・っ」
言われなくとも、入中の居場所を探ろうとすでに試みていたのだが・・・蠢くコンクリートやら鉄材やらが変形する音、ぶつかり合う音ばかりが反響して、聴覚は役に立たない。嗅覚で探ろうにも、見知らぬ大勢があちこちにいる環境では、入中の匂いを特定・追跡するのも難しい。視覚に頼ろうにも、足元をとられないよう地面を見ながらでは、見れる範囲にも限りがある。
そもそも、足元もおぼつかない状況では、感覚強化に集中ができない。
「(正直いって―――かなり、キツい・・・)」
本当はファットに色よい返事を返したいところだけど・・・無責任に「できます!」とも言えず、強子は渋い顔で唸った。
そこに いつもの威勢の良さはなく、浮かない顔で神妙にしている強子。そんな彼女を見て、天喰の顔色がみるみる悪くなっていく。
「身能さんが手も足も出せず、されるがままだなんて・・・!」
「うっ・・・」
ただでさえ自分の無力さ、不甲斐なさに落ち込んでいるところに、わざわざ口に出して言ってくれるなよ・・・余計に落ち込むじゃないか。
「身能さんでさえ手詰まりの状況・・・このまま道をつくり変えられ続けたら、目的までたどり着けない・・・その間に向こうはいくらでも逃げ道を用意できる。即時にこの対応、判断・・・ああ、駄目だ・・・もう・・・」
状況を悲観し、絶望し、戦意を失っていく天喰に、強子はぎょっと目をむく。
「女の子を救い出すどころか、身能さんも俺も・・・――」
「ちょっとちょっと!そういうネガティブばっか言うの やめてくださいよ、先輩!!」
「そうだぞ、環!!」
ぐっ、と力強い手が強子と天喰の肩に置かれた。
「そうはならないし、おまえはっ、サンイーターだ!!かわいい後輩が困ってるなら おまえがサポートしてやればいい!」
「「・・・!」」
力強い眼差しで、前だけを見据えている通形。彼の言動に、強子も天喰も目を見張った。
彼の言葉からは、天喰への信頼がこれでもかと伝わってくる。
―――そうだよ、彼の言うとおり、天喰はこんなところで終わる人間じゃない。天喰の最高のサイドキックである強子も、このままじゃ終われない。
焦りと不安から視野が狭まっていた強子だが、通形の言葉に少しだけ冷静になって、少しだけ勇気を取り戻した。
さすがはミリオン(百万)を救う、ルミリオン・・・その百万のうちの一人は強子である。
「そして!こんなのは その場しのぎ!どれだけ道を歪めようとも目的の方向さえわかっていれば、“俺は”行ける!!」
「ルミリオン!」
「先輩!」
スピード勝負、そう言って彼は『透過』で壁をすり抜け、たった一人で、目的に向かってまっすぐに進んでいく。
―――その直後だった。
「「「!!」」」
突然の浮遊感。
今まであったはずの“床”が、足元に、ない。入中によって床に大穴を開けられ、下の階層へと落とされたのだ。
一階層分ほど落ちて着地した先は、広場のような空間になっていた。そして、そこには―――
「おいおいおいおい、空から女の子が・・・!」
「「「!?」」」
マスクを着けた三人組が、我々を待ち構えていた。
「あーあー馬鹿だなァ、ゴミみたいな人間の巣窟に、こんな可愛い子連れて来ちゃあ マズイだろ」
次の瞬間―――強子のヒーローコスチュームの一部、腕や足、胸部につけていたアーマーがひとりでに外れて、吸い込まれるように男の手中へと収まった。
「!!」
あっという間に全てのアーマーが奪われ、タンクトップにホットパンツ、その上にマントを羽織るだけという・・・なんとも防御の薄い格好になってしまった。
「このまま身ぐるみ剥いで、あられもない姿にしてやるよ!」
「“窃野”だ!こいつ相手に銃は出せん!ヒーロー 頼む!」
「バレてんのか、まァいいや!楽しませてもらうぜ!!へへッ・・・」
窃野の個性は、“人が身につけているモノ”を手元に移動させるらしい。つまり、身にまとう衣服類をすべて奪うという使い方もできるわけか・・・女の敵だな。
しかし奴は、強子がきゃーきゃー恥ずしがって縮こまる姿でも期待したんだろうが・・・ハッと、嘲笑をもらす。
「(馬鹿はどっちだ!)」
この身能強子が、そんな普通の反応をしてやるものかよ!
なんたって、強子がまとう衣服の下には・・・恥じるようなもの、何ひとつないのだ。鍛え上げられた美ボディ、メリハリのある理想的なスタイル、目に眩しいほどの綺麗な肌。何ひとつ、人目にさらして恥じるものなんてない。
もちろん、奴の思いどおりに服を脱がされてやる気はさらさらないけど、
「(私なら 例えパンツ一丁になろうが、お前にジャーマンスープレックスぶち込んでくれるわ!)」
再び窃野が個性を使う前に と、強子が足をぐっと深く踏み込む。
だが・・・やる気に満ちた強子が足を踏み出す前に、見慣れた後ろ姿が強子の視界を覆った。
強子を窃野の視界から隠すかのように立つのは、
「サン、イーター・・・?」
窃野が奪えるのは、目に見えているモノのみ・・・つまり、彼の背に隠れている強子の衣服を奪われることはない。さらに、
「させないぞ」
「っ、イレイザー!」
相澤が個性を発動し、奴に個性を使わせない。
「うちのビヨンドに手ぇ出すとは、よっぽど全面戦争したいらしいな・・・!さすがにそろそろプロの力見せつけ・・・」
天喰や相澤に続いて、ファットも拳を打ちつけてやる気満々だったが、それを天喰が手で制した。
「その“プロの力”は、目的のために・・・!」
決意したような声で、彼は迷いなく、言葉にする。
「こんな時間稼ぎ要員――― 俺一人で 充分だ」
天喰の言葉に、その場にいる全員が唖然とした。
「なっ、何言ってんスか!?協力しましょう!」
「そうだ協力しろ、全員殺ってやる」
相手はヴィランだ、人の命を奪うことも辞さないだろう。そんなヴィランを三人も相手に、一人で対抗するのは得策じゃない。それも、天喰はまだ学生の身である。
当然ながら、彼ひとりにこの場を任せるわけにはいかない。
「刀も銃弾も俺の体に沈むだけや!おとなしく捕まったほうが身のためやぞ!!」
「イレイザーが抑えてる今なら武器も使える!観念して投降しろ!」
相澤が奴らの個性を抑えているうちにと、ヒーローたちも、拳銃を構えた警官たちも攻勢に出る。しかし、
「そういう脅しは、命が惜しい奴にしか効かねえんだよ!」
戦力差は一目瞭然だというのに、奴らは縮こまるどころか、後先なんて考えずに突っ込んでくる。
なりふり構わぬ威勢の彼らの前に、巨大な貝が、突如として現れた。言わずもがな天喰である。
彼はタコの触手を出すと、手早く三人を拘束し、彼らから武器をも取り上げた。
「『窃盗』――窃野 トウヤ、『結晶』――宝生 結、『食』――多部 空満・・・俺が相手します」
ファット事務所でタコ焼き三昧だった彼は、タコの熟練度はとくに極まっている。おまけに、以前銃弾を食らったことで、そういうモノには人より敏感になっていた。蟹のハサミで拳銃やら刀を壊しながら、彼は冷静に告げる。
「こいつらは相手にするだけ無駄だ。何人ものプロがこの場に留まっているこの状況がもう、思うツボだ」
「でも、先輩・・・!」
仲間を置いては行けない、そう言いたげに切島が口を挟むが、天喰の意志は固い。
「スピード勝負なら一秒でも無駄に出来ない!!イレイザー筆頭に プロの“個性”はこの先に取っておくべきだ!蠢く地下を突破するパワーも!敵の隙を捉える超感覚も!拳銃を持つ警官も!」
彼の言うことはもっともだ。
我々の目的は、まだ先だ。治崎は、今までに対敵した誰よりも、ずっと手ごわいはずだ。
「ファットガム!―――俺なら、一人で三人完封できる!!」
「!!」
ハッと息をのんだ。
あの天喰が、ここまで言い切るなんて。
“物語”として知っていたはずなのに・・・普段の、ネガティブですぐに弱気な発言をする天喰ばかり見ていたせいか、なんだか信じられない。
ファットはほんの一瞬、判断に迷ったように強子へと視線を向けた。すると、すかさず強子は 自信をもって大きく頷く。
「っ・・・行くぞ!あの扉や!」
言うや否やダッと駆け出したファットにならい、警官もヒーローも一斉に動き出した。
相澤だけは去り際にもう一度個性を使い、さらに天喰と相性の悪い多部をダウンさせて、戦いやすい状況をつくる。
「皆さん!!ミリオを頼むよ!あいつは、絶対無理するから助けてやってくれ」
そう言って皆に託す、彼の背中。
後ろ髪を引かれる思いで見ていると、相澤に「行くぞ」と急かされ、強子も踵をかえした。
「ここは任せます、サンイーター!」
「・・・ああ!!」
彼からの力強い返答を聞き、強子の口元がわずかに緩んだ。
そうして、天喰を残して扉から出た一行は、目的へ近づくための道を探りながら走り続ける。そんな中、不服そうな声があがった。
「ファット!!先輩一人残すなんて、何考えてんスか!!」
「お前んとこの人間だ、お前の判断に任せたが・・・正直マズイんじゃねえか?」
切島やロックロックが苦言を呈すが、
「あいつの実力はこの場の誰よりも上や」
確信をもってそう語るファットに、強子もうんうんと自慢げに頷いて同意する。
「ただ、心が弱かった。完ペキにやらなあかんっちゅうプレッシャーで自分を圧し潰しとるんや。そんな状態で、あいつは雄英のビッグ3に登り詰めた―――そんな人間が「完封できる」と断言したんや。ほんなら、任せるしかないやろ」
うんうんと、強子は感慨深げに頷いた。
「ビッグ3なら・・・ヴィラン たったの三人くらい・・・一人で完封してみせてよッ!!」いつかの強子が、生意気にも、天喰にそう言って噛みついたことがあった。あのときの彼の返答を、今でもハッキリと思い出せる。
「・・・あいつらを、完封すれば・・・君は 怒らないのか・・・?」生死にかかわる状況で、“怒らないのか?”だなんて・・・彼と出会って間もない頃、あの頃のヘタレ具合といったら、今思い出すと笑えてくるな。
それが、今ではどうだ? “俺なら一人で三人完封できる”って?ずいぶんと見違えたじゃないか!
その成長ぶりは凄まじい。彼はビッグ3となってからも、歩みを止めることなく、日々ひたすら精進しているのだ。
以前の彼を知る強子は、彼の変化を、なんだか自分のことのように誇らしく思えてしまう。
「それにな・・・あいつには、“守りたい”と思えるモンが出来たんや。ヒーローが強くなるため、何よりも必要なモンを手に入れたあいつが、負けるハズないで!!」
そう言ってニッと口角を上げたファットと目が合って、強子は「ん?」と小首を傾げた。
「(・・・ああ、エリちゃんのことか!)」
今、ここにいる大勢の人間は、“エリを救う”という目的のために動いている。もちろん、強子とて そうだ。
救いたい人がいる。守りたい人がいる。笑顔になってほしい人がいる。
ならば―――進め。
たとえ自分の無力さに落ち込もうとも、仲間と散り散りに分断されようとも・・・動けるかぎり、進み続けるんだ。
==========
いよいよ始まってしまった エリちゃん救出作戦。始まってしまったからには、もう止まれません。
この話を執筆するのはまだまだ先だろう、と思っていた頃が懐かしく思えます。
最近はインターン編の漫画を読み直し、アニメを見返しては、涙する日々が続いておりますよ・・・。
そして、夢主の天喰育成計画!そのせいで天喰先輩の悪食が加速することを夢見てます(笑)
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