成長 ※切島視点

「強子〜、聞いたよ〜っ!!また告白されたんだって!!?」


体育祭に参加することで、雄英生には否応なしに“知名度”が課せられる。良くも悪くも、顔や名前、個性までもが世間に知れわたるのだが・・・今年の体育祭で群を抜いて目立っていたのが、身能 強子である。
華々しく活躍して強さを見せつけ、あげくにオールマイトの“秘蔵っ子”などとマスコミに取り上げられた彼女は、一躍 時の人となった。


「また強子ちゃんが呼び出されたって、あちこちで噂になってるよ!!」

「告白されるの、今週でもう2回目じゃない!?すっごいねー!モテモテだぁぁあ!!」

「うらやまー!」


テンション高めの芦戸と葉隠が彼女を褒め称える声が、1−Aの教室に響く。
教室の隅っこ―――自席に座っている身能のほうへと視線を向ければ、芦戸と葉隠の二人が彼女に詰め寄っているところだった。


「ははっ、また やってるよ」


体育祭以降、何度か同じようなことが繰り返されているもので、もう見慣れた光景である。
かしましい彼女たちのやり取りを切島が微笑ましく見つめていると、同じく身能を見ていた瀬呂と上鳴の二人も口を開いた。

 
「あいつ、また告られたのか。体育祭が終わってからホントそういうの多いなー・・・」

「まあ、顔はいいからなぁ・・・顔だけは!あの見た目に騙される奴らの気持ちも わからんでもない」


ワケ知り顔でそう語った上鳴に苦笑をこぼす。
どうにも彼は、身能に対する態度が辛辣なのだが・・・上鳴が思ってるほど、身能は悪い奴じゃないと思うぞと すかさずフォローしておく。
なぜかA組では、相変わらず身能に対する評価が厳しいけど、世間での彼女の人気は非常に高い。
以前、駅で彼女に人だかりが出来るのを見たこともあるし・・・切島自身、中学のときの友だちから身能を紹介してくれと言われたりもしている。・・・まあ、それは断ったけど。
そういった彼女の人気ぶりを思い出していると、再び教室後方がわいわいと騒がしくなる。


「ケッ・・・ちょっとモテるからって調子にのってんじゃねーぞ、身能!」


そう憤っているのは、峰田だ。
彼は、体育祭以降すっかり人気者となった彼女をやっかみ、血涙を絞りながら猛り立っている。


「おまえ、告ってきた野郎どもを片っ端からフってるらしいなァ!?お高くとまりやがってバカヤロウ!!オイラならとりあえず片っ端から味見してるとこだぜ!」


何やら妄想してじゅるりとヨダレを垂らす峰田に、女子たちが一斉に、ゴミを見るような視線を向けた。


「「「・・・最低」」」


峰田が非難の的となっている中、身能が「うーん・・・」と考えるような仕草を見せた。


「別に、お高くとまってるつもりはないんだけど・・・私たちヒーロー科は、恋人をつくって楽しんでいられる立場じゃないでしょ?」


ふう、と悩ましげに息を吐いて、峰田を諭すように彼女が言う。
そして彼女は、「それに・・・」と言葉を区切り、己の掌をじっと見つめた。


「私がこの手に掴むのは、愛だの恋だのなんかより・・・もっと、でっかいモノだから」


その手をぐっと強く握りしめ、彼女が確信をもって言い放つ。
意志の強い、彼女の目差し――それを目にした者たちは、思わずその瞳から視線をそらせなくなった。
彼女の言葉には不思議な力があるに違いない・・・切島はそう実感する。彼女の言葉には妙に説得力があって、心の奥底まで響くそれに、いつもハッと目を覚まさせられるのだ。


「身能、おまえ・・・」

「ほぁ〜・・・やっぱ、モテる人は言うことが違うねェ」


ほら、今だって・・・彼女なら本当に、何か壮大なことを成し遂げるんじゃないかと、教室中が期待に沸いている。
憤っていた峰田は感心したように口を閉ざし、芦戸たちは感嘆の眼差しを彼女に送り、会話に混ざっていなかったクラスメイトたちも皆、彼女の言葉に表情をゆるめた。


「あとさぁ、プロになったとき、学生時代の恋愛遍歴が明るみに出るのも困るから、下手にそういうネタは作りたくないんだよねー・・・そのリスクを負ってでも付き合いたいと思える人もいないし」

「「「(カッコいいことを言ったかと思えば・・・)」」」


彼女の“ヒーロー”らしい一面を見たかと思えば、息つく間もなく、自分本意な彼女の俗物的な真意が露呈して・・・A組一同、呆れたような、けれど反面ホッとしたような、何とも言えない表情になった。


「・・・やっぱ、身能は 身能だわ」

「顔はいいのに・・・残念美人だよなぁ」


瀬呂と上鳴の二人が脱力して言うので、表裏のないオープンな性格も身能の長所だぞと 苦笑まじりにフォローしておく。
A組の彼女に対する待遇は、いつもこうだ。
“補欠”のレッテルを貼られたあげく、入学初日から喧嘩をした彼女は、A組きっての問題児のように扱われ・・・世話のかかる末っ子のようなポジションにいた。
切島としては、そうやって身能がぞんざい扱われることを歯がゆく思っているのだが、体育祭以降も、それは変わることはなかった。
だが―――

 
「「「身能が1位!?」」」


職場体験のあとのことだ。久しぶりのヒーロー基礎学でやった“救助訓練レース”で、皆の彼女に対する認識が、大きく変わった。
A組の中でも特に優秀なメンツが揃った第4レースで、彼女は他のメンツに劣ることなく・・・見事、そのレースで1位を勝ち取ったのだ。


「・・・すげぇな」


唖然として、モニターに映る彼女を見つめた。
パワー増強型の個性で今までも十分強かったのに、今や彼女は、索敵能力まで身につけているなんて。
たった、1週間だ。たったの1週間で、人はここまでの変化を遂げるのか。その凄まじい成長ぶりは、もはや常軌を逸している。
でも、確かに 目の前で見せられた彼女の新たな強さは・・・今まで彼女をどこか“下”に見ていたクラスメイトたちが認識を改めるのに、十分なインパクトがあった。










「あれぇ おかしいなァ!!優秀なハズのA組から赤点が5人も!?」


楽しみにしていた林間合宿―――その実態は、日中は個性訓練地獄、そして期末試験で赤点だった者は 夜間に補習地獄だ。
芦戸、上鳴、砂藤、瀬呂と連れ立って補習部屋へ向かうと、壊れたように高笑いする物間に出迎えられた。


「B組は1人だけだったのに!?おっかしいなァ!!」


狂気すら感じる物間の異常ぶりに、呆れを通り越して 哀れみを覚える。
身能いわく、いやに突っかかってくる物間の言うことはマトモに取り合わず、軽く受け流すほうが吉なのだそうだ。A組の補習組5人もその意見に反論はなく、物間の煽りや嫌味を軽くいなしていたのだが・・・


「あーあ!赤点が5人も出るような低レベルなA組には、優秀な身能さんは勿体ないよねェ!A組なんかには愛想を尽かして B組に来てくれないかなァ!!」


その煽りには、5人が同時にムッと顔を曇らせた。
A組が“低レベル”だと侮辱されたことが許せないのもある。暗に“補欠”の彼女より劣ると言われたことに苛立ったのもある。
だけど、何よりも、


「残念だけど、強子はウチらA組のことが大好きなんですぅ!」

「だな、身能本人はB組に行きたいと思わないだろうよ」


芦戸が唇を尖らせて反論すれば、砂藤も不機嫌そうに同調した。


「つーか、あのじゃじゃ馬は B組の手には負えないと思うぜ?」

「見た目の可愛さに騙されてっと、痛い目みんぞー!」


瀬呂と上鳴は、ニヤリと意地悪く笑ってみせる。
4人のそんな反応を見た切島は、どうしようもなく嬉しくなって、ヘラリと破顔した。


「(なんだかんだ言って、みんな身能が好きなんだよなぁ・・・)」


彼女をぞんざいに扱うこともあれば、彼女をいじってからかうこともある。
それでも、A組の誰も彼もが、彼女の凄さを認めていて、彼女を心から好いているから・・・身能を、B組にとられたくはない。身能を他所に渡してなるものか。身能のいないA組なんて、もう考えられないんだ。


「悪いな、物間!そーいうわけだから、身能はB組には渡せねえ!あきらめてくれ!!」


切島がはち切れんばかりの笑顔で告げれば、物間に恨みがましい顔でギロリと睨まれた。


「ねえねえ ところで!物間ってさ、強子のどこが好きなのー?」


芦戸が興味津々な様子で、そんな疑問を口にした。


「ハッ!君たちに教えてやる義理はないね」


物間は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、芦戸を突っぱねた。
しかし、相澤もブラドキングも補習部屋にまだ来ないし、補習メンバーにはA組の賑やかしメンバーが多いこともあって、自然とその話題が掘り下げられていく。


「そういや、身能って体育祭後からやたらとモテるようになったけど・・・物間は体育祭前から身能に絡んでたよな。いつから惚れてたんだ?」

「“絡んでた”って言い方やめてくれるかい?友人として対等に接してるんだから」

「借り物競争のとき、『好みのタイプの異性』のお題で身能を借りてったよな。お姫様抱っこなんかして目立ってたぜ」

「フン、羨ましいだろう?A組にはこんな大胆なことが出来る男はいないだろうね!」

「で、身能のどこを“タイプ”だと思ったんだよ?」

「だから、それは・・・」

「どうせ“顔”だろぉ?」


茶化すように言った上鳴を一瞥して、物間は はあ〜と深く息を吐き出した。


「まったく、A組は揃いも揃って お子さまだね。人に惚れるのは、理屈じゃない。とにかく惹かれてしまうんだから仕方ないのさ・・・どこが好きとかタイプとか、言葉では簡単に表現できないものなんだよ」


そう語る物間にはいつもの気取った感じはなくて・・・どこか切羽つまったような、余裕のない表情は、初めて見るものだった。


「・・・あ、さっき女子会で強子の好きなタイプの話になったんだけど、そういえば、結局 聞きそびれちゃったなー」

「はあ!?何をやってるんだ、しっかり聞き出してきなよ!まったく、使えないなァ君は!」

「え〜、なんで私、物間に怒られてんの?タイプは言葉で表現できないとか言ってなかった?」


物間が理不尽な怒りを芦戸に向けるのを見ながら、どうにもすっきりとしない様子で切島がぽつりと呟いた。


「・・・・・・惚れるとか タイプだとか、俺には、よくわかんねーわ」


見たことない物間の表情の意味も、彼がもらした言葉の意味も、切島には理解できなかった。
“お子さま”と言われれば、その通りかもしれない。
でも、今はそれでも構わない。だって、俺たちヒーロー科は、恋人をつくって浮かれていられる立場じゃないんだから―――


「私、切島の好きなタイプなら わかるよ!!」

「はっ?」


ニヒッと楽しげに歯を見せて笑う芦戸に、虚をつかれる。
切島のタイプがわかる、って・・・芦戸が?切島自身もわかってないのに?


「えっとね、まずねぇ、いつも元気で、明るくて〜・・・」


彼女は何かを思い出すように頭上を見上げながら、切島の“タイプ”とやらを指折り挙げていく。


「がんばり屋さん・・・っていうか負けず嫌いで〜、良くも悪くも“まっすぐ”な性格でしょ〜?」

「お、おい、芦戸・・・?」

「あ、でもね、わりとお調子者で〜、からかうと面白いんだよね〜!」


明確に誰かを想定して語っている口ぶりに、戸惑いを覚える。
そんな特徴をいくつも羅列されても、当てはまるような奴はいないだろ。と、言いたいところだが・・・一人だけ、切島の頭をよぎった。


「・・・それで、気づくと いつも目で追っちゃってる―――そういう子!」

「ッ!」

「どう?当たってるでしょ?」


ウキウキと何かを期待するような目で見つめられ、なんだかバツが悪くなって、芦戸から目をそらした。
そんな切島の様子に、何かを察したように反応するA組男子たち。


「へぇ〜?誰だろうな?」


瀬呂はニヤニヤと意地悪く笑っているし、


「切島おまえ、マジか・・・考えなおしたほうがいいぜ?」


上鳴には憐れむような目線を向けられ、


「青春だな」
 

砂藤なんか、息子の成長を見守るおふくろのような顔つきである。


「やっ、いやいや!ちげェよ!!別に、そういうんじゃなくて!俺はアイツをそういう目で見てねーからな!?」

「ふぅん?・・・で、“アイツ”って誰のこと?」


したり顔の芦戸に問われ、ぐ、と言葉につまる。
本当に、そういうんじゃなくて・・・ただ、“アイツ”が、切島の理想とするヒーロー像に近いから、つい目で追ってしまうというだけ。
だというのに、皆の誤解を解く前に教師たちがやって来て、補習が始まってしまった。
そのせいか、補習中、物間が敵意のこもった眼で睨んでくるし、補習の課題でもいちいち張り合ってくるしで、余計に気力と体力を消耗することになったのだった。







―――その翌日だった。


『ヴィラン2名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!』


突如ヴィラン連合から襲撃を受け、林間合宿を満喫していた雄英生たちが戦火に巻き込まれたのだ。
あり得ない。万全を期していたはずだろ?事態を飲み込めず、補習組は呆然と顔を見合わせていた。


『それから、生徒の身能が ヴィランに狙われてる!』


マンダレイのテレパスを聞き、補習組も先生たちも、嫌な予感に顔を歪めた。
大事な級友が、ヴィランに狙われている。それもあの、身能が である。
病的に負けず嫌いで、愚直なまでにまっすぐな性格の彼女だ―――危険なヴィランどもと相対して、果たして無事でいられるだろうか?
すぐさま相澤が生徒たちの保護に向かったが・・・ブラドとともに施設に残された切島たちは、例外なく全員が不安を隠しきれない様子で、ただただ級友らの無事を祈っていた。


「お前たち、無事だったか!!」


ブラドの声にハッとして見れば、飯田たちに守られるようにして戻ってきた身能の姿が視界に入る。
無傷の彼女たちに心から安堵すると同時、テレパスによる続報で爆豪も狙われていることを知り、胸がざわざわと騒いで、気がはやった。


「―――こんな時に!大人しく待てるわけねぇだろ!?」


爆豪や、他の皆だって、危ない目にあってるかもしれない。皆を救けに行きたい。救けに行かなきゃ、駄目なんだ!
焦燥感に突き動かされるまま、切島はブラドに抗議したが、皆を救けに行くという案は却下され・・・あげくに、あの直情型の身能までもが切島の行動を諌めた。


「・・・なら!!ここで、皆が帰ってくるのをただ待つのか!?今この瞬間に、ダチがヴィランに襲われてたとしても・・・身能は知らんふりできるのかよ!」


ただでさえ心に余裕がないのに、諌められたことで余計に苛立ち、切島が八つ当たりのように彼女に吠えつくと、


「そうだよ!!」

「!?」


間髪いれずそう吠え返してきた彼女に、言葉を失った。
だって、そんな・・・今にもヴィランをぶっ飛ばしたそうな 憤怒の形相をしてるのは、お前のほうだろ?
今すぐヴィランのもとへ駆け出しそうな脚を 必死に床に縫いつけて、ヴィランを殴りたくて疼く拳を 血が滲むほど握りしめて。血管をふくらませるほど怒り散らしているくせに・・・その怒りを呑み込んで、ただ、待つのか?


「身能・・・」


切島と気持ちは同じなのに・・・自分よりずっと冷静に、先を見据えて行動する彼女のおかげで、切島の熱くなっていた頭も冷えていく。
“補欠”だった彼女は・・・“補習”ではない。期末試験で、非常時の立ち回りの弱さが露呈して赤点になった切島たちとは違う。
彼女は非常時においても、自分のできる最善、最大限は何かを考え、行動できるのだ。


「(・・・前までの身能とは、違うんだな)」


感情のままに、見きり発車で行動を起こしていた彼女が・・・いつのまにか、ずいぶんと立派に成長していたらしい。
以前よりずっと大人な立ち回りをする彼女。その成長ぶりは目覚ましいもので、切島は感心し、心から敬意を抱いた。同時に、彼女がやけに眩しく思えて、無意識のうちに目を細めていた。
その、直後のことだった―――ヴィラン連合の荼毘の強襲により、身能が炎の渦に飲み込まれたのは。
あまりの衝撃、あまりに悲惨。切島は微動だにすることも声を発することも出来ず、ぽかんと、目の前で燃え盛る業火を見つめた。

そんな切島の頭に、“あの景色”がフラッシュバックする。

目の前に、恐怖で泣き出しそうな同級生の女の子たちがいるのに、自分は本能的な恐怖から一歩も動けず・・・女の子たちの前に飛び出す芦戸の背中を、ただ見つめるだけの景色。
自分の弱さ、小ささを痛感した、あの瞬間―――あのときの芦戸の背中と、炎の中に消えていく身能の姿が重なった。
さらに、爆豪が、切島の関知しないところで連合にさらわれたと聞かされ、己の無力さに打ちのめされる感覚に再び襲われた。


「―――じゃあ、今度は救けよう」


何も出来なかった自分が嫌で、爆豪が拐われた今も 何も出来ずにいるのが嫌で嫌で・・・同じく後悔している緑谷に、そう告げた。
爆豪救出に向かおうとする切島に、蛙吹や飯田、他のクラスメイトたちも当然反対した。


「梅雨ちゃんや飯田くんの言うことが正しい ってのは、わかってるよね?」


皆に反対されることはわかってはいた・・・が、身能に言われると、どうにも揺らぎそうになる。
不思議な力を宿す彼女の言葉は、ときおり、未来で起こることを見据えているのではと疑うほど的確だったから。


「切島くんは・・・どうすれば、後悔しないんだろうね?」


ふいに問われ、思考が停止した。


「人生で、重大な選択を迫られる機会って何度かあると思うけど・・・いつか過去を振り返ったときに、後悔のない選択をしていたいよね」


ああ、そうだ。
切島の目標である紅頼雄斗(クリムゾンライオット)も言っていたじゃないか。

「ただ 後悔のねェ生き方・・・それが俺にとっての、漢気よ!」

彼女の言葉に勇気を与えられて、迷う背中を押してもらって、切島は前へと進む。
後悔のない生き方、後悔のない選択―――そんなの、悩むまでもなく、爆豪を救けに行くに決まってんだろ!!







爆豪救出は功を奏して、A組21人の見慣れた顔ぶれが再び揃うことができた。
そして、彼らと日々研鑽を積む中で、“校外活動(ヒーローインターン)”という機会が巡ってくる。
このチャンスは絶対に逃せない。
しかし、通常は 職場体験でのツテでインターン先を見つけるらしいが、切島が世話になったフォースカインドのところではインターンを受け付けていなかった。
他にツテがあるわけもないが、インターンを諦めるという選択肢はない。
ならば、どうするか・・・。


「お願いします!!天喰先輩ッ!!!」


腰を直角に折り曲げ、腹から声を張り上げた。
その大きな声に周囲の注目が集まって、天喰は萎縮した様子で周りを見回した。


「先輩はファットガム事務所でインターンしてるんスよね!?俺も、ファットガムのもとでインターンがしたいんです!!紹介してもらえませんか!!?」

「いや、急に言われても・・・というか君、声が大き「お願いしますッ!!!」


戸惑いがちにしり込みする天喰に対し、切島はずずいと身を乗りだして、その熱意を怒涛の勢いでぶつける。


「俺っ、変わりたいんス!目の前で困っている人がいても、何も出来ずに立ち尽くす、そんな弱い自分は嫌なんスよ!だから、もっと強くなりたいんス!!」


強く決意した表情も、固く握られた拳も、叫ぶように吐き出された言葉も・・・彼の全てから、その必死さが伝わってくる。


「もっと、強くならないと・・・もう、後悔したくねえから・・・」


思い詰めた様子の切島を見て逡巡すると、天喰はかろううじて切島が聞き取れる程度の声量で彼に問う。


「・・・他にもインターンが可能なヒーロー事務所はたくさんあるのに、なぜ、ファットガム事務所を・・・?」

「そりゃあ もちろん、ファットガムみたいに漢気あるかっけぇヒーローは俺の憧れだし、拳で闘うスタイルも勉強させてもらいたいっス!しかも天喰先輩は、ファットガムのとこでのインターンを経て ビッグ3と呼ばれるまでに登り詰めたんスよね!?俺も先輩みたく、インターンで得られる経験を 強さに変えたいんス!!」

「うっ・・・」


きらきらと目を輝かせた切島に詰めよられ、天喰は後ずさりながら眩しそうに顔を背けた。


「それに 身能もいますし」

「えっ」


天喰が、弾かれたようにぱっと顔を上げた。


「なんで、そこに、身能さんの名前が出てくるんだ・・・?」

「え・・・?」


驚いたように目を見開いて切島の返答を待つ彼に、切島もキョトンとしてしまう。
何気なく切島の口をついて出た彼女の名前だったが・・・そこまで驚くようなことだったろうか?


「えっと・・・俺、ファットガム事務所に行きたいって思ったのは、もとは身能の影響なんスよ」


そう、きっかけは身能だ。彼女がいかにファットガムを慕っているか、そして彼女がファットガム事務所でのインターンをずっと待ち望んでいたことも知っているから、ファットガム事務所に興味を持った。
職場体験を通して、彼女がどれほどの成長を遂げたかも目の当たりにしたのだから、ファットガム事務所の力量は疑いようがない。
何より身能は、切島にとって理想とすべきヒーロー像に、限りなく近い。理想に近づくために彼女の足跡をたどるのは、悪くない手段のはず。


「もしかして・・・君、」


天喰がすっと目を細め、警戒するような視線を切島に向けた。


「身能さんのことが・・・好き、なのか・・・?」


その問いは、重々しく、一世一代の命運がかかったことのように問われたが、


「はい!好きっスよ!」

「えっ」


迷うことなく、息をするかのようにケロリと答えた切島に、天喰は目を丸くして石像のごとく固まってしまった。
そのリアクションに、切島は慌てて補足を加える。


「あ!つっても、俺の言う“好き”は、異性としてというより、ダチとして“好き”ってことっスから!!」


異性に“好き”と言うと誤解されがちなので、そこはきっちり説明しておく。
物間だったり、勇敢にも 彼女に告白しては振られていった数々の男たち・・・彼らが言う“好き”とは違う。切島は、芦戸たちが勘違いしているような感情は持ち合わせていないのだ。


「あ、そ、そう、なのか・・・」


一時は絶望に打ちのめされ、生気が感じられない真っ白な顔をしていた天喰だが、僅かに血色が戻ってきた。
しかしそこに切島が、天喰を試すかのような問いを返す。


「そういう天喰先輩は、身能を好きじゃないんスか?」

「えっ!!?」


至って自然な会話の流れだ。好きか?と問われたから好きか?と問い返しただけ。そこに悪意なんて全くなく、切島にとっては、ふと わき起こった疑問を口にしただけである。
―――が、天喰にとっては核心に触れる質問であり・・・ちょっとした対抗心を一方的に抱いていた切島から問われるには、いささか、居心地が悪い。


「・・・っ、ぁ、そ、それは・・・!その・・・」


ごにょごにょと口の中で不明瞭な言葉を発している天喰に、切島は小首を傾げる。
なぜ天喰は言い渋るのだろう。天喰と身能の二人は、仲が良いんじゃないのか?
食堂などで二人が会話しているところを何度も見たし、ビッグ3がインターン説明会をしてくれた時も話していたし・・・


「(いや、待てよ・・・?)」


校内で二人が話すところを思い返してみると、いつも身能から声をかけていた気がする。一方で、話しかけられた天喰は、いつも肩身が狭そうに縮こまっていたっけ。
おまけに、説明会のときの天喰のあの態度・・・完全に身能にビビッてる様子で、頭に貝殻を被っていたじゃないか。


「(もしかして、天喰先輩は身能が苦手なのか・・・?)」


実際にはそんなことはなく、むしろその逆の感情を抱いている天喰なのだが・・・そうとは知らない切島は、その発想に至った。
それから切島のとった行動といえば、いつも上鳴にしているのと同様、あくまで善意に満ちたもので、


「あの、天喰先輩!身能はいい奴っスよ!」


身能のフォローである。
彼女のため、ひいては天喰のため、良かれと思って彼は言葉を紡ぐ。


「身能は、本当はいい奴なんです!でも、身能って見た目も言動も個性も派手だから、そのせいか誤解されることが多くて・・・」


うちのクラスの大半も、第一印象で身能という人間を誤解していたし。
それに、仮免試験のときに出会った他校生の中には、身能を嫌悪して突っかかってくる奴も多かった。
理由は・・・なんとなく、わかる。


「(身能は、みんなが一度は欲しいと思うもんを全部 持ってるもんなぁ・・・)」


誰もが見惚れる愛らしい容姿、人の心を惹き付けて放さない魅力あふれる性格、明確なビジョンをもって惜しみなく努力する心意気、出来ることの多い万能な個性、オールマイトの“秘蔵っ子”というポジション―――あげだしたら キリがない。
あんなにも恵まれている彼女を見て、嫉妬や羨望を抱かない人間などいないだろう。


「たぶん・・・あいつを羨んで妬む気持ちが、あいつを毛嫌いする引き金になっちまうんスよ」


そりゃ、彼女と直接かかわらない人間や、はたから彼女を見てるだけの人間は、彼女を嫌悪することないだろうさ。
ただ・・・あいつと同じくヒーローを目指す“ライバル”という立場であれば、彼女の優れた部分を見ていれば 癇にさわるというもの。あいつと近くにいる者ほど、顕著に、際立って、疑う余地もなく・・・彼女と比べて自分はなんて矮小なんだと思い知らされる。


「俺も・・・たまにですけど、身能が眩しくて、目をそらしたくなるときがあります。俺はあいつと違って、とるに足らない凡人だから・・・いつか あいつと同じ舞台に立ったとしても、俺は、中央でスポットライトを浴びるあいつを、舞台の片隅から眺めることしか出来ないんじゃないか、って・・・」


視線を落とし、ひっそりと打ち明けた切島だが、天喰のじっと自分を見つめる視線に気づき、はっと我に返った。
うっかり卑屈なことを口走ってしまったけど、


「いや、今のは 嘆きとかじゃなくて!その、とにかく身能は、ヒーローになるべくしてなるような 凄い奴だってコトが言いたくて!!」


身能のフォローをしていたはずが、彼女を僻むようなことを言ってどうする。
それより今は、インターン先を紹介してもらうよう、お願いしなくては!アピールをしなくては!


「俺、身能とは仲良いんスよ!クラスでもわりと早くから話すようになったし、長い付き合いっつーか、あいつの長所も短所もよく知ってるんで・・・チームアップするにしても、あいつとの連携は問題ないっス!!」


やはり、新米のインターン生どうし、しっかり連携をとらなくては話にならないだろうし、身能とは良好な関係にあるのだとアピールする。
・・・そのアピールは、天喰の前では逆効果になるとも知らず。


「あっ、先輩がもし身能を苦手に思ってるなら、俺が二人の橋渡し役になるんで!あいつが先輩に失礼なことしないよう、俺が見張っときます!」


きっと天喰は、身能のあのキツい口調や高慢な態度が苦手なんだろう。そう思い込んだ切島は、良かれと思ってそんな提案をする。
・・・その提案に、天喰がムッと表情を歪めたことには気がつかない。


「・・・・・・だ」

「え?」


蚊の鳴くような声が聞こえ、切島が聞き返すと・・・天喰はふるふると小刻みに震えながら口を開く。


「―――駄目だ。君を・・・ファットガム事務所には連れていけない」

「えっ・・・」

「俺は、身能さんを苦手だなんて思ってないし、橋渡しなんて、要らないんだ・・・!」


背を丸めて縮こまっていた天喰が顔をあげ、キッと目付きを鋭くすると、敵でも見るように切島を見据えた。


「君は・・・・・・絶対に、駄目だ!!!」


以降、天喰は“駄目”の一点張りで、聞く耳すら持たなかった。
切島もあきらめずに何度も何度も天喰に頼んだが、“駄目”な理由も教えてくれないまま、彼は頑として断り続けた。気弱そうに見える天喰だが・・・意外にも、強情である。
そうして、にっちもさっちも行かずに困り果てた切島は、身能を頼るのだった。







結局は身能の助力があり、ファットガム事務所でインターンができることになって・・・いざ、インターンが始まると、学校じゃ手に入らない 一線級の経験を得た。
ファットガムや、切島を拒否していた天喰とも打ち解けられて、彼らにとても良くしてもらった。


「(やっぱり、ファットガム事務所を選んで正解だった!)」


自分の選択に間違いはなかった。これで自分は着実に成長できると喜ぶ反面―――ほんの数日のインターンで、切島と身能の“差”を、これでもかと痛感させられた。
街の人々から愛され、信頼され、必要とされていた彼女。一方で、天喰に拒否されながらも無理やりインターンに参加させてもらった切島は・・・無名で、誰からも期待されていない。
どれだけ切島が頑張っても、凡庸な自分では、“特別”な彼女には敵わない。追いつける気がしない。
切島の理想像である身能との距離は途方もなくて、簡単には縮まらない―――そう思い知らされた数日間であった。


「・・・しっかし、爆豪も轟も、帰ってくるの遅いな。仮免補講って、思ってたよりハードなんだな・・・」


二人のために取り分けておいた大阪みやげのたこ焼きは、すっかり冷めてしまっていた。
けれど二人を待つ間に、大量に出された宿題をだいぶ片付けられたのは僥倖である。まあ・・・それも、難しいところは身能が教えてくれたおかげだけど。
ふと、身能を見ると、彼女は眠たそうにこくりこくりと舟をこいでいた。
無理もない。一週間ものインターンを終えて疲弊しているのに、こんな遅い時間まで 面倒で難解な宿題をこなしていたのだ。


「遅くまで付き合わせちまって悪いな、身能。爆豪たち戻ってこねえし、もう今日は切り上げようぜ」

「んー・・・」


ウトウトと、目蓋が落ちないよう睡魔と戦っている彼女から生返事が返ってきて、苦笑をもらす。
彼女は普段から淑女然として振る舞っていて、特にインターン中は 完璧超人とすら思えるほど一切の隙がなかったが・・・そんな彼女にしてはめずらしく、隙だらけというか、年相応の女の子らしく思えた。


「・・・よっぽど疲れてんのな」


彼女を夜遅くまで付き合わせ、あげくに、切島の勉強まで見てもらって・・・彼女には申し訳ないことをしてしまった。
思えば切島は、いつも彼女に頼ってばかりだ。
インターン前は、彼女に頼み込んでファットガム事務所を紹介してもらって、インターン中も彼女に支えられる場面ばかりで。インターンから帰ってきた今も、彼女に勉強を教えてもらっている始末・・・


「・・・情けねえなぁ、俺・・・」


身能が嫌な顔しないのを良いことに、優しい彼女に頼りっぱなしかよ。
本当は、彼女と対等に張り合えるヒーローになりたいのに。せめて、彼女の横に堂々と並び立てる奴でありたいのに。
それなのに・・・現実は、身能の助けなしには何も出来ない、情けない奴でしかない。


「・・・情けなくないよ」

「!」


まさか、半分夢の中の身能から返事が返ってくるとは思わず、驚いて肩を震わせた。
慌てて彼女を見やれば、とろんとした眠そうな表情で切島を見ていて・・・やはり、半分夢の中にいるんじゃないかと危ぶんでいると、彼女が言葉を続けた。


「切島くんは、爆豪くんを救けたじゃない」


ハッと目を見開く。
彼女が話しているのは“神野”での一件だとすぐに察した。
しかし・・・切島たちが爆豪救出に赴いたことは、決して褒められることではなく、当然、相澤からもたっぷり指導された。それゆえか、なんとなく、爆豪救出についての話題はタブーというか、A組の誰も話題にあげることはなかったのに。


「あれは 切島くんにしか出来ないことだった。もし、切島くんが動いてなかったら、今頃、どうなってたか・・・」


そんな話題に、どう返答していいかわからず、寝ぼけまなこで とつとつと語る彼女をただ静かに見守る。


「私は、あのとき動けなかったから、切島くんが動いてくれて・・・救われたんだよ―――ありがとう」


ハッと息をのんだ。
あれは、間違った行為だったのに。ただ、自分が後悔したくないから動いただけで、自己満足に過ぎない。決して褒められることではなく、礼を言われることでもないのに。
なのに・・・そんな心底安堵したような、安らかな笑みで言われてしまったら、こっちこそ安堵しちまうだろ。俺のとった行動は間違ってなかったんだ と。あのときの自分の行いに、うっかり達成感を覚えてしまう。誇ってしまいそうになるじゃないか。
それに、


「(わかってねぇな、身能・・・救われたのは、俺のほうだよ)」


―――切島くんは・・・どうすれば、後悔しないんだろうね?

あの身能の言葉に背中を押されて、意志が固まった。彼女のおかげで迷いが吹っ切れたんだ。
・・・ここだけの話、あれ以来、切島は何かに迷ったときに彼女の言葉を頭の中で反芻するようにしているくらいだ。


「切島くんは、心が強い人だ。絶対に砕けない強さを持ってるよ。今までも、これからも・・・」


彼女の言葉や行動は、勇気を与えてくれる。人一倍 前向きな彼女の隣にいれば、自ずとこちらまで前向きになって、目の前に広がる世界が輝いて映る。
・・・そういう存在なのだ、彼女は。
時おり、凡人たちを劣等感の生き地獄へ叩き落としてくる面もあるけど、それすらも含めて・・・彼女といると、もっと頑張らねばという気持ちになれるのだ。
身能が多くの人から好かれるのも、至極当然のことだと思う。
相変わらず眠そうにポヤポヤしている彼女を見やれば・・・彼女が、ふわりと破顔した。


「―――かっこいいよ、ヒーロー」


息が、とまった。
自分の理想であり――密かに憧れている身能からそんなことを言われて、心臓がドクリと跳ねる。
顔がブワッと熱くなって、堪えきれずに切島はガタッと音をたてて俊敏に立ち上がると、


「お、俺っ、もう寝るわ!オヤスミ!!」


慌てて荷物をまとめ、彼女のほうを見ることもなく、逃げるように自室へと駆け込んだ。


「・・・・・・はあ〜」


・・・ずるい。こんなの卑怯だろ。
クラスの皆が彼女を「ツンデレ」だと言う所以を、嫌というほど理解した。普段は高飛車なくせに、なんだかんだ言って、俺らのこと、好きなんだよなぁ・・・。
それに、上鳴や爆豪がよく身能のことを「男たらし」だと言って憤っているのにも、今、ものすごく納得した。あんなかわいい顔で、あんな嬉しいことを言われて、舞い上がらない男なんて、いるわけがない。


「・・・いや、違う、違うぞ・・・落ち着け、俺・・・」


まだドクドクとうるさい胸を押さえながら、天を仰ぎ、深く息を吐き出す。
別に、この感情は、“そういうの”じゃない。
物間や、芦戸たちが言うような“好き”の感情じゃなくて・・・もっと、親しい友人とか家族に向けるような、あるいは、憧れのヒーローに向けるような、そういう感情なんだ。うん、そうに決まってる!
今はまだ・・・“そういうの”を考える暇はない。ヒーローを志す道半ば、半人前の自分には、“好き”だのなんだのと浮ついたことを言ってる余裕はないから。
だから―――だからこそ切島は、早く・・・一刻も早く、成長しなくちゃいけない。
早く、彼女と対等に張り合えるヒーローになって、彼女の横に堂々と並び立てるくらいに成長するんだ。そうしたら、そのときは・・・自分の中の、曖昧で、漠然としたこの感情と、胸を張って向き合えるはずだから。










==========

その頃、夢主は談話スペースで寝落ちしておりました。
切島との会話は、半分寝てたので、おそらく覚えてないでしょうね。

さて、当初はここで他者視点を入れる予定はなかったのですが・・・インターン編の最後のほうは他者視点が渋滞しそうだったので、切島視点を入れるならここしかなく、慌ててぶちこみました。
「切島って、絶対身能のこと好きだよな〜」と周りには認識されてるけど、恋愛感情を必死に否定する切島がみたかった。
彼はきっと、学業と恋愛を両立させられるような器用な人じゃないから、自分に納得いくまで、恋愛感情には見て見ぬフリを貫くはず・・・と彼に夢見ているのです。


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