抗う運命

「切島!お前、名前!!ネットニュースにヒーロー名!のってるぞ、スゲェ!!!」

「梅雨ちゃん 麗日ぁ!すごいよー!名前出てる!!」


仮免といえど、街へ出れば プロと同じく“ヒーロー”として扱われる。
そのことを身をもって示し、プロヒーローと同じように 華々しい活躍ぶりをニュースに取り上げられた彼らを囲んで、教室が色めき立つ。


「すっごいねー!もうMt.レディみたいにファンついてるかもねぇぇえ!!」

「うらやまー!」


彼らを褒め称え、わいわいと盛り上がる教室。
その教室の隅っこ―――自席に座っている強子は、机に肘をつき、ぼんやりとクラスメイトたちを見つめている。
そんな彼女の様子に、八百万と耳郎の二人が不安げに顔を見合わせた。


「・・・強子さん?」

「アンタ・・・どうしたの?」


気遣わしげに強子に声をかけてきた二人に、強子はこてりと首を傾げながら、にこやかに聞き返す。


「うん?なんのこと?」


穏やかな表情で聞き返す強子を見ると、途端に、八百万と耳郎が焦ったように強子に詰め寄った。


「だっ、大丈夫ですわ!強子さんも、ちゃんとネットニュースの記事にのっていますから!」

「んあうん・・・?」

「切島たちばっかりが注目されてるのは・・・ほら!強子は職場体験のとき、すでに話題になったからで!切島たちは話題にあがるの初めてなんだし、今回はアイツらに花持たせてあげな?」

「んあうん・・・?」

「見てください強子さん!こちらの記事に、関西圏でビヨンドがいかに人気かが書かれていますわ!“関西で今一番人気の 超大型ルーキー!”ですって!」

「フォロワー数だけなら ビヨンドがクラスで一番!ううん、雄英生の中でも一番でしょ!!やったじゃん!」


二人はスマホでネット記事を見せながら、忙しなく強子に説き聞かせているけれど、


「・・・さっきから、二人とも何なの?」


急にそんな、強子を持ち上げるようなこと言って・・・何が目的だ?彼女たちを訝しんでいる強子に、彼女たちは何てことない顔でケロリと答える。


「え?だって、強子が元気ないから・・・」

「ええ、何かイヤなことでもあって落ち込んでいらっしゃるのかと・・・」

「えっ?・・・・・・なんで?」


きょとんと二人を見つめて、強子がぽつりともらす。
強子の表情も、所作も、声のトーンや口調だって・・・どれも、いつもと何ら変わらない。なのに、


「なんで・・・わかったの?」


実を言うと―――二人の言うとおり、強子は少し・・・ほんのちょっとだけ、いつもより気分が沈んでいた。
でも、いつも通りに振る舞っていたから、誰にも気づかれないだろうと思っていたのに。
開いた口が塞がらないほどに驚いていると、八百万も耳郎も、呆れたように眉尻を下げた。


「そりゃ、ねぇ・・・」

「私たちが毎日、どれほど一緒に過ごしているとお思いですか?」

「アンタの機嫌の良し悪しくらい、わからないはずないでしょ」

「百ちゃんっ、耳郎ちゃんっ・・・!」


彼女たちの言葉に感動して、ぱぁっと表情を明るくする強子。
雄英での高校生活で、強子と共に過ごす時間が最も長いのは、この二人だ。寮生活になってからは家族以上に一緒にいる時間が増えて・・・今では、この二人は強子にとって家族のような存在でもある。
そんな二人だから、他の誰よりも強子をよく理解してくれているんだ。


「ほんと、アンタって変なとこでプライド高いっつーか・・・どうせ、自分の弱ってるとこをクラスメイトに見られたくないとか、そんな下らない見栄で隠してるつもりだろうけどさぁ・・・」

「いつもの強子さんなら、皆さんが切島さんたちばかり褒めるのを見て、“私のことをもっと褒めて”と不平不満を並べるはずですもの」

「それに、ネットニュースにのってたアンタの写真も、“もっと可愛い写真にしてよ”とかって文句言うでしょ?いつもの強子なら」

「・・・百ちゃん、耳郎ちゃん」


他の誰よりも強子をよく理解しているはずの二人が語る、なんとも言えない強子の人物像に・・・複雑な気持ちになった。


「強子さん・・・何か、悩まれているのでしょう?」

「ウチらに話してみたら、少しはスッキリするんじゃない?」


ただ、彼女たちが心から強子のことを案じているのは確かで、二人の目を見れば その想いが伝わってくる。
そんな彼女たちを前にしたら・・・他者に弱音を吐かない主義の強子でも、自然と口を開いていた。


「なんていうか、最近どうにも 嫌な予感がするというか・・・・・・不安、なんだよね・・・」


声のトーンを落として、二人にそっと打ち明ける。
ここ最近・・・嫌な予感に強子の胸はざわついて仕方がない。モヤモヤとした感情ばかりが募っていく。言い表しようのない胸騒ぎに、浮足立っている。
強子は困ったようにふぅと息を吐いて、目蓋を伏せた。


―――身能強子という存在のせいで、本来の物語から“ズレ”が生じている。


モヤモヤとした気持ち悪い感覚の 理由はそれだ。
認めたくないけど・・・実際に強子は、本来の物語から解離した展開を目の当たりにしている。
たとえば、今 クラスの話題の中心である切島―――本来、ファットガム事務所でインターンするはずの彼を、天喰が“不要だ”と切り捨てたことは 記憶に新しい。
たとえば、今 強子の目の前にいる八百万―――本来、存在しないはずの出席番号21番の不在を寂しく思い、可愛らしく拗ねたこともあったっけ。
どちらも、強子が知る“本来の物語”にはなかったことだ。
・・・だって、どちらも強子が要因なんだから。

当然といえば 当然のことだが・・・身能強子が生きるこの世界では、彼女というイレギュラーな存在が介入するから、彼女が知る本来の物語から 食い違いが生まれてしまう。
そうして生まれた食い違いは、大小さまざまだけど・・・どれも、強子にとって予想外なことばかり。おかげで彼女は、これまでに幾度と振り回されてきた。
しかも最近になって、その傾向は増してきているように思う。


「ほんと、思いがけないことばっかりで・・・全然思うようにいかなくて イヤになっちゃうよ」


ふと、インターン中の出来事が頭をよぎる。
強子に拳銃が向けられた あの瞬間、思いもよらぬ展開に度肝を抜いた。反応が遅れるほどに驚いてしまった。
もしも あの時、あのまま強子が撃たれていたとしても・・・本来の物語から“ズレ”はなく進んでいたんだろうか?


「(・・・なんて、いくら考えたって答えが出るはずないけど)」


もしかしたら強子の与える影響なんて、些細なものかもしれない。己の存在によって生じる“ズレ”の範囲なんて、たかが知れてるのかもしれない。
でも、その小さな“ズレ”が積み重なっていったとき・・・はたして、どうなる?
この先の未来で、誰が勝って 誰が負けるとか、誰が生きて 誰が死ぬとか――そういった物語の根幹は 強子が何をしてもしなくても変わらない、とは、言いきれないんじゃないか?


「はぁ〜・・・先行きが不安だよ」


強子は物心ついたときから、“ヒロアカ”の原作を知っていることがアドバンテージだと、そう思っていたはずなのに。
いつの間にか・・・この知識が、強子にとって、重荷になっていた。
この知識があるせいで、強子は余計な心配や不安を抱えて、振り回されるんだ。


「(こんなことなら いっそ・・・原作知識なんか持たずに のうのうと生きていたかったよ)」


何も知らずにこの世界に転生していたら、もっと気楽に生きていけたのに。何にもとらわれず、もっと自由に、幸せに生きられただろうに―――


「・・・・・・ブフッ」


ふいに、吹き出すような笑い声が聞こえて、強子の思考が止まる。
俯けていた視線をすっと移動させると、口元を手で押さえるも 笑顔を隠しきれていない耳郎。さらに、その隣にいる八百万すらも、口元に上品に手を当ててクスクスと笑みをこぼしているではないか。


「え・・・二人とも、何で笑ってんの」


強子が愕然とした表情で批判の声をあげた。
仲良しの友だちが真剣に悩んで、真面目に打ち明けているというのに・・・そんなシリアスな場面で、笑うか?普通。


「ごっ、ごめんごめん・・・!」

「強子さんがそんなことをおっしゃるなんて、おかしくて・・・つい」


・・・何か、おかしなことなんて言ったか?
強子が憮然とした顔で固まっていると、


「だってアンタ、“思うようにいかなくてイヤになる”なんて言うけどさ・・・そんなの、今さらじゃん!」

「ええ。むしろ、強子さんの思い通りになることなんて・・・数えるほどしかないのでは?」

「!」


はっと目を見開いて、二人を凝視する。
確かに―――彼女たちの言う通りだ。
思い返せば 強子はいつだって・・・理不尽に、不本意に、容赦ない受難に見舞われてばかりだった。
思い通りにならない人生は、今に始まったことじゃない。


「けれど・・・私は知っていますわ」


ふわりと穏やかな笑みを浮かべ、八百万は感慨深げに告げる。


「身能強子という人は、どんなに ままならない状況でも、構わずに真正面から立ち向かい―――どんな逆境さえも逆手にとって、望んだものを勝ち取ってしまう人なのです」


そうだ―――いつだって必死に、足掻いて足掻いて、どうにかギリギリのところを切り抜けてきたから、今があるんだ。


「っていうか、強子は“先行き”に不安を感じる必要ないでしょ」


くしゃりと破顔して、耳郎が可笑しそうに言い含めた。


「“先行き”とか“未来”ってのは・・・強子みたいな、意志の強い人間の行動によって作られていくもんなんだよ。どんな荒波の中だろうと、いつもアンタが先陣をきって 道を切り開いてきたから、ウチらは迷わずに進んでこれた」


そうだ―――荒波に揉みくちゃにされて、どちらが前かもわからずに突っ走っていたら・・・いつの間にか 皆が強子の背を押してくれてたんだ。


「そっか・・・うん、そうだね・・・」


二人から言われて、自覚した。
不遇なことばかりで、自尊心もズタボロにされ、ままならない人生だと嘆いていたけど・・・紆余曲折を経て、今の強子はどうだ?
手元には 勝ち取ってきた戦利品があって、隣には 一緒に走ってきた仲間がいて・・・。
強子の人生は、“幸せ”だと言えるんじゃないか?そして、その“幸せ”は、己の力で掴んできたんじゃないのか?


「そんなアンタが、」

「何を心配する必要がありますの?」


確信をもったような顔で問いかけてきた二人に、思わず強子はニヒッと笑みをこぼす。
他の誰よりも強子をよく理解しているはずの二人が語る人物像に、無上の喜びが込み上げてきて、舞い上がらずにはいられない。
さっきまで抱えていた不安な気持ちがウソのように霧散していく。


「・・・・・・“友だち”って、偉大だねっ!」


喜びを押さえきれない笑顔で強子が告げれば、八百万は誇らしげに「ええ!」と頷き、耳郎は頬を染めて「・・・大げさだな」と照れていた。
彼女たちと一緒に、不安な気持ちなんて 笑い飛ばしてしまおう。
不確定な未来を心配する必要なんかない。どんな未来がやってこようと・・・強子なら、切り抜けられる。







それから数日後―――
強子と切島は、インターンのため、指定された集合場所へと向かっていた。ファットガムと天喰とは現地で集合だ。
なぜか、寮を出たところから、麗日、蛙吹、緑谷たちと向かう方向も、駅も、曲がる角まで同じことを不思議がっているうち・・・全員が同時に、同じ集合場所に到着した。


「お!」
「わっ」
「・・・」


そこで通形、波動、天喰の3人とも合流し、案内された先には・・・チャートにのってる有名ヒーローや地方のマイナーヒーローたちが、ところ狭しと集っていた。グラントリノに、相澤までいる。


「こんなに大勢・・・すごいぞ!一体何を・・・」


そうそうたるメンツに緑谷たちが圧倒されるなか、リューキュウの姿を見つけた波動が、ふらふらと彼女へ歩み寄る。


「ねえねえ、これ何!何するの!?」


ガバーッと無邪気にリューキュウに抱きつけば、リューキュウは慣れた様子で彼女を抱きとめ、「すぐにわかるよ」と宥めていた。
この状況でもマイペースをつらぬく天然ムスメ、波動。
そして、その横では・・・


「ファットさァァ〜ん!!」

「強子ちゅわァァ〜ん!!」


ファットガムめがけて飛び上がった強子が 彼のお腹にポヨヨンと抱きつき、こちらも慣れた様子で抱きとめられていた。
そんな二人を、切島は呆れたように笑い、天喰はげんなりと顔を引きつらせて見ている。


「ははっ、また いつものやってるよ」

「なんで毎度そうリアクションが仰々しいんだ・・・!感動の再会と言っても、つい数日前にも会ったばかりなのに」

「・・・身能さん、相変わらず、物怖じしない人だなぁ・・・」


切島たちと同じく強子を見やった緑谷が、ごくりと唾をのんだ。天然な波動の行動にもハラハラさせられることがあるけど、他者をハラハラさせる大胆な行動という面では、彼女も負けてない。
そんなやり取りをしている間に、参加者がこの場に全員揃ったらしい。
スーツ姿に眼鏡という、絵に描いたサラリーマンのような格好の男が口を開いた。


「―――あなた方に提供して頂いた情報のおかげで、調査が大幅に進みました」


厳格そうなきびきびとした声に、場の空気がピリリと引き締まる。


「死穢八斎會という小さな組織が何を企んでいるのか・・・知り得た情報の共有とともに、協議を行わせて頂きます!」


緑谷のインターン先のヒーローである、サー・ナイトアイ。
彼主導のもと、情報の共有と協議が進められていく―――

まずカギとなるのは・・・先日の 烈怒頼雄斗のデビュー戦で、今までに見たことない種類のクスリ――“個性を壊すクスリ”が、天喰に撃ち込まれたこと。
個性因子のみを攻撃するという、そのクスリ。
唯一の証拠品、切島が身を挺して弾いた銃弾の中身を調べた結果・・・人の血やら細胞が入っていたことがわかった。
つまり その効果は、人由来・・・“個性”によると考えられる。
そして、死穢八斎會の若頭――治崎の個性は「壊し」「治す」個性。その治崎に、エリという娘がいるという情報。
そこから導きだされるのは・・・治崎が 娘を銃弾にして捌いてるのではないかという、おぞましい可能性であった。


「今度こそ必ず エリちゃんを「保護する!!」」


一度エリと遭遇したものの、保護することが叶わなかった緑谷と通形。彼らが、悔しさを振り払うよう息巻いている。
そう―――これこそが、ここに集められた我々の目的である。
しかし、問題はエリの居場所だが・・・ナイトアイの『未来予知』を使えば手っとり早く特定できるだろうに、彼が頑なに個性を使おうとしないため、全国各地にある死穢八斎會の活動拠点をしらみ潰しに探るしかない。
・・・途方もない話だ。
こうしてる今も、エリは痛い思いや恐ろしい思いをしているかもしれないのに。何とももどかしいけど、


「とりあえず やりましょう。“困ってる子がいる”――これが最も重要よ」

「娘の居場所の特定・保護、可能なかぎり確度を高め、早期解決を目指します!ご協力よろしくお願いします!」







各事務所のトップたちが詳細をつめている間、インターン生たちは別フロアにある休憩スペースで待機していた。
そこで強子たちは、緑谷と通形から、エリと出会ったいきさつを聞いた。


「―――そうか、そんなことが・・・悔しいな・・・」


救けるべき幼い少女を目の前にして、それが叶わないなんて・・・歯がゆかっただろう。それどころか、殺気をちらつかせた治崎から、逆に、彼らのほうが少女に庇われたらしいけど・・・そんなの、やるせなくて仕方ないに決まってる。
顔を俯けて落ち込む緑谷と通形に、他のみんなも神妙な面持ちになって口を閉ざす。
すると・・・チーン、と間の抜けた音とともにエレベーターの扉が開いた。


「・・・通夜でもしてんのか」

「ケロ、先生!」

「あ、学外ではイレイザーヘッドで通せ」


エレベーターから降りてきた相澤が強子たちの元にやってくると「いやァ しかし・・・」と気だるげに切り出した。


「今日は君たちのインターン中止を提言する予定だったんだがなァ・・・」


相澤の衝撃的な言葉に、ぎょっと目を丸くした1年生組。切島が思わず立ち上がって声を張る。


「今更なんで!!?」

「連合が関わってくる可能性があると聞かされたろ。話は変わってくる」


ナイトアイ事務所の調べによれば、死穢八斎會とヴィラン連合のひとり、分倍河原 仁――“トゥワイス”が接触していたという話だった。
万が一にも、連合と雄英生(特に1−A)が鉢合わせるのはまずいので、インターンは中止すべきというわけだ。


「ただなァ・・・緑谷、お前はまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ」


何としてもエリを保護しようと、そう心に固く誓った緑谷のことだ。今さら誰に止められようと、彼はきっと、飛び出すことを止められない。


「―――俺がみておく。やるなら正規の活躍をしよう、緑谷。わかったか 問題児」


エリにとって、掴み損ねた緑谷の手は、必ずしも絶望だったとは限らない。
そんな相澤からの励ましもあり、皆の顔にだんだん明るさが戻っていく。


「・・・とは言ってもだ。プロと同等かそれ以上の実力を持つビッグ3はともかく、お前たちの役割は薄いと思う」


そう言って、相澤は強子たち1年生の顔を見回した。そして、


「・・・身能、お前は今回の案件から外れろ」

「へっ・・・」


突如 言い渡された、戦力外通告。
気が動転するあまり、強子は言葉が出てこない。はくはくと口を開閉させ、彼女はどうにか言葉を絞り出した。


「っちょ、ちょちょちょちょっ、ちょっとぉ!?冗談でしょ!!?」


目の色を変え、必死の形相で相澤に抗議するが、そんな強子を見て相澤は面倒くさそうにため息をつく。


「この世の中で ヴィラン連合と鉢合わせしたら一番ヤバい人間は身能、お前だろうが。連合と鉢合わせる可能性があるとわかってて、連れていけるわけがない・・・少し考えりゃわかることだ」

「そんなっ!?」


ガーン!と絶望的な表情で固まった強子。
ウソだろ・・・?ここまで来て、強子だけがエリちゃん救出作戦に参加できないとかある!!?


「(今回は原作通りの展開でサクサク進むな〜、とか気を抜いてたら これだよ!!)」


確かに、連合から命を狙われている強子の扱いに慎重になるのは当然だろう。爆豪とは違い、強子が奴らに捕まれば、迷う余地なく殺される運命だ。だけど・・・っ!


「いっ、嫌です!!この案件から手を引くなんて絶対にイヤ!先生に止められたら、私・・・デクくんみたいに飛び出しますよ!?正規じゃない活躍しちゃいますよ!!?」

「神野のときは事情を飲み込んで大人しくしてただろ、お前は。案外その辺りの冷静な判断ができる奴だと、お前のことは信頼している」

「ぐっ・・・!」


相澤から信頼されるなんて本来なら光栄の極みだが、今だけは・・・そんな信頼、ティッシュにくるんで捨ててしまいたい。


「言っときますけど・・・私、エリちゃんのこと聞かされたからにはもう、後には退けませんよ!!か弱い女の子がつらい目にあうなんて、許せません!役割が薄かろうが、絶対やります!やらせてくださいっ!」


まだ幼い女の子が、痛みと恐怖に震えている。誰にも救けを求めることすらできず、暗闇で涙しているのだ。
無力で弱い人が、なんの罪もなく理不尽につらい目にあう・・・まるで、かつての“私”を見ているようじゃないか。救けを求めることもかなわないまま死んだ“私”と、彼女の姿が重なって見える。


「(それなら―――私が、救け出さなきゃ駄目だろ!)」

「だがなぁ・・・それでお前の身に何かあれば「そんなに私が心配ならっ、あなたが私をみててくださいよ!イレイザーヘッド!!」


相澤の言葉を遮り、食ってかかる強子。目をつり上げて、反抗的に彼を睨みつけている。
これで駄目だと言われるなら、相澤の目を掻い潜ってでもエリを救けに行ってやる!そう意気込んでいる強子を相澤はじっと見つめ・・・それから、根負けしたようにため息をもらす。


「・・・常に誰かの目の届く場所にいろ」

「!」

「単独行動は禁止だ。わかったな?」

「っ・・・はい!!!」


先ほどまでの生意気な態度からころりと変わって、従順な態度で応じる強子。そんな現金な彼女から目をそらすと、ビッグ3のほうへ視線を向けた相澤。


「・・・悪いんだが、できる範囲でいいから お前たちも身能のことを気にかけてやってほしい・・・・・・コイツは俺ひとりの手には負えん」


疲れきったように告げられ、ビッグ3は微妙な表情になりながらも頷いた。
強子をお荷物かのように扱われるのは遺憾であるが、エリ救出作戦に加われるなら、この際なんでも許すとしよう!
そして、蛙吹、麗日、切島の3人も強子と同じく「エリちゃんを救けたい!」という意志を見せ、結局はこの場にいる全員が救出作戦に加わることになった。


「いいか、忘れるなよ―――今回はあくまでエリちゃんという子の保護が目的。それ以上は踏み込まない」


相澤の言葉に、皆、気を引き締めてこくりと頷く。


「警察やナイトアイらの見解では良好な協力関係にはないとして・・・今回のガサ入れで、連合の奴らも同じ場にいる可能性は低いと見ている。だが万一、見当違いで・・・連合にまで目的が及ぶ場合は―――そこまでだ」

「「「了解です!」」」


とにもかくにも、彼女を救けるために力を振るえるのだ。彼女のために、できる限りのことを、全力で尽くそう!
エリ救出に奮い立っていると、ふと、相澤が思い出したように言う。


「そういや身能、ファットガムがお前のこと探してたぞ」

「あ、そうだった!」


強子に用があるとファットが言っていたのを思い出し、慌てて立ち上がると、強子はファットのいる別フロアへと向かった。







ファットガムの用件は大した話ではなかったのですぐに片付いて、切島たちのもとに戻ろうと強子が足早にエレベーターホールに向かうと・・・エレベーターの前にいた人物―― サー・ナイトアイがこちらに気づいて振り向いた。


「!」


と同時に、彼の鋭い視線が強子を射抜き、ぎくりとする。
反射的にペコリと頭を下げると、彼は無言のままエレベーターへと視線を戻したので、強子はいささか緊張しながら彼のとなりに並び、エレベーターがくるのを待った。


「「・・・」」


思いがけない人と 思いがけないところで、二人きりになってしまった。
・・・どうしたものか。
今回、チームアップ案件でお世話になるのだし、ここはユーモアをもって明るく話しかけるべきか?
いや しかし・・・彼の行く末を知る強子には、正直いって、彼と陽気にお喋りなんて出来る気がしない。近い未来で彼の身に何が起こるかを知っていて、どうして明るく振る舞えようか・・・。
そうでなくても、近寄りがたい雰囲気がバシバシ出ているというのに。
気まずい沈黙が続く中、チーン、という間の抜けた音とともにエレベーターの扉が開いて、二人はエレベーターへと乗り込んだ。


「「・・・」」


エレベーター内で横並びに立った二人は、互いに無言のまま、エレベーターの表示灯をジッと見つめる。
どうにも息苦しい空間で、ただただ、目的の階層に到着するのを待っていると、不意に、強子の頭に友人たちの言葉がよぎった。


―――身能強子という人は、どんなに ままならない状況でも、構わずに真正面から立ち向かい・・・どんな逆境さえも逆手にとって、望んだものを勝ち取ってしまう人なのです

―――“先行き”とか“未来”ってのは・・・強子みたいな、意志の強い人間の行動によって作られていくもんなんだよ



強子を元気づけようと かけてくれた言葉。
おかげで、強子はめちゃくちゃ元気を取り戻せたあげくに、今もまた、彼女たちの言葉を思い出してパワーがみなぎっていく。
そうして有り余るほどのパワーを得たら・・・無駄話を好みそうにないナイトアイが相手でも、自然と口を開いていた。


「・・・未来は、きっと、変えられます」


そんな突拍子のない強子の言葉が、気まずい沈黙を破る。
ナイトアイがゆっくりと顔を強子に向けるのを察したが、強子はそちらを見る勇気はなく、表示灯を見つめたまま言葉を続ける。


「・・・信じてもらえないかもしれませんけど―――私にも、未来を知るスベがあるんです。“個性”ではなく、もっと別の方法で・・・未来に起こる出来事を、知っています」


ついに・・・言ってしまった。誰にも打ち明けたことのない、強子の秘密を。
そんなバカなと嗤われるかもしれない。からかうなと怒られるかもしれない。
ドクドクと心臓が激しく脈打つのを感じる。妙な緊張で、口が渇いて喋りづらい。


「でも・・・」


それでも、彼女は喋るのを止めない。


「確定していたはずの未来が、変わることがあるんです・・・ほんの小さな変化でも、確かに、変化は起きてる・・・」


彼に、知っておいてほしい。
“未来は変えられない”と思いこんで 絶望している彼に・・・希望はあるのだと、知っておいてほしい。
強子はエレベーターの表示灯から目をはなし、ナイトアイのほうに向きなおって、真正面から彼を見つめた。


「だから、きっと―――その気になれば、どんな未来だって変えられると思うんです!!」


自分自身にも言い聞かせるよう、強子が力強く言い切った。
直後・・・チーン、とエレベーターの到着を知らせる間の抜けた音が響き、扉が開く。


「「・・・」」


ナイトアイは勇み立っている強子を一瞥し、無言のままエレベーターから降りていく。
そして、数歩進んだところで立ち止まったかと思えば、抑揚のない声で呟いた。


「・・・貴様のいう未来予知の手段も精度も知らないが、私の未来予知は 貴様のと違って確度が高い。私の予知した未来は、決して変えられない」


頑なでわからず屋な彼の言葉にむっと眉を寄せると、閉まりかけていたエレベーターの扉をガッと手で押さえ、その背中に向けて叫ぶ。


「そんなの、やってみなきゃわからないじゃないですか!」

「・・・試みたところで 未来は変わらない。私の見る未来は、変えようとした結果の未来だからだ」

「どうしてそう決めつけるんですか!?貴方、未来を変えようって 本気で試したことあります!!?」

「もちろん 試したとも!!」


ナイトアイが弾かれたように振り返り、初めて感情的な姿を見せた。
普段は冷静沈着な彼が、今は苛立った様子を隠しもせず、感情のままに怒鳴り散らす。


「何度も、何度も試した!それでも、どうしたって未来は変えられなかった!何をしたって、帳尻を合わせるように 予知した通りの結果に収束する!そうやって私は幾度と失敗しつづけ、幾度と悔しい思いをして・・・絶望を味わってきたんだ!」


彼が発した苦痛の声は、震えていた。眼鏡の奥の、普段は鋭くまっすぐな彼の瞳が、揺らいでいた。
これまで彼がいかに苦悩して、一人でずっと抗ってきたのか・・・その様子から伝わってくる。


「―――だからこそ・・・次は、変えられるんですよ」


ナイトアイが虚をつかれたように強子を見た。そんな彼に、強子はふっと小さく笑ってみせる。
これはファットガムの受け売りだけど・・・情けない自分も、怖がりで弱い自分も、忘れてしまいたくなるような後悔も・・・それが自分の土台になるんだ。その土台があるから、人は踏ん張れるんだって。


「たくさんたくさん後悔を積み重ねてきた貴方だからこそ、失敗してきた経験を土台に、悔しさをバネにして・・・次こそは、未来を変えられます。だから―――」


強子はすうと息を大きく吸い込んだ。


「一緒に、未来を捻じ曲げてやりましょう!」


強子はこれまで、“本来の物語”が大きく変わってしまうことがないよう、気を配って生きてきた。
“本来の物語”から大きく逸れると、“未来”を知っているというアドバンテージを失うだけでなく・・・誰かの死をまねく事態にもなりかねないからだ。それが、何より怖かった。
でも―――もう、やめよう。
未来が変わることに怯えて縮こまっているなんて、ナンセンスだ。強子らしくない!
物語が変わることに恐怖するくらいならいっそ、その知識を逆手にとって、物語を自分の手で変えてしまえ!それで誰かの死をまねく事態になりそうなら、強子が守ればいいだけさ!
実現できるかは、誰にもわからない。けど・・・


「あきらめずに、何度でもやりましょうよ!たとえ確率が1%でも、それ以下だったとしても・・・あきらめない限り、可能性ゼロにはならない!」


未来は変えられないと思い込み、縮こまって静観するだけなんて、ナンセンスだろ!
先行きなんてのは、自分の行動次第なんだから!
我ながら良いことを言ったなと 強子が感心していると、


「・・・・・・似てないな」

「え?」


ナイトアイが眼鏡を押し上げ、眼鏡の奥の鋭い視線を強子に向けた。


「ビヨンド・・・貴様はまったくオールマイトに似ていない」

「えっ・・・」


唐突に彼の口から出てきたその名に、ぽかんとする。


「“オールマイトの秘蔵っ子”だの“次世代のオールマイト”だのと、世間からもて囃されていい気になっているようだが・・・勘違いをするな」

「・・・っ」


世間が強子を評価するとき、引き合いに出されるのが“オールマイト”―――それを聞いた彼が、強子を厳しい目で見るだろうことは 想像ついてた、けど・・・


「他人の事情に無遠慮に首を突っ込み、高慢にズケズケと己の意見を押しつける軽挙・・・自分に酔った人間が見せる利己的な行動だ。オールマイトならば、相手の機微を細かに察し、相手を思い遣り、自分のことを犠牲にしてでも相手に寄り添うだろう。善意に満ち、人々を心から慈しむ、敬愛すべき人だ。一方で・・・貴様はどうだ、自分本意な人間が“いい子”ぶっているようにしか見えないが?」


・・・いや、ちょっと、さすがに厳しすぎない?
彼に意見しただけで、ここまで言われる謂れはないと思うのだが・・・。


「オールマイトの元・サイドキックの私から言わせれば、貴様はヒーローの資質面で彼に圧倒的に劣っているだけでなく、彼のような圧倒的カリスマ性も持ち合わせていない。貴様は、オールマイトのような特別な存在とはまったく違う・・・“超人”に憧れる、ただの“凡人”だ」

「んなっ・・・!」


よりによって・・・この身能強子を、“凡人”呼ばわりだとっ!?
失礼千万な物言いに言葉を失っていると、とどめとばかりに彼が吐き捨てた。


「今回のチームアップでは皆の足を引っ張らぬよう、己が有象無象の一人に過ぎないと自覚し、身の程をわきまえて行動しろ」


あんまりな捨て台詞に、去っていく彼を呆然と見送っていると、エレベーターの扉が自動的に閉じた。
エレベーター内にぽつんと取り残された強子は、わなわなと震えだし、そして、


「・・・っはあぁぁああ!?なんじゃそりゃ!!?」


怒りを滾らせた強子の雄叫びが、エレベーター内に反響する。
あの男・・・ずいぶんと言いたい放題に言ってくれるじゃないか。
ぎりぎりと歯ぎしりして、強子はヒーローらしからぬ悪どい笑みを浮かべた。


「覚えてろよ・・・この身能強子に吐いた侮辱の数々、必ず撤回させてやる!!」










==========

ウチの夢主は、そりゃオールマイトと比較したら俗っぽいし、打算的ですよ。ミリオくんほどの人格者でもないです。
ナイトアイに図星をつかれて我慢ならない夢主ですが・・・たぶん、同じくらい、ナイトアイのほうも我慢ならないはず。
彼は彼で、夢主は(緑谷以上に)オールマイトの後継に相応しくないと思ってるでしょうし・・・未来を変える云々の話は、彼にとって地雷だったと思います。

そんなわけで夢主の印象は最悪ですが・・・こんな逆境にも慣れっこなのがウチの夢主なのです。


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