積み重ねた先に
インターン開始から数日・・・今日も強子は大阪の一角にいた。
「たこ焼きうまいよー!ウチのたこは大粒やでぇ!」
「キャベツ焼き、キャベツ焼きー!」
「だんじり見物のおともにウチのホルモン連れてってやー!」
威勢のいい屋台からのかけ声に、強子の隣にいた切島は「おーすげえ!」と感心する。
「俺、だんじり祭り初めてなんスけど、すげえ盛り上がってるんスね!」
「ホント、すごい熱気!」
祭りの規模の大きさに、切島も強子も圧倒される。
全国でも有名な祭りとあってすごい人出だ。誰も彼もが活力に溢れていて、熱量がすごい!
しかし その反面で、スリが出たり、小競り合い、ケンカなどが起こるので、こうしてヒーローも見回り警備に参加しているのだ。
強子たちが見回りしていると、祭りに参加する地元の人々が視界に飛び込んでくる。彼らはそれぞれの地区ごとの半被を身にまとい、気合が入った顔をしてだんじりの出発を待っていた。パッと見ただけでも、この祭りに懸ける彼らの熱い思いがひしひしと伝わってくる。
「ゆっくり見物させてあげれんで ごめんなー。二人ともだんじり祭りは初めてやろ?せっかくの機会やし、楽しんでもらいたかってんけど・・・」
残念そうに言うファットガムに、強子と切島は笑顔をこぼした。
「いえッ!祭りも楽しそうっスけど、俺らとしては、ヒーロー活動させてもらえるほうがずっとありがたいんで!!」
「お祭りの雰囲気なら、パトロールしながらでも十分に味わえますしね!」
「二人とも・・・っ、なんてええ子たちなんや!ほんなら せめて、出店の美味いモンたらふく食べていってや!ファットさんがなんぼでも買うたるで!!」
周囲のお祭り騒ぎな雰囲気にあてられてか・・・パトロールは抜かりなくこなしながらも、ファットのノリがいつもより若干 暑苦しい。
強子の後ろをひっそりと歩いていた天喰は、そんな賑やかな雰囲気から身を隠したいようにヒーロースーツのフードをさらに深く被りなおした。
「・・・祭りって、どうして盛り上がってるんだろう」
「そりゃ気分が盛り上がるからやろ!血が騒ぐんやろな!」
天喰がじめじめと陰気くさく呟くと、ファットが巨体を揺らしながら豪快に笑った。
「おーい、ファットォ!ウチのたこ焼き食べてってーや!」
「おおきに!」
大阪を拠点とし活動しているヒーローなので、さっきからひっきりなしに声をかけられている。たこ焼きのように丸々とした巨体と明るく親しみのある性格も、彼が愛されている要因だろう。
「お!ビヨンドもおるやんか。可愛い子には、おまけでチーズトッピングしたる!」
「わぁ、ありがとうございます!」
「そっちの兄ちゃんもネットニュースで見たで!烈怒頼雄斗(レッドライオット)やったっけ?カッコええやん、ネギ大盛りや!」
「あざっス!」
「そっちの暗そうな兄ちゃんも食べて元気出しや!」
「暗い・・・・・・」
小さくガーンとショックを受ける天喰。
そんな彼を見て、強子は肩を揺らしてケラケラと笑い、切島は「フードを被ってるからじゃないっすか?大丈夫!」と励ました。
「でも、“個性”・・・復活してよかったっス!」
「うん・・・」
先日の強子たちのインターンデビューで、ヴィラン退治の最中に“個性”が発動できなくなるクスリを撃たれた天喰だったが、一晩寝たら復活していた。
―――そのクスリの正体を彼らが知るのは もう少し先のこと。
今は何も知らず、個性の復活に安堵する天喰本人と切島。ファットガムもいやな予感を感じながらも、今はともかく安堵する。
「まったく、環はそのヘボメンタルさえなかったらごっつう強いヒーローやのになぁ」
「ですねぇ」
たこ焼きを口に放り込みながらファットが言う。そこに強子も頷いて同意してから、たこ焼きをパクリと口に入れた。
「またそうやってプレッシャーを!俺のメンタルの弱さを知っているにもかかわらず!」
「褒めてんじゃないんスかね、先輩!」
好意のたこ焼きを食べながら、混雑する街並みを歩いていく。ずらりと並んだ屋台からは、甘いソースや肉の焼ける香ばしい匂いなど、“強化”の個性を使うまでもなく、よだれを誘う空気が充満している。
「お、牛串もあるやんか。おっちゃん、四本!」
「イカ焼き四つな!」
「おねーちゃん、豚まん四つ!」
周囲を見渡しながらも、屋台の前を通るたび次々と注文していくファットに、切島は思わずストップをかける。
「ちょっ・・・ファット、俺はもう大丈夫っス!」
「なんや、もうお腹いっぱいなんか?」
「いえまだまだいけますけど、これ以上食べたらいざ走ったりするときキツイんで・・・」
「うん、俺も今日はけっこう種類食べたから、もういいかな」
「二人とも小食やなぁ。お、おっちゃん、チョコバナナ 二本おくれ・・・強子ちゃんはまだ食うやろ?」
「はいっ、いただきます!」
ファットガムからチョコバナナを受け取ると、美味しそうにぱくりと頬張る強子。それを味わって食べていると、切島が若干引きつった顔で強子を見てきた。
「なに?」
「・・・いや、『脂肪吸着』のファットと、食べたものの特徴を『再現』する天喰先輩は、食べることが仕事の延長だし、たくさん食べるのもわかるけどよ・・・身能、お前はフツーに食い過ぎじゃねえか?」
眉を寄せて「腹壊すぞ」と苦言する切島に、強子は、むっと頬を膨らませた。
「失礼な、ひとを食いしん坊みたいに!私だって、食べた分は“個性”でエネルギー消費してるからいいの!」
確かに、普通の女子には考えられない量を食べている強子だが・・・考えてみてほしい。彼女の個性は『身体強化』だ。食べたものの消化、吸収、代謝といった身体機能を強化することだって可能なのである。
一方で、筋力強化などの技はエネルギー消費が通常よりも大きくなるわけで・・・強子は、人よりも多くのエネルギーを蓄えておく必要があるのだ。
・・・単に、食べることが好きというわけでは、断じてない。
「そうなのか?でも・・・いつも寮で飯食うとき、食ってる量は普通だろ。祭りだからって、浮かれて食い過ぎんなよ?」
「うっ・・・うん、まあ、気をつける・・・」
いつだって善意100%の切島に言われてしまうと、どうにも抗えない・・・。
強子もチョコバナナを最後に、食べ歩きするのをやめた。
「そういや雄英って寮になったんやったな。ご飯とかどうしてんの?」
ふと思い出したように言うファットに切島が答える。
「ランチラッシュが作ったのが配達されるんス。あと作りたいヤツは自分で作ったりできるけど、みんなほとんど配達っスね。うまいし!」
「栄養も品目も多いしね」
控えめに頷きながら天喰が続いた。
「なんかええなぁ、寮生活って。毎日修学旅行みたいやん」
「慣れればフツーっスよ。でも寮でもみんなと話せるのは楽しいッスね!ね、先輩!」
「まぁ気心は知れてるし・・・」
「ケンカとかせぇへんの?」
「あ、こないだありました。ウチのクラスの幼馴染同士が」
切島の言葉に、ファットが「エリート校でもやっぱそういうんあるんや!」と意外そうに目を丸めた。
強子も「あぁ・・・」と思い出したような顔をする。
仮免試験の日の夜、緑谷と爆豪が本気の殴り合い(蹴りや爆破もアリの大死闘)をして、数日間の謹慎をくらったやつだ。
「青春しとんなー!環はないんか?河川敷でミリオくんと決闘して、おまえ、やるやん・・・みたいなの」
ニカッと楽しげな笑顔を向けられ、天喰は困ったように眉を寄せた。
「ないですよ・・・そもそもケンカなんか一度も」
「ウソやん!今までいっぺんも?」
「ケンカなんかしないに越したことはないでしょ・・・」
確かに、天喰と通形の二人がケンカするところなんて想像がつかない。対極的に、緑谷と爆豪の二人がにこやかに話す場面は、まったく想像がつかない。
・・・世の中、いろんな幼馴染がいるもんだ。
「せやけど青春いうたら、やっぱ、アレやな」
ファットがちらりと強子に視線を向け、ニンマリする。
「強子ちゃん・・・モテるやろ?」
「えっ」
急に振られた話題に、ぱちくりと瞬かせる。
「寮生活やん?年ごろの男女がひとつ屋根の下、朝から晩まで一緒いうたら・・・そんなん、甘酸っぱい胸きゅんイベント発生し放題やわ!強子ちゃんやったら、男どもからしょっちゅう言い寄られてるんちゃう〜?」
ニヤニヤと口元をゆるめて、ファットは楽しげに強子を肘でつついている。
「てか、こんな可愛い子が身近におったら男は放っとかへんやろ!?なァ、環!」
「・・・ひっ、人によるんじゃっ・・・ないだろうか・・・」
唐突に話を振られた天喰が答えるが、自信がないのか、言葉がどんどん尻すぼみになっていく。
その傍らで、切島が記憶を探りながら言葉を紡いだ。
「そういや身能って、他のクラスの奴とか、2、3年生に呼び出されることも多いよなー・・・その度に芦戸――同じクラスの奴が楽しそうに騒ぐんで ハッキリ記憶に残ってるんスけど・・・コイツ、けっこう頻繁に呼び出されてるんスよ!」
「へえー!モッテモテやん!コミックで見るような人気っぷりやな」
切島からの情報を得て、ファットが嬉々としてはしゃぐのに対し、天喰は顔色を青くさせて俯いた。
「まぁ、そうですね―――モテるかモテないかで言えば・・・モテますね。間違いなく」
見目麗しく、聡明で、才能あふれる強子だ。逆に、好きにならない理由なんてある?
・・・まぁね?ひとつ屋根の下(同じクラス)の奴らからの評価だけは相変わらず低いんだけど・・・一般的には、強子はモテる部類に入るのだ。
確固たる自信をもって、謙遜する気配もなく、強子はきっぱりと言いきった。
そんな彼女に、ファットはご機嫌にヒュウと口笛を鳴らした。一方で、天喰の顔色はといえば・・・屍のような血色の悪さである。きっと彼のことだから、強子の自信過剰ぶりにドン引いているんだろう。
「せやけど強子ちゃん、彼氏はおらんのやろ?どういう男がタイプなん?」
興味津々で訊ねられた、クラスの女子(主に芦戸)と話していても度々話題にあがる、ソレ。
強子はふむ と、顎に手を添えて思考を巡らす。
「・・・やっぱり、“強い”人には惹かれます」
「おっ、なるほどな!そこは大事やな!!」
「でも、優しさも兼ね備えた人がいいかなぁ・・・」
「ウンウン!」
「一緒にいると、“もっと頑張ろう!”って気持ちになれる人も素敵ですよね」
「せやなぁ」
「あ、それと・・・私のことをよく理解してくれてる人ってのもポイント高いです」
「へぇ、そうなんや!」
ファットがしきりに相槌をうってくれるので、強子の口からはポンポンと調子よく言葉が出てくる。
彼女の隣で、彼女の言う“タイプ”を指折り数えていた切島が、訝しげに頭をもたげた。
「で、結局それって、どーいう奴なんだ?イマイチわかんねー・・・具体的な例で言うと誰だ?」
なんだか色々と注文が多い気がするけど、そんな人間、いるんだろうか?雲をつかむような話に思えてならない切島が思わずそう訊ねた。
「え〜?それ聞いちゃう〜?まあ、教えてあげてもいいけど・・・」
ポッと頬を染め、強子が恥ずかしそうに両手で頬を覆う。
彼女の背後でひっそりと黙していた天喰が、ごくりと喉を鳴らした。
「・・・あーでも、さすがに本人を前にして言うのは恥ずかしいなぁ」
“本人”―――そのワードに、ぴたりと固まる。
つまり、この場に、彼女の言う理想のタイプがいるってことだ。
切島は無意識のうち天喰へ視線を向けて、あれ?と思う。
天喰と話すようになってまだ日が浅い切島は 詳しく知らないけど・・・もしかして天喰先輩は、身能の言う“タイプ”の条件に合致してるんじゃ・・・?
「私の理想のタイプはね・・・」
彼女が語りだすと、なんとなく、その場の空気がピンと張りつめる。
妙な緊張感の中、彼女は照れた素振りで体を左右に揺らしながら、眉を下げ、へにゃりと愛らしく笑うと、
「ファットさんっ!」
語尾にハートマークでも付きそうな語調で、その名を口にした。
「だってさぁ、強いし、優しいでしょ?ファットさん指導のもと もっと頑張ろうって思えるし、私のことよく解ってくれてるしぃ・・・」
彼女の理想のタイプは、まさかの ファットである。
・・・確かに、条件には合致するけども!
いや、言っておくが・・・切島はべつに、自分も条件にかすってるんじゃ?なんて、期待をしてたわけじゃない。ここで自分の名前があがるなんて、自惚れちゃいないさ。
ただ、それでも・・・・・・どうにも 面白くない。
「ファーッ!!」と歓喜するファットの傍ら、切島も天喰も、なんとも言えない渋い顔で彼女を見つめた。
彼女がデレデレとした様子で、ファットの良いところを本人に語って聞かせるのを見て、切島は思う。
―――身能、お前・・・“ツンデレ”の“ツン”の部分は どうしたよ。
その後、見回りしながら警備本部へとやってきたファットガム事務所の一行であったが―――数十分後、本部から出てきた切島と天喰、そして強子は・・・半被姿に着替えていた。
本部で我々が依頼された内容は こうだ。
指名手配中のヴィランがだんじり祭りに来ているとの情報が入ったため、目立つヒーロースーツではなく、地元の住民たちに馴染むよう変装してヴィランを探せ、と。
そうして強子たちは、いつものコスチュームではなくて、着なれない半被を身に纏い、見回りに出ているというわけだ。
ちなみに、ファットは体格的に変装しても無意味なので、三人とは別行動で見回りしている。
「たまにはこういう格好もいいね!」
「だな!」
姿勢よく堂々としている強子と切島は、半被を見事に着こなし、地元の人たちにとけこんでいる。
しかし、自信なさそうに背を丸めて歩く天喰は、半被に着られているようで違和感が否めない。
「落ち着かない・・・」
「先輩、シャンッとしてたら似合ってますって!」
「そのシャンッが難しいんだよ・・・」
そのとき、少し離れたところからひときわ大きな歓声があがった。
「だんじりが出発したんだ」
天喰の言葉に反応するより早く、歓声とともに、轟音とお囃子と威勢のいいかけ声が強子たちの横を駆け抜けていった。
大きなだんじりに十数人が乗っており、そんなだんじりを何十人もが前から縄で引き、後ろで支える。そこに加わっていない同じ地区の仲間たちが、気持ちは同じとばかりにダッと追っていく。
「すごっ・・・!!」
「すげえ・・・!!」
一度みたらクセになる熱狂がそこにあった。
思わず見入ってしまう強子と切島だったが、すぐに気持ちを切り替える。たとえ“仮”でも、今はヒーローとして活動中なのだ。
「えーと、指名手配中のヴィランの特徴は・・・」
「中肉中背で地味めの顔。外見的にはなんの特徴もないよ」
「この激混みのなかで見つけるにはハードル高ぇ・・・!」
祭りが始まってさらに人は増え、歩くだけでも難しくなってきていた。
あたりを見回しながら歩いていると、切島が「あっ」と声をあげた。どうしたのかとそちらを見たときには、人の流れに流されて、切島はどんどん離されてしまっていた。
仕方なく、切島とも別行動でヴィランを探すことにした強子と天喰だったが・・・
「わぷっ」
人ごみの中でうまく身動きがとれず、強子は背中を押された勢いで、天喰の胸元にポスンとおさまった。
「!!!?」
「あ、すいません 先輩」
彼の胸板に凭れかかった体勢・・・いや、抱きついていると表現したほうが近い。
彼にくっついたまま、彼の顔を見上げて、えっ、と固まった。
天喰は顔を真っ赤に染め、今にも泣き出しそうな情けない表情で、何かを堪えるように唇をぎゅっと結んでいる。
そんな、弱々しい顔を向けられては・・・まるで強子が彼を虐めているみたいじゃないか。
「えと・・・環先輩?」
強子が名を呼べば、彼は体をビクッと跳ねさせ、硬直する。
そんな彼を訝しむように見ていると、呼吸も止めたままの彼は、タラタラと冷や汗をかき、心臓がうるさく早鐘を打っている。
強子という 美少女との思わぬ急接近に、よほど彼は狼狽していると見える。
「(・・・よっぽど、女子に免疫ないんだな・・・)」
強子は憐れみの目を天喰に向けた。
彼はもう高校3年生で、身近に波動ねじれという美少女もいることだし・・・もう少し異性に耐性があってもいいと思うのだが、いかんせん、同性に対してさえも控えめな 奥手男子の天喰である。
可愛い女子と抱き合うような体勢で、平常心なんて保てるはずもない。
しかし、余計なお世話かもしれないが・・・いつか天喰に好きな人が出来て、その相手と“そういうこと”をする日がきたら、そのときはバシッと カッコよく出来るのだろうか?
おせっかいにも強子が彼の未来を案じていると、警備本部で渡された無線に切島から連絡が入った。
『指名手配中のヴィラン、見つけましたっ!!』
何やらヴィランとひと悶着あったらしいが・・・強子たちが現場に到着したとき、切島はすでにヴィランをあと一歩のところまで追いつめていた。
おかげで、あとの仕事は楽なもんだ。一般人に被害が出ないよう強子が注意している間に、天喰がイカ足でにゅるんとヴィランを拘束して、さくっと解決だ。
それからヴィランを警察に渡し、混雑を整理したあと、祭りは再開された。ファットガム事務所も、人ごみを歩きながら再び見回りを開始する。
「にしても驚いたわ・・・まさか、切島くんがだんじりに乗ってヴィランを追い回すとは!」
「すごいスピードだったよね!いいなぁ、私もだんじり乗ってみたいなぁ・・・」
「あんな目立つことをするなんて、すごいよ君・・・」
だんじりの屋根に乗る大工方――つまり、だんじりの司令塔である青年の協力があり、だんじりに乗せてもらった切島は、その凄まじいスピードでヴィランを追いつめたのだ。
気転を利かせた切島の活躍ぶりに、強子たちが浮かれたように褒めそやすが、
「・・・・・・俺、少しは変われたんスかね・・・」
手柄を立てたというのに、切島にはいつもの覇気がなく、浮かない顔で、足元をじっと見つめている。
ファットたちは顔を見合わせ、そして切島に問う。
「何があったん?話してみぃ」
ファットに促され、彼がぽつりぽつりと語ったのは、彼の過去の話だった。
漢気あふれるヒーローに憧れ、ヒーローになりたいと思っていた自分。誰より漢らしくあろうと、振る舞ってきた自分。
でも、本当に恐怖を感じた時―――切島は、まったく動けなかった。目の前に、恐怖で泣き出しそうな同級生の女の子たちがいるというのに。
救けにいかなくては。そう思うのに、切島の足はコンクリートで固められたように一歩も動けなかったのだ。
そんな切島の目の前で、女の子たちの前に飛び出したのは、同じ中学の芦戸だった。
―――誰かの危機に、とっさに飛び出していける人。
―――そして、一歩も動かなかった自分。
「俺、変わりたくて・・・!誰かのピンチを見過ごすような情けない奴には、もう なりたくないんス!」
自分の弱さ、小ささを思い知らされ、打ちのめされる感覚・・・それが未だに、切島の中から消えてはくれないのである。
「なるほどなー、そんなことがあったんや」
「切島くん・・・」
強子が彼にかける言葉を見つけられずにいると、切島は、気恥ずかしそうに弱々しい笑みを浮かべた。
ファットはそんな切島を元気づけるように、彼の背をぽんと叩く。
「誰かのピンチにとっさに飛び出していけるヤツもおる。でもな、飛び出していけなかったとしても、それはしゃーない。誰に責められることでもないわ」
「でも・・・」
物言いたげな切島に、ファットは真剣な顔になって言い聞かせる。
「・・・そうしたくてもできなかった。でも時間は戻らへん。過ぎた時間から進むしかないんよ、人間は。いっぱい後悔したんやろ、切島くんは」
「・・・はい」
「なら、そんときの気持ちを忘れんとき。自分が情けなくてしゃーなかったときも、怖ぁて怖ぁて動けんかった弱さも、それが自分の土台になるんやで。しっかりした土台やないと、踏ん張れへんやろ?」
切島に向けて語るファットの言葉を他人事だなんて思えず、強子も真剣に聞き入った。
・・・強子にだって、大事なときに動けず後悔した覚えならある。
「小さな自分を大きく見せることはできん。カッコつけられる人は、ほんまにカッコええから、カッコがつくんやで」
ファットの言葉に、切島が目を見開いた。
「―――はいっ」
決意に満ちた顔で、しっかりと応えた切島。
ファットの言うように、情けない自分も、忘れてしまいたい後悔も・・・すべてを積み重ねて土台にしないといけないんだ。
そうして積み重ねた土台を踏みしめれば、大きく、カッコよくなれると信じて―――。
前を歩くファットの大きな背中を見ながら、切島は強子に話しかけた。
「・・・なあ、身能」
「うん?」
「俺はまだ、自分が“変われた”なんて思えないけど・・・けど、俺・・・ファットのところでインターンが出来て、良かった」
しみじみと告げられたその言葉。
切島の言葉からは、ファットへの尊敬の念や感謝の気持ち、そして未来への希望が見えた気がした。
そして、
「私も、ファットガム事務所(ここ)で切島くんとインターンが出来て、良かった」
強子もしみじみと告げる。
きっと、二人は今、二人にしか分かち合えないものを分かち合っている。
強子と切島は互いに顔を見合わせると、あふれる喜びの感情のままにニッカリと笑った。
「クラスの居残り組・・・アイツらも、インターンやりゃ良かったのにな」
達成感に満ちた顔をした切島が、思い出したように呟いた。
インターンで素晴らしい経験をした彼は、大切なクラスメイトたちと同じ経験を分かち合えないことを 惜しんでいるようだ。
彼の優しさに触れて、自然と強子の笑みも優しいものに変わる。
「・・・今回のインターンが終わったら、居残り組のみんなにお土産でも買って帰ろうか」
「おっ、それ いいな!たこ焼き買っていってやろーぜ!!」
そうして、数日間のインターンはつつがなく終り・・・強子たちインターン生は インターンで学んだことを胸に刻んで、雄英へと凱旋したのだった。
スパーン!と、そんな小気味いい音が聞こえた気がして、眠りの中にいた強子の意識が浮上する。
「・・・んぁ?」
自分が寮の談話スペースのソファーで寝ていたことに気が付いた彼女は、状況がわからず、はて?と首を傾げる。
―――・・・ああ、そうだ、寮に帰ってきたんだっけ。
クラスメイトたちはお土産のたこ焼きに大喜びで、皆で楽しくタコパをしたんだけど・・・仮免補講組がまだ補講から帰ってなかったから、「あいつらの帰りを待とうぜ!」と、切島と二人で宿題をしながら待っていたのだ。
けれど、夜遅くになっても彼らはなかなか帰ってこなくて、睡魔に勝てなくなった切島が自室に戻ったところまでは覚えている。
・・・どうやらその後、強子も睡魔に勝てず、談話スペースで眠ってしまっていたようだ。
状況を把握したところで、強子は寝ぼけまなこのまま、目の前にいる二人に声をかけた。
「おかえりー・・・遅い時間まで大変だったね」
爆豪と轟の二人が、彼女をぼう然と見つめる。
そして一瞬の間をあけ、表情をやわらげた轟が強子に「ただいま」と返した。
「っつーか、“おかえり”を言うべきなのは俺らのほうだろ。インターン、ずいぶん長かったな―――おかえり、身能」
「うんっ、ただいま」
気が付けば、ここはもう我々にとっての“家”だ。
インターンから帰ってきた強子と切島は、クラスの皆からも“おかえり”という言葉をかけてもらって、むず痒くも、嬉しく思う。我が家に帰ってきたのだと、安心する。
ヘラヘラと締まりのない顔をしていると、爆豪が苛立った声で口を挟んだ。
「・・・テメーは、こんなとこで 何やっとんだ」
爆豪に言われて、ああそうだと思いだす。
「はい これ、お土産!たこ焼きだよ!これを渡そうと思って待ってたんだー」
タコパで、二人のために取り分けておいた分だ。
きっと二人も喜んでくれるだろうと、ウキウキしながら二人の反応を見ていると、
「ンなこと聞いちゃねーんだよ アホ女!」
爆豪がテーブルに置いてあった強子のノートをひっ掴み、スパーン!と小気味いい音を立て、勢いよく彼女の頭を叩いた。
「痛った!?ちょっ、何すんの!!?っていうか その音!アンタ、さっきも私の頭はたいた!?」
「うるっせぇ!テメーが間抜けな寝顔さらして、こんなとこで寝てっからだわ!共有スペースで気ィ緩めすぎなんだよ、お気楽女がッ!!」
うっ、と言葉につまる。
いくら疲れていたとはいえ、共有スペースで寝こけるとは・・・確かに無防備だったかもしれない。この寮には性欲の権化(峰田)もいるし、少し迂闊だったな・・・。
叩かれた頭を押さえながら反省していると、轟が眉を寄せて爆豪を見た。
「なにも頭を叩く必要はないんじゃねーか。身能はインターンで疲れてんだから仕方ねえよ。それに、身能の寝顔は間抜けじゃねえ、かわいいだろ」
「えっ」
真剣な表情で、彼の口から出るとは思えない言葉を口にした轟に、強子は目を丸くする。爆豪のほうも、ポカンとあっけにとられた顔で轟を見ていた。
「あの、轟くん・・・大丈夫?熱でもあるの?」
「?・・・お前こそ、頭 大丈夫か?」
「いや、その言い方は誤解をまねくでしょ・・・って そうじゃなくて!」
「おい爆豪、さっきの言葉 訂正しろよ。身能は間抜けじゃなくてかわいい「ちょーっと!待とうか轟くん!!?」・・・なんだ、身能」
真面目な顔してとんでもないことを言い始めた轟を、慌てて止めた。
轟が強子のことを「かわいい」と認識していたことには驚いたけど―――強子がかわいいのは、まぎれもない事実。根が素直な轟のことだ、強子を「かわいい」と表現するのも、自然な流れと言えるだろう。
しかし・・・それを“あの”爆豪に強要するのは、さすがに酷というものではないだろうか?
「ほら・・・爆豪くんって、ツンデレだからさ」
悟った顔で、強子は轟にそっと言い聞かせる。
「本当は私のことかわいいと思ってるからこそ、あの態度なんだよ。意地っぱりで、素直になれないのが爆豪くんなの。それなのに無理強いなんてしたら可哀そうでしょ?」
「・・・そうか」
そうそう。あの人は、あれでいいんだよ。
一部では、強子をツンデレだなんて言ってるようだけど、1−Aの元祖ツンデレキャラといえば、爆豪だろ。
普段はツンツンしているように見えて・・・その実、仲間想いの良い奴なのだ。
あの憎まれ口はデフォだけど・・・彼と知り合ってから月日を経て、最近は強子も、彼の言語を翻訳できるようになってきた。
例えば、さっきの「共有スペースで気ィ緩めすぎなんだよ」発言なら、「無防備にかわいい寝顔を見せてたら、悪いオオカミに襲われちゃうよ、気をつけてね」という紳士的で優しいコメントに翻訳される。
怒っているように見えても強子を心配してくれていたわけで・・・つまり、彼こそ真性のツンデレなのである!
「脳ミソわいてんのか テメェはっ!!」
スパーン!と小気味いい音を立て、彼女の頭が叩かれた。
「あれ・・・?爆豪くん、“ツンデレ”の“デレ”の部分は・・・?」
こいつ、さすがに“ツン”が強すぎないか?もう少し、デレてくれてもいいんじゃないの?
・・・まぁ、さっきの翻訳はエキサイトしすぎた自覚あるけどさ。
唖然としている強子に背を向け、爆豪はすごい剣幕でズンズンと自室へ戻っていく。そして、たこ焼きを持って それを追いかけていく轟。
彼らの後ろ姿を目で追いながら、強子はふいに表情を引き締めた。
「(あの二人・・・こんな遅い時間まで補講してるのか)」
時計の針は、もう日付が変わる時刻を指している。寮内の多くの者はすでに床に就いているのに、こんな遅くまで補講をこなしているとは。
しかも、彼らの手足や、顔まで傷だらけでボロボロだったのを見ると、補講は相当ハードな内容なのだろう。
それに、気になるのは補講組だけじゃない。
強子たちが公欠している間に出されていた宿題は量も膨大だったが、なにより 授業の進行速度に驚かされた。明日からの授業、皆についていくのが大変そうだ。
はぁ、と困ったようにため息を吐く強子。
強子たちがインターンに行ってる間―――居残り組の彼らも、彼らなりに日々を積み重ね、己の土台を積み上げていたのだ。
「まったく 油断ならないなぁ、居残り組め・・・」
そう呟いて彼女は、口元に楽しげな笑みを浮かべた。
==========
インターン初回は1週間あった設定にしました。(原作だと“数日”となっていたかと思いますが・・・。)
ちなみに、だんじり祭りのエピソードは、小説版からもってきています。
切島くんの活躍を詳しく知りたい方はぜひ読んでみてね!同じ巻に、文化祭の話も描かれていてすごく面白いですよー![ 68/100 ][*prev] [next#]
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