因果と踊る

丸みをおびた、縦にも横にも大きなそのフォルム。それを見つけると同時、強子は駆け出して ピョンと軽やかに飛び上がった。


「ファ〜ットさァァ〜〜ん!!!」


笑顔で振り向いたファットガムが、彼女を迎え入れるよう、ガバッと両腕をひろげた。


「強子っちゅわァァ〜〜ん!!!」


飛び上がった彼女が 両手両足を大の字にひろげてファットガムのお腹へと飛び込めば、ポヨヨンと柔らかな脂肪に強子の体が沈み、ひっつき虫のように張りついた。
そんな彼女の背に腕をまわし、ひしっと彼女を抱き留めたファットガムは 喜色満面である。


「会いたかったでぇッ!!」

「私もですッ!!」


生き別れた親子が再会するかのごとく、涙目になって仰々しく歓喜している二人。
そんな二人を、強子の背後にいた天喰は顔を引きつらせて見つめ、その隣にいた切島は「関西のノリってスゲェ!」と目を輝かせていた。









「ここらはチンピラやらチーマーやらのイザコザが多くてなァ!どこのヒーロー事務所も、武闘派ヒーローを欲しがっとんねん。ビヨンドちゃんもやけどな・・・レッドライオットくん、君も適材やで!」


大阪の街をパトロールしながら、たこ焼きを頬張るファットが切島に告げる。
その様は歩くマスコットのようで微笑ましく、思わず気が緩みそうになるものだったが、切島は依然と意気盛んで、「よろしくお願いします!!!」と張り切った声が辺りに響いた。


「フォースカインドさんが受け付けてなかったんで、拾ってもらってありがてーっス!」


気合い十分、元気いっぱいの切島だ。自然と、一緒にいるこちらの士気もあがるというもの。やはり、思ったとおり、彼の存在は必要不可欠だ。
強子がひとり満足げに頷いていると、ボソボソとした陰気くさい声が彼女の耳に入ってきた。


「・・・君も 身能さんも、グイグイ来て恐ろしかった」

「環はそのヘボメンタルどうにかなれば逸材やのにな!!」

「そのプレッシャーが俺を更なる低みへ導く―――」


ファットの言葉が天喰の繊細なハートにグサりと突き刺さる。猫背の彼は、震えながら心臓あたりを押さえた。


「いつもこうなんだ、この人は俺をいたぶる為スカウトしたんだ!パワハラさ!帰りたい!」

「激励くれてるんじゃないっスかね!俺はそう聞こえる。なぁ、身能!」


黙って二人の会話に耳を傾けていた強子へ、切島が同意を求めるよう声をかけた。
二人のほうを見やれば、人好きしそうな明るい笑みを浮かべた切島と・・・対照的に、どんより暗い顔した天喰。
天喰と視線を交えた強子は、やれやれといった感じで表情を崩す。


「先輩・・・前から言ってますけど、パトロール中くらいは その暗い顔やめましょうよ。ネガティブ発言も禁止です!でないと、私みたいな、超絶愛され大人気ヒーローにはなれませんよ?」

「・・・いつものことだけど、どうしてこの人は ここまで自信に溢れてるんだ?縮まらない差を見せつけられて 胸を衝かれる思いだ・・・モラハラさ」

「いや、違いますよ先輩!身能は、すごいと認めてる相手に噛みつくクセがあるんで・・・こいつがエラそうなのは、たぶん 先輩のことを尊敬してる裏返しっス!」

「えっ・・・切島くん?」


さらに、爽やかないい笑顔で「こーいうのをツンデレって言うらしいっスよ!」と、引っかかりのある情報を並べた切島に、強子は顔を引きつらせた。
最近、強子がクラスメイト達に強い口調でキツめの事を言っても、ヘラヘラ笑って軽く流されてる気がしてたけど・・・まさか、「またツンデレがなんか言ってるなぁ」くらいの感覚で受け止められてたんだろうか?
強子が何とも言えない心境になっていると、路肩に並ぶ屋台から声がかかった。


「ファットォ!ウチの食えや!」


言いながら、馴染みのたこ焼き屋のオヤジが 自分の店のたこ焼きを掲げて見せるが、すでにその手に大量のたこ焼きを抱えていたファットは、「明日な!」と断りを入れる。
ファットに断られたオヤジは残念そうにしながら、何気なく視線をずらし・・・カッと目を見開いた。


「うおっ!?ビヨンドや!!」

「!?」


強子を凝視し、驚いたようにオヤジが大きな声を発した。
それを耳にした街の人々も、次々と、関心の目を強子のほうに向けていく。


「え?」

「ビヨンド?」

「どこどこ!?」


一瞬のうちに大衆がわぁっと彼女へ群がり、囲い込んだ。
彼らにいったい何を言われるのかと、緊張感をもって強子が固まっていると、


「ビヨンド・・・お帰りぃ!」

「待っとったぞ!」

「はァ〜、相変わらず可愛いなぁ」

「また職場体験?なに、今度はインターン!?」


強子を囲むどの人からも、笑顔で好意的に接せられて・・・強子は状況を把握しきれず、混乱した。


「?・・・あの、皆さん、テレビみてないんですか?マスコミが私のことをなんて言ってるか、知ってます?」


だって・・・爆豪が拉致されたとき、我慢ならずにマスコミにブチ切れた強子は、マスコミから嫌われている。
おかげでテレビでは、強子に批判的な意見ばかりが向けられていた。メディアの情報操作によって、強子は爆豪なみに粗暴で攻撃的な性格なんだと、世間に認知されていることだろう。
ともすれば―――職場体験のときには強子に優しかった人たちも、強子に批判的な視線を向けるのではないか?以前のように、強子を温かく迎え入れてはくれないんじゃ・・・?


「なに眠たいこと言うてんのや!!」

「え、」

「マスコミの言うことなんて 気にする必要あらへん!アイツらがなにを言おうとなぁ・・・俺ら大阪モンは、ビヨンドの味方や!!」


その言葉に、ハッと目を見開いた。
驚きに言葉をなくす強子をよそに、街の人たちは 我も我もと、代わる代わるに口を開く。


「ビヨンドが立派なヒーローやっちゅうことは、ここらの奴ら みーんな知っとるで!」

「せや!ビヨンドちゃんはなんも悪い事しとらん!」

「スゴ腕美少女ヒーロー“ビヨンド”の良さもわからんとは、マスコミのヤツら 見る目なさすぎやろ!?」

「ヒーローゆうてもな、若手のうちは少しくらい尖ってたほうがええねん!もっとナマイキ言うたれ!」


温かな笑顔で、強子を支持する言葉を投げかけてくれる人たち。


「(えっ、え!?なにコレ・・・嬉しすぎない!!?)」


こんなにも強子を信頼し、こんなにも好意を寄せてくれていたなんて・・・正直、ちょっと信じられない。まるで夢でも見ている気分だ。
嬉しさのあまり ふにゃふにゃと破顔しそうになるが、そんな情けない顔は彼らに見せられないので、強子は頬を両手でぎゅっと押さえた。
この嬉しさを彼らに伝えなくては、彼らの好意に応えなくては・・・そんな感情のままに強子は口を開く。


「っ・・・ありがとうございます!!なんと言っていいか、その・・・私、私っ・・・皆さんのこと、大好きですッ!!!」


普段は口達者な彼女といえど、感極まってしまって、そんな中身のない軽薄な言葉しか出てこない。
けれど、


「ほな 両思いや!!」


そう言って、陽気に笑って返してくれる街の人々を見て、強子は固く心に誓う―――彼らがこれからも安心して暮らせるように、この街の平和を守ろう と。
その後、街の人の輪から抜け出した強子は、再びファットたちとパトロールを再開する。


「それにしても、こんなに歓迎してもらえるなんて・・・ビックリです」


少し照れたようにこぼす強子に、ファットは大きな巨体を豪快に揺らして笑い声をあげた。


「そら そうやろ!職場体験でのビヨンドの活躍には、関西中が感謝してんねん。あの一件からビヨンドの実力を疑うやつはおれへんし、こんな可愛らしいビヨンドちゃん見たらもう どいつもこいつもメロメロや!ホンマ、超絶愛され大人気ヒーローやねんなぁ」

「えへへ・・・ありがとうございます!」


ファットが誇らしげに語るものだから、強子も自分自身を誇らしく思え、胸を張って街を歩いた。
すれ違う人々が声援をくれるたび、にこやかに手を振り返していると、そんな強子を見ていた天喰がふうと息を吐いた。


「・・・やっぱり俺は、身能さんや切島くんのように、明るく前向きにはなれない」


どこかあきらめたように告げられた言葉。天喰にどう返そうかと強子が悩んでいるうちに、切島が先に反応した。


「俺もそんなっスよ。皆が必死ん時に何も出来ねえ事多くて、クラスの連中と実力も経験値も開いちまって・・・俺は、身能とは、全然違う・・・」


そう言って、切島は僅かに視線を下げた。その憂いを帯びた表情に、再び強子はどう返そうかと悩んでしまう。
しかし次の瞬間には、切島が顔を上げ、晴れやかな顔つきで声を張った。


「だからせめて、並びたてるよう差を埋めたいんス!!」

「・・・それを前向きと言うんだよ 1年生」


前向きでひたむきな切島と、相変わらず暗くてネガティブな天喰。対照的な二人のやり取りを見ていて・・・ふと、気になっていたことを口にする。


「さっきからずっと気になってたんですけど―――環先輩、職場体験のときより・・・よく喋りますね?」

「えっ・・・そ、そうかな・・・?」

「そうですよ」


職場体験のときの天喰といえば、存在を忘れてしまうくらいにひっそりと黙しており、強子との会話は最小限だった。
そんなだから、お互いを認めあえたのも、マトモな会話をするようになったのも、職場体験の最終日にようやくだ。
強子が彼と打ち解けるのに手間取ったのは、天喰が人見知りな性格だからだと思っていた。けれど・・・切島と彼のやり取りを見るかぎり、そうではないのかも。だって、二人はもう普通に会話しているし。


「(なんなの、この差は・・・?)」


どうにも腑に落ちない気持ちで、何やらゴニョゴニョと呟く天喰を見ていたとき―――強子がハッと息をのんだ。


「ファットさんっ、あっちでケンカです!!」


唐突に、強子が声を張り上げた。
しかし・・・街の様子は、まったくもって いつも通り。ケンカをしているような騒ぎは聞こえてこない。
切島も、街の人たちもわけがわからず、「ん?」と不思議そうに強子を見つめるが、ファットと天喰は直ぐさま何かを察したように表情を引き締め、彼女の指差す方角へと振り向いた。
そう、彼らには聞こえていなくとも・・・強子の超聴覚なら聞こえてるのだ―――穏やかとは言い難い、その喧噪が。







「っちくしょう!ついてねぇ!!!折角これから一旗あげようって時に!!」


カタギとは思えない見た目の者たちが数人、何者かから逃げるように、狭い路地をすごい勢いで駆けていく。
街を行き交う人々を突き飛ばしても謝罪ひとつなく、足を止めることもしない。


「一旦バラけるぞ!」

「おう!!!」


散り散りになれば逃げきれる確率があがると考えたのだろう。ちょうど進行方向に別れ道があらわれ、ばらばらに散ろうとする彼らだったが―――


「そうは させない!」

「「「!!?」」」


分かれ道、その一歩手前で、彼らの目の前に強子が立ちはだかる。
予想外のことに彼らは一瞬驚くも、爆走する足は その程度のことでは止まらない。


「どけや ガキィ!!」


そのまま勢いを殺さずに走り抜けようとする男たちに、彼女は、真っ向から立ち向かう。
そして、正面衝突・・・の直前、彼女はサッとすばやく屈んで、先頭を走っていた男に足払いをかけた。
足を引っかけられた男の体が宙を舞う、その僅かな時間に―――今度は小柄な男へと標的を変えた強子は、そいつの服をぐわしと掴んでブンッと放り投げた。
すると、二人の男はまっすぐな軌道を描いて、


「よっしゃ!ナイスショットや、ビヨンド!」


ファットガムの腹部にズムッと沈みこむ。
彼の『脂肪吸着』の個性に捕まれば、男たちがいくら暴れようと、もう逃げられない。
続いて 一歩遅れて走ってきた大柄の男・・・その懐へと強子は飛び込むと、その屈強な腹部に、重い拳を沈める。
あっけなく意識を手放してドサリと地面に倒れる男を見届けていると、


「クソヒーローどもがッ、ジャマすんなや!」


彼女の背後から、一人の男がナイフで襲い掛かる。
だが、強子は落ち着き払った様子で、振り返りざまに身を反らせ、ナイフをかわす。そして間髪いれず、ナイフを持つ男の腕を片手でひねり上げた。


「ぐあっ!?」


痛みのあまり男がナイフを落とし、その場にしゃがみ込んだ。その隙に男の背を押さえつけ、うつ伏せのまま腕を背中にまわして拘束する。


「・・・これで良し と!」


一息ついて、強子が状況を確認すると・・・強子がとり逃していたもう一人を、天喰が『再現』したタコ足で捕らえていた。これで、制圧完了だ。
―――ものの 数秒。
ファットガム事務所のヒーローたちの、華麗であざやかな手腕。個々の得意とする技を活かす、流れるような連携。その一連の捕縛劇は、あっという間の出来事だった。
彼らの活躍を見ていた街の人々が、一斉にわぁっと拍手喝采を送る。


「(っ・・・決まった!)」


確かな手応えを感じ、余韻に浸る強子。
周囲にいる誰も彼もが強子に注目し、強子を褒め称え、夢中になって声援を送っている。その気持ち良さに強子が酔いしれる一方で・・・天喰は不安そうにガタガタと震えていた。


「上手く・・・・・・できていただろうか・・・」

「すげーっス!迅速で個性の使い方も慣れてて・・・」

「技量ならとうにプロ以上やで ウチのサンイーターは!メンタルは育たんけど」


天喰にも、「かっこいい!」やら「ありがとう!」といった声援が送られているが・・・注目を浴びた彼はといえば、あわあわと萎縮してしまっている始末。
ヒーローとしてあるまじきヘボメンタル具合に呆れていると、ファットが「ああッ!?」と驚きの声をあげた。


「強子ちゃんっ・・・カワイイお顔がッ、傷ついてんで!!?」

「・・・あ、本当だ」


ファットに指摘されて、頬がヒリリと痛むことに気がついた。
先ほど、男のナイフをかわしたつもりだったけど、どうやら刃先がかすっていたらしい。強子の頬には、一筋の赤い傷が出来ていた。
ファットだけでなく、天喰や切島までもが強子の顔を心配そうにのぞき込むが、そんな彼らに強子はニッコリと笑顔で返した。


「大丈夫です!!・・・見ててください」


自信に満ちた顔でそう言うと、彼女はすぅっと息を吸い込んだ。
そして、「ふんっ」という掛け声とともに、腹に力を入れていきむ強子。


「?・・・強子ちゃん?」

「いったい、何を・・・」


ファットと天喰が不思議そうに彼女を見つめる中、切島だけは この先に起きる出来事を察した様子。
そう、強子のクラスメイトである切島は知っている。
入寮以降・・・必殺技を作ろうと必死に努力し続けた彼女が編み出した、その“新ワザ”を。


「―――治癒強化(リカバリービヨンド)」


技を発動すると、強子の頬の傷が 見る見るうちに薄くなっていき・・・あっという間に、傷が、消えた。


「「!!?」」


ぱちぱちと目を瞬かせてみても、彼女の頬には傷痕ひとつ残らず、きれいサッパリ、治っている。
まるで逆再生でも見たかのような不思議な光景に、ファットも天喰も目を丸くしている。その様子を見て、強子はニンマリと笑みを浮かべた。


「どうです?すごいでしょう! “自然治癒力”を強化した、私の新ワザ!個性伸ばしの圧縮訓練で、ついに実現に至りました!」


人間だれしもが生まれながらに持っている、ケガや病気を治そうとする 自然治癒の力。出血を止め、傷口をふさぎ、破れた皮膚を元にもどす――自己再生機能。
それを強化することで、強子は常人の何倍もの早さでケガを治癒できるのだ。


「(なんたる万能個性っ!我ながら、自分の個性が優秀すぎて怖いわ・・・!)」


以前より、リカバリーガールの“治癒”による回復が強子は他の人たちより早く、彼女の個性と相性がいいのだと思われていた。けれど実際には、強子が無意識のうち、自身の治癒力を高めていたというカラクリだったわけだ。
さらに言うと、無意識のうちに自身の免疫力も高めているらしく・・・身能強子という人間は、これまでに病気はおろか、風邪ひとつ引いたことがないという、強靭な体質であった。


「はァ〜ッ!ビックリしたわぁ!強子ちゃんの『身体強化』は、出来ることの幅がごっつう広いな!!」
 
「本当に、すごい・・・」


ファットと天喰は感心した様子で頷いている。期待どおりの反応に強子の笑みは深くなる。


「せやけど、その新ワザは使わせられへんな」

「へっ!?」


ファットのその言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で強子が固まった。
使わせられない、って・・・どうして?
ヒーローという職業柄、この先もケガが絶えることはないだろう。だからこそ、ケガをしても自力ですぐに治せるというのは、ものすごいメリットじゃないのか!?何がいけないの!?
困惑している強子を見て、ファットは呆れたような笑みを浮かべた。


「その新ワザは たしかに凄い。ホンマに凄いもんや!せやけどなァ・・・そのワザ使うときは、強子ちゃんがケガしたときっちゅうことやろ?」

「!」

「強子ちゃんがケガなんてしたら、俺も、環も、切島くんも・・・街のみんなも心配してまうわ。“治せる”からって、“ケガしてもええ”とはならへんよ。凄いワザを持っとったって、ケガせえへんよう気ィつけなアカン!」


あ、と思い出す。

「お願いだから・・・誰にも、何にも傷つけられないくらい、強くなってちょうだい」

「ぐすっ、強子が痛い思いをすると僕らもつらいんだよ!だから、ぐすんっ・・・もう無茶しないって約束してくれ・・・!」


両親からの言葉。
そうだ、強子はケガひとつしないヒーローにならないといけなかったんだ。
新しく出来ることが増えたのが嬉しくて、大事なことを忘れていた。うっかり本質を見誤っていた。
・・・そういえば、強子が新ワザのことを語るたび、八百万が物言いたげな顔を見せていたなと思い出す。彼女もファットと同じように、強子のことを心配してくれていたのかもしれない。


「ええか?ホンマにカッコええヒーローっちゅうんはな、傷ひとつ負わんで、敵さんに圧勝する!そういうもんや!」


返す言葉もない。
大切なことを忘れていた自分を恥じるよう、頭を垂れた強子。
その頭に、ファットは大きな手のひらをぽんと優しく乗せた。


「ビヨンドならきっと、そういうヒーローになれるはずや」

「―――はいっ」


皆に心配されてばかりの 情けないヒーローなんて、そんなのは御免だ。
ケガを負わないよう、誰にも傷つけられないように、もっと強くならなくちゃ・・・!


「あっ、でもな!万が一 ケガしてもうたときは、すぐにでもそのワザ使いィ!?強子ちゃんが痛い思いする時間は短ければ短いほうがええ!さっさと個性使うて さっさと治すんやで!?」


おろおろと心配そうに眉を下げて補足したファットに、思わず笑顔になる。
やはり強子は、強子のことを心から想って指導してくれるこのヒーローが大好きで、彼のもとでインターンをできることが喜ばしいと、改めて感じた。
そのとき、強子の耳に、遠くからだんだん近づいくるパトカーのサイレンが聞こえてきた。


「そろそろ警察が着きそうですね・・・」


それを聞いた男の一人が「クソッ」と漏らし、拘束されたままどうにか逃げ出そうと足掻く。男を大人しくさせようと強子が動いた瞬間、


「あかんッ、伏せ!!」


―――決して、忘れていたわけではなかった。


「!?」


ファットの視線を追えば、野次馬の人だかりの中に、拘束した男たちの仲間と思われる者が・・・こちらに拳銃を向けている。


「(ちょっ・・・待って!?)」


―――決して、強子はこの展開を忘れていたわけではなかった。
ファットガム事務所に捕らわれた男たちを逃がそうと、奴らの仲間が、個性を発動できなくなるクスリをヒーローに向けて撃つ・・・その展開なら、覚えていた。
だけど・・・


「(なんで、銃口が“私”に向けられてんの!?)」


個性を消すクスリが込められた銃弾が、自分に向けて発砲されようとしている。その現実にギョッとして、顔を青くする。
持ち前の動体視力で、男が拳銃の引き金に指を触れる瞬間をスローモーションで見ながら、


「(避けっ・・・)」


避けなきゃ。
そう思うと同時に、疑問を抱いた。


「(避けて・・・いいの?)」


強子の知っている 本来の物語が、脳裏をかすめる。
今回の一件で、ヒーローや警察が知り得る情報は、大きく2つあった。
1つは、個性を消すクスリが世の中に出回っていること―――これは、銃弾が人体に撃ち込まれることでわかること。
もう1つは、クスリの中身が、人の血や細胞でできていること―――こちらは、人体に撃ち込まれる前の銃弾を入手しなければわからないこと。


「(どっちだ?)」


物語では、発砲される銃弾は2発だった。
1発目は天喰に撃ち込まれて、彼の個性は一時的に発動できなくなった。
2発目は切島に向けて撃たれるも、『硬化』により銃弾がはじかれた。
“死穢八斎會”の企みにたどり着くためには、限られた銃弾で、2つの情報を得なくてはならない。
それなら、今・・・銃弾が、本来撃たれるはずの天喰でも切島でもなく、強子に向けて撃たれたのなら。


「(私は・・・どうしたらいい!?)」


強子のとるべき行動はなんだ?
大人しく撃たれておくか!?しかし、一時的とはいえ、個性が使えなくなるのは痛手だ。
ならば、避けるか!?ファットにもケガするなと言われたばかりだし。
いや、避けたとして、強子の背後にいる一般人に当たる可能性はないか!!?それはヒーローとして忌避すべき事態だ。
強子が判断しかねているうち―――パァン!という煩い銃声が響く。
そして・・・


「!!?」


発砲の瞬間・・・強子の目の前に飛び出した天喰に、銃弾が当たった。
彼が銃弾をくらった腕を押さえ、地面に崩れるようにしてうずくまる。そんな彼の様子を・・・強子は、呆然と見下ろしていた。


「アニキ、逃げろォ!!!」


続けざまに、男がもう一発こちらに向けて発砲する。
だが、今度は、天喰を庇うよう立ちはだかった切島によって、銃弾がはじかれる。
そこで強子はハッと我に返ると、咄嗟に腕をのばし、はじかれた銃弾が地面に落ちる前に素早くキャッチした。自分の手のひらに乗っている銃弾をじろりと見おろして、大事な証拠品となるそれをポケットに慎重にしまった。
それから強子は、うずくまっている天喰へ、おずおずと声をかけた。 


「先輩、大丈夫ですか?」

「思ったより痛くない・・・!」


ムクリと起き上がった天喰を見て、とりあえず、ほっと息をつく。天喰も切島も無事だ、重傷には至らない。
天喰を撃った男は、拳銃ではヒーローに敵わないとわかり、ダッと逃げだした。


「捕えます!!」

「待て早まんな!下手に追うと噛まれるぞ!」


ファットが呼び止めるも、切島は止まらず、男を追って行ってしまう。


「サンイーター、ビヨンド!無事ならここ任すぞ!すぐポリが来る!」


ファットが慌てて切島を追いかけようとしたところで、その“異変”に気づいた天喰が声をあげた。


「・・・無事だけど、発動しない!」

「!!?・・・イレイザーでもおんのか!?」


―――強子の知っている本来の物語が、目の前で繰り広げられている。
その光景に、強子はなんだか 置いてきぼりを食らったような感覚になりながら、その場にひっそりと佇んでいた。







「おかげさまで助かりました!こいつらは違法薬物や裏アイテムの売人チームで、我々も機会うかがってたんです」


その後、すぐに駆けつけた警察に、捕らえた男たちを引き渡した強子と天喰。


「・・・俺の個性が発動できないのは、“商品”のひとつか・・・?」

「死ね ボケカス」


その一言でセミの抜け殻のように壁に張り付いてしまった天喰。
そんな彼を横目に見ながら、強子は証拠品となる銃弾も、無事に警察へ手渡した。
これでようやく現場が落ち着いてきた。あとは、切島たちのほうが片付けば一件落着である。


「あの、先輩・・・」


いまだに壁にくっついたままの彼へ、強子が話しかけた。


「さっきは、ありがとうございました」


彼女の視線は、天喰の腕――拳銃で撃たれた箇所に向けられている。
強子を庇ってくれたことに、感謝している。感謝してはいるけれど・・・どうにも腑に落ちない。理解できない点があった。


「・・・どうして、あんな事したんですか?」


強子は壁に背をもたれて、静かに問いかける。
天喰は壁にもたれていた頭を上げると、逡巡したのち、ゆっくりと口を開いた。


「・・・ファットも言ってたけど、身能さんがケガをするところなんて、見たくないから・・・」

「そうじゃなくて・・・」


ふるふると首を振って、強子は視線を天喰の瞳に向けた。彼女の眼はとてもまっすぐで、何もかもを見透かしてしまいそうな力強さがあった。


「環先輩なら、“撃たれることなく”、私を守ることも出来たはずでしょう?」


天喰の技量ならば、誰ひとり傷つくことなく・・・それこそ天喰本人が傷つくこともなく、銃弾から人を守れたはずだ。少なくとも、あのとき彼には、強子の前に飛び出すくらいの余裕はあったんだから。
なのに、自分を犠牲にしてでも強子を救けようだなんて・・・まったく、遺憾である。


「私だって・・・先輩がケガをするところなんて、見たくないです・・・」


ファットの言う通りだった。
ヒーローたる者、ケガなんてしてはいけないんだ。ケガする必要もないのにケガするだなんて、もってのほか。
ヒーローに守ってもらえても、そのヒーローが傷を負ったのなら・・・心のどこかで “自分のせいだ”と引け目を感じて、手放しには喜べないんだから。


「環先輩も、私みたいに ファットさんに怒られちゃいますよ?」

「・・・確かに」


茶化すように言えば、怒られることが嫌いな彼は、サァっと顔を青ざめさせた。
そんな彼を見て、思う。
もし天喰が怒られたなら(怒るというか指導の一環なんだけど)、強子がフォローしてあげてもいい。だから、その代わり、


「もう・・・あんな捨て身で 無茶なマネは、しないでくださいね」


いつだって捨て身で無茶をしてきたお前が言うな、とは言ってくれるなよ?捨て身じゃないと何も出来ない強子と、ビッグ3と呼ばれるほどの実力者とでは、雲泥の差があるんだよ。


「(自分のために誰かが傷つく―――そんなのは、もう いやだ)」


どこか思い詰めたような様子の強子がジッと天喰を見つめていれば、彼は居心地悪そうに視線を彷徨わせた。
けれど、彷徨っていた視線は、迷いながらも再び強子へと向けられて、


「・・・これからは、俺も、他の誰もケガしないように・・・ちゃんと、君を守る」


たどたどしく告げられたそれを聞き届けると、強子は満足したように頷いて、「約束ですよ」と言質をとった。
そして彼女は、ふわりと頬をゆるめる。


「でもね―――ここだけの話、」

「?」


強子は天喰の耳もとに口を寄せると、内緒話をするように小声で彼に伝える。


「・・・身を挺して私を守ってくれた先輩は、すっごくカッコよかったですよ」


個性を使えないはずの天喰が、ボンッと、まるで茹でダコのように顔を真っ赤に染めあげた。

そうして照れ屋な彼をイジって遊んでいれば、切島とファットの二人が、逃げた男をきっちり捕らえて戻ってきた。
切島はデビュー戦でありながら、大きなケガもなく、薬物で個性をブーストさせた男を相手に 華々しい活躍を見せたそうだ。


「先輩は大丈夫なんスか?」


撃たれた天喰を心配して切島が問いかけると、彼はフードを深くかぶって俯いた。


「・・・・・・辛い」

「・・・個性が出ねえなんて、ヒーローにひでぇ仕打ちだ」

「まあ、でも、クスリの効果の持続時間には限りがあるでしょ!きっとすぐに治りますよ!」


落ち込む天喰を励ましながら、強子は内心で、別のことに気を揉んでいた。


「(なんだろう・・・なーんか、嫌な感じがするんだよなぁ・・・)」


強子に銃口を向けられた、あのときの衝撃が、まだ強子の中で燻っていた。
あのまま強子が撃たれていたら、きっと、強子の知っている物語のとおりには進んでいない。本来の物語から“ズレ”が生じていただろう。
結局は、すべて物語のとおりの結果に落ち着いたけど・・・強子の行動しだいでは、違う結果になる可能性もあったんじゃないか?今となっては わからないことだけど。


「・・・それより、」


耳に飛び込んできた天喰の声に、思考が中断される。
天喰は切島へと言葉を投げた。


「・・・君は、俺を庇ってくれた・・・ミリオと同じ――太陽のように輝かしい人間だ 君は・・・」

「!!?」


それを聞いた強子が、目をカッと見開いた。


「ちょっと待って!?先輩っ!切島くんとは、なんでそんな・・・打ち解けるのが早いんですか!!?」


天喰につめ寄ってヒステリックに叫べば、天喰も切島もポカンとして固まった。
考えてみりゃ、おかしな話じゃないか!?強子は、天喰とまともに話せるようになるまで、まるまる一週間かかったのに!なのに切島とは、初日から、気兼ねなくお喋りしちゃってさあ!
それに、強子が天喰とお互いを解りあえたとき、彼は強子を「本当はいい人」だと評価した。だけど切島には、さっそく「太陽のような人」認定ですか!?
天喰と切島の距離のつめ方、どうなってんの!!?
切島に、天喰との仲良しぶりを見せつけてやろう、なんて企てていたはずが・・・これじゃ立場逆転だよ!


「先輩の一番のサイドキックは私でしょう!?この・・・浮気者っ!」

「浮きっ・・・!!?」

「ファーッ!環ィ、罪な男やなジブン!!」

「俺が先輩とこうして話せんのは お前がキッカケ作ってくれたおかげだ!ありがとな、身能!!」

「イヤ 切島くんはこれ以上さわやかな笑顔で眩しいこと言わないでくれる!?嫉妬しちゃうから!」


大げさに嘆いて顔を覆う強子に対し、挙動不審な様子で胸を押さえる者、巨体を揺らして笑っている者、さわやかに感謝の念に浸る者・・・それぞれ、三者三様な反応を見せる彼ら。
そうして賑やかに騒ぎたてながら、ファットガム事務所の面々は、この日のパトロールを切り上げた。

そして、今回のインターンはこの日から数日続くことになっているが―――その数日間は、“物語”には描かれていなかった部分。
つまり、インターンが終わるまでの数日間は・・・強子がどう動こうと、“物語”には影響を与えない。
そのことに、ひどく安堵している強子がいた。










==========

ファットガム事務所の雰囲気は、アットホームというか、彼らとは家族のような関係にしたいなと思って書いております!賑やかで、優しさに溢れていて、支えあえる関係だったら素敵。
しっかし、大阪弁が難しくて、マジで執筆時間が倍くらいかかってます。
(大阪弁、おかしなとこあったら教えてください・・・)

そして、新ワザが解禁です!
まだまだ彼女には成長の幅を持たせてるので、今後も新ワザは出す予定ですが・・・この回復技はその中でも格別です。
実は、職場体験のときの毒ガスなんかも、彼女の治癒強化によって回復が早まってたりします(本人無自覚)。



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