過去を背負って

訓練の日々は流れ―――ヒーロー仮免許取得試験、当日!!


「緊張してきたァ」


会場に着くと、強子の隣にいた耳郎が 固い表情で呟いた。


「ちょっと耳郎ちゃん!暗い顔してネガティブなこと言わないの!胸を張ってこう!A組全員で、こんな試験さくっとクリアしていくよ!!」

「アンタは何でそう余裕たっぷりなの・・・」


耳郎とは対照的に、強子の表情は 底抜けに明るい。うきうきと心を踊らせ、今か今かと 試験開始を心待ちにしていた。


「まっ、自信があるからね!」


強子が溌剌とした笑顔で言いきると、不安そうにしていた何人かが彼女に苦い顔を向けた。コイツは能天気でいいよな とでも言いたげな顔をされたけど、


「そりゃあ、当然でしょ?私たちは 最高峰―――雄英の生徒なんだから。それに、雄英の中でも、特に手厳しい相澤先生のもとで今日までの日々を耐え抜いてきたんだよ?私たち1−Aが 負けるわけないじゃん!」


言っとくが、強子は考えなしにノンキなことを言ってるんじゃない。根拠を持って、言っている。
天下の雄英生が、他校生にそう簡単に負けるわけがないのだと。


「あら、お噂で聞いていたとおり・・・ずいぶんと高慢な態度ですのね」


―――は?
瞬時に笑みを消した強子が、声のした方向に振り向くと、そこには他校の女子生徒がいた。
・・・誰だコイツ?眉をひそめた強子に気づいたのだろう、人を食ったような笑みを浮かべたその女子は、悪びれる様子もなく強子に名乗った。


「失礼・・・私は 聖愛学院2年、印照 才子(いんてり さいこ)と申します。ああ、あなたは名乗らなくて結構でしてよ・・・雄英高校1年A組、身能 強子さん。神野事件の際、テレビやネットなど あらゆるメディアで取り上げられていましたから、あなたのことは細大漏らさず存じております」


片眼鏡をかけ、インテリっぽい雰囲気を醸し出している彼女は、挑発的に語りながら 冷たい眼で強子を見下ろす。
そして、彼女の後ろに控えている 聖愛学院の多数の生徒も強子たちA組を睨みつけており、敵対心がまる出しだ。


「正直申し上げると、あなたの品行は とても“最高峰”の者とは思えません。同じ ヒーローを志す者として、恥ずかしくすら思いますわ」


初めは、「1−Aが負けるわけない」という強子のセリフに対して言及されたと思ったが・・・どうやら違うようだ。おそらく、神野事件の発端となった爆豪拉致に際し、マスコミに啖呵を切ったときの強子の態度のことを言っている。
あのときは、よそ行きの“理想のヒーロー像”を装うことも忘れて、報道陣に対してイキってたからなぁ・・・品行がどうのと言われると、弱い。


「誇りをもつのは気高いことですが・・・度が過ぎますと、それは傲慢だと 受けとれましてよ」


にこやかに告げると、何も言えずにいる強子をしり目に、彼女は同校の生徒に「そろそろ参りましょうか」と優雅に声をかけた。


「今から試験が楽しみで仕方ありませんわ。雄英高校の皆様の実力が、一体どれほどのものか・・・とくと拝見いたしましょう」

「「「はい、才様!」」」


言いたいことを好き放題に言うと、さっさと試験会場へと向かった彼女たちの背中を、唖然として見送る強子。
こうして外部の人と接すると、改めて思うが・・・強子たち雄英生は、有名人なんだ。
なかでも爆豪(ついでに強子)は、直近のトップニュースで取り上げられたこともあり、さらに知名度が高い。


「お、身能 強子がいる」

「!」


今度はまた違う学校の団体が、強子の横を通り過ぎながらじろじろと不躾に見てきた。


「ああ、オールマイトの“秘蔵っ子”だろ?雄英初の特例入学者とかなんとかって・・・」

「つーか、まだ1年だろ?仮免なんて早くねーか?」

「特例入学者には“余裕です”ってか?ははっ、舐めてんなぁ」

「体育祭で見た感じじゃ、オールマイトみたいな圧倒的な凄さは無かったけどな」


彼らは 強子に話しかけてくるでもなく・・・かといって会話の内容が強子に聞こえるのも気にせず(むしろ聞こえるように)好き勝手に話している。
そして、強子の背後にいる1−Aの集団に目をとめると、くしゃりと顔をしかめた。


「・・・雄英、1年全員が仮免受けるのかよ」

「さすが エリート様は違うねぇ、余裕ありすぎだろ!」


面白くなさそうに1−Aを睨みながら通り過ぎていく他校生たち。
彼らの会話を聞いて、改めて思うが・・・強子は、超がつくほどの有名人なんだ。
世間的に、元No.1ヒーローの愛弟子のように思われている強子は、知名度が高い雄英生の中でも 群を抜いて名が知れている。
だから、先ほどのように好き勝手言われてしまうのも仕方ないことなんだろう。俗に言う、有名税ってやつだ。うん、しょうがない。


「―――って 待て待て!なに?この逆風!?」

「雄英(俺ら)にヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」

「これ 戦犯は、主に身能と爆豪だろ・・・」


上鳴、切島、瀬呂がはっと我に返ると、真っ先に声をあげた。
ただでさえ 仮免試験という緊張する舞台で、立て続けに 他校の生徒から目の敵にされる現状―――その元凶と言える強子と爆豪に、A組一同、ジロリと恨みがましい視線を向ける。


「あァ?んなもん知るか・・・モブどもがどんだけ耳障りに喚こうが、俺らがやることァ変わんねーんだよ」


いつもの不遜な態度で返す爆豪に、強子も横でウンウンと頷いて同意する。


「まぁね、色々とムカつくことを言われた気もするけど・・・」


礼儀知らずなモブどもの態度は腹立たしいものであったが・・・こうなることは、なんとなく予想していた。
ヒーローを目指す者にとって、偉大なヒーロー オールマイトから特別扱いされている(という設定の)強子という存在が面白くないのは、もっともな話。
それに、マスコミの前で生意気な態度をさらした強子が良い印象をもたれないのも、当然といえば当然のこと。
他校生たちから白い目で見られ、冷遇されることなど、想定内―――だから強子は、なるべくまわりの他校生たちを見ないようにしていたし、話も聞かないよう気を付けていたのだ。
それでも・・・ああも聞こえよがしに嫌味を言われては、いやでも意識がそちらに向いてしまう。まったく、感じワルいよなあ。


「けど、過ぎたことをいつまでも気にしてたってしょうがない。過去は過去だよ・・・今は、目前の仮免試験に集中しよう!」

「くうっ・・・男らしいぜ、お前ら!」


切島が拳を握りしめて感動に震えているが、その横にいる上鳴と瀬呂はげんなりした表情で「アイツら、神経 図太すぎんだろ」などと不平をもらしている。
そんな彼らのそばで、緊張しているのか ソワソワと落ち着きない様子の峰田が、他校の生徒たちを見回しながら口を開いた。


「試験て何やるんだろう・・・ハー、仮免取れっかなァ」

「峰田、“取れるか”じゃない、取ってこい」

「おっもっ、モロチンだぜ!!」


不意に相澤から苦言を呈され、峰田は肩をビクリと跳ねさせながら応えた。
しかし、試験に不安を感じている者は、峰田だけではない。相澤は、A組全員に向けて、言葉を紡いだ。


「この試験に合格し仮免許を取得できれば、おまえら志望者(タマゴ)は、晴れてヒヨッ子・・・セミプロへと孵化できる―――頑張ってこい」


厳しいけど、入学してからずっと導いてきてくれた“担任の教師”。同時に、ヴィラン襲撃の際には、その身を挺して守ってくれた“ヒーロー”でもある。
そんな相澤からの激励とあって、A組の皆の士気がグッとあがった。


「っしゃあ!なってやろうぜ ヒヨッ子によォ!」

「いつもの一発 決めて行こーぜ!!せーのっ―――」

「「「プルス・・・」」」
「ウルトラ!!」

「「「!?」」」


A組の輪にまざって我が校訓を叫ぶ、見知らぬ他校の男子生徒――彼を目にとめた強子は、思わず「あ」と声をもらす。


「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」


制帽を被った集団。その制帽に入った校章と、きちっと着用された制服を見て、士傑高校の生徒だとわかる。そして、


「ああっ!しまった!!どうも大変!失礼!致しましたァ!!!」


こんなにうるさい人間、そうそういない。
地面に頭突きするほど勢いよく頭を下げて謝罪する男子生徒――夜嵐イナサを目の当たりして、強子は顔を引きつらせた。
思ってた以上に、うるさい。「飯田と切島を足して二乗したような」という瀬呂の例えは、なかなかにいい線いっている。


「一度言ってみたかったっス!プルスウルトラ!自分、雄英高校大好きっス!!雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス!よろしくお願いします!!」


こちらが圧倒されるほど 前のめり。
こんな奴だけど、強子たちと同い年で、推薦入試でトップの成績だったという。そのくせ、雄英入学を辞退したという事実を相澤から知らされ、A組に動揺が走った。
強子なんか、普通入試でもギリギリ“補欠”で入学できたってのに・・・まったく、嫌味な奴だぜ。
強子がじっとりと彼を見ていると、後ろから誰かに肩をぽんと叩かれた。
後ろを振り返った強子は、はっと息をのみ、目を見開く。


「―――久しぶり、強子」


士傑高校の制服を着た男子生徒が、強子に笑顔を向けている。その人物を見つめたまま、固まる強子。
そんな強子の様子に、まわりにいた者たちは不思議そうな顔で二人を交互に見やった。


「強子、知り合い?」

「・・・あ、ああ、うん。えっと・・・」


耳郎に問われ、強子は視線を泳がせると、慎重に言葉を紡いだ。


「・・・彼は、移道 瞬(いどう しゅん)くん。中学が一緒だったんだ」

「うん。で、いわゆる強子の“元カレ”ってやつです」


爽やかな笑顔の彼が、さらりと告げた。
一瞬、彼の言葉の意味を理解するのに、その場が沈黙に包まれた。
そして、直後、


「「「・・・はぁあ!?」」」


その場にいたA組全員(強子も含める)が、叫んだ。
強子は、あっけにとられて固まっているA組をしり目に、語気を強めて 移道へと詰め寄る。


「ちょっと 瞬!何でそれ言っちゃうの!!?」

「べつに隠すことじゃないと思うけど・・・」

「言う必要もないでしょうが!!」


強子が彼と話しているところを、A組20人(+相澤)がじぃっと見つめている。その視線が、痛いくらいに強子に突き刺さっている。


「(えっ 何!?この空気!)」


なんだか、彼らの雰囲気がいやに神妙というか、各々が何とも言えない微妙な表情で強子を見ていて・・・とにかく気まずい。非常に、気まずい。
そんな空気にさらされて、焦りからか だんだん強子の顔が熱くなってくる。火照る顔をくるりとA組から背けると、強子はコソコソと移道に話しかける。


「進学先が士傑だなんて 聞いてなかったんだけど!?」

「まあ、言わなかったからね」

「っていうか、瞬がここにいるってことは・・・」

「もちろん、仮免を取りに来たんだよ」


強子と同じ、1年生のくせに?なんだか腑に落ちず、掘り下げて聞こうとしたところで、夜嵐に「そろそろ行くっスよ!」と急かされた彼は、慌てて踵を返した。


「それじゃ強子、お互い、試験がんばろう」


颯爽と身を翻して去っていく知人を見送りながら、はぁと深い息を吐く。
予想だにしない再会であり、まだ驚きの余韻が消えない。それから―――どうしよう、この空気。


「元 カ レ」


気配もなく背後にぬっと現れた芦戸に 耳元で囁かれて、強子の口からヒッと声がもれる。


「ふぅーん?さわやかイケメンだったねぇ・・・うちのクラスにはいないタイプだ」

「優しそうな人だったね!好青年って感じの!」

「強子にあんな彼氏がいたとは・・・“恋愛してる暇ない”とかなんとか、言ってたのにね・・・?」

「彼氏がいたなんて、今まで教えてくれなかったよね・・・?」


芦戸と葉隠に挟まれて尋問され、強子は うっと言葉に詰まる。
一見、恋バナを楽しんでいるように見える彼女らだが、その言葉や視線の中に、責めるような、静かな怒りを確かに感じとった。


「だ、だからっ・・・“元”ね!?“元”彼氏だって!過去の話なんだよ!!」


慌てて強子は、必死に弁明を試みた。
彼女たちや、A組の他の皆の冷たい視線の意図なら、わかる。
皆、ヒーローを目指して、毎日寝る間も惜しんで努力しているのに・・・恋人なんかつくってチャラチャラ遊んでんじゃねえ、って、そういうことなんだろう。


「確かに、中学の時は彼氏いたけど!でもっ・・・夢を叶えるためには彼氏なんて作ってる場合じゃないって気づいて、別れたんだよ!」


強子だって、皆と同じだ。
今は、ヒーローを目指して、毎日寝る間も惜しんで努力している。日々、筋トレも走り込みも個性伸ばしも、座学だって、飽くことなく 精力的にこなしている。
雄英に入ってからは、恋愛なんかにうつつを抜かしたことなど、一度たりともない!中学の時のように 軽率で思慮に欠けた行いは、もうしてないんだ。


「・・・言い換えると それって、自分の夢のために、彼氏を捨てたとも取れるよな。あの爽やかイケメン、絶対にまだ身能に未練あるだろ・・・かわいそうに」


―――あれ?なんか、弁明しようとしたはずが、墓穴ほってる?
半目になって強子を睨んでくる上鳴に、うまく言い逃れできず縮こまっていると・・・


「よっ、イレイザー!テレビや体育祭で姿は見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだな!!」


重たい空気の漂っていたA組に、からっとした明るい声が響く。
楽しげな笑顔を浮かべ、相澤へと歩み寄る女性。その女性の正体に気がついて、緑谷が口を開く。


「あの人は・・・!」


彼女はピッと親指で相澤を指すと、


「元カノだ「ちがう」ツッコミ 早っ、ウケる!!」


ブハッと吹き出して笑い転げている彼女に、相澤は冷たい視線を送った。


「相変わらず絡み辛いな、ジョーク」


彼女はスマイルヒーロー、Ms.ジョークである。彼女の個性『爆笑』は近くの人を強制的に笑わせて、思考・行動を鈍らせる。なんとも狂気に満ちた敵退治である。
でも、彼女の凄いところはそれだけじゃない。


「仲がいいんですね」

「ああ、私とイレイザーは、昔 事務所が近くでな!助け助けられを繰り返すうちに、相思相愛の仲へと「なってない」」


即座に否定した相澤に肩を揺らして笑う彼女は、こちらまでつられて笑ってしまいそうな、楽しげな笑顔だ。


「まあ、ヒーローにだって惚れた腫れたのドラマはあるだろ!ヒーロー候補生もまた然り!いいんじゃないか?自分がなすべきことさえ 見失わなければさ・・・恋愛は、“悪”じゃないよ」


そう言って、パチリと強子に向けてウインクを飛ばした。
かと思えば、「ってなわけで・・・」と相澤へ向き直り、


「結婚しようぜ「しない」しないのかよ、ウケる!」


再びブハッと吹き出して笑っているMs.ジョークに、強子はキラキラと尊敬の眼差しを向けた。
彼女は、なんて素晴らしいヒーローなのだろう!
強子の過去の恋愛遍歴について 擁護するにとどまらず・・・それをネタに、“笑い”へ昇華させてしまうとは!
彼女のおかげで、A組の重苦しかった雰囲気が和らいだ上に、強子の心もだいぶ軽くなった。


「(やっぱりヒーローたるもの、人々の心までケアしてなんぼのもんよ!)」


強子が1人心の内で感心していると、Ms.ジョークが後方にいた集団へと呼びかけた。


「おいで皆!雄英だよ!!」


初めて見る――けれど、強子には見覚えのある人たちが、Ms.ジョークに呼ばれて ぞろぞろと集まってきた。


「傑物学園高校2年2組!私の受け持ち、よろしくな」


また、さっきの人たちみたいに敵意むき出しだったらどうしよう・・・反射的に身構えた強子だったが、


「おお!本物じゃないか!」

「すごいよすごいよ!テレビで見た人ばっかり!」

「やっぱり、生で見るとオーラが違う・・・」

「(おっ?)」


予想と反して、雄英に対して友好的な彼らに目を見開く。
1−Aに興味津々な様子で近づいてきた彼らの中、一人の女子生徒が目を輝かせながら轟へと声をかけた。


「ねぇ轟くん、サインちょうだい!体育祭かっこよかったんだあ!」


無邪気な笑顔で声をかけてきたのは、中瓶 畳だ。たしか彼女は、体を折りたためる個性だったはず。


「はあ・・・?」


ミーハーともとれる彼女の発言に、気のない返事を返した轟は、無表情だ。
強子はニヤけながら、轟を肘で小突いた。せっかくファンがついてきてるというのに、そんな素っ気ない態度じゃ、ファンが心離れしちゃうぞ!ファンサービスを、そして、乙女心ってもんも、全然わかってないんだから。


「轟くん、ファンサは大事よ?将来のために 今から慣れておかないと!」

「・・・サインしろってことか?」


首を傾げる轟に、どう言えばいいかと悩んでいると、


「あの、身能さん・・・」

「ん?」


黒髪の長髪の男子が、強子に声をかけてきた。


「あの・・・僕、あなたのファンです」

「えっ?」


もじもじと照れるような仕草を見せながら、長髪の彼――投擲 射手次郎は、強子の前に進み出た。


「身能さんの見た目に惹かれてファンを名乗る“にわか”も多いですけど・・・僕は、あなたの内面に魅力を感じているというか、むしろ その気位の高さこそ魅力だと思ってます。ファンになる切っ掛けは、体育祭で頑張る身能さんのかっこいい姿でして・・・何より感銘を受けたのは、やはり、マスコミに対して言いたいことを堂々と言ってのける威容――その風格は、まさにカリスマ・・・頂点に立つ人間の品格を見ました。あなたのような人と同じ時代に生まれ、同じ舞台に立てるなんて天にも昇る気持ちだと、どうしても伝えたくて―――」

「「「(なんか怖いヒト来た・・・!)」」」


異様な雰囲気を放ちながら、強子に陶酔した様子で語る投擲がちょっと怖くなり、引き気味で見守るA組。
ファンだと言うけれど、その盲目的なまでの熱狂ぶりは、もう宗教の域に達している気がする。言わずもがな、教祖は強子・・・教祖も信者も 何をしでかすか読めない恐怖が付きまとう。
それにしても―――「ファンサは大事」だと言っていた強子は、彼にどんな反応を返すのか・・・


「ありがとうございますっ!」


強子の嬉しそうな声が、あたりに響いた。
彼女は、一切の躊躇いもなく投擲の手を取ると、宝物でも持つように 両手でぎゅっと握りしめた。
そして、体が石のように固まった投擲に、天使のような微笑みを向ける。


「そんなふうに言ってくれる方がいて、私、本当に嬉しいです!実を言うと・・・あの時は気が立っていたとはいえ、報道陣の方々に酷い態度をとってしまったので、テレビで私を見た皆さんに嫌われちゃうのかなって、心配してたんです」


そう言って眉を下げた強子に、クラスメイトたちは「嘘つけ」と白々しい目を向けてくるが・・・べつに嘘は言ってない。


「でも、あなたみたいに好意的に捉えてくれる 器の大きな人がいて良かった!お互い、立派なヒーローを目指して頑張りましょうね!!」

「はい・・・もう、この手は一生洗いません」


見たか、轟・・・それとA組の者どもよ。これが 神対応のファンサービスってもんよ。
皆の様子を見ようと振り返ると、彼らは強子と投擲をだいぶ遠巻きにして見ていた。


「・・・なんか、雄英の人たちに引かれちゃってない?ヨーくん、どうしよう」


雄英との(心の)距離感を察した中瓶に“ヨーくん”と呼ばれた一人の男子生徒が、前に歩み出た。


「俺は真堂!今年の雄英はトラブル続きで大変だったね。しかし君たちは、こうしてヒーローを志し続けているんだね・・・素晴らしいよ!」


快活にそう言いながら、緑谷や上鳴、耳郎といった面々にガシッと力強く手を握っていく。友好的な笑みを浮かべている彼は、真堂 揺だ。揺らす個性の持ち主である。


「不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!!」

「「「(まぶしい・・・!)」」」


まぶしい笑顔で、バチコンとウインクを飛ばす真堂に、気を呑まれるA組。
上鳴が呆然と「こっちはまた ドストレートに爽やかイケメン・・・」とぼやいた。チャライケメンの彼は、自分とは違う 爽やかイケメンに憧れでもあるのかもしれない。


「中でも 神野事件を中心で経験した 爆豪くん!」

「あ?」

「そんな彼を信じ、マスコミを敵にまわしても彼の尊厳を主張した 身能さん!」

「はい?」

「君たちは特に 強い心を持っている」


強子の名前もあがったので彼を見れば・・・口元はニコリと弧を描いているのに、その眼は妖しくぎらついて、鋭く強子たちを射ぬいていた。
そして、強子と真堂の目が合った瞬間、互いにすぐさま気がついた。


「「(コイツ・・・自分と同じ匂いがするな)」」


表面上は“ヒーロー向きな人格者”っぽく振る舞いながら、腹にイチモツを抱えているもの同士―――自分と似たような匂いを嗅ぎわけた二人は、互いに“よそ行き”の笑顔を張りつけたまま、相手を品定めするようジッと見つめた。


「・・・今日は 君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」


真堂がスッと手を差し出し、強子に握手を求めてきた。
強子は天使のような笑顔を崩さぬまま、握手に応じようと手を出したのだが・・・二人の手が繋がられる前に、爆豪が 真堂の手をビシッと叩き落とした。


「フかしてんじゃねえ―――セリフと面が合ってねえんだよ」


真堂を睨みつける爆豪を見て、切島が慌ててフォローに入った。


「こら おめー、失礼だろ!すみません・・・」

「良いんだよ!心が強い証拠さ!」


それにしても、爆豪ほどの輝かしい経歴を持ち合わせているわけじゃないのに・・・強子まで 随分と名が知れわたってしまったものだ。
強子は困ったような笑みを浮かべると、隣に立つ爆豪へと話しかけた。


「私たち すっかり有名人だねぇ、爆豪くん」

「話 し か け ん な」

「えっ」


地を這うような低い声で、底冷えしそうな冷たい言葉を吐かれ、強子は笑みを浮かべたまま固まった。
聞き違い、だろうか―――ここ最近は、比較的、爆豪と強子の仲は良好だったはずだもの。
入寮してから、なんだかんだ言って 爆豪と関わる機会も増えたし・・・この試験会場に来るまでのバス移動中も、爆豪とは隣の席で 何てことない会話を交わしていたくらいだ。
それが、急に、


「てめェは・・・本当に、いっつもいっつも、俺をイラつかせてくれるなぁ・・・?」


ギッと目を吊り上げ、怒りを滾らせた眼で、強子を睨みつけている・・・久々に、ガチな爆豪―――どうしてこうなった?


「男と見りゃあ、ヘラヘラ笑って あちこちにシッポ振ってんじゃねえぞ!!こんの メス犬ッ・・・!」

「(め、メス犬!?)」

「イイコチャンぶって 野郎どもに媚びへつらいやがって・・・テメェにゃプライドねーんか、あァ!?言っとくが、色ボケてるような奴は 試験受けてもどーせ落ちんだよ!ここにいても無駄だから とっとと去ねや!クソうぜえ!!」


爆豪の声のデカさに、まわりにいた他校生たちもこちらに注目して固唾をのんでいる。
これは また、雄英の評価が悪くなるんじゃないかと強子が憂いていると、爆豪がぐっと拳を握りしめ、さらに続けた。


「さっきの・・・士傑のナヨついた野郎とお前の関係なんざ、俺はまったく、これっぽちも興味ねぇが・・・ハッ!“元カレ”だぁ?フザけんなよ―――だから テメェは、“補欠”なんだろうが!!」

「・・・は?」


久しぶりに耳にするその禁句に、強子の顔がヒクリと引きつる。
何故、強子がここまで貶められなければならないのか。確かに、まわりに愛想は振りまいたけど・・・強子は決して、色ボケてなどいないのに。
だが、そんなことよりも・・・


「(それ(元カレ)とこれ(補欠)は、話が別だろ!中学時の恋愛事情に関係なく、私とお前が同じ試験会場じゃなかったら、余裕で合格してたっつーの!!)」


爆豪こそ、強子が“補欠”となった直接的な原因のくせに、なにを検討ちがいなことを言っているのか。
とはいえ、ぶっちゃけると―――恋愛なんかしてる場合じゃねえ と強子が考えを改めたのは、入試で爆豪に打ちのめされたことがキッカケだった。
爆豪によって、自分よりも強者がいるという現実を突きつけられたから、強子は恋愛を封じようと決めて、彼氏と別れたんだ。


「待てって 爆豪―――いや、身能の男たらしっぷりに腹を立てるのはわかるよ?けどよ・・・お前、もっと自分の気持ちに素直になんねーと、んな調子じゃあ、一生報われねーぞ!?」


上鳴が何やら事情を察したような顔をして、爆豪を諌めようとする。その後ろでは、青い顔をした緑谷がコクコクと頷いて 上鳴に激しく同意していた。


「ざけんなッ!俺ぁ、誰より、自分に正直に生きてんだよ!!気にくわねーモンは叩きつぶすし、したくねーモンは 嘘でもしねえ!」

「あっオイ、爆豪!」


全身から怒りのオーラを漂わせ、ズンズンと大股で遠ざかっていく爆豪。
A組の大半が、何もそこまで怒らなくていいのでは?と若干 引きぎみに爆豪を見送っている。
本当に感情の起伏が激しい男だ・・・こともあろうに、強子にとってのNGワードを大勢の前で唱えやがって。元カレも、補欠も・・・もう過去の話だろ!?
沸々と苛立ってきた強子は不服そうに頬を膨らませると、爆豪の所業を 相澤に言いつけてやることにした。


「せんせぇー・・・爆豪くんが、私にイジワル言ってきまぁーす」

「んなもん 今さらだろ、気にすんな」

「(・・・え、それだけ?)」


爆豪に注意の一つでもしてくれたらスッとするのに、相澤の返答は、そんな 酷くあっさりしたものだった。
当てが外れてがっかりしていると、


「それより、お前・・・思った以上に あちこちから目ェつけられてんな」


相澤はふぅと息をつくと、呆れを通り越して、どこか感心したような顔で強子を見た。
ああ、まったくだ・・・聖愛の女子生徒のように 真っ向から喧嘩をふっかけてくる奴に、遠巻きに嫌味をふっかけてくる集団。表面上は友好的に見える傑物学園の彼らも、腹の内では何を考えているのやら。あげくに、「お互い試験がんばろう」と言った 同中の知人の目は、明らかに強子を敵視していた。


「いいか、身能――― 蹴落とされんなよ」


強子の目をまっすぐに見て、相澤が言い聞かせる。

―――お前が思ってる以上に、ヒーロー社会は生存競争が激しい。そこで生き残るには、時には他を蹴落とすことも必要だ。逆を言えば、他に蹴落とされないよう生き残ることも必要なんだよ


いつぞや 相澤から指導されたことを反芻しながら、強子は一つ頷いた。


「・・・もう、蹴落とされませんよ」


決意をもって言ってのける。
今の強子は、あの頃とは 違うのだ。過去の自分と一緒くたにされては困る。


「お前のことをよく知りもせず 見くびってる連中に、目にモノ見せてやれ」


相澤がニヤリと悪どい笑みを浮かべたのを見て、彼も、“雄英”と“A組”を誇りに思っているのだと 確信する。
そりゃ、我々に好き勝手を言ってくれた連中に、一泡ふかせてやりたいと望むのが道理だ。
この仮免試験―――相澤のためにも、なんとしても勝ち上がらねば!


「みっともねぇ結果を出すようなら、当然・・・“除籍”の可能性もあることを忘れんなよ」

「うぐっ!」


思いがけず言い渡された除籍宣告に息をのみ、背筋を伸ばす。
決して油断していたわけではないが、それでも 身が引き締まる思いになって、力強く頷いた。
この仮免試験―――なんとしても勝ち取るぞ!何よりもまず、自分のために!!










==========

元カレいる設定、賛否両論ありそうで悩みましたが・・・私がそういう設定を好きなので、これで強行突破します!

今回、アニメオリジナルの聖愛学院の皆様にも登場していただきました。才様、いいキャラしてますよね、好きです。
あと、「余裕ありすぎだろ」と遠巻きに嫌味を言ってきた集団は、詳細は書いてませんが誠刃高校です。こちらもアニオリの人々。

そして今回の被害者、投擲くんですね。勝手に身能ファンに仲間入りさせちゃってごめんなさい。でも、なんかアイドルオタクっぽい外見だったので、そういうキャラにしてやろうと、かなり前々から考えてました。うん、しょうがない。



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