引っ越しました
8月中旬。
「体調管理、きちんとするのよ?」
「うん」
「くれぐれも、無理はしないようにな」
「うん」
もう耳にタコが出来るほど聞いた忠言に頷きながら、強子は自宅の玄関の扉を開ける。
両親を振り返れば・・・二人とも寂しそうな、けれど どこか誇らしげな表情をして強子を見ていた。
「しっかりやんなさい!」
「うんっ―――いってきます!」
雄英敷地内、校舎から徒歩5分の好立地で、築3日と出来立てほやほやの学生寮。
“ハイツアライアンス”――ここが、今日から強子たちA組が住まう家だ!
「とりあえず、1年A組・・・無事にまた集まれて何よりだ」
その言葉には、合宿でヴィラン襲撃を受けながらも皆、無事であったこと・・・それと、入寮許可が出たことも含まれているように思う。
あんなことが起きて、入寮どころか 雄英に通いつづけることに否定的な考えの親御さんもいただろう。
「さて・・・!これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面は合宿でとる予定だった“仮免”取得に向けて動いていく」
「そういやあったな!そんな話!!」
「色々起きすぎて頭から抜けてたわ・・・」
仮免の話をすっかり忘れていた者も多いが、一度思い出してしまえば もう彼らの頭の中はその事でいっぱいになり、期待と不安の入りまじった様子で浮わついている。
当然強子も、仮免取得試験に向けて気合いが入っている。この先の展開にわくわくと胸を弾ませていると、
「大事な話だ、いいか―――轟、切島、緑谷、八百万、飯田・・・この5人は “あの晩あの場所”へ、爆豪救出に赴いた」
浮わついていたA組の空気が、相澤の言葉により、一気に凍りついた。
そんな彼らの様子を見て、皆もそのことを把握していたのだと察しがつく相澤。
「色々棚上げした上で言わせてもらうよ。オールマイトの引退がなけりゃ俺は、爆豪・耳郎・葉隠以外、全員除籍処分にしてる」
うぐ、と胸がつまる。
こうなることは知ってたはずなのに。“除籍”のワードなら、何度も言われてきたはずなのに。
―――彼女が夢みる未来を、彼女自身の力で勝ち取れるよう、しっかり強子さんを育て上げてみせます家庭訪問で、相澤が強子の両親に言った言葉が頭をよぎる。
相澤があんなにも強子に期待し、強子の教育に熱意をもってくれている。そのことを知ってから言われる“除籍”の響きは、心に与えるダメージが段違いに大きかった。
「行った5人はもちろん、把握しながら止められなかった13人も・・・理由はどうあれ、俺たちの信頼を裏切った事には変わりない」
そのとおり、強子は大人たちの信頼を裏切った。
反論など出来るものか。強子は“あの場”に行かなかったとはいえ、あの5人の行動を止めなかった――どころか、迷う彼らの背中を押すようなことを言った。
・・・正直いうと、疚しい気持ちで胸がいっぱいで、とても相澤の顔を見れそうにない。
「正規の手続きを踏み 正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい―――以上!さっ!中に入るぞ、元気に行こう」
くるっと方向転換して寮へと足を進める相澤だったが・・・
「「「(いや待って、行けないです・・・)」」」
暗い表情でうつむき加減に、ずーん と重たい空気を作り出すA組。
そんな皆の様子を見ていた爆豪が、動きを見せた。
唐突に上鳴を引っ張り、嫌がる彼を植木の陰まで連れ出した・・・かと思えば、死角になっている植木の裏側で、激しい電流が炸裂し、見守っていた皆の体がびくりと跳ねる。
そして、陰からバッと飛び出してきたのは、
「うェ〜〜〜い・・・」
「「「!!」」」
アホ化してウェイ状態となった、上鳴であった。
「バフォッ!」
強子の横にいた耳郎が 凄まじい勢いで吹き出した。慌てて彼女は口元を手で押さえ、笑い声をあげないように堪えている。
他の者たちも 爆豪の突飛な行動に戸惑いつつ、不意をついた上鳴のアホ面に笑いがこみ上げてきている。
凍りついていた空気がじわじわと溶けていく中・・・爆豪が何枚かの万札を取り出して、切島へと突きつけた。それは、爆豪救出の際に切島が用意した暗視鏡の相場と同程度の額であった。
「いつまでもシミったれられっと、こっちも気分悪ィんだ―――いつもみてーに馬鹿晒せや」
ぶっきらぼうな態度で、口は悪いし、目付きも悪い。
でも、爆豪の言動の裏には 切島に対する思いやりが見てとれ、強子はふっと口元に笑みを浮かべる。
少しわかりにくいけれど・・・爆豪を救けるために敵地まで乗り込んだ切島という友人を、元気づけようとしているのだ。さらには、切島だけでなく、重い空気を纏っているA組全体にも気を配ってくれている。
きっと、自分のせいで皆が暗い雰囲気になってしまった と、責任でも感じているのだろう。だから、上鳴を犠牲にしてまで、こんな茶番を繰り広げているわけだ。
強子は“友達思いな爆豪”という珍しいものを目の当たりにして、“ツンデレ”の貴重な“デレ”でも見ているような気分でニヤついていたのだが、
「うェイ!」
「!?」
突如―――眼前にひろがったアホ面に、強子の思考は停止した。
「うェうェうェ〜イ!」
作画崩壊気味のアホ面を晒している上鳴が、両手の親指を立てて、至近距離から強子に差し向けてくるではないか。
思わずヒクリと、強子の頬の筋肉が引きつった。
「・・・っ」
―――ものすごく、笑いたい。
耳郎や他の皆がするように、このアホ面を指さして笑ってしまいたい。
しかし・・・思い出してほしい、強子と上鳴の微妙な関係性を。強子が上鳴を笑ってしまえば、強子と彼の溝はさらに深まってしまうんじゃないか?
他の皆はともかく、強子は 上鳴を笑っていい立場ではない。絶対に、笑ってはいけないんだ。
「ふぇ、ふぇ・・・」
絶対に笑うものかと、緊張感をもって口元を引き締めている強子の前で、上鳴はへろへろと覚束ない足取りでさまよい、そして・・・バッと勢いよくジャンプして飛び上がった。
「・・・ふぇいだうェイ!」
「ッブフォ!!」
耐えきれず、強子は盛大に吹き出した。
なんだよソレ、ふざけんな!完全に笑わせにきてるだろコイツ!
「だめ・・・ウチ、この上鳴・・・ツボッフォ!!」
耳郎もまた吹き出すと、呼吸もままならぬほどにヒーヒー言いながら、腹を抱えて笑っている。
それにつられるように、強子もとうとう声を上げて笑った。
「ふっ・・・あははははッ!」
逆光を背に 空中で綺麗にウェイポーズをきめた上鳴の姿が、目に焼きついて離れない。
まったく・・・この著しいアホの所業で、まだ笑いを止められそうにない。なんかもう、笑いを止めなければと思えば思うほど笑えてくる 謎の精神状態である。
あたりに強子と耳郎の笑い声が響き、そんな彼女たちを「笑いすぎだろ」と咎めながらも、皆の口元には 次第に笑みが浮かんでいく。
「あっはははは・・・はぐぅっ!」
―――はぐぅ?
大口を開けて笑っていた強子が突然おかしな声を発したため、驚いた皆が強子の方を見やれば・・・彼女の頬をムニッと、思いきり引っ張っている爆豪がいた。
「てめぇは・・・いつまでもゲラゲラと、馬鹿笑いしてんじゃねえ!!耳障りだわ!」
「ふぁあ!?ふぁらはへはふは、ふぁふほーふんはむ!(はあ!?笑わせたのは、爆豪くんじゃん!)」
急に理不尽な怒りを強子に向けてきた爆豪に、ワケわからないながらも言い返す。
上鳴のアホっぷりに笑っていたけども、元はと言えば、爆豪が上鳴をアホにしたせいで、こっちは笑いが止まらないんじゃないか!
「うっせぇ!何いってっかわかんねぇんだよ!」
「いひゃい、いひゃいー!」
片方の頬だけ摘ままれていたのが、今度は両頬をムニムニと引っ張られ、強子が抗議の声をあげて爆豪の手をベシベシと叩く。
「(なんだよ、もう!少しは距離が縮まったと思ったのに!)」
先日、爆豪と抱擁を交わした際に、二人の心が通じあったように思ったのだが・・・どうやら、気のせいだったらしい。
あの一件で、爆豪は前よりも強子に優しくなるのでは?と、期待していたのに。優しくなるどころか・・・むしろ、前よりさらに無遠慮に、強子に対する無礼に拍車がかかっているじゃないか!
キッと目をつり上げて爆豪を睨むと、彼はそんな強子の顔を見下ろし、ハッと笑う。
「お前も アホ面だな」
「うるへー!」
個性を発動して ようやく爆豪の手から逃れると、赤くなった頬を擦る強子は恨みがましい目で爆豪を睨んだ。
そうして ニヤけ顔の爆豪とガン飛ばしあっていると、
「ほんと相変わらずな、お前ら・・・」
「なんか懐かしいっつーか、逆に落ち着くわ・・・この感じ」
「だね」
もはやA組の名物とも言える、爆豪と強子の睨み合い。
それを見守っていたA組は、なんだかホッとしたような、嬉しそうな笑顔だったものだから・・・強子は何とも言えない気持ちになって、此度の爆豪の無礼を許してやることにした。
「とりあえず今日は部屋作ってろ」
寮の部屋割りを確認すると、強子の部屋は2階だった。
女子棟2階の住人は、強子一人のみ。このフロア以外は、各フロアに二人ずつ住人がいるというのに・・・。
「(くっ・・・また、はみ出しもの扱いだよ・・・)」
寂しさに涙をのむ強子であったが、今日から住まうことになる自分の部屋に入った途端、そんなちっぽけな寂しさなんて 吹き飛んだ。
そこは、エアコン、トイレ、冷蔵庫にクローゼット付きの贅沢空間!出来立ての 綺麗で真新しいワンルームは、まだ新築らしい 木の香りに包まれている。
ここで始まる新生活に期待を膨らませると、強子は部屋の隅に積まれている段ボール箱へと目を向けた。
「・・・よしっ、やりますか!」
―――と、意気込んだものの・・・寮生活で困らない程度の荷物しか持ち込んでいないため、荷ほどきに そう時間はかからない。
実家から持ち込んだ家具を、実家にいたときと同じような配置で並べ、いつも通りに部屋を飾りつけたら、即完成だ。
慣れ親しんだ実家の自室と比較しても遜色ない その仕上がりに、強子は満足げに頷いた。
そうして早々に引っ越し作業を終え、手持ちぶさたになった強子は、八百万の手伝いでもしようと思い立ち、彼女の部屋がある5階へと向かったのだが・・・そこに彼女はいなかった。どこに行ったのかと思えば、彼女は1階の一画で、大量に積み上げられた荷物を前にして右往左往しているではないか。
「銀の食器セットは・・・いらない。絵画も一枚だけでいい。靴は・・・三足あれば十分ですわね・・・あぁでもハイヒールは一足あったほうが・・・」
部屋の広さをはき違えた八百万家は、あれもこれもと大量の荷物を送ってしまったため、こうして八百万は荷物の取捨選択に追われているのであった。
「・・・百ちゃん、その調子じゃ 今日中に部屋づくりが終わんないよ」
「強子さんっ!」
背後から声をかけると、八百万は藁にでもすがるような表情で強子へ振り返った。
「どうしましょう、部屋に荷物が入りきらないんです・・・!どれも必要だろうと思い こちらへ送ったものですから、家に送り返す荷物をこの中から選ぶなんて・・・私、とても出来ませんわっ」
しょうがないな、と笑みをこぼす。
「私も手伝うから、パパッと終わらせちゃおう!」
腕まくりをしながらそう言えば、八百万はぱっと嬉しそうに顔を綻ばせた。
八百万は強子に甘いところがあるけれど・・・強子のほうも、八百万には甘いのだ。
まあ、もとより強子は 八百万を手伝おうと考えていたし。生粋のお嬢様である八百万が、引っ越し作業を一人で出来るとも思えないし。
そんなわけで、強子が八百万を手伝っていると・・・途中から耳郎も加わって、どうにか日が落ちる頃には 八百万の荷物整理と部屋づくりが完了した。
部屋づくりに追われる、慌ただしい一日。けれど、これで新生活を始める準備が整ってよかった―――なんて気を抜いていた強子は、すっかり失念していた。
「あのね!今話しててね!提案なんだけどっ―――お部屋 披露大会、しませんか!?」
芦戸や葉隠たちの提案により、爆豪と蛙吹を抜いたA組メンバーで、A組男子の部屋巡りをすることになった。
「オタク部屋だ!!」
「黒!!怖っ!」
「まぶしい!!」
緑谷の オールマイトだらけのオタク部屋に、常闇の 中二の心を疼かせる暗闇部屋・・・反対に 青山の部屋は目に痛いくらいまばゆかった。
「メガネ クソある!」
「チャラい!!」
「ウサギいるー!可愛いいい!!」
尾白の部屋は普通だったけど・・・それ以外は、どの部屋も 皆の個性があふれる部屋に仕上がっていて、なかなかに面白い。だが、
「釈然としねえ」
男子部屋をまわっている途中、上鳴のこぼしたその一言で、空気がかわった。
「奇遇だね、俺もしないんだ 釈然・・・」
「そうだな」
「僕も☆」
「男子だけが言われっ放しってのはぁ変だよなァ?」
「(・・・ん?あれ?このあとの展開って、どうなるんだっけ?)」
―――強子は、失念していたのだ。
「“大会”っつったよな?なら当然!女子の部屋も見て決めるべきなんじゃねぇのか?」
「(女子の、部屋・・・?)」
「誰がクラス1のインテリアセンスか、全員で決めるべきじゃねえのかあ!?」
そう―――女子による容赦ない舌剣で男子の競争心に火がつき、女子部屋も巻き込んで・・・“部屋王”を決める、ベストセンス決定戦が開催されるのである!
「(やっべー・・・忘れてた・・・)」
さぁっと顔を青ざめさせる強子。
強子は、八百万の手伝いをする前に部屋づくりを完成させているが・・・こうなる展開をすっかり忘れていたので、自分の部屋を“皆に見せられるような状態”にしていなかった。
どうにも日常パートの展開は、戦闘パートと違って気を抜いてるせいか、忘れがちでいけないな・・・いや、それよりも今は、どうやって強子の部屋を晒すことを避けるか 考えないと!
強子は一人だらだらと汗を流しながら、険しい顔つきで男子の部屋を順にまわっていく。
「―――男子は以上・・・うまっ」
「次は私たち うまっ・・・だね!」
「女子棟と繋がってんのは1階だけだから、うまっ・・・一旦 降りて・・・」
砂藤の作ったシフォンケーキをもっちゃもっちゃと美味しく頂いて、ぞろぞろと女子棟へ向かう。
女子棟は上(5階)から順にまわるよう誘導し、強子の部屋のある2階を後回しにしたのはいいが・・・そんな時間稼ぎは気休めにしかならない。そのときは、刻一刻と迫ってきている。
「・・・じゃ、最後は身能か!」
「い・・・いやー、ごめん 皆!私の部屋、片付いてないから見せられないやぁ!」
3階の葉隠の部屋まで見終わったところで、強子が後ろ頭をかきながらアハハと笑った。強子の部屋へと向かっていた皆の足が止まり、くるりと彼女に振り向く。
ぎこちない笑顔を向ける強子に、クラスメイトたちが彼女を訝しむ中・・・八百万が純粋に抱いた疑問を口にした。
「強子さんは、私や耳郎さんよりも、ずっと早い時間に部屋作りを終えていらしたはずでは?」
ぎくりと体を揺らした強子に、耳郎が眉をひそめて追い打ちをかける。
「確か、効率を考えて 実家のときと同じ配置で家具を置いたから、部屋づくりに悩まないで すぐに終わったって言ってたよね?部屋の装飾も、こだわりの配置が決まってるから あまり時間がかからなかったって・・・」
強子の口からは「あぅ・・・」と情けない声が漏れたきり、言い訳すらも出てこない。
無言で目配せしあったA組は一斉に頷くと、数人がかりで強子を引きずって、強制的に強子の部屋へと向かった。
「わーっ、待って待って 本当に!?わかった、一瞬!一瞬だけ待って!?ちょっとだけ、私に先に入らせてもらえない!?」
「往生際が悪いよ、強子!」
「そうまでして“隠したいモノ”があると思うと、俄然 気になるよな!」
皆、嫌がる強子を前に、やけにノリノリだ。
自分の部屋に辛辣な評価を受けた男共は、どの女子部屋も普通に女子っぽい可愛い部屋だったものだから・・・燻らせたままの釈然としない気持ちを、強子で発散してやろうと企んでいるに違いない。
女子は・・・強子に、何か恨みでもあったろうか?彼女たちがウキウキと楽しげなのが 解せぬ。
・・・なんて考えていたら、とうとう強子の部屋の前まで来てしまった。
「ハッ、そうだ・・・パンツ!」
「「「は?」」」
部屋の前で突然「パンツ!」と叫んだ強子に、皆が怪訝そうに「パンツ?」と首を傾げた。
「そう、パンツが部屋のそこら中に転がってるかもっ!見苦しいから、私の部屋に入らない方がいいよ!ね!?」
「俄然 気になるよな!!」
よだれを拭いながら告げた峰田に即座に足払いをかけ、床に転がった峰田をゲシゲシと踏みつけにしていると、
「・・・それじゃ 女子が先に入って、もしパンツがあったら回収、その後に男子が入るってことで!ではではっ、いざオープン!!」
「ああっ!」
強子の最後のあがきも虚しく、芦戸を筆頭とした女子(一応パンツを考慮して 男子は廊下で待機だ)が、強子の部屋になだれ込んだ。
「?―――パンツもないし、きれいに片付いてるじゃん」
「女の子らしい部屋だと思うけど・・・強子ちゃんは なんでそんなに嫌がってたの?」
「なんだ、拍子抜け・・・・ん?」
「「「ん!?」」」
先遣隊の女子メンバーがある一点を見つめて固まっていると、パンツがないとわかって安心した男子も(峰田はガッカリしてたが)強子の部屋に入り・・・同じように、ある一点を見つめて停止した。
そんなクラスメイトたちの反応を見届けて、強子は絶望したように床に四つん這いになった。
皆の視線の先にあるのは、勉強机の上に飾られている、強子の写真だ。
より正確に言うなら・・・強子と、A組の生徒がセットで写っている写真――いわゆるツーショット写真が 20人分並んでいた。
いずれも写真立てに入れられて、出席番号1番から20番まで、出席番号順に整然と飾られている。
その中の一部は、被写体がカメラに向いていない写真――体育祭で対戦中のものだったり、隠し撮りと思われるものもあった。
「・・・実家にいたときと同じ装飾に、こだわりの配置・・・」
耳郎のもらした一言に、皆が瞬時に察する。
強子は、実家にいた時から、自室にクラスメイトたちとのツーショット写真を飾っていたのだ と。それも、ご丁寧に出席番号順に並べるという、こだわりっぷり・・・。
さらに衝撃的なのは、写真が勉強机の上にあるということ。それはつまり、毎日、必ず、写真が彼女の視界に入るということだ。
自分とのツーショット写真を毎日眺めている身能強子―――それを思い浮かべたA組の面々は、生暖かい目を強子に向けた。
「(身能のやつ・・・!)」
「(強子(さん/ちゃん)っ・・・!)」
「(よくまぁ、これだけの写真を集めたな・・・)」
「(傍若無人な奴だけど、コイツ実はすげぇA組好きだよな・・・)」
「(ヒーロー科随一のツンデレ・・・)」
「「「(かわいいとこ、あるなぁ・・・)」」」
なんだか ほっこりとした空気に包まれる中、強子は不服そうに眉間にシワを寄せた。
「なに・・・? なんなの!?」
なんか文句でもあるのかと噛みつかん勢いで聞いても、皆には「なんでもないよ」と薄ら笑いで返される。
「(だから、見られたくなかったのにィ・・・!)」
A組との写真は、雄英に入学してから地道にコツコツと集めてきた、強子の大事なコレクションである。
自然な感じで「一緒に撮ろっ!」と声をかけて撮影したり、体育祭の写真販売で強子と写っているものを探して購入したり・・・。
だって、せっかくヒロアカの世界に転生したのだから、そりゃあ・・・ヒロアカ原作メンバーとのツーショット写真、欲しいに決まってるだろ!誰だって、A組メンバーと一緒に写真を撮って、飾っておきたいと思うでしょうが!
ちなみに強子の机の上には、A組との写真の他にも、ファットガムや天喰との写真も飾ってある。そりゃ・・・原作メンバーの中でも とくに敬愛する人たちなんだから、当然でしょうがぁ!
「(くっそー・・・なんで忘れてたんだよ 私は!)」
後悔しても今さら遅いが、“部屋王決定戦”のことを忘れていたなんて、非常に悔やまれる。
この展開を覚えていたなら、A組との写真は隠し、もっとオシャレなインテリアデザインにして、部屋王の座を狙ってたのに・・・!
「えー・・・皆さん、投票 お済みでしょうか!?自分への投票はなしですよ!?」
1階の談話スペースに戻り、部屋王を決めるための投票を行う。
「それでは!爆豪と梅雨ちゃんを除いた・・・第一回 部屋王、暫定1位の発表です!!」
楽しげな芦戸が溌剌と司会進行していく。
そして、投票結果を握る 芦戸の手元に、参加した皆が視線を集中させた。
「得票数18票!!圧倒的独走!単独首位を叩き出した その部屋は――― 身能ー強子ー!!」
「はああ!!?」
芦戸の発表した結果に驚愕して、強子がガバッと立ち上がる。
だって、そんなはずない!強子の記憶が正しければ、美味しいシフォンケーキを振る舞った砂藤が“部屋王”になるはずだ!
「ちなみに理由は、『かわいい!』、『キュンときた』、『ツンデレも悪くない』などなど・・・」
「部屋の話だよね!!?」
何だろう これ・・・。部屋王に選ばれたというのに、すげー複雑な気持ちだ。
部屋王決定戦が予想外の結末で幕を閉じると、各々、自室に戻ってもう寝ようという流れになったのだが・・・
「あっ!轟くん、ちょ 待って!」
麗日が、自室に戻ろうとしていた轟を呼び止めた。
「デクくんも飯田くんも・・・それに 切島くん、八百万さん―――ちょっといいかな」
その5人の名を聞いて、強子はピンときた。このあと、蛙吹からその5人に話があったはずだ。
蛙吹が、心を鬼にして キツい言い方をしてまで止めたのに、爆豪救出に向かった5人――彼らと、また、笑いあえる関係に戻るために。
「・・・」
顎に手をおいて、考えるような仕草をした強子。
強子は爆豪救出には行ってないし、今も蛙吹に呼ばれていないけど・・・それでも、知らぬ存ぜぬを通せる身分ではないはずだ。
寮の外に出ていった彼らの様子をうかがおうと 強子が玄関の戸に張りつけば、外の会話が聞こえてくる。
「―――何て言ったらいいかわからなくなって、皆と楽しくお喋りできそうになかったのよ・・・でも、それはとても悲しいの」
呼吸が乱れ、嗚咽している蛙吹。ポロポロと涙を流している。
「だから・・・まとまらなくってもちゃんとお話をして、また皆と楽しくお喋りできるようにしたいと思ったの」
泣きながらも これからのことを前向きに考えている彼女に、思わず強子の目頭も熱くなる。
「梅雨ちゃんだけじゃないよ。皆すんごい不安で、拭い去りたくって、だから・・・部屋王とかやったのもきっと デクくんたちの気持ちはわかってたからこそのアレで・・・」
言葉につまった蛙吹に代わり、麗日が言葉を引き継ぐ。
「責めるんじゃなく、またアレ・・・なんていうか・・・ムズいけど、とにかく・・・また皆で笑って・・・頑張ってこうってヤツさ!!」
蛙吹の、そして 皆の思いにハッとさせられた5人は、蛙吹を囲って誠意をこめた謝罪の言葉を連ねていく。
そんな中、強子は玄関の戸をバンッと開け放ち、寮を飛び出した。
「身能さん!?」
「身能!?」
「ケロ・・・?」
驚く彼らの前にズダッと馳せ参じると、ガシリと力強く蛙吹の手を握り、
「梅雨ちゃんっ!ごめんなさい!!」
思いきり声を張り上げ、蛙吹に謝罪する。
「私、爆豪くんの救出に行くか悩んでた切島くんたちに・・・背中を押すようなこと言っちゃったの!梅雨ちゃんが 心を痛めながらも皆を止めてくれてたのにっ、それを無下にするようなことをした!ごめん!!」
強子は、悩む切島たちに向けて“どうすれば後悔しないのか”と問いかけ、彼らを煽った。
けどそれは、蛙吹の気持ちを蔑ろにするような行為だ。だから・・・ずっと、良心の呵責を感じていたのだ。
強子の言葉を聞くと、蛙吹は僅かに眉尻を下げた。
「悲しい・・・けれど―――」
蛙吹は、爆豪救出を止めようと 彼らに厳しく言った時のことを思い返す。
「あの時・・・強子ちゃんが私の背中を支えてくれたから、私は“1人じゃないんだ”って、とても 心強かったのよ」
あの時、背に優しく添えられた強子の手は、蛙吹の気持ちを軽くしてくれた。強子の何げない動作に、多少なりとも 蛙吹は救われていたのだ。
蛙吹は、ふっと小さく笑みを浮かべた。
「・・・私だけでなく、切島ちゃんたちのことも支えてあげていたのね。どちらにも親身になって後押しするなんて、強子ちゃんらしいと思うわ―――正直に話してくれて、ありがとう」
「梅雨ちゃん・・・」
蛙吹に打ち明けて、謝って・・・それを彼女に笑って赦してもらえたことで、胸に抱いていた罪悪感が、少しずつ薄まって 消えていく。
皆の不安も、わだかまりも、罪悪感も・・・少しずつでもいいから、拭い去っていこう。
そして、取り戻すんだ。
いつもの・・・そう、いつもの、ヒーローを目指し 切磋琢磨するあの―――日常を!
寮へと戻りながら、強子は眠そうにしている轟に声をかけた。
「そういえば轟くんの部屋、和室にリフォームされてて凄かったね!轟くん家の雰囲気も再現されてたし」
以前、轟の実家にあがり、彼の部屋で勉強会をしたことがあるが・・・その時に見た彼の部屋と 先ほど見せてもらった部屋は、よく似ていた。
やはり彼も強子と同じように、今まで暮らしていた環境に寄せたほうが落ち着いて生活できると考えたのだろう。
「身能の部屋は・・・・・・恥ずかしかった」
は、恥ずかしい!?
轟に小さな声で「恥ずかしかった」と告げられ、強子は思わず固まったが、
「・・・写真が」
照れたようにそっぽを向いて続けた言葉に、なるほどと納得する。
人にもよるけど・・・年頃の男の子ってのは、自分の写真が飾られるのを恥ずかしがったりするものだ。轟なんかは、まさにそういうタイプっぽい気がする。
しかも、強子の部屋に飾ってある轟とのツーショット写真は、強子が自撮りで撮影した、どアップな二人の顔写真であった。
他人の部屋に、顔アップの自分の写真が飾られてるとか・・・嫌だろうなぁ。
「・・・他の写真に変えようか?アップじゃないやつに」
彼の気持ちを慮って、そう提案してみる。ちなみに、“写真を飾らない”という選択肢はない。
轟は強子の提案に少し悩んでから、首を横に振った。
「・・・いや、いい」
「本当に?」
「ああ」
「・・・根に持ったりしな「いい っつってるだろ」
呆れた様子でじろりと見られ、強子はすぐさま口を閉じて頷いた。
「おーい轟ぃ、エレベーターもう来るぞー!」
「今 行く」
男子棟に向かう轟と、女子棟に向かう強子。別れ際に挨拶を交わそうと強子が轟を見ると、彼のほうが一足先に口を開いた。
「―――おやすみ、身能」
轟は穏やかな声音で、そう一言、強子に落とした。
それを聞き、頭がのぼせたようにぼーっとなりながら、強子も同じように挨拶を返す。
「・・・おやすみ、轟くん」
轟とはそれなりに親しい関係だが・・・“おやすみ”だなんて挨拶を交わすのは、初めてだ。
そりゃまあ、寝る前にしか使わない挨拶だし、クラスメイトの男子に言う機会なんて そうそうない。林間合宿のときでさえ、女子にしか言わなかった気がする。
「(な、なんか・・・照れるな)」
ふわふわと落ち着かない気持ちになり、もじもじしている強子の頭に、轟がぽんと優しく手を乗せた。
驚いて轟の顔を見上げれば、彼はふわりと やわらかく微笑んだ。
「!!」
普段はクールであまり笑わない轟の、貴重な微笑み。神に祝福されたかのように美しく煌めくアルカイック・スマイル。
その破壊力に、強子の心臓にズドンと衝撃が走る。
すたすたと男子棟へ戻っていく轟の後ろ姿を見ながら、強子はぷるぷると震える手で胸元を押さえた。ドキドキと動悸はおさまらず、眠気がふっ飛んで 目が醒めてしてしまった。
「(就寝前に、超絶イケメンの魅惑的な笑顔なんて見るもんじゃないな・・・)」
いつもの日常を取り戻す―――そうは言ったものの、今までと全く同じ日々には ならないようだ。
何しろ、友人たちとの距離感が今までとは違う。以前よりも少しだけ、彼らとの距離が近い。
これからは彼らと、朝の“おはよう”から夜の“おやすみ”までを共有する、新たな生活が始まる。
その環境の変化を噛みしめながら・・・強子は慌てて女子棟のエレベーターへと駆け込むのだった。
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ヒロアカ世界に転生したなら、原作キャラとツーショとかマジ憧れるよね、って話。
だからこそコツコツ(コソコソ)と撮り溜めていた夢主ですが、その情熱がクラスメイトに共感してもらえるはずもなく・・・。A組の夢主に対する印象がまたアレな感じになってます。
寮生活って、楽しそうですよね!今後もわちゃわちゃやっていきます![ 58/100 ][*prev] [next#]
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