言葉 ※天喰視点

「「 あ 」」


ヒーロー基礎学を終え、更衣室へ向かおうと体育館を出たところで、これからヒーロー基礎学を行うらしい身能とばったり出くわした。
ファットガム事務所で彼女と過ごしたあの一週間以来、こうして彼女と顔を合わせるのは 初めてだ。


「環せんぱーい!」

「!」


彼女はニパッと無邪気な笑顔を見せると、天喰に向けて気さくに手をヒラヒラと振った。
条件反射のように手を振り返そうと腕をあげ、はっと動きを止めた。


「(話すようになってまだ日が浅いというのに、そんな馴れ馴れしくして 嫌われないだろうか!?)」


そんな肝の小さいことを考えて、天喰はフリーズする。
・・・そもそも、後輩である彼女のほうが先んじて馴れ馴れしい行動をとったという事実は 天喰の頭から抜けている。
さんざん迷ったあげく天喰は、ぺこりと頭を下げて彼女に挨拶を返した。


「えっ、なんで お辞儀!?」


驚いたような声をあげて、可笑しそうに笑う彼女。学校で会う彼女はまた新鮮で なんだか落ち着かず、天喰はつい目線を下げてしまう。
すると、彼女と一緒にいた女子生徒が不思議そうに口を開いた。


「・・・誰?」


耳たぶがイヤホンジャックになっている子が聞くと、身能はご機嫌な様子で答える。


「仲良しの 先輩!」


彼女にとっては何げない言葉だったろうが・・・天喰にはむずむずと こそばゆく感じられ、自然と頬が弛んだ。
しかし―――ふと、気がつく。


「!?」


周りからの、天喰に向けられる刺々しい視線。
イヤホンジャックの子は「ふーん?」と言いながら、鋭い目付きで値踏みするように、天喰の頭から足先までを見やる。
反対隣にいたポニーテールの子は、何かを疑うように 慎重な視線を投げてよこした。
・・・彼女たちの視線は、まだ可愛いものだ。
耐えがたいのは、天喰のうしろに控えていた クラスメイトたちの視線だ。妬ましそうに、恨めしげに、じっっっとりと 天喰の後頭部を睨み付ける視線を感じた。


「―――天喰っ、てめぇ!いつのまに秘蔵っ子と仲良くなったんだよ!!」

「お前みたいな陰キャが、どうすりゃ あの身能と“仲良し”になれるんだ!?なあ?天喰・・・白状しろ!!」


彼女から離れると、すぐさまクラスメイトたちが天喰へと詰め寄った。


「・・・彼女の職場体験先が、ファットのところだったから・・・それで」

「はァーっ!?」

「んだよソレ!!」

「畜生っ!なんで俺のインターン先に来てくれねーんだよぉ!」


天喰が正直に話せば 彼らは、頭を抱えたり、歯ぎしりしたり、壁に拳を打ち付けたり・・・皆、一様に悔しがっている。
ぽかんと呆けていると、通形に「仲良しの後輩が出来て良かったじゃないか!」と笑顔で肩を叩かれた。


「くそっ!天喰ばっかりズリぃぞ!なんだよそのラノベ的な おいしい展開!」

「身能といい、波動といい・・・なんで、天喰のまわりには美少女が集まるんだっ!?女に興味なんかこれっぽっちもないクセに・・・」

「いや・・・逆に、興味がないから集まるんじゃ?天喰は女にがっつかないけど、見た目はそこそこだし、実力も確かだもんなー」

「それ、なんてギャルゲー主人公?」


気のいいクラスメイトたちに、あーだこーだと騒がれるが・・・それもまだ、耐えられた。
でも、問題は―――


「あっ、環先輩!」


別の日。食堂で出くわした身能は、嬉しそうに破顔すると、小走りで天喰のもとに駆け寄ってきた。
きらきらと太陽のように明るい笑顔で、わざわざ天喰の近くに寄ってきては 何てことない言葉をかわす。
後輩というのは、こんなに可愛いものだったのか と、親しい後輩など今までいなかった天喰は衝撃を受けつつ・・・彼女につられて頬を弛めた。
しかし―――すぐに、ビクッと肩を揺らす。


「!?」


周りからの、天喰に向けられる刺々しい視線の数々に、気づかないはずない。
ヒーロー科だけではなく、普通科も、サポート科や経営科の人間も。学年も、性別すらも問わず、食堂にいる大勢が・・・天喰を見ている。
羨望と嫉妬、そして敵意すらこもった眼差しで、天喰を品定めするかのように 不躾に凝視しているではないか。
その恐ろしい光景に、顔面蒼白でガクガクと震えて戦慄していると、クラスメイトが天喰の肩を揺らした。


「あっ、おい天喰・・・お前、1−Bの拳藤にめっちゃ見られてんぞ!ほら、ウワバミの出てるCMに出演してる子!天喰、あの美少女とも知り合いか!?」


いや、知らない。
けれど・・・その拳藤という人も 例にもれず、天喰に羨ましげな視線を送っている一人だ。
そこで天喰は、ようやく気がついた。


「(そうか・・・みんな、身能さんと仲良くなりたいんだ)」


太陽のように温かな彼女に、惹かれない人はいない。彼女に心酔する者も多いだろう。
だから・・・幸運にも ひょんなことで彼女と知り合い、“親しい先輩後輩”という関係を築けた天喰が、こんなにも皆に注目されているわけだ。

そして、翌日以降―――学校内で彼女を見つけては、あの刺々しい視線が突き刺さる恐怖を思い出し・・・脱兎のごとく彼女から逃げる天喰の姿が見られたという。










それは、突然の依頼だった。
ファットガム事務所のサイドキックとしての、身能の護衛の任務。
ファットガムはこれ以上ないほど気合いを入れているが、天喰は 彼女を避けていた手前・・・とてつもなく気まずい。非常に気が重い。けれど、これは仕事だから、逃げられない。


「―――さて、先輩・・・まずは、私に言うことあるんじゃないですか?」


天喰と身能の二人きりになると、彼女がそう切り出した。
背をもたれ、ベッドの上でふんぞり返った彼女は、まるで下等生物を見下す(みおろす ではなく、みくだす である)ような目付きで天喰を睨み付ける。
さぁっと顔を青くすると、天喰は居心地悪そうに指先を弄りはじめた。


「な、なんのことだろうか・・・」

「誤魔化そうったって無駄ですよ・・・先輩にも心当たりがあるから、そんな青い顔してるんでしょう?」


冷や汗を浮かべた天喰はギクリと肩を揺らすと、ギギギと首をそっぽに向けた。
彼女の視線の鋭さが、増した気配がする。


「環先輩・・・学校で、私のこと 避けてますよねえ!?」

「ヒィッ!」


ズイと身を乗り出して天喰の視界に強制的に割り込み、強い口調で問いただしてくる身能。
彼女が鬼のような形相で憤るので、天喰は思わず身をすくめ、顔を背けながら顔を隠すような仕草をする。


「(やっぱり、怒られた・・・!!)」


でも・・・天喰が怒られるのも、仕方ない。
だって、天喰は、彼女を避けていたのだ。
天喰と彼女は、二人チームアップで事件を解決した仲で・・・彼女は、天喰にとって 頼れるサイドキックなのに。天喰なんかとも仲良くしてくれる、初めての後輩なのに。


「鋼メンタルで定評のある私でも、さすがに傷つきますよ・・・?」

「す、すまない・・・」


ほら、やっぱり彼女を傷つけているじゃないか。
彼女のような気丈で逞しい人すらも傷つけてしまうなんて・・・自分は、なんて最低な人間なんだろう。彼女と親しくする資格など、自分にはないのかもしれない。


「(ああ・・・職場体験でせっかく親しくなれたというのに、このままでは 身能さんに嫌われてしまう・・・)」


職場体験の際に得たはずの好感度も、ゼロどころか マイナスになってしまうのではないか?
近づいたと思っていた二人の距離が、また 離れていってしまう―――そんなのは・・・嫌だな。


「―――・・・でも、」


無意識のうち、天喰の口をついて言葉が出ていた。
醜い 言い訳にしかならないけど・・・それでも、彼女に思いのたけを伝えてみようと思い立つ。
きっと、そうでもしないと、考え方が対極的な彼女の理解は得られない。


「身能さんと一緒にいると、どうしても、目立つから嫌なんだッ・・・堪えられない・・・!つらい!」

「・・・はい?」


思いのたけを叫んでみれば、理解できないモノを観察するかのように、不思議そうな目線を向けられた。


「(・・・注目されるのが、苦手だ。嫌いだ・・・っ)」


なのに、彼女の隣にいると、否が応でも注目されてしまう。彼女の隣にいる自分まで周囲からじろじろと見られて・・・彼女の隣に立つのに相応しい人間なのかと 吟味される。
そんなの、吟味するまでもなく―――天喰のような、地味で 暗くて つまらない、最低な人間は、彼女と並ぶなんて分不相応だと、誰もが思うだろう。
だから・・・大勢に注目されるあの時間がつらい。あの刺々しい視線に晒されるなんて耐えられない。
あんな惨めな思いは二度としたくないから、彼女を避けたのだ。
でも、同時に―――


「せっかく身能さんが声をかけてくれたのに、それを無視して逃げるなんて・・・」


情けない。不甲斐ない。
信頼するサイドキックに対して、なんと酷い仕打ちだろう。せっかく懐いてくれた後輩に対して、なんと冷たい先輩だろう。
こんな自分が嫌いだ。自分を許せなくて、彼女への申し訳なさも相まって、胃がねじ切れそうになる・・・!


「・・・つらい!」


本当は、天喰だって・・・学校内でも彼女と会いたいのに。校内ですれ違う彼女から笑顔を向けられたい。彼女の横に並んで、彼女と話していたいさ。
身能強子は・・・天喰にとって誇るべき 自慢のサイドキックで、かわいい後輩なのだから。
―――ジレンマだ。究極の選択だ。彼女と話したいけど、注目を浴びたくない。彼女の横に並ぶ、彼女と不釣り合いな自分を見られたくない。


「はあ・・・それは、難儀ですねぇ」


ぽかんとこちらを見つめる彼女は、おそらく、こんな押し潰されそうなほどのジレンマなんて、感じたことないに違いない。


「・・・きっと俺は、一生この苦しみから解放されることなく、罪悪感に苛まれたまま死んでいくんだ・・・!」


目を瞑ると思い浮かぶのは、身能の顔――天喰が逃げる姿を見て、驚いたような、傷ついたような表情の彼女。天喰に向けて半端に伸ばした腕を 所在なさげにさ迷わせる姿が、まぶたの裏に焼きついている。
毎夜、夢の中でもまた彼女を避けては 彼女を傷つけ、そんな自分に失望する・・・その繰り返しだ。
寝ても覚めても、彼女に対する罪悪感で押し潰されそうになる。


「もう、環先輩ってば・・・」


彼女がため息とともに、優しい声をこぼした。
・・・彼女は ああ見えて優しい人だから、こんな自分のようなダメ人間にすら、その寛容さを見せるかもしれない。
でも天喰は、そうやって彼女に許してもらっていいような人間ではない。天喰は、許されない罪をおかした。彼女の優しさに甘えるわけにはいかないんだ。
もし彼女が天喰を許すと言っても、ただで頷くなんて 神経の図太いことは出来ない―――そう思っていたのだが、


「今日1日 とことん私につきあってくれたら、許してあげます」

「・・・え、」


いつだって彼女の言動は、天喰の想像を軽く超えてくる。“許す”ことに条件がつくとは、予想していなかった。
けれど―――彼女らしい。
以前の職場体験の一件で、天喰は知っている。一見 誤解されやすい彼女だが、身能という人は、本当は“いい人”なんだってことを。
先の台詞も、まるで 自分のワガママだと言わんばかりの態度で提言したけれど・・・見方を変えれば、これは天喰のためなのだとわかる。
これは、罪深い天喰に罰を与えて贖罪するという、彼女なりの“優しさ”だ。


「私は今夜ここに入院しなきゃですけど、先輩も私の護衛があるから、一晩ここで一緒に過ごすんですよね?」

「えっ・・・!?」


彼女の言葉を咀嚼し、一拍遅れて ぎょっと顔を引きつらせた。
一晩ここで一緒に過ごす、って・・・いくら護衛の任務とはいえ、妙齢の女性と一晩ともに過ごすというのは、モラル的に問題じゃないか・・・?


「学校で話せなかった分も 今夜で一気に取り戻すつもりで、対話に明け暮れましょう!そうしたら、先輩の非礼は無かったことにしますから!」


ただ・・・今は、モラルだのなんだのより、彼女に“許してほしい”という欲求のほうが勝っていた。
それ以上に、学校で話せなかった分を取り戻すくらい 彼女と二人で話ができるという点が魅力的で―――天喰は、驚くほど素直に頷いていた。





彼女の話を聞くのは、とても楽しい。
普段の授業の話だったり、期末試験や林間合宿でのこと、クラスメイトたちのやり取りなど、彼女の口から出てくる言葉は軽快で、耳に心地よく、天喰は彼女の話に聞き入っていた。


「―――とは言っても、身能さんは怪我人なんだし、そろそろ休んだほうがいいんじゃ・・・?」


そう言って口を挟んだのは、止めどなく語っている彼女に、ある違和感を覚えたからだ。
何かが、違う。普段の彼女とは、どこか異なる。
話している間もそわそわと落ち着きがなく、話がとんだり、同じ話に戻ったり、どこかうわの空で 集中力に欠けている様子だったり・・・。
彼女自身は気がついていないようだが、今の彼女は―――精神が、不安定だ。


「いやいや 先輩!夜どおし語るって言ったでしょう?この身能強子に二言はないっスよ!」

「・・・けど、」

「腕のケガなら動かさなきゃ痛まないし、大丈夫ですから。ねっ、いいでしょう?寝ずに語り合うなんて、修学旅行みたいで楽しくって!」


二人で語らうこの時間は、楽しい。それには天喰も同意だ。けれど・・・


「っていうか本来なら私、まだ林間合宿してたはずの身なんで・・・途中で強制終了させられた分、味わえなかった“お楽しみ”を、ここで補充させてほしいんですよ!体力も有り余ってるし!」

「(―――・・・ああ、そうか)」


彼女の表情が 僅かに曇った。
その表情の変化は、本当によく見ていなければ気がつかないような些細なものだったが、他人の心の機微に聡い天喰は 気づいてしまった。


「・・・君は、どうして、そうやって すぐに無理をするんだ?」


どこか違和感があると思えば―――無理に強がっていたのだ、彼女は。
天喰は、理解できないモノを観察するかのような顔をして、不思議そうに彼女を見つめる。


「職場体験のときも、無理をしてばかりだった」


職場体験に来ていたときの彼女を、思い起こす。
誘拐された女の子を救けるため、ヴィランのアジトで先頭をきって歩いていた彼女だが・・・その手は固く握りしめられて指先が白く変色していた。
完璧超人のように思える彼女だって ひとりの人間で、緊張やら不安やら恐怖することもあるんだと驚かされたものだ。


「身能さんは、不安も恐怖も隠して、見栄を張って、自分を大きく 強く見せようと・・・背伸びする」


街の人たちに、「ヒーローは凄い」のだと、自分は「オールマイトも驚くほど強い」のだと、そんな強がりも言っていた。
どうしてそんな、楽観的でその場しのぎの言葉を口に出来るのかと、あのときは愕然としたものだ。


「いつもそうだ・・・それに、今も」

「・・・別に、無理してなんか、」


こちらに引きつった笑顔を向けて否定しようとするが、


「それは 嘘だ」


間髪いれず、彼女の否定を 否定する。
そんな引きつった笑顔で、そんな弱々しい声で・・・誤魔化せるわけないだろうに。この期におよんでまだ強がろうとする彼女には、まったく恐れ入る。


「本当は、心配なんだろう?」


そう問いかける天喰には、確信があった。


「不安でたまらないんだ、ヴィラン連合とやらに狙われて・・・。“オールマイト”以降、組織だった犯罪は無かったというのに、ヴィランが徒党を組んで何をしでかす気なのか、怖いんだ。自分にも被害が及ぶのではと、怯えている」


だって、自分が身能の立場なら、間違いなく そうだったろうから。
不安で、恐ろしくて、おちおち眠れやしないはず。


「それに、友だちがヴィランに拐われたんだ・・・心配するのは当然だ。いくら優秀な人間であろうと、多数のヴィラン相手に一人で抗うなんて無理に決まってる」


たとえば、拐われたのがミリオだったら・・・そう考えて、ぞっとする。
彼が素晴らしい人で 優秀なのも知っている天喰だって、心配でたまらないさ。不安な気持ちを紛らわせようと、誰かと会話をしていたいとも思うだろう。


「彼と君の 二人が狙われている状況で、君だけが助かって日常に戻ったように過ごしている――そのことに 君が後ろめたい気持ちになるのも、わかる」

「っ、違います!先輩の言うことは間違ってます!」


弾かれたように否定の言葉を口にした彼女を見つめる。


「(やっぱり、腑に落ちないな・・・)」


彼女が見栄を張るのは、守るべき対象の人々に“安心”を与えるためのはずだ。守る側と守られる側の、信頼関係を築くためだと理解している。
しかし、ここには、彼女が守るべき対象は いない。むしろ彼女が守られる側の人間だ。
なのに・・・彼女が見栄を張る必要なんて、どこにある?


「爆豪くんは、きっと、何ごともなく帰ってくる。私・・・心配なんかしてませんッ」

「また君はそうやって強がるけど、そんなのは、自分を苦しめるだけだ・・・やめたほうがいい」


必要もないのに、そんな強がっていては つらいだろうに。
彼女のことを慮っての言葉だったのだが・・・ああ言えばこう言う性格の彼女が、黙っているわけがなかった。


「―――・・・先輩こそ、相変わらずですね」


呆れたような、機嫌を損ねたような、それでいて 突き放すような声。
でも・・・身能の目を 正面からまっすぐに見つめ返す。これが 他の人が相手ならば天喰は萎縮していただろうが、彼女が相手ならば、不思議と“怖い”という感情は芽生えない。


「あのね、先輩―――言葉の力って、馬鹿にならないんですよ」


藪から棒に、身能が静かな口調で語り出した。
その意味をはかりかねて、天喰がわずかに頭を傾げる。


「言葉にして発すると、脳がね、耳から入った情報を“現実情報”として 認識するんだそうです。こうなりたい、こうありたいって、“目標”や“理想の自分”をずっと口にしてると・・・脳がそれをリアルだと認識して、その目指す自分に近づいていくそうですよ」


身能はベッドの上で体育座りをして縮こまり、自分の膝をぼんやりと見つめながら、とつとつと語る。
語られる内容は、天喰が聞いたことのないものだ。
いつだって、彼女の言動は、天喰の想像を軽く超えてくる。


「ただ思っているだけとは違って、言葉にすることで自分の脳に“刷り込み”が出来るわけですよ。『叶う』って漢字は、口で十回となえるって書くのも、そういう由来なんでしょうね」


いつだって彼女の言動は、天喰の想像を軽く超えてきて・・・いつだって彼女は、天喰に、知らない世界を教えてくれる。見たことのない景色を見せてくれる。
彼女の言動は突拍子もなく、まったく予想がつかず、天喰は振り回されるばかりだ。
まるで、不規則で複雑な軌道を描き ひらりひらりと舞う蝶のようで、目が離せない。
だから天喰は、彼女の隣で、いつまでも彼女を見ていたいと思ってしまうのだ。


「(?――― “目が離せない”って、“いつまでも彼女を見ていたい”って・・・なんだ?)」


天喰は、自分の抱いた感想に 首を傾げる。
天喰と身能はサイドキックといえる間柄だが、べつに サイドキックだからといって、彼女を見ている必要はない。それに、いつまでも彼女とサイドキックを組めるとも限らない。
いったいなぜ、こんな世迷い言が自分の頭に浮かんだのだろうか・・・?


「叶えたいと思うことは、口に出したほうがお得なんです。ポジティブなことを言ってたほうが人生うまくいきますし、逆に ネガティブなことばっかり言ってると、不幸で暗い、つまらない人生になっちゃいますって」


自分の抱いた感情に得心がいかず、じっと身能を見つめていると・・・彼女は、弱々しく笑みをこぼした。


「人は、少しだけ背伸びしてるくらいで、ちょうどいいんです。実現したいことを口にするのは、悪いことじゃない」


その言葉に、はたと目を開く。ようやく合点がいった。
急に“言霊”だのなんだのと語りはじめて何かと思ったが・・・そうか、これが、彼女が強がる理由なのか。
つまり、彼女は―――強い自分になりたいから、背伸びをして 強がるのだ と。


「・・・私は、心配なんかしてないんですよ。爆豪くんなら、無事に帰ってくるから・・・」


ベッドの上で体育座りをする身能が、こてりと膝におでこをつけ、小さく縮こまった。
睡眠もとれず、食欲もわかず、不安定な心で・・・それでもなお、弱音は吐かずに、あくまで強がる身能。
そんな危うげな彼女を見ながら、天喰は自分のこれまでの認識を改める。

身能強子という人は、自分と“対極的”だと思っていた。自分とは違って、生まれながらにして 強い人なのだと。とても自分と同じ生物には思えず、住まう世界が違う人だとさえ思っていた。
けれど―――そうではない。
彼女も、天喰と同じ、ひとりの人間だ。
強く見える彼女だって、天喰と同じように弱さを持ち合わせている。
彼女は“強い人”なのではなく、“強くあろうと努力している人”なんだ。

そのことに気がついた途端・・・目の前の 必死に強そうなフリをしている女の子が、吹けば飛んでしまいそうなほどに脆く、か弱い存在に見えてくる。
だから天喰は、自分のこの手で、健気な いじらしい彼女を守りたいと思うのだ。


「(ん!?――― “彼女を守りたい”って、なんだ!?)」


天喰は、自分の抱いた感情に 困惑する。
いくら弱々しい姿を見せようとも、彼女はヒーローを目指す身。守られるより 守りたいと彼女なら考えそうだ。
それに彼女は非常に優秀で、個性も万能タイプ。ファットガムも彼女の実力を認めているし、誰かに守られなくとも 彼女はそうそう負けないだろう。
天喰程度の人間が彼女を守るだなんて、おこがましい。


「環先輩も、もっとポジティブなことを口に出したほうがいいですよ?」


彼女から助言を受けて、ふと我にかえる。
そして、彼女がそう言うのなら それもいいかもしれないと、素直に思う。
身能のように、四六時中 大口を叩くなんて無理だけど・・・彼女が弱っている今くらいは、彼女の代わりに天喰が強がりを言うのも、悪くない。


「でも、いったい何を言えばいいのか わからない・・・!」


なんということだ。何か言ってみようと前向きになったものの、普段がネガティブベースなだけに、何ひとつポジティブな言葉が思い浮かばない。
思わず頭を抱えて嘆いた。
そして―――いつだって、天喰の想像を軽く超えてくるのが身能強子という人で、


「それじゃあ・・・私のことを、“絶対に守る”って言うのはどうです?」

「!?」


愕然として、固まる。
つい先ほど、天喰が図々しくも彼女を守りたいなどと思ったことがバレてしまったのかと焦るが、


「先輩がそう言ってくれたら、きっと先輩はそれを実現できるし、それを聞いた私も安心できるし、一石二鳥ですよ!ね?・・・ねっ!?」


・・・いや、天喰が“守りたい”などと考えていたことは、バレていない。彼女が躍起になって天喰を説得するのは、「絶対に守る」なんて天喰は言わないだろうと思っているからだ。
確かに・・・今までの天喰だったら「そんな安請け合いは出来ない」と拒否していただろうけど―――彼女を“守りたい”と思ったのは、事実。
叶えたいと思うことは、口に出したほうが良いらしいとも教えてもらった。
だったら・・・


「俺は、君を・・・」


こんな言葉は、根拠もなにもない、無責任で 勝手な希望だ。安請け合いととられても仕方ない。
けれど・・・叶えたいことを、言葉にして 誓おう。


「何があろうと絶対に、守る・・・!」


案外その言葉は、するりと天喰の口から出てきた。
しかし、言葉の力ってのは、すごい。
自分の発した言葉が、ストンと天喰自身の中に入り込んで・・・自分は 彼女を守るヒーローなのだと、強い気持ちになれた。


「ふふっ」


こんなの ただの口約束にすぎないのに・・・彼女は、ふわりと とろけそうな笑みをこぼした。それは、彼女が本当に嬉しい時に心から見せる笑顔。
その笑顔を見た瞬間―――ドクンと心臓が跳ねて、かぁっと胸が熱くなる。
淡い月光に照らされた、太陽のように温かな彼女の笑顔から、目が離せない。目を離したくはない。
儚げに笑んでいる彼女を、守ってやりたい。
天喰のことを信頼し、安心しきった眼差しを自分に向けてくる身能が・・・この上なく 愛おしい。


「・・・ん!?」


天喰は、自分の抱いた感覚に 動揺した。


「(んん!?―――“いとおしい”って、なに!!?)」


およそ自分の口から出る言葉とは思えないワードだ(いや、口に出してはいないけど)。愛おしいだなんて感覚を 自分が持ち合わせていたなんて信じられない。
見る見るうち・・・天喰の顔に、熱がともっていく。


「ぅ、あ・・・や、でも・・・そんな・・・」


動揺を隠しきれず、赤い顔で慌てふためきゴニョゴニョと呟く天喰に、笑顔を深めて身能が言った。


「心強いです、先輩」


彼女はそれだけ言うと・・・体育座りの体勢のまま目を閉じ、すーすーと寝息をたて始めた。
よほど疲れていたのだろう。合宿で蓄積した疲労に、ヴィランとの戦闘・・・火傷の治療にも体力を消耗したはず。こんな時間まで起きていられたことのほうが驚きだ。
やっと安心したのだろう。ようやく眠れた身能を前にして、天喰は赤い顔のまま呆然と彼女を見つめていた。


「・・・いや・・・まさか、そんな・・・っ!?」


信じられない、そんな表情で、はわはわと口をパクつかせる。
・・・でも、思い当たる節はいくつもある。
目が離せないとか、守りたいとか、愛おしいだとか・・・。
天喰は 今までこんな感情を抱いたことがなかったけれど、こんな感情をなんと呼ぶのか、知識だけはあった。


「・・・俺が、身能さんを・・・っ、好き・・・?」


恐るおそる その可能性を口走ると、ハッとして、天喰は慌てて両手でパチンと口を押さえた。

―――言葉にして発すると、脳がね、耳から入った情報を“現実情報”として 認識するんだそうです


「(しまった・・・!言葉にして 発してしまった・・・!!)」


絶望したような顔で後悔をしても、もう遅い。
自分の発した言葉が、ストンと天喰自身の中に入り込んで・・・自分が身能強子に惚れているのだという“現実情報”を、胸が痛くなるほどに自覚する。
―――やはり、言葉の力ってすごい・・・天喰は身をもって、痛感した。










恋愛感情を自覚した天喰は、すぐにでも彼女の傍から逃げ出したくなったが・・・護衛という立場がそれを許さず、眠る彼女と一晩を過ごすことになった。
恋心を自覚したて(それも初恋)で、想い人と一夜を過ごす―――そんな酷な状況から、天喰はそわそわと落ち着きがなく、ちらりと身能の寝顔を見ては 顔を赤くしてしゃがみ込んだり、かと思えばうろうろと歩き回ったり、小さな物音にも反応して個性を発動させたり―――天喰のほうがよっぽど、精神が不安定である。
朝になる頃には、ぐったりと疲労困憊していた天喰。
けれど、嵐のような激動の一晩を乗り越えたおかげか、翌日以降―――天喰は身能から逃げることもなく、思いのほか平静でいられた。


「身能さん、まさかとは思うけど・・・」


見舞いに来たクラスメイトたちと彼女の会話を聞いて、不安にかられた天喰が口を出す。
彼女のクラスメイトらが、拐われた友人を救けに行こうと言い出したのだ。彼らに触発され、身能も「救けに行きたい」と言い出すのではないかと思ったが、


「やだなぁ・・・私、先輩が思ってるよりずっと 自分の立場を理解してますよ」


うっ・・・彼女を疑ったことに対する申し訳なさに、胸が苦しくなる。
そうだった―――彼女は賢く、天喰が守る隙もないくらいに優秀なサイドキックであった。


「私が行かなくたって・・・爆豪くんは、大丈夫なんです!」


彼女は、頑なにそう言うけれど・・・


「・・・でも、いいのか?あんな風に、“彼ら”を煽るようなことを言ってしまって・・・」


赤い髪と緑の髪の一年生をちらりと見てから、身能に問う。

―――切島くんは・・・どうすれば、後悔しないんだろうね?

―――人生で、重大な選択を迫られる機会って何度かあると思うけど・・・いつか過去を振り返ったときに、後悔のない選択をしていたいよね


彼女の言葉には、人の心を動かす力がある。
きっと彼らは、拐われた友人を救けに行ってしまうだろう・・・


「うーん・・・切島くんたちが、それを望むなら・・・それもアリかなぁ、って・・・」


めずらしく歯切れ悪く言う彼女に視線をよこすと、彼女はさらに言葉をつけ加えた。


「それに・・・やっぱり、カッコいいじゃないですか。全てをなげうってでも、大事な人を救けに行ける人ってのは」


眩しい笑顔で告げられた言葉に、天喰の胸が苦しくなる。うっかり誤って 飴玉を飲みこんでしまった時のように、胸がつっかえた。


「(・・・身能さんは、ああいう人が好きなんだろうか)」


“切島”と呼ばれていた、赤髪の彼を思い浮かべる。
少し見ただけでも、彼は天喰とは正反対の、前向きで物怖じしない人物なのだろうとわかった。
誰だって、天喰のような 後ろ向きでヘボメンタルな暗い奴より、ああいう快活そうな人のほうが好きだろう。
そもそも、自分みたいなダメ人間が 誰かに恋心を抱こうなど・・・身のほど知らずもいいところだ。


「環先輩!」

「!」


少し怒ったような彼女の声に、反射的に肩を揺らす。


「私から逃げるの、もう やめにしてくださいよ!?あれ、結構マジで傷つくんですからっ!」


退院する彼女の護衛は雄英に引き継ぐため、天喰と身能は、そろそろお別れだ。次に会うとしたら、学校だろう。


「目立つのがツラいのなんて、耐えてください!慣れてください!!逃げずにちゃんと私にかまってください!いいですね!?」

「そんな、無茶な・・・」


可愛らしいワガママを言ってくれる彼女に、天喰の胸がまた苦しくなる。胸がぎゅっと締めつけられるような・・・甘く、しびれるような苦しみ。
身のほど知らずかもしれないが―――その慣れない胸の痛みに、芽生えた恋心が現実なのだと思いしる。


「(・・・目立つのは、苦手だ。嫌いだ・・・っ)」


でも、だけど―――彼女が求めてくれるのなら。
次に学校で会うときは、彼女から逃げずに、彼女の横に並んでみようと、天喰は心に決めたのだった。










==========

天喰と夢主の関係は、ラノベ(もしくはギャルゲー)主人公と メインヒロインみたいなイメージで書いてます。楽しい。

そして、どうにかギリギリ、アニメ4期のサンイーター回(第71話)放送前に、執筆が間に合いました!イェーイ!!

アニメ視聴前にこの話を読まれた方は是非、アニメを観るときは「この天喰って男、私のこと好きなんだよねぇ(ニヤニヤ)」と、彼女ヅラしながらご視聴ください。きっと楽しいです。


[ 55/100 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -