強子から貴方へ

夜どおし天喰に護衛されていた強子は、気づかないうちに、眠っていたらしい。
翌日になり、快眠を得た強子はアクビをもらしながら、徹夜明けで疲れた顔をしている天喰を見て申し訳なく思った。
だって、あんなに警戒して警備を固めていたというのに、結局のところ、拍子抜けするくらい何事もなかったんだから。


「(・・・先輩が睡眠時間を削ってまで護衛する意味はなかったんじゃ?)」


それを声に出さなかったのは、強子のせめてもの優しさだ。





その日、大きなケガもなくピンピンしているクラスメイトたちが団体で 強子を見舞いにやってきた。
毒ガスで意識不明の葉隠と耳郎、まだ安静にしている八百万と緑谷、それから 行方不明の爆豪を除いたメンバーの・・・計15人だ。
とはいえ、強子自身もすでにピンピンしていたため(腕は動かすとまだ激痛が走るけど)、クラスメイトたちと一緒になって、緑谷の病室を訪ねることにした。


「テレビ見たか!?学校いまマスコミやべーぞ!春のときの比じゃねー」

「メロンあるぞ!皆で買ったんだ」


皆で病室に押しかけ、わいわいと盛り上がっていると、まだ目が覚めて間もないのだろう 呆けた様子の緑谷が、強子を見た。


「・・・身能さん。無事だったんだね、良かった・・・」


緑谷の言葉の裏に、「身能さん“は”無事だった」というニュアンスを感じ取り、強子は居心地悪そうに苦笑をこぼす。


「A組皆で来てくれたの?」


大所帯での訪問に、目を点にしながら緑谷が問うが、


「いや・・・」

「・・・16人だよ」


飯田と麗日が、気まずそうな表情で答える。
ここに来られない 葉隠と耳郎と八百万の3人と、それから・・・


「爆豪いねぇからな」

「ちょっ、轟・・・!」


轟の一言で、ヴィランに敗北したという現実を思い出した緑谷が、呆然と、宙を見つめる。


「オールマイトがさ、言ってたんだ・・・手の届かない場所には救けに行けない・・・って。だから、手の届く範囲は必ず救け出すんだ・・・」


ベッドに横たわったまま、掠れた声で語る緑谷の様子はあまりに痛々しく、皆 静まりかえって、耳を傾ける。


「僕は・・・手の届く場所にいた。必ず救けなきゃいけなかった・・・!」


雄英に入学してすぐ、個性で体をボロボロに傷めつける緑谷が 相澤から言われた言葉を思い出す―― “お前のは一人救けて木偶の坊になるだけ”だと。その通りになってしまった。
悔しさと、後悔。緑谷の瞳から、涙がこぼれ落ちる。


「体・・・・・・動かなかった・・・」

「―――じゃあ、今度は救けよう」


切島の言葉に、A組の皆が唖然として口をあんぐりと開く。


「「「・・・へ?」」」






「プロに任せるべき案件だ!生徒(俺たち)の出ていい舞台ではないんだ!馬鹿者!!」


飯田が凄まじい剣幕でがなり立てる。


「んなもん わかってるよ!!でもさァ!何っも出来なかったんだ!!」


対する切島も、負けじと声を荒げる。
切島と轟の二人は、八百万に協力してもらい ヴィランの居場所をつきとめ、自分たちで爆豪を救出しに行こうと言うのだ。


「ダチが狙われてるって聞いても、何も出来なかった!しなかった!それに・・・目の前で身能が炎の渦に飲み込まれていくのも、俺はただ、見てることしか出来なかったんだよ!!」

「!」


思わぬタイミングで切島の口から強子の名前が出て、ハッとする。
昨日、強子を見舞いに来たときから、どうにも様子がおかしいと思っていたが・・・そういうことか。彼は、強子が荼毘に襲われた時のことを気に病んでいたのだ。
友人が炎に焼かれるなんて、悪夢のような 凄惨な光景だ。あのときは、強子の方もかなり肝が冷えた。


「ここで動かなきゃ俺ァ ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ!」


強子は荼毘をぶっ倒すことで、ある意味 憂さ晴らしをできたわけだが、彼は、何も出来なかった。
目の前で友人を痛めつけられた。知らぬところで友人を奪われた。その悔しさは・・・筆舌に尽くしがたいものだ。


「皆、爆豪ちゃんが拐われてショックなのよ・・・でも、冷静になりましょう」


障子や常闇たちまで、各々が意見を口にする中、蛙吹が落ち着いた声で告げる。


「どれほど正当な感情であろうと、また戦闘を行うというのなら―――ルールを破るというのなら、その行為はヴィランのそれと同じなのよ」


蛙吹の言葉に、空気がピリリと引き締まる。
病室が重苦しい沈黙に包まれたのを感じとると、蛙吹がスッと視線を床に落とした。
皆のためを思い、心を痛めながらも厳しいことを言ってくれた彼女に、強子は感謝の意を込めて、彼女の背にそっと手を添えた。
そして、強子は切島に問いかける。


「梅雨ちゃんや飯田くんの言うことが正しい ってのは、わかってるよね?」

「ああッ!」


切島が間髪いれずに答える。わかっちゃいたが、彼は本気だ。


「切島くんたちがルールを破ったと知れれば、相澤先生に除籍されると思うけど・・・」

「・・・ああ、それもわかってる!」

「この話を知ってる ここにいる全員が、連帯責任で除籍される可能性も考えた?」

「ッ・・・!」


言葉につまった切島に、小さくため息をこぼす。
熱くなって、視野が狭まり、物事を冷静に考えられていないのだ、彼は。それに轟も。


「お話し中、ごめんね―――緑谷くんの診察の時間なんだが・・・」


病室の扉が開いて医者が入ってくると、皆がぎくりと反応する。


「い、行こか・・・耳郎とか葉隠のほうも気になっし・・・」


クラスメイトたちは、ぞろぞろと緑谷の病室を後にする。強子も踵を返そうとして、ふと、切島が思い詰めた顔で立ち尽くしていることに気づく。
逡巡してから、強子は彼に再度、問いかける。


「切島くんは・・・どうすれば、後悔しないんだろうね?」

「え・・・?」


立ち尽くす切島と、ベッドに横たわる緑谷・・・その二人を見て、強子は優しい声色で語りかける。


「人生で、重大な選択を迫られる機会って何度かあると思うけど・・・いつか過去を振り返ったときに、後悔のない選択をしていたいよね」


―――人生は一度きり。その人生を 後悔のない生き方ができたなら・・・大往生で、成仏できるに違いない。
切島たちは、爆豪のことをプロヒーローに任せて・・・自分はまた何も出来ないままでも、後悔しない?
それとも、爆豪の救出に行ったなら・・・それがバレて除籍になったとしても、否、自分がヴィランに殺されたとしても、後悔しない?


「(きっと彼らは、何も出来ないほうが 後悔するんだろうな・・・)」


答えは待たずに、彼らを置いたまま強子が病室を出ると・・・廊下の少し離れたところから、天喰が強子にじっとりと視線を向けていた。
ああ・・・影が薄くて忘れていたが、彼はまだ強子の護衛中であった。
クラスメイトたちからそっと離れ、天喰のもとに歩み寄ると、彼が口を開いた。


「身能さん、まさかとは思うけど・・・」


疑わしげに目を細めた天喰に、強子は困ったように笑った。


「やだなぁ・・・私、先輩が思ってるよりずっと 自分の立場を理解してますよ」


切島や轟と一緒に、強子も爆豪の救出に行くのではないかと勘ぐられているようだけど、


「私は 行きませんよ」


私 “は”、ね。
ヴィラン連合に狙われている身が、自ら奴らのアジトに向かうなんて、飛んで火に入る夏の虫だ。
それに―――両親、教師たち、警察関係者、それから ファットガムをはじめとするプロヒーローたちが・・・強子の身を案じ、強子を守ってくれている。
爆豪を救けに行くという行為は、彼ら全員を裏切ることと同義だろう。
だから、行かない。行けないのだ。
強子は、ただ―――信じて、待つのみ。


「環先輩・・・言ったでしょう?私、そもそも心配なんかしてないんですってば」


言葉にすれば叶うのなら、何度だって言ってやるさ。
今、強子に出来ることは、それくらいだから。


「私が行かなくたって・・・爆豪くんは、大丈夫なんです!」







さて、強子は今日で退院だ。
少ない荷物をまとめ、身なりも整え(両腕の包帯はまだ取れていないけど)、病院を発つ準備を終えると、ファットガムへ向き直る。


「では・・・ファットさん、お世話になりました!」

「うおぉぉ 強子ちゃあぁん!!元気でなァ!悪い連中に気ィつけるんやで!?しばらく会えへんけど・・・ファットさんのこと忘れんといてや!?」


ハンカチで目元を覆いながら、大げさに別れを惜しんで号泣しているファットガムに苦笑する。
強子の退院とともに、強子の護衛は、ファットガムから雄英に引き継ぐことになったのだ。
ファットガムはまだ強子の護衛を続けると言ってくれたのだが、彼は彼で、急遽こちらに駆け付けたため残務やら事務処理やらが滞っているらしく・・・泣く泣く彼は、大阪に戻る決心をしたのである。


「ファット・・・うるさい。ここは病院なのに」

「カーッ!ええよなぁ 環は!学校いけば強子ちゃんと会えるんやろ!?俺なんか、次いつ会えるかわからんのやで!?はぁ、俺も雄英に通いたいわぁ・・・せや!環、俺と入れ替わらへん?俺がお前で、お前が俺や!ほなら俺は、毎日強子ちゃんと会える!!」

「・・・ノリが キツい」


次に彼と会えるのは、おそらくインターンだ。
案外、再会までの期間は短いのだけど・・・駄々をこねるファットガムが可愛いので、黙ったまま微笑んでおく。
そして、大阪へ向かうファットガムと天喰が去っていく後ろ姿を見送ると、


「可愛がってもらってるみたいで、良かったじゃない」


朗らかに笑みを浮かべたミッドナイトが、強子に声をかける。雄英の教師を代表してやってきたのは、彼女であった。
強子は彼女の言葉に、ニンマリと笑みを浮かべて大きく頷く。


「さっ、私たちも帰るわよ!」

「はい!」


強子が家に帰宅するまでの間、彼女が強子を護衛することになる。そして家の周辺も、地元のプロヒーローや警察が、万全の警戒体制で強子を守ってくれる。
まあ、ぶっちゃけ・・・ヴィラン連合は、爆豪の勧誘で手一杯だろうから、このタイミングで強子を襲うことは無いはず。ここまで警戒しなくとも平気なんだけど。
そんなことを思いながら、颯爽と闊歩するグラマー美女のあとを追い、強子が正面玄関から病院を出ると・・・


「いたぞ!ミッドナイトだ!!」

「ミッドナイトさん!今回の雄英の失態について、どうお考えか、お聞かせください!」

「USJでの生徒襲撃の件から、雄英は姿勢を変えないんでしょうか?また生徒が襲われてるじゃないですか!」

「生徒さんたちの容態は!どうなんですか!?」


病院の出入り口の周りを多くの報道陣が囲っており、ミッドナイトを見つけるや否や、一斉にカメラとマイクを向けられ、問い詰められる。
彼女はうげ、と顔を歪めた。


「・・・ごめん、身能さん。マスコミは撒いたと思ってたんだけど、巻き込んじゃったわね」


ミッドナイトがくるりと振り返り、頬を引きつらせながら強子に詫びるが、強子はマスコミのあまりの勢いに圧倒され、呆けている。


「あっ、おい!あの子、オールマイトの“秘蔵っ子”じゃないか?」

「え、身能 強子!?」

「本当だ!身能さん、ちょっとお話きかせてもらえるかな!?」


報道陣の意識が強子に向き、ぎょっと目を剥く。
大勢がわらわらと、まるで飴にむらがる蟻のごとく強子の周囲を囲いこむ。


「ヴィランに襲われた時のことを詳しく教えてください!」

「その両腕の怪我は、ヴィランにやられたものですか!?」

「ヴィランに襲われた際、雄英の先生たちは何をしていたんでしょう!君を守ってはくれなかったんですか!?」

「聞いたところによると 身能さんもヴィランのターゲットだったとか!保護者の方は、今回の件について なんとおっしゃってましたか?」


報道陣から矢継ぎ早に問いただされ、強子がおろおろと視線を泳がせていると、強子をかばうようにミッドナイトがスッと割り込む。


「皆さま、彼女は怪我人です!質問なら 本日行われる謝罪会見で受け付けますので、彼女を質問攻めにするのはご遠慮ください!」


ミッドナイトはきっぱりと言い放つと、「行きましょう」と強子を促した。
強子たちは報道陣に背を向けてこの場から立ち去ろうするが、なおも 彼らの勢いは止まることを知らない。


「その 彼女の怪我だって、あなたたち雄英が責務を怠ったことが原因ではないんですか!?」

「我々は、雄英生のナマの声を聞きたいんですよ!」

「それとも何か、生徒さんに言われたくないことでもあるんでしょうか!?」


彼ら報道陣の言葉に、強子の眉がぴくりと動き、口をヘの字に曲げる。


「(悪者扱いかよ・・・!)」


雄英が悪いと決めつけたように責めたてる報道陣に、強子は奥歯をぐっと噛みしめた。
彼らは言葉を武器にして戦う プロだ。下手に答えでもしたら言質をとられ、こちらが不利になりかねない。相手にしないのが吉だ。
強子は彼らの質問に反応しないように尽力するが、それでも背後から言葉を浴びせられ続ける。


「身能さん!雄英の生徒として あなたの考えを聞かせてください!この度の雄英の対応は 十分だったのか・・・事件を未然に防ぐことは、果たして本当に不可能だったのでしょうか!?」

「イレイザーヘッドが生徒たちに 戦闘許可を与えたそうですね!生徒を守るどころか、より危険な目に合わせるような行為ですが・・・生徒の皆さんはどのような反応でした?」

「雄英の教職員は 全員、現役のプロヒーローでしたよね!?ヒーローとしては優秀でも、教師としては技量不足だと感じたことは!?」


―――強子の足が、ふいに歩みを止めた。
それに気がついたミッドナイトが訝しげに振り返ると、強子が感情の読めない声で言葉をつむぐ。


「ミッドナイト・・・私、構いませんよ」

「え?」

「マスコミの皆さん、知りたいことがたくさんあるようなので・・・私の話せる範囲で、お話しします」


そう言う強子の顔は笑っているけど、その目は・・・笑ってない。
だいぶキている様子の強子を見て、ミッドナイトは不安げに眉をひそめたが、これ幸いと言わんばかりに マスコミがあっという間に強子を囲ってしまい・・・もう、質問に応じるしか道はなくなった。


「それでは、早速!合宿中に起きた事件に「ですが、その前にっ!」・・・はい?」


カメラとマイクを自分に向けている 大勢の報道陣に向かって、強子が声を張り上げる。


「逆に聞かせて頂きたいのですが・・・“マスメディア”の意義とは、なんでしょうか」

「「「は?」」」


唐突な強子からの問いに、報道陣は戸惑い、一瞬しり込みする。しかし、すぐに我にかえると、


「そ、それは・・・情報提供ですよ!人が平穏に生活するには 情報が必要ですから」

「国政も、事件や災害の情報だって、人々に必要なものでしょう。だから私たちは、こうやって取材をして正しい情報を集め、国民に提供してるんです!」

「そう・・・そうですよね。“正しい情報”の提供が必要ですよね」


彼らの意見に同意するよう、強子は笑顔でうんうんと頷いた。
だが・・・強子は口元に笑みを作ったまま、目付きを鋭く尖らせると、報道陣を見据える。


「でも、そのわりに・・・先ほどの皆さんのご質問は、雄英を“悪”と決めつけていたように思えるのですが、いかがでしょう?」


雄英が、雄英の教師が悪い、と。
―――悪いのは、ヴィランだろうに。


「これって、偏向報道なんじゃないですか?捏造報道とも言えますかね?マスメディアってのは立法、行政、司法と並んで、“第4の権力”とまで呼ばれてるんですから・・・公正かつ中立な立場での報道をお願いしたいのですが」


強子が彼らに向けている笑顔はうわべだけで、語っている内容は、彼らに攻撃的だ。
マスコミに対して喧嘩腰な姿勢を見せる強子に、ミッドナイトは苦い顔になり、嫌な予感が当たったとばかりに天をあおいだ。


「(あれだけ好き勝手に言われ放題で、黙っていられるわけがないっ!)」


自分の通う学校が 愚弄されて。
恩師ともいえる担任が 侮辱されて。
もう・・・我慢の限界だ。
雄英のことをうわべしか知らないマスコミどもに教えてやろう―――“やられたらやり返す”のが、雄英の流儀だってことを。


「(当然、倍返しだ!それも、5億倍にな!!)」


もちろん彼らだって、こんな小娘に偉そうな口を叩かれては、黙っちゃいない。


「・・・へ、偏向報道って!私たちは、全国民が疑問に思っていることを代表して尋ねているだけですよ!」


強子の意見は心外だと言うように、声を張り上げて反論してきた。


「今、日本中が、雄英の生徒さんたちの身を案じているんですよ!あなただって、そんな大怪我を負ってるじゃないですか。人を守ることを教える学校が 生徒を守れなかっただなんて・・・責められるべき失態でしょう!?」

「ああ・・・怪我の件、お心遣いいただきありがとうございます。皆様には誠にご心配をおかけしました」


強子はニコリと優雅に微笑んで、さらに続ける。


「ですが今回の事件で 後遺症が残るほどの被害を受けた者はおりませんでしたし、私の怪我も見た目ほど酷くはなく、この通り ピンピンしてますよ!」


そう言って、包帯ぐるぐる巻きの両腕を上げ、ひらひらと手を振った強子。
・・・内心では「クッソ痛ってえええ!!」と悲鳴をあげるが、それをおくびにも出さず、余裕ぶって微笑んでみせた。


「ああ、それと・・・雄英を責めるかどうかは、国民ひとりひとりが判断することであって、マスコミが判断することではないと思いますよ。判断材料(正しい情報)を提供するまでが マスコミの役目ですもんね?」


彼らから言質をとってある。
強子が満面の笑みで告げれば、報道陣の何人かが渋い顔をして閉口した。


「雄英は、皆さまからお叱りの言葉を頂くまでもなく、新たに打開策を講じるでしょう。いつだってウチの先生たちは、生徒(私たち)の“安全”と“輝かしい未来”のため、尽力してくれてますから!」


これまでの通学制を見直し、全寮制に切り替えるのだって、生徒を守るために施行される 改善策だ。
自信満々に ばっちりキメ顔で言い切った強子に、報道陣の多くが釈然としない顔で 閉口した。
そんな彼らを見て勝ったような気分になり、内心でほくそ笑んでいると、


「―――では、爆豪くんのことは どうでしょうか」


その名を耳にした瞬間、強子の心臓がドクリと跳ねる。


「ヴィラン連合に拐われた彼への被害は、後遺症どころでは済まない―――彼の“安全”も“輝かしい未来”も、雄英は保障できないでしょう。彼を守れなかったのだから・・・雄英は、相応の責任をとるべきなのでは?」


強子は、そう投げかけてきたマスコミの人間にゆっくりと視線をよこし、慎重に言葉を紡ぐ。


「―――確かに、彼を守れなかったのは事実ですけど・・・先生方は、生徒たちを守るため、最善を尽くしていました」

「ですが、結果に繋がっていませんね。抜本的に、雄英の防衛対策に不備があったととられても 仕方がない。そうでなければ、生徒の拉致なんて 許すはずがありません!」

「誰にだって、ミスくらいあるでしょう。失敗したならそれをどう改善するかが重要であって・・・」

「一度や二度の失敗ではないですよね!?今までに何度も生徒がヴィランに襲撃されてきて、何をどのように“改善”されたのか、解りかねます!」


・・・こんな、水掛け論をしていたって、不毛なだけだ。
彼らマスコミを納得させられるだけの根拠を 強子は明示できないし、マスコミの言葉に 強子が頷くこともないのだから。


「爆豪くんは、今年のヒーロー科の入試で首席、体育祭では優勝―――これまでに輝かしい成績を残しており、実に将来性のある若者といえます。が、しかし―――」


強子はすっと目を細めた。
その先に続く言葉は、おおよそ想像がつく。全国放送された体育祭で、彼の人柄なら大衆に知れわたっているのだ。


「体育祭で彼が見せた 粗野で、横柄な性格・・・彼の狂暴性を目にした誰もがウワサしていますよ、彼がヴィラン側につくのではないか、と」


ヴィランに言葉巧みにかどわかされれば、あの爆豪なら闇に染まってしまうんじゃないか、と・・・。


「それが、何?」

「え、」


淡々とした声で先を促す彼女に、先ほどまでの愛想の良さほ消え失せており、その豹変ぶりに思わず報道陣は戸惑いを見せる。


「いや、ですからっ、爆豪くんの未来が奪われたんですよ!?こんな失態は、責任を追及されて然るべきしょう!?」

「・・・そりゃ、“もしも”の話でしょ?」


やれやれ、と疲れきった表情で強子が頭を振る。


「未来が“奪われた”というのは 語弊がある。マスゴミの皆さんは早とちりしてるようですがね・・・彼が拐われたことと、彼の未来が奪われることは、イコールじゃない」


やはり―――無駄だ。無駄な時間だった。
こんなところで、彼らとこんな論争をしてたって、物事は何も解決しない。何の成果も残せない。
雄英や先生たちに対する世論を変えようなんて、強子には荷が重かった。
爆豪を救出に向かう“彼ら”とは違って、強子は、爆豪に・・・何もしてあげられない。
―――それでも。強子の言動には 何の力もなかったとしても。これだけは・・・言わないと気が済まない。


「爆豪くんの未来が奪われるなんて、そんな“もしも”は、あり得ないんスよ!」


睨み付けるように強子が啖呵を切ると、その気迫に、マスコミは僅かに怯んだ。


「なんで、そんな・・・」


なぜそんな自信をもって宣言できるのかと、信じられない様子で強子を見ている。
爆豪のことも雄英のことも うわべしか知らないマスコミどもだって、すぐに知るだろう―――“盗られたモンは奪い返す”のが、雄英の流儀なのだと。


「あ、あなたっ、爆豪くんのことが心配じゃないんですかっ!?」

「・・・爆豪くんを、“心配”?」


マスコミが口にしたそのワードに、強子がピクリと片眉を上げる。
強子はマスコミをじろりと見やり・・・そして、「ハッ」と鼻であざ笑った。


「―――ンなもん、する必要 ない!」


堂々と、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
唖然とする報道陣に、強子は饒舌に言葉を続ける。


「粗野で横柄?狂暴な性格?そうですよ!それでいて自分本位で、ヒトのことを見下して、踏み台にして蹴落としてくような ムカつく奴です!口は悪いし、目つきも悪くてヴィランみたいだし・・・」

「ちょっと 身能さん!?」


溜まっていたものを一気に爆発させたように、口がとまらない強子。その喋る内容はよろしくないのではと 焦ったミッドナイトが慌てて口を挟むが、それを無視して、叫ぶように主張する。


「でもっ、それは!!爆豪くんが、それだけ必死に、なりふり構わず、ストイックなまでに“トップヒーロー”を目指してるからなんです!」


傑出しているというか、規格外というか・・・。非凡とは、まさに彼のこと。
彼の前では、我々の常識や規範なんてものは木端微塵に爆破されてしまう。
彼ほど突き抜けた人物なんて、他にいないだろう―――


「私は・・・同じ ヒーローを目指す者として、アイツほど尊敬できる人を ほかに知りません!」


アイツには、何度も負かされた。
アイツのせいで、アホほど苦労してきた。
アイツがいたから・・・今の強子があるのだ。


「あの爆豪勝己が、ヴィランの支配下なんかに下るわけがない!アイツの戦闘許可は解除されてないし・・・心配すべきはむしろ ヴィラン連合側の身の安全よ!」


何度も言うが、爆豪を心配する必要なんてない。
強子は彼を、信じて 待つ―――そう決めたのだ。


「爆豪くんや私を拐おうだなんて・・・」


ギロリと鋭く眼光をたぎらせた強子が、報道陣のカメラを睨み付ける。
もしかしたら、テレビを通して強子の姿を見るかもしれない ヴィラン連合――死柄木、荼毘、スピナー、マグネ、トゥワイス、コンプレス、トガ、黒霧――彼らのことを思い浮かべ、そして・・・


「・・・ヴィラン連合の、バーカ!!」

「「「・・・え?」」」


強子の口から出てきた言葉に、誰もが目を点にして呆然とする。
口達者で、よく舌が回る彼女の発する言葉にしては・・・いささか稚拙というか、安っぽい発言。というか、ただの子供の癇癪のような・・・。
聞き違いか?誰もが一瞬そう考えたが、


「ヴィランなんかクソくらえだ!馬鹿!バァーカ!!」


やはり聞き違いではなく、幼稚なワードで騒ぎ立てている強子。
彼女の頭にちらつくのは、拐った爆豪を囲い 勝った気になっている連合の奴らの顔。
・・・腹立たしくて仕方ないのだ。怒りのあまり、語彙力が低下しているのは否めない。


「ヴィラン連合なんて・・・みんな、バナナの皮を踏んで転んでしまえっ!馬鹿ぁっ!!」


ムキになって罵倒の言葉を止めない強子。
もう、ずいぶん前から・・・強子の我慢メーターは振り切れ ぶち壊れていたのである。
彼女の罵倒の言葉は止まらず、最終的には、ミッドナイトにより力ずくで強制退場させられたのだった。







「はあぁぁああ・・・」


腹の底から息を吐き出す強子は、生気の感じられない顔で、家のリビングにあるテレビの前に鎮座していた。
テレビではずっと、雄英のヴィラン襲撃、爆豪誘拐の話ばかり取り上げられている。


『やはりヴィラン連合が雄英生の拉致を企んだのは、仲間に引き込むためでしょうね。爆豪くんだけでなく、身能さんの攻撃的な性格にも、ヴィラン連合は目をつけていたのでしょう』

『それにしても、雄英はいったい、どういう教育をしてるんでしょうか・・・』

『二人とも、ヒーローを目指しているとは思えないほど、粗暴な性格ですよねぇ』


テレビから聞こえてくるコメンテーターの発言に、強子はガバッと両手で顔を覆う。


「(あああっ・・・やってしまった・・・!!)」


自分を抑えられず、勢いに任せた結果がこれである。
いつぞや耳郎から、「いいかげんその、ブチ切れると我を忘れて突っ走るのやめな」と苦言を呈されたことを思い出す。
また・・・やってしまった。
マスコミのインタビューに答えようとしたのは、雄英の立場が少しでも良くなるようにと思っての行動だったはずなのに、


「(逆効果だよ!雄英の立場、さらに悪くなっちゃってるよっ!馬鹿だ!私の、大馬鹿ぁ!)」


アナウンサーもコメンテーターも、強子に対して厳しめの印象を受ける。
それもそのはず。マスコミに向かって、あんなにも生意気な態度を示したのだから・・・。
強子が目指すのは、マスコミからも人気があり、国民から愛され 可愛がられるヒーロー・・・の、はずだったのだが。
さっそくマスコミを敵にまわし、見事に予定が狂ってしまった。


「くっ・・・っそおぉぉお・・・!」


家のソファの上で悶絶している強子を見て、父親が苦笑をもらす。


「そんなにツラいなら、テレビを見るのやめたらどうだ?」

「・・・ううん、」


父親の気づかいは感謝するが、首を横に振る。
テレビの前を離れるわけにはいかないのだ。
だって、今夜は―――







『悪夢のような光景!!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!』


無惨に壊された神野の街並みをヘリから撮った映像が テレビに映される。
ああ、ついに・・・この時が来てしまったのか。


『現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です!信じられません!ヴィランはたった一人!街を壊し、オールマイトと互角以上に渡り合って・・・』


強子はテレビにかじりつくように、映像の隅々まで目をやり、その場に爆豪がいないことを確認する。連合の姿もない。
代わりに、轟が出すものに似た氷結のようなものが、ちらりと見えた。


「(無事に、逃げられたんだ・・・!)」


轟の氷結と、飯田のレシプロ、緑谷のフルカウルを組み合わせ、切島が現場から爆豪を救け出したのだ!
それを確信して、強子はほっと肩の力を抜いた。


『え・・・?皆さん、見えますでしょうか?オールマイトが・・・しぼんでしまってます・・・・・・』


中継で伝えられた情報に、強子はハッと目を見開き、再び緊張感をもつ。
荒れ果てた神野の街に立つのは、トゥルーフォームの ぼろぼろな姿のオールマイトだ。
彼と対峙している、首のまわりにチューブのようなものをたくさん付けている男が・・・オール・フォー・ワン。
圧倒的な力をもつオール・フォー・ワンを相手に、トゥルーフォームのオールマイトは・・・あまりに貧相で 弱々しくて、その光景を目にした誰もが不安を抱いた。
―――オールマイトが、負けてしまうんじゃないか?


「オールマイト・・・!」


強子は祈るように両手を組んで、瞬き一つせず、テレビの映像を凝視する。
手のひらにはじわりと汗が浮かび、背筋にも汗が一筋、流れていく。喉がはりついて、息苦しい。


「頑張れっ・・・」


原作を知っていたって・・・不安なもんは 不安だ。
強子の知る“未来”なんて、きっと、不確かであやふやで、ほんのちょっとのキッカケで変わってしまうものかもしれない。
だから、恐ろしい。
信じて待つ、そう決意したけれど・・・強子は知らなかった―――信じて待つことが、こんなにもツラいことだなんて。無事を祈り、応援するしか出来ないことが・・・こんなにも もどかしいなんて。


「・・・勝って!オールマイトっ!!」


画面越しで、彼に声が届くわけもないのに、強子は精一杯 声を張り上げる。
ああ、何のしがらみもなく、救けたい人を救けに行くことが出来たら、どんなに良いだろう。
ああ、強子にヒーロー免許があったなら、迷わず神野に駆けつけるのに。

今や、日本中がオールマイトの勝利を祈っていた。
その祈りに、期待に応えるように、オールマイトは自身の限界を超え、巨悪に対して必死に抗い続けた。そして・・・ついに、


『UNITED STATES OF SMASH!!』


彼の、“最後の力”を振り絞った技で、オール・フォー・ワンを、ついに打ち破った。
その 恐ろしいほど猛り立つ英姿に、強子はたまらず震える。


『ヴィランは―――動かず!勝利!!オールマイト!!勝利の!スタンディングです!!』


左腕の拳を高く突き上げて、堂々と立つ 満身創痍のオールマイト。
これが・・・彼の、平和の象徴として、No.1ヒーローとして、最後の仕事だ。
強子の目から、自然と涙がこぼれ出た。
視界がぼやける中で、カメラに向かって指さしたオールマイトを 静かに見つめる。


『―――次は、君だ』


こうして・・・“ワン・フォー・オール”は、次なる継承者へと 受け継がれる。
“オールマイト”時代の、終幕であった―――










==========

今回は・・・大人しく、見守る側の夢主でした。めずらしくヒロイン(?)してます。
まあ、やっぱり、我慢できなくて怒り爆発させちゃってるんですけどね・・・。




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