無理をする君へ

ヴィラン襲撃後、重傷者は合宿所近くの病院へと運ばれ、夜中のうちから救急治療が開始された。荼毘に負わされたヤケドの酷かった強子も、その一人だった。
翌日になって、出張してきたリカバリーガールの治癒も施されると、ようやく強子の腕の感覚は戻り、指先まで動かせるほどに回復した。


「おおっ、ちゃんと動く!」


腕の復帰を喜び、強子はバンザイのポーズをとろうと両腕を上げ、


「わぁー い゛っだぁあ!?」


腕に走った激痛に、涙目になり叫びをあげた。
・・・まだ、腕を自在に動かせるまでには回復していなかったらしい。


「何やってんだい!調子にのって 無理に腕を動かすんじゃないよ!!」


すかさず、リカバリーガールの叱責がとんできた。


「あんた、私の個性と相性がいいのか “治癒”すると治りが早いようだけどね・・・本来、そこまで回復するのに1ヶ月はかかるような大ヤケドだったんだよ!?しっかり養生なさい!完治してないのに腕に負荷をかけてたら、治るもんも治らないよ!」


腕の痛みに加え、つんざく怒声のせいで耳まで痛い・・・強子はくしゃりと顔を歪めた。


「まったく・・・身能といい 緑谷といい、どうしてこうも怪我が絶えないもんかねぇ。あんた達は、もっと自分の体をいたわってやんなきゃ駄目さね。そんな無茶ばかりの捨て身気質じゃあ プロヒーローなんて務まらんだろうよ・・・怪我することに関しちゃ とうにプロなんだけどねぇ」


呆れ声で吐かれた小言に、強子はむすっと唇を尖らせた。
確かに強子はケガすることが多いけど、さすがに緑谷ほどじゃない。緑谷みたく 自分の意思で自分の体を粉砕していくようなキチガイと一緒にされるのは心外だ。


「さて・・・あたしゃ、そろそろ行くよ。緑谷のほうも治癒しなきゃいけないんでね」

「あ、はい・・・ありがとうございました」


緑谷が治療を受けているのは別室だ。強子の病室を出ていくリカバリーガールへと礼を告げる。


「それじゃ・・・怪我のプロのことは、治療のプロに託させてもらうとするかね」

「?」


彼女の言っている意味がわからず首を傾げていると、リカバリーガールと入れ替わりで、予想外の人物が部屋に入ってきたもので、驚きに目を見開く。
そして、リカバリーガールの言う“治療のプロ”の意味を理解した。


「おっ・・・お母さん!!」


合宿所近く――自宅から遠く離れた長野の病院で 自分の母親と会うなんて、奇妙な感覚である。
彼女は医者で、『身体把握』という個性を治療に役立てている 名医である。つまりリカバリーガールの言う“治療のプロ”とは、彼女のことだったのだ。
そして、そんな母の後ろには父親の姿も見つけ、強子はぽかんと口を開いた。


「お父さんまで・・・二人とも、仕事は!?」


学生は夏休み中だが、今日は平日であり、世間の大人たちには仕事があるはずだ。
母に関しては、名医である彼女に診てもらいたいという患者があとを絶たず、日々多忙を極めているのを知っている。
父の方も、絵画を売買する仕事を自営でやっているので 忙しい身。彼の『物質強化』の個性で、美術品を強化し、半永久的に品質を保てるという特権もあってか、名だたる画家たちからご贔屓にされていた。
そんな強子の両親だが、


「長野まで来ちゃって、仕事のほうは大丈夫な・・・」


―――ゴッ!!
そんな鈍い音が脳に響いたかと思えば、あとから猛烈な痛みが頭頂部に襲いくる。
強子の頭に、母親がゲンコツを叩き込んだのだ。


「いっ・・・〜ったぁぁあい!!」


あまりの痛みに涙目になりながら、叫ぶ。
頭を殴られたのだと理解すると、さらに頭がジクジクと痛んでくる。心なしか首が 亀のように引っ込んだような気もしてきた。


「・・・ちょっと!普通、ケガしてる娘の頭を本気で殴る!?」

「たとえケガしてようが 病気だろうが、我が子への教育的指導は必要でしょ」


強子を見下ろしながら淡々と告げる母親に、つい気圧されて、しり込みする。
かなり・・・怒っていらっしゃる。


「それに、あなたがケガしてるのは頭ではなく腕でしょうが。頭のほうはケガも病気もないし、健康だわ―――ただ、ちょっと頭が“悪い”だけで」

「ハア!?」


誰に向かってモノを言ってんだ!!
失礼な言いぐさに強子が目をつり上げるが、強子が抗議するより早く、母が再び口を開いた。


「ガッカリだわ。あなたは、もっと賢い子だと思っていたのだけれど・・・」

「・・・え、」


母親の、失望を匂わせる言葉に、ピクリと強子の眉が反応する。


「私たちは、あなたの“ヒーローになりたい”という夢を応援してる。いいじゃない、ヒーロー・・・かっこいいと思うわ。でも、それは―――あなたが無事であることが大前提なの」


あ、と口が開く。
母の言いたいことを理解した。


「昔から何度も言ってるわよね?強子が、その身を削ってまでヒーローをやる必要なんて無いんだ って。親の私たちからすれば、見ず知らずの人のために うちの可愛い娘が傷つくなんて、絶対に嫌なのよ」

「それは・・・」

「中学のときだって、暴走トラックを止めるため両腕を骨折したあなたに散々お説教したのに・・・まだ懲りてないなんて、頭の出来が悪いとしか思えないわ」

「ぐっ・・・」


その話を持ち出すのは やめてほしい。
暴走トラックを止めた件は、強子が両腕を骨折したというオチさえ無ければ、完璧な美談で終わるのに。そのオチを話してしまえば、強子の未熟さが際立ってしまうじゃないか。


「そのうえ、娘が重傷だと学校から聞かされて、血相を変えて病院に駆けつけてみれば『二人とも、仕事は?』ですって?こんの、バカ娘は・・・親にどれだけ心配かけたかもわからないなんて、サイコパスよ あんた!」


さすがにサイコパスは言い過ぎだと思うが、母が怒る理由を理解した。自分が“バカ娘”と言われるのも、仕方ない。
母は深い深いため息をつくと、包帯がぐるぐる巻きになっている強子の両腕に目を落とした。


「昔から無茶するとこあって心配だったけど・・・やっぱり、またこうなった。あなたは、同じことを何度くり返して、同じことを何度言われたら学ぶのかしら?」

「でも、今回は、不可抗力で・・・」

「聞いたわよ、ヴィランから予期せぬ襲撃を受けたんでしょ?で、それが何?ヴィランから 自分の身ひとつ守れないってアピール?」


冷たい視線を投げられ、ぐっと押し黙る。
前世の記憶があろうとも、昔からどうにも、この“母親”には逆らえなかった。生物の本能的なものだろうか・・・子にとって母親ってのは、偉大なもんだ。
それに、強子の得意な口喧嘩も、ああ言えばこう言う性格の彼女には 敵わない。
しかし、まずいな・・・このままでは、ヒーローを諦めろとか言われそうな状況だ。
なんて思っていると、


「強子、ヒーローになるのをやめなさい」

「・・・っ!」

「って―――そう 言われたくないのなら、ちゃんと強くなることね」


続いた母親の言葉に、へ、と声をもらす。
母の顔を見ると、眉をつり上げているだろうと思っていた彼女は、眉を八の字に下げていた。彼女は悩ましげに息を吐いた。


「お願いだから・・・誰にも、何にも傷つけられないくらい、強くなってちょうだい」

「・・・うん」


母親からの真摯な想いを受け取り、強子は深く頷いた。


「そうでもしないと、心配で胃に穴が空いちゃうわ・・・・・・パパが」


そういえば父もいたんだっけと、彼のほうを見やると、


「っ、強子〜っ!!」

「うわ・・・」


涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている父親に、思わず身を引いた。


「強子は・・・僕の、僕らの 宝物なんだ!ぐすっ、強子が痛い思いをすると僕らもつらいんだよ!だから、ぐすんっ・・・もう無茶しないって約束してくれ・・・!」

「わ、わかった!わかったよ!!ちゃんと強くなる!ケガしないくらい強くなるから!だから もう、そんな泣かないで・・・!」


大のおとなが、それも自分の父親が号泣する姿など見せられて あたふたしながら、強子はそう約束した。

改めて、自分はとても恵まれた人間だと、感謝の念がこみ上げてくる。
自分を何より大切に思い、いつだって心配して、ときに叱りつけて・・・最大限に愛してくれる両親。
彼らが安心して応援できるように、強子は、もっと強くならないといけないのだ。





両親が帰ったあと、轟と切島の二人が強子を見舞いに来てくれた。
彼らは、先ほどの強子たち親子のやり取りを、ちょうど廊下を通りかかった際に目撃しており、「身能の親、なんつーか・・・すげぇな」とか、「さすがは身能の親だな・・・」などと 圧倒された様子で語られ、強子は複雑な気持ちになった。
彼らと話している間、いつも通り 感情の読めない顔をした轟とは違い、切島のほうはあからさまに思い詰めた顔をしていたが―――爆豪誘拐の件で、色々と思うところがあるのだろうと察し、そこは言及しないでおいた。

そして彼らが帰ったかと思うと、強子の病室に、また新たな訪問者が訪れていた。
塚内警部が、警察の聴取という名目でやってきたのだ。


「―――あいつ、火力は強いですけど、代わりに初動が遅くて “タメ”がありますから・・・やるなら 不意討ち、先制です!」

「ふむ・・・それも有益な情報だな。“顔中ツギハギ男”と じかに会敵した身能さんにいろいろと話を聞けて、本当に助かるよ」


荼毘の攻略法を、強子の出来うる範囲で塚内に入れ知恵しておく。
―――これは極秘事項で、強子も知らないはずの事だが・・・ヴィランの居場所を突き止めた警察は、準備が整い次第、トップヒーロー達とともに奴らのアジトにカチ込むことになる。
そのときに、強子の提供した情報が 少しでも役に立てればと願う。


「ありがとう!身能さんからの情報は、必ず みんなに共有させてもらおう。あとは我々 警察に任せてほしい」


真っ直ぐで 信頼できる眼差しの塚内を見て、強子はほっと肩の力を抜くと、頷いて応えた。


「それから―――身能さん、よく頑張ったね」

「え?」


唐突に告げられた感謝の言葉に、強子はキョトンと呆けた。


「ヴィランの標的にされ、襲いくるヴィランにたった一人で立ち向かうなんて・・・普通なら早々に抵抗を諦めてもおかしくないが、身能さんは こんな大怪我をしても、最後までよく耐えてくれた。イレイザーヘッドもブラドキングも君のことを褒めていたよ・・・君は、自分自身の立場をよく理解し、なすべき事を全うしてくれた と」


塚内の口から聞く、教師らの強子に対する 有りがたい評価。それを素直に喜べず、決まりの悪い顔で視線をさ迷わせる。
先ほど母親から告げられたことを思い返して、強子の胸がジクジクと疼いた。
先生たちは、強子が“ベストを尽くせていた”と判断している。事実、そうなんだろう。あれが今の強子のベストを尽くした結果だった・・・この両腕にヤケドを負ったことを考慮しても。
でも、理想は・・・母親の言うように、誰にも、何にも傷つけられないくらい、強くあること。
だとするなら―――現実と理想のギャップは大きいぞ。


「もっと・・・もっと、強くならないと・・・」


気難しげに顔を歪めている強子を見て、塚内は眉を下げて笑うと、手を伸ばし強子の頭をぽんぽんする。


「以前に話したときは、君はもっと 無鉄砲に突っ走ってしまうタイプだと思っていたけど・・・認識を改めたよ」


強子の頭に触れる塚内の手は、温かく、優しいものだった。その手の感触に、穏やかな気持ちになる。
彼の言葉は、何故だかすっと強子の心に入ってきて、不思議と信用できた。


「君は、必ず、素晴らしいヒーローになるだろう。以前よりも もっと、身能さんの将来が楽しみになったよ」


トドメとばかりに告げられた 強子を甘やかす巧言に、落ち込んでいたはずの強子も、とうとう口元を弛めて笑みを浮かべた。
肉親だけでなく、こうして色んな人が強子のことを応援してくれている。
なら・・・それに応えるため、同じとこでいつまでも足踏みしてないで、早く前に進まないといけないよな。
腕の怪我も、ちゃっちゃと治してしまわないと!

そして―――ふいに、病室の外が騒がしいことに気がついた。ドタバタと慌ただしく廊下を走る音が響いている。


「ああ、そうそう・・・身能さんに、お客さんが来てるんだ」


強子に、客?
今日はすでに多くの来訪者が強子の病室にやってきたけど、他にもまだ誰かいるの?
首を傾げていると、ドタバタという足音がどんどん大きくなっていき―――出し抜けに、ガラッと強子の病室の扉が開いた。


「強子ちゃん!!」

「えっ!?」


勢いよく部屋に入ってきた 予想外の人物を見て、驚きに目を見開く。


「ぬおおおっ!強子ちゃんっ、無事でよかったわァ!めっちゃ心配したで ホンマ!!」


涙ながらに、ドスドスと強子の元に駆け寄って来たその人は・・・職場体験で強子がお世話になったプロヒーロー、ファットガムであった。


「え?え!?なんで、ここに、ファットさんが!!?」


ここにいるはずのない人の登場に、強子は混乱するばかりだ。
だって、彼の活動地域は関西なのだから、ここ 長野にいるはずもないし。次に彼に会えるのは、インターンの頃になるだろうと思っていたのに。
こんなタイミングで、こんな所に、ファットガムがいるなんて・・・いったい、何故?


「なんでって・・・そんなん 決まっとるで!」


むんっと胸を張ると、鼻息あらく、彼は言い放った。


「そんなん―――俺が、“強子ロス” やからや!!」

「強子ロ、ス・・・?え、何?」


目を点にして、思わず聞き返した。


「ま、それは半分冗談やけど―――塚内サンから、強子ちゃんが狙われとるっちゅう話を聞いてな・・・そんなん聞かされたらもう いてもたってもおれへんで、大阪からここまで来てもうたわ!!」


ニカッと笑って言うファットガムに、強子が口をあんぐりさせていると、塚内が苦笑しながら説明を補足する。


「ファットガムとは付き合いがそれなりに長くてね・・・そのよしみで、身能さんがヴィラン連合に襲われたことを彼に伝えたんだ。奴らの標的にされていることも。君がファットガムのところで職場体験していたのを聞いていたからね。そしたら、この通り・・・」

「ウチの強子ちゃんに手ェ出されて、じっとしてられるわけないやろ!それに、俺もちょうど 強子ちゃん成分が足らへんでエライことなりそうやったし・・・そらもう、全速力で駆けつけたでぇ!!」


強子を心配し、強子のために遠方から駆けつけてくれたというファットガム。まだ実感わかずにポカンとしていると、


「・・・って アア!?強子ちゃんの腕ッ!こないなってもーて 可哀想に・・・!」


ファットガムは包帯ぐるぐるの強子の両腕に視線を落とすと、とたんに涙目になり、あわあわと腕を宙に漂わせる。
かと思いきや、


「くそー・・・ヴィラン連合の奴ら、ウチの大事なサイドキックになんちゅうヒドいことを!このファットガムがシバキ倒して かましたろか!!」


今度は 目をぐぁっとつり上げ、彼はヴィランへの怒りをあらわにする。
その熱量についていけない強子は呆けたままだし、塚内も苦笑したままだ。


「・・・この通りなんで、彼の事務所に身能さんの護衛を任せることにしたんだ」

「え?ファットガム事務所に、私の・・・護衛を!?」

「合宿先で君を拐うことに失敗したからといって、奴らが君を諦めたとは限らない。また君を狙ってくる可能性は十分考えられる。君を守るため、警察だけでなく、プロヒーローの協力も必要だろう―――本来なら、雄英の教師(プロヒーロー)が担うべき案件だが・・・雄英は、今は人員を割く余裕がないようでね」


深刻な表情で告げる塚内に、強子はごくりと唾を飲んだ。


「爆豪くんだけでなく、もし君まで奪われたとなれば・・・雄英だけの問題では収まらないだろう。おそらく、ヒーロー社会そのものに対する信用にヒビが入ることになる」


そうだ―――強子は今もなお、深刻な事態の渦中にいるんだ。
親しい人たちと話すうちに、なんだか日常生活に戻ったように感じていたけど・・・強子の級友は、こうしてる今も、ヴィランに捕らわれている。強子だって、そうなる恐れがまだあるのだ。
なんだか急に胸がざわつき始め、強子は胸元に手をあてた。


「そうはさせへんよう 俺がおる!!せやから、強子ちゃんはそう気ィ張らんでもええで!」

「ファットさん・・・!」


自信に満ちた笑顔でボンっとお腹を鼓のように叩いたファットガムに、強子は瞳を潤ませた。
なんて頼もしいんだ。彼の存在が、強子に安心感を与えてくれる。


「よっしゃ!俺はここらのヒーローと組んで、病院付近をパトロールすんで!強子ちゃんのボディーガードは、環に任せる!ほなら安心やろ!!」

「・・・え?環、先輩?」


急に出てきた名前に、強子が視線を動かすと・・・部屋の入り口――扉の向こう側から、こちらの様子をこっそり窺っている天喰を見つけた。
なんだ、彼もいたのか・・・影が薄くて気づかなかった。
まあ、彼はファットガム事務所のサイドキック・・・ファットガム事務所として強子の護衛をするというなら、天喰がここにいて当然である。
しかし―――


「ファットガム、その・・・本当に、身能さんを彼に任せてしまって、大丈夫なんですか・・・?」


天喰の実力を知らない塚内が、言いにくそうに口を挟む。
快活なファットガムとは対照的に、自信なさげで暗い天喰に不安を抱いたのだろう。気遣わしげにファットガムと天喰と強子の間に視線を行き来させているが、


「大丈夫や!!」
「大丈夫です!!」


天喰の実力を知る二人が、間髪入れずに太鼓判を押す。
プロヒーローと、そして護衛対象の強子本人からも“大丈夫”のお墨付きがあるならと、塚内も納得した。
そうして、強子が入院している間、天喰が強子のボディーガードをすることになった。






「さて・・・先輩、」


塚内やファットガムは色々とやるべきことがあるようで、天喰を残して病室を出ていったため、今は強子と天喰の二人きりだ。
大人たちが居なくなって気が抜けた強子は、ベッドの上で座り直して寛ぐような体勢になると、彼に切り出した。


「まずは、私に言うことあるんじゃないですか?」


背をもたれている強子は、自然とふんぞり返り 偉そうな居ずまいになっている。
そんな彼女にじっとりと見つめられ、天喰はさぁっと顔を青くすると、居心地悪そうに指先を弄りはじめた。


「な、なんのことだろうか・・・」

「誤魔化そうったって無駄ですよ・・・先輩にも心当たりがあるから、そんな青い顔してるんでしょう?」


冷や汗を浮かべた天喰は、ギクリと肩を揺らすと、ギギギと首をそっぽに向けた。
図星です、そう語るような態度に、強子は視線を鋭くして天喰を睨んだ。


「環先輩・・・学校で、私のこと 避けてますよねえ!?」

「ヒィッ!」


天喰は顔を強子から背けながら、眼前に手をかざし、顔を隠すような仕草を見せた・・・まるで、恐ろしい魔物にでも遭遇したかのようなリアクションである。
ああ、そうだ―――彼は怒られることが嫌いなんだったっけ。
でも・・・強子が怒るのも仕方ないと思うのだ。
だって!職場体験で、あんなにも絆を深めて、最高のサイドキックであると認めあった仲にもかかわらず・・・学校で彼に話しかけようとすると、彼が 逃げるんだもの!!
それも 本気の逃げ!天喰のガン逃げっぷりは、強子が個性を使っても追いつけないほどだった。


「鋼メンタルで定評のある私でも、さすがに傷つきますよ・・・?」

「す、すまない・・・」


謝る彼は、びくびくオドオドとして、出会った当初のような態度である。
なんなの?職場体験で得たはずの好感度は、時間をあけたら振り出しに戻ってしまったの?もう一回、職場体験(あれ)をこなさないとダメなのか?


「でも・・・」


壁際で小さくしゃがみこむ天喰が、つらそうに声を絞りだした。


「身能さんと一緒にいると、どうしても、目立つから嫌なんだッ・・・堪えられない・・・!つらい!」

「・・・はい?」


理解できないモノを観察するかのように、不思議そうに天喰を見つめる。


「俺は注目されるのが、苦手なのに・・・身能さんの隣にいると、否が応でも注目されてしまう・・・そもそも身能さんが注目の的だから無理からぬことだけど、君の隣にいる俺まで周囲からじろじろと見られて・・・生きた心地が しない・・・!」

「は、はあ・・・?」


強子が注目されている、と言うのは・・・確かにその通りだろう。見目麗しい強子は、校内にかぎらず、通学路でだって、すれ違う者たちから常に好意的な視線を向けられている。
生まれてからずっとそうだったから 強子にとってはそれが当たり前だけど、天喰にとっては、堪えがたいことだったらしい。まあ、彼はノミの心臓だし、無理からぬこと。
なるほど、そういうことだったか―――それで天喰は、携帯で連絡すれば律儀に返事をくれるのに、直接会うとガン逃げしていたわけだ・・・。


「でも、せっかく身能さんが声をかけてくれたのに、それを無視して逃げるなんて・・・そんな情けない自分が許せなくて、身能さんへの申し訳なさも相まって、胃がねじ切れそうになる・・・!つらい!」

「はあ・・・それは、難儀ですねぇ」


なんとも生きづらそうな人である。そんな思い詰める必要もないだろうに。
強子としても、彼に避けられていた理由がわかり、納得もしたのだから。


「きっと俺は、一生この苦しみから解放されることなく、罪悪感に苛まれたまま死んでいくんだ・・・!」


青白い顔で震えながらぼそぼそと壁に向かってしゃべる天喰に、強子は呆れたように息を吐く。


「もう、環先輩ってば・・・」


もういいですよ、もう怒ってませんよ、そう口にする前に、はたと思いとどまる。
そんな言葉だけでは、きっと彼の罪悪感は拭えないんだろうな、と。それくらい彼は卑屈で、否定的で、悲観的だ。
だったら―――こういうのはどうだろう?


「今日1日 とことん私につきあってくれたら、許してあげます」

「・・・え、」


我ながら いい考えだと感心して、笑みを浮かべた。


「私は今夜ここに入院しなきゃですけど、先輩も私の護衛があるから、一晩ここで一緒に過ごすんですよね?だったら、二人で夜どおし 語り合いましょうよ!」

「えっ・・・!?」

「幸い ここは個室だから誰にも迷惑かからないし、問題ないですよね!学校で話せなかった分も 今夜で一気に取り戻すつもりで、対話に明け暮れましょう!そうしたら、先輩の非礼は無かったことにしますから!」


強子のこのワガママに付き合い、一晩中、強子との下らない世間話に興じる―――それが 天喰に課せられた禊だ。
強子はいいヒマつぶしが出来るし、天喰は贖罪できる。お互いウィンウィンじゃないか!







「―――とは言っても、身能さんは怪我人なんだし、そろそろ休んだほうがいいんじゃ・・・?」


消灯時間はとうに過ぎ、病院は静まりかえっていた。
窓から差し込む月明かりだけが頼りの暗い病室で、気が気でない様子の天喰が、強子にそう声をかける。
いつまで経っても 止めどなく語りつづけ、眠りにつく気配が全くない強子に、痺れを切らしたんだろう。


「いやいや 先輩!夜どおし語るって言ったでしょう?この身能強子に二言はないっスよ!」

「・・・けど、」


気乗りしない様子の彼に、強子はニッと歯を見せて笑う。


「腕のケガなら動かさなきゃ痛まないし、大丈夫ですから。ねっ、いいでしょう?寝ずに語り合うなんて、修学旅行みたいで楽しくって!」


どうせ、護衛という役割の天喰は 一晩中起きてないといけないのだ。だったら、二人で仲良く語り合ってたほうが楽しいだろう。
まあ・・・語り合うと言いつつも、ほぼ強子が一方的にしゃべって、天喰が相づちを打つの一本調子だけど。


「っていうか本来なら私、まだ林間合宿してたはずの身なんで・・・途中で強制終了させられた分、味わえなかった“お楽しみ”を、ここで補充させてほしいんですよ!体力も有り余ってるし!」

「―――・・・君は、」


月明かりに照らされた天喰の顔を見ると、彼は、理解できないモノを観察するかのような顔をして、不思議そうに強子を見つめていた。


「どうして、そうやって すぐに無理をするんだ?」


ピシリと、強子が固まった。


「職場体験のときも、無理をしてばかりだった。身能さんは、不安も恐怖も隠して、見栄を張って、自分を大きく 強く見せようと・・・背伸びする。いつもそうだ・・・それに、今も」

「・・・別に、無理してなんか、」


天喰に笑顔を向けて否定しようとするが、


「それは 嘘だ」


確信をもった声できっぱりとはね除けられ、強子の顔からすっと笑みが消えた。
“無理”とか、“無茶”とか、“無鉄砲”だとか―――そんなの、第三者に言われたくはないのに。大人たちだけでなく、天喰までそんなふうに 強子を評するのか。


「本当は、心配なんだろう?不安でたまらないんだ、ヴィラン連合とやらに狙われて・・・。“オールマイト”以降、組織だった犯罪は無かったというのに、ヴィランが徒党を組んで何をしでかす気なのか、怖いんだ。自分にも被害が及ぶのではと、怯えている」


強子の深層心理まで見透かすように、とめどなく天喰は言葉を羅列していく。ぼそぼそと語られるそれに耳を傾ける強子は、不服そうに眉根を寄せた。


「それに、友だちがヴィランに拐われたんだ・・・心配するのは当然だ。いくら優秀な人間であろうと、多数のヴィラン相手に一人で抗うなんて無理に決まってる」


彼が語れば語るほど、強子の眉間のシワが深く刻まれていく。
スイッチが入った彼は、本当に、要らんことまでよくしゃべる。


「彼と君の 二人が狙われている状況で、君だけが助かって日常に戻ったように過ごしている――そのことに 君が後ろめたい気持ちになるのも、わかる」

「っ、違います!」


険しい顔をして黙っていた強子が、いい加減 耐えきれずに声をあげた。


「先輩の言うことは間違ってます!爆豪くんは、きっと、何ごともなく帰ってくる。私・・・心配なんかしてませんッ」

「また君はそうやって強がるけど、そんなのは、自分を苦しめるだけだ・・・やめたほうがいい」

「―――・・・先輩こそ、相変わらずですね」


職場体験のときから 変わってない。
考え方が、強子と対極的なところとか。
陰気くさい上に、悪気なく 強子の癇に障ることを言うところも。
やたらと人の心の機微に聡くて、嫌になるほど、的確に強子の図星をついてくるところなんて、ほんと相変わらずだ。

ただ・・・あのときと大きく変わった点は、天喰が強子の目を 正面からまっすぐに見つめていること。
そして、互いが対極的であると理解していることも、あのときとは違う。


「あのね、先輩―――言葉の力って、馬鹿にならないんですよ。“言霊”とかって昔から言うじゃないですか・・・あれ、科学的に証明されてるんですよね」


藪から棒に、強子が静かな口調で語り出した。
その意味をはかりかねて、天喰がわずかに頭を傾げる。
強子はベッドの上で体育座りをして縮こまり、自分の膝をぼんやりと見つめながら、とつとつと語る。


「言葉にして発すると、脳がね、耳から入った情報を“現実情報”として 認識するんだそうです。こうなりたい、こうありたいって、“目標”や“理想の自分”をずっと口にしてると・・・脳がそれをリアルだと認識して、その目指す自分に近づいていくそうですよ」


これは、ハウツー本やら自己啓発本やら――身能家の書庫に大量にあった本から得た知識のひとつだ。特別に、天喰にも教えてやろうではないか。


「ただ思っているだけとは違って、言葉にすることで自分の脳に“刷り込み”が出来るわけですよ。『叶う』って漢字は、口で十回となえるって書くのも、そういう由来なんでしょうね」

「・・・本当だ」


“叶う”という漢字を思い描いて、天喰が感心したように一言つぶやいた。
そんな素直な天喰を見て、強子はわずかに頬を弛める。


「だからね・・・叶えたいと思うことは、口に出したほうがお得なんです。ポジティブなことを言ってたほうが人生うまくいきますし、逆に ネガティブなことばっかり言ってると、不幸で暗い、つまらない人生になっちゃいますって」


まだ得心がいかないのか、無言でじっと強子を見つめてくる天喰に、強子は弱々しく笑みを浮かべた。


「人は、少しだけ背伸びしてるくらいで、ちょうどいいんです。実現したいことを口にするのは、悪いことじゃない」


だから、それを踏まえて、言わせてもらおう―――


「・・・私は、心配なんかしてないんですよ。爆豪くんなら、無事に帰ってくるから・・・」


強子の胸がざわつくのも、焦る気持ちが収まらないのも、食欲がわかず 何を口にしても味なんかしないのも・・・全部、気のせいなんだ。
大丈夫。
強子の知る原作で彼は無事だったんだから、強子の生きるこの現実でだって、そうに決まってる。大丈夫。


「・・・環先輩も、もっとポジティブなことを口に出したほうがいいですよ?」


いまだに腑に落ちない様子の天喰に、そう助言してみる。
強子にネガティブなことばかり言って聞かせたのだ。それを帳消しにするくらい、ポジティブなことを言ってくれないと困る。
彼はしばし悩んだ素振りを見せてから、


「・・・でも、いったい何を言えばいいのか わからない・・・!」


普段がネガティブベースなだけに、何も思い浮かばず、天喰が頭を抱えて嘆いた。
そんな情けない 強子のボディーガードに、強子はある提案をしてみる。


「それじゃあ・・・私のことを、“絶対に守る”って言うのはどうです?」

「!?」


愕然として、天喰は固まってしまったけれど、


「先輩がそう言ってくれたら、きっと先輩はそれを実現できるし、それを聞いた私も安心できるし、一石二鳥ですよ!ね?・・・ねっ!?」


我ながら いい考えだと感心して笑みを浮かべ、彼の反応を待つ。
「そんな安請け合いは出来ない」と拒否されそうだけど―――雄英でもトップに君臨する あのビッグ3の天喰環が、強子を守ると宣言したなら・・・どんなに心強いだろうか。
天喰は、強子をじっと睨むような険しい表情で見ていたが・・・ついに意を決したらしく、口を開いた。


「俺は 君を―――何があろうと絶対に、守る・・・!」

「!」


彼の口から 欲しかった言葉を聞けて、強子の胸のあたりがポカポカと熱をもつ。
やはり、言葉の力ってすごい。
こんなの、ただの口約束なのに・・・こんなにも勇気をもらえるだなんて。彼の言葉はストンと強子の中に入り込んで・・・もう大丈夫だと、強い気持ちになれた。


「ふふっ」


自然と、笑みがこぼれた。
天喰を見れば、彼は 強気な発言をのたまった自分自身に動揺しているのか、赤い顔で慌てふためき、何やらゴニョゴニョと呟いている。
そんな情けないボディーガードが・・・強子の、最高のサイドキックなのだ。


「心強いです、先輩」










==========

前半は、怒られ回です。ちゃんと、夢主なりに反省してると思いますよ。
そして夢主の両親を出せて嬉しいです。オリキャラは苦手って方も多いでしょうけど・・・まあ、親は選べないってことで、受け入れてください(笑)今後、他にもオリキャラを出す予定はありますが、くどくならないよう気をつけます。
後半は、インターン前だけど、ファットガム&天喰を登場させました!ファットさんなら、夢主がピンチと聞いたら駆けつけてくれるでしょう。


なお、中学のとき、暴走トラックから女の子を救った夢主は、内心では「(クソ痛ってえぇぇぇ!!)」と喚きながらも、体裁を繕って爽やかな笑みを浮かべたまま・・・コソコソ病院に向かい、母親にブチ切れられてました。
ほんと、見栄っ張りのアホ娘です。




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