心酔 ※?視点

朝、最寄り駅から電車に乗り、いつも通りに学校へと向かう。
最寄り駅を出てから隣の駅に着くまでの間、そわそわと浮わつく心で電車に揺られ、そうして隣の駅に着くと、いつも通り車両をきょろきょろ見回す。
すると、目当ての人物を見つけ、目を見開いた。
隣駅から同じ車両に乗ってきたその人は、身能強子だ。
朝から彼女を見られるなんて、今日はツいてる。電車の中で彼女の姿をさがすのはもう日課だが・・・今日みたく同じ時間に、同じ車両に乗れる機会は そう多くないのだ。


「(はぁ・・・いつ見てもかわいいなぁ)」


思わずニヤけてしまう口元を隠して、彼女を見ながら至福の通学時間を過ごす。
ふと周囲を見ると、通学や通勤してる者たちの多くが、彼女にちらちらと視線を送っては、自分と同じように口元を緩めていた。

雄英高校の制服を着ていれば、それだけでも目を引く。
そのうえ彼女はあの容姿だ、目立たないはずがない。街ですれ違えば、誰もが振り返るような美貌。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とは、彼女のためにある言葉であった。
されど、彼女の魅力は外見だけではない。
体育祭をみた者ならば、負けず嫌いで一生懸命な彼女の 格好いいヒーローぶりを目の当たりにしたことだろう。
そう・・・彼女が本当に素晴らしいのは、内面までもが完璧である点だ。
オールマイトの“秘蔵っ子”として有名になったこともあり、体育祭以降、よりいっそう、彼女に熱い視線を送る者は増えた。

しかし―――自分は その者たちとは違い、体育祭よりももっとずっと昔から、彼女を知っていた。有象無象のにわかファンとは違って、彼女がいかに 素晴らしいヒーローであるかを、知っている。





あれはまだ、自分が中学生だった頃。
代わり映えしない日々の中、何ともなしに家の近所を歩いていたときだった。


「危ないっ!!」


唐突に、誰かが叫んだ。何だろうとそちらを見れば、叫び声をあげた見知らぬ人は自分の方を見ていた。否、通行人の誰もが、自分を見ていた。


「!?」


そして、気がついた。自分に向かって、トラックが猛スピードで迫ってきていることに。
歩行者信号は青を示している。なのに、トラックは止まる気配がない。トラックの運転手は驚愕した表情で、ブレーキを何度も何度も踏んでいるようだった。
状況から察するに、ブレーキの故障といったところか。
スローモーションのようにゆっくりと景色が流れていく中、「ああ、自分はここで死ぬのか」と、冷静に考えていた。
ついに、目前までトラックが迫ったとき―――サッと、目の前に 誰かの後ろ姿が現れた。
その人は自分とトラックの間に割り込むと、両腕をひろげ、相撲をとるような体勢になり・・・自らトラックにぶつかっていった。


「・・・ええっ!?」


信じられない光景に、一拍遅れて声を発する。
なんと、その人は・・・猛スピードのトラックを素手で受け止めたのだ。
暴走トラックは、先ほどまでのスピードが嘘のように、ぴたりと停止している。運転手にも怪我はなく、呆然と エアバッグにもたれてパチパチ瞬きしている。
信じられない・・・なんて力だろう。普通なら、この人も自分も、まとめてトラックに撥ね飛ばされてるだろうに。
まるで、オールマイトのような超パワー。


「―――大丈夫?」


凛とした、高い声――その声を聞いて、超パワーの持ち主が女の子であることに、ようやく気づいた。
目がくらむほどの眩しい笑顔でこちらを見た彼女と、視線が交わる。
いろいろと脳の情報処理が間にあわず、混乱状態だったが・・・どうにか頷いて応えると、彼女は満足げに頷き、かかとを翻して 颯爽と去っていく。


「・・・あっ、あの!!」


慌てて、その背中を引き留めた。
振り返り、首をかしげる彼女に、早く何か言わなくてはと慌てる。


「何か、お礼を・・・」


とっさに思い付いたのはそれだった。うん、命の恩人に何のお礼もしないなんて、バチ当たりだもんな。
けれど彼女は、


「いいよ、お礼されるほどの事じゃないし・・・」


そう言って、ふわりと 花が咲くように笑った。


「君が無事だったってだけで、十分だよ」


きっと、こういう人が、将来トップヒーローと呼ばれるような人になるのだろう。
ヒーローになるべくしてなるような、そんな彼女を・・・背中が見えなくなるまでずっと見つめていた。
そして、命の恩人の名前も聞いてないことに気がついたのは、彼女が去って、だいぶ経った後だった。
痛恨のミスを悔やみながら、中学の友人たちに 心当たりがないかと聞いてみると、


「それ・・・身能強子じゃね?ほら、隣の中学の!」

「ってか、身能さん以外にそんな人いる?」


聞けば、彼女は有名人だった。
隣の中学に通う、同い年の女の子。
容姿端麗で、成績優秀、品行方正、運動神経も抜群――絵に描いたような完璧超人だと、近隣の学校でも話題にあがる人。
パワー系の個性をもち、腕っぷしも強いという。聞いた話じゃ、この界隈のヤンキーどもの間で“負け知らずの強子”として名を馳せてるとか・・・。
それだけでなく・・・幼い頃より、警察から感謝状を幾度ともらっているらしい。もちろん、先日の暴走トラックを止めた件でも感謝状をもらったそうだ。


「身能さん、か・・・」


知れば知るほど、彼女のことをもっと知りたくなる。
彼女に近づきたい。彼女と話したい。彼女と親しくなりたい―――
瞼をとじて、彼女の 頼もしい背中を思い浮かべる。見返りも求めず、当然のことのように他人を救ける彼女は、なんと格好いいことか。


「(自分もあんな風に、誰かを救えたら・・・どんなに格好いいだろう)」


ふと、涌いて出た欲望。
彼女のような、格好いいヒーローになりたい と。
けれど、自分の両掌を見つめて、ため息をもらす。彼女のような強個性ではない、自分のパッとしない個性では、プロヒーローなど務まらないだろう。
だが・・・一度芽吹いた夢は、日に日に大きく育ち、存在を主張してくる。
自覚した時にはもう、自分でもコントロールできないほど、どうしようもなく・・・格好いいヒーローになることを夢見ていた。
自分は彼女に、命を救ってもらうと同時―――人生に“夢”まで与えてもらったのである。

夢を見つけてからは、代わり映えしなかった日々が一変した。
自分の個性でも、使い方しだいでは凄いヒーローになれると信じ、やるべきことをこなしていく。すべては、勉強も運動もできて、自信に満ちた眩しい笑顔で、弱き者に自然と手を差しのべる――そんな彼女のようなヒーローに、近づくため。
そうやって日々を過ごすうち、新たな目標もできた。それは・・・あの身能強子と、同じ高校に通うこと。
彼女なら、まず間違いなくヒーロー科を目指すだろうと確信があった。そして 関東圏内で、いや全国区でも、ヒーロー科の最高峰といえば雄英高校だ。彼女もそこを目指すはず。
超難関校で倍率も毎年すごいが・・・彼女なら、余裕で合格するに決まってる。
ならば・・・自分も、雄英のヒーロー科に入るしかない!そこで彼女とともに、格好いいヒーローになるのだ!!





目標は、叶った。
死にもの狂いでこなした受験勉強や猛特訓の末・・・念願の、雄英ヒーロー科に進学できた。
だからこそ、彼女と同じ雄英の制服に身をつつみ、こうして同じ路線で通学しているのだ。


「(それなのに・・・)」


彼女との距離は、未だ縮まらない。
だからこそ、こうして、同じ電車に乗っているにもかかわらず、一方的にコソコソと彼女を盗み見てるのだ。


「(くっ・・・せめて、同じクラスだったら・・・!)」


彼女はA組で、自分はB組。
それでも、同じヒーロー科なのだし、仲良くなる機会はいくらでもあるだろうと期待していたのに・・・そんなものは、無かった。
普段の授業は、クラスごと別々。
廊下ですれ違うことはあったが・・・残念ながら、彼女は自分と会ったことなど覚えておらず、素通りされてしまった。
憧れの人が自分のことを覚えていないという事実に、チクリと胸が痛む。
こちらから打ち明ければ思い出してくれるかもしれないが、それは負けた気がして悔しいというか・・・自分の中にある僅かな意地が邪魔をして、出来なかった。
そうなると、話しかけるキッカケがないのが、他クラスの悲しい宿命である。


「(A組の奴らは、当たり前のように身能さんに話しかけられるその環境に もっと感謝すべきだよな)」


だが、どうにも彼女のクラスメイトたちは、彼女という人間の素晴らしさを理解していないようだ。1−Aでの彼女の扱いは雑で、彼女がイジられる場面すら見かける。
彼女の素晴らしさも解らないとは・・・A組の連中には呆れてしまう。


「(よし、決めた・・・今度の体育祭をきっかけに、身能さんとお近づきになろう!)」


体育祭という クラス合同で行うイベントなら、彼女と接触する機会もあるはずだと思い立つ。
この頃になるとB組の中でも“隣のクラスのかわいい子”として、彼女の存在を気にする者も増えていた。
でも・・・他の誰にも、先を越されてたまるか。
誰より先に彼女に憧れた自分が、(せめてB組の中では)誰よりも早く、彼女と親しくなるんだ。

しかし、その密かな願いは、無惨にも砕け散る。
―――物間だ。
物間のやつ・・・B組の皆を差し置いて、体育祭直前に 彼女と親しくなっていたのだ。
ある日、急に彼女と親しげに話しはじめた物間を見て、どれほどショックだったことか・・・!
それどころか、あいつは体育祭の借り物競争に乗じて、『好みのタイプの異性』というお題で 彼女を借りたのだ!あげくに、彼女をお姫様だっこするという暴挙!
皆に見せつけるようにラブコメしやがって・・・彼女と物間じゃ、ちっともつり合わないのに。


「(物間ばっかり、ずるい・・・)」


だが、はたと思い至る。
やたらと彼女に絡みにいく物間に便乗すれば、自然な感じで、自分も彼女と親しくなれるんじゃないか!?物間を足掛かりにして、自分も仲良くなれるはず!
これは、かなりいい作戦だと思ったのだが、


「・・・顔がこわいんだよ、君」


引き気味に物間から告げられ、ガーンと打ちのめされる。
物間に便乗して話しかけたり、教科書を借りたり、彼女との接点を増やそうと試みたのだが―――憧れの彼女と話すとどうしてもニヤけそうになり、誤魔化すために表情筋に力を入れるせいで、顔が恐くなってしまうのだ。
そうか、どうりで・・・


「身能さんに、壁を作られてる気はしてたんだよなぁ」


ため息まじりに、自分の密かな悩みを吐露する。
自分に向ける彼女の笑顔が A組のクラスメイトや 物間に向けるものと少し異なるとか・・・その違和感は肌で感じていた。
それにしても―――困った。このままでは、彼女との距離が縮まらないどころか、むしろ離れていく一方だ。そう途方に暮れていた時、


「っていうか、ウワバミからのご指名・・・羨ましすぎるッ!」


食堂で聞こえた彼女の声に、ピクリと反応する。生徒たちがごった返す食堂であっても、彼女の澄んだ美しい声は よく通るのだ。
A組の八百万や耳郎と語らう彼女は、瞳をキラキラ輝かせて、なんと可愛らしいことか・・・


「あの色気たっぷりながらも仕事をスマートにこなしちゃうデキ女っぷり、いいよねぇ!憧れちゃう!・・・私だったら、絶対にウワバミのとこに行くけどなぁ」


彼女のその呟きを耳にした瞬間、決意を固めて、力強く頷いた。


「(よし、決めた・・・職場体験先、ウワバミのところにしよう!)」


“憧れの人”に近づけないなら、いっそ、“憧れの人の憧れ”に近づく努力をするってのも悪くない。自分にウワバミから指名が来ていたのも、きっと、何かのめぐり合わせだ。
―――こうして、拳藤一佳の職場体験先が決まったのだった。





公言してはいないが―――拳藤は、重度の “強子オタク”である。
初めは単なる憧れだったのが・・・雄英で再会するまでの会えない期間で、命を救われた当時の思い出はどんどん美化され・・・再会してからも距離が縮まらないという試練は、彼女を尊ぶ気持ちをさらに加速させ・・・今や、拳藤の中で、身能強子という存在は神格化されていた。
おそれ多くて 彼女の名前を呼び捨てになんて出来ないし、彼女と親しくなりたいという悲願は、ハードルが上がるばかり。


「あのさ・・・前から聞きたかったんだけど」

「はい、なんでしょう?拳藤さん」


職場体験先を同じくする八百万に、話しかける。
八百万は、A組の中でもとくに彼女と親しい間柄だ。


「身能さんと、どうやって仲良くなったの?」


彼女が、いかにして身能強子と親しくなったか・・・是非とも今後の参考にしたい。


「強子さんですか?そうですね・・・」


上品に頬に手を添えて、記憶をさぐる八百万。
彼女は何やら思い出してクスリと笑みをこぼすと、拳藤の問いに答えた。


「きっかけは・・・席が近いから でしょうか。“席が近いもの同士、仲良くしよう”と強子さんから声をかけられたのが始まりでした。私たちは座席が前後ですので・・・」


その答えに、拳藤は肩透かしを食う。
これまで自分は、彼女と親しくなりたい一心で、日々、努力を重ねてきた。なのに・・・A組はなんの努力もせず、席が近いからってだけで彼女と仲良くなれるのか?


「だったら・・・」


ふと、ある可能性を想像し、無意識のうち口に出していた。


「身能さんと席が近いのが私だったら、身能さんは 私と仲良くしてたのかな」


もしそうなら、どんなに幸せか・・・まあ所詮、B組の自分では叶わない 夢物語だけれど。
一方で、


「・・・え?」


その一言により、「強子さんは私じゃなくても、席が近い人なら誰でも良かったのかもしれない」と、強子の友人であることに 八百万が自信を無くしていたなんて、拳藤は気づかなった。
これが後に、八百万が期末試験で強子に挑戦する要因の一つとなるのも、あずかり知らぬこと。
それから・・・「拳藤さんには負けたくありませんわ」と、八百万に妙なライバル心が芽生えてプリプリしていたことも、拳藤には知る由もなかった。

ただ・・・彼女と仲良くなるハードルは、そう高くないのかもしれないと希望を持った。
再びモチベーションをあげると、職場体験後も、彼女から教科書を借りたり、それにかこつけてランチに誘ったりと拳藤は手を尽くすが―――


「今日も手応え、なし・・・」


思わず、頭を抱えて嘆いた。
何故こうも上手くいかないのか。いい加減、教科書を忘れたフリするのにも限度があるぞ。
ああでも・・・教科書を借りたお礼に昼食を奢ろうとしたら、「お礼されるほどの事じゃない」と断った彼女は、中学の頃と変わらず、謙虚で、素敵だ。


「そんなに身能と仲良くしたいなら、正直に本人に伝えちまうのはどうだ?『あなたのファンです』ってさ」

「骨抜・・・」

「喜ぶんじゃねーの?それに身能って、ファンサも良いらしいぞ」


この頃になると、B組の一部の親しい者には、自分が彼女のファンであることを見抜かれていた。そのうちの一人、骨抜がよかれと思って提案するが、


「ううん、ダメ・・・それは出来ない」


拳藤は 彼女のファンだが、“彼女のファン”になりたいわけじゃない。
彼女とともに、“格好いいヒーロー”になりたいのだ。
彼女と肩を並べられるような、彼女と対等でいられるような――そんな 格好いいヒーローでありたいのだ。
けれども「ファンだ」と公言してしまえば・・・もう対等にはなれない、そんな気がした。
自分と彼女の関係が、一方的なもので定着してしまいそうで、嫌だ。この先ずっと、手の届かない存在となってしまいそうで、怖い。
だから―――言わない。夢を叶えるその日まで 彼女には隠しておこうと、決めていた。


「・・・でも、身能さんとの距離は縮めたいんだよっ・・・!」

「まぁ、そう気張るなよ 拳藤。クラス合同の林間合宿なら、身能と仲良くなるチャンスもあるんじゃね?」

「!」


さすがB組の推薦枠。柔軟で、天才的な発想だ。
―――よしっ、決めた!なんとしても、合宿中に彼女と親しくなってやる!







「身能さんが在籍するA組は、B組よりもずっと優秀なハズだろう!?あれれれれえ!?」


合宿初日の朝。初っぱなから彼女に迷惑な絡みをする物間を、即座に手刀で沈めた。
顔を引きつらせる彼女に詫びながら、そそくさと物間を撤去させる。あまりB組の“負の面”ばかりを彼女に見せて、B組の印象が悪くなったらどうしてくれるんだ。
普段の物間はそう悪い奴ではないが・・・A組が関わると、どうにも手に負えない問題児となる。
それはきっと、物間が彼女に想いを寄せてることも起因しているだろう。彼女と親しくしたい者にとって、A組連中は羨ましすぎるのだ。A組に嫉妬する気持ちもわかる。


「A組とは、体育祭じゃ なんやかんやあったけど、まァよろしくね!」

「私、前から身能さんと話してみたかったんだよ!」


B組の女子たちが彼女に話しかければ、彼女はぱぁっと天使のような笑みを見せた。


「こちらこそ よろしく!一緒に合宿できるの、すっごく楽しみーッ!」


思わずヘラりと表情筋が弛む。彼女の笑顔を見たB組の誰もがそうだ。
あの身能強子と一緒に合宿できることに、内心で かなり浮かれていた。今日から一週間、彼女とひとつ屋根の下で、寝食をともに出来るのだから。
それと、彼女を星空デートにしつこく誘う物間には、再び手刀をお見舞いしておいた。お前は、浮かれすぎだ。


「ごめんね、身能さん・・・こいつの言うことは忘れていいから」


どうか、B組の“負の面”など忘れてください。B組には、マトモな奴もいっぱいいるんです。
ああ・・・出来るなら、彼女にB組のバスへ同乗してほしいくらいだが、バスはクラス別々なのが非常に悔やまれる。
A組の奴らは、当たり前のように彼女と同じバスに乗れることに、もっと感謝すべきだよな。


「はぁー・・・身能、可愛かったなぁ」


バスが出発してすぐ、ゆるんだ顔をした円場が口にした。


「あの人懐っこい性格が好感もてるよな。あれで頭も良くて、戦闘訓練も優秀らしい」

「体育祭後から 校内でも校外でも相当ファンが増えて、告られたりもしてるって話だぜ」


鱗と泡瀬も頷いて、彼女の話題に乗っかった。
色めき立つ彼らをしり目に、物間がフンと鼻を鳴らす。


「そんなの当然だろう?身能さんはそこらの凡庸な女とは違うのさ。君らが彼女に告白したところで、相手にもされないだろうね」

「そうだな。お前も秒でフラれてたしな」

「つーか 二人で抜け出して星空を見るとか・・・ンな恥ずかしいこと、よく言うよ」

「あんだけ執拗に誘って、物間が身能に嫌われてないのが奇跡だろ」


物間が苦虫を噛みしめたような顔で押し黙った。
この頃になると、B組の誰もが“身能強子と親しくなりたい”と望むようになっていて、彼女と(何故か)親しい物間を羨み、妬む者も多い。同時に・・・拳藤も含め、物間のポジションをひそかに狙う者も多かった。


「まずは、身能に良いとこ見せねーと・・・」


そうブツブツ呟いているのは、回原だ。
ふとバスの中を見回せば、彼だけでなく、多くの者が思案顔をしている。
噂の彼女は、強くて、優秀。でも、A組で優秀な 爆豪や轟といった他の者より、ずっと人当たりが良く、愛らしい。そりゃ当然、誰だってお近づきになりたいと望むわけで。
この合宿は―――拳藤だけでなく、B組全員にとってのチャンスの場であった。





合宿二日目。
トレーニングに励む彼女は、目が離せないほどカッコよかった。男たちにも引けを取らず、肉体を酷使し、個性を駆使し、トレーニング場を駆けまわる様は、同じ女として尊敬の念を禁じえない。
途中、彼女から唐突にハンカチを差し出されたので何かと思えば・・・匂いを嗅ぎ分けて、拳藤の私物だと識別したのだと言う。それを聞き、自分はそんなに匂っただろうかと顔を引きつらせた。

そんなこんなで厳しいトレーニングを終え、食事も風呂も済ませると―――思わぬチャンスがやってくる。


「女子会しよー!女子会!」


AB合同の女子会が開催されることになったのだ。
皆で輪になって座ると、ちょうど自分の正面に彼女が座ったので、思わず姿勢を正した。
彼女はすでに就寝用の部屋着に着替えていて、Tシャツに短パンというラフな格好。そんな簡素な格好ですら可愛いから不思議だ。
憧れのヒーローのオフを覗き見しているような背徳感も味わいつつ、表情筋が弛むのを堪えていると、彼女が動きを見せる。
布団の上に座っていた彼女が、ころんと転がり、隣にいた八百万の足の上に頭を乗せた。俗にいう、膝枕ってやつである。


「(んんッ 何それカワイイ!!)」


いつでも完璧な彼女の、こんな風に気を抜いた姿など初めて見た。
八百万の太ももに身を預け、うっとりと目を細める彼女は、無垢で無防備で、無性に守ってあげたくなる。
心底、八百万が羨ましい。じっと見つめていると八百万と目が合い、ニッコリと微笑まれ・・・なんだか負けたような心地になる。


「こら、ヤメロっつーの!」

「・・・いひゃいよ、ひろーひゃん(痛いよ、耳郎ちゃん)」


耳郎に頬をプニッとつままれ、彼女が可愛らしく抗議する。けれど本気で嫌がるわけではなく、二人のじゃれるようなやり取りに、彼女と耳郎が 信頼し合う仲なのだとわかる。
頬のやわらかそうな感触を存分に楽しんでいる耳郎が、めっぽう羨ましい。


「(どっちでもいい・・・お願いだから、どっちか そのポジション変わって!)」


もはや拳藤の表情筋は 力みすぎてキャパを超えたのだろう、無表情となっていた。
そうこうする間に、女子会の話題は、恋バナになったらしい。あの身能強子と女子会、それも恋バナだなんてと、僅かに緊張するが―――


「恋愛にうつつを抜かしてる暇なんて、ヒーロー科の私たちにはないでしょうが!」


そう啖呵を切った彼女に、ほう とため息をつく。
彼女を、誇らしく思う。拳藤の憧れる彼女は、優先順位をきちんと理解してる人だった。確かに、夢を追いかける我々に、恋愛してる時間なんてないもんな。
もちろん、世の男たちは彼女を放っておかないだろうけど・・・彼女とつり合う男がいるとも思えない。


「・・・じゃあさ、強子はどういう人がタイプ?」


誰もが気になる、その疑問。
A組から候補の名前がいくつも上がる中、満を持して、拳藤が彼女に話しかける。


「あ、あのさっ!身能さんは、物間とずいぶん仲がいいみたいだけど・・・その、もしかして、そういう関係だったり・・・?」


これで、ついに、彼女と恋バナするまでに距離を縮めた!
その進歩に胸を高鳴らせつつ、彼女の答えを待つ。
もちろん、彼女が物間なんか相手にしてない事はわかっていた。物間本人だって察しはついてるだろう。誰がどう見たって“身能さんが好き”だとバレバレな態度を見せても、彼女は脈のない反応しか見せないし。


「物間くんとは・・・気心の知れた友だちって感じかなぁ」


美しい笑顔で彼女が告げたそれに、たまらなく、物間を羨んだ。
なんだよ・・・恋愛面で脈はないけど、物間のやつ、そこまで彼女と打ち解けているのか。やっぱり―――物間ばっかり、ずるい。
まわりの皆が、彼氏にしたい相手が思い付かず考えこんでいるのを見ながら、拳藤はため息をこぼした。


「(“彼氏にしたい人”なんてピンと来ないけど・・・“友だちになりたくてしょうがない人”なら、真っ先に思い浮かぶのにな)」


それなら、拳藤が思い浮かべる人は、数年前から ただ一人だけなのに。
―――結局のところ、A組とB組の男子の中に 彼氏にしたい男はいないという結論で落ち着いてしまった。


「・・・でも、強子が男ならモテそう」


唐突に、耳郎が声をあげた。


「(身能さんが、男だったら・・・?)」


言葉の意味をゆっくりと咀嚼しながら、彼女へと視線を向ける。


「チカンなんかにも、バシーッと言ってくれそう!彼氏だったら、“俺の彼女に何してんだよ”とか言っちゃってー!」


芦戸の言葉に、想像する。
いつもの通学電車の中・・・男子バージョンの身能強子――まるで男性アイドルのごとく容姿の整ったイケメンが、自分を守りつつチカンを退治するシチュエーションを。
きっと、チカンを退治した後、彼は気遣わしげに拳藤の頬に手を添えると、眉を下げて「ごめん、次は・・・絶対に君を守るから」なんて、切なげに言うのだ。
それからは毎日、電車のドアに背を預ける拳藤を、彼が両腕で覆い――壁ドンのような体勢のまま、甘く幸せな通学時間を二人で過ごすのだろう。


「〜〜〜ッ!!」


口から変な声が漏れ出そうになり、慌てて口元を手のひらで覆った。
アリだな。すこぶるアリ。これぞ理想の男子。なんだ、“彼氏にしたい人”はここにいたのか。


「あー・・・いったん恋愛は置いといてさ、サイドキック目線で考えてみるとかどう?」


話題を変えようと、複雑そうな顔した彼女が提案するが、皆、なかなか思い浮かばない。
拳藤は、サイドキックにしたい相手もすぐに一人だけ思い浮かんだが・・・それを口にする勇気はなかった。
代わりに、新しい議題を提案してみる。


「一日入れ替わるなら・・・とか?」


これが意外にもハマり、皆の口から、スラスラとクラスメイトの名前があがっていく。


「一佳は?」


柳から問われ、無意識のうちに、彼女を見ていた。
でも―――身能強子のようになりたいと思うけど、彼女と入れ替わるのは、少し違うんだよな。
だって、彼女と入れ替わったら、自分の隣に 彼女がいないじゃないか。
だったら・・・


「物間かなぁ」


物間だったら、“気心の知れた友だち”として、彼女の隣にいられるんだ。それなら、物間と入れ替わって、彼女の友という立場になってみたい。


「ほら、物間のコピーだったら、他のみんなの個性も 大抵はコピーして体験できるじゃない?」


彼女が意外そうに目を見開いたので、とっさに拳藤は、取ってつけたような理由を後付けする。
それでも彼女が納得したように頷いて共感してくれたものだから、ほっこりとして笑みがこぼれた。


「だめだぁ〜、アタシたち恋バナの一つもできないよ!」


キュンキュンできなかったらしい芦戸がバタッと倒れこんだので、苦笑する。
まぁ、恋バナではないけれど・・・拳藤には、ちょっと違う意味でキュンキュンする、楽しい時間であった。
彼女の新たな面を知って、彼女のいろんな話も聞けて、大満足だ。

彼女との距離がぐっと縮まったような、そんな夜―――拳藤は、クラス合同の林間合宿という環境への感謝を 噛みしめた。





そして、合宿三日目―――まさか、こんなことになるなんて、誰が想像できただろう。


『ヴィラン二名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!それから、生徒の身能が ヴィランに狙われてる!標的が身能以外にいることも考えて、みんな警戒して!動けるものは、直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず、撤退を!!』


マンダレイからのテレパスを受けて、さぁっと顔が青ざめる。
ヴィランが現れた。しかも、彼女がヴィランに狙われている―――にわかには信じがたい事態だが、マンダレイの緊迫した声だけでなく、拳藤のまわりに立ち込める有毒ガスが、それが現実であることを裏付けていた。
万全を期していたはずの合宿でヴィランに襲撃されるなんてと、愕然とする。けれど・・・こんなところで、夢なかばで死んでたまるか!そう息まいて、ガス溜まりの中を突き進む。
途中で鉄哲とも合流して、拳藤はマンダレイの指示の通り、すぐに施設へ戻ろうとしたが・・・鉄哲は違った。「俺は戦う」と、ヴィランに立ち向かう意志を見せたのだ。


「塩崎やクラスの皆がこのガスで苦しい目に遭ってんだよ!嫌なんだよ!腹立つんだよ!こういうの!!」


拳藤だって、こんなのは嫌に決まってる。ものすごく、腹立たしいよ。
A組もB組も、誰ひとりとして、いたずらに苦しめられていいわけがない。
皆が楽しみにしていた合宿を、こんなかたちで台無しにされていいわけがない。まだ合宿は三日目で、ここからもっと彼女と仲良くなるための算段をしていたのに・・・その計画も台無しだ。
何より―――あの身能強子を ヴィランなんかが奪い去ろうだなんて、最高に腹立たしくて仕方ない。
ヴィランごときの手中に収まる人ならば、拳藤はとうに、彼女の親友になっているさ。そんなチョロい人じゃないんだよ、あの人は!

居ても立ってもいられず拳藤も鉄哲について行き、そして二人がかりで・・・思いを込めた鉄哲の鉄拳を、毒ガス使いに ぶち込んだのだった。





ヴィランを倒してから急いで施設へと戻ると―――すでに、勝敗は決していた。
爆豪がヴィランに連れ去られ、ラグドールも行方不明。意識不明で重体の者や、重傷者も多数。
ヴィラン連合は、毒ガス使いのほかに2名――計3名を捕らえたものの、他のヴィラン複数名には逃げられた。
誰もがうつむく悲惨な現状の中、唯一の救いは、身能強子が無事であるということ。
彼女も火傷がひどく重傷であったが、まだ幼い洸汰を気遣うだけの余裕を持ち合わせていた。腕の火傷が痛むのも気にせず 洸汰の頭に手を添えて励ましている彼女は、さながら聖女のよう。
しかし、その彼女の表情は、憂いに翳っている。
いつでも勝ち気な彼女の、こんな風に弱り果てた姿など・・・初めて見た。
拳藤は胸元でぎゅっと拳を握る。彼女のつらそうな表情に、見ているこちらの胸が張り裂けそうだ。


「(どうか・・・早く、)」


みんな、早く元気になってくれ。それから―――早く 帰ってこい、爆豪。
そうじゃないと、きっと・・・彼女の憂いは取っ払われない。


「(早く、みんなと、元気な姿で再会できるといいな)」


願わずにはいられない。
A組もB組も、誰ひとりとして、欠けてはいけない。41人がまた集まって、下らないことで競い合ったり、笑いあったり・・・そんな騒がしい日常が、早く戻ってきますように と。
そうすれば、きっと、彼女の晴れやかな笑顔も戻るはずだから。










==========

え!?嘘でしょ!?拳藤さんが!?
っていう反応を期待して、こんな設定にしました・・・うすうす勘づいてましたか?
そうです、うちの拳藤さんは夢主ファンです!心酔しすぎて、夢主を見る目がだいぶ贔屓目になってます・・・。
なお、彼女のヒーロー志望動機を捏造しましたが、今後、原作と齟齬が出てくるようなら修正するかもしれません。

夢主は、A組じゃなくB組に割り振られていたら、今みたいに受難だらけの不遇な日々ではないでしょうね。そのぶん、今ほどの成長も得られなかったでしょうけど。
逆境で苦労した分、成長に繋がってるわけです。


ちなみに以前、夢主は、拳藤さんとキャラが被ると気にしてましたけど・・・拳藤さんは、夢主を理想に掲げて、夢主みたくなれるよう努力してるんで、キャラが似てくるのも当然の結果なんですよ・・・(裏設定)



[ 52/100 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -