女ってやつは・・・

「あー、疲れたー」


A組の女子部屋でのんびりと寛いでいる強子が、間延びした声を出す。
シンプルな和室。人数分の布団を敷いてしまえば、あとは荷物を置くスペースしかないような狭い部屋だが、やることと言えば寝るくらいなのだから、この程度の広さで ちょうどいい。
布団の上に座っていた強子は、ごろんと転がって、隣でおとめ座りしていた八百万の足の上に頭を乗せた。俗にいう、膝枕ってやつである。


「はぁー、低反発・・・癒されるー」


八百万の太もものフカフカ具合を確かめながら、強子はうっとりと目を細めた。


「まあ、強子さんたら・・・」

「やめい!あんた、ヤオモモに甘えすぎ!疲れてんのは強子だけじゃないんだから」


八百万はくすくすと笑みをこぼし、寛大な心で強子を許したが、耳郎はだらける強子を批難の目で見下ろすと、彼女の頬をムニッとつまんだ。
ここのところ強子を甘やかす輩が増えてきたのだが、一方では・・・強子が図にのり過ぎないよう、耳郎がストッパーのような役割を担っていた。
・・・強子がダメ人間にならずにいられるのは、彼女のおかげと言ってもいいだろう。


「いいんです、耳郎さん。私は構いませんわ。強子さんは1日中 全身の筋肉を酷使されたので辛いでしょうし、これくらい・・・」


八百万が朗らかに笑ったそのとき、ドアノックの音に続いて声がした。


「拳藤だけど、ちょっといいかな」


意外な人物の訪問に、A組女子たちはなんだろうと顔を見合わせた。強子も八百万の膝枕から起き上がってドアの方に視線を向ける。
ドアを開けると、拳藤を先頭に B組の小大、塩崎、柳の四人がいた。
彼女たちは部屋に入ると、お菓子が詰めこまれた袋を差し出す。


「さっきはありがとね、これお礼」


“さっき”というのは、B組女子の風呂場を覗こうとした峰田を A組女子が退治した件であろう。
性欲の権化め・・・昨夜 A組女子の風呂を覗こうとして制裁を受けたばかりなのに、懲りもせず、今夜はB組女子に狙いを定めたのだ。
警戒していたA組女子がそれを察知し 未然に防いだので、B組に被害が出ることはなかったが。
当然、峰田のアホは、強子がワンパンで沈めて相澤に引き渡しておいた。


「でも、私たちは当たり前のことをしただけですし・・・」


A組の不始末で迷惑をかけたのに、お礼なんて受けとれないとためらう八百万。しかしB組女子も「ほんの気持ちだから」と譲らない。
そんなやりとりを見ていた葉隠が、いいことを思いついたとばかりに言った。


「それじゃ、みんなで食べようよ!」

「えっ?」


葉隠の顔があるだろう宙に振り向いた皆に向かって、葉隠はにこっと微笑む。


「女子会しよー!女子会!」


かくして、AB合同女子会が開催されることとなった。





布団をクッション代わりに 輪になって座ると、部屋の真ん中にお菓子をひろげ、自販機で購入したジュースで乾杯する。
それを皮切りに、強子がまた横になり八百万の太ももを枕にして寛ぐと、「ヤメロっつーの!」と再び耳郎に叱られた。
そんな情けない姿を、B組の拳藤が無表情で見ていたことに気付いて、慌てて起き上がって体勢を直す。
だらしない女だと、引かれただろうか・・・?なんだか彼女には、強子の評価が下がるようなとこばかり見られている気がする。


「それじゃ、」


初めこそ、何を話せばいいのかと戸惑っていた面々だったが、話し合った末・・・女子会の話題は、やはり定番の恋バナに決まった。
言い出しっぺの葉隠が、音頭をとるように話題を振る。


「付き合ってる人がいる人ー!」


だが、誰もかれもワクワクとした視線を周囲に送るだけで、名乗り出る女子はいない。


「・・・えっ、誰もいないの!?」


皆がワクワクした顔を引っ込めて、周囲を確認する。そして、皆の視線は・・・自然と強子に集まった。


「嘘だぁ!強子はいるでしょ!?」

「ホントにいないの!?」

「轟は?」


周囲から一斉に問い詰められ、口元を引きつらせた強子は後ろにのけぞった。


「いっ、いやいやいや!いないけど!!むしろ何でいると思うの!?」


そりゃまあ、世間の女子高生たちは、恋という青春に興じていることだろう。そういう年頃だもの。しかし、だ。


「恋愛にうつつを抜かしてる暇なんて、ヒーロー科の私たちにはないでしょうが!」


月曜から土曜までびっしりと授業があり、演習に加えて、普通科目だってレベルが高い。宿題も出るし、自主的なトレーニングも欠かせない。
ヒーローになるため やるべきことが多い我々には、時間はいくらあっても足りないわけで・・・要するに、デートする時間があるなら 筋トレしてたほうが有意義って話だ。


「それに、彼氏なんか作ってたら 相澤先生に除籍されちゃう・・・」


相澤は、強子に関しちゃ ひときわ厳しいのだ。
まあ、もちろん?モテ女である強子を、世の男たちが放っておかないのも また事実。
それでも、ヒーローを目指す強子の貴重な時間を、男共のために割けるかといえば、答えはNOだ。
そこまでしてやる価値のある男など、存在しません!


「確かになぁ・・・中学のときは受験勉強でそれどころじゃなかったし、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」


苦笑いする拳藤に、皆もうんうんと深く頷いた。


「うわー、でも恋バナしたい!キュンキュンしたいよー!片思いでもいいから、誰か好きな人いないのー?」


芦戸が身を乗り出して皆を見回す。
“好きな人”という単語で、緑谷のことを思い出した麗日は、顔を真っ赤に染め上げた。
目ざとくそれに気づいた葉隠と芦戸にあやしいと詰め寄られ、麗日は焦りまくる。焦りすぎて、うっかり葉隠たちを個性で浮かせてしまったくらいだ。
微笑ましく見ていると、ふと麗日が強子を見た。


「わっ、私のことより!強子ちゃんはどうなん!?」

「ん、私?」

「最近、デクくんに対する態度が変わったやん!?合宿が始まってからも一緒にいること多いし・・・いつの間にか、名前も“デクくん”呼びになっとったし・・・」


顔を赤らめたまま、強子に探るような視線を向ける麗日。そして勢いあまった彼女は、腹から大きな声を出して、ついに、核心となる疑問を直接強子にぶつけた。


「もしかして、デクくんのこと、す、すすすっ、好きなんとちゃう!?」


強子はきょとんとして麗日を見つめた。
この子―――可愛すぎない?恋する女の子が可愛いってのは、本当だった。
しかし、これで説明がつく。合宿が始まってから、彼女がやけに強子のことを見ていたのは、強子が緑谷を好きなのかどうか、見極めていたのだろう。
それにしても、誰がどう見たって“緑谷が好き”だとバレそうな態度だが、いいのだろうか・・・?


「言われてみれば、確かに!」

「まさかの緑谷くん!?」


幸い、麗日のわかりやすい態度に注目する者はおらず、それよりも“強子と緑谷”という意外な組み合わせが気になったらしい。
ワクワクしながら強子を見つめる彼女たちに、ニッコリと笑みを浮かべて答えた。


「デクくんは・・・すごい奴だとは思うけど、恋愛対象としては見てないよ」


ここで「好きだよ」と言ったら麗日がどう反応するのかも気になるけど・・・ようやく仲良くなったばかりの麗日をあまりイジめてはかわいそうだし、やめておこう。


「そうねぇ、緑谷ちゃんはすごく努力家だと思うけれど・・・異性としては、どうかしら?」

「あー、あのオールマイトオタクっぷりじゃあ、彼女とのデートよりもオールマイトの握手会を優先させそう!」

「容易に想像できますわ」

「え?学校で会えるのに?」


蛙吹の問いに、芦戸と八百万が自分の思う“緑谷像”を口にする。そんなバカなと言わんばかりにB組女子たちは聞き返すが、


「それが緑谷という男」

「むしろ、彼女とのデートにオールマイトの握手会に行きそうだよね!」

「それは・・・そうかもしれん」


葉隠の言葉に、麗日も容易に想像できたらしい。


「「「彼氏としてはナイ」」」


ばっさりと切り捨てられた緑谷。
皆の反応に、麗日はほっとしたような、けれど歯がゆいような、複雑そうな表情をしていた。


「っていうか、強子ちゃんには緑谷くんより、轟くんがいるじゃない!」

「えっ」


葉隠の言葉に、強子は驚いたような反応を見せるが、A組の大多数は納得したように頷いた。


「いや・・・轟くんは、友だちだし。彼氏ではないからね?マジで」

「えー?でもさぁ・・・イケメンだし、個性もすごいし、何より強子に対する特別感 みたいなの?強子にだけはベタ甘だからなー、轟は」


イケメンで、戦闘も強い。性格はややマイペースな印象だが、頼りになる人。恋愛に関しちゃちょっと鈍そうだけど、そこもまたいい。世の女性たちからも人気が出そうだ。
けれど、彼が特別に優しく扱うのは、強子だけ。“自分だけ”という特別待遇は、女子にとって魅惑的なものだ。
A組の女子は、強子のそのポジションが自分だったらと考えてみて・・・彼氏としては最高なんじゃないかと思えたが、


「ああ、あのエンデヴァーの・・・」


ぽつりと拳藤がこぼした瞬間、脳裏に浮かんだ轟の父親の顔に、A組女子たちの思考が停止した。
とてもじゃないが、うまくやっていける気がしない。


「・・・ナイな」

「うん、息子の彼女に厳しそう・・・」


想像したエンデヴァーの威圧感にげんなりしたA組女子たち。


「まあ、強子ならあのエンデヴァーにも物怖じせずに うまく付き合えそうだけどね」


耳郎の言葉に、強子は気まずそうに視線を泳がせた。
強子とNo.2の間には、すでに亀裂が入っている。彼の強子に対する印象は最悪なはずだ。
彼からは 息子と別れろ的なことを言われたし、そんな彼に強子は 親バカなどと罵っている。
・・・とてもじゃないが、強子もエンデヴァーとうまくやれる気がしないよ。
そして、これは強子には縁のないことだが・・・あの親バカ具合なら、轟の彼女に対して「結婚はまだか」とか、結婚しても「孫はまだか」とか、二人の問題にデリカシーなく首を突っ込んできそうだと想像し、強子はひとり苦笑した。


「なら、爆豪は?顔は悪くないよね?」

「ナイな」


今度は耳郎が即答する。


「成績優秀、将来有望・・・でも、あの性格じゃあなー。強子以外に、アイツとまともに渡り合える人、いる?」


あの気難しく 気性の荒い男と、学校で顔を付き合わせるのだって気詰まりするのに、プライベートでも付き合うことを想像し、またA組女子たちはげんなりした。
っていうか強子だって、爆豪とまともに渡り合えてる自信はない。強子の力をもってしても、奴を御するのは 骨が折れそうだ(物理的に)。


「・・・じゃあさ、強子はどういう人がタイプ?」

「あっ、それ気になる!たとえば A組とB組の中で彼氏にするなら、誰がいい!?」


芦戸と葉隠のノリノリコンビに話題を振られ、「え〜?」と戸惑いながらも、強子は顎に手をあてて真剣に考えてみる。


「やっぱり、轟くん!」

「いや、爆豪かな」

「それなら切島のほうがいいよ!」

「常闇ちゃんはどうかしら?」

「飯田くんと仲いいよね!」

「安心してお任せできるのは、やはり相澤先生でしょうか」

「・・・ちょっと待って。私のことなのに、何で皆が答えるの!!」


せっかく質問に真面目に応じようとしたのに、考える時間も与えてくれないのかと嘆く。
八百万にいたってはなぜか保護者目線だし、その人 A組でもB組でもないし、っていうか禁断の恋!?


「あ、あのさっ!身能さんは、物間とずいぶん仲がいいみたいだけど・・・その、もしかして、そういう関係だったり・・・?」


A組がわいわい騒ぐ中、緊張をはらんだ顔でおずおずと、拳藤がついに、核心にふれることを聞いてきた。
物間を意識している彼女にとっては、物間と親しい強子が目障りであったはずだ。二人の関係がずっと気になっていただろうけど・・・この女子会を機に、とうとう探りを入れてきたな!?
内心では、拳藤の言動からいろいろと邪推する強子だが、表面上は、気取られぬよう余裕ぶった笑みを浮かべて答える。


「物間くんとは・・・気心の知れた友だちって感じかなぁ。考え方とか、価値観とか、立ち回りとかが似てるんだよね」


そしてこれは不本意だが・・・クラス内での立ち位置も似ているような気がする。
良いかっこしいだが、負けず嫌いで・・・トラブルメーカー。
何かやらかしても「ああ、またコイツか」と呆れられながら、すかさず周りがフォローを入れるところなんか、見ていて自分と重なってしまう。


「まあ、物間くんは悪友みたいなもんだよ。彼氏って感じじゃないかな」


つるんでアレコレするのは楽しいけど、そこに恋愛感情はない。それは物間も同じだろう。
だって、外見はいいけど、中身があれだもの・・・お互いにね。
それにしても、“物間が好き”だと勘づかれそうな態度だが、拳藤はいいのだろうか・・・?いや、誰もが彼氏として“物間はナイ”と決めつけているから、疑われないのか。


「では、黙示録の獣はいかがでしょう?」

「えっと・・・それはもしかして宍田くんのこと?」

「ええ。日中、お二人が仲睦まじく過ごしてらっしゃるのをお見掛けしましたわ」


塩崎はそう言うが、それってトレーニング中の話だろう。
虎のもとでトレーニングを行う 増強型のメンバーたちは、いわば戦友だ。それはそれは苦しくつらい経験をともに味わい、一致団結して ともに乗りこえた仲間。共鳴、共感しあい、強い仲間意識で結ばれたチームである。
そこに愛があるとすれば、チーム愛だ。家族愛にも近しい。
親しくなった宍田は、獣化して、その背中に強子を乗せてくれたのだが、それで駆けまわるのは 最高に楽しかった。是非また彼の背中を借りたいものだ。・・・あ、仲睦まじいって、これのことか。


「なら、回原は?あれでも一応、B組(ウチ)のイケメン枠だよ。物間とは違って 心がアレじゃないし、常識人だし・・・」

「ん」


今度は柳と小大が 回原をオススメ(?)してきたけれど、彼も増強型メンバーである。上に同じだ。
強子はため息をこぼすと、呆れた様子でゆるゆると首を横に振った。
さっきから、皆がただ思いついた人物の名前をあげて、強子がその是非を答えるだけの会話になっている。
しかし、強子だけ答えさせられるのでは、公平じゃない。


「私だけじゃなくて・・・皆も、彼氏にするなら誰がいいか考えてみたらどう?」


強子がそう言うと、女子たちはう〜んと考え込む。
麗日が一人、ぽっと顔を赤らめてはブンブンと首を振ったが、強子以外のみんなはそれぞれ思考していたので気づかなった。


「いざ考えてみると、誰もピンとこないんだよねぇ」

「そうだね、そもそもそういう気持ちで見たことがなかったし・・・」


唇を尖らせてつまらなそうに言った芦戸に、拳藤が便乗して意見するが、


「(またまた・・・君には物間がいるだろうに)」


拳藤の態度に、強子はほくそ笑んだ。
麗日もだが、自分に好きな人がいることや、好きな人が誰かを隠すため・・・女は、当然のようにブラフをかけるものだ。


「同級生であり、ヒーローを目指す仲間でもあり、ライバルでもありますものね」


女同士であれば、“恋の”ライバルになり得る可能性もあるから、なおのこと。本音を隠し、事実を偽り、敵を欺いて翻弄する。
キャッキャッと楽しそうに催される女子会の裏―――まことしやかに、他者を出し抜くための駆け引きが繰り広げられているのだ。


「(まったく、これだから女ってやつは・・・)」


女ってやつは実に身勝手で、自分の欲のためなら平気で他人をも蹴落とせる。女という生き物は、強かで、狡猾で、醜いものなのである。







「なんてこった・・・このままじゃ、キュンキュンできずに補習に行かなきゃいけないよ・・・うぅっ、キュンキュンしたいよー!」


あれから、男子たちの名前をあげてみては、次々と女子の厳しい審査で“ナシ”の烙印を押されていき―――結局キュンキュンせずにすべての男子が全滅してしまった。憐れ、男どもよ・・・。


「それじゃ、逆で考えてみるっていうのは?私たちが男子で、男子がもし女の子だったら 彼女にするなら誰?みたいな」


「う〜ん」と想像してみるものの、筋肉質な体つきそのままに、ロングヘアを被せただけのような想像しか出てこない。
思わず強子は吹き出してしまったが、他の皆も似たような想像しか出来なかったらしい。


「なんか違う・・・」

「そもそもキュンキュンする?彼女選ぶ目線って・・・」

「でも、」


ふと、何かに気づいたように声をあげたのは耳郎だった。


「強子が男ならモテそう」

「・・・っへ?」


意表を突かれ、強子が固まった。


「こう見えて肝が据わってるし、頭もよくまわって 考えが確りしてるから、いざという時に頼りになるんだよね」

「そうですわ、合宿所に向かう道中、魔獣の森でも強子さんはとても頼もしかったですもの!」


耳郎の思いつきに八百万も同意すると、他の面々も「確かに・・・」と強子をじろじろ見ながら頷いた。


「ピクシーボブも言ってたもんね、“男ならめちゃくちゃ有望株”って!」

「A組(ウチ)のトップ2にも正面からぶつかっていくし 男子よりも漢らしいかも!」

「体育祭での勇姿も、素晴らしかったですわ」

「今日も、男子に交じってキツそうなトレーニングこなしてて格好よかったし」

「さっき峰田ちゃんをぶっ飛ばした時も、男気にあふれていたわ」

「それに料理も美味しかった・・・」


A組、B組の女子が入り交ざって強子を褒めそやす。ちなみに、じゅるりと涎を垂らしながら料理の腕を褒めたのは麗日である。先ほどの餌付けが効いているようだ。


「チカンなんかにも、バシーッと言ってくれそう!彼氏だったら、“俺の彼女に何してんだよ”とか言っちゃってー!」


妄想がノッてきた芦戸の言葉に、男子バージョンの強子――まるで男性アイドルのごとく容姿の整ったイケメンが、自分を守りつつチカンを退治するシチュエーションを思い浮かべ、女子たちは黄色い声をあげる。
女子の気持ちを理解し、茶目っ気にも溢れ、けれど、いざとういう時に守ってくれる 理想の男子がそこにいた。


「・・・って、女子どうしでキュンキュンしても」

「いや、勝手にキュンキュンされても」


はたと我に返った芦戸が、残念そうな顔で強子を見てきたので、強子もジト目になって彼女を見返した。
こんな下らない話で盛り上がってたら、また拳藤に引かれてしまうのでは?
ちらりと拳藤の方を盗み見ると、彼女は、口元を手のひらで覆っており、その手で隠しきれてない彼女の顔は、赤く染まっていた。
どうやら、意外なことに・・・男バージョンの強子は“アリ”だったらしい。


「(・・・アリなのか)」


物間に思いを寄せていることから、拳藤の男の趣味はどうなんだと案じていたが・・・その拳藤にアリ認定されたことを、やや複雑に思う。


「あー・・・いったん恋愛は置いといてさ、サイドキック目線で考えてみるとかどう?意外とキュンキュンできるかもよ?」


話の流れを変えようと提案して、強子は自分ならばと考え―――我が最高のサイドキック、天喰 環が頭に浮かんだ。
初見では頼りなさそうな彼だが、あれはあれで母性をくすぐるというか、嗜虐心を煽られるというか・・・ある意味、キュンキュンすると言える。
でも、A組でもB組でもないので却下だな。
他の女子たちもあまりパッと思いつかずにいると、


「もしくは、一日入れ替わるなら・・・とか?」


拳藤が思いついたように、新たな議題を提案した。


「それなら私は爆豪くんかなぁ」

「ええっ、そうなの?」


麗日が出した意外な名前に驚く女子たちに、麗日は少し照れくさそうに笑った。


「体育祭で戦って完敗したやん?そんとき、素直に強いなーって思ったんだ。あの強さを一回味わってみたい!」


麗日の話を聞いていた皆も、それぞれ思い思いに、入れ替われるなら誰かと口にしていく。
芦戸は瀬呂になって、テープを出してみたいらしい。
葉隠は、甘いものを食べてもエネルギーに変えられる砂藤が、太らないからいいらしい。
蛙吹は常闇となり、ダークシャドウと連携して戦ってみたい。
耳郎は上鳴・・・あのウェイ状態を体験したいと。
八百万と小大は、口田になって動物を操ってみたいそうだ。


「一佳は?」

「そうだなぁ、私は・・・」


柳に問われた拳藤が、ちらりと強子を見やった。その視線の意味を測りかねていると、


「物間かなぁ」


おや、と目を見開く。敵前にもかかわらず、やけに正直に答えるじゃないか。
・・・いや、まあ、強子は物間を狙っていないから敵じゃないんだけど。


「ほら、物間のコピーだったら、他のみんなの個性も 大抵はコピーして体験できるじゃない?」

「「「・・・なるほど」」」


納得の理由であった。確かに、物間のコピーは便利だよなぁ。


「強子ちゃんは?」


葉隠からの問いに、強子は間髪入れずに即答する。


「デクくん」


強子の答えに、一同は不思議そうに首を傾げた。そして麗日だけは、僅かに不安そうに顔を曇らせた。
皆は、強子の“身体強化”とは、まったく違うタイプの個性もちを指名すると思ったのだろう。でも、なぜか指名したのは、似たような増強型の緑谷だ。
そんな皆の疑問に、強子はふっと自嘲気味に笑って答えた。


「テクくんの方が、私よりパワーが上だからね。たまにはデクくんより上位に立ちたい・・・」

「アンタの負けず嫌いは、もう病的だな」


耳郎は呆れて肩をすくめ、他の女子は可笑しそうに笑い声をあげた。
そんな楽しげなやりとりを見て、拳藤もくすくすと笑いながら指摘する。


「みんな、恋愛抜きだとスラスラ選べるんだけどね」


キュンキュンうんぬんより、自分が体験したい“個性”の話になってしまった。これはこれで楽しいのだけど、我々は恋バナを所望していたはず。


「だめだぁ〜、アタシたち恋バナの一つもできないよ!」


バタッと倒れこんだ芦戸に、まわりの女子たちはそれぞれの顔を見て苦笑した。


「今は補習がんばれ」

「きっと神様のお告げですわ」

「やめてぇ〜」


耳郎と塩崎に言われ、抵抗するように布団の上でジタバタとする芦戸に、蛙吹が「でも、」と続ける。


「恋に落ちる、って言うでしょ?だから、気がつくと落ちてしまっているものなのよ。きっとそのときになれば、誰かに気持ちを話したくてたまらなくなるんじゃないかしら。恋バナはそのときにたくさんしましょ」


この子―――本当に、人生1週目?蛙吹の言葉に強子は目をぱちくりとさせた。
彼女の言葉は、あやふやな遠い未来のようで、同時に、不思議と現実味も帯びていて・・・いつか、自分が恋に落ちるだろう未来が、想像の中で息づいていく。

いつか誰かに恋をする、そのときはいつだろうか。
そのとき、自分はヒーローになれているだろうか。
恋をする相手は、どんな人なのだろうか。
その誰かに、誇れる自分になれているだろうか。

いつかの未来を想って、女の子たちは恋に恋する笑みを浮かべた。
女の子だけの話は、いつだって少し下世話で、だいぶ辛辣で、それでいて愛嬌に満ちている。そしてキュンキュンとは別に、いつの間にかほわほわと心を満たしてくれるのだ。
話は尽きることを知らず、その後も布団の上の女子会は延々と続いた。
けれど、芦戸が補習で抜けるタイミングで、明日の訓練に響くのも良くないからと、女子会がようやくお開きになったのだが―――


「さっきは聞けなかったけど、強子ちゃんの好きなタイプって、結局どんな人なの?」


就寝前に、コソコソと麗日が探りを入れてきた。
女は、敵を排することに、一片の妥協も許さない。敵情視察にも常に余念を欠かさないのだ。
まったく、女ってやつは・・・と呆れてしまうが、必死な表情で、真剣に強子を見つめている麗日を見たら、どうにもほだされてしまう。


「そうだなあ・・・」


そっと目蓋を伏せ、強子は考える。
このヒロアカの世界にいる人は・・・みんな個性的で、楽しくて、頼もしくもあり、愛おしい。
それぞれ長所があって、魅力にあふれているわけで、好みのタイプと聞かれても、一言で表すのは難しい。
と くれば、


「好きになった人がタイプってことで!」


結果、強子の口から出てきたのは、そんなズルい回答だった。
しかし麗日が、強子の答えに不安そうに眉を下げたため、わずかに罪悪感に苛まれる。
・・・だからだろうか。続いた言葉は、自然と口をついていた。


「・・・ヒーローを目指してる間は、彼氏つくる気ないよ」

「え、」


それは、強子の本音だった。
自分自身も、自分の覚悟を改めて確認するように、自分へ言い聞かせる。
きっと、誰かに恋をしてしまったら、強子の気持ちが浮わついてしまう。最高のヒーローを目指すという自分の決意が、揺らいでしまいそうだ。


「誰かを好きになったとしても、きっと、ヒーローになるまでは、その想いをしまっておくんじゃないかな・・・・・たぶんだけどねっ」


そして、マジ語りしている自分が急に恥ずかしくなって、強子は「おやすみ!」と布団をかぶり、強制的に会話を終了させたのだった。










翌日―――
引きつづき 虎のもとでトレーニングに励む増強型メンバーは、あいかわらず、“体育会系”を凌駕して もはや“軍隊”のごとく、過酷なトレーニングを強いられていた。


「負けた方はペナルティとして、個性を使わずに腹筋、背筋、腕立て、スクワットを 各50回!!」


強子たちは二人一組になり、個性使用ありの取っ組み合いをさせられているのだが、かれこれ強子は二回戦 たて続けに負けており、えげつないペナルティをこなしていた。
緑谷にも宍田にもパワー負けしたのだが・・・次の相手、回原なら、体格差もそこまでないし、ここは何としても勝ちたいところ。
かくいう回原も、二回戦 たて続けに負けているので・・・次が、事実上のビリ決定戦であった。


「ここだッ、もらった!!」


回原がドリルのように回転させた腕で、強子に容赦なく殴りかかる。
ドリルの先が強子の体に触れる直前、彼女は片足を後ろに引き、サッと体を横向きにずらして彼の攻撃をかわした。
―――と、その拍子に、強子の胸元の体操服が、ドリルによって、びりっと切り裂かれた。


「!」


裂けた布地の隙間から、肌色の 柔らかそうな二つの連峰と、それを包み込むレース生地が顔をのぞかせる。
瞬間、思わず視線をそちらに向けてしまった回原。


「・・・えっち」


強子は両腕で服の裂け目を隠しながら、ピンク色に染まった頬をぷくりと膨らませると、恥ずかしげに瞳を潤ませて 上目遣いで彼を睨んだ。


「あ、いやっ!わる・・・」


ボンッと ゆで蛸のように赤くなった回原が慌てて目線をそらし、謝罪しようと口を開くと、


「隙ありィ!!」

「ぶッ!?」

「えええ身能さん!?」


強子が回原の頬に右ストレートを打ち込んだ。
受け身もとれないまま、もろに食らい、倒れた回原を見下ろすと、強子は拳を天に向けて突き上げた。


「よっしゃあ 初勝利ぃ!ビリ回避!ペナルティなし!やったー!」


もう、勝利ほしさになりふり構わない強子は、ドン引く緑谷と宍田を気にもとめない。胸チラしてる体操服すら気にしていない。
勝利を喜び、笑い声をあげていると、強子の背後にぬっと虎が現れた。


「貴様・・・」


地を這うような声にギクリとした強子は、反射的に虎から逃げ出そうとする・・・が、虎は強子に飛びかかり、彼女の頭を ゴツい両足で締め付けて、そのままくるりと体をひねって旋回する。その旋回する勢いで強子の体が持ち上げられ―――


「乳くさい小娘が・・・“女”を武器にしようなんざ、10年早いわ!!」

「あギャアッ!!」


頭から まっ逆さまに地面に叩きつけられ、およそ女とは思えない悲鳴があがった。


「貴様もペナルティだ!各50回!!」

「そ、そんなぁ!」


結局はペナルティを課せられ、嘆いている強子の傍ら―――


「(女ってやつは・・・!)」


身勝手で、自分の欲のためなら平気で他人を蹴落とす―――そんな女の本性を目の当たりにした回原は、殴られた頬に手を添えたまま、そっと涙をのんだという。











==========

今回は、小説版の話をもとに執筆させていただきました!楽しくて、つい書きすぎました。
そして回原くん大好きなので、出番を用意できて嬉しいです。わかってくれる同志、募集してます。





女子会で、A組女子が夢主の彼氏候補を挙げるシーンがありました。それぞれ、ちゃんと思うところがあって言ってるんですが、入りきらなかったのであとがきに書きます。そのうち、短編とかで掘り下げてちゃんと書きたいです。


葉隠「やっぱり、轟くん!」
彼女は、轟VS強子の初バトル(戦闘訓練)の目撃者でした。『敵として出会ったあの時から、二人の恋は始まっていた・・・』という設定のドラマを脳内で繰り広げて楽しんでます。

耳郎「いや、爆豪かな」
爆豪がからんだ時の強子が面白いから、あの二人がくっつけば楽しいのに、という発想。爆豪と付き合えるのは強子くらいだろうとも思ってます。

芦戸「それなら切島のほうがいいよ!」
高校デビューの彼を陰ながら見守っていたら『あれ?強子を見る目、他の女子を見る目とちがう?』と女のカンが冴えたので、密かに応援している。でも轟には勝てないかも、とも。

蛙吹「常闇ちゃんはどうかしら?」
こちらも『あら?強子ちゃんを見る目、なんだかとっても優しいわ』と女のカンが冴えたので、密かに応援している。

麗日「飯田くんと仲いいよね!」
飯田と強子の 持ちつ持たれつな信頼関係がステキだなと思ってる。他の男子と強子の関係性は、正直よくわかってないです。

八百万「安心してお任せできるのは、やはり相澤先生でしょうか」
信頼できる人でないと、強子のことは任せられない。同年代の男子は、まだまだ子供なのでちょっと・・・。轟は信頼してるけど、轟に強子をとられるのも悔しいので、却下です。



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