乙女の戦い

合宿2日目。訓練は早朝から始まった。
許容上限のある発動型は、上限の底上げを。異形型、その他複合型は、個性に由来する器官・部位の鍛練を。
出席番号順に一人ずつ、相澤からトレーニングメニューを伝えられて、ピクシーボブが個性で形成した鍛練場所へと誘導されていく。
出席番号順、となると・・・強子の番は最後だ。
すでに訓練を開始している者たちが、苦悶や苦痛の悲鳴をあげる中、強子は手に汗を握って待機する。


「さて・・・」


青山から八百万まで、20人分のトレーニングメニューを伝えると、相澤はようやく強子に視線を向けた。強子は緊張をはらんだ顔で、ごくりと唾をのむ。


「お前は、入学時と比較して、できる事の幅が大きくひろがったわけだが・・・」


はたと強子は目を見開く。
まさか、相澤の口から開口一番に、強子を褒める言葉が出てくるなんて・・・幸先いいじゃないか、林間合宿!


「・・・できる事は増えたが、今はまだどの方面においても 粗削りだ。聴覚や嗅覚の索敵能力は精度が低く、動体視力も反応速度にバラつきが見られる。もともと使ってた筋力強化だって、緑谷と比べりゃパワーで劣ってるのが現状・・・ま、この辺りは自分が一番わかってんだろ」

「くぅ・・・!」


相澤の的確すぎる指摘に、心に痛恨のダメージを受けた強子は、苦しげに顔をしかめる。
魔獣の森にてクラス総員で戦ったときに、その能力差は顕著に現れた。否が応にも、思い知らされた。


「何をするにしても中途半端で、その方面に特化した者には 引けをとる―――言っちまえば・・・器用貧乏なんだよ、お前は」

「・・・器用ッ、貧乏!!」


“器用”というワードは誉め言葉ともいえるが、そのあとに“貧乏”がつくと、意味合いは大きく変わる。
器用だけど一つのことを極められず、大成できないと・・・そう貶されているのだ。こんなの、納得できないよ!


「そう評価されるのが不満なら、個性を伸ばしていくしかねーぞ。限界突破あるのみだ」

「はぁーい・・・」

「返事は 伸ばすな」

「・・・はい」


不満そうに肩を落としている強子に、相澤は呆れたようにため息をこぼした。


「できる事が多いっつーことは、やるべき事が多いっつーことでもある。身能の能力底上げに、この合宿は実に合理的・・・強くなりたきゃ死ぬ気で励めよ」







―――なんて言うけど、雄英は本気で強子を殺そうとしてるのでは?そう思うほど、トレーニングは過酷を極めた。


「どうした!?立てッ!!いつまで地に這いつくばってる気だ!?」


地面に四つん這いになっている強子が呼応するように顔をあげれば・・・眼前に、ミニスカートの裾からのぞく、ガッチリムキムキの ぶっとい太ももが現れる。
まるでプロレスラーのごとく筋肉もりっもりに鍛えられた体躯を 愛らしいコスチュームに包んで、頭には猫耳、腕には肉球を模したものを身につけている男が、図太い声を張り上げる。


「我ーズブートキャンプはまだ始まったばかりだぞ!?」


ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの一人である“虎”は、単純な増強型の個性をもつ生徒の指導を担当していた。
強子も緑谷も、虎の指導でひたすら全身の筋トレをさせられているのだが・・・これが、キツイ。非常にキツイ。
なんせ、個性使用なしでの筋トレだ。個性を使わずに、地力で筋肉を鍛えなくてはいけない。
個性を使えればスタミナに自信あるが・・・トレーニング開始からさほど時間が経ってないのにもう、すでに強子の筋肉は疲労し、脱力感を覚えはじめている。


「あの・・・疲れたので、少し休憩を・・・」

「疲れても続けろッ!軟弱者めが!!」

「・・・鬼軍曹っ」


ぴしゃりと希望をはね除けられ、強子の目に熱いものが込み上げてくる。


「まだ口答えするだけの気力があるなら余裕だろう!さぁ、立てッ!」

「うう・・・」


気は乗らないが、やるしかないようだ。
強子がよろよろと立ち上がると、虎が思い立ったように口を開いた。


「よし・・・我に一発、貴様の渾身の技を撃ち込んでみろ。個性を使ってな」

「え?」


突然何を言い出すのだろう。
強子も、隣でひぃひぃ言いながら全身運動していた緑谷も動きをとめ、二人してぽかんと虎を見つめた。


「我に一発 決められたなら、休憩をとらせてやろ「くらえオラァ!!」

「えええ身能さん!?」


虎が言い終わるよりも早く、強子は全身に個性を発動させ 虎に突っ込んだ。
虎の腹部、ボディのど真ん中に向けて腕を振り抜く・・・ここなら、たとえガードは出来ても、避けることは難しいはずだ。それはある意味、“一発入れた”とも受けとれる!つまり休憩できる!!
もう、休憩ほしさになりふり構わない強子は、ドン引きする緑谷を気にもとめず、遠慮なしの本気パンチを彼へと撃ち込む。


「よォォし!キレのいいパンチだ!」

「!?」


ヒョイと、直立した状態から後ろにのけ反り、虎はブリッジのような体勢になって強子のパンチを軽々と避けた。
ムキムキの体型からは想像つかない 身体の柔らかさと、その俊敏さに、ぎょっと目を見開いたと同時、


「ほらな、やれば出来るんだよ!!」

「あ痛゛っ!?」


叱咤の声とともに、虎のパンチが強子の顔面に決まった。


「貴様は、筋繊維をもっと千切れる!貴様の限界はまだまだ先だ!!わかったら続けろッ!!」

「は、はいぃぃ」

「返事は “イエッサー”だ!」

「イエッ、サー・・・!」

「声が小さい!!」

「イエッサぁーッ!!」


そこから先は、個性なしの全身筋トレと、個性を発動しての虎への攻撃・・・からの、それを易々と回避した虎から暴行を受けるという、その繰り返し。
少し経つと ブラドキングに引率されて、B組の生徒らもやってきた。
トレーニングに勤しみ 地獄絵図を作り上げているA組を見て、呆然とするB組の集団から、宍田と回原の二人が おずおずと虎のもとに歩み寄る。

宍田は全身フサフサで、下顎から二本の牙が突き出ていたりと、獣のような見た目をしている。
そんな彼の個性“ビースト”は、獣化して、体格や筋力、聴力、嗅覚、視覚を大幅にアップできるらしい。少し、強子の“身体強化”とタイプが似ている。
一方、回原は、少々ツリ目気味の三白眼に、黒い短髪・・・見た目は特筆すべきところのない 普通のイケメンだ。
その個性は“旋回”。身体のあらゆる部位を自在に、ドリルのように回転させることができるのだ。

今年の1年生の中で、増強型の個性はこの四名らしい。
つまり、彼らがこの地獄のような訓練をともに耐え抜く チームメイトである。強子は、この苦しみを分かち合う仲間がまた増えたことを、心中でひっそりと喜んだ。

しかし、男たちの中に、女は強子一人。
その性差による弊害が、時間とともに露呈することとなる。


「甘ったれるな!立てッ!!貴様はいつまで地に這いつくばっている!?」


太陽の位置が頭上高くなってきた頃―――
眼前の デジャブのような光景に、条件反射のように強子は立ち上がろうとするが・・・身体が、ぐったりとしたまま動かない。
どうやら、強子はついに、四つん這いの状態から立ち上がることも、顔をあげることすらも、出来なくなってしまったらしい。
他の男子三人は、トレーニングの苦痛に顔を歪めながらも、まだ、全身運動を止めることなく続けているのに。


「(・・・くっそ!)」


ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返して、必死に酸素を取り入れる。
全身が、だるい。重くて動かない。重すぎて、まるで自分の身体じゃないみたいだ。
全身が、あつい。強子の火照った体に、夏の太陽が頭上からじりじりと更なる熱を与えてくる。
汗が目に入ってヒリリとしみる。それを肩口で拭おうとするも、体操服は汗でぐっしょり湿っていて、あまり意味をなさない。


「(・・・つらい)」


意識が朦朧とするほど、つらい。
こんなにつらいのに、こんなにつらいと思っているのは自分だけというのが、余計につらい。
なんで男どもは平気なんだ?どうしてそんなに体力がもつ?
自分が一番最初に脱落するなんて、そんなダサい真似したくないのに・・・。
こんな思いするなら、日頃から、もっと、鍛えておけばよかった・・・!今さら後悔しても仕方ないことを、今になって痛感する。


「プルスウルトラだろ!?ウルトラしてみせろよォ!!」

「(るっさいな!今やるっつーの!)」


口答えするだけの余裕も残っておらず、それでも、このままへばってたまるかと、強子は気合いを入れ直す。
・・・だが、気合いだけではどうにもならないこともある。
プルプルと小刻みに震える強子の筋肉は、いっこうに言うことを聞かない。もはや、四つん這いの体勢をキープするので精一杯。
それでも尚、強子の目に闘志が宿っているのを確認して、虎が一つ頷いた。


「よし、貴様は一旦休憩だ!」

「(え・・・なんだって?)」

「午前のトレーニングはここまで。午後に備えて しっかり休んでおけ!」


そう言いながら、虎は強子に給水ボトルを手渡し、水分補給するよう促した。
強子は、受け取ったボトルをちらりと見てから、まだ筋トレ中の緑谷たちを不服そうに睨む。
確かに、強子は休憩したかった。この身体は、休息を求めていた。
けれど―――まだ彼らがトレーニングを続けているのに、自分だけ一足先に抜けるなんて、強子のプライドが許さない。こんなの、身能強子の名折れではないか・・・!


「身体を鍛えるのに最適なペースは個々人で異なるもの・・・個人差というやつだ。あいつらと比べるのではなく、己自身と向き合え。今、お前に必要なものはなんだ?」


筋トレ組を睨みつけたままボトルに口をつけようとしない強子を見兼ね、虎が彼女に言い聞かせる。


「(ちぇっ・・・)」


不服ではあるが・・・実際問題、いい加減 休憩しないと体力が回復できない。プライドどうのこうのと言ってる場合ではないのだ。
ここは大人しく、虎の指示にしたがって休憩しておこう。
渋々と強子は給水ボトルに口をつけると、やはり、身体は水分を欲していたらしい・・・ぐびぐびと もの凄い勢いで水分を吸い込み、止まらなくなる。
そんな強子を、いまだ筋トレを続けている連中が心底物欲しそうに見つめてくるので、強子はあえて、これ見よがしに ごくごく音をたてて飲んでやった。


「・・・ん?」


ふと気づくと・・・虎がじっと強子を見つめていたので、ギクリと肩を揺らした。


「(な、なんだ・・・?)」


休憩中だというのに、彼にそんな熱い視線を向けられるような心当たりはなく、びくびくと怯えながら虎を見返す。


「・・・悔しいだろう」

「!」


強子の心情を代弁した虎の言葉は、思いの外、優しくて 気遣わしげなものだった。


「男と女では、身体のつくりがまるで違う。骨格も、筋肉のつき方も・・・そもそも遺伝子から違うのだから、同じように成長できるはずもない」


どうやら、男子を妬む強子を フォローしてくれているらしい。


「女でありながら、パワータイプのヒーローを目指す者として・・・さぞ、やるせない思いをしているだろうな」


虎の言葉を聞いた瞬間、強子の胸がつかえる。
―――図星だった。
パワータイプの個性もちにとって、女であるということは、枷だ。
女は、男と違い、戦うことに適した身体になってない。骨格は細くて脆く、筋肉がつきにくく、脂肪を貯めやすい。
おまけに、思春期からは 子を産めるようにと身体が整えられていく。それは、ヒーローにとっては不要なもので、戦闘の障害にもなり得る機能だというのに。
・・・戦う女は、いろいろと大変なのである。


「その気持ちは、よくわかる。我もそうだったからな」

「え!?」


目の前の 筋肉ムキムキゴリマッチョが、何に対して“我も”と言っているのか理解できず、思わず声をあげた。
すると、筋トレ中だった緑谷がハッと目を開き、動きを止めた。


「そうだ!虎はタイで性転換した元女性だって、ドキュメンタリー番組で言ってた!見た目からは想像つかな「誰が貴様に 休む許可を与えた!?」すみませんっ!」


虎から激烈なパンチをくらい、ぶっ飛ばされた緑谷。ひぃひぃ言いながらも立ち上がると、再び筋トレをはじめる。
彼に哀れむような視線を向けながら、そうだったと強子も思い出した。
虎はもともとは女だったが、性転換手術をして男になったのだ。しかし―――なぜ?なぜ虎は、男になったのだ?
強子の不思議そうな顔を見て、虎は強子へと歩み寄り、彼女と正面から向き合った。


「我やお前のように 肉体を武器にして戦う個性では、近接戦闘が求められる。近接戦闘となると、パワーやスタミナの優劣が勝敗に直結してくるだろう。だが、パワーもスタミナも、男と女では基礎能力が異なるからな。女は・・・男と同じだけ努力しても、男と同じように強くはなれん」


実体験にもとづいているからか、気持ちのこもった彼の言葉は、とてつもなく説得力がある。


「男女の差、性別の壁・・・その高い壁を、どう足掻いても超えられないことが、悔しくて、もどかしくて、腹立たしかった。だから―――我は、女をやめたのだ」


彼の覚悟の凄まじさが伝わってきて、言葉が出ない。
人は、そこまでするものなのか。勝ちたいがため、壁を超えたいがため、そこまで出来るものなのか。
・・・自分の性別を変えるだなんて。
生まれもった自分のアイデンティティの中でも、性別といったらかなり大きな割合を占めていると思うが・・・それを捨ててしまうとは。普通の人にはそう出来ることじゃない。
そうか。プロヒーローになる人たちは、そこまでの覚悟があるのか。


「―――かっけぇ」

「む?」

「虎さん、めちゃくちゃ カッコいいです!!」


ガシッと虎の手を握り、キラキラと瞳を輝かせた強子が高らかに言い放った。


「勝利に対する執念というか、運命に抗う勇気というか、プロヒーローとしての その覚悟・・・大変感銘を受けました!虎さん、いや、虎センパイ!カッコよすぎて痺れます!!」


彼(彼女)は、ヒーローとして、女として、敬うべきところが山ほどある。
強子は尊敬の眼差しをまっすぐに虎へと向けている。先ほどまでは、キツいトレーニングを強いられ、苛立たしげに虎を睨みつけていたというのに・・・。
その変わりように、筋トレ継続中の彼らがぎょっと目を見張った。


「(身能、ああいうのがタイプなのか・・・?)」

「(異様なまでの熱狂ぶり・・・過度な運動でハイになっているようですな)」

「(まさか身能さん、自分も男になるとか言い出さないよね・・・?)」


三人が不安そうに顔を曇らせる中、強子に持て囃された虎本人はというと・・・顔色ひとつ変えないまま、強子の手を振り払う。


「ふん・・・我に媚びても無駄だ。いくらおだてられようが、トレーニングを甘くしてやるつもりは無いぞ」


強子に下心はなく、心からの言葉を伝えたのだが・・・虎にそっけなく返されて、苦笑が漏れる。


「だが―――お前には見所があるようだ」

「!」


一見 ハードボイルドな印象を受ける虎だが、実はツンデレだったらしい。唐突にデレた彼に、強子の表情がぱぁっと明るくなる。


「我に憧れるのであれば 我に従えッ!午後も貴様をみっちりしごいてやるから、黙って我についてこい!わかったな!?」

「イエッサーッ!!」


勢いよく拳を突き上げた強子。先ほどまでの疲れも、不満も、きれいさっぱり取っ払われたような 明るい表情。
単純で変わり身の早い彼女に、虎は、微かに口角をあげた。強子の頭にポンと手を乗せると、彼にしては静かな口調で強子に告げる。


「お前ならば、目の前にある壁を――それこそ性別の壁をも 超えていけるだろう・・・イレイザーの奴もそれを期待し、我にお前を託したのだからな」


虎の言葉に、胸が熱くなった。
相澤め。除籍だとか中途半端だとか言うくせ、実はけっこう強子に期待してくれてるんだよなぁ・・・ほんと、ツンデレ属性ってズルい!





昼休憩を挟んだ、午後のトレーニング。
てっきり、午前中と同じことの繰り返しかと思いきや、強子と宍田には新たなメニューが用意されていた。


「今から貴様らが行うトレーニングは、これだ!!」


強子たちの目の前に、巨大な箱が置かれた。
箱の中には、腕時計、アクセサリー、充電器、メガネ、くつ下、食べかけのお菓子・・・統一性なく、さまざまな物がごったに詰めこまれている。


「ここにある物はすべて、合宿所にいる誰かしらの所有物だが、」


虎の説明を聞きながら、強子も宍田も、嫌な予感に顔を青ざめさせた。


「今から貴様らには、この箱にあるものをすべて、所有者たちに返してもらう!それが貴様らに与えられた使命だ!さあ・・・嗅ぎわけろ!!」


やはり、そうか・・・嗅覚を強化し、持ち主の匂いを嗅ぎわけて見つけ出せ、と。
警察犬の訓練のひとつ――物品選別訓練のようなものだ。以前、ファットガムのところでも似たような訓練をした覚えがある。
でも、生徒41人、教師2人、ワイプシ4人。洸汰を入れても総勢48人のはずだが・・・箱の中には、どう見ても百個以上のものが入っていた。
なかなか先は長そうだとげんなりしながら、トレーニングを開始する。ただし、少しでも手を抜くと、


「ちんたらやってんじゃァないよ!!」

「あだッ!?」


どこからともなくやってくる虎から、殴る蹴るの暴行を受けるため、とにかく常に全速全開でやるしかない。
強子は我を忘れ、犬のように・・・否、馬車ウマのごとく訓練場を駆け抜けた。女を捨てるどころか、人間をも捨てている。
―――途中、強子からハンカチを受け取った拳藤が、顔を引きつらせドン引いてるのを見た時はさすがに我にかえったけど。
こうして強子は、筋肉だけでなく、嗅覚をも鍛えまくったのだった。







「さァ昨日言ったね、“世話やくのは今日だけ”って!」

「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」

「イエッ、サ・・・」


PM4:00
くたくたに疲れた身には、ピクシーボブとラグドールのキンキンした声が耳に響く。ぐったりと項垂れながらも、身に染み付いた返事をかえす。


「アハハハハ!全員全身ぶっちぶち!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」


そして、クラス委員長から世界一うまいカレーをつくろうと鼓舞され、強子たちはすごすごと調理場へ向かった。
まずは飯盒で米を炊く準備をはじめる。八百万や耳郎と一緒に作業をしていると、


「轟ー!こっちも火ィちょーだい!」


アウトドアで最初に訪れる難関――それは、火起こしだ。
手早く火をつけるには、火を出せる個性もちに頼るのが最善手。あちこちから、轟や爆豪を呼ぶ声が飛び交う。


「皆さん!人の手を煩わせてばかりでは、火の起こし方も学べませんよ」


そう嗜めながら、八百万は手先にガスライターを創造し、慣れた様子で着火してくれた。こりゃ便利。
火の勢いが増してきた強子たちの焚き火台、その隣に、芦戸や麗日たちの焚き火台がある。まだ火のあがっていないそこに、轟が左手をかざして炎をくべた。


「わー!ありがとー!!」

「燃やし尽くせー!」

「尽くしたらあかんよ」


ピョンピョン跳ねて喜ぶ二人に囲まれ、轟自身も なんだか楽しそうに笑みを浮かべる。
他の誰も気づかないほど小さな笑みであったが、前のめりに 覗きこむよう彼の顔をガン見していた強子は、ばっちりと見ていた。


「・・・ふふっ」


他者を寄せ付けず、他者に心を開かず、他者に興味も示さなかった彼が・・・ずいぶん変わったものだ。


「・・・なに笑ってんだ」

「別にー?」


強子の笑みに気づいた轟が眉を寄せるが、それでも強子の口元の弛みはなおらない。
体育祭や職場体験以降、轟という人に刺々しさはなくなり、まわりに優しくなった。そうして轟と皆の距離が縮まり、互いに信頼できる仲にまで進展したわけだ。
こんな喜ばしいことがあるのに、笑わないほうがおかしいだろ。


「あんまり こっち見んな」

「へぶっ」


轟は気恥ずかしそうに目線をそらし、強子の顔面に手のひらを押し付けたため、鼻がつぶされる。


「いてて・・・轟くんたら、照れちゃって」


さっさと自分の持ち場に戻っていく轟の背を見届けつつ、痛む鼻を擦っていると・・・


「・・・ん?」


ふいに、誰かの視線を感じたような気がして、キョロキョロと辺りを見回した。
しかし、まわりの誰とも目が合うことはない。


「(・・・ずっと、誰かに見られてるんだよなぁ)」


顎に手をあて、首を傾げる。
気のせいではない・・・この合宿の初日からずっと、こそこそと隠れた何者かが強子を見つめている。
じっとりと まとわりつく、その視線。敵意と呼ぶには生ぬるいが、好意で向けられるものでもない。果たして、これは―――


「ちょっと強子、サボってないであんたも手伝って!ほら、野菜切る!」


耳郎に言われ、強子は手近なところにあったニンジンを手に取ると、トン、トン、トンと一定のリズムで刻んでいく。
・・・そうしてる間も、何者かの視線が強子に突き刺さっているのだが、それには気づかないフリをして、一定の厚さで切られていく手元のニンジンを見つめ続ける。
―――その時、強子のすぐ隣から、トントントンと、強子が刻むリズムより速いペースで野菜を切っていく音が聞こえた。
ちらりとそちらを盗み見ると・・・麗日お茶子が、強子よりも速く、けれど正確に、一定の厚さでニンジンを切っていた。


「わあっ!麗日、包丁の扱い、めっちゃ上手いねー!」

「おっ、やるなー 麗日」

「そうかなぁ?まあ、一人暮らししてれば、このくらいは・・・」


芦戸やまわりにいた人たちから褒められ、照れ笑いしている麗日。


「・・・」


強子は視線をスッと自分の手元に戻すと、包丁を動かす手を先ほどより速めた。
トトトト、と小気味いい音を立てて、ニンジンを切っていく。麗日よりも速いペースで。もちろん、ニンジンの厚さも一定に保っている。


「まあっ、強子さんはお料理も出来るんですの?手先が器用だとは以前から思っていましたが・・・」

「うおっ、ホントだ・・・すげぇな身能」


八百万をはじめ、まわりが強子の技巧に驚嘆している。
まあ、なんたって強子は、一度は成人した経験もある女だ。料理なら前世でもしていたし、今世でも、多忙な母に代わって料理をするくらいだ。
同世代の女子に、そうそう負けるはずがない。
―――しかし、今度は、麗日の包丁の刻むリズムがさらに上がる。負けじと、強子もよりいっそう、スピードをあげる。
あっという間にニンジンを切り終えると、次はじゃがいもを。じゃがいもを切り終えると、次は玉ねぎを・・・。二人とも、凄まじい勢いで切り刻んでいく。
玉ねぎのせいで瞳に涙を溜めようが、強子も麗日も、包丁の動きは決して止めない。


「(負けて たまるか!先を越されてたまるかっ・・・!)」


強子の目は、メラメラと闘志に燃えていた。
たとえ相手が可愛いクラスメイトでも・・・強子を出し抜こうとするなら、許さない。強子より上位に立とうとするなら、こちらも本気で戦うさ。
戦いの内容がどんなに下らないことだろうと、譲るわけにはいかない。

それに・・・麗日には、借りがある。
体育祭で、あの爆豪が 麗日を名前で呼んでいたことは忘れていない。
ずっと爆豪と競いあってきた強子を差し置いて、麗日のほうが先に名前で呼ばれたなんて・・・面白くないのだ。
麗日に罪はないが、ここは強子の沽券のため、勝たせてもらいたいところ。


「(でも、それは・・・そっちも同じでしょ?)」


麗日の方をちらりと横目で見れば、麗日と視線がぶつかる。
麗日から強子に向けられる、じっとりとした視線は、覚えのあるものだった。それは・・・この合宿が始まってから、ずっと強子が感じていた視線。
強子をこそこそ盗み見ていたのは、麗日だったのだ。
なぜ、彼女が強子を見つめていたか―――答えは簡単。緑谷と急接近した強子の存在が目障りだから。
彼女は、期末試験中の青山の一言がきっかけで、緑谷を異性として意識しはじめている段階だろう。
そんな中、今まで緑谷と関わることのなかった女の子(しかも超美少女)が、緑谷となんだか親密にしているなんて、気が気じゃないはず。
日中のトレーニングでも、緑谷と過ごす時間が長い強子に、緑谷をとられたと感じていても可笑しくない。
であれば・・・麗日も、強子に負けるものかと意気込んでいるだろう。

そう―――これは、女の戦いなのだ。
二人の女のプライドがぶつかり合う、仁義なき戦いである。


「(この私に、女として張り合おうなんて・・・いい度胸じゃないの!)」


麗日と包丁テクニック勝負を続けていると、近くにいたクラスメイトたちも、ただならぬ空気に気づきはじめる。


「おい!身能が麗日と料理対決してるぞ!」

「マジ?食戟!?食戟の強子!?」


ギャラリーが増えてきて、あたりが騒がしくなる。こうなると自然と、緑谷も爆豪も、何事かと騒がしいこちらに注目するわけで・・・強子も麗日も負けられない理由が増えて、勝負はさらに白熱していく―――


「コラ!何やってんのアンタは!」


突如、パシンと強子の後頭部がはたかれて、強子の手が止まった。
耳郎ちゃん・・・包丁を持ってる人をはたくなんて危ないよ?


「カレーなのに、なんで、野菜がどれも みじん切りにされてんの!?」


カレーといえば、ごろごろとした具材の食べごたえがミソであろう。
けれど強子の手元には、カレーの具材とは思えないほど細かく刻まれた野菜の山がひろがっていた。
同様に、麗日の手元にもみじん切り野菜が広がっており、耳郎は目を見開いて驚く。


「えっ、ってか麗日もじゃん!あれ?今日のメニュー、カレーじゃなかったっけ?」


いや、カレーで間違いない。
しかし、包丁テク勝負がデッドヒートしてしまい、強子と麗日は、目の前にある全てをみじん切りにするまで止まれなかったのだ。


「どうすんのよ、コレ・・・」


呆れたように強子を見て嘆く耳郎に、強子はニンマリと笑う。


「私を誰だと思ってるの?大丈夫!ちゃんと考えてあるから」


強子は紙に何やら書き込むと、そのメモを八百万に渡した。


「ここに書いてあるもの、用意してもらえる?キッチンで借りられないものがあれば、創造してくれると嬉しいな・・・これで、最高のカレーをつくれるから!」

「わかりましたわ!サポートはお任せください!」

「・・・まあ、美味しけりゃ何でもいいけど」


強子がカレー作りに取りかかると同時、麗日の方にも何やら動きがあった。あちらも、みじん切り野菜をうまく使って強子に対抗するつもりらしい。
そして、まわりの好奇の目にさらされながら、勝負の一皿を作りあげていき・・・


「よし、出来たっ」


強子は出来上がったお皿を、ことりとテーブルに置いた。すると、まわりから「おおっ」と声があがる。


「「「キーマカレー!?」」」


ふふん、と得意げな笑みを浮かべ、強子は頬にかかった髪を指で優雅に払いのける。
どうだ!みじん切り野菜を無駄にするどころか、むしろ最大限に利用して作り上げたカレー・・・キーマカレーである!


「定番のカレーもいいけど・・・せっかくのキャンプ料理だし、オシャレに決めてみました」


女子力の高いメニューで、盛り付けもセンス抜群。足りない食材なんかは八百万に用意してもらったので、本格的な仕上がりになっている。


「すげぇ旨そう・・・」

「いや、絶対うまいだろコレ!」

「さすが身能、全身を女子力で武装してマウンティングする女だぜ・・・!」

「(何その評価・・・?お前はあとで覚えとけよ、上鳴)」


よだれを垂らして物欲しそうに見てるギャラリーに、強子が勝利を確信した・・・その時、


「こっちも 出来ました!」


麗日の声があがり、皆の視線が麗日の手元にうつる。彼女の手元にあったのは・・・


「「「おおおっ!」」」

「こっちは、ドライカレー!?」

「しかも関西に多い ピラフ風のやつ!俺、これ好きなんだよなぁ・・・」


すかさず強子も彼女の料理をチェックするが・・・結構うまそうだ。麗日もみじん切りの野菜をフル活用して、至高の一品を仕上げてきた。


「やっぱり一人暮らししてる奴って、料理の腕前すげーな!」

「身能のはカフェとかに出そうな料理だけど、麗日のはまた、家庭的っつーか・・・おふくろの味っぽい?」


くっ!麗日のほうが若干、評価が高めっぽい。
確かに彼女は、思ったよりやるようだが・・・甘い。甘いぞ、麗日お茶子!


「まだ・・・私の料理は、完成してない」


強子のその一言に、その場にいた者たちは表情を変え、彼女に注目する。そして強子の取り出した新たな皿に、ハッと息をのんだ。


「なっ・・・」

「「「ナン、だとぉ!?」」」


平たく楕円形で、ところどころに焦げ目がついた白いパンのようなそれは・・・インドなどを中心に食されている、“ナン”であった。一般的には、カレーのお供に食べることが王道とされている。


「炊いた白飯にキーマカレーをかけるのも十分にうまい・・・だが、大きめ具材がごろごろ入ってる普通のカレーと比較し、食感にメリハリがないのがキーマカレーの短所―――そこをカバーするための武器、それがナン!!」

「ライスの食感に飽きたら、ナンをちぎりながらカレーをのせて味わうのか!?贅沢すぎるぜ!」

「馬鹿な!身能のやつ、そこまで考えて・・・?」


予想外の切り札に、動揺するクラスメイトたち。


「うちの班には百ちゃんがいるからね・・・脂質を変換して創造する百ちゃんには たくさん食べさせてあげたいから、主食を追加したの」

「強子さんっ」


感動に震えている八百万の頭をよしよしと撫でる。


「これは・・・身能のほうが上か?」

「重要なのは味だろ?食べてみないことには判断つかねえ」

「で、誰が審査するんだ?」


みんなが顔を見合わせる中、強子と麗日も顔を見合わせた。
審査員に適任がいるとすれば・・・緑谷か、爆豪だろう。戦いの火種ともいえる二人だ。
でも、ここで強子たちが彼らを指名することは、他のクラスメイトらに意味深にとられてしまいそうなので、言い出しにくい。では、どうしたものか―――


「お前ら、茶番はいいから さっさと食え!せっかくのカレーが冷めるぞ」


鶴の一声ならぬ、相澤の一声。
ギャラリーが蜘蛛の子を散らすように去っていき、各自、がつがつとカレーを食べはじめた。


「ほらほら、ウララカキティも イケイケキティも・・・美味しいカレーを食べたら両者引き分けね!」

「「!?」」


ラグドールが素早い動きでスプーンを持ち・・・麗日の口には強子が作ったキーマカレーを、強子の口には麗日が作ったドライカレーを、ポイっと一口放り込んだ。
咄嗟のことで思わず口を閉じ、もぐもぐと咀嚼してから飲み込む二人。


「「(何これ・・・うまっ!?)」」


店で出しても遜色ないレベル。
仕方ない・・・美味しいカレーを頂いたので、この勝負、引き分けでおさめてやるか。美味しいものは、人を寛大にさせる効果があるのだ。


「あの・・・身能さん」


「あーん」と大きく開いた口に、カレーを乗せたスプーンを運んでいると、隣に座っていた麗日に声をかけられた。


「・・・身能さんのカレー、もう一口もらえないかなぁ?できれば、ナンと一緒に・・・」

「あぇ?」

「そっ、その、すごく美味しかったから・・・ナンも食べてみたいなあーって・・・」


真っ赤な顔で、あちこち視線をさ迷わせて、忙しなく後ろ頭をかいている麗日。
今まで料理対決していた相手に、その料理を食べさせてくれと頼むのは・・・かなり、気まずいだろう。負けを認めたとも とられかねない。
それでも頼んできたということは、本当に美味しいと思ってくれたんだ。


「(でも、それは・・・こっちも同じ)」


強子は、ばつが悪そうに視線をさ迷わせながら、ある提案をする。


「私も・・・麗日さんのカレー、もうちょっと食べたいと思ってたんだ。その、せっかくだし、私たちのカレー・・・半分コにしない?」


料理対決は、あいこで 相討ち、両者痛み分け。だったら、料理も半分ずつ分けあえばいいじゃない。


「う、うんっ!そーしよ!そーしよう!!」


頬を上気させ、何度も首を縦に振った麗日に、強子は思わず吹き出した。そして麗日も、照れたように笑みをこぼす。
二人は互いの作った料理を口にしつつ・・・気づけば、自然と、会話に花を咲かせていた。
普段どんな料理をするのか。どんな食べ物が好きなのか。学食で好きなメニューは何か。どの先生の授業が好きか。この合宿のトレーニング内容はどうか・・・。
一度話し出すと、会話が尽きない。
そこで、ようやく気がついた・・・今まで、強子と麗日が話す機会が全然なかったことに。
麗日は緑谷とともに行動することが多く、その緑谷と距離をおいていた強子とは、一緒に行動する機会がない。
緑谷が近くにいない時でも、強子と麗日が二人きりになることは無かったように思う。
きっと、林間合宿という非日常的な環境がなければ、こんなふうに麗日と話す機会はないままだったろう。


「・・・麗日さんと仲良くなれて、嬉しいな」


ほくほくと、口元を弛めて目尻を下げた強子。
そんな強子の顔を直視した麗日は、ギュッと胸元に拳を握りしめたかと思えば、ゴンッと音を立ててテーブルに突っ伏した。


「ッアカン!!これは・・・奪われる!(心が)」

「え!?何そのリアクション?」


激しめのリアクションを見せる麗日がおかしくて、強子はケラケラと陽気に笑った。

女同士の戦いなんてのは、陰湿で無慈悲でねちっこいと昔から相場が決まってるらしいが―――けれど、体育祭の時から密かにライバル意識をもっていた麗日と一戦を交えた今・・・強子の中にわだかまりのようなものは、ない。
なんとなく麗日の表情も、すっきりしているように見える。
お互いに本気でぶつかり、互いの実力を認めあったからだろうか。・・・互いに餌付けしあって ほだされたからでは 断じてない。

麗日との距離がぐっと縮まったような、そんな夜―――強子は、林間合宿という非日常的な環境への感謝を噛みしめた。










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夢主の個性ですが、当初、かなり悩みました。パワータイプにするのは酷かなぁ、と。やっぱり肉弾戦すると、男が圧倒的に有利になっちゃう気がして・・・。
性差の補正のため、筋力以外の強化という能力をもたせてます。彼女には、強くなってもらいたいですね。

そして、お茶子との女の戦い、思いのほか楽しくなっちゃって、遊んでしまいました。
食戟のキョーコ、これをやりたかったのです。






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