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期末試験が終わり、赤点は芦戸、上鳴、切島、砂藤、瀬呂の五人という結果になった。
とはいえ、林間合宿にはクラス全員で行けることがわかり、クラス一同もろ手を挙げて喜ぶ。赤点の彼らには補習地獄が待ち構えているが・・・置いてけぼりより、全然いいだろう。
さて、林間合宿はまるまる一週間。合宿の持ち物リストを確認すると、色々と買い揃える必要がありそうだ。それは強子以外のクラスメイトらも同じようで、


「明日は試験休みだし・・・A組みんなで買い物いこうよ!」


葉隠がニコッと快活な笑顔を浮かべて(透明だから見えないけど)提案すると、教室が一気に活気づく。


「おお良い!何気にそういうの初じゃね!?」

「おい爆豪!おまえも来い!」

「行ってたまるか、かったりィ」

「轟くんも行かない?」

「休日は見舞いだ」

「ノリが悪いよ空気読めやKY男共ォ!!」


休日に校外でA組のみんなが集うのは 初めてのこと。だというのに、爆豪も轟もノリが悪くていけない。そんな二人を嗜めるよう、峰田が声を荒げた。


「オイ 身能!1−Aのリア充代表のお前から教えてやれ!この現代社会における 協調性の重要さってもんを!」

「あー、ごめん。私も用事あるからパスで」

「ハァア!?身能てめぇこの薄情者めがァ!!」


実は誰より リア充イベントを楽しみにしている峰田に、血涙を流しながら怒鳴られた。
申し訳ないとは思うが、それでも強子には、クラスのイベントを断ってでも優先すべき用事があるのだ。










「とは言ったものの・・・やっぱり、可笑しくないですかね?轟くん」


その優先すべき用事のため、轟と一緒に目的地へと向かっていたのだが―――目的地を目の前にした途端、強子が固い表情で声をあげた。


「ここまで来て、今さら何言ってんだ」

「でもさぁ、私が轟くんのお母さんのお見舞いに行くって、可笑しいよ・・・ただの友だちなのにさぁ」


轟に連れられて やってきた病院の一室、その扉を前にして、不安げに顔を曇らせる強子。
彼の母親のお見舞いともなれば、轟家の家庭事情に思いきり首を突っ込むような行為だ。
血の繋がらない ただの友だち風情の強子には、だいぶ荷が重い。百歩ゆずって、将来を考える恋仲であるならともかく・・・


「その母親本人が お前に会いたいって言ってるから、こうして来てもらってんだろ。どこが可笑しいんだよ」


うっと言葉につまる。それを言われるとどうにも弱い。
どうやら、彼の母親が強子に会いたがっているらしいのだ。轟からそれを聞いて、断るなんて選択肢あるわけもなく・・・気づいた時には、試験休みに会いに行くという段取りが既に決まっていた。


「それに俺は・・・身能を、ただの友だちだとは思ってねーよ」

「えっ?」


ぽつりと轟が呟いた意味深な言葉に、強子はどきりとして轟を凝視する。
そんな強子と目を合わせると、彼はふっと口元を緩めて告げた。


「身能は、俺の一番の友だちだからな」


・・・あぁ、そっちね。
いや嬉しいけど、今はそういうことを言ってるんじゃないんだよ。“友だち”が見舞いに行くことが可笑しいって言ってんだよ!


「って、ああっ・・・!」


轟は病院の扉をノックして、及び腰の強子に構うことなく扉を開けてしまった。
扉の先・・・白を基調とした清潔感のある部屋の窓際には、儚げな美人が佇んでいた。その顔のつくりは、どことなく轟の面影を感じさせる。


「いらっしゃい、焦凍。それから―――」


美人がおっとりとした優しい笑みを轟に向け、次いで、強子へと視線を向けた。
すると、その人は驚いたように目を見開いたまま、固まった。


「こいつが、同じクラスの身能だ」


轟が母親へと簡潔に強子を紹介すれば、彼女は「この子が・・・?」と呆然と声をもらした。
しかし、依然として彼女は強子を凝視している。
なんだ?何に驚いてるんだ?
強子が来ることは伝えてあったはずだし・・・奇抜な格好をしているわけでもなく、着用している清楚なワンピースは、彼ママ受けもいいはずだ。
彼女に見つめられる理由がわからず、助けを求めるように轟を見やると、彼は何かに気づいたように「あ、」と口を開いた。


「見舞いの花をもってきたから、花瓶に入れてくる」

「え?ちょっと!?轟くん!!?」


助け船を出してくれるのかと思いきや、強子たちが持参した花と 病室にあった花瓶を持って、病室を出ていく轟。


「(嘘だろ!?普通このタイミングで出ていく!?空気を読んで!この状況で一人にしないで!離席するなら、もっと場が温まってからにして!!)」


強子は愕然とする。
クラスで最もコミュ力が高い強子といえど、自分をガン見してくる友人母(初対面)と二人きりという状況は・・・かなりキツイ。
しかし、黙っていてもらちが明かない。覚悟を決め、強子は恐るおそると問いかける。


「あ、あのっ・・・私、どこか変でしょうか?」

「・・・はっ!ご、ごめんなさい!そうじゃないの!」


彼女は慌てて首を振ると、困ったように目線をさ迷わせ、恥ずかしそうに頬を手で覆った。


「焦凍のお友だちの身能さんが、こんな、お人形さんみたいに可愛らしい子だなんて聞いてなかったものだから・・・ビックリしちゃって」


強子の方こそ、こんな美人にそんな可愛い反応されるなんて、ビックリだ。
とりあえず・・・彼女が強子に悪い印象を抱いておらず、むしろ好感を抱いてくれてるようで安心した。


「焦凍は、いつもあなたのことをたくさん話してくれるのだけど・・・そういえば容姿については聞いたことがなかったわ」


ああ、なるほど・・・それは想像に難くない。
轟の美醜の感性なんて 幼稚園児並みだろうし、世間一般的に見て強子がいかに可愛いかということは、認識もしてないだろう。


「聞いていた限り、もっとこう・・・お転婆というか、暴れん坊みたいな子なのかとばかり・・・」


・・・いったいあいつは、強子のどんなエピソードを話したのだろうか。


「えっと、身能さん・・・」

「あ、はい」

「焦凍と、お友だちになってくれて、どうもありがとう」


そう告げた彼女の表情も声も、とてもとても優しく、愛情に溢れたもので・・・強子の胸がきゅうと切なくなる。


「これは冬美から聞いたのだけど、あの子が“友だち”を家に連れてきたのは、あなたが初めてなんですって。よっぽど 焦凍はあなたに心を許しているんでしょうね」


だから、そんな強子に会って 話をしてみたかったのだと、彼女は優しい笑顔で告げた。


「これからも焦凍と、仲良くしてあげてね」


―――そんな事、頼まれるまでもなく、


「もちろんです!!」


前のめりに、力いっぱいに答えた。
轟は、強子を一番の友だと言ってくれる。彼の友情は、強子には勿体ないくらいである。
でも、強子だって、轟に負けないくらい 轟のことを大切に思っている。
大好きな轟の傍で、この先も・・・彼を尊重し、彼の幸せを願い、彼にとって最善と思えることをする気構えなら出来ている。


「安心してください・・・お母さまの分まで、私がしっかり焦凍くんの面倒をみておきます!焦凍くんを、必ず幸せにしますからッ!」

「オイ」


意気込んで宣言した強子の背後から、唸るような低い声が聞こえた。振り向くと、仏頂面した轟が強子を睨んでいた。


「あんまり変なこと言うな・・・それに、どっちかっつーと 面倒みてんのは俺の方だろ」

「えー?でも、轟くん、天然っていうか、結構ぬけてるとこあるからなぁ・・・」

「人のこと言えんのか?お前だって この前、飯田のこと間違えて“お母さん”って呼んでたじゃねーか」

「あ、あれは わざとだよ・・・!」


疑わしい目で見てくる轟に 追及する間を与えぬよう、強子は間髪いれずに切り返す。


「というか前から思ってたけど、轟くんは人付き合いってもんが なってない!空気は読まないし、そんな無愛想で不躾な態度だと まわりに誤解されちゃうよ!だから、社交性の高い私がフォローしないと駄目だと思うの」

「いつも誰かしらと揉めてるお前には言われたくない」

「ついでに言うと、轟くんって・・・乙女心をちっとも解ってないよね!人目を気にせず お姫様だっことかしちゃうし!」

「・・・は?」

「乙女心を解ってなさすぎて、一周まわって、逆に 乙女心をわしづかみにしてるっていうか」

「何の話だよ・・・」


のらりくらりと舌戦を繰り広げていると、クスクスと笑う声が聞こえ、強子と轟は窓際へと目を向けた。
轟母は、上品に口元に手を添えて、優しげな笑顔を浮かべている。


「・・・友だちって、素敵ね」


嬉しそうに告げた彼女は、目を少し潤ませていることに気づく。
大切な息子が同級生とうまくやっている姿を見て、安堵したのだろう。あるいは、身内には見せないような轟の新たな一面を見られて、嬉しかったのかもしれない。
何にせよ、自分たちのしょうもない会話を“素敵”などと評され、居たたまれない気持ちを抱く。同時に、自分たちの関係性を“素敵”だと称されたことに、こそばゆい気持ちも抱きつつ・・・強子と轟は、困ったように顔を見合わせたのだった。










病院からの帰り道―――二人で歩いていると、轟が前方に何かを見つけたようで声をあげた。


「あそこにいるの、爆豪か・・・」

「え?」


轟の見ている方へ、強子も視線をやる。向かい側からこちらに向かって歩いてくるその人物は、間違いなく爆豪であった。
強子が爆豪を視認すると同時、彼も強子たちの存在に気が付いて、


「あぁ?んだよ、てめェら揃って・・・」


途端に、眉間にしわを寄せてメンチを切ってくる爆豪。相変わらずの、邪険な態度である。


「こんなとこで油売ってんじゃねーよ、目障りだわ」


出会いがしらに、この言い草だ・・・。
期末の演習試験では、血潮を流しながら共闘した仲だというのに、なかなかどうして、爆豪との心の距離は縮まらない。
さらに言えば、筆記試験では、またもや爆豪と強子のクラス順位がかぶるという奇跡まで起こしたというのに・・・。
爆豪は、もうちょっと強子に対して親密に接してくれても良いと思う。


「っていうか、爆豪くんの方こそ暇そうじゃん。なに油売ってんの?」

「暇じゃねえわ!クソがっ!」


まあ・・・つい意地になって言い返してしまうのも、爆豪が強子に邪険な要因の一つと言える。


「爆豪はクラスのみんなと買い物に行かなくて良かったのか?」


ふらふらと出歩いている爆豪を、轟も“暇そう”だと感じたのだろう。轟がそう問いかければ、爆豪はさらに目を吊り上げた。


「なんでクラスの奴らと仲良しこよしで遊ばなきゃなんねーんだよ!あいつらは、俺がNo.1ヒーローになるための踏み台だ!!それ以上でもそれ以下でもねえ!」

「せっかくの休日なのに ぼっちかぁ・・・可哀想」

「あ!?今なんつった補欠女ぁ!」


この期に及んで“補欠”扱いされて僅かにムッとし、強子がさらに言い返そうとしたところで、轟が口を挟んだ。


「身能も爆豪も、もうその辺でやめとけ、近所迷惑だ」


付近は閑散としていて人どおりが少ないけれど、ここが住宅街であることを考えると、強子たちの口論は迷惑行為であろう。


「行くぞ、身能・・・お前ん家まで送る」

「え?いや、」


そこまでしなくていいんだけど。そう返そうとした強子を手で制して黙らせると、轟は爆豪へと声をかけた。


「じゃ、俺らは帰るから・・・」

「ああ そうかよ!途中でおっ死ね!」


別れ際まで、この言い草である・・・。
クラスメイトに「おっ死ね」は、さすがに無しだろ。


「あのぅ・・・いきなり声をかけてすいません、雄英高校ヒーロー科の方ですよね・・・?」


強子たちがその場を離れようと足を踏み出すと同時、見知らぬ男が三人へと声をかけてきた。


「ん?」
「アァ?」
「・・・はい、そうですが」


轟が素直に答えると、男は「よかった!」とこぼし、ぱぁっと笑顔を見せた。


「昨日、雄英体育祭のビデオを観てて・・・出場していた生徒と似たような人がいるなぁって思って」


そう嬉しそうに語るのを見て、この男は、テレビに出た有名人と出会えて喜ぶような ミーハーな人なのだろうと推察する。体育祭以降、似たような系統の人から、強子は街中でよく声をかけられていた。


「あの、皆さんは・・・体育祭で優勝した爆豪勝己さんに、二位の轟焦凍さん、それから、表彰台に登ってないのに やたら注目されていた身能強子さん・・・ですよね?」


昨日観たばかりとあって、順位や名前までよく把握している。轟が「そうです」と肯定しようとすると、


「体育祭の話はすんなァ!!」
「これでもベスト8ですが 何か!?」


一般人を相手に、威圧的に突っかかっていく二人に、思わず轟は額を押さえた。


「やめろ・・・初対面の人だぞ」

「だから何だってんだッ!」
「・・・チッ」


爆豪は 体育祭での納得いかない結果を思い出して喚き、強子は 男が告げた評価に不満げに舌打ちをもらす始末。
これでは雄英の評判を落としかねないと案じる轟だったが、ちらりと男の様子をうかがうと・・・男は二人の態度を気にする素振りもなく、嬉しそうに破顔していた。


「よかったぁ〜、本当によかったぁ!間違ってなかったぁ!ああ〜・・・会えてよかった。そう―――僕は雄英高校ヒーロー科の方に、どうしても会いたかったんです!」

「なぜです?」


やけに喜ぶ男を奇妙に思い、理由をたずねてみれば、


「あなたたちを血まつりにあげてみせると、ある方に言ってしまいましたので・・・」


思わぬ男の返答に、三人の間にピリリと緊張が走る。


「てめぇ・・・もしかして、ヴィランか!?」

「自分ではそう思っていませんが、世間では、そう呼ばれてるみたいですね」


飄々と告げた男に薄気味悪さを感じ、強子は無意識のうち、拳を握り 戦う体勢を整えていた。


「っ、ぶっ殺す!!」

「やめろ爆豪・・・学校以外での個性の使用は禁止だ。バレたら退学もんだぞ」

「何だ そりゃ、目の前にヴィランがいんだぞコラァ!」

「それでも駄目だ」

「なら、私がいく!私の個性なら 二人みたいに派手な形跡が残らないからバレないよ」

「駄目だ!」


意気揚々と前に進み出た強子を引きとめようと、轟は左手を伸ばし、彼女の左腕をパシッと掴んだ。


「お前は、すでに警察の人に目をつけられてるだろ!」

「うっ・・・」


脳裏に、塚内警部の姿がちらつく。
何かあっても自分だけで解決せず大人を頼るようにと、つい最近、彼から忠告されたばかりだ。
その上、警察から感謝状を何度か貰っているという経歴から、個性の不正使用を塚内には感づかれており、ヒーロー免許をとるまでは控えるようにと釘を刺されていた。


「逃げるぞ、警察に言ってプロヒーローを・・・」

「ああ〜!それは困ります!それでは、約束が果たせません」

「行くぞ、身能っ」


轟が 強子の左手をグイと後ろに引き寄せる。
しかし、そんな強子の視線の先では・・・爆豪がその目に“ヤル気”を滾らせていた。


「塵にしてやるッ!」

「ちょっと爆豪くん、ダメだってば!」

「はっ!?てめ、さわんな!」


爆豪の暴走を止めるべく、強子は慌てて 轟に掴まれていない方の右手で、彼の手首を掴む。
こんな閑静な住宅地で爆豪が個性を使えば、一発で即バレしてしまう。


「お前ら、いいから二人とも来いッ」

「いやだねッ!エラそうに指図すんじゃねェよ半分野郎が!」


爆豪が掴まれた手を振りほどこうとした時・・・強子は、その異変に気が付いた。


「(あれ?なんで・・・?手が・・・!)」


自分の意とは反して―――なぜか、手が離れない。
同時に、轟も気が付いた。強子の腕を掴む手が、離そうとしても 離れないことに。


「いいかげん手を放せ、鬱陶しい!」

「ちょ、待っ・・・」


爆豪は、自分の左手を掴んでいる強子を煩わしそうに睨むと、右手で彼女の肩をどつく。そして・・・彼もようやく気づいた。


「(なんだ・・・!?こいつを突き飛ばそうとした手が・・・っ身能の肩から、離れねぇ!)」


理解の及ばない この不可思議な現象。考えられるとすれば・・・


「まさか、これ・・・」

「あの男の個性か・・・?」

「相手に触れたら、離れなくなる!?」

「そう、その通り!それが この僕、恥辱 塗(ちじょく まみれ)の個性・・・アンタッチャブル」


事態を把握した三人に、ヴィランだと名乗る男――恥辱は、満足げな笑みを浮かべて種を明かす。


「対象者が他の生物に触れると、くっついたまま離れなくなる。僕が対象者を見つめている限り、その効果が消えることはありません」

「くっついたまま離れない・・・?」


恥辱の言うとおり、強子たちの手はぴたりとくっついて、どれだけ力を込めても離れてくれない。非常に不便で迷惑な個性だ。でも、


「ヴィランを名乗るわりには大したことねぇ個性だな、オイ」

「ええ、よく言われます。僕の個性は、本当に大したことがない。しかし・・・見方によっては、これほど恐ろしい個性はないと思っています」

「どこがだ!?てめぇは今、対象者を見つめているかぎり と言った。だったら、てめぇの視線を俺らから外せばいいだけのこった!」


そう、恥辱の個性は大したことない―――はずだった。


「爆破で吹き飛ばしてやる!」

「やめろっ爆豪!動くな!」

「ぅわっ!?体がさらにっ・・・」


強子が爆豪に引っ張られると、連動して轟まで引っ張られる。そして、前につんのめった二人。
結果―――強子の後ろから 彼女の腕を掴んでいた轟が・・・強子の背中に張り付くような体勢で、ぴとりと密着してしまった。


「(なぜこうなる・・・!)」


雄英にマスコミが侵入した際の食堂でのように、互いに向かい合っていないだけ、恥ずかしさは軽減するが・・・それでも、自分の後頭部あたりから轟の声やら息遣いやらが聞こえてきて、ぞわぞわする。


「美しい、芸術的だ・・・恋人の逢瀬を思わせるかのようなそのポーズ!」


まるで、轟が背後から強子に覆い被さってるような体勢。
二人をうっとりと見つめる恥辱が、突如、何かを閃いたように笑い声をあげた。


「そうだ!記念に写真を撮っておきましょう。さ、こちらを向いて!笑顔で!いち足すいちは・・・にィ!」

「(この野郎・・・っ!)」


パシャパシャとシャッターを切る音に、強子はきゅっと口を閉じ、じっと耐え忍ぶ。
どうにかしてこの男を倒す方法を、考えないと!


「いい写真だぁ・・・雄英高校ヒーロー科の優秀な生徒たちが、昼間っからこんな場所で、蜜月を重ねているなんて!なかなか見られるものじゃありません。しかし・・・表情が固いですねぇ。もっとにっこりと笑顔でいないと」

「(この、クソヴィランがぁ!)」

「このっ、クソヴィランがぁ・・・!」


一瞬、自分の口から声が漏れたのかと思ったが、声を発したのは爆豪であった。
爆豪は、強子と轟ほど密着してないものの、恥辱の個性のせいで両手の自由を奪われている。この状況に彼も怒り心頭なようで、ふるふると震えていたかと思うと、ヴィランに向かって足を踏み出した。
・・・って、いや!だからっ!!


「動くな爆豪!動けば動くほど、俺らの体が密着する・・・!」


爆豪が動けば、すでに密接している強子と轟の身体は、うごうごと余計に密着してしまうのだ。


「あぁ、すいません!爆豪くんが嫉妬するのも仕方ありませんね。あなただけ、まだ距離感が開きすぎている・・・もっと くっついてしまいましょう!爆豪くんの背中を、ドーンッ!」

「「!?」」


向かい合うように立っていた強子と爆豪・・・二人の身体も、密着させられる。
なんとか互いに顔だけはのけぞらせたが、距離感でいえば・・・もう完全に、恋人の逢瀬のそれだ。
爆豪の鍛えられた体躯が 強子のふくよかな胸元に押し付けられ・・・互いの身体にともる熱が伝わってきて、どちらのものとも知らぬ鼓動がうるさく聞こえる。
前方に爆豪、後方に轟。息苦しいほどぎゅうぎゅうと二人に挟まれている強子には、逃げ場もなく、唇を噛んで羞恥に耐えるしかない。


「アハハハハッ!ますます芸術的になりましたねぇ!二人の男に迫られる女・・・なんとも艶かしく、官能的!そそられる構図です!」

「っ離れろクソ痴女!」

「できるなら、そうしてる!」

「あ そうだ!身能さんの右手を スカートの裾の方に持っていって・・・はい、タッチ」

「「っ!?」」


恥辱が動かした強子の右手は、爆豪の手首を掴んでいた。その右手をワンピースの裾へと持っていくと・・・おのずと、爆豪の手のひらが強子の太ももに、ぴとりと触れる。
ひぃっ、と反射的に強子は身体を強ばらせる。
太ももの わりと際どい部分で感じる彼の手のひらは、手汗でしっとりと湿っている。頼むから、そこで爆破だけはしてくれるなよ・・・!?


「それから、轟くんのこちらの手は・・・身能さんを抱きしめてあげましょう!」

「「っ!?」」


とどめとばかりに、轟のあいていた右手を 強子と爆豪の身体の隙間に突っ込み、強子の腹部へと触れさせる。
これで完全に、強子を包み込むように背後から抱きしめる轟の図ができあがった。


「いい・・・いいですぅ!いい被写体です!とても妖艶ですよぉ〜男女の婬猥な情事を思わせるそのポーズ!まるで3Pです・・・いえ、エロではありません、芸術ですよ?ほら、なんという美しさでしょう!」

「今すぐやめろ・・・!写真を、撮るな!」


顔を真っ赤にした強子が、必死の形相で凄む。
この状況は・・・強子が爆豪の手を掴み、無理やり自分の太ももを触らせているように見えてしまう。これでは、強子は名実ともに痴女に成り下がる。
即刻、この行為をやめさせなければ!


「いいえ、やめません!やめませんともぉ!」


くっそ・・・!
興奮冷めやらぬ様子の恥辱を 恨めし気に睨んでいると、轟が奴に気取られぬように、強子たちに小声で話しかけた。


「よく聞け、俺らの足はまだ密着してねぇ。タイミングをあわせて・・・あの路地裏に逃げ込むぞ」


わかったから、耳元で囁くの やめて・・・!
とにかく、恥辱の視界から外れないと勝機はない。
三人はタイミングを揃え、路地裏に向かって一斉に足を動かした。


「―――しかし、僕が三人の足を引っかけて転ばせる」

「(なにィ!?)」


苦悶の声を漏らしながら、三人はどさりと地面に転がった。
言わずもがな・・・くんずほぐれつ状態である。
作戦は失敗。しかも、三人はとうとう足まで密着してしまった。強子の足の間には、もはや誰のかわからない足が挟まっている。


「ねぇ?言ったとおりでしょ?僕の個性は大したことありませんが、見方によっては、これほど恐ろしいものはない と。たとえば・・・僕が拳銃を取り出して引き金を引けば・・・あなたたちの命は尽きる。ジ・エンドです」


アハハと楽しげに笑い声をあげた恥辱。
死を匂わせるヴィランの言動に、ぞっと強子たちの身の毛がよだつ。


「安心してください、そんなことは絶対にしません。僕は血が苦手なんです、見たくもありません」

「ああ そうかよ!」

「ですから・・・あなたたちには、死よりもつらい目にあってもらいます」

「何をする気だ」


恥辱は、心の底から楽しそうに、ニタリと笑みを浮かべた。


「こういうのはどうでしょう!今から僕は、身能さんのスカートを捲ります」

「「「・・・は?」」」


何を言ってるのか理解できず、三人は茫然とする。


「身能さん あなた、こんなイイ男二人に挟まれて、興奮してますよねぇ?気丈に振る舞っているようですが―――二人の無骨な手で身体を触られて、密着する肌から伝わってくる熱い体温に・・・内心ではイヤラシイことを想像して 下半身を熱くしてるんじゃないんですかぁ?」

「んなわけ、ないでしょ・・・っ!?」

「では、スカートを捲って確認しましょう!あなたのパンティが濡れていないか、撮影して、皆でチェックしなくては!」


強制ワイセツ罪だ!名誉毀損罪に、迷惑防止条例違反も・・・とにかくダメだこいつ、早く断罪しないと・・・!


「僕の予想通りなら、素晴らしい写真が撮れるでしょう!美しい写真を一人で堪能するなんて、もったいない!匿名掲示板的なところへ送信して、この美しさを誰かと分かち合いたい!」

「させるかッ、この変態!」

「いいえ、この場合、変態はあなたです」

「ああ゛!?」


変態に変態呼ばわりされて 憤りを隠せない強子は、ガラ悪く男をガン飛ばす。


「真っ昼間から こんな往来で青姦、それも3P!破廉恥で、倫理観の欠片もない・・・!そんなあなた達の痴態がネット上に流出し、コピーされ、世界中へ広がっていく。あなた達がこの先も生き、たとえプロヒーローになれたとしても、その写真は永遠にあなた達の心を蝕む・・・まあ、その前に、そんな変態ヒーローに依頼したいと思う人も現れないでしょうがね」

「・・・なるほど、あんたはそうやって、何人もの人を陥れてきたのか」

「ええ、ですが・・・今回のターゲットは、これまでと比較にならない―――」


含みをもたせて言うと、奴は強子にニンマリとした下品な笑みを見せた。


「こんなプレイで興奮してパンツを濡らしているとなれば、そりゃ、とんだド変態ですよ。そのド変態の正体が、あの身能さんだと知れたら・・・世間は、どんな反応をするでしょうか」

「え・・・?」

「“平和の象徴”オールマイトの推薦で雄英高校に受かったという、特例入学者の身能強子さん・・・そんな方が 実はとんでもないハレンチ女だと知れたら、世間はこう思うでしょう―――あの女は オールマイトともいかがわしいコトをして、不正入学したんじゃないか、って」

「んなッ!?」

「世間の人々は疑念を抱き、あることないこと噂するでしょう。なんたって、あのオールマイトの買春疑惑!雄英高校の組織体制も危ぶまれますし・・・マスコミには格好のネタですね!」


恥辱の語る未来を想像し、強子は血の気を失う。
そんな馬鹿な。あり得ない―――強子が原因で、オールマイトや雄英が 謂われのない名誉毀損を受けるなんて。こんな変態ヴィランのせいで、強子だけでなく、オールマイトや雄英にまで悪い評判がたつなんて・・・!
強子の将来性に期待してチャンスを与えてくれた彼らへ、恩を仇で返すようなものだ。
こんなの、絶対に許されない。
この男は、絶対に許さない。


「―――殺すわ」


素のトーンで呟いた強子に、轟も爆豪も、目を剥いた。「殺す」という言葉を普段使いしている爆豪とは違って、彼女の言葉には いやな真実味がある。それを裏づけるように、彼女の目は据わっている。


「こんな外道、この世から末梢しないと・・・」

「ハハッ、よく言われます。こんな性格なものですから、ヴィランと呼ばれる人たちからも敬遠される始末でして・・・しかし、この行為はやめません!こんな楽しいこと、やめられるわけがない!」


恥辱はカメラを構え、じわじわと強子たちに歩み寄ってくる。
もうこうなったら、個性でもなんでも使って、力づくでこの男をぶっ殺す・・・!


「悪ぃが、」


殺意を滾らせていた強子は、突如降ってきた轟の声に、はたと思考を止めた。


「こいつのスカートの中は 撮らせらんねぇ」


きっぱりと言い放った轟に、強子は胸をきゅんとさせ、僅かに冷静さを取り戻した。
しかし、次の瞬間、


「ほわっ!?とっ、轟くん・・・!!?」


彼は、強子のお腹に回していた手に力を入れて強子の体を自分の方へと抱き寄せると、さらに、自身の下半身をグイッと強子の下半身にくっつけてきたのだ。
―――うん、わかる。わかるよ。強子に密着することで、強子のスカートの中を見られないように対策してくれたんだよね。


「(こんな状況じゃなきゃ、警察につき出されるような痴漢行為だけど・・・今は感謝しとこう)」

「代わりと言っちゃなんだが、この状態でよけりゃ、好きに撮れよ」

「・・・え?なんです?」

「好きなだけ写真を撮ればいい。笑顔になってほしいんだったら・・・笑えばいいのか?」


急に態度が変わり、男の希望に応えようとする轟。爆豪も強子も驚いて声をあげようとするが、「いいから」と小声で諌められる。


「もしかして・・・あきらめたのですか?」

「いいや、俺はプロヒーローになることをあきらめない。ただ・・・好きなだけ写真を撮ればいいと言った。どうすればいい、リクエストがあれば言ってくれ」


―――うん、わかる。わかってる。大人しく従うフリして、アイツを出し抜くチャンスを探ってるんだよね。


「(でも・・・この人、何かノリノリじゃない?まさか楽しんでないよね!?)」


そんな猜疑の目を向けずにはいられない。
というか、この状態で写真を撮られるのも、かなりマズいだろ・・・!こんな恥態が世に出回ったら、強子たちの余生は、絶望的だ。
恥辱はどうするのだろうと、ちらりと様子をうかがうと、


「いけない!!それではいけません!もっと嫌がってくれないと!羞恥心に塗れてくれないと!僕の心が満たされませんっ!!」


こともなげに飄々としている轟に、恥辱はヒステリックに嘆いた。


「気の強そうな身能さんの生意気顔が、辱しめを受けて赤面し、悔しさに顔を歪める姿を撮れるのは最高ですが・・・轟くん、爆豪くんにも、同じように恥じらいと屈辱の表情を見せてほしいのです!」

「・・・あんた、正直な人だな」

「はい!それだけは自慢できます。僕は、嘘は言いません」

「―――その言葉が聞きたかった」

「さぁ皆さん、もっと 嫌がってください!恥じらってください!僕の心を満たすのですぅ!」


ヤバめなテンションになってきた男をしり目に、何やら確信したような轟は、爆豪と強子に告げる。


「爆豪・・・歯を食いしばっとけ」

「何をっ・・・?」

「身能、爆豪に頭突きをしろ」

「「は?」」


強子の頭に疑問符が浮かんだが、この状況をどうにかできるならと藁をも掴みたい気持ちだった強子は、即座に轟の指示の通りに動いた。
ガツッ―――強子の頭が、爆豪の顔に突っ込むと同時、痛々しい音が響いた。


「ああああ!!血がぁっ!?血がぁぁあ!!嫌だぁ、見たくない!!」

「奴が視線をはずした!動けるぞ!」

「離れろっ」


血を見るのも苦手だと言った男の言葉は真実だったらしい。
強子の額と、爆豪の口の端から滴り落ちる赤い血を見ないように顔を背けている。


「あいつが素直な性格で助かった」

「ようやく自由になれた・・・!」

「ったく・・・手間かけさせやがって。つーかテメぇ、頭突きんとき 個性つかったろ!!クッソ痛ぇわ!」

「あ、ごめん、つい・・・!」


必死すぎて、無意識に個性を使ってしまった。
爆豪の言葉を聞き、轟までもが強子を睨むように見てきたので、とりあえず笑って誤魔化しておく。
轟は 呆れたようなため息を、爆豪は 品のない舌打ちをもらしてから・・・男へと向き直る。


「あああ!なんということだ!僕の美しい被写体がぁ!」

「何が被写体だ、このクソ変態野郎!ぶっ殺してやる・・・!」

「爆豪・・・個性は使うな」

「わーっとるわ!そこのバカ女と一緒にすんな!」


爆豪はポキポキと拳を鳴らしながら、男へと距離を詰めていく。
そして、凶悪な笑みを浮かべ、宣言する。


「個性は使わず、死なない程度にぶっ殺してやんよ・・・!受けた借りは、5億倍にして返す・・・!!」

「ご、5億倍って・・・」


変態男――恥辱 塗は、顔を青ざめさせて後ずさるが、もう、今さら どう足掻こうと、こいつの敗北は確定している。


「覚悟しろや、このクソヴィランが・・・死ねぇっ!!!」











それから警察に通報し、警察官に男を引き渡してから、強子たち三人も事情聴取やら何やらを終えて(強子が個性を使用した事実は闇へと葬った)・・・ようやく帰れるという頃には、皆グッタリと疲労困憊であった。

三人は警察の人の車に乗せてもらい、家まで送ってもらうことになったのだが・・・疲れがたたったのだろう、車中では三人ともだんまりと無言を貫いた。
まず初めに、家が一番近かった轟が車を降りることになり、その際に一言だけ挨拶を交わしたものの、それ以降、後部座席に並ぶ強子と爆豪の二人は口を開くことなく・・・車内は静寂に包まれていた。
爆豪は、ドアのへりに肘を置き、頬杖をつくようにして車窓から流れる景色を見ている。いつも通りの不遜な態度で、眉間には不機嫌そうにシワを寄せて。
そんな彼の様子を盗み見た強子は、なんとも言えない陰鬱な気持ちになって、そっとため息をこぼす。


「(・・・しんどいよなぁ)」


体力面でも疲れはあるが、何より、精神面のダメージが大きい。
ヴィランから襲撃を受けるという受難は、ヒーローになると覚悟を決めた者にとっても・・・耐えがたいものだ。
ヴィランに悪意を向けられる感覚なんて、ろくなもんじゃない。反吐が出そうになる。
今回のヴィラン襲撃は、強子にとってはUSJ以来の2度目となるが・・・ヴィランに襲われるなんて経験は、何度重ねたって慣れるわけない。
爆豪だって そうだろう。彼は中学の頃にもヘドロの奴に襲われているから、今回で3度目。
そして、すぐに、4度目が訪れる―――


「・・・もう、林間合宿かぁ」


ぼんやりと車窓の外の景色を見ながら、一人ごちた。
もうすぐ、林間合宿だ。
林間合宿で、今 強子の隣に座るこの男に降りかかるであろう受難を思うと、陰鬱な気持ちにもなるさ。
彼だけでなく・・・雄英生たちも、雄英の教師たちも、世間さえも震撼させるような事件だ。


「お前、林間合宿・・・行きたくねーのかよ」


意外なことに、強子の一人言に爆豪が反応した。
驚いて彼を見れば、彼は頬杖をついたまま、気だるそうに強子に視線をよこした。


「えっと、別に、行きたくないわけじゃ、なくて・・・」


爆豪に怒っている様子はない。だというのに、彼の唐突な言葉に、強子はしどろもどろになってしまった。
彼はたまに、核心をつくような事をぽろりと口にするので、心臓に悪い。


「林間合宿には、行きたい・・・すごく 楽しみだよ?でも、ちょっと その・・・嫌なことも待ち受けてるから、気が重いっていうか・・・」


それに、避けられないだろうその受難に、自分がどう行動すべきか・・・強子はまだ、決めかねている。


「ハッ!アホかよ」

「・・・」


鼻で笑った爆豪に、ふつふつと怒りの感情がわいてくる。
この男は、強子がいったい誰のことを思い、胸を痛めていると思って・・・


「なに陰気くせーこと言ってんだ。お前は“嫌なこと”なんざ、これまで何べんも乗り越えてきてんだろうが。今さらンなもんビビってんじゃーぞ!」

「!」

「・・・性に合わねーことしてんなよ、アホ女」


そしてまた車窓へと視線を戻した爆豪に、呆気にとられる。
相変わらず口は悪いが・・・つまり、彼の言葉を読み解くと―――これまでに何度も受難を乗り越えてきた強子なら また乗り越えられるから、余計な心配はするな、と。弱気な強子なんて らしくない、と。
・・・そういうこと?
そうポジティブに解釈した強子の胸が、熱くなる。顔も、熱くなる。
熱くなった顔を隠すように、強子も、彼とは反対側の車窓へと顔を向けた。


「・・・・・・うん。爆豪くんの、言うとおりだね」


彼はたまに、強子の世界がひっくり返るような嬉しい事をぽろりと口にするので、心臓に悪い。
うん、彼の言うとおりだ。今度の受難も、きっと、乗り越えられる。強子も・・・爆豪も。
彼がどんな受難に見舞われようとも、強子は彼を信用し、彼の健闘を祈り・・・彼にとって最善と思えることをするだけだ。

やがて車が爆豪宅に着き、彼も降車した後―――運転してくれている警察官から「青春だねぇ」と野暮なことを言われた強子は、さらに赤くなった顔を 車窓へと叩きつけた。










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今回はめずらしくラブコメ回(仮)でした。例のドラマCDのあれです。
夢主らがラブコメしてる間に、緑谷の方はショッピングモールで死柄木とエンカウントしてます。
どちらも、試験での疲れを癒やすための休日のはずが、より一層、疲労がたまる1日でしたね。

あと、たぶん期末試験の筆記トップは、不動のヤオモモだと思います。


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