理解 ※緑谷視点

体育祭を目前に控えたある日、オールマイトは緑谷に告げた。

―――君が来た!ってことを、世の中に知らしめてほしい!!

オールマイトが平和の象徴でいられる時間は、そう 長くない。
彼の言葉の重みを認識した緑谷は、体育祭でトップを目指すことを心に決めた。

だというのに―――ふたを開けてみれば、緑谷の体育祭リザルトは・・・ベスト8どまり。“次世代のオールマイト”としては、パッとしない成績であった。
これでは、オールマイトが期待していたように、緑谷出久の存在を世の中に知らしめるなんて不可能だ。彼の期待に応えられなかったことが非常に悔やまれる。

しかし、一方で・・・同じベスト8でも、身能強子に対する世の反応は違った。
“オールマイトが推薦した超・特例入学者”という肩書きから始まり、気づけば“オールマイトの秘蔵っ子”だとか・・・それこそ、一部のメディアじゃ“次世代のオールマイト”とさえ呼ばれていた。
ドラフト指名も、彼女は実に964件もの指名があったのに対し・・・自分には、グラントリノからの1件のみと、大きく差をつけられてしまっている。

もちろん、身能強子が凄い奴で、世間が注目するのも もっともだと、緑谷も理解している。
それでも・・・考えてしまうのだ。
何故、彼女ばかりが もてはやされるのか、と。
ワン・フォー・オールを受け継いだのは、自分なのに。自分は、雄英に入学できるよう オールマイトから直々に特訓までしてもらった身なのに。
何故、こんなにも違うのだろうか。
いつだって 緑谷から見た彼女は、誰もが羨むものに恵まれている。自分がどれほど努力しても手に入れられないものを、彼女はやすやすと手に入れてしまう。

それに―――オールマイトがなぜ彼女の入学を推したのか、その理由を訊ねても「じきにわかる」からと教えてもらえなかった事もあいまり・・・近ごろの緑谷は、もやもやとした感情を募らせるばかりだった。





そんな悶々とした日々の中、職場体験を経て、緑谷は大きな収穫を手にした。
グラントリノの元でワン・フォー・オールの使い方を学び、5%の範囲であれば個性をコントロール出来るようになったのだ。これは飛躍的な進歩であった。


「(これで僕も、身能さんみたいに・・・!)」


パワー増強型の彼女は、息をするように個性を使いこなす。彼女のように、緑谷も自在に個性を使えるのだと思うと、胸が高まった。
パワーの威力を比較すれば 彼女よりも自分の方に軍配が上がるし・・・もしかすると、これからは彼女と互角に戦えるのではないか?
そんな期待を抱いて臨んだ“救助訓練レース”では、うっかり足元を滑らせ、勝機を逃してしまったわけで・・・まだまだ学ぶべきことは多いと猛省する。


「次が最終レースか。トップは・・・轟だな」

「いや、爆豪だろ!」

「常闇くんの可能性もあるよ」


最終レースを見守るA組の皆がトップ予想を立てていたが・・・結果は、誰も予想してなかったものだった。


「「「身能が1位!?」」」


一番にゴールした彼女の姿に、誰もが目を見開いた。
オールマイトが仕掛けたギミックにより、最終レースは非常に難易度が高く、機動力に、戦闘力、索敵能力までもを必要とするレースであった。


「身能に、索敵能力なんて無かったよな・・・?」


誰かが唖然として呟いた。
そうだ。彼女に索敵能力なんて、今までは無かったよ。自分と同じ、単なる増強型だったのだから。
でも・・・職場体験を経て、彼女は手に入れたのだ。索敵能力という 新たな強さを。


「つーか 身能のドヤ顔、腹立つなぁ」


冗談混じりに言って笑うクラスメイトらは気づいていないが、緑谷だけは気づいていた。
ゴール地点の定点カメラに向け、ふふんと不敵に浮かべている身能の笑みは―――緑谷に向けられた“嘲笑”だ。
彼女と互角になれると ぬか喜びしていた緑谷を、嘲っているのだ。ようやく追い付けるなどと 早とちりした緑谷を、揶揄しているのだ。


「(また、差をつけられた・・・!)」


身能強子という人間には、何をやっても、いつまでたっても・・・肩を並べるなんて無理じゃないだろうか。
緑谷は、彼女のように恵まれた人間ではない。緑谷には、彼女と違い、出来ないことが多すぎる。
緑谷がいかに努力しようと、努力するだけでは決して手に入らないものを・・・いつだって彼女は、見せびらかしてくる。

いや、齢4才の頃から、解っていたことじゃないか・・・人は 生まれながらにして平等じゃないって。
ようやく夢に向かって一歩近づけた今になって、その現実を―――身能強子という人間は、鮮烈に、嫌味なまでに、緑谷に思い知らせてくるのだ。












「協力して勝ちに来いよ!3人とも!」


―――いや、無理です・・・!
緑谷は悲壮に満ちた表情で、茫然と立ち尽くした。
爆豪と身能・・・あの二人と協力するなんて、どう考えても無理だ。ましてや、オールマイトを相手に戦うなんて、到底無理。絶対に、無理!


「(どうしよう・・・どうしよう!?)」


期末の演習試験―――緑谷が思っていたより何十倍も難易度が高いことに絶望を覚えるが、そうしている間にも時は流れていく。思考がまとまらないまま、緑谷たちの乗る学内バスは 試験会場に到着してしまった。
緑谷は、ちらりと目線だけ動かして、自分がチームを組む二人をこっそり見やった。
横に並ぶ彼らを見て、まず言及すべきは・・・二人がお揃いのようなコスチュームを着ている件である。
以前から薄々 気になってはいたのだが、黒タンクトップに暖色系のライン、ライン上に並ぶ二つの黒丸―――見ればみるほど、二人のコスチュームがペアルックのように思えてならない。
加えて、二人とも眉間にしわを寄せて険しい表情で思案しているのだが・・・その横顔も、どことなく似通っている。


「(似た者同士なんだよなぁ、この二人・・・)」


コスチュームや、言動や表情までもがそっくりな二人には、こちらが疎外感を抱いてしまうほど。
二人の内面だって、自尊心が高く、常に勝者であろうとする姿勢がそっくりだし。
おまけに、緑谷にとってこの二人は、特に厄介な相手というか・・・“因縁”のようなものを感じている相手であり、その点もよく似ていた。

しかし、あの二人は 似た者同士のくせに、顔を合わせれば喧嘩ばかりしている。つまるところ、爆豪と身能の二人も、因縁の仲というわけで・・・


「(二人とも、協力なんてできるのかな・・・?)」


試験ではチームプレイを発揮してもらわないといけないが、普段が水と油のような関係なだけに、不安である。
爆豪の方は、身能を明らかに“特別視”しているようだし・・・もう少し仲良くすればいいのに。二人に何かきっかけでもあれば、変わるのだろうか?
そんなことを考えていた緑谷が、ハッとして気づく。


「(僕・・・ここにいない方が良くない!?邪魔だよね!!?)」


爆豪の立場からしたら・・・気になっている相手と共闘できるなんて、またとないチャンスだろう。今こそ、彼女と距離を縮めるときなのだ。
となると・・・そこに緑谷がいれば 邪魔でしかない。
それ以前に、鬱陶しい幼馴染とチームを組むなんて願い下げだと爆豪は思っているだろう。彼のことだから、緑谷の存在を無視して戦うかもしれない。
最悪の場合・・・一人で戦うとも言い出しかねない奴である。

身能にしたって、爆豪を目の敵にしているフシがあるから、協力体制は望み薄だ。
それに彼女は、緑谷のことを良く思っていないようだし・・・こんな雑魚とチームなんか組めるかよ、とか思われているかも・・・。

―――改めて、最悪のチームに采配されたことに、絶望を覚えた。

その上、戦う相手は、オールマイト(世界一高い壁)だ。
彼はハンデとして、体重の半分の重さのオモリをつけるようだが・・・それでも、ヒーロー科の生徒 たったの三人で挑んで、彼と勝負になるのか?


『爆豪・緑谷・身能チーム、演習試験―――レディー、ゴォ!!!』

「(えっ!もう開始!?)」


考えこんでいたせいで、何の打ち合わせも、何の準備もないまま、試験をむかえてしまった。
慌てて二人の方を見やると、


「な、何すんの!爆豪くん!?」


爆豪に後ろ襟を掴まれた彼女が、ケホケホとむせながら彼に引きずられていく。


「―――俺とお前で、オールマイトをブッ倒すぞ」

「「ハッ!?」」


身能のみに向けられた爆豪の言葉に、緑谷も彼女も、ぎょっと目を剥いて驚いた。
まさか本当に、緑谷抜きで戦うつもりだとは・・・。オールマイトが相手だというのに、いったい何を考えているのか。
いや―――“一人で”戦おうとしないだけマシか。
自尊心の塊であり、唯我独尊の代名詞とも言えるあの爆豪が、他者と協力する姿勢を見せるなんて、今までにない快挙だ。彼にとって、大きな進歩といえる。

とはいっても・・・彼女と二人だけで、それも正面からオールマイトとやり合おうなんて、やはり正気の沙汰ではない。
爆豪が身能を道ずれに オールマイトの方へ向かおうとするので、なんとか彼を引きとめようとするが・・・互いに怒鳴るように意見をぶつけるだけで、一向に状況は好転しない―――すると突如、凄まじい爆風とともに、オールマイトが現れた。
最悪だ・・・もう、策を練る時間も、備える時間も、与えてはもらえない。


「試験だなんだと考えてると、痛い目みるぞ。私はヴィランだ。ヒーローよ・・・真心込めて、かかってこい」


そこからは、あっという間だった。圧倒的な力を前に、一瞬のうちに、緑谷たちは倒されていく。
身能はガードレールで地面にくくり付けられ動きを封じられた。
腹部に強烈なパンチを食らった爆豪は、何メートルも飛ばされ、嘔吐しながら痛みに苦しみもがいている。
緑谷が彼らに気をとられているうち、オールマイトの拳が顔面に入り、体が勢いよく吹き飛んで建物に打ち付けられた。


―――こんなにも、一方的にやられるなんて。こんなにも、圧倒的な差があるなんて・・・


朦朧とする頭で、グラグラと定まらない視界の中で、緑谷は悲観する。
やっぱり・・・無理だったんだ。この三人で協力しあって、オールマイトに勝つなんて。
最初からわかってた事じゃないか。こうなるのが、当然の結果だって。


「ぅ・・・る、さいなっ!」


苛立たしげに吠えた身能の声に、自分が叱られたようにギクリとして・・・霞がかかっていた緑谷の意識が、すっと晴れていく。
オールマイトに殴られて痛む頭を動かし、身能を視界に捉えると・・・彼女はオールマイトを目の前にしてもなお、自分の体を固定するガードレールから抜け出そうと、必死に力を振り絞っているではないか。
仲間たちが倒れ、誰も頼る相手がいない中で・・・それでも彼女は、一人で、まだ戦っていたのだ。


「(ああ―――そういえば、そうだった)」


初めて彼女を見た その時から“そうだった”と、思い出す。
緑谷から見た身能は、いつだって、妬ましいほどに多才で優秀で、嫌味なまでに恵まれた人間で・・・でも、そうだった。
どんな事でも、どんな時でも、どんな相手であっても・・・彼女は絶対、勝者であろうとするんだ。勝つためならあらゆる手段をとり、使えるものは躊躇なく使って、なりふり構わず 勝とうとするんだ。
緑谷が憧れる彼女は―――


「どうせ、かなわないんだっ!」


緑谷は、耳を疑った。


「何をやったって・・・オールマイトには敵わない!」


地面に這いつくばる彼女の、その言葉を聞いた瞬間―――頭にカッと血が上り、体が勝手に動いていた。
その瞬間は、戦うべき対象のオールマイトすらも緑谷の目にはとまらず、緑谷は一目散に身能に駆け寄ると、怒りのままに、彼女の胸ぐらへと手をかけた。


「何やっても敵わないなんて―――君が、言うなよ!」


―――我ながら、大胆なことをしたと思う。
あの身能を、胸ぐらを掴んで 思いっきりぶん投げてしまった。
その上、現在進行形で、彼女を抱えて走っているのだ。
ついでに言うと、反対の腕には爆豪を抱えているわけで・・・A組きっての危険物二つを両腕に抱えているという、なんとも末恐ろしい状況であった。
けれど、その甲斐あって、一旦オールマイトから離れることができた。


「僕には オールマイトに勝つ算段も逃げ切れる算段も、とても思いつかないんだ。でも・・・」


二人をそっと地面に下ろせば、二人とも怪訝な表情でこちらを見つめる。
爆豪勝己に、身能強子。どちらも緑谷にとって厄介な相手であるが、同時に、緑谷にとって憧れの存在でもあった。
そうだ―――二人の凄いところなら、緑谷はよく知っている。


「かっちゃんと身能さんの二人がいれば、オールマイトとだって戦えるって―――そう思えるんだ」


緑谷の言葉を聞き、爆豪は不愉快そうに顔を歪めて、舌打ちで返した。一方、身能の方は、ペチッと額に手を当てて、観念したような表情で項垂れた。
それから、爆豪の発案により、彼の籠手による攻撃でダメージを与えつつ、オールマイトから距離を取り、脱出ゲートへ向かうという作戦が決まった。


「・・・あ、それ、」

「えっ何!?」


身能が緑谷の方へ指をさしたので、びくりと肩を震わせる。
彼女が指さす先にあったのは、教師から各チームに手渡されたハンドカフスだ。


「それは私が預かっておくよ。戦況しだいで、必要に応じて渡すことにしよう」


戦況把握については、索敵能力のある彼女が適任だろう。
緑谷は彼女の言葉に納得し、ハンドカフスを身能に託した。
このとき彼女は、緑谷が“脱出ゲートを通過する”結末を想定しており、少しでも荷物を減らして走りやすくした方がいいと考えてハンドカフスを受け取ったのだが―――まさか、後にこのハンドカフスが役立つとは、この時はまだ誰も予想だにしなかった。









―――早よ行け!クソがっ!!
―――行って!私の足じゃ 無理だ!

信頼する二人から、託された。
一番ゴールに近い緑谷が 脱出ゲートをくぐれ、と。
ここを逃げ切れば、緑谷たちの勝利だ。何としても、逃げきらなければならない。ここで緑谷が足を止めては、すべてが水の泡となってしまう。
緑谷を庇うよう、身能も爆豪もオールマイトに立ち向かう。
だが―――あの爆豪があっけなく、ぐちゃりと無惨に地面に叩きつけられた。


「身能少女・・・君も、自分を犠牲にせずには戦えないクチか?」


鋭い眼差しで彼女に問う、オールマイト。その気迫に、緑谷はぞっと身を震わせる。
でも、彼女は、覚悟を決めたような表情で断言した。


「“私たち”が勝てるなら・・・それで いい!」


勝利のためなら なりふり構わず、我が身もいとわず貫く その姿勢・・・これこそ、緑谷が憧れる身能の凄いところであった。
けれど―――


「・・・ならば、お望み通りにしようか」


オールマイトが右腕を掲げて拳を構え、彼女に向けて振り下ろそうとしている。

わかっている―――ここで、緑谷が足をとめている場合ではないのだと。
わかっている―――オールマイトが拳を振り抜いてるその間に、緑谷はゴールまで走らないといけないのだと。
それでも・・・筋骨隆々なオールマイトに立ち向かうには、彼女の身体は華奢すぎるのではと、不安に駆られる。
パワー増強型とは思えないほど、彼女の腕も足も、細くて、柔い。オールマイトの拳なんて食らえば、一たまりもないだろう。
実際、オールマイトに足払いを食らった彼女の足は、元の肌色なんて見えないくらい、青く変色し、腫れ上がっている。


「(ゴールまで、たったの数歩・・・!)」


あと、ほんの数歩さえ走れば、ゴールできる。つまり、緑谷たちの勝利だ。
絶対に無理だと思っていた勝利が・・・爆豪と、身能の身を犠牲にすれば、手に入る。
酷なようだが、爆豪も身能も自分の意思でやっている事だし、そうするのがベストなん―――


「っやめて下さい オールマイト!!」


葛藤する緑谷の心情と反し、身体は勝手に動いていた。
オールマイトと相対する身能の瞳の中に、恐怖の色が揺らいで見えた気がした。救けてほしい という 彼女の本音が聞こえた気がした。
気がついた時には・・・緑谷は、オールマイトに殴りかかっていた。
そのあと、どうするかなんて考えてない。けれど自然と緑谷は、オールマイトの右腕を背後から羽交い絞めにした。
すると、タイミングを合わせたように、爆豪もオールマイトの左腕にしがみついた。


「っ身能さん!」

「身能っ・・・!」


オールマイトの動きを、二人がかりで妨害する。
あとは、もう・・・彼女に託すしかない。
彼女は戸惑いの表情を浮かべながらも 俊敏な動きで戦う体勢に入り、そして―――オールマイトという目の前の高い壁を見据えて・・・彼女は、不敵な笑みを見せた。
次の瞬間には、ドゴッという鈍い音とともに、身能の拳が オールマイトの腹部――彼の活動限界を縮めた原因でもある古傷へと、めり込む。


「(ひィッ!!?)」


古傷のことを知っていた緑谷は、青い顔を引きつらせ、思わずオールマイトの身を案じ・・・そして、彼の腕に、ハンドカフスがかかっていることに気づいたのだった。










演習試験が終了し、緑谷たちは、対戦ステージからリカバリーガールの出張保健所へと移動するが、そのバスの中は・・・しんと静まり返っていた。
バスに同乗している身能と、話をしたいという欲なら ある。彼女に聞きたいことも、彼女に語りたいことも、緑谷には山ほどあった。
でも・・・長らく彼女に抱いてきた複雑な感情が邪魔をして、彼女に声をかける踏ん切りがつかない。
それに、緑谷なんかが話しかけようものなら、彼女の機嫌が急降下するのではないだろうか?彼女は緑谷のことを良く思っていないはずだし。


「あの、さ・・・」

「!!」


驚くことに、彼女の方から緑谷に声をかけてきた。緑谷が目を見張っていると、彼女は視線を泳がせ、言葉に詰まりながら、信じられないことを口にする。


「あ・・・ありがとう」


緑谷の目を正面からまっすぐに見つめながら、その頬を桃色に染める身能が告げたのは、感謝の言葉であった。ハッキリと発せられたそれを、聞き間違えるはずもない。
緑谷はまん丸な目で食い入るように彼女を見やり、混乱する頭で 抱いた疑問を口にした。


「・・・えっ!?な、何のお礼・・・!?」

「〜ッだからぁ!」


彼女はさらに顔を赤らめて、威勢よく緑谷に捲し立ててきた。
彼女の言葉を要約すると・・・期末試験で、緑谷が彼女を焚き付けた場面があったが、その件について感謝されているようである。


「(感謝されるような事じゃないのに。むしろ、怒られるんじゃないかと思ってたけど・・・)」


己の負けを認めるような 身能の言動を許せず、彼女をぶん投げたのだから。
身能という人は、どんな事でも、どんな時でも、どんな相手でも、絶対に勝者であろうとする人であって・・・「何やっても敵わない」だなんて 彼女が口にしていいセリフじゃない―――なんて、緑谷の理想を彼女に押し付けてしまった。


「緑谷くんが・・・私のこと、あんな風に思ってるなんて、知らなかった・・・」


はたと、気づく。
そうか―――今まで、緑谷と身能は、面と向かって話すとか、腹を割って語り合うなんてこと、してこなかった。
緑谷が彼女をどう思っているか なんて・・・彼女にはわかるはずもない事。
同時に、彼女が考えていることも、緑谷は知らない。


「その・・・うっ、嬉しかった から」


照れるような仕草で打ち明ける身能を見て、緑谷は、幻でも見てるのではないかと自分の目を疑った。
だって、身能にとって、緑谷は 取るに足らない存在だろうと思っていたのだ。個性をろくに使えもしないで怪我ばかりしている緑谷のことなんて、見下されてると思っていた。
こんな風に・・・緑谷の言動に一喜一憂するほど、彼女が緑谷を意識してたなんて、知らなかった。
 

「・・・ありがと」


今度は 消え入りそうなほど小さな声で呟くと、彼女はそわそわと気もそぞろに、髪の毛先を指でくるくると弄ぶ。
伏し目がちに、時おり 様子を伺うように緑谷の方へちらちらと控えめな視線を送ってくる。
そんな彼女を、緑谷は目をかっ開いて凝視した。


「(こっ・・・これかァァァ!!)」


普段はプライド高く、高慢で、生意気ともとれる態度のくせして・・・急に、しおらしく、素直で殊勝な態度を見せる―――そのギャップ。
おそらく爆豪は、このギャップにやられたに違いない。
いつも好戦的で 強がってばかりだけど、思い通りにいかなくて しょんぼりと落ち込んだ時の彼女は・・・確かに ちょっと可愛いもんな。
そういうところに惹かれたんだろう。男は大概、女子のギャップに弱い生き物なのだ。
いや―――爆豪は入試の時から、戦う彼女の姿に見惚れていたというから、もはや一目惚れだったのかも。

きっかけは何であれ・・・あの爆豪の心をガッツリ掴んで放さない 身能の人心掌握術は、神業だ。
なんせ爆豪が、自ら、彼女と協力する姿勢を見せたのだから。
本人は「本意じゃない」的なことを言ってたけど、それでも、自分が認めた相手じゃなきゃ、意地でも手を組まないのが爆豪という男だ。


「・・・ハッ!?」


考えに耽っていた緑谷は、ふと我にかえると、自分にも言うべきことがあったと思い出す。


「そっ、それを言うなら、僕の方こそ!あ、あッ、ありがとう!!!」

「・・・それ、何のお礼?」


訝しむような顔で見てくる身能は、もしかすると、彼女自身の功労に気がついていないのかもしれない。
期末試験で、あの三人がまともにチームプレーを発揮できたのは、端的に言えば身能のおかげである。
身能という緩衝材がいたから、あの爆豪が、緑谷に対しても それなりに協力的な態度を見せたのだ。
身能がいなければ、敵意100%の爆豪と二人きりという 最低最悪のチームで試験に挑まなくてはいけなかった。そんなの考えるだけで胃が痛いシチュエーションだし、当然 試験をクリアできる気もしない。
だからこそ、それはもう・・・緑谷は、心から感謝しているのだ。


「身能さんの存在に!生まれてきてくれた事に感謝してるよ!!」


身能さんがいてくれて、本当によかった・・・!


「はぇ?」

「・・・アッ!?」


思わず口に出てしまっていたようだ。
身能本人は目を点にして呆けているし、そっぽを向いているオールマイトにも聞こえていたのだろう、肩を震わせて笑いを堪えているではないか。


「いや、ちが!今のは 間違い!!そうじゃなくてっ・・・」


これも本音だけれど、真に 緑谷が感謝を伝えるべきことは他にある。
緑谷は視線を宙に向けて、慎重に言葉を選び直す。


「その―――演習試験でオールマイトに勝てたのは、身能さんの機転のおかげだよ!ありがとう!!」


そして二人の会話は、演習試験を振り返る反省会へ変わっていき・・・互いに意見を主張する中で、だんだんヒートアップして、止まらなくなる。
まるで、これまでずっと話さなかった分まで取り戻すかのような勢いで、お互いに、口を止めようとしない。
それから・・・ふと、ムキになって声を張り合っている 自分たちの必死な姿に気がついた。


―――必死になって、何をやってるんだろうか、僕たちは。


「「・・・・・・ぷっ」」


耐えきれず、二人 同時に吹き出した。


「ごめっ、なんか、止まらなくなっちゃった・・・何やってんだろ、僕・・・」

「それ、今 私も同じこと思ってた」


彼女と考えてることがリンクしたのが嬉しくて、胸がじんわりと温まる。
二人してクスクスと笑いながら、視線をかわした。

・・・妙な感覚だ。
長らく微妙な関係を築いていた相手と、こうやって自然に 談笑しあっているなんて。
長らく欲していたものを漸く手に入れて、心が満ちていくような感覚。
こうして身能と話してみると・・・自分は、どうして彼女に対抗意識や苦手意識を抱いて彼女を避けていたのかと、不思議なくらいだ。
轟や飯田といった 自分と近しい友人たちが、日ごとに身能と親密になっていくというか、どんどん彼女に執着していくのが不思議だったのだが・・・今なら、それを理解できる。
そして、オールマイトが校長に直談判してまで、彼女を雄英に引き入れようとしたのも・・・なんとなく わかった気がする。


「盛り上がってるとこ悪いんだが、お二人さん―――もう、バスが着いてるんだけど・・・」


にこやかに見つめ合ってた二人は、はっとして顔を引きつらせると、バスがすでに目的地に着いていたことにようやく気付いて、慌てて立ち上がった。


「ご、ごめんなさい!オールマイト!」
「は、早く言ってくださいよ!オールマイト!」


赤い顔してオールマイトに言葉を返す二人の間に・・・もう、互いを敬遠する様子は見受けられない。

共に戦う―――たったそれだけの事だけど・・・緑谷と身能の拗れた関係が解消されるには、十分だった。
もともと、互いに一目を置き、興味を抱き、意識し合っていた二人。きっかけさえあれば、意気投合して距離を縮めるのは容易いこと。
ありていに言えば・・・オールマイトという共通の敵が現れて二人の仲間意識が格段に高まり、結果、二人の間にあった溝が埋まったのである。
この日を境に、二人が互いを敬遠することは、なくなった。





爆豪を抱えてバスを降りたオールマイトに続き、緑谷も降車しようと動くが、コスチュームの後頭部についているフードの端を 身能に唐突に摘ままれ、引きとめられた。


「緑谷くん、」

「うん?」


なんだろう?足を止めて緑谷が振り返ると、


「・・・私も、“デクくん”って 呼んでいい?」


緑谷は息をのみ、振り返った状態のまま、動けなくなった。
それが、彼女なりに 友好の印を示そうとしてくれてるのだと、緑谷もわかっている。
けれど―――またそんな いじらしい態度で、もじもじと恥ずかしそうに、潤んだ瞳で上目遣いなんて・・・心臓に悪い。


「?・・・あっ!私“も”っていうのは、爆豪くん的な意味ではなくて!えーと、麗日さん的な意味で!頑張れって感じの方!!」


固まっている緑谷に、彼女が慌てて補足する。
爆豪のような蔑称ではなく、ポジティブな意味合いで、その名を呼びたいのだと。


「・・・こっ」

「?」

「(これかァァァァ!!)」


爆豪だけではない。轟もこれに落とされたに違いない。
日頃 しっかり自立している彼女は、放っといても一人で生きていけそうなほど強く見えるのに・・・ふいに、こうして歩み寄ってきて、ぎゅっと距離を縮めるのだ。私に構ってくれと言わんばかりの素振りで。
まるで甘えるように、すがるようにこちらを窺う彼女は・・・うん、確かに可愛い。
こういうところに惹かれたんだろう。男は大概、女子に頼られると弱い生き物なのだ。


「やっぱり・・・だめ?」


だめなわけがない!
眉を八の字に下げた彼女に 罪悪感と庇護欲を抱きながら、緑谷は慌てて彼女の申し出を受け入れる。
これ、だったのか・・・飯田や八百万が、彼女に過保護になる理由も、身をもって理解した。





しかし―――こうも立て続けに、彼女の新しい一面を見せられてると、身能強子という人に対する印象が大きく変わってしまいそうだ。彼女に対する態度も、変わってしまうのでは?
そんなことを案じていた緑谷だったが、オールマイトに片腕で抱えられて喜ぶ彼女を見て、思い直した。


「やっぱり・・・身能さんは、身能さんだなぁ」


もはやクセのように、緑谷にドヤ顔を向けてきた彼女に、苦笑する。
彼女の色んな面を知ったけれど、彼女の根本は変わらない。どんな事でも、どんな時でも、どんな相手であっても・・・彼女は絶対、勝者であろうとするんだよなぁ。
そんな 敬愛すべき人と、これから新たな交友関係を築ける予感に、緑谷は口元に朗らかな笑みを浮かべた。










==========

久しぶりの緑谷視点でした。このタイミングで、これは外せない!

当サイトでは、夢主を「ヒロイン」ではなくて、「女主人公」となるように意識して執筆しております。
原作キャラが主人公の物語に、夢主がお邪魔するのではなく・・・原作キャラと同じ世界で、夢主が主人公の物語を展開したいのです。
そうすると、邪魔になってくるのが・・・原作主人公の存在。目の上のたんこぶですよ、ほんと。可愛さ余って憎さ百倍です。
そんなわけで(?)緑谷にとっても、夢主が目の上のたんこぶのような存在になればいいと思って・・・気がついたら、二人の関係がいい感じに拗れてました。
緑谷から見た、ちょっと偏見が入ってる夢主とか、書いててとても楽しかったです!
これからは、二人の新しい関係を執筆していくので、そちらもお楽しみいただければ幸いです!



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