終戦記念

演習試験が終了し、強子たちは、対戦ステージからリカバリーガールの出張保健所へと移動する。
そのバスの中は・・・しんと静まり返っていた。
車中のひとり――爆豪は気絶しているため、彼の口から言葉が発せられないのは当然として・・・強子と緑谷の二人は 意識があるにもかかわらず、彼らの口は閉ざされている。


「(彼らの関係は そう簡単に解消できるとも思っていなかったが・・・)」


仮にも No.1ヒーローから勝利をもぎ取っておきながら、固い表情でお通夜のように黙りこくる二人に、オールマイトはそっとため息をついた。
競争心、苦手意識、憧憬、嫉妬―――複雑な思いが積もり重なったまま 二人の間にできた溝は・・・やはり、一朝一夕でどうにかなるものではないようだ。
この重く沈んだ空気を和ますために「しりとりする?」と提案したところで、賛同を得られないどころか、また無視される可能性が高い。
教師として、二人の仲を取り持ってあげたいところだが・・・ここは、下手に口を出さずに、見守ることに徹するしかないだろう。












「あの、さ・・・」

「「!!」」


強子が重々しく口を開くと、緑谷とオールマイトの二人が一斉に反応して、強子を見やった。


「あ、いや、オールマイトじゃなく・・・緑谷くんに話しかけたんですけど、」


何故かオールマイトがものすごく期待に満ちた顔で強子に振り向いたけれど・・・用があるのはオールマイトではなく、緑谷だ。強子が申し訳なさそうにそう告げれば、


「あっ、ウン!そうだよね!ドウゾごゆっくり!!」

「(・・・何でこの人、なんかワクワクしてんだ?)」


俊敏な動作で強子たちから視線を外し、バスの車窓から景色を眺めて口笛を吹き始めたオールマイト。
やけに上機嫌な彼の様子に首を傾げながらも、強子は緑谷へと振り向いて、仕切り直す。


「・・・えっと、その・・・あー、」


緑谷が その大きな瞳を、あまりに真っ直ぐこちらに向けてくるものだから、強子は思わず視線を泳がせ、言葉を詰まらせてしまった。
思えば、これまで彼と1対1で話すことは数える程しか無かったし、互いに目線を合わせて会話することなんて、ほぼ無かった・・・喧嘩腰にガン飛ばしたことはあったけど。
今さら、面と向かって話すとか、腹を割って語り合うとか・・・正直、どうすりゃいいのか わからない。
でも―――言うべきことは言わなくちゃ。
強子はぐっと拳を握ると、固い表情のまま口を開いた。


「あ・・・ありがとう」


一言、ぽつりと口にしてから、強子の顔にじわじわと熱がともっていく。
少し間を空けて、ようやく緑谷がリアクションを返した。


「・・・えっ!?」


まん丸な目で食い入るように強子を見つめ、彼は恐るおそるという様子で強子に確認する。


「な、何のお礼・・・!?」

「(くそっ!察してくれよ、それくらい!!)」


今まで張り合ってきた相手に 素直に感謝を述べるというのは、思っていた以上に悔しいし・・・気恥ずかしいのである。
だというのに、何に対する礼なのか 説明しろと!?
そんなの、ギャグで笑いを得られず、どう面白いのかを解説しなきゃいけない時と同じくらい屈辱的じゃないか!


「〜ッだからぁ!」


さらに顔が赤く火照っていくのを自覚しながら、なかばヤケクソになって強子は吐露する。


「私が、オールマイトに敵わないって言ったとき!私を焚き付けるような事、言ったでしょう!?緑谷くんのあの一言のおかげで、目が覚めたからッ・・・ありがとうって 言ってんの!!」


およそ感謝の気持ちを伝えているとは思えない威勢でまくし立てるが・・・これでも彼女は、心から感謝していた。

―――何やっても敵わない なんて、君が 言うなよ!

あの一言がなければ、強子の臆病風は治らなかった。
あの一言とともに、緑谷に投げ飛ばされてなければ、強子はあの場でオールマイトに敗れていた。


「緑谷くんが・・・私のこと、あんな風に思ってるなんて、知らなかった・・・」


雄英に入ってからの強子といえば、目の前のことだけに必死にすがり・・・ただ、ガムシャラに走ってきた。まったく余裕なんて無い日々。
そんな強子を、緑谷がどのように評価していたかなんて・・・あのとき、初めて知ったのだ。

―――恥も外聞もなく、勝つのを諦めないのが、君じゃないか・・・!!

勝つためなら使えるものは何でも使い、勝利をもぎ取ってきた、と。
強子ひとりの力で敵わなくても、道具に頼ったり、相手の弱点や 相手の個性さえも利用して、勝ってきたのだと。


「その・・・うっ、嬉しかった から」


緑谷にとって、強子は、取るに足らない存在だろうと思っていたのに。
緑谷よりパワーがケタ違いに劣っている強子なんて、眼中にないと思っていたのに。
でも・・・緑谷は、強子を対等に見てくれていた。だからこそ、気迷いごとを言う彼女を叱咤して、焚き付けたんだ。そして、

―――かっちゃんと身能さんの二人がいれば、オールマイトとだって戦えるって・・・そう思えるんだ

強子を仲間として信頼してくれた。
その上、強子を救けてくれて、またと無いチャンスを作って託してくれた。
緑谷のおかげで、強子たちはチームとして戦うことができたのだ。


「・・・ありがと」


もう一度、今度は消え入りそうなほど小さな声で呟けば、緑谷はパカッと口を開いたまま強子を凝視した。
おそらく、プライドの高い彼女が素直に礼を言うなんて夢にも思わなかったのだろう。
だけど、何もそんな、幽霊でも見たような顔で見なくても良いのに・・・。
強子は、彼から向けられる不躾な視線に落ち着きなく、そわそわしながら 髪の毛先を指でくるくると弄る。


「・・・ハッ!?」


フリーズしていた緑谷が肩を揺らし、我にかえった。かと思えば、強子に向けて慌てて言葉を返す。


「そっ、それを言うなら、僕の方こそ!あ、あッ、ありがとう!!!」


赤い顔して、拳を握りしめる彼が、吠えるように礼を告げた。
はたと、強子は彼を見つめて、


「・・・それ、何のお礼?」


ジト目になった彼女が、意趣返しのように問う。
強子だって、感謝の理由を喋らされたんだ。緑谷にも、強子のどの言動に感謝してるのか、たっぷり詳しく語ってもらわないと気がすまない。


「そりゃもうっ、身能さんの存在に!生まれてきてくれた事に感謝してるよ!!」

「はぇ?」


予想だにしなかった回答に、強子の目が点になった。


「アッ!?いや、ちが!今のは 間違い!!そうじゃなくてっ・・・」


顔の前でブンブンと両手を交差させ、緑谷は自分の口走った言葉を否定した。
強子が目をぱちくりとさせていると、緑谷は視線を宙に向けて、慎重に言葉を選び直す。


「その―――演習試験でオールマイトに勝てたのは、身能さんの機転のおかげだよ!ありがとう!!」

「!」


お礼の内容もだが、彼の口から すんなりと感謝の言葉が出てきたことにも驚いた。
強子とは違い、感謝を告げることに何の抵抗もない。悔しも、恥ずかしさも、屈辱も一切感じない 爽やかな表情で、面と向かってありがとうと告げられる。


「あのとき、僕だったら 走って逃げ切ることを考えただろうけど、オールマイトにハンドカフスを掛けるなんて思い切った策に出て ビックリしたよ!いつだって勝利に執着してきた身能さんだから あの発想が出来たんだ。おそらくこの試験、脱出するより ハンドカフスで勝つ方が好成績のはずだし、逃げるよりもずっと良い判断だったと思う!身能さん、本当にありがとう!」

「あ、う、うん・・・」


あまりにストレートに感謝され、また強子の頬が熱くなっていく。
くそう。なんだか強子ばっかり振り回されてるようで、少し悔しい。なぜ彼は気後れせず、こうもポンポンと感謝の言葉を口にできるのだ。これが、人徳の差というやつか・・・?
パワーだけでなく人間性まで、どうにも負けたようで悔しいとは思うけれど・・・強子を褒める緑谷の言葉に、うっかり表情筋が弛みそうになって固く唇を結んだ。


「オールマイトのスピードを出し抜いたのも凄い!というか、オールマイトが口元に手をやったと同時に 身能さんもハンドカフスを同じ位置にやったように見えたけど・・・もしかして“予測”してあの動きを!?となると、やっぱり身能さんの幅広い知識からの分析と予測、それに 迷いのない判断力は、驚異的だ!予備知識のないヴィラン相手にも遅れをとらないぞ!」


試験での奮闘を思い出し、顔を輝かせて楽しそうに語っていたかと思えば、いつの間にやら緑谷はノートを取り出しており(どこから取り出したのか 強子にはわからなかった)勢いよく何やら書き込んでいく。

その様子は、まるで・・・かつて原作で見ていた“ヒーローに憧れる少年”そのもの。
そうだった―――緑谷という奴は、極度のヒーローオタクで、ぶつぶつ言いながら、ヒーローたちの情報をノートに書き綴る奴だった。
周りなんか見えてない様子で、血走った目でノートに書きなぐりながら、小声で呟くそれは、呪いでも唱えているかのよう。


「・・・ぷはっ」


堪えきれず、強子は吹き出していた。
これまで彼と距離を置いていた強子は、そのナード感あふれる姿を初めて目の当たりにしたが・・・実物を間近で見ると、思いのほか 狂気じみた奇行であった。
こりゃ、無個性じゃなくても、緑谷はイジメの対象にされるな なんて失礼なことを思う。
フィクションではなく、現実に。強子の目の前にいる緑谷は あまりに異様で面白くて、肩が揺れるほどに笑えてくる。
笑うと同時、すとんと肩の力も抜け、強子は軽い口調で言葉を紡ぐ。


「私のことを持ち上げてくれるのは嬉しいけどさ、」


緑谷は、少し認識を誤っている。


「あの試験で勝てたのは、爆豪くんと緑谷くんのおかげだよ。二人があそこまでお膳立てしてくれたから 私が役立てられたってだけ。序盤から勝ち筋を築き上げたのは二人なのに・・・終盤で良いとこ取りしちゃって ごめんね」


勝つために必要なものは、全て 二人が用意してくれた。強子は、二人が全てを整えてくれた終盤まで、何ひとつ活躍できなかった。
改めて演習試験を振りかえると、強子にはまだまだ反省点、改善点が山ほどあると 痛感する。


「何 言ってるんだよ!!」

「!」

「身能さんがいたからチームとして戦えたんだ!君がいなきゃ、勝てなかったよ!」


そっちこそ、何を言ってるんだか。


「私がいなくても、二人はクリア出来てたよ」


実際、原作では、強子なしの二人でクリア出来ていた。


「爆豪くんの知略と戦闘センスに、あの火力。それに・・・緑谷くんこそ知識が豊富だし、柔軟な思考で分析からの予測が得意だし、パワーも私なんかじゃ到底 及ばないし。なにより、どんな逆境でも諦めない精神力は最強の武器だ・・・二人でもクリアは出来る」

「そっ、そんなわけないよ!かっちゃんと二人でなんて・・・!それに、身能さんはパワーや火力じゃどうにもならないことが出来るじゃないか!索敵能力に、超反射神経・・・背後から迫るオールマイトに気づいて反撃するなんて、そんなの出来る人 見たことないよ!!」

「それを言うなら、あんな切羽つまった戦況でも、自分を顧みず仲間を救けちゃう緑谷くんの行動力のほうが凄いよ!!」

「それこそ、こっちのセリフだよ!身能さんは全体の戦況を常に把握して、怪我で動けないでいると、すかさずフォローしてくれた!」

「緑谷くんなんて!あの超絶気難しい爆豪くんの考えを把握して、次の行動も先読みして、戦況を読んでたじゃない!さすが幼馴染みって感心したよ!」

「身能さんだって、かっちゃんの思考を理解して、かっちゃんを上手く“使ってた”じゃないか!」

「いや、でもっ・・・」


さらに言い返そうと息を吸い込んだところで、ふと我に返る。
―――必死になって、何をやってるんだろうか、私たちは。


「「・・・・・・ぷっ」」


今度は二人、耐えきれず 同時に吹き出した。


「ごめっ、なんか、止まらなくなっちゃった・・・何やってんだろ、僕・・・」

「それ、今 私も同じこと思ってた」


二人してクスクスと笑いながら、視線をかわす。

・・・妙な感覚だ。
長らく微妙な関係を築いていた相手と、こうやって自然に 談笑しあっているなんて。
嫌な感じはしない。むしろ、心の奥底では、ずっとこうする事を望んでいたのかもしれないと感じるほど、心が満ちていく感覚。
こうして緑谷と話してみると・・・自分は、どうして彼に対抗意識ばかりを抱いて彼を避けていたのかと、不思議なくらいだ。


「盛り上がってるとこ悪いんだが、お二人さん―――もう、バスが着いてるんだけど・・・」


にこやかに見つめ合ってた二人は、はっとして顔を引きつらせると、バスがすでに目的地に着いていたことにようやく気付いて、慌てて立ち上がった。


「ご、ごめんなさい!オールマイト!」
「は、早く言ってくださいよ!オールマイト!」


赤い顔してオールマイトに言葉を返す二人の間に・・・もう、互いを敬遠する様子は見受けられない。

共に戦う―――たったそれだけの事だけど・・・強子と緑谷の拗れた関係が解消されるには、十分だった。
もともと、共通点の多い二人。きっかけさえあれば、意気投合して距離を縮めるのは容易いこと。
ありていに言えば・・・オールマイトという共通の敵が現れて二人の仲間意識が格段に高まり、結果、二人の間にあった溝が埋まったのである。
この日を境に、二人が互いを敬遠することは、なくなった。










リカバリーガールに治癒してもらい、グッタリと疲労を感じる身体で簡易ベッドに横たわる。
そんな強子を見て、リカバリーガールは険しい顔をオールマイトに向けた。


「あんた本当 加減を知らないね!身能の足、打撲だけじゃなく、何ヵ所も骨折してたよ!それと捻挫もいくつか・・・」


三人の中で比較的 軽傷だった緑谷が、それを聞いてヒィッと顔を引きつらせ怯えた。
当の本人の強子も、ゾッとして青ざめる。
ヤバそうだとは思っていたけど、そこまでひどい状態とは思わなかった。よくまぁ そんな状態で戦えたなと、自分のことながら驚愕する。
それほどの怪我を一気に治療したとあって、強子の全身をとてつもない倦怠感が襲っていた。


「爆豪の方はしばらく目覚めないだろう。とりあえず 三人とも校舎内のベッドで寝かしておきな。先に試験を終えた轟たちもそっちで休んでもらってる」


それを聞き、緑谷はここのモニターでクラスメイトたちの戦いを見たいと申し出たが、強子にはそんな元気もなく、校舎の方に移動することにした。
とはいえ、強子は疲労のせいで力が入らず、歩くこともままならない。そんなフラつく彼女の体を、オールマイトが 片腕でヒョイと持ち上げた。


「!」


軽々と持ち上げられた強子は、彼の豪腕の上に座るような体勢で抱えられる。
いわゆる、片手抱っこというやつだ。
その高さに、慌てて強子はオールマイトの肩と厚い胸板に、自身の手を置いた。


「(わぁあー!!)」


憧れのヒーローの腕に抱き上げられて、内心で、強子は子供のようにはしゃぐ。
筋骨隆々の彼の腕の中は、安心感が、すごい!
ちらりと緑谷を見ると、彼も羨ましそうに強子を見ている。


「(どうだ、羨ましいだろう!試験でズタボロにやられた甲斐があったぜ!)」


フフン、と得意気な顔をして緑谷を見てしまうのは・・・対抗意識というより、もはや、強子のクセとなっていた。
オールマイトは、もう片方の腕に爆豪を抱えると、リカバリーガールの出張保健所を出て校舎へと向かう。彼に運ばれ揺られながら、強子は、ふと気がつく。

今なら―――オールマイトと二人きりだ。爆豪は意識がないし。
体育祭で表彰台にのぼって彼に言いたかったことを・・・今なら言えるんじゃないか?

私は強いんだ、って。
決して誰かの踏み台になるために存在する人間じゃないんだって。
雄英が強子を合格させたことは、間違ってなかったんだ、って。


「あの、オールマイト・・・」

「どうかしたかい?」


笑顔で振り向いた彼に、強子はグッと唇を噛む。
今こそ、言うんだ!ずっと言いたかったことを!ずっと、気がかりだったことを!!


「私は・・・」


先ほどの演習試験の情景が、強子の脳裏をかすめる。
強子に、爆豪ほどの戦闘力はない。
強子は、緑谷ほど人間できてない。彼みたく、人の心を動かすこともできない。


「私は―――まだ、全然つよくない」


強子の口からは、言おうとしていた事とは違う言葉が出ていた。
だって、強子はちっとも、強くなんかない。強子にはまだ、出来ないことが多すぎるのだ。
演習試験で頑なに逃げようとしてたのだって、“緑谷と爆豪のため”とか押しつけがましいこと言っておきながら・・・本当は、オールマイトと戦うのが怖かったんじゃないか?弱い強子の力じゃ勝てないと 決めつけて・・・。


「・・・けどっ!強くなるから!!」


強子はグッと拳を握る。


「オールマイトが何を思って私を入学させたのか知りませんけど・・・私はこれから、もっともっと強くなるからッ」


―――・・・そっか。それは 残念だ。

憧れの、No.1ヒーローであるオールマイトの落胆した声が フラッシュバックする。
彼に落胆されるなんて、彼に見限られるなんて・・・最っ低な気分だ。
もう、あんなのは こりごりだ。もう、二度と・・・


「オールマイトを、がっかりさせません!!あなたの期待以上に活躍してやりますよ、私は!!」


ずっと言おうと思っていた事とは違う。けれど・・・そう言い切った強子の心は、実に晴れやかだった。
彼が強子に期待することが“緑谷の踏み台になること”だとしても・・・その程度の期待にも応えられないなんて 御免だ。
それなら いっそのこと、緑谷が簡単には登れないほど、高い踏み台になる方がいい。そうそう越えられない 壁のように立ちはだかってやるさ。


「・・・ああ、そうだね」


そう呟いたオールマイトは、どこか感慨深い様子で強子を見ていた。


「―――君は、これから もっと強くなる」


彼から浴びせられた言葉に、強子は息をのんだ。
もっと強くなる―――強がりで言った部分もあったのだけれど、それを あのオールマイトが肯定したのなら・・・それはもう、確定された未来と言っていい。


「入試で君を見た時から、君はオールマイティーに活躍できる 素晴らしいヒーローになると期待していたが・・・そうか、“期待以上に”か。それは 今から楽しみだな!」


HAHAHAと笑う彼に、ポカンとして呆けてしまう。


「オールマイティーに活躍できる、素晴らしいヒーロー・・・?」

「ん?」

「そんなふうに、期待してくれてたんですか・・・?」


にわかには信じがたい言葉で、強子の声は少し掠れていた。


「もちろんだとも!」


曇りのない笑顔で応えたオールマイトに、虚をつかれる。
彼は、“隠し事はしても 嘘はつかない”と、そういう信条があったはず。彼の言葉は嘘ではないのだろう。


「いやぁ、けど、オールマイティっつっても・・・」


今でこそ 強子の個性は、動体視力や五感を強化できるようになり、多方面に秀でて“オールマイティー”と言えなくもないが・・・入試時点では、ただのパワー増強型に過ぎなかった。そんなの、オールマイティーとは言い難い。
納得いかない様子の強子に、オールマイトは少し考える仕草をしてから、口を開いた。


「―――身能少女の個性“身体強化”は、筋力の強化だけでなく、五感覚の強化なんかも出来るだろうと・・・先生方は皆、入試の時点で見越していたよ」

「・・・んぇえ!?」


ぎょっと目を剥いて、強子が固まった。


「あえて私に似せて個性を使っているフシはあったが・・・君の個性の伸びしろを考えれば“将来有望”だと、雄英はそういう観点から判断して、君を補欠合格としたのさ」


そんな、馬鹿な・・・!
強子本人が つい最近まで気づいてなかった個性の使い方を、入試の時点で、すでに教師陣は見抜いていただと!?
そうとは露知らず、ひたすらパワーのごり押しのみで戦おうとしてきた自分が、恥ずかしい。


「ん?あれ・・・?そうなると、」


・・・おかしい。
以前、相澤に言われたことを思い出す。
彼は オールマイトが強子の入学を推したことについて、こう推測していた。

―――おそらくだが、お前と緑谷をぶつけて互いを成長させようとしてるんじゃないか?個性が競合する者どうしだと、自然と互いに競いあい、互いの成長を増長させる。あの人はそれをねらってるのかもしれん。どうにもあの人は緑谷を気にかけてるようだしな

教師たちは“皆”、強子と緑谷の個性がダダかぶりじゃないと気づいていたということは、相澤も気づいていたということだ。
それなのに、なぜ彼はあんなことを言ったのか。一つ、考えられるのは―――


「(合理的 虚偽っ!?やられた!!)」


わざわざ強子の競争心を煽るようなことを言ったのは・・・“負けず嫌い”な強子が、負けたくないがために努力するよう、仕向けたのだ。
そして、まんまと強子は、緑谷に負けないようにと意地を張り続けていたわけだ。


「じゃあ・・・オールマイトが、私を入学できるよう推薦して下さったのは、どうしてですか?」


当然の疑問を投げかける。
個性が競合する緑谷と張り合わせるためでも、緑谷の踏み台にするためでもないのなら・・・なぜ、強子を雄英に入れてくれた?
オールマイトは強子から目を逸らし、進行方向を遠い目で見ながら、口を開いた。


「―――きっと君は、生まれた時から周りの子らより ずっと恵まれていた」


ゆったりとした口調で語られるそれに、強子は聞き入った。


「成長するに伴い、他の子たちが挫折や苦悩を味わっていく中でも、君は常に強者であり、恵まれた環境に慣れ、慢心していた・・・それが、あの入試の結果にあらわれたんだろう」


そうだ。
これまでずっと、強子はおごっていた。天狗になっていた。自分が最強だなんて、自惚れていた。


「でも・・・君はその入試で、人生初の挫折を味わった!かつてない苦難を味わった!そびえ立つ高い壁に、どん詰まりまで追いやられた!」


そうだ。
あの悪夢のような入試で、爆豪という強者によって現実を叩きつけられた。
あのときから、人生は、そう 思うままにならないのだと知った。


「それなら!君は!そこからどう這い上がるのか、どれほどの成長を遂げるのか―――私は、それが見たくなったのさ!どん底を知った者は、それだけ強くなるからな。だから、君を“欲しい”と思い、校長に掛け合った!」


そうだったのか・・・!
オールマイトがそんなことを思い、強子を推薦しただなんて、いったい誰が想像できただろう。
ぽかんと口を半開きにしたまま放心する強子に、オールマイトはさらに予想外の言葉を続けた。


「やはり、私の判断は間違ってなかったよ!」


そう言って笑うオールマイトは、どことなく嬉しそうに見える。


「君は、どん詰まりから 堅実に這い上がってきた!実に雄英生らしく、目の前の壁を幾度と乗り越えてね!さすがは私の“秘蔵っ子”と言ったところか」


コホッと小さく咳をしたかと思うと、僅かに片眉を上げ、不敵な笑みを見せたオールマイト。


「“容赦なく”、“相手のケガをいとわずに”―――相澤くんからの指摘を省みた 最後の一撃は効いたぞ・・・!」

「すっ、すいません!!」


でも、相澤ならば、「痛いところは突いていけ」と言うだろう。


「パンチ1つとっても、入学当初と比べ ずいぶんとパワーが増している。身体が鍛えられてきたのもあるが・・・職場体験先で 身体の使い方を教わったんだろう」


ファットガム事務所では、戦闘時の身体の使い方をいくつか教えてもらった。たかだか一週間では、付け焼き刃みたいなものかもしれないけど。


「そうやって、教師やプロヒーローたちから学んだことを真摯に吸収し、ときに級友たちと衝突しながら・・・幾度も君は 君の限界を超えてきた。だから、今の君がある。まったく、私も驚くほどの成長ぶりだよ!」


オールマイトの言葉に、雄英に入学してからの ままならない日々を思い返し、強子の目頭が熱くなる。
人前で泣くなんてカッコ悪い姿は見せたくないので、涙がこぼれないよう堪える強子だったが・・・オールマイトからとどめの一言をもらい、ついに堪えきれなかった。


「―――身能少女、君は、雄英の誇りだ」












校舎内の保健室には二人の先客がおり、強子たちが保健室に入ると同時に振り向いた。
途端に、二人のうちの一人はヒッと息をのみ、口元を両手で押さえて顔を青ざめさせた。


「ッ強子さん!!?」


思わずといった様子で強子の名を口にしたのは、八百万だ。
彼女の視線は、包帯でぐるぐる巻きにされた強子の足に向けられている。
その強子を抱えるオールマイトを見てから、もう一方の腕で抱えられた 意識のない爆豪へと視線を移し・・・八百万は、青い顔をくしゃりと歪めた。


「・・・・・・いくらなんでも、やりすぎでは?」

「えっ!」


ドン引きした表情で、軽蔑するような目を向けられたオールマイトが、慌てて弁明する。


「こ、これは!試験として、教師側も気合い入れてのぞむ必要があったからでっ・・・まあ、ちょっと加減できてなかったとこもあるけど・・・」

「オールマイト・・・」


次いで、低い声を発したのは、轟だ。
オールマイトに向ける彼の表情は冷たく、初期ろき君(強子と親しくなる前のガンギマリ状態)を思い出させ、強子までもがギクリとして身構えた。


「身能を・・・・・・泣かせたんですか?」

「「えっ!」」


ちらりと轟が視線を向けたのは、赤く充血した強子の眼だ。彼女の頬には、涙のあとも残っている。


「いや、これは、違うからね!?あれ?違わないのか・・・?ちょっ、身能少女!君からも説明して!」

「そっ、そうですね!これは・・・えーと、喜び!そう!勝利に酔う 喜びの涙だから!心配いらないよ!」

「・・・そうか」

「それに足のケガも、見た目ほど大したことないの!オールマイトに運んでもらう必要もなかったけど、なんというか・・・役得ってやつで!」

「・・・そう、ですか(・・・役得?)」


うんうんと頷いて聞いていたオールマイトが、小声で「致命的な攻撃を受けたのは むしろ私の方だし・・・」と呟いたのは、聞こえないふりをしておこう。
二人とも、とりあえず強子の言い分に納得したようだが・・・轟が、すたすたとオールマイトの前に歩み寄り、すっと両手を差し出した。


「?」

「そいつ、預かります」

「・・・あ、うん。じゃあ お願いしようかな」


何故か、強子の身体がオールマイトから轟へと、聖火の如く引き継がれる。何故だ。


「(・・・わざわざ抱えて運ぶほどの距離でもないのに)」


最近の轟は、かのA組クラス委員長にも負けず劣らず、強子に過保護だ。
初めこそ二人の仲は険悪だったが・・・今となっては、彼ほど強子を思いやり、尊重してくれる友人は他にいないとさえ思う。八百万と離れていた期間も、ずっと強子を支えてくれたのは轟だ。
この頃は強子も、轟に世話をやかれることにすっかり抵抗がなくなっていたこともあり、いつぞやのようにお姫様抱っこされ 大人しく保健室のベッドまで運ばれた。


「それじゃあ皆、しっかり休むんだよ!」


オールマイトは爆豪をベッドに横たわらせ、用は済んだとばかりにそそくさと保健室から出ていった。
先ほどの演習試験とはうって変わり、なんとも軟弱な態度だが・・・彼の気持ちもよく解る。
八百万はやけに思い詰めた様子だし、轟はいつも通り無表情で 何を考えてるか読めない―――簡単に言うと、保健室の空気が重いのだ。息がつまりそうである。
沈黙に包まれる保健室で、居心地悪く息を潜めていると、


「・・・八百万、」


沈黙を破ったのは轟だ。
轟に諭すような声で呼ばれ、八百万は小さく肩を揺らす。そして、視線を彷徨わせた後、覚悟を決めた様子で・・・彼女は強子へと振り向いた。


「―――私・・・自分に、自信が持てなかったんです」


伏し目がちの彼女が、弱々しい声で語りだす。


「実技演習となると、情けないことに、まったく活躍できないまま 負けてばかり。どんなに知識があっても、座学が出来ても・・・実戦では何の役にも立てられず、悔しい思いばかりしてきましたわ。けれど・・・あなたは違いました」


しばらく絶縁していた彼女からの言葉に、強子は静かに耳を傾ける。


「あなたは、実技演習でこそ 実力を発揮されていて・・・羨ましかったんです。私はあなたに嫉妬し・・・憧れていたんです。“挑戦する”などと啖呵を切ったところで、それも所詮、あなたを真似ていただけに過ぎないのでしょう・・・」

「私を・・・?」

「ええ。どうやら、いつも好戦的なあなたに、感化されていたみたいですわ。似合わないことをいたしました・・・」


そう言って自嘲的な笑みを浮かべる八百万は、柄にもないことをしたせいか、やや疲れた様子である。


「けれど・・・先ほどの演習試験で、少しだけ、自信を取り戻せた気がするんです!轟さんと話す中で・・・私には、私なりの“強み”があるのだと気づきました。きっと、本当は・・・他者を妬む前に、自分自身を見つめることから始めるべきでしたわ」


それは、もっともな話だ。
強子も、緑谷をずっと妬んでいた。パワーで劣るという一面だけを見て、勝手に劣等感に苛まれていた。
けれど、彼を妬む前に、強子が自分自身を見つめ、自分の個性としっかり向き合っていれば・・・自分にはパワー以外にも“強み”があるのだと、もっと早く気づけていたかもしれない。


「それで、ですね・・・ええと、ですね・・・」


彼女はお腹の前で両手をぎゅっと握り、気もそぞろに指先を弄っている。ちらちらと強子の顔を見ているが、なかなか続きを切り出さない。


「(ああ・・・懐かしいなぁ)」


八百万と親しくなった時のことを思い出し、強子の顔が綻んだ。
あの時も、彼女はですねですねと繰り返して、なかなか話を切り出さなかったっけ。あの時から、強子と八百万は―――最高の友だちなんだ。


「その・・・っごめんなさ「うん、いいよ!」・・・え?」


八百万が言い終わるより先に答えた彼女は、のほほんとした笑みを八百万に向けている。
ぱちぱちと瞬いて、八百万が戸惑いがちに強子へと確認する。


「身勝手なことを言って あなたを振り回したというのに・・・ゆるして、くださるのですか?」

「もちろん!」

「お、怒ってないのですか?」

「うん、全然!」

「では、私のことを、嫌いに・・・」

「なるわけないよ!」


不安げに問う彼女に笑顔で即答しきると、彼女は泣き出しそうな顔になり、声を張り上げた。


「わ、私・・・強子さんに酷いことを言いましたわ!あなたは向き不向きなんてもの“容易く”克服してしまうだなんて・・・!あなたがどれほど辛い思いを耐え、どんなに努力してきたか・・・傍で見てきたはずなのに。とても、失礼な事を言ってしまいました」

「百ちゃん・・・」

「それに、あなたが泣いていたと轟さんから聞きました!強子さんを泣かせるなんて、私っ、自分が許せませんわ!!」


何の話だっけと逡巡するが・・・おそらく、八百万宅での勉強会に参加できず、轟に気遣われ、その惨めさに涙した時のことだろう。


「確かに、百ちゃんと距離を置いてた期間は寂しかったけど・・・」


だからといって、彼女を“怒る”とか“嫌う”なんてことはない。


「私ね、実は・・・嬉しかったんだよ。私に“挑戦する”って言ってくれて」

「え?」

「私の実力を認めてくれたってことでしょ?だから私に挑んだんだよね。だったら、これで ようやく、百ちゃんと対等な関係になれたって気がする」


だって、強子の方なら、入学してからずっと八百万に挑戦してきた。補欠の強子は、推薦生の彼女に勝ちたくて、何度も挑んだ。
八百万もそうならば・・・二人の関係は対等。やっと肩を並べて歩けるってもんだ。
強子が破顔して八百万を見ると、


「・・・っ強子さん!!」

「ぐふっ!?」


腹部に思いっきりタックルを食らい、ベッドの上に倒れ込んだ。
その強子の上に乗っかるように、お腹に抱き着いた八百万は、ぐりぐりと顔をこすりつけてくる。


「私・・・もう、強子さん無しでは生きられませんわっ!」

「え!!?」


なぜそんな、恋人に依存しきったバカップルみたいなセリフを!?
思わず、強子の思考が停止する。
そんな強子を、八百万は潤んだ瞳で拗ねたように見つめた。


「強子さんは、そうは思わないのでしょうね・・・・・・拳藤さんと親しいようですし」

「え!?・・・拳藤さん?」

「私と距離を置いていた時だって、あなたは拳藤さんと随分と楽しそうに話してましたもの・・・私なんていなくとも、強子さんは痛くも痒くもないでしょう」


ああ、なんだ。これはつまり・・・


「ヤキモチ?可愛いねぇ、百ちゃんは」

「なっ・・・!?」


恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女が可愛くて、強子はヘラヘラと笑みを浮かべる。
それにしても、ヤキモチをやく相手がまさかの拳藤とは。彼女と強子はたいして仲良くもないのだから、無用な心配である。


「そんな心配しなくても、百ちゃんは・・・私の大切な、最高の友だちだよ。私だって、百ちゃんがいない生活なんかイヤに決まってる!百ちゃんの代わりなんて、この世のどこにもいないんだから・・・」

「強子さん・・・!」


感動に声を震わせると、八百万は再び顔を強子のお腹にうずめた。その頭をポンポンと撫でながら、ほっと肩の力を抜いて安堵する。
なんやかんやあったが・・・これで無事に、二人の仲は元通りだ。
強子は、自分のお腹の上でグスグスと鼻をすすっている八百万から、保健室の隅で静かに立つ轟へと視線を移す。
カチリと視線が合わさって、強子はにこりと微笑んだ。


「ありがとね、轟くん」


八百万との仲を元通りにできたのは、轟という 陰の立役者の活躍が大きい。
なんせ、彼女に自信を取り戻させたのも、強子と和解するよう彼女を促したのも、彼なのだから。
入学当初とはうって変わって、ずいぶんと友達思いになったものだと感慨深い。


「・・・ちょっと過保護すぎる気もするけど」


強子の泣きはらした顔を見て、オールマイトに食って掛かるのはさすがにどうかと思う。


「そうか?普通だろ」

「いや、轟くん、基準 おかしい・・・」

「大事な友だちなら、そいつの幸せを願って、そいつにとって最善と思えることをするだろ、普通」

「!」


轟の「普通」の基準は、自分が作り上げたものだと気づき、強子は閉口した。
先のセリフは、以前、自分がエンデヴァーに向かって言い放ったものである。
いかんせん 友だち付き合いの経験が少ない、轟だ。数少ない友人の一人である強子の言うことを愚直に信用し、それを体現しているのだろう。
だからこそ、ここまで強子に親身になってくれているのだ。


「まったく・・・最高だよ」


八百万も。轟も。
自分は最高の友人に恵まれたものだと、改めて嬉しく思う。
そして、緑谷とも新たな交友関係を築ける予感に、強子は口元に笑みを浮かべたまま目蓋を閉じて、保健室のベッドにそっと身を沈めた。










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3秒後には、すーすー寝息を立てて眠ってる夢主。
色々と大変でしたが、彼女の悩みの種がいくつも解決できたので、安らかに眠れることでしょう。

今回は、仲直り回。
ちょっと自信を取り戻したくらいで復縁希望するチョロい八百万。八百万の話もほどほどに早く元サヤに戻ろうとする、チョロすぎる夢主。
二人の仲直りを見守り、ほっと肩を撫で下ろす良い人―――轟くん。
八百万も轟も、けっこう夢主の影響を受けてます。
彼らの話をもっと掘り下げて書きたかったのですが、長くなるので割愛しました。
あくまでメインは緑谷との和解(喧嘩してたわけじゃないけど)と、オールマイトとの和解(一方的に誤解してただけだけど)ですので。
こちらは夢主が長らく引きずってきた悩みですので、前期終了とともに解決できて良かった!


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