友人 ※飯田視点+α

兄を再起不能に陥れた、ヒーロー殺し“ステイン”―――奴に復讐するため、ようやく見つけ出したというのに。


「じゃあな、正しき社会への 供物」


ステインに斬られてから、体の自由を奪われて身動き一つとれない飯田は、悔しげに顔を歪めた。


「黙れ・・・・・・黙れ!!」


幼い頃から憧れていた兄の笑顔が、脳裏に浮かぶ。


天哉が憧れるっつーことは、俺、すげえヒーローなのかもな!ハハ―――


なお一層、こみ上げてくる怒りの感情。その感情が昂るあまり、飯田の視界が滲んでいく。


「何を言ったって、お前はっ・・・兄を傷つけた犯罪者だ!!!」


なすすべなく、ステインの持つ刃が 自身の体に突き立てたられる―――瞬間、ステインの横っ面に、凄まじい勢いで拳が入った。


「!?」


予想外の人物の登場に、緊迫した状況にもかかわらず、ぽかんと呆けてしまう。


「緑谷・・・くん・・・!?」

「救けに来たよ、飯田くん!!」

「(こいつ・・・死柄木の持っていた写真の・・・!)」


緑谷の姿を見て、ステインが僅かに驚いた様子を見せたが、緑谷も飯田も、その変化に気付けるほどの余裕はない。
緑谷はヒーロー殺しの個性を推測して、どうやってこの場を切り抜けるかを算段している。
そんな彼に向けて、険しい表情の飯田が口を開いた。


「緑谷くん、手を・・・出すな。君は 関係ないだろ!!」


吐き捨てるように緑谷へ告げて拒絶しても、彼の中に退がるなんて選択肢はないようで、飯田の前に立ってステインと対峙する。
彼は、“インゲニウム”とは無関係なのに。
彼とて、ステインに恐怖を覚えているだろうに。
それでも彼が、奴に立ち向かうのは・・・


「オールマイトが言ってたんだ―――余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって」


そう言って、戦う意思を見せる緑谷に・・・ステインは恍惚とした笑みを浮かべた。
緑谷は、一気にステインの懐に潜りこんで、奴の斬撃をかわしつつ、再びステインに向けて拳をふりぬいた。


「(何だ、あの動きは!まるで、爆豪くんのような・・・いや、あれは・・・)」


その卓越した動きは、これまでの緑谷とは一線を画していた。
素早くかつ大胆な攻撃は爆豪を思わせる、が・・・しかし一方で、その小回りというか、無駄のない効率的な動きは、身能の戦闘スタイルを彷彿とさせるものだった。
けれど、その動きをもってしても、ステインの刃が緑谷にカスっていたらしい。彼の身動きも封じられた。
どう足掻こうとも、やはり身動き一つとれない緑谷のもとへ、長物を携えたステインが歩みよる。
近づいてくる死の気配に焦燥する緑谷の傍で、ステインが立ち止まった。
そのままステインが、長物の刃を緑谷に突き立てる―――ことはなく、代わりに、緑谷に向けて一つの問いを投げかける。


「お前・・・身能 強子の知り合いか?」

「「!?」」


飯田も緑谷も、思ってもみなかったその問いに瞠目する。
何故、こいつが彼女の名を知っている?
何故、こいつが彼女のことを気にかける?
何故、緑谷と知り合いかなんてことを確認する?
思考を巡らし、どう答えるべきかと逡巡する間に、ステインは二人の反応から、察しがついたらしい。


「―――口先だけの人間は いくらでもいるが・・・おまえは、生かす価値がある・・・」


そう言うと、緑谷の傍らを通りすぎていくステイン。
明らかに“生かされた”ことに驚き、緑谷が目を見開く。そんな彼をしり目に、ステインはさらに言葉を続けた。


「伝えろ―――身能 強子は、命を狙われている」

「えっ・・・!?」


こうして緑谷は、生かされると同時に、犯罪者からクラスメイトへの“言伝”を託されたのだった。

その後、緑谷のSOSに気づいた轟も駆けつけ、二人の友人に守られながら、飯田は、己の“過ち”をようやく理解する。
私欲を満たすため、保護管理者のプロヒーローの言葉に背き、兄の名を語ってヒーロー殺しに報復しようなどと考えた―――その結果、友に守られ、友に血を流させて・・・。本来であれば、ヒーロー殺しに傷つけられた人の救助を優先すべきだったのに、そんなもの飯田の目には入ってこなかった。
入試の時から、何も変わっちゃいない。目の前のことだけ、自分の事だけしか見れちゃいなかったのだ。
己が未熟者であったのだと、痛感する。


「おまえは私欲を優先させる贋物にしかならない!“英雄(ヒーロー)”を歪ませる 社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」


ヒーロー殺しの言葉。時代錯誤の原理主義だと、轟は言うけれど、


「言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など・・・ない」


悔しい・・・
苦しい・・・
情けない・・・
後ろめたい・・・
みっともない・・・
歯がゆい・・・
腹立たしい・・・

あらゆる感情がごちゃ混ぜに押し寄せる中、自分自身の未熟さに 辟易とする。
自分は、緑谷や轟の足元にも及ばない。


「それでも・・・」


飯田は、知っている。
どんなに苦悩を味わおうと、どれだけ屈辱を覚えようと・・・決してあきらめずに立ち向かう人を知っている。
自身の力量不足に対する絶望や、目の前の高い壁に対する挫折に、何度でもあらがう その人物を知っている。


―――身能 強子の知り合いか?


そうだ、俺は、彼女を知っている。
己の過ちを慎ましく反省し、他者からの指摘を素直に受け入れ―――前に進む足を絶対に止めない、身能 強子という人を知っている。
何があろうと折れない彼女を見ていて、思う。
人は、間違ったっていいんだ、と。命あるかぎりは、何度だって挑戦できるのだから。
自分があきらめさえしなければ、自分が折れさえしなければ・・・その先の道が開けるんだ。
だから、俺は・・・


「折れるわけには いかない・・・」


決意のともった瞳で、ヒーロー殺しを真正面から見据えた。
今の飯田の視界は・・・先程までよりもずっとクリアで、ずっと多くのものが見えている。


「俺が折れれば、“インゲニウム”は死んでしまう!」


飯田の知っている“インゲニウム”は―――飯田が ずっと見てきた“インゲニウム”は・・・決して折れないんだッ!





翌日、警察の人から厳重注意を受けた三人。
ヒーロー殺しの逮捕に関して、三人の功績をエンデヴァーに譲渡する形でおさめ、三人の頑張りは 公には無かった事となった。
本来 三人が受けたかもしれない称賛もエンデヴァーのものになるが・・・おかげで、三人への表立った処罰も 免除されることになる。
それを聞いて安堵すると同時、どこか、もやもやとした思いだけが残った。
けれど、医師から聞いた診察結果から、ヒーロー殺しの攻撃を受けた左手に後遺症が残ると知り―――ああ、そうかと、腑に落ちた。


「奴は憎いが・・・奴の言葉は事実だった」


それゆえに、きっと、自分は戒めを欲していたのだ。
己の過ちを忘れないように。もう二度と過ちを繰り返さないために。何か、形に残したかったのだろう。


「だから、俺が本当のヒーローになれるまで、この左手は残そうと思う」


手術をすれば治る可能性もあるとのことだったが、未熟な自分を卒業できるまで、この左手の後遺症を“戒め”として残そう。
飯田の決意を聞き、「一緒に強くなろう」と言って隣に立った緑谷に、自分をハンドクラッシャー的存在だとか言って 謝罪してきた轟。
―――改めて、いい友人たちに恵まれたと実感しながら、飯田は久しぶりに、声をあげて笑ったのだった。


「―――お、わりィ・・・電話だ」


そう言って病室から出ていく轟を なんの気なしに見送っていると、彼が通話ボタンを押すと同時に、顔を歪めて電話口を耳から数十センチほど遠ざけた。どうやら、通話相手の声が大きかったようだ。
病室のドアを閉めながら廊下に出ていく轟が、呆れたような声で相手に返す言葉が、飯田たちの耳に聞こえてくる。


「身能・・・もう少し、声量をおさえられねぇか」

「「!」」


身能―――その名を聞いて、ハッとした飯田と緑谷が顔を見合わせる。


―――身能 強子は、命を狙われている


弾かれたように病室のベッドを飛び出すと、廊下で彼女と通話している轟へと詰め寄った。


「あ、おいっ、飯・・・」


飯田の突然の行動に驚いている轟に構わず、彼から電話を奪いとって声を張り上げる。


「身能くんっ!無事なのか!!?」


ヒーロー殺しからの殺意を向けられた瞬間の あの恐怖を思い出し、じわりと嫌な汗をかきながら問う。
しかし、彼女からの返答がなかなか得られず、飯田は焦った。
自分たちがヒーロー殺しと遭遇している間に、彼女も恐ろしいヴィランと対敵していたのではないか!?
あれでいて彼女は、ヴィランに対する恐怖心が人一倍 強いのだ・・・もしかすると、職場体験中にも、怖い思いをしたかもしれない。


「聞いているのか身能くん!聞いていたら返事をしたまえっ!」


言いながら気づく。
そういえば、彼女の職場体験先がどこかも、自分は知らない。自分の信頼する大事な友人が 今どこにいるかすら、自分は知らないのだ。
いったい、どれだけ自分の視野は狭まっていたのだろうかと、内心で呆れてしまう。


「君は、何事もないのか!?大丈夫なんだろうな!?」

『いや、おかしくね!?』


電話口から聞こえた彼女の声は思いのほか元気そうなもので、思わず気抜けする。


『立場、逆だよね!私の方は無事に決まってるよ!ヒーロー殺しと遭遇した飯田くんに心配されるって、可笑しいでしょう!』

「む・・・!そうか、無事ならそれでいいんだ・・・」


無事なら、何よりである。ほっとして肩の力を抜いた。
まあ普通に考えれば、職場体験で危険な目にあうわけがない。雄英生をスカウトして預かっている身の保護管理者たちは、できるかぎり、学生に危ない事はさせまいとするだろう。
それにしても―――ヒーロー殺しからの“言伝”は、今ここで彼女に伝えるべきだろうかと思い悩む。
彼女の身に危険が迫っているというのなら、早急に伝えるべきだろうが・・・ヒーロー殺しはすでに逮捕されたのだ。職場体験中の彼女に、今さら余計な不安を与えるのは酷ではないだろうか。
飯田が悩んでいると、身能がひとつため息をこぼしてから『でも、』と続けた。


『飯田くんが、飯田くんらしく戻って良かったよ!』

「・・・それは、」


言葉の真意をはかりかねて、言いよどんでいると・・・


『まわり、全然見えてなかったもんねぇ!こう、ガーッとなっちゃってさ!』


飯田は、表情を固くさせる。
それはまさしく・・・ヒーロー殺しに一矢報いようと躍起になって、自分の事だけしか見えず、誰の言葉も入らなかった飯田のことを指していた。
自分自身だって、今になってようやく自覚したことなのに、身能からあまりに的確にそれを指摘され、言葉を失う。
彼女に、ここまで自分という人間を分析されているとは思わなかったのだ。


「そうだな・・・」


呆れたような、吹っ切れたような、そんな笑いまじりのため息とともに、飯田は身能の言葉に相槌を返す。

―――飯田と身能は 一見すると、飯田が一方的に身能の面倒を見ているような、そんな関係性に思える。クラス委員長が、手のかかる問題児に世話をやいていると・・・A組の誰もが、そう認識していた。
けれど、実際には・・・飯田と身能の関係性は、そんな一方的なものではない。
良くも悪くも 猪突猛進な彼女の言動から、飯田が学ぶことも多い。
何より 彼女の言動に、いつだって飯田は勇気づけられてきた。底辺から這い上がろうと、必死にもがく彼女を見れば、自分もまだまだ頑張ろうと思えるのだ。


「・・・俺は、いい友人をもった」


それは例えば・・・電話を奪われて、飯田を不機嫌そうに睨む轟だったり。身能と会話する飯田を、血走った目で羨ましそうに見てくる緑谷だったり。
それから、少し自尊心が強いけど・・・だからこそ、A組の誰よりも頑張り屋な彼女。
彼らのおかげで、気づけなかったことに 気がつけた。見えなかったものも 見えるようになったのだ。

轟に謝罪するとともに電話を返すと、彼が身能と通話している間に、緑谷とこそこそと話し合う。


「ヒーロー殺しの言ってたこと、身能さんに言わなかったの?」

「・・・ああ。やはり、すぐにでも伝えるべきだろうか・・・」

「うーん・・・とりあえず、警察の人に伝えて相談してみようか・・・?」


ヒーロー殺しを倒した経緯については事情聴取の際に伝えていたが、託された“言伝”のことは、うっかり伝え漏れていた。
だが―――正直いって、自分たちの手には余る事案である。
緑谷の提案の通り、まずは警察に話そうと決めたところで、通話を終えた轟が病室に戻ってきた。


「?・・・どうかしたのか、轟くん」


戻ってきた轟が どうにも浮かない表情をしていたので訊ねれば、彼は悩ましげにため息をこぼした。


「・・・いや、今さら言ったってどうしようもねぇ事なんだが、」


手に持っているスマホを見つめる轟は、そう前置きしてからぼそぼそと答えた。


「―――身能も、エンデヴァー事務所で職場体験してたら・・・今よりもう少し、職場体験がマシになってたんじゃねぇかと思って」


飯田も緑谷も、キョトンと轟を見やる。


「クソ親父の実力を知るいい機会だろうと あいつの事務所を選んで、あいつがNo.2と言われるだけのモンを持ってるってのは、まぁ、理解したが・・・それでも、俺はあのクズを見てると苛ついてしょうがねぇ」


僅かに眉間にしわを寄せた轟から、父親に対する嫌悪感が、伝わってくる。
・・・彼の家庭も、いろいろと複雑なようだ。


「そういう時に身能がいれば、身能と話すことで少しは発散できるっつーか・・・身能と一緒なら、クソ親父への苛立ちなんかも忘れられる気がすんだよ」


表情の変化が乏しい轟だが、それでも、彼の身能に対する信頼が伝わってくる。
そういえば最近、二人が一緒に下校することが多くなったという話を聞いた気もするし・・・もしかしたら普段から、身能には父親の愚痴をこぼしたり、相談したりしてたのかもしれない。


「それにしても、君の口からそんな言葉が出るとは、意外だな・・・」


体育祭までは、彼らの関係は“険悪”と呼ぶにふさわしいものだった。それが今となっては、轟は身能に、全幅の信頼を寄せているではないか。
この変わりようは、以前の轟を知っている者にとっては信じがたいものだろう。


「そうか?身能といると、いつも予想外の何かしらが起きて こっちまで振り回されるからな・・・まず間違いなく 退屈はしねぇ。たぶん、親父なんかに苛立ってるヒマもないくらい、目まぐるしい一週間になるんだろうな」


以前までの轟なら、身能から無邪気に「楽しいよね!」と振られても、「楽しくねーよ」と冷たくあしらっていたのに―――今、彼女のことを語る彼は、こんなにも楽しそうで、イキイキとした笑みを携えている。
飯田がまわりを見ていなかった間に、ずいぶんと変わったものだと、改めて驚かされる。その上さらに、


「久しぶりに身能の声を聞いたが・・・あいつ、職場体験がすごく充実してるとか やけに楽しそうに話してて・・・・・・俺も身能と同じ職場体験先だったら、とか考えちまった」


不機嫌そう――というより、拗ねたような様子で、スマホを睨みつけた轟。
彼らしくない素振りを目の当たりにして、飯田だけでなく緑谷さえも面食らっており、二人して顔を見合わせた。
その素振りもだが、言ってる内容も彼らしくない。
入学当初は、「馴れ合いのために雄英にいるわけじゃない」とか言ってたのに。
仲良くするのも、「必要最低限にしてくれ」とか言ってたのに。
もはや、身能に対しては、必要以上の慣れ合いを自ら求めているではないか。
そもそも“久しぶり”と言っても、まだ職場体験が始まってから3日しか経っていないし。
彼の中で、よほど身能という存在が、身近なものになったのだと感心する。


「ま、まぁ・・・職場体験先は、指名がきたところじゃないと選べないから、身能さんと同じ体験先に行くのは難しいよね。轟くんにはファットガムから指名きてなかったんでしょ?」

「ああ」

「だったら・・・「身能はエンデヴァー事務所から指名きてたけどな」


轟の口から出た その身能情報に、緑谷がくわっと目を見開いた。


「ええ!!?そうなの!?」

「親父から聞いた。間違いない」


轟が頷くと同時に、緑谷はさっと目に留まらぬ速さでノートを取り出し(どこから取り出したのか 飯田にはわからなかった)ブツブツ言いながら、勢いよくノートに何かを書き込んでいく。


「No.2ヒーローからも指名がきてたなんて・・・!さすがは 身能さん!エンデヴァーは彼女のどこに可能性を見い出したんだろう?いや、それより、どうしてNo.2ヒーローからの指名を蹴ったんだ?ファットガム事務所を選んだ理由は何だろう・・・チャート順位を気にしてない?となると考えられるのは―――」


ああでもない こうでもないと、一人でせわしなく想像を膨らませている緑谷。
こちらの友人と身能の関係は 相変わらず平行線をたどっているようで、飯田はやれやれと首を振った。





身能がヒーロー殺しに狙われていたという情報―――警察に相談してみたところ、身能本人には、職場体験が明けて登校してから伝えることになった。
彼女の職場体験先、保護管理者であるファットガムには警察から伝えたらしいが・・・彼女が職場体験に専念できるようにとの心遣いから、本人にはまだ伝えてないらしい。それに、いざという時には自分が彼女を守るから問題なし!とのファットガムの判断もあったとか。

そういった大人たちの配慮もあって、身能は順風満帆に職場体験を終えたようだ。
何やら大きな事件の解決にも一役買ったらしく、登校してすぐ、瀬呂たちに声をかけられていた。
その様子を、教室後方から見守っていた三人だが、轟がため息まじりに ぽつりとこぼした。


「身能がヒーロー殺しに狙われてたんなら、あいつがエンデヴァー事務所を選ばなくて、正解だったかもな」


彼女がエンデヴァー事務所を選んでいれば、轟と同じく保須市に出向き、ヒーロー殺しと遭遇することになっただろう。
轟の言葉はもっともで、飯田も緑谷も身能を見ながら、固い表情で頷いた。


「―――ッなに、撮っとんだテメェは!!殺されたいんか、アァ!?」


教室前方では、見慣れない きちっとした髪型の爆豪にスマホを向ける彼女へ、怒号がとんでいる。


「・・・かっちゃんにも物怖じせず、嬉々としてぶつかっていくような人だからね。身能さんがあの場にいたら、ヒーロー殺しと正面衝突は避けられなかったんじゃないかな。彼女が逃げるという選択をとるとは思えないし」

「・・・確かに」


緑谷の言葉に至極納得してしまう。
入学当初から喧嘩っ早い性格の彼女のことだし、すぐさま臨戦態勢をとっていたことだろう。
あの晩、彼女がいれば・・・状況はさらに悪かったに違いない。


「なあ、」


轟の低い声に、飯田が思考をとめて彼を見れば、


「アイツら・・・身能と爆豪、距離が近すぎねーか?」


眉間にしわを寄せて、轟は彼らを睨んでいた。
つられて飯田もそちらを見ると・・・身能のスマホを取り合うようにしている二人の距離は、確かに近い。互いの体が触れそうで触れない ギリギリの距離である。本人たちはその近さに気づいていないようだが。
それで何故、轟が不機嫌になるのだろうかと首を傾げていれば、緑谷がハッと肩を揺らして「・・・かっちゃん VS 轟くん!?」などと呟き、緊張をはらんだ顔でごくりと唾をのんだ。
しかし―――以前のマスコミ侵入の際、食堂にいた轟と身能は、互いの体が密接していたと聞いた。それと比較すれば、爆豪と身能の距離感の方がまだ健全ではないだろうか。
それを指摘しようかと口を開いたところで、上鳴が飯田たちに話をふってきた。


「ま、一番変化というか、大変だったのは・・・お前ら三人だな!」

「そうそう、ヒーロー殺し!!」

「命あって何よりだぜ、マジでさ」


気がつけば、轟、緑谷、飯田の三人に、クラス全体の意識が向けられていた。
当然、話題はヒーロー殺しにシフトしていく。それは予期していたこと。
奴の執念にあてられたのだろう、ヒーロー殺しをかっこいいと語る上鳴も、彼に悪気がないことはわかっている。
それでも・・・もちろん良い気分はしないし、上鳴の失言に気づき 飯田を腫れ物のように見てくる視線も居心地が悪い。
飯田が顔を俯きかけたところで、ゴスンと鈍い音が教室に響いた。


「!?」


何ごとかと驚いて顔をあげると、涙目になって頭を抱えている上鳴と、彼に向けて手刀を構えている身能が視界に入った。


「メディアの流した不確かな情報なんかに、まんまと踊らされてんじゃないっつの!何より、ヒーロー志望の人があんな奴を“かっこいい”だなんて言うのは 問題でしょうが」


彼女は仁王立ちになって彼を見下ろしながら、きびきびとした口調で言い放つ。


「執念やら信念やらがあったって、カリスマと誉めそやされてたって・・・ステインの思想も主張も、間違ってる。あいつは結局のところ、自分の見たいものしか見ずに、自分の都合いいように解釈してるだけじゃない・・・!」


そう言って憤る彼女の、嫌悪感が丸出しの様子から確信する。彼女は・・・飯田のためでなく、彼女自身のために怒っているようなのだ。
―――だが、今は、それが逆に嬉しかった。
飯田のため、という気遣いではない。
正義感を振りかざす、パフォーマンスでもない。
ただ純粋に、身能にとって、ヒーロー殺しは相容れない存在なのだろう。対極の考えを持っている奴を、許せないのだ。


「ヒーロー殺しの主張なんかクソくらえだし、あいつが繰り返してきた“粛清”とやらは、絶対に許されない!あいつに、誰かをさばく権利なんかない!!」


彼女が、飯田の感じていたことを言ってくれる。
彼女が、飯田と同じことに対して怒ってくれる。


「(身能くん・・・ありがとう)」


それが自分のためでないとわかっていながらも、心中で彼女に礼を言わずにはいられない。それくらい嬉しくて、それほどに救われているのだ。
やはり、飯田と身能の関係は一方的なものではない。互いに共感し、支えあい、ときに刺激を与えあう――相互的な関係。
そして何より、大切な“友人”だ。


「・・・確かに、信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのも、わかる。ただ―――身能くんも言うように、奴は 信念の果てに“粛清”という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ」


それに、飯田がヒーロー殺しを許せないと思う理由は、他にもある―――


「俺のような者をもうこれ以上 出さぬ為にも!改めてヒーローへの道を歩む!!」


ビシィっと腕を伸ばし、声を張りながら、思う。
我が親しき友人――身能のような立派なヒーローの卵すらも“粛清”しようとしたなんて・・・ヒーロー殺しを許せるわけがない。
彼女にヒーローとしての素質を見いだせないなんて、まったく、見る目がないぞ!

その後、警察も交えて、彼女に命が狙われていたことを伝えれば、「やっぱり」と、あっさりした彼女の反応に舌をまいた。
轟の言うとおり、身能といると予想外の事態に驚いてばかりだ。
さらに驚くことに、彼女はこれまでに何度も、警察から感謝状を頂いているらしいが・・・


「だって・・・目の前に救けを求める人がいたなら、救けられずにはいられませんよ!」


警察の人に面と向かってそう言い張る彼女は、ヒーローとして、とても かっこいい。
かっこいいのだが―――個性の不正使用すら 自分の中で正当化してしまう、彼女の倫理観の危うさに、飯田は強く決心した。
彼女が過ちをおかしそうな時には、友として、俺が止めてやらなくては、と・・・。






























―――時は、少しさかのぼり・・・
まだ、ヒーロー殺し“ステイン”が捕まるより 前のこと。


「なるほどなァ・・・お前たちが雄英襲撃犯・・・」


バーを思わせる室内に、三人の男がつどる。
とはいえ、酒を飲んでいる者は一人もおらず、室内には物々しい空気が漂っていた。
バーカウンター内にいる一人は黒いモヤが服を着たようなナリ。カウンター席に座っている態度のでかい男は、顔面に“手”のようなものを着けていた。


「その一団に 俺も加われと」


ステインがそう問えば、手をつけた男が答える。


「ああ 頼むよ、悪党の大先輩」


およそ 人にものを頼むような態度ではないが、そんなことは些末な問題だろう。
何よりまず確認すべきは・・・


「・・・目的はなんだ」

「とりあえずはオールマイトをブッ殺したい。気に入らないものは全部壊したいな」


それを聞いた時点で、この男は、自分が最も嫌悪する人種であると気づく。
時間の無駄であった。今すぐにでもこいつらを殺してしまおうかと考えていると、


「こういう・・・糞餓鬼とかもさ・・・全部」


男が何枚かの写真を取り出し ステインに見えるよう掲げたので、ちらりとそちらに視線を落とす。
1枚目の写真には、雄英のジャージを着た 緑色の髪の少年が写っていた。
その後ろの写真には、同じく雄英のジャージを着ていて、満面の笑顔でピースサインをカメラに向ける少女。


「!」


その見覚えのある顔に、ステインの顔色が変わった。


「・・・なぜ、その女を?」

「あァ?・・・んなもん、このヘラヘラした顔がムカつくからに決まってんだろ。もう生理的に無理だわ。見てるだけでどうしようもなく ぶっ壊してやりたくなる」


ステインは、腰に携えた刃の柄を掴んだ。この男を始末しようと決めたのだ。


「“英雄(ヒーロー)”が本来の意味を失い 偽者が蔓延るこの社会も、徒に“力”を振りまく犯罪者も、粛清対象だ・・・ハァ・・・」


一瞬のうちにモヤの男の身動きを封じ、手をつけた男も 地面へと縫いつける。
ステインは床に落ちた写真を見やり、何かの記憶をたどるように目を細めた。


「この女は・・・“英雄”に相応しい、信念の芽を宿していた。本物の“英雄”となり得る可能性を秘めている―――お前の癇癪ごときで、命を狙われる謂れはない」


冥土のみやげに少し喋りすぎたかと反省し、そろそろ男を殺そうと、ステインは刃をもつ手に力を入れる。

―――しかし、死線を前にして、男が その異質な本性を現したのだ。彼の中にも、歪だが、信念の芽が宿っていることに気づく。
果たして、この男がどう芽吹いていくのか・・・


「始末するのはそれを見届けてからでも、遅くはないかもな・・・」

「始末すんのかよ・・・」


だが、始末するのが自分とも限らない。
こいつを始末するのは自分か、世に蔓延る“ヒーロー”か、あるいは 彼女か・・・。
男が芽吹いていくと同時、背中あわせのように 彼女も芽吹いているだろうから、あり得ない話でもない。
自分が始末される、もしくは逮捕される可能性も十分ある。
なんにせよ―――弱い者が、淘汰される。


「(身能 強子、お前は 命を狙われているぞ)」


世に溢れる 途方もなき悪意は・・・理不尽に、有無を言わさず、人々へと襲いかかる。この世に生きる誰にも、弱さを許してはもらえないのだ。


「(生き残りたくば――― 強くなれ)」










==========

飯田くんは、夢主のパパ的な位置付けになってきてる気がします。
大事な愛娘が心配で過保護。同時に、娘のためならパパお仕事頑張っちゃうよ!的な感じの人。
今回の件で、さらに過保護が加速してるかもしれませんね。
あと、本当は轟くんの「女子との通話って・・・すげぇ」が欲しかったのですが、無理でした。「身能の声・・・でけぇ」になってしまいました。無念。


そして夢主の命を狙ってたのはステインではなく、ヴィラン連合(というか死柄木)でした。むしろステインさんは強子推し(?)ですね。

ステインの話、楽しくてつい、予定よりも書きすぎましたが・・・ステインの話は別でまた出します。なんで夢主のこと知ってるのか、クリアになってませんしね!





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