問題児なりのモラル

救助訓練レース、最終グループとなる第4レースは―――終わってみれば、我がクラスメイト達の大半の予想を裏切る結果となった。

1位、身能 強子
2位、轟 焦凍、爆豪 勝己
4位、障子 目蔵
5位、常闇 踏影
6位、八百万 百

入学以来、クラスでトップを張っていた轟や爆豪を抜き、劣等生のように認識されていた強子が1位だ。
この結果を思い返して、強子は更衣室で着替えながら、ヘラヘラとだらしない笑みを浮かべ勝利に酔いしれている。

これまで、彼らの鼻を明かしてやろうと奮起していた強子だが・・・いざ、彼らを負かしてみると、こんなもんかと拍子抜けである。悲願の達成とは、こうもあっさり叶ってしまうものなのか。
案外、歴史が覆る瞬間なんてのも、当事者にとってみたら、なんてことない日常のひとコマなのかもしれないな。

それに―――今回の訓練成績を考慮して、強子の補欠扱いが撤廃される可能性にも期待できる!なんせ、入試トップの奴も、推薦入学の奴らも負かすほどの 強子の成長ぶりだ。
毎度、ヒーロー基礎学で強子を半人前扱いするのは不要な気遣いだと、学校側もそろそろ気づいてくれるはず。
きっとA組の面々とて、強子を見る目が変わるだろう。補欠のレッテルやら、問題児あつかいしてきた彼らも、今後は強子にもっと敬意を示すようになるに違いない。

上機嫌に、鼻歌でも歌い出しそうな様子の強子が、コスチュームのタンクトップをすぽっと脱ぐと同時、女子更衣室の壁の向こうから、興奮気味な峰田の声が聞こえてきた。


「おい緑谷!やべェ事が発覚した!!こっちゃ来い!!」


峰田の騒ぎように、ん?と女子更衣室にいる皆も、自然と耳を傾ける。


「見ろよ この穴、ショーシャンク!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!!隣はそうさ!わかるだろう!?女子更衣室!!」


一言漏らさず、筒抜けになって聞こえてきたそれに・・・女子達は表情を固くした。


「峰田くん やめたまえ!ノゾキは立派なハンザイ行為だ!」

「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよォ!!」


飯田の制止も聞かず、ノゾキする気満々な様子の峰田。
女子達は顔を見合せると、言葉もなく一斉に頷きあう。耳郎が代表して、壁に空いている穴へと静かに歩みを進めた。


「八百万のヤオヨロッパイ!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着!麗日のうららかボディに、身能のわがままボディ!!蛙吹の意外おっぱァァァァ―――」


壁の穴の向こう、峰田の眼球を正確にとらえた耳郎のイヤホンジャックが炸裂した。
こうしてノゾキ事件は未遂に終わり、忌まわしい壁の穴は 八百万が創造した詰め物で塞がれた。


「―――ちょっと、峰田ぁ!!」


着替えを終えて教室に戻ってきた強子が、第一声に峰田へと声を張り上げた。
まあ、不平不満は 声を大にして言わないと気がすまない強子の性分を考えれば・・・ノゾキという卑劣な行為を行った峰田を彼女が怒鳴りつけるのも、納得である。
教室内には「やっぱりな」という空気が流れており、彼女の行動に驚く者は、もはやこのクラスにはいない。


「麗らかな麗日さんが“うららかボディ”ってのはわかるけど・・・続けて“身能のわがままボディ”っつったら、まるで私が、わがままみたいじゃない!やめてよ!!」

「「「(あ、怒るポイント そこなんだ・・・)」」」


ただし彼女の怒るポイントには驚かされ、A組の面々が苦笑をもらす。
怒られた当人の峰田はというと、怪訝そうに眉間にしわを寄せて強子に答えた。


「は?わがままボディは褒め言葉だろ!出るとこ出て、くびれるとこはくびれ・・・バランスのとれた最高の体だっつってんだぜ?なにが不満なんだよ!」

「え?うーん・・・褒めてくれるのは、まぁ嬉しいけど・・・」


言い方はともかく、強子を褒めているという峰田の言葉に、たぎらせた怒りを鎮めようかと思い直す強子。
しかし、峰田が、思っても誰も言わなかった余計な一言を、しれっと口にした。


「つーか身能は 普通にわがままだろ」

「「「(あ、それ言っちゃうんだ・・・)」」」

「っ峰田ァァ!!」


ムキーッと峰田に怒りを爆発させた強子を見るクラスメイト達の目は―――わがままで 手のかかる末っ子を見る目そのもの。
1−Aにおいて、強子の立ち位置がくつがえる兆しは、いっこうになかった。






その日、帰りのHRで、唐突に相澤が強子の名を呼んだ。


「お前、放課後ちょっと残れ」

「え?はい」


別にいいけど・・・いったい何の用だ?
まさか本当に補欠扱いの撤廃が実現できるかと期待しかけたところで、相澤が言葉を続ける。


「それから、飯田、緑谷、轟、お前らもだ」

「!?」


なんだ、そのメンバー!?
強子が目を開いて相澤を見るが、そんな強子の様子に気づいていないのか、気づいているけど無視してるのか(おそらく後者)、相澤は何も補足してくれないし、強子と目も合わせない。
腑に落ちないまま、轟や飯田の様子をうかがってみると、なぜか彼らは、揃ってどこか神妙な表情をしている。
おそらく彼らは、相澤に残れと言われた理由を知っている。強子には全くもって思い当たる節がないけど。


「(あの三人だけなら、呼び出しくらう理由は明白なんだけどなぁ)」


職場体験で、警察から厳重注意されるような事をしでかした三人だ。先生方からもお小言があって当然。
しかし、強子はちがう。強子は順風満帆に職場体験をこなしたのだから。個性の使用も、ファットガムの指示の下でしか行っていないし。
やはり自分が呼び出しをくらう理由がわからず、強子は不安げに眉をひそめ、首を傾げた。

そしてHRが終わり、強子たちは相澤に連れられて教室を出ると―――向かった先は、応接室だった。


「(なぜ・・・!?)」


いったいこれから何が起こるのかとさらに混乱していると、相澤が応接室のドアを開ける。
開いたドアの隙間から見えた その人物を認識すると同時、強子はハッと目を丸くして、体が固まる。
応接室のソファにかけていた彼は、強子たちの入室に気づくなり、立ち上がってこちらに歩み寄った。


「ありがとうございます、イレイザーヘッド―――彼女が身能さんですね?急にお呼びたてして すみません」


そう言って強子に爽やかな笑みを向けた紳士は、


「つ、塚内ッ、さん!!」


強子の目の前にいる人は、警部の塚内 直正だ。オールマイトの旧知の友人であり、彼の秘密を知る数少ない人の一人である。
そんな重要人物を強子が覚えていないわけがなく、思わず彼の名を叫んでしまった。
その反応に一瞬驚いたような表情を見せた塚内だが、とくに気を害するでもなく、彼は再び強子に優しい笑みを見せた。


「・・・ああ そうか、USJ襲撃のときにこちら(雄英)に来ていたから、覚えててくれたのかな?」

「あ、えっと、はい・・・!」


USJ襲撃後に、捜査のため彼は雄英に訪れ、A組の生徒とも顔を合わせている。
しかし、強子はそのとき遠目でしか彼を見れず、直接会話する機会なんてなかったため・・・彼と言葉を交わすのはこれが初めてだ。
良い人そうだなとは思っていたが、実際にこうして話してみると・・・“良い人”を具現化したような 良い人だなと思える。


「改めまして、塚内 直正です。身能さんに少し聞きたいことがあって来たんだが・・・いいかな?」

「はい、もちろんです」


紳士的で、感じのいい塚内に、反射的に強子は笑顔で頷いていた・・・・・・が、刑事が強子に聞きたいことがあるって、なんだ!?
笑顔の裏、内心では戦々恐々とビクついていた。
だって、この状況は言い換えれば、学校側もからんだ“職務質問”だろう。いったい何故、強子が!?
皆がソファにかけたところで、塚内から用件を切り出した。


「さて―――先日 保須市で起きた、ヒーロー殺し逮捕の一件は知っているね?」

「・・・報道されている範囲のことは、把握しているつもりです」


ちらりと、強子の隣に座っている轟たちに視線を向けながら答える。
彼らは、報道されていない真実を知っているが・・・それについては、強子は知るはずのないことである。
塚内との会話中にうっかりボロを出さないよう、細心の注意を払わねば。


「実は、ヒーロー殺し“ステイン”と、雄英を襲った“ヴィラン連合”と繋がっているのでは、という線が濃厚になってきてね。ヴィラン連合の捜査本部にいる私も、ステインについて色々と調べているわけなんだけど・・・」


塚内の表情から笑みが消え、僅かに眼光を鋭くさせた彼が強子に問う。


「ひとつ確認したい―――君、ヒーロー殺しと 繋がりがないかい?」

「えっ?」


素っ頓狂な声をあげて、目を点にした強子が固まった。
その場にいる轟、飯田、緑谷に相澤も、息をひそめて強子の反応を伺っており、室内に緊張感が漂う。
強子は、塚内に問われた内容を頭の中で反芻した。

強子とヒーロー殺しに、繋がり?


「―――そんなの、あるわけないじゃないですかぁ!」


アッハッハ!と快活に笑いながら、何を可笑しな冗談いってるんだとばかりに、強子が言い放つ。
一介の学生である強子と、犯罪史上に名を残すであろうヴィランに、いかなる関係もあろうはずがない。轟たちのように、職場体験先で遭遇したわけでもないのだし。
万が一、出逢うことがあったとしても、強子と奴の思想は相容れないものなのだし、一触即発だっただろう。
悪びれる様子もなくカラカラと笑っている強子を塚内はじっと見ていたが、一拍おいて、小さく息を吐きだした。


「・・・そうだな。いや、すまない。君を疑うような言い方になってしまった」


塚内に笑顔が戻ると、室内の空気も自然と和んで、先ほどまでのピリピリとした雰囲気がなくなった。
強子も肩の力をぬき、塚内の話に耳を傾ける。


「ヒーロー殺しが逮捕される前、彼が妙なことを言っていたらしいと聞いてね・・・一度身能さんと話したいと思っていたんだ」

「?・・・ヒーロー殺しは、なんと言ってたんでしょうか?」

「・・・『身能 強子は、命を狙われている』と、そう言っていたそうだ」

「へぁ!?」


思いがけぬ言葉に、ぎょっとした強子のお尻がソファから浮いた。


「詳しいことは、直接本人からそれを聞いた“彼ら”に聞いた方がいいかと思って、こうして集まってもらったんだ」


塚内が言い終わる前に、ギュンと勢いよく首をまわして“彼ら”を見やる。
その勢いにびくりと肩を跳ねさせた飯田と緑谷は、二人で顔を見合わせ、躊躇いながらも口を開いた。


「・・・俺と緑谷くんがヒーロー殺しに遭遇してしまった時、エンデヴァーが駆けつけるよりも前の話だが・・・」


飯田が視線を膝に落として、重々しく語る。


「奴に 問われた―――『身能 強子の知り合いか?』と・・・」

「・・・僕も飯田くんも、その質問に驚いて答えられずにいたら、肯定だと受け取ったんだと思う・・・『伝えろ』と、一方的にヒーロー殺しから言われたんだ」


伝えろ―――身能 強子は、命を狙われている、と。


クラスメイトの命が狙われている。そんな由々しき事態のせいか、飯田も緑谷も轟も、気を張り詰めて神妙な面持ちになっている。
けれど―――強子は目蓋を伏せると、肩を竦めてあっけらかんと呟いた。


「・・・やっぱり、そうなるよね」

「「「!?」」」


強子のリアクションが意外だったのか、皆が驚いたように彼女を見た。


「命を狙われていたことに、心当たりが?」

「いえ、そうじゃないですけど・・・」


塚内の問いにふるふると首を振る。そんな心当たりは一切ない。けれど、


「ヒーロー殺しが私を殺そうとするのは、当然かと思います。私みたいなヒーローは、あいつがターゲットに選ぶ“贋物”の特徴にピッタリ当てはまるし。私はまだヒーローではなく学生の身分だけど・・・オールマイトの秘蔵っ子だのと世間に騒がれてるので、あいつが私のことを知っていても不思議じゃない。加えて、私の性格も知ってたなら、早いうちに芽を摘もうと奴が考えても不思議じゃない」


唯一、奴が本物と認めるヒーロー“オールマイト”。そのオールマイトが認めた存在が―――民衆からの人気取りに勤しむ 強子のような奴だと知ったステインが、何を思うのか・・・想像に難くない。
でもまさか、本当に命を狙われているとは思わなかったけど。


「なるほど・・・君の考えはわかった。でも、君の命を狙っているのは、ヒーロー殺しだけとは限らない。もしかすると、ヒーロー殺しの意思がヴィラン連合にまで伝わっているかもしれないからね」


はたと、強子が息をとめる。
もし、そうだったとしたら・・・?
今後、ヒーロー殺しに感化されてヴィラン連合に参入する、荼毘やトガ、スピナーなどのヴィラン共から、強子の命が狙われることになる可能性が高い。
身の毛もよだつような仮説にぞっとして、強子は顔を青くした。


「そこで、我々 警察の出番だ。しばらくの間、身能さんの家の周囲と、学校までの通学路の警備を強化しようということになった。身辺警護というほど大層なものでもないが・・・何人か、張り込み要員も用意される手筈になっている」

「!」

「女の子としては、気分のいいものじゃないと思うけど、君の身を守るための措置だと理解してほしい」


むしろ、願ってもない話である。
強子は赤べこのようにコクコクと首を縦に振り、二つ返事で了承した。これなら、ひとまず安心して暮らせそうだ。


「ああ、そういえば・・・身能さんは、これまでに何度か警察から感謝状を受け取っているようだけど」


ふと思い出したように告げた塚内に、強子の表情がぴたりと、不自然に固まった。


「・・・ご存知だったんですか」

「調べればすぐにわかることさ」


警察から感謝状をもらう。
それは、普通に考えればとても名誉なことだろう。
現に、轟と飯田を挟んだ隣に座っている緑谷は、キラキラと眩しい羨望の眼差しを強子に向けている。
しかし、察しのいい轟に、模範的な優等生である飯田、そして普段から強子の指導に余念がない相澤は勘づいたらしく・・・眉をひそめて強子に視線を投げてよこした。
強子はその視線に気づかぬふりして、素知らぬ顔でやり過ごす。

―――概ね、彼らのお察しの通りだ。
強子は、個性を使わなければ、たいして腕力もない普通の女の子である。
普通の女の子は、警察から感謝状をもらうような功績――たとえば、万引き犯やひったくり犯、変質者を捕まえたりだとか、交通事故を起こしそうなトラックを止めるだとか・・・そんなことを出来るはずがない。
そう・・・個性を使わなければ、出来るはずがないのだ。
それでも、強子が感謝状を貰っているという事実から、導き出される真実は一つ。


「(・・・先生たちには 個性の“不正使用”がバレてるな、これは・・・)」


公共の場での個性使用は、法で禁じられている。
他人に迷惑にならない程度の、多少の個性であれば目をつむってもらえるが・・・他人に向けて個性を使うのはアウトだ。国から認められた一部の人――つまりヒーロー免許をもつプロヒーローでない限り、個性の不正使用として厳罰に処される。

だけど強子は、万引き犯やら変質者を捕まえた時も、交通事故を起こしそうなトラックを止めた時も・・・公共の場で、個性を使用していた。
では、何故、強子は処罰を受けず、逆に感謝状を受け取っているかといえば・・・強子の個性の見た目が“派手”ではないおかげだろう。
大の男をぶっ飛ばしても、「怪力なんです」「火事場の馬鹿力です」と言い張ってしまえば、嘘発見器でもないかぎり、それを嘘だと証明する方法はない。いくらでも、誤魔化しが効くのである。
かなりグレーゾーンではあるが―――そもそも、強子の行いは警察やヒーローに協力するような善行だし、情状酌量もあって、お咎めを受けることはあまりなかった。
感謝状を貰えちゃったのは・・・ぶっちゃけ強子の人徳だろう。正義感あふれる、勇敢な美少女だもの。賞状の一つや二つ、誰だってあげたくなっちゃうでしょう。


「あー・・・私、目の前の悪事を見過ごすことができない性格なもので、ついトラブルに首を突っ込んでしまうんですよ」

「それで、君は数々のトラブルを解決して、感謝状を貰うに至ったと?」

「トラブルを解決できたのは・・・幸運が重なったというか、まぁ、ラッキーでした」


とりあえず、感謝状を授与した件については、誤魔化しとおすしかない。
強子は、やましさなんて感じさせない堂々とした笑顔で、塚内を正面から見つめ返した。


「なるほど・・・君のその考え方は立派だが、やはり、自分で解決しようとするのは危険だ。何かあっても一人で解決しようとせず、プロヒーローや警察に頼るようにしてくれ」

「善処します・・・が、場合によっては難しいでしょうね」


塚内に反発するようなことを笑顔でのたまった強子に、クラスメイト達は目を見開いて彼女を凝視し、相澤は額を押さえて項垂れた。


「だって・・・目の前に救けを求める人がいたなら、救けられずにはいられませんよ!」


警察やらヒーローを待ってる時間がもったいない。大人しく待ってるなんて、強子にはとても出来る気がしない。
スッキリとした表情で言い切った強子に、塚内は一瞬ポカンと呆けていたが、


「ははっ、さすがはヒーロー科の生徒さんだ。まったく・・・今から将来が楽しみだよ」


肩を揺らして笑いながら、塚内は相澤にちらりと視線を投げた。
もしや、あれだろうか・・・「どういう教育してるんだ」という無言の圧力だろうか。これは、後で相澤に叱られるパターンか?まさか、除籍にはならないよな!?
強子が恐る恐る相澤の顔色を窺っていると、塚内が「だけど、」と言葉を続けた。


「今、君を狙っているかもしれない奴らは、恐ろしい犯罪集団なんだ。今後はくれぐれも気を付けてほしい。感謝状を貰ってきた今までとは、相手の格が違う。ラッキーでどうにかなるような相手じゃない。不審な人物を見かけても、自分でどうにかしようとせず、必ず大人を頼ること!いいね?」

「・・・でも、いざというときの自衛は許されますよね?」

「それは本当にいざというときの最終手段だ。そうならないよう、我々 警察がいる」

「・・・わかりました。まずは、大人のひとに頼るようにします」


渋々と頷いた強子に、塚内は困ったような笑みを浮かべた。そして、ぼそりと独りごちる。


「・・・なんだか君を見てると、うちの妹を思い出すな」

「え?何ですか?」


塚内の言葉を聞き取れず聞き返すも、「なんでもない」と誤魔化され、最後まで教えてもらえなかった。


「それじゃあ―――とりあえず話すべきことは話せたし、そろそろ戻るよ。皆、今日はありがとう」


どうやら、塚内の用事は済んだらしい。
ソファから立ち上がり応接室を出ていく彼が、強子の横を通りすぎる際、強子にだけ聞こえるよう耳打ちした。


「ヒーロー免許をとるまでは、控えめにね」


ハッとして彼を見ると、呆れたような笑みを浮かべた塚内と目が合う。
塚内にも強子が個性を不正使用してきたことがバレていると悟り、強子は困ったような情けない笑みを浮かべたのだった。












「えー・・・そろそろ夏休みも近いが、もちろん君らが一ヶ月休める道理はない」

「まさか・・・」

「夏休み、林間合宿やるぞ」

「知ってたよ―!やったー!!」


相澤の口から出た“林間合宿”のワードに、肝試し、花火、カレーといったイベントを思い描き、A組の教室が沸き上がる。


「ただし、」


険しい表情で続けた相澤にA組の教室が静まり返る。


「その前の期末テストで合格点に満たなかった奴は・・・学校で補習地獄だ」

「みんな!!頑張ろーぜ!!!」


先ほどまでの浮かれた雰囲気から一転、なんとしてでも林間合宿に行ってやるぞとクラスが奮起しはじめた。
“学校で補習地獄”は嘘だと知っている強子としては、「合理的虚偽、乙」とでも言ってやりたいところであるが。


「・・・期末テストかぁ」


塚内や飯田たちから聞いた内容は末恐ろしいものではあったけど―――日常はこうして続いていくわけで・・・結局、強子がやるべき事は変わらないのだ。


「ねぇねぇ百ちゃん!期末テストの勉強、一緒にやらない!?」


相澤の話が終わると、前の席に座っている彼女の肩をトントンと叩き、強子が八百万へと提案する。


「中間のときよりもクラス順位を上げたくてさぁ・・・百ちゃんと一緒に勉強できると心強いなと思って」

「・・・強子さん、」


振り返った八百万は何やら気難しい表情をしていて、強子とは目線を合わせず、教室の床を見ている。
どうしたんだろう?
普段の彼女とは違う様子に、強子は違和感を覚えた。


「私たち・・・しばらく距離をおきましょう」

「え!!?」


なぜ急に、うまくいってないカップルみたいなセリフを!?
わけがわからず、強子の思考が停止する。


「・・・やはり、強子さんは凄いですわ。入学時は、他の人よりも一歩遅れてのスタートだったはずなのに、あなたは見る見るうちに成長して、めきめきと頭角を現してきて・・・」


暗い顔で語る八百万を見て、そういえばと思い出す。
体育祭以降の彼女を思い返してみると、いつもどこか自信なさそうで、卑屈ともとれるくらい消極的だった。
そして、そんな彼女の様子がさらに加速したのが・・・


「先日の救助訓練レースでは、私の実力不足が浮き彫りになりましたわ。それに・・・私と強子さんの実力差も、白日のもとに晒されました」


救助訓練レースでは、強子が1位で、八百万はビリの6位だった。
あのレース以降、八百万の自信喪失が特に顕著にあらわれるようになった気がする。
あの結果に落ち込む彼女の気持ちは、強子にもよくわかる。
本気でやっても勝てないという、どうしようもない事実に打ちのめされる感覚を、よく知っている。
自分よりも劣ると思っていた相手に出し抜かれる屈辱も、よく味わっている。
だからこそ、強子が彼女をフォローすべく、慌てて口を開いた。


「でも、あのレースは・・・機動力だけじゃなく、索敵能力も問われるものだったじゃない?第4レースは、情報収集に優れた人が多かったし・・・百ちゃんの個性だと、ちょっと分が悪かったんじゃないかな」

「轟さんも爆豪さんも索敵には不向きな個性ですが、強子さんに続いて2位という成績でしたわ」

「あ、あの二人は、規格外っつーか・・・ほら、機動力も戦闘力もチートだしさぁ」

「その規格外のお二人にも 勝ちましたわね、あなたは・・・。索敵なんて 初めは出来なかったはずの、あなたが」


拗ねるような つんとした口調で言われ、強子の口から二の句が継げなくなった。


「私の個性が、救助訓練レース向きではなかった、だなんて・・・そんなものは所詮、負け惜しみにしかなりませんわ!だって、強子さんは、向き不向きなんてもの、容易く克服してしまうじゃないですか!不可能だったことも、可能にしているじゃないですか!私も・・・本来、そうあるべきだったのでしょう」

「・・・そんな、」

「私はっ、悔しいのです!」


がたりと椅子から立ち上がり、呆気にとられている強子を見下ろす八百万。


「あなたがこんなにも成長しているのに、私は、実技演習はからきしで、負けてばかり・・・推薦枠で入学したはずなのに、こんな・・・自分が情けないですわ」


そう告げた彼女の瞳は、潤んでいるではないか。
それに気づいた強子はとうとう閉口して、彼女を見守ることに徹した。


「ですから・・・決めましたの。私は、あなたに、挑戦しますわ!!」

「(・・・ん!?)」


何か、おかしな方向に話が進んでいる気がして、強子はぱちぱちと瞬いた。


「今回の期末試験で、筆記試験も演習試験も・・・どちらもあなたより優秀な成績を残してみせます!強子さんに勝って、弱い己とは決別するのです!これは、推薦生としての誇りをかけた勝負ですわ!!」


鼻息あらく、宣言する八百万。


「そういうわけですので、期末試験に向けた勉学も準備も、強子さんとは一緒にいたしませんわ。お互い、別個に励みましょう」


そして彼女は、強子からふいと視線をそらし、そのまま席を離れて教室を出ていってしまった。

去っていった彼女の方を見ながら、微動だにしなくなった強子。
自席に座って一部始終を見ていたらしい轟が、机に頬杖をついたまま強子へと視線を投げる。


「・・・お前って、いつも誰かしらと 何かしら揉めてるよな」


うっさい、人を問題児あつかいすんな!


「一難去って、また一難・・・」


続いて、自席で腕を組んで瞑想していた常闇も、意味深な感じに呟いた。
うっさいな、あんたら、他人ごとだと思って好き勝手言いやがって!


「それで・・・どうすんの?」


事の重大さを理解し、親身に強子を気にかけてくれるのは耳郎だけだ。
耳郎と八百万、そして強子の3人は普段から一緒に行動することが多い。強子と八百万が距離をおくとなると、必然的に耳郎にも影響が出てくるし、他人ごとではないのだろう。


「どうするったって・・・」


喧嘩をしているわけじゃないし、どちらかに非があるわけでもないので、謝って仲直りするってのは違うだろう。
強子との関係回復のために八百万を説得するというのも、ある意味、彼女の覚悟を踏みにじることになる。彼女は、自身の誇りをかけて、戦う覚悟を決めてきたのだ。その上、大胆にも、それを強子本人に宣言したのである。
と、くれば・・・


「この勝負、受けてたつよ」


しばらくの間――少なくとも期末試験までの期間、八百万と過ごす時間が減ることは、ものすごく辛い。辛いが・・・断腸の思いで決断する。
だって―――売られた喧嘩は、買うのが筋でしょう?










==========

塚内さん、好きです。
ヴィジランテ見てから、さらに好きになりました。
塚内兄妹がほんと好き。
まだ読まれてない方、興味あれば是非読んでみてください!

個性を使うことにわりと躊躇しない夢主。若干、倫理観に欠けている気もしますが。
なお、夢主と峰田は、普通に仲良しです。席が近いのもあり、じゃれあうような喧嘩をよくしてます。



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