reスタート

「お、身能!」
 

朝、久しぶりに1−Aの教室に足を踏み入れると、瀬呂が強子に気がついて名を呼んだ。続いて、瀬呂と話していた切島が強子に声をかける。


「職場体験先でデカい事件 解決したんだってな!お前、ネットニュースに載ってたぜ!?」

「!」


そう言って切島がスマホで見せてくれたネットニュースには、あのツインテール少女に抱き着かれて笑みをこぼす 強子の写真が載っていた。
記事には『期待の秘蔵っ子!職場体験中に連続誘拐事件を解決!』との見出しが書かれている。


「すげーなぁ・・・ヴィランとも戦ったんだろ?」

「えー!?強子、ヴィラン退治したの!?いいなぁ!カッコイイ!!」


芦戸も会話に混ざって、三人そろって強子に羨望の眼差しを向けた。


「俺、パトロール中にやらせてもらえた事といえば、せいぜい喧嘩の仲裁する程度だったぜ」

「俺も。ヴィランが出ても避難誘導とか、後方支援とか・・・」


ニュースに取り上げられた上に、級友からも称賛や羨望を向けられて もちろん嬉しい。嬉しいのだけど・・・ひとつ気になる点があって、強子は顔を曇らせた。
あの事件は、強子と天喰の“二人で”解決したのだ。少女を救い出したのは、“二人の”功績である。
にもかかわらず、ネットニュースには『サンイーター』の名はなく、強子のことばかりが持ち上げられている。
これでは、彼の頑張りは無かったことになって、彼の手柄を強子が横取りしたようなものじゃないか。本来 天喰が受けるべき称賛も、強子が奪ってしまっている。


「(・・・すいません、環先輩)」


そっと合掌しながら、心の中で彼に詫びる。
自分で言うのもなんだが・・・彼と自分ならば、自分の方がメディア受けは良い。オールマイトの“秘蔵っ子”というネームバリューもある。
そうなると、ネット記事で天喰の存在に触れられず、強子にばかりフォーカスされるのも致し方ないことなんだろう。
マスメディアの情報なんて鵜呑みにしちゃいけないなと、目に余る情報操作に辟易としながらも、数字(視聴率)をとるために彼らも必死なんだと思いなおす。

ふと、強子が顔をあげると、見知らぬ人と目が合った。
雄英高校ヒーロー科の制服を着ているその人は・・・髪をピッチリとまとめていて、その前髪はきっちり測られたように、8:2に分かれている。
こんな整った髪型で、整った顔をした人、うちのクラスにいただろうか?そう疑問を抱きながらキョトンと見つめていると、彼の目がみるみるうちに吊り上がっていって・・・ようやく気がついた。


「・・・爆豪くん」


ポツリと彼の名をこぼすと同時、強子の隣で同じく呆然としていた瀬呂と切島が、ガバッと勢いよく動きを見せた。


「「アッハッハッハ!!」」


腹を抱えてヒイヒイ言いながら、目に涙をためるほど爆笑しはじめた二人。


「マジか!!」

「マジか爆豪!!」

「笑 う な !」


怒りに全身を震わせながら二人にガンとばす爆豪だが、その髪型は、まるで品の良い坊ちゃんのように整えられていて、そのギャップが、実に、笑いのツボを刺激してくる。


「クセついちまって洗っても直んねえんだ・・・おい、笑うな・・・ブッ殺すぞ・・・!」

「やってみろよ8:2(ハチニイ)坊や!!」

「アッハハハハ!」


未だに大口を開けて馬鹿笑いしている二人に、爆豪はいつも以上のぶちギレ具合であった。
強子は うすら笑いを張り付けると、スススと彼らの間に割り込むように平行移動する。そして、

―――カシャッ


「「「・・・」」」


響いたシャッター音と、彼女が爆豪に向けて構えているスマホで、誰もが瞬時に理解した。


「・・・ッなに、撮っとんだテメェは!!殺されたいんか、アァ!?」

「爆豪くんが気合いの入ったお洒落ヘアーしてたから撮ってあげたんだよ!大丈夫、ちゃんと似合ってるから!」

「「アッハッハッハ!!」」

「消せッ!!!」


ものっそい勢いで強子のスマホに向けて手を出してくるマジな爆豪に、強子も負けじと本気で――つまり、個性を発動させ 動体視力を強化した状態で、回避する。


「避けんな!!」

「イヤだね!」

「あ゛!?」

「私は・・・落ち込んだ時にこの写真を見て、元気をもらうんだからっ!絶対に、消すもんか!!」


見ただけで笑いがこみ上げてくるような写真だ。この先、強子の人生にどれほど辛いことがあろうと、この写真を見れば、笑いとばせそうな気さえする。
こんな面白い写真を手に入れる機会、きっと一生に二度とない。せっかく手に入れた、爆豪の激レア爆笑写真だ―――そう易々と奪われてたまるか!
スマホを両手できゅっと握ると、胸元で守るように抱え込んで、爆豪を警戒する。


「マジか 身能!」

「頼む!その写真、俺にもくれ!!」

「その前に殺す!!!」


爆豪がさらに目を吊り上げて怒鳴ると同時、お洒落ピッチリヘアーがボンッと爆破して普段の髪型に戻ってしまった。ああ・・・少し名残惜しい。
そして強子へと掴みかかってきた爆豪を、ニヤつきながら身をかわして避けていると、クラスのあちこちから、呆れたような視線が向けられているのを感じた。


「・・・あいつらは、相変わらずだな」


強子と爆豪に視線を送りながら、上鳴と峰田も呆れた様子で頷きあっている。
たったの一週間で、すっかり武闘派に目覚めた麗日と比較すれば―――爆豪と強子の角突き合いは、一週間どころか入学前から、いっこうに変わらないように見えるだろう。


「ま、一番変化というか、大変だったのは・・・お前ら三人だな!」


今度は教室の後方を振り返った上鳴が、しみじみとこぼした。
“お前ら三人”というのはもちろん、轟、飯田、緑谷の三人である。


「そうそう、ヒーロー殺し!!」

「命あって何よりだぜ、マジでさ」


強子の代わりに爆豪に取っ捕まっている 瀬呂と切島も会話に加わって、今やクラス全体の意識がそちらに向いていた。
強子もニヤケ面を消し、そちらを見やる。


「ヒーロー殺し、ヴィラン連合ともつながってたんだろ?もし あんな恐ろしい奴がUSJ来てたらと思うとゾッとするよ」

「でもさあ、確かに怖ぇけどさ・・・尾白、動画見た?アレ見ると一本気っつーか、執念っつーか・・・かっこよくね?とか思っちゃわね?」


ふぅ。
小さく息を吐きだすと強子は、スッと腕をあげて―――上鳴の頭に手刀を叩き込んだ。ゴスンと鈍い音が教室に響く。


「いっ・・・!!?」


痛みのあまり、上鳴は涙目になって頭を手で押さえた。


「身能!?何すっ・・・」

「メディアの流した不確かな情報なんかに、まんまと踊らされてんじゃないっつの!何より、ヒーロー志望の人があんな奴を“かっこいい”だなんて言うのは 問題でしょうが」


強子は仁王立ちになって彼を見下ろしながら、きびきびとした口調で言い放つ。


「執念やら信念やらがあったって、カリスマと誉めそやされてたって・・・ステインの思想も主張も、間違ってる。あいつは結局のところ、自分の見たいものしか見ずに、自分の都合いいように解釈してるだけじゃない・・・!」


嫌悪感をまる出しにして、彼女は眉を吊り上げた。
ヒーロー殺しの思想は、強子の考え方と決して相容れない。根本的に、合うはずがないのである。


「ステインは“弱者”のことをまったく考えてないんだもん。プロヒーローのような“強者”がいないと生きられないような弱い存在を、軽視してる」


子供や老人。怪我人や病人。戦闘や護身に向かないような個性の人。無個性の人。
それから・・・強子の前世のような、ごく普通の人間も。


「ヒーローを必要とする人が、世の中にはたくさんいる。でも、何時 どこで 誰が どんな危険に見舞われるかわからないんだから・・・弱者にとっては、ヒーローが多いに越したことはない」


ステインは、ヒーローとは偉業を成した者にのみ許される“称号”なのだと言っていた。自己犠牲の果てに得うる“称号”であるとも。
でも、本当は―――“ヒーロー”って、そんな敷居の高いものじゃなくて良いはずなのだ。
救けが必要な人にとっては・・・救けてもらえるなら、相手が“偉業を為したか”なんてどうでもいいし、ヒーロー免許の有無さえ問わないだろう。
そんな、大層なもんじゃない。目の前の困っている人を救けてあげられる人が“ヒーロー”なのである。
そして、そんな人が世の中にたくさん増えれば、世界は今より平和になる。
力のある人たち、一人ひとりがヒーローであろうとするなら・・・そこに“平和の象徴”なんかいなくたってヴィラン発生率を抑えられるし、事件解決率も上がるだろう。


「“現代のヒーローは拝金主義のニセモノだ”・・・?そんなことない。拝金主義でも、その人のおかげで1人でも多くの被害者を減らせたなら、1つでも多くの事件を止められたなら・・・そのヒーローは、ニセモノとは 言わないでしょ」


ヒーローを務める動機が「金持ちになりたい」とか「モテたい」なんて不純なものだとしても、いいじゃないか。
動機なんて些末なことさ。救けを求める人にとっては、ただ“救けてくれる人”が必要なのだ。
ともすれば―――そういう 世の中の誰かに必要される人を“粛清”する権利なんて、誰にある?誰もそんな権利、持ち合わせてないはずだ。


「ヒーロー殺しの主張なんかクソくらえだし、あいつが繰り返してきた“粛清”とやらは、絶対に許されない!あいつに、誰かをさばく権利なんかない!!」


強子がそこまで言うと、上鳴はバツが悪そうに飯田の方を見た。
その視線の意味を察した飯田は、重々しく口を開いた。


「・・・確かに、信念の男ではあった。クールだと思う人がいるのも、わかる。ただ―――身能くんも言うように、奴は 信念の果てに“粛清”という手段を選んだ。どんな考えを持とうとも、そこだけは間違いなんだ」


そして、強子がステインを許せないと思う、何よりの理由は―――


「俺のような者をもうこれ以上 出さぬ為にも!改めてヒーローへの道を歩む!!」


ビシィっと腕を伸ばし、奮い立つ飯田が声を張った。


「(うんうん・・・かっこいいぞ、飯田くん!)」


こんな立派なヒーローの卵を“粛清”しようとした事こそ、彼女がステインを許せない一番の理由だ。
飯田にヒーローとしての素質を見いだせないなんて、まったく、ステインはわかってないぜ!


「・・・なんか、すいませんでした」


頭にたんこぶをつけて反省している上鳴に、「わかればよろしい」と言わんばかりの顔で頷いた強子。
その頭を、後ろからガシっと鷲づかみにされ、強子の顔がさぁっと青ざめていく。
うっかりしていた。頭に血が上っていたせいで、すっかり忘れていた。


「なぁ、盗撮女・・・俺がテメェを“粛清”せず済ますには どうすべきか・・・わかってるよなァ?」


背後から発せられるドスのきいた声に、強子は観念して、爆豪の写真を消すためスマホを手に取るのだった。







「おおお緑谷!?」

「何だ その動きィ!!?」


久しぶりのヒーロー基礎学。
運動場ガンマにて、5人ずつで行うことになった“救助訓練レース”―――その1レース目で、緑谷の見せた動きにクラスが注目した。
複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯の建物をつたって、緑谷はピョンピョンと身軽に跳んでいく。


「(わかってたコトだけど・・・っ)」


強子は顔をしかめると、悔しげにギリギリと拳を握った。
彼がこの一週間で得た変化は、あまりにも大きい。彼にいっきに距離を縮められた気分だ。もう、これまでのように優位に浸っていられない。
緑谷の成長ぶりに焦燥する―――が、今・・・強子の頭を悩ませている要因は他にもあった。


「よしっ!次は、第2レースを始めるぞ―――でも、第1レースとまったく同じじゃ、皆も面白くないよな!?」


オールマイトの楽しげな問いかけに、A組の生徒たちは嫌な予感がして顔を見合わせた。


「ってなわけで・・・次からは“遊び”の要素を加えていくぞ!どんなギミックかは、やってみてのお楽しみ!ちなみに回を追うごとに“遊び”の要素が増える仕様だ!」


オールマイトの言葉に、ぎょっと強子が目を開いた。
強子の頭を悩ませる要因が、また一つ増えるなんて・・・!


「つーことは、最終の第4レースが一番ムズいのか・・・」

「第4レースのメンバーって、確か・・・あぁ・・・」


A組の視線が強子の方に集中し、そして、察したように哀れみの表情を向けてきた。
その屈辱的な視線を浴びながら、堪えきれないように強子がくわっと口を開き、オールマイトに抗議する。


「第4レースだけ、難易度おかしくないですか!?」


そう言って、強子は 自分と同じ第4レースに振り分けられた面々を指さした。
爆豪、轟、常闇、八百万、そして障子の5人・・・そこに補欠の強子が加わった6人が、第4レースの面子である。
まず、体育祭のトップ3が揃ってる時点でハイレベルな争いになること必至だし、推薦入学者で万能個性の八百万は 言わずもがな強敵だ。
そして障子もA組屈指の実力者である。索敵能力が高い上に 怪力の持ち主であり、個性把握テストでは握力540キロなんて記録だった。
つまり、何が言いたいかというと・・・優秀なA組の中でも、特に 優秀な面子が第4レースに集まっているのだ。ステータス振りが偏りすぎだろ!


「今さらビビッてんじゃねーぞ、端役がッ!」

「くじ引きで公平に振り分けたメンバーだろ?あきらめろ」

「敵前逃亡、か・・・お前らしくないな」

「先生の指示に従わないなんて、規範となるヒーローを目指す者として 意識が欠けていますわ、強子さん!」

「・・・腹をくくるしかない」


第4レースの面々から同時に諫められ、思わず強子の眉間にしわが寄った。


「身能少女!強くなるためには、実力の高い相手と戦うことも大事だぞ!負けを恐れず立ち向かって、プルス・ウルトラだ!!」

「べ、別にっ、負けを恐れてるわけじゃないですけど!?」


結局はまるめ込まれ、くじ引きの通りのこのメンバーで戦うことになった。
己に降りかかる受難は、自身の成長には必要なものと理解しているが・・・それでも、おいそれと受け入れられるものではないんだよ。

第2レース、第3レースが終わって、いよいよ第4レース。
強子はスタート位置に向かう道すがらで、ようやく腹をくくった。


「まぁ・・・やるからには当然、勝ちに行くしかないな!」


レースのメンバー構成には気が滅入ったものの・・・このレースは強子にとって、“うってつけ”であることに気がついて、強子の気分は急上昇する。

第1レースは純粋に スピードを競い合うものだった。入り組んだ地理の中、救難信号の発信場所までどう移動するか・・・各自の機動力が問われるレースであった。

第2レースでは、そこに“遊び”の要素が加わって・・・救難信号の発信源が、建設現場が崩れたような瓦礫の下だったのだ。オールマイトを救ってゴールするには、大量に散乱している鉄柱やら鉄板、材木やガラス類、土管なんてものまで退かさなくてはいけなかった。
つまり第2レースでは、機動力に加えて、腕力も必要とするレースであった。

そして、第3レースでは・・・レース開始早々に、救難信号が途絶えるという事態が起きた。
この予想外の“遊び”に、索敵手段がある者はオールマイトの居場所を突きとめられたが、索敵手段のない者たちは・・・終盤は もはや半泣き状態であった。

第1から第3レースまでを省みると―――この“救助訓練レース”は、機動力、腕力、索敵能力・・・複合的な能力が求められる訓練だとわかる。
そして強子の個性は、今では索敵能力も含め、複合的な能力を強化できる万能個性なのだ。


「本当に うってつけ過ぎる!職場体験での 私の成長ぶりのお披露目に!」


ワクワクと胸を高鳴らせ、ニヤつきそうになる口元に手を当てる。
難易度の高いレースだが・・・強子がイチ抜けする可能性だって十分にあるわけだ。
強子と同じくスタート位置に向かって 隣を歩いている轟を、強子はちらりと盗み見た。


「!?」


隣にいる轟が、瞬き一つせずじっと強子を見つめていたことに気がつき、びくりと身体を固めた。


「な、なに・・・?」


無表情のイケメンから食い入るように見つめられ、ドギマギしながら問う。なにか可笑しなことを言っただろうか?それとも、強子の顔になにか付いているだろうか?


「いや・・・こういうの、久しぶりだなと思って」

「?」


表情の変化が乏しい轟と話していると、こういう時、彼の心情が読みづらくてやりにくい。いい意味で言ってるのか、悪い意味で言っているのか・・・それすらも読み取れないのだから、反応に困ってしまう。


「なんつーか・・・職場体験で 身能と離れてた期間なんて、たった一週間なのに・・・その一週間が、やけに長かった気がする。身能がいねえと、どうにも張り合いがねぇっつーか、物足りないっつーか・・・」


言葉を探しながら宙に視線を向ける轟に、強子は大人しく言葉の続きを待つ。
すると、彼は「ああ、そうか」と得心がいったような顔で頷き、強子を見た。


「俺は―――お前に 会いたかったんだ」

「ふごっ・・・!」


唐突な轟のセリフに、思わず変な声が漏れてしまった。
「会いたかった」とか、なんなの?強子を口説いてるの?もしくは からかってるのか?
頭の中で悶々と訝しんでいると、轟が小さく口元に笑みを浮かべた。


「“一番の友だち”だからな、身能は」

「あ、そっちかー・・・」


思わせぶりな彼の言葉にときめきかけたが、どうやら彼の言葉は、強子との友情からくるものだったらしい。
会いたかったよハニー、ではなく、会いたかったぜブラザー!的なニュアンスだ。この違い、お分かりいただけるだろうか。
どちらの意味合いだったとしても、轟から「会いたかった」と言われて、嬉しくないわけがない。ついついニヤけそうになる口元を引き締めると、強子はキリリと轟に言い放つ。


「轟くんが相手だろうと、勝利をゆずる気ないから!この一週間の私の成長ぶり、見せつけてやるわっ!」

「ああ・・・そいつは楽しみだ」


そう言って楽しそうに目を細めた轟。その余裕ぶった態度に、強子はさらに気合いを入れた。
この勝負、絶対に勝って―――轟をはじめとするA組の面々をぎゃふんと言わせてやる!!





そして、第4レースが始まった。
スタートの合図と同時に、救難信号の位置を把握すると、強子は全速力でそちらに向かう。強子の機動力はクラスでも上位。ごちゃついた場所だろうと関係ない。
途中で救難信号が途切れるようなこともなく・・・強子はスタート位置から最短距離の移動で、発信源と思われる建物に素早くたどりついた。


「(げっ!?もういるのかよ・・・!)」


強子が最速だろうと思っていたが、すでに建物内にはライバルが突入している気配がする。
響く爆破音と、聴覚を研ぎ澄ますと聞こえる 氷が張り巡らされる音から、先客は爆豪と轟であると察した。
あの二人の機動力は、クラスでも最上位だ。聞こえてくる爆破音と氷の音から、建物内でもなお、彼らが凄まじい速度で移動しているとわかる。
まずい―――このままでは、二人に先を越される!
焦った強子は、二人がいる上層階に向けて走り出そうと、足を前へと踏み出す。


―――感情だけで動くんやない・・・一度踏みとどまって、考えてから前に進むことが必要なんや!


ふと、職場体験での教えを思い出し、強子は駆け出そうとしていた足を止めた。
それから強子は胸元に手を添えると、深く息を吸って、そしてゆっくりと息を吐きだした。


「(焦ることない、大丈夫・・・私が劣勢だなんて、いつものことじゃないの)」


そっと目蓋を閉じると、聴覚を研ぎ澄ませた。
・・・爆破音がうるさくて仕方ない。だが、爆破音に隠された 別の音を聞き取れるよう、聴覚に集中する。


「(落ち着いて、勝ち筋を探るんだ・・・!)」


おそらく、この建物内にオールマイトがいる。そこにたどり着くことが勝利条件だ。
上層階で慌ただしくしている二人の様子から察するに、彼らはまだオールマイトの居場所を特定できていない。
では、どこにいる?
建物内にいる人の気配は、上層階のうるさい二人のほか・・・もう一人 どこかにいるはずだ。
さがせ・・・一刻も早く、見つけ出せ!要救助者が、強子に見つけてもらうのを待っている・・・!
じわりと額に汗が浮かぶのを感じながら、まるで、職場体験の再現だなと頭の片隅で思う。

その時、爆豪でも轟でもない別の人物の気配を感知した。その人がいると思われる場所は―――


「・・・地下!!」


僅かに聞こえた物音から、オールマイトが地下にいると気づく。
ひっそりと、まるで隠すように設置された地下への階段を見つけ、強子は彼のもとへと走った。
そこで立ちはだかったのは、頑丈な、分厚い扉。その扉の先から「タスケテー」と下手くそな演技で要救助者を演じるオールマイトの声が聞こえてくる。
これこそ、まるで職場体験の再現だなと、思わず笑みがこぼれた。


「(扉の近くに人の気配なし。要救助者の他には・・・)」


部屋の中の様子を探ると、強子はスッと腰を落として、目の前の頑丈な扉を・・・思いきり蹴破った。と同時に、強子は息を吸って、大きく声を張る。


「もう大丈夫!私が 来たぁぁあ!!」

「身能少女・・・!(トゥンク)」


一度は言ってみたいと思っていたセリフを叫びながら部屋へ飛び込むと、案の定、そこにはオールマイトがいた。
だが、強子の動きはそこで止まらず―――部屋で待ち構えていた 仮想ヴィラン数体を、目にもとまらぬ速さでぶち壊していく。
この仮想ヴィランこそが、第4レースのギミックなのだろう。
索敵でその存在に気づいていた強子にとっては不意打ちでもないし、なんの脅威でもないわけだが。
最後の一体にパンチを打ち込んで倒すと、強子はふうと爽やかに息を吐いてからオールマイトを振り返った。


「お待たせしました、オールマイト!」

「お見事だ!おめでとう!!それにしても君が1位とは・・・いやぁ、驚いたな!」


強子が1位という結果が意外だという様子のオールマイトに、若干複雑な気持ちを抱く。まあ正直、強子もこの結果には驚いているというか・・・まだ実感がない。


「君も個性の使い方に幅が出てきたな!その調子で頑張ってくれ!!」


強子に「救けてくれてありがとう」と書かれたタスキをかけたオールマイト。
彼を見つめ返しながら、強子はふと思う。
体育祭の表彰台に上がっていたなら、こんな風に、彼からメダルを受け取れたんだろうな。
そして、体育祭の表彰台に上がったなら、彼に言いたいことがあったはずだ。
私は強いんだ、って。誰かの踏み台になるために存在する人間じゃないんだ、って・・・。


「あのっ、オールマイト!」

「ん?」


今なら、彼に言えるのではないか?
ここならば、彼と強子の二人きりだし・・・彼が実際は何を思って強子を雄英に入学させたのかも、聞けるかもしれない。
意を決すると、強子は口を開いた。


「わた「どけぁ!俺が!先だァ!!」・・・はぁ」


部屋の外が騒がしくなり、強子は額を押さえてため息をこぼした。
爆豪と轟も、二人一緒になってバタバタと走りながら、こちらに向かってくる。
強子とオールマイトが扉の方を振り向くと同時、二人が押し合いへし合いしながら、部屋の中へと駆け込んできた。
そして、あたりに転がっている仮想ヴィランの残骸と・・・部屋の奥にいる強子を視界に入れると、二人同時に目をまん丸くして固まった。


「ゴールおめでとう!君たちは同率2位だな!」

「・・・はァ!?」

「つーことは、身能が1位か・・・随分 早かったんだな。職場体験の成果か?」


オールマイトの言葉に、爆豪は信じがたい様子で強子をガン見してきたのに対し、轟は素直に強子の勝利を認めてくれたようだ。
嬉しくなって強子は轟に向けてニッコリ笑うが、言葉を発する前に、爆豪の声にさえぎられた。


「っざっけんな!!こいつが1位だぁ!?なんかの間違いだろ!こんな結果、俺は認めねえ・・・!」


悔しさからか、爆豪が肩を震わせて強子を睨んでいる。


「俺がテメーに負けるなんて、あり得ねぇんだよ・・・!クソがっ!」

「・・・え?爆豪くんってば、私に 負 け た の?」


強子は口元に手を置いて、わざとらしく驚いたような表情をつくる。
そして“負けた”という言葉を強調すれば、彼はまんまと反応して、ピキピキと青筋をたてる。


「え?え!?あの爆豪くんが、負けたの?入試トップだった爆豪くんが、補欠入学者に負けたわけ?体育祭の優勝者が、ベスト8どまりの私に負けたって?えー?そんな、まっさかぁ!」


口元に置いた手では、ニタニタと厭らしく笑っている口元が隠しきれていない。彼女の声も、誰がどう聞いても、笑いまじりである。
これ以上ないほどの煽りに、轟が気まずそうに横から口を挟んだ。


「おい、もうその辺にしとけって・・・」

「えー?」


しかし、爆豪の悔しがる姿を見ることで、強子が“勝った”のだという実感を、より得られるのだ。
というか、爆豪が強子に負けて悔しがる姿とか・・・見ていて最高に気持ちがいいじゃないか!実に快感である。
自分でも性格悪いとは思うが―――この先、強子の人生にどれほど辛いことがあろうと、今この瞬間のことを思い出せば、笑いとばせそうな気さえする。
こんなにスカッとできる機会、きっと一生に何度もないだろう。だから、少しでも長く浸っていたいのだ・・・!


「・・・もう一回だ、もう一回 勝負しろ!そこで今度こそテメェを殺す!!」

「負けたからもう一回だなんて、子供じゃないんだから止めなよぉ・・・それに、もう一回負けちゃったら、もっと辛いだけだよ?」

「コ ロ ス!!」


嘲るような笑みを浮かべた強子の言葉に、ブチっと切れた爆豪が強子に飛び掛かった―――が、ひょいひょいと強子は身軽にそれを回避していく。


「まあまあ、爆豪少年 落ち着いて・・・勝負はまた次の機会に!」

「・・・・・・チッ」

「それに身能少女も、煽るのはそのくらいにしなさい!珍しく勝てたからって、はしゃがない!」

「オールマイト・・・“珍しく”って、どういう意味ですか!」

「あ・・・ご、ごめん・・・」


オールマイトを睨めば、彼はしゅんと項垂れた。
ちくしょう。人ってやつは、言葉の端々に、本音ってのが現れるもんだよな。


「(まあ、事実なんだけど・・・)」


確かにこれまでは負けが続いていた。
けれど、これから先は、そう簡単に負けてやるつもりはない。

ふん、と鼻を鳴らすと、強子は部屋に仕掛けられたカメラへと視線を向けた。
モニターでこのレースを観戦しているだろう彼は、今頃いったい何を思ってるだろうか。
彼がこの一週間で得た変化が大きいように、強子がこの一週間で得た変化も かなりのものだ。彼が縮めてきた距離の分だけ、強子はさらに先へと進んでいるぞ。
個性ダダかぶりの彼に対するアドバンテージを、そう易々と渡してたまるかってんだ。

さて、お互いに一歩成長したところで―――再び、始めようじゃないか。個性ダダかぶり同士の、生存競争を。
カメラに向かって、強子はふふんと挑戦的な笑みを浮かべた。










==========

新生夢主で再スタートです!
今回の被害者、第一位は爆豪ですね。髪型をからかわれるわ、レースで負けて煽られるわ、災難でした。
第二位は上鳴、第三位はオールマイトかな。
最近、夢主の人間くさい部分がにじみ出てきてます。



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