聞きたくないも聞く

ファットガム事務所では、個性伸ばしの特訓だけでなく、闘い方――つまり戦闘時の身体の使い方も教えてもらった。
というより・・・元々、武闘派ヒーローであるファットガムのところに来たのは、闘い方を学びたいと思っていたからで、むしろ、こちらの方が本来の目的だったといえる。


「ちゃうでぇ!パンチは腕だけを使うんやない、全身を使うんやっ!!」

「っはい!」


汗を流しながら、再び強子は脇をしめ腕を胸元に引きよせると、目の前に立ちふさがるファットガムの腹部に向けて、思い切りストレートパンチを打ち込んだ。
強子は個性を発動している状態で、普通の人なら無事では済まない威力なのだが―――


「足らん足らん!そないなヘボパンチ、ファットさんはピクリともせんで!?」

「くぅ・・・!」


衝撃を吸収する脂肪―――物理無効ボディの彼は、痛くも痒くもない様子だ。ファーッと楽しげに笑っているファットガムを前に、強子は悔しげに歯を噛みしめる。
プロヒーローをサンドバッグに訓練するなんてと、トレーニング初日こそ気が引けたものの・・・連日続けるうちに、どうにかしてファットガムの顔が歪むような攻撃を与えたいと願うようにまでなっていた。


「“捻り”が足らんねん!まず、体の軸がブレんよう意識しぃや!足はしっかり地面を踏みしめて、固定する!」


強子はスイッと右足を後ろに引くと、ぐっと足を踏み込んで、腰をおとした。体幹を安定させたまま、目の前のファットガムを見上げる。


「ほんで、足の筋肉―――筋線維の一本いっぽんまで、フルに収縮させる!」


足先から、ふくらはぎ、膝、太ももまでの筋線維を総動員して、力を生み出す。


「腰を捻るときに生まれる、その回転力も利用する!」


ファットガムに対して右向きになっている身体――その上半身を正面に向けるよう腰を捻ると、そこにも力は生み出される。


「腕もな、拳ひとつ打ち出す動作でも、筋肉の“捻り”を意識するんや!突き出した手の甲が上になるよう手首を返して打つ、その螺旋回転のエネルギーを・・・相手に放つ!」


肩から、二の腕、肘、手首に向けて、腕全体を内側に捻りこむよう、筋線維を総動員して、力を生み出す。


「今 言うたこと全てを、繋げてみぃ!軸を意識して、足・腰・腕それぞれで練りあげたエネルギーを連動させたら―――目の前の敵に、ぶつけろ!!」


軸を保ったまま、強子の足、腰、腕・・・蓄えていたすべてのエネルギーを集約し、ファットガムに向けて―――ぶっ放す。
ドゴッという鈍い音とともに、強子の拳が、ファットガムの腹部にのめり込んだ。


「おっ・・・今のはエエ感じ!」


ようやくファットガムから褒めてもらい、汗だくで疲れた様子だった強子の顔がぱぁっと明るくなる。
それでも彼は相変わらず快活な笑顔のままで、ちっとも強子の攻撃は効いていないようだけど・・・。


「今の感じ、忘れずにな!パンチだけやなく、どんな技やろうと、捻りのエネルギーを意識すると破壊力が段違いやで!回し蹴りなんかは威力が歴然やろ?」


イメージしやすい例え話に、頷いて納得する。
後ろ回し蹴りなら、身体をくるっと回転させて蹴るので、回転した勢いをそのままぶつけることが出来るはず。試す機会があればやってみたいものだ。
しかし、今は、パンチ打ちっぱなし特訓がひびいて、強子の体はヘロヘロである。いったん休憩して・・・


「ほな、感覚 忘れんうちに、慣れるまでひたすら特訓すんで!!」

「え・・・」


彼の言葉に、絶望的な表情で固まった強子。それを見たファットガムは、眉根を寄せて苦渋の色を浮かべながら強子に言い聞かせる。


「身能さんは普段から色々と考えるタイプっぽいけどなぁ、敵前じゃ考える時間も与えられんことは往々にしてある。せやから、目の前に敵がおったら、何も考えんでも条件反射で殴れるくらい反復練習せなアカン!!休んでる暇ァないで!!」

「っはいぃ・・・!」


ファットガム事務所でのトレーニングは、殊のほか、熱血でスパルタな指導であった。強子は涙を呑みつつ、再び、拳を構えるのだった。










気づけば、職場体験も最終日になってしまった。
ファットガムの元で過ごした日々を振り返ると、あっという間だったけれど、非常に有意義な一週間であったと満ち足りた気持ちになる。
トレーニングでは、闘い方を教わったり、個性伸ばしの特訓を手伝ってもらったり。
パトロールでは、イザコザを収めるため、時には強子も奮闘したが・・・凶悪なヴィランが絡むような大きな事件もなく、いたって真っ当な職場体験をさせてもらった。
それに、ファットガムも街の人たちも、みんな強子のことをチヤホヤと可愛がってくれるので、とても居心地が良かった―――ただ1名を除いて、の話だけど。


「・・・ファットから電話だ・・・君に、代われって・・・」


強子に電話を差し出す天喰は、目つきの悪い三白眼で、手元の携帯電話を睨みつけている。
「・・・ドウモ」と返して電話を受け取りながら、結局この人とは最後まで仲良くなれなかったなと、冷静に思う。
強子と天喰の関係がギスギスしていることに、ファットガムが気づいてないわけがない。
だというのに特に気遣うこともなく、むしろ、強子と天喰を二人セットで行動させることが多かった。やっぱり、あの人って、思いのほか熱血でスパルタなんだよなぁ。
強子も天喰も、ファットガムの指示に逆らう権限はないので・・・気は重いけど、大人しくファットガムの言うことをきくしかないのである。


『どや、そっちは!』

「異常なしですよ、ファットさん」


強子は、通天閣の展望台から一望できる景色を眺め、電話越しにファットへ報告する。
それから展望デッキの手すりに肘をついて体重を預ると、強子はつまらなそうに言葉をもらした。


「・・・通天閣の景色もいいですけど、私、ファットさんと街のパトロールしたかったです」

『せやかて、高所からの“監視”も重要な役まわりやで?視覚と聴覚を強化した状態のビヨンドちゃんやったら、ヴィランが騒ぎを起こしてもすぐに気付ける!個性の新しい使い方に慣れたら、今より索敵範囲も拡がるやろうし・・・良いこと尽くめやん!サンイーターもおるから寂しくないやろ!!』


結局は、ファットガムの指示に従い、通天閣の展望デッキから街の監視を継続するしかないようだ。
電話を天喰に返すと、仕方なく、強子は監視を再開した。

ファットガムの言う通り、高所からは街の様子がよくわかる。監視が重要だというのも理解している。
しかし、今日で職場体験が終わってしまうというのに・・・ウマが合わない相手と二人きりで、もちろん会話もなく、ただ時間を浪費していくなんて、億劫だ。天喰とて同じ気持ちだろう。
それに彼にとっては、高所からの監視なんて、嫌いな人間の個性伸ばしに付き合わされてるだけで何のメリットもないのだ。ただただ苦行でしかないだろう。

気が詰まるような思いで展望デッキをうろついて、しばらく経った頃―――天喰の電話が鳴った。ファットガムからの着信のようだ。
彼とはつい先ほども通話したばかりで、今回の電話までの間隔がやけに短い・・・もしかして、何かあったのだろうか?


『誘拐事件やッ!!』


天喰が電話にでると同時、ファットガムが叫んだ。それを聞いた二人が、ハッと目を見開いた。


「まさか・・・“人攫いのヴィラン集団”か!?」

『可能性は高い!奴らは優秀な個性の子供らを攫うっちゅう話やが・・・今回攫われたんは、あの子や!インゲニウムに憧れてた嬢ちゃんや!!』

「「!?」」


何日か前、パトロール中に出会ったツインテールの少女を思い出す。インゲニウムがヒーロー殺しに襲われたことを気に病んでいた、あの少女だ。たしか彼女は、“足が速い”個性なのだと自慢していた。
最近この界隈で、良い個性をもつ子供らを誘拐しているという――噂のヴィラン集団の仕業だろうか?


『ビヨンド!!さがせるかっ!?』

「へ、」


まさかここで自分に振られるとは思わず、強子の口から間抜けな声が漏れた。


『母親が言うには黒のワゴン車で連れ去られたそうや!まだそう遠くへ行っとらんはずやが・・・そこから見えるか!?あの子の声を思い出して、声の出どころを捜すんでもええ!!ビヨンドなら出来るやろっ!?』


電話の向こうで声を張り上げたファットガムに、強子は呆然とする。
そうか―――今の強子には、そういう個性の使い方ができるんだっけ・・・。


「・・・ファット、さすがに1年生にそこまでは「やります!」・・・はぁ・・・」


天喰の声にかぶせて、強子は声をあげた。
やれるかどうか、わからないけど・・・強子の限界を勝手に決めつけられるのは我慢ならない。

展望デッキの手すりの上に、強子はヒョイと身軽な動きで飛び乗った。
そして落下防止用の柵の合間から、鋭い視線で街を見渡す―――が、それらしき車は見当たらない。
手すりの上をテテテと移動すると、別の方角が見える位置まで来て、また鋭く街を見渡す―――それでも、やはり見当たらない。
そうして360度、街を見渡してみたものの―――結局、さがし物は見つからない。


「・・・チッ」


落胆と焦燥から思わず舌打ちする。
何としても、見つけなければ。そうでなきゃ強子は嘘つきになる。
ヒーローは凄いのだと、強子はオールマイトもびっくりするくらい強いのだと・・・そう言ったのは強子だ。強子のくだらない見栄から出た言葉だったが、それでも少女はその言葉を信じてくれた。その信頼を裏切るなんて・・・絶対に嫌だ!

強子は目蓋を閉じると、今度は、耳から聞こえてくる音に集中する。
上空で吹きすさぶ風の音―――ちがう、もっと下だ。
街中を急ぐ人々の声―――ちがう。ちがう・・・この人もちがう。あの少女の声は、聞こえてこない。
ワゴン車サイズの車が走る音―――ちがう、これじゃない。これもちがう。これは、これも、これも・・・こっちは―――


「あ、」

「っく、ひっく・・・救けて、ヒーロー・・・!」

「っ見つけた!!!」











少女を攫ったと思われる車がとまったのは、工業地帯の一角だった。
ファットガムと共にそこに向かってみれば、かなり規模の大きな廃工場へとたどり着いた。
潰れてからかなり経っているのか、薄暗いし、管理が行き届いておらず不衛生だし、人がいるような場所にはとても思えない。
けれど・・・間違いなく、廃工場の奥の方から、少女のすすり泣く声と、何人かの男の声が聞こえている。


「そうとくりゃ、乗りこむでっ!」


肩をぐるぐるとまわし、気合い十分のファットガムが足を進めた・・・だが、くるっと強子を振り返ると、


「で、どっちの建物や!?」


目の前の、二つ横並びにある建物を指さし、困ったように強子に問う。それに対し、強子も困ったように眉を八の字に下げた。


「すいません・・・建物の造りが入り組んでるせいか・・・声の詳細な位置を特定できないんです。どちらかの建物の奥にいるのは間違いないんですけど・・・」


建物の中は、迷路のように入り組んでいるようだ。まるで、雄英にある“運動場ガンマ”にあるような、複雑な造りをした工場である。


「しゃあない!二手に分かれんで!俺が左で、サンイーターとビヨンドは右や!」

「「えっ!?」」


二人して同時に、嫌そうに顔を歪めてファットガムを見やった。


「3人のパワーバランス考えたら当然やろ!ええか?適材適所や――ジブンら二人で、足らんとこを補いあってチームアップしぃや!・・・って時間が惜しいなっ!じきに警察も駆けつけるやろが、その前にカタァつけんで!!」


例の人攫い集団とやらは、逃げ足が速いことで有名だ。警察やヒーローの追跡を幾度とかわしてきた奴らである。
これまでに多くの被害が出てるにもかかわらず、今まで一人も捕まっていないどころか、その正体も個性も不明なのは、そういうわけだ。
そんな背景もあってか焦った様子のファットガムは、この機を逃すかと意気込んで、左側の建物に入っていった。


「「・・・」」


眉間にしわを寄せている二人も、これでもプロヒーローを志す者だ。溢れる不平不満はぐっと飲み込んで、攫われた少女を救け出すべく、右側の建物へと足を踏み出した。


建物に入ると同時、建物の様子をさぐるが―――物音や人の声が聞こえる場所までは距離がありそうだ。
強子は躊躇なくスタスタと建物の奥に向けて足を運び、天喰はそんな強子の一歩後ろを黙ってついてくる。


「(大丈夫なんだろうか・・・)」


後ろを歩く天喰に意識を向け、強子は口元を引きつらせた。
もしかしたら、ファットガムの入っていった建物が“当たり”で、こちらは“はずれ”かもしれない。
でも、こちらが“当たり”だとしたら・・・ヴィラン集団と戦闘することになる。そのうえ、もし幼い女の子を人質のように扱われでもしたら、非常に厄介だ。
二人でチームアップしろとファットガムは言うけれど・・・彼と強子は、二人でまともに会話もできない仲だというのに、無謀じゃないか?彼の実力とやらもまだ見てないし、いまいち信頼できない相棒である。
一抹の不安を抱えていると―――曲がり角を曲がった先に人の気配を感じて、強子は足をとめた。


「・・・誰かいます」


―――こっちが“当たり”かよっ!
思わず心中で嘆きながら天喰に小声で伝える。
どうやら、曲がり角の先にいるのは1人だけのようだが・・・相手を警戒するよう曲がり角の手前で立ちつくす。
しかし、ここで足を止めていては、いつまで経っても少女を救い出せない。
覚悟を決め、強子が曲がり角に向けて進もうとすると―――天喰がそれを手で制して強子の一歩前に出た。


「(お・・・?)」


彼の行動に目を見張っていると、彼は曲がり角へと足を進めた。
その姿は、いつものオドオドした感じではなく、迷いのない鋭い視線で、強く前を見据えている。


「あ!?なんだ お前?なんでこんなとこにガキがいんだよ」


曲がり角の先――天喰から距離のある位置に、一人の男が立っていた。男は口元に、赤い大きなバッテンが書かれた、特徴的なマスクをつけている。


「・・・俺は、ヒーローだ・・・!攫われた子を、救けに来た・・・!」

「はぁ?」


天喰の言葉に、男はマスクの下に隠れている口をニタリと歪めて笑う。


「そうか・・・知らなかったよ。最近じゃ、お前みたいな陰気な男でもヒーローになれるんだな」

「!」


ピタリと、天喰の体が固まった。


「にしても目つきの悪い野郎だなぁ・・・見た目もヒーローらしくねェし、どうせ個性もショボいんだろ?ヒーローごっこはいいからさぁ、さっさと帰った方がいいぜ?ここには、お前じゃ到底かなわない、恐ろしいヴィラン集団様がいるんだからよぉ!」


愉快そうに笑っている男に、天喰はギンッと鋭い一瞥を向けると―――


「・・・帰りたいッ!!」


盛大に嘆くと、ガバッと勢いよく地面に伏した。


・・・・・・って、はぁ?


「ちょっと、先パアァイ!?」


驚きのあまり、動揺した強子は、思わず曲がり角を飛び出した。
先ほど、後輩を制して一歩前に進み出た天喰を・・・先輩ヒーローらしいとこもあるじゃないかと少し見直した矢先に、これだよ。
マジで、ヒーローらしくないですってば先輩!


「なんだ、まだ他にもいたのか・・・ここはガキの遊び場じゃねーっつの」


強子の姿も、マスク男に視認されてしまった。こうなったら、もうコソコソするのは止めだ。
強子はマスク男を正面から見据え、同時に状況を把握する。
まっすぐ続いている通路には多くの扉があるが、あちこちに荷やガラクタが積まれているせいで、出入りが可能な扉は限られている。そして、少し離れた位置に立つ男の後ろには―――比較的きれいで、出入りできそうな扉がある。
女の子の泣き声と、数人の男の声は、その扉の奥から聞こえてくるようだ。
となると、通路に控えているこのマスク男は、見張り役といったところだろうか。


「ガキだろうが、俺ら“ポイズンキッキング”は容赦しねーぞ?お前らは、強個性の俺らの前に、ひれ伏せることになる!」

「・・・ポイズンキッキング?強個性?」


強子の眉がピクリと動き、警戒するように男を見つめた。


「そうだ!今やこの界隈じゃ知らん奴はいねーだろ!人攫いのプロ集団“ポイズンキッキング”をな!!毒にまつわる個性をもつ3人と、脅威のキック力を誇る2人・・・最強の5人さ!そして俺は、その5人の中核ともいえる存在―――この俺に出会ったが運の尽き・・・お前らは、ここでその哀れな人生の幕を閉じるわけだ」

「・・・ああ、死にたい・・・っ!」


もう黙っててくれないだろうかと、半目になって天喰を見やり―――その異常さに、目を見張った。
壁際でうずくまるように地面に手をつき、顔面蒼白になって、額に冷や汗を浮かばせている天喰。その手足は細かく震え、か細い息も乱れている。
明らかに様子がおかしい。日頃から自信なさげな彼だけど、こんなにも具合が悪そうな彼は、初めて見る。先ほどまでは普通だったのに、この変わり様は何だ!?


「驚いたか?俺の個性『毒舌』は、俺の言葉を聞いた者の心を抉り、戦意を削ぎ、生きる気力さえも奪う。その言葉が真実だろうとなかろうと関係なく、な」

「ど、毒舌・・・」


毒にまつわる個性って、それもアリなの・・・!?
聞くかぎり、言葉によって相手を翻弄するタイプのようなので、心操の『洗脳』に近いだろうか。
しかし、この男の個性―――優しい言葉をかけられてもビビるような、小心者の天喰には・・・相性が悪すぎる。

「ええか?適材適所や――ジブンら二人で、足らんとこを補いあってチームアップしぃや!」

ふぅ、と小さく息を吐きだすと、コスチュームのホットパンツ、そのポケットに両手を突っ込む強子。そして、うずくまる天喰の目の前まで歩み寄ったかと思えば、彼の前にしゃがみ込んだ。


「?」


強子の顔色をそっと窺う天喰は、怯えきった表情。
―――適材適所、だ。
ここは、強子がどうにかすべき局面なのだろう。


「・・・毒をもって毒を制す、ってね」


強子はポケットから手を引き抜くと、その手に持っていた“耳栓”を・・・天喰の耳にスポッと突っ込んだ。


「!?」

「よし、大丈夫だ・・・」


耳のサイズの差も ある程度ならカバーしてくれる、伸縮性に富んだ耳栓。その出来の良さに思わず笑みが漏れる。さすがは八百万ブランド!


「オイ、何してやがる!?」

「・・・この人に、あなたの言葉は猛毒みたいなので。もう聞かない方がいいと思って耳栓をしてもらいました」


心操の個性に対しては耳栓が有効だったので、『毒舌』にも有効ではないかと考えた結果の、応急処置であった。
嗅覚の特訓の時に使っていた耳栓が、ポケットに入れっぱなしで助かった。
まあ、嫌いな奴と耳栓を共有するとかイヤだろうけど、今は贅沢を言ってる場合じゃないので、天喰には我慢してもらおう。

―――さて、ここからが勝負だ。
強子はゆっくりと立ち上がると、天喰を背でかばうように立ち、マスク男に不敵な笑みを見せた。


「・・・あなたの相手は、私ひとりで充分!」

「ふん、威勢だけはいいようだが・・・どうせお前も、そこで縮こまってる男と同じだ!お前も俺の『毒舌』の前じゃ、無能なゴミクズさ!テメェらは汚ねぇ道端で縮こまって、己の無力さを死ぬまで嘆いてろ!」


おそらく、マスク男の『毒舌』とやらは既に発動されているのだろう。男がニヤつきながら吐く言葉を黙って聞きつつ、強子は思案した。
・・・以前にも、似たようなことを誰かに言われたような気がして、気になったのだ。


―――ハッ!勢いよく飛び出してったわりに、大したことねえな

―――ま、受かったところで、実力の伴わない奴はすぐ淘汰されんだろ。端役は端役らしく、端っこであがいてろや



ああ、そうだ―――爆豪にそんなことを言われたこともあったっけ。
本当に、あいつは人を苛立たせる天才だな。あいつの言葉は、強子を憤慨させるものばかりだ。
というか、ヒーロー科の人間がヴィランと同程度のセリフを吐くってどうなんだろうか・・・。


「お前がどんな個性だろうと、俺の前じゃ無意味!抗おうたって無駄だ!!お前には、攫ったガキも、そこの野郎も・・・救えやしない!」


これも以前、同じようなことを誰かに指摘された気がする。


―――どんなに個性に恵まれた人間だろうと、自身の才能を驕って努力を怠るような奴は、ヒーローとしての見込みがない


ああ、そうだ―――これは相澤から受けた説教の一部だったな。
これまでにいったい何度、彼から強子の力不足を指摘されたことか。生徒思いの彼は、隙あらばと、容赦ない言葉で強子を導いてくれている。


「煩わしい、ヒーロー気取りのクソガキどもが・・・!立場をわきまえず余計なことに首を突っ込む馬鹿は、見てるだけで胸クソ悪いぜ!」


以前も、こんな風に誰かに悪態をつかれた気がする。


―――身の丈ってものを少しは考えたら?正直、見ているこっちがイライラする。目ざわりなんだよ!


ああ、そうだ―――これは、物間のツンデレの、いわゆる“ツン”の部分だったか。
体育祭で、くだらない事にも猪のようにぶつかっていく強子に、物間はそうやって駄々をこねていた。あいつは嫌味な奴に見えるけど、見方を変えれば、かわいい部分もあるのだ。


「―――・・・『毒舌』が、強個性だって?面白いことを言うよね」


強子がぼそりと呟くと、男は顔色を変えた。顔から笑みを消した男は、訝しげに強子を見つめる。


「・・・この俺を前にして、取り乱さず平然としていられるとは、勇ましいじゃないか。自分が負けるなんて微塵も思ってねぇんだろうな」

―――個性把握テストもすごくかっこよかったし・・・身能さんのパワーなら、戦闘訓練でもそうそう負けないんじゃない!?


緑髪のあいつに、ひどい皮肉を言われたことを思い出す。
個性把握テストも戦闘訓練も・・・ずっと負け続けてる奴に言うセリフじゃないよな。


「貧弱そうな見た目にそぐわず、いい個性を持ってるのか?だが、お前が個性を駆使したって・・・俺らポイズンキッキングには敵わない!」

―――・・・ンンン、君の個性なら、もっとポイント取れたと思うんだけどね


入試の合格通知で、平和の象徴は、強子にそう苦言を呈した。強子は優良な個性を使いこなせていないと、図星を指された。
実際、強子はつい先日まで、個性の使い方も把握できてなかったわけだ。


「・・・やっぱり、大したことないよなぁ」


マスク男の吐いた言葉は、さして強子の心にダメージを与えない。
これならば よっぽど・・・今まで強子に向けられた辛辣な言葉の数々の方が、攻撃力は高い。そっちの言葉の方がずっと鋭利で、的確に強子の心を痛めつけてきた。


「・・・妙だな」


涼しい顔で悠然としている強子に、男は怪訝な顔を見せると・・・胸元から拳銃を取り出して構えた。


「個性は発動しているはずなのに・・・効いてないのか?」

「へぇ?それで個性を使ってたんだ?ちっとも気がつかなかったよ。あなたの言葉は・・・私にとっては、毒にも薬にもならないような、雑音でしかない」


そう言って煽るような笑みを男に向ければ、その不躾な態度に、男は表情筋をひくつかせて声を張り上げた。


「テメェ、頭おかしいんじゃねえのか!?俺の毒舌にも動じないし、銃を持つ相手に喧嘩売るって・・・狂ってんだろッ!」

―――身能が変なのはいつものことだろ?


・・・別に、何もおかしいことなんてない。
毒舌なら、強子はこれまでに数え切れないほど言われてきて・・・すでに、耐性がついている。今までに向けられてきた罵倒や嫌味に比べたら、マスク男の言葉は生ぬるいもんだ。
ついでに、銃弾よりも恐ろしいヴィラン――脳無と対敵したことがある人間が、今さら拳銃一丁に動揺も何もないさ。
強子が変なのではなく、天喰のビビりようの方が異常なんだよ。
そして、そんなビビりの天喰の前では言いにくいことだが、


「その程度の毒舌なら私でも語れるよ。あ、そうなると・・・私ってばハイブリッド個性ってことになる!?・・・いや、違うか・・・あなたが『無個性』ってことになっちゃうよね」


にっこりと、営業用のスマイルを張り付けた強子が小首を傾げる。
天喰のような繊細な奴なら『毒舌』の効果に屈してしまうだろうが、あいにく、図太い強子は『毒舌』程度じゃ屈しない。
むしろ、言われっぱなしなんて癪だからと、こちらも毒舌で応戦せずにはいられない。


「いやぁ・・・毒舌だなんて没個性、同情するよ。社会の役に立てず、世間からつまはじきにされて、唯一できることが子供の誘拐だもんね。本当に ろくでもない。けど、良かったね・・・そんなあなたでも、今なら社会に貢献できるよ?」


毒を以て毒を制すってやつさ。
毒舌には毒舌で返して、マスク男に知らしめてやらねばならない・・・毒舌を吐かれた側の苦しみを。


「私に大人しく捕まるだけで―――“ビヨンド”の輝かしいヒーローデビューへの供物になれるんだから。君の身にはあまる光栄でしょう?」


その時、パンッ―――と、乾いた音が響いた。血管を浮き上がらせた男が、拳銃を発砲させたのだ。
どうやら威嚇の発砲だったようで、強子にも天喰にも銃弾は当たっていない。しかし、男は照準を強子に合わせた。そのまま引き金を引けば、今度こそ強子に銃弾が飛んでいくだろう。


「・・・無駄話は終いだ。んなデカい口たたいたこと、後悔させてやる」

―――まったく・・・不毛な会話で無駄足をふんだな。本当に、見ず知らずの小娘には出過ぎたことだ

「毒舌が効かなくても、お前は丸腰で、俺には拳銃がある・・・こっちが有利なのは変わらねえ!」

―――相性がなあ・・・ただのパワータイプにはキツい相手だよな


「そっちこそ、武器を持ってるから有利だなんて・・・この超人社会において、よくそんな大口を叩けるね。まるで井の中の蛙―――まあ、カエルの方がずっと愛嬌があるから、あなたと一緒にしたらカエルに失礼だよね」


梅雨ちゃんに謝らないといけないな。
強子は微塵も恐怖を感じていないような表情で、ふふっと笑みをこぼすと―――右足、左足と・・・ゆっくり一歩ずつ踏みしめて、男に近づいていく。


「っ!?」


思ってもみなかった強子の大胆な行動に、男は咄嗟に、拳銃の引き金を引いていた。
パンッと喧しい音とともに、銃弾が強子に向かって発射される―――と同時、強子は頭をこてっと右側に傾けていて、傾けた顔の左側すれすれを銃弾がかすめていった。


「(このガキ、銃弾を避けたっ!?いや、まさか!!)」


口元に笑みを浮かべる強子は、尚もマスク男に向かって歩みを進めてくる。
慌てた男は、再び拳銃の引き金に指をかける。


「ば、馬鹿かよテメェは!!」

―――強子ってば頭いいくせに、ホント行動がバカすぎて・・・プッ


一発、二発・・・彼女に向けて撃った銃弾は、いずれも彼女には当たらず、彼女の左右を抜けていく。


「いやいや、敵に対して自分の個性をバラして、あげくに仲間の情報も与えちゃうなんて・・・そっちの方が馬鹿だと思わない?愚の骨頂だよねぇ?」


薄ら笑いを浮かべたまま、強子は男に向かっていく足を止めない。
その狂気染みた強子の奇行に、本当に武器なんて頼りにならないのでは?と男は顔を青ざめさせ、銃弾を撃ちつづけた。
初めは、誘拐してきた他の子供達のように、強子のことも捕えてブローカーに売り飛ばそうと考えていた男だったが・・・今や、そんな余裕はない。
彼女の命を奪ってでもいいから、彼女の足を止めたかった。自分に向かってくる足をとめない彼女に、得体の知れない恐ろしさを感じていた。


「人攫いの“プロ集団”?笑わせんなよ・・・個性を持て余したヴィラン風情が、一人じゃ何もできないから群れてるだけだろ。それにチーム名もセンスなさすぎ。ダサいって」

「へ、減らず口め・・・!」


けれど彼女に向けて撃った銃弾は、一向に彼女に当たらない。まるで撃った銃弾の方が、彼女を避けているかのようにさえ思えてくる。
―――実際には、銃弾が当たらないことに焦った男の腕がブレて、指先も震え、強子に照準が合っていないのだが・・・男はそれに気づけないほどに、動揺していた。


「ちょっと可愛い顔してると思えば、中身はとんでもねぇクソ女だな!」

―――入学早々に性格の悪さが露見したのは身能もだよな。クズを下水でフォンデュしたような性格してんじゃん?

「よくまぁ、そこまで性格悪くなれるもんだ!」

―――身能は確かに可愛いけど・・・あれはウラがある顔だって!あいつ絶対に性格極悪だってェ


「・・・どんだけ性格が悪かろうと、犯罪をおかすほど落ちぶれちゃいないんだわ。アンタみたいに、性格も、見た目も悪い上に、犯罪行為をはたらく下衆よか・・・よっぽどマシだって」


男はぐぬぬと歯がみする。
男の『毒舌』にも引けをとらないほどの強子の憎まれ口が、腹立たしくて仕方ない。図星というか、思い当たる節がある分、余計に悔しい気持ちが芽生えてくる。
それにしても、年頃の女子が、いったいどう育てば・・・こんなにも毒を吐く生き物になるんだろうか。
こうもツラツラと、気分の悪くなるほどの皮肉や嘲りの言葉が出てくるなんて・・・日頃から性格悪いことばかり考えているに違いない。


「・・・お前・・・ぜってぇ友だちいないだろ・・・!」

―――身能さんは“補欠入学”と先生もおっしゃっていましたし、授業や学校生活で困ったことがあればお声かけください。その時は お力添えいたしますわ

―――俺は“馴れ合い”のために雄英(ここ)にいるわけじゃない。友達ごっこがしてぇなら他をあたってくれ



右足、左足・・・交互に足を進める強子は、そのスピードをじわじわと速めていく。


「お前こそ、こんな通路に一人ぼっちでどうしたよ?5人の“中核”とか言ってたけど、見張り役とか良いように使われて、実は一人ハブられてんじゃない?まあ毒舌ばっか吐いてちゃ、仲間から煙たがられるのも当然か」

「っ・・・っく、そぉお!!何なんだよ、テメェは!」


いつの間にか銃弾は使い果たしたようで、引き金を引いても、もうカチカチと空しい音が響くだけ。
それを確認すると強子は目つきを鋭くし、ついに男に向かって走り出した。強子の俊足でいっきに距離を縮めれば、男はひぃっと情けない声を漏らした。
右足、そして左足―――男の前に左足を踏み出した強子は、きゅっと床を踏みしめながら、まだ拳銃を手放さない男の手元に左手で手刀を入れ、拳銃を床に落とす。
その程度の武器で、優位に立てるわけがないだろうが。だって、


「私は ヒーローだッ」


強子は左足を前に軸を保ったまま、足、腰、腕・・・蓄えたすべてのエネルギーを集約し、男のみぞおちに向けて―――右ストレートパンチをぶっ放す。
ドゴッという鈍い音とともに、男は数メートルほど吹っ飛び、乱雑に積み上げられた荷の山へと突っ込んた。
そして完全に意識を飛ばしたマスク男を見て、強子は勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ハッ!ヒーローなめんなよ、ばぁか!!」


個性『毒舌』―――言葉の真偽にかかわらず、その言葉を聞いた者の心を深く傷つけ、戦意を喪失させるだけでなく、生きる気力さえも奪ってしまう。警察やプロヒーローにとっても、厄介極まりない個性であった。
しかし、実はこの個性・・・毒舌を“言われ慣れている”者ほど、効果が薄いという難点があった。
つまり、普段から毒舌を言われつづけてきた不遇な強子は、男の個性にとって、相性最悪な相手だったのである。
そうとは知らず、単純に、男との毒舌勝負で言い負かしてやったと思っている強子は、得意げな表情でガッツポーズをとった。

・・・何はともあれ、人攫い集団の一人 マスク男との勝負―――ヒーロー“ビヨンド”のデビュー戦は、見事 初勝利をおさめたのだった。










==========

夢主の、ダーティーヒーロー的な部分を書きたかった。
もうお気づきかもしれませんが、うちの夢主は品行方正な“イイ子”ちゃんではありません。見栄は張るし、嘘もつくし、人を妬むこともあれば見下すこともあるし、自分を最優先させるような、普通の人間です。
それでも、自分なりに善悪の線引きをして、理想とするヒーローを目指し、自分の思うように行動する子だと思います。ヒーローとしての矜持は忘れないはず。
あと、口の悪さは、だいたい爆豪のせい。

人攫い集団は全部で5人!残り4人いるので、もう少し職場体験編が続きます!



[ 36/100 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -