見えないも見える

身能さんの『身体強化』なら・・・筋肉以外の“身体”も『強化』できるんちゃう?
例えばやけど、聴覚、嗅覚、視覚やら動体視力・・・そないな“身体機能”も―――



早速、ファットガム監修のもと、強子は五感を強化するトレーニングを開始した。はじめのうちは思うようにいかなくて、やはり無理なのではと、諦めかけた。
しかし―――自分の過去を振り返ってみて、あることに気がついた。強子は、ずっと前から・・・無意識に、そういう個性の使い方をしていたのだと。


例えば、聴覚。
初めてのヒーロー基礎学で行った、屋内の戦闘訓練のことを思い返す。
訓練スタートと同時に、轟の放った一撃により、ビルをまるごと凍らされたわけだが―――あの瞬間、強子の耳には聞こえていたのだ。建物に氷が張られていく、パキッ、パキッという音が・・・ビルの一階付近から上層階に向かって、凄まじい勢いでせり上がってくるのを。
あの時は、その音が聞こえたことに疑問を抱く余裕もなかったのだが、冷静に考えれば、離れた階層から、氷が張る程度の小さな音が聞こえるというのは、普通じゃない。
だけど、その音が聞こえたからこそ、強子は轟の一撃を確実にかわすことが出来たんだ。

それから、動体視力。
USJでのヴィラン襲撃時、脳無と対敵したことを思い出す。
死柄木の指示を受け、脳無が爆豪を襲おうとした際、強子には、脳無の動きがスロー再生のように見えていた。
オールマイト以外の皆は、脳無の動きを目で追うことも厳しい様子だったのに。強子には脳無の動きも、まわりの状況までも、鮮明に見えていた。
おかげで、脳無の強烈パンチから爆豪をかばうことが出来たんだ。

そういう危機迫った状況じゃなくても、普段から、強子の感覚が優れていると感じることは多々あった。
まず強子は、かなり視力がいい。視力検査なら、一番小さい文字まで全てまるっとお見通しだ。
遠く離れた場所にいる人物の細かな動作も表情も、よく見える―――以前、そのことに気づいた峰田に、異様に羨ましがられたことを思い出す。強子としては、見てはいけないものまで見ないよう配慮しているし、覗き見なんて以ての外であるが・・・峰田のやつ、絶対にやましいこと考えてやがったな。

また、これを誰かに話したら、絶対に強子が変な目で見られるし、絶対にぶちギレられると思って口にしなかったが―――爆豪から、甘い、イイ香りがするのだ。彼が『爆破』するとその香りが一瞬強くなるので、おそらくは彼が出す“ニトロのような汗”の香りなのだろう・・・。
凶悪な顔に似合わず、アマレットのような、ほっと落ち着く甘い香りを漂わせているだなんて、強子の気のせいであってほしかったのだが。


今までは意識していなかっただけで、間違いなく・・・筋肉以外の身体機能も、強子は強化できるのだ!
そうと自覚すれば、そういう『個性』の使い方のコツを掴むまで、そう時間はかからなかった。







「むむっ!この匂いは・・・“551”の豚まん!!」


ファットガム事務所のとある一室――その扉をあけると同時、強子が嬉しそうに声をあげた。
しかしながら・・・強子の目元は目隠しで覆われていて、何も見えていない状態だ。
おまけに、彼女の耳には耳栓がされている。強子お気に入りの八百万ブランド、最高品質の耳栓だから、物音ひとつ聞こえやしない。


「こっちか・・・!」


視覚、聴覚を奪われ、嗅覚のみが頼りの強子。だが、その足どりは自信にあふれている。慣れたような様子で、迷うことなく足を進めた。
部屋の奥には、5つの机が並んでいる。どの机の上にも、同じような箱が置いてあるけれど――――強子は右から二つ目の机に近づくと足を止めた。そして、躊躇なく箱に手を伸ばして、箱のふたを開ける。すると、ほわほわと美味しそうな肉まんの香りがより一層強くなった。


「よしっ!」


5つのうち1つの箱にしか入っていない肉まんを、嗅覚だけでさがし当てた強子が歓喜の声をあげた。目隠しと耳栓を外して、後ろに控えていたファットガムへと振り返る。


「これで20連勝ですよっ!ファットさん!!」


やり遂げた感満載の笑顔で強子が言えば、ファットガムも嬉しそうにウンウンと頷きながら「すごいでホンマ!」と褒めてくれる。


「でも、ホカホカ系の食べ物は難易度が低すぎません?嗅覚を強化しなくても、普通に匂いでわかりそうですけど・・・」

「それな!身能さんが頑張ったから、ご褒美に買うたんやで!温かいうちに食べや!」

「えっ?あ、ありがとうございます!」

「それ(昼メシ)食べたらパトロール行こか!!これからはパトロールしながら、より実践的に個性伸ばしの特訓すんでー!」

「はいっ!!」


ご褒美に貰った肉まんを手に、じゅるりと涎を垂らしながら、強子は切実に思う。
ファットガムのところに来てよかった、と・・・!
気さくで優しくて、それでいて男前で、真剣に強子の成長を考えてくれている彼に、心の底から感謝する。もう彼のいる方角に足を向けて寝れないな。というかもう・・・ファットさん大好き!

そんなファットガムは、もちろん地域の皆さまからも、とても愛されている。
強子は職場体験1日目からパトロールに同行させてもらい、本日でもう3日目になるが―――パトロールで街中を歩けば必ず、街のあちこちからファットガムに声がかかっていた。それに対して、ファットガム本人も楽しそうに返す。これが、日常の風景であった。
強子はそっと目を閉じて、聴覚に『個性』を発動させると、周囲の音を聞き分けようと集中する。
商売に勤しむ人々が呼び込みする声。たこ焼きが焼ける音。それを頬張って味わう人たちの、満足そうな声。
・・・なんとも大阪らしい、音の海だ。目を閉じていても、賑わう街の様子が手に取るようにわかる。
さらに聴覚を研ぎ澄ませ、付近にいる人々の声を聞き分ければ、どの人も、やはりファットガムに好意的なのがわかる。
きっと彼がいることで、安心して暮らせているのだろう。彼に対する感謝と、信頼が、人々から伝わってくる。
それに気づくと、強子はなんだか誇らしい気持ちになって、頬を緩めた。
―――が、その瞬間、目を閉じたまま歩いていた強子は、誰かに思いきり衝突した。


「痛ッテ・・・!?」


鼻をぶつけた痛みに、眉間にしわを寄せながら強子は目蓋を押し上げて、ぶつかった相手を視界にとらえた。
そこにいたのは・・・鋭い目つきで強子を睨む、天喰だった。
影が薄くてつい忘れがちなのだが、実は、彼も、職場体験の初日からずっと一緒に行動していた。
というか、なんか・・・すごい怒ってる?ぶつかったことを怒ってる!?その鋭い眼光に、慌てて謝ろうと強子が口を開いた。


「すっ・・・」


しかし、「すいませんでした」と言いきる前に、天喰はふいとそっぽを向いて、強子に背を向けて離れていった。


「(・・・・・・これだよ)」


強子は釈然としない面持ちで、天喰の後ろ姿を見送った。
初日から、どうにも彼とは、うまく意思疎通ができないでいた。
向こうから話しかけてくることは、まずない。話しかけても、蚊のなくような声で一言答えるくらいだ。それ以前に、彼と1対1で話す機会がそうそうない・・・どうにも、避けられている気がする。
それは決して、めちゃくちゃ可愛い強子に照れてるとか、そういう反応でもなさそうだ。彼が強子を“拒絶”している・・・そういう空気を、肌で感じるのだ。


「おーい ビヨンドちゃん!たこ焼き買うてきたでー!食うか?」


36個入りの大量のたこ焼きを持ってきて、ファットガムが笑顔で言う。彼がパトロールしながら、たこ焼きやらイカ焼きやらを食べている姿も、いつもの風景だ。


「わぁい!いただきますっ!」


ファットガムが楊枝に刺したたこ焼きを差し出し、それをパクリと口に入れる強子の口内が火傷するのも、もうルーティーンになっている。


「あっ、あふぃ(熱い)・・・!!」


涙目になり、ハフハフと口の中のたこ焼きを冷ましていれば、ファットガムをはじめ、周囲の人間からの視線を感じ、ん?と首を傾げた。


「「「・・・ええなぁ」」」


ほっこりと強子を見て笑みをこぼす人々。それを見て、強子はぎょっと目をむいた。
急いで口の中のたこ焼きを飲み込むと、強子は赤い顔で声を張り上げた。


「ちょっ・・・変なトコ見ないでくださいよ!恥ずかしいじゃないですかっ!」


たこ焼きが熱すぎて火傷と戦いながらも、しっかり味わいつつ、最後まで咀嚼する姿は、せわしないし、強子の顔も余裕なく必死な形相になっているに違いない。絶対にブサイクになってる。
頼むから、そんな顔は見ないでくれ!見るなら、ちゃんとキメ顔をしてる時にしてくれよ・・・!


「いやぁ・・・ホンマ癒されるなぁ」

「ここら、むさっ苦しぃヒーローしかおらんさかい。ビヨンドちゃんみたいな可愛い子が来てくれて良かったわぁ」

「次、ウチのたこ焼き食わへん?ビヨンドちゃんが食べとると売上あがんねん!どや、サービスしたるで!?」


そんな嬉しいことを言ってくれる人たちに、強子は抗議の言葉を飲み込んだ。
街の人からこうして、“ヒーローとして”声をかけられることに、こそばゆい感覚を味わいつつ、強子は破顔する。
さすがは人情の街、大阪だ。職場体験中の半人前な強子にも、ファットガムにするように気兼ねなく、親身に話しかけてくれる。
街の人に「ファットさんは むさ苦しくないやろ!?」とツッコミを返しているファットガムを見て―――やはり、ファットガムのところに来てよかったと、改めてそう思うのだった。


「それにしても、ビヨンドちゃんの実力はオールマイトも認めてるっちゅう話やろ?よくファットんとこに来てくれたなあ」

「ファットガム事務所は優秀な子がよう集まる・・・確か、サンイーターも雄英生やったっけ・・・」


その言葉に、ファットガムの後ろでだんまりしていた天喰に、人々の視線が集中した。
彼はぴくりと肩を揺らすと、猫背気味だった背中をさらに丸めて縮こまる。
そんな様子に、ファットガムが「ほんまメンタル育たんなぁ」と苦笑いをこぼせば、彼はとうとう、その場にしゃがみ込んでしまった。
―――と、しゃがみ込んだ天喰の視界に、小さな女の子がひょっこりと現れた。突然の登場に戸惑う彼の顔を、少女はじっと覗き込んでいる。


「お兄ちゃんも、ヒーロー?」

「え・・・まだ、仮だが・・・一応は・・・」


面食らいつつも、少女に素直に答えた天喰。
見たところ、まだ5歳か6歳か・・・幼い少女は、年の割に思いのほか、しっかりとした口調で天喰に話しかけた。
彼のほうは相変わらず自信なさそうだが、それでも強子との会話よりはずっと円滑だ。そのことに眉を寄せつつ、強子はその珍しい光景を見やった。


「ウチもな!ヒーロー目指しとるんや!!」


女の子はツインテールを揺らしながら、きらきらと瞳を輝かせて言う。


「ウチ、すごいねんで!?めっちゃ早く走れんねん!見る?見るっ!?」

「・・・いや・・・パトロール中だから・・・」

「ホンマ!?ほな、お兄ちゃんの戦うとこ見れる!?お兄ちゃんの個性、すごい?強い!?かっこええ!!?」


怒涛の勢いで質問攻めしてくる少女に、おどおどと「えっと・・・」「その・・・」「あう・・・」とまごついている。かと思えば、天喰は青白い顔を伏せ、震える声をようやく絞り出した。


「俺なんか・・・全然、すごくない・・・!」

「・・・え、そうなん・・・?」


その答えに、女の子はがっかりしたように眉尻を下げた。


「(おいおい、何やってんだ・・・)」


幼女相手に及び腰になって・・・あまつさえ、ヒーローに憧れてる幼い子供の夢を壊すようなことを言うなんて。ビッグ3ともあろう人が、何をやってるんだか。
そのヒーローらしくない行動に呆れて鼻から息を吐きだすと、強子は女の子の元へ近づき、しゃがんで少女と目線を合わせた。


「ヒーローはねぇ、凄いんだよ!!」

「え・・・?」

「そこのお兄ちゃんも・・・本当は凄い人だし、お姉ちゃんもね、めっちゃ凄いよ!ものすごく強いんだから!!」


少女の目の前で力こぶをつくり、二ッと歯を見せて笑えば、再び少女の瞳に光がさしてきた。期待をはらんだ顔で、少女は強子をじっと見つめてくる。


「お姉ちゃん・・・どのくらい強いん?」

「えっ・・・えっと、そうだな・・・」

「オールマイトより強い!?」


世界のヒエラルキーが崩壊するような仮説を口にした少女に、くらりと眩暈がした。オールマイトよりも強い奴なんているか?少なくとも強子の知る限り、いないよなぁ。
・・・だが、あまりに期待に満ちた笑顔で見てくる彼女を、裏切りたくはない。


「・・・オールマイトもビックリするくらい、強いよ!」

「わぁああっ!」


目を輝かせて強子を見る少女に笑顔を向けながら・・・何を言ってるんだ自分はと、内心では心底呆れている。でも、かろうじて、嘘じゃないはずだ。オールマイト“より”強いとは明言してないもの。かなりグレーゾーンだけど、嘘はついてない。


「・・・えっ・・・それは、誇張じゃ・・・」


顔を歪めてそう呟いた天喰をじろりと睨んで、黙らせる。
誇張でもなんでも、少女のヒーローに対する憧れを失うより、ずっとマシだろう。
幸い、天喰からの苦言は少女に聞こえていなかったようで、少女は憧れを抱いた表情で、強子に話しかけた。


「あんな、でもな!ウチが一番好きなのは・・・インゲニウムなんや!ウチの個性で、インゲニウムみたいな、誰かを守れるヒーローに、なりたいねん・・・!」

「!」

「せやけど、」


不安げに俯いた少女に、ぎゅっと服を掴まれて、強子はハッとする。
足が速いのだという少女は、同じように俊足を誇るヒーロー“インゲニウム”に憧れているのだろう。
だけど、彼は―――


「ヒーロー殺しに襲われたんやって、ニュースで言うとった・・・なぁ、インゲニウムは大丈夫なん?ヒーローは凄いんやろ!?負けへんよなぁ・・・?」


今にも泣き出しそうな少女を前に、強子がぐっと口を結んだ。
ふと周囲を見やれば、誰もが少女の言葉に同調するよう、暗い顔をしている。
それを見て、強子は確信した。
ヒーロー殺しの執念は、カリスマと言われるほどに凄いのかもしれないけど・・・やっぱり、あいつの思想は、間違っている。こんなにも人々を不安にさせて、人々から憧れや夢も奪っているんだから。
でもね、


「―――大丈ー夫!!」


端的に、大胆に。ズギャアアン!と非常口の標識みたいなポーズをとる。
混乱や不安にかられた人々に“安心”を与えるのも、ヒーローの務めだろう。
ぽかんと呆気にとられた少女に、強子は笑顔を見せた。


「ヒーローは、凄いんだから!なにも不安になることはないよ!大丈ー夫!」


いつぞや、パニックに陥った食堂で、多くの人々を導いてくれた飯田のことを思い出す。
頭も良いし、運動神経も優れていて・・・他人を思いやり、規律を重んじて行動できる、すごい奴なのだ。
きっと、彼なら――大丈夫。


「“インゲニウム”は・・・決して、折れないッ!」










なんて偉そうに息まいていたが―――
その日、職場体験を終えた後、ファットガムに美味しいお好み焼き屋さんに連れてってもらった強子。満腹状態で帰宅してから、スマホを見て・・・さぁっと血の気が引いた。


「・・・今日、だったのか・・・」


緑谷からクラスメイトに一括送信された、東京都保須市の一角を示す位置情報を凝視する。
それが意味するものは・・・ヒーロー殺し“ステイン”と遭遇したため、そこに応援を呼んでほしいという、SOSだったはず。
しかし、位置情報が送られてきてから、すでに数時間が経っている。もう、とっくに事態は収束していることだろう。
テレビをつけると、予想どおり、ヒーロー殺しが逮捕されたというニュースが流れている。負傷者は多いようだが、死者は出ていないようでホッと肩の力を抜く。
それにしても・・・まさか、今日だったなんて。
位置情報が送られてきたら通報しようと、そう思っていたのに。
うっかりしていた―――路地裏組の三人が生死をかけ、奴とやりあっている間に・・・強子は呑気にお好み焼きを食べていたなんて。

せめてもの詫びにと、翌日の朝、強子は轟に電話をかけてみることにした。


「っもしもし轟くん!?生きてる!?元気!!?」


コール音が鳴りおわると同時、たたみ掛けるように問えば、彼に迷惑そうな声音で『身能・・・もう少し、声量をおさえられねぇか』と言われてしまった。
意気込んで喋ってしまったせいで、ついつい声が大きくなっていたらしい。反省し、今度は少し声量を抑えて、再び強子は轟に問いかける。


「ヒーロー殺しと会ったんでしょう?怪我は?無事なの・・・?」

『ああ、俺の方は・・・あ、おいっ、飯・・・』


電話口の音声が一瞬乱れ、音が途切れた。おかしいなと思い強子が耳を澄ませると、


『身能くんっ!無事なのか!!?』


大爆音で聞こえた飯田の声に、強子の耳がキーンと痛んだ。思わず、電話口を耳から数十センチほど遠ざける。


「(・・・いや、おかしくね?)」


強子は片眉を押し上げると、怪訝な表情でスマホを見つめた。
なんで・・・強子が、飯田に心配されているんだ?
ヒーロー殺しに襲われたのは、飯田たちだよな?強子は大阪で、実に順風満帆に職場体験をしていたはずだ。彼らが襲われてる間も、強子はお好み焼きを頬張っていたというのに。


『聞いているのか身能くん!聞いていたら返事をしたまえっ!君は、何事もないのか!?大丈夫なんだろうな!?』

「いや、おかしくね!?」


耐えきれず、ついガサツな言葉遣いでツッコんでしまった。


「立場、逆だよね!私の方は無事に決まってるよ!ヒーロー殺しと遭遇した飯田くんに心配されるって、可笑しいでしょう!」

『む・・・!そうか、無事ならそれでいいんだ・・・』


強子の言いたいことが伝わっているのか、いないのか・・・微妙なところだ。
疲れたように強子はひとつため息をこぼすと「でも、」と言葉を続けた。


「飯田くんが、飯田くんらしく戻って良かったよ!」

『・・・それは、』

「まわり、全然見えてなかったもんねぇ!こう、ガーッとなっちゃってさ!」


兄を再起不能に陥れたヒーロー殺しに、一矢報いようと躍起になっていた飯田。恨みつらみで動く人間は・・・視野が狭まって周りも見えず、誰の言葉も入ってこないもの。
けれど、今の飯田は、離れたところにいる友人の身を案じられるほど、視野が広がったというわけだ。


『そうだな・・・俺は、いい友人をもった。おかげで、見えていなかったことに気がつけた』


そう言った飯田の言葉は、吹っ切れたような明るさがあり、なにやら決意に満ちている。
ほらね、強子の言ったとおり―――“インゲニウム”は折れていない。





電話を切り、さて今日もトレーニングに、パトロールに、エトセトラ!気合いを入れてこうと顔をあげると・・・強子をじとりと睨んでいる天喰の存在に気がついた。


「あの、何か・・・?」


彼を警戒するよう眉根を寄せ、問う。
天喰も眉間にしわを寄せ、強子からすっと視線をそらした。


「・・・昨日の・・・君はなぜ、ああいう態度をとるんだ・・・?」

「はい?」


昨日の――というと、ツインテ少女に対して、ヒーローは凄いのだと、強子も強いのだと・・・そう主張したことだろうか。


「あれは、明らかに誇張表現だ・・・虚栄を張ったところで、実質が伴わないことが露見すれば・・・より一層、相手の失望は大きくなる・・・」


相変わらず強子と目を合わせず、ぼそぼそと言葉を続ける天喰。
彼が強子に、こんな長文で話しかけてきたのは初めてで、なんとなく身構える。


「・・・考えるだけで、頭痛がする・・・あんなに自信満々な態度をとれる君の神経が、計り知れない・・・」


本当に、今日の彼はよくしゃべる。


「・・・自分の個性の使い方も、把握できてないのに・・・」


ピシリと、強子が固まった。
個性の使い方を把握していない――それを、第三者に言われたくはなかった。
高校生にもなって、それもヒーロー科に在籍する者が、自身の個性の使い方をわかっていないなんて言語道断だ。雄英生にあるまじき、醜態である。
―――今まで緑谷のことを、まだ個性を使いこなせていないと見下していたわけだが・・・その強子自身が、個性を使いこなせていなかったのだから。とんだ笑い者だ。
誰かに言われるまでもなく、誰よりも自分自身が・・・自分という人間に失望している。


「・・・それに、“大丈夫”だなんて・・・君は、安請け合いしていい立場じゃない。根拠もなにもないのに、無責任に勝手な希望を語って・・・もし叶わなければ、相手はさらに傷つき、君への信用もなくなる・・・」


本当に、要らんことまで、よくしゃべる。


「――そうなれば君も、ヒーローとして、お終いだ・・・!」


強子のことを見もせず、床をじっと睨みながら話す天喰。彼に向かって一歩二歩と、強子はゆっくりと歩み寄る。


「・・・先輩こそ、」


「諸先輩方と意見が対立するようなことがあっても・・・感情のまま、たて突くような事は駄目ですからね!?」

頭の片隅では、一生懸命に八百万が強子を止めている。でも・・・ごめんね百ちゃん。もう、これ以上は我慢できそうにないや。


「どうして、そういう態度、とるんスか・・・?」


ファットガム事務所に来た初日から、ずっと思っていたんだ―――


「エリートな雄英生・・・その中でもビッグ3と呼ばれるような人が、なんでそんな、自信がないんですか?どうしてそこまで、後ろ向きになれるんですか?」


天喰環は、雄英高校の最高学年で、その中でもトップ3の実力者なはずだ。
素晴らしいじゃないか。格好いいじゃないか。輝かしいじゃないか!
同じ雄英生とはいえ、まだホヤホヤの1年生で、そんな中でも“ドベ”といえる位置にいる、補欠入学生の強子とは・・・天と地ほどの差があるわけだ。
それなのに、どうして?強子にはとても理解ができない。


「優しい街の人たちにもビビるような態度だし、小さな女の子にも及び腰で・・・先輩の態度、ちっともヒーローらしくないです」


せっかく天喰に話しかけてくれてるのに、彼らに対して失礼だろう。ファットガムみたく、もう少し気さくに接せられないものか?“小心者”も、度が過ぎれば“無礼者”だ。
小さい子の前では、子供にとって良い見本であろうと、少しは背伸びできないものか?ヒーロー云々、以前の問題だ。


「私と、目も合わせようとしませんよねぇ?」


彼の視界に入りこめるまで距離を縮め、彼の顔をのぞきこむように見れば・・・彼は緩慢とした動きで、視線を床から強子の顔に向けた。かと思えば、やはり彼と強子の視線が合わさることはなく、すぐにそっぽを向かれてしまう。


「・・・ここ数日、いつ見たって そう。びくびく、もじもじ、おどおど―――情けないッスよ!こんな人が雄英の“ビッグ3”だなんて・・・もう、がっかり!」


雄英に入ってから、強子の周りにいる奴ら――とくにA組は、凄い奴らばかりだった。
強子と同等の実力だろうと思っていた奴にさえ、思わぬところで優秀さやヒーローの素質を見せつけられ、強子が舌を巻くくらいだ。
だからこそ、ビッグ3ともなる人は、さぞかし凄いヒーローなのだろうと、憧れを抱いていた。
実力もさることながら、きっと後輩にも親切に接してくれる“優しい人”なのだろうと、期待していた。
でも―――実際に間近で彼を見て、彼と接してみて、理想と現実のギャップに衝撃を受けたんだ。


「どうして、いつも悪い方に物事を捉えるんスか!?いつも否定から入るんスか!?なんで、人の視線から隠れようとするんッスか!?」


強子の苛ついた口調が、だんだんと荒々しくなっていく。
天喰を見ていると、どうしたって強子は苛ついてしょうがない。
“自分ならこうするのに”と思うことをやってくれない。“それは止めたほうがいい”と思うことをやってしまう。それがどうにも歯がゆくて、じれったくて、モヤモヤと不満ばかりが鬱積していく。
こんな陰気くさい男は、今まで強子の周りに一人もいなかった。―――いや、似たような部類で、ナード感があふれる緑谷にも苛立つことはあったな。天喰も緑谷も・・・その実力や才能と反して、へなちょこで、まわりにビビッてばっかで、不甲斐ない!


「・・・見てるこっちが、ムカつくんスよ!!」


言いたいことを吐きだして、肩で息をしながら強子は天喰をじっと睨む。
ああ・・・ついに、言ってしまった。さすがの天喰もここまで言われたら、生意気な後輩を怒るだろう。
でも、それでいい―――むしろ、そうしてくれと望んでいる自分がいる。
生意気なやつを糾弾するくらいの気概を見せてくれ。後輩を黙らせるくらい、言い返してみせろ。それくらいしてくれないと、本当に彼がビッグ3なのかと疑問が残ってしまう。
なんなら、個性を使って攻撃してきたって構わない。雄英のトップの実力、見せてもらおうじゃないか!・・・こっちもタダでやられるつもりはないけど。


「・・・・・・やっぱり」

「!?」


彼が動きを見せたことで、強子の体もピクリと反応する。
天喰は震える声で低くつぶやくと、踵を返して、強子に背を向ける。そして、ため息まじりに漏らす。


「・・・嫌い、だ・・・」

「・・・っ!」


その一言に、強子は目を見開いた。
雄英に入学してから、交友関係の悩みは尽きなかったけど・・・強子に対してハッキリ「嫌いだ」と言われたことは、一度も無かった。ムカつくとかウザいとか言われても、強子自身を嫌いだと、否定されたことは無かったというのに。
天喰の言葉は、予想していたよりずっと、強子の心にグサリと刺さるものだった。
強子に背を向け歩き出した天喰の後ろ姿を見送りながら、強子は釈然としない面持ちになる。

そして彼の姿が見えなくなると、強子は強く拳を握り、腹立たし気に眉間にしわを寄せた。
ファットガム事務所に来た初日から、ずっと思っていたが―――やっぱり、


「(私は天喰先輩と・・・ウマが合わないっ!!)」












==========

体験先をファットガム事務所にしようと考えついた時から、夢主と天喰くんはウマがあわないだろうと思ってました。
性格が・・・違いすぎる。目立ちたがり屋と、引っ込み思案。根拠のない自信家と、杞憂する小心者。
きっと幼少期、天喰くんがヒラヒラ舞う蝶を目で追って楽しむのに対して、夢主は木に登ってオオクワガタを捕まえてハシャいでたに違いない。そして飼わずに、売る。

悲しいことですが、自分とは違うもの・自分の知らないものって、どうしても警戒しちゃって、排他的になるんですよね。

なお、夢主の個性――真に驚くべきところは、肉まんの種類まで言い当てていることです。包みの箱の匂い、生地の香り、生地に隠れた中身の具の種類を嗅ぎ分けて、どこの店の肉まんなのかを特定する!末恐ろしい才能です。。。



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