胸ふくらむヤツ

「今日の“ヒーロー情報学”、ちょっと特別だぞ」


相澤の言葉に、いったい何をするのかと教室に緊張が走る。
ヒーロー関連の複雑な法律か、はたまた、抜き打ちの小テストか・・・いずれにしても、クラスの誰かしらの涙を呑む姿が見られることだろう。


「『コードネーム』・・・ヒーロー名の考案だ」

「「「胸ふくらむヤツきたああああ!!」」」


A組の生徒たちがワッと盛り上がる―――が、その次の瞬間には相澤の睨みが効いて、しんと教室が静まり返った。
静かになった教室を確認してから、相澤が言葉を続ける。


「・・・というのも先日話した“プロからのドラフト指名”に関係してくる」


強子はごくりと唾をのみこんだ。
ついに、この時がきた。


「指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から・・・つまり、今回きた“指名”は将来性に対する“興味”に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ」


ドラフト指名―――果たして、強子に指名は来ているだろうか!?
体育祭では、それなりに目立っていたと思う。最終戦績はパッとしないものの、予選から注目をあびるシーンは少なからずあったし、トーナメント戦でベスト8まで勝ち上がった。
さらに強子は、オールマイトの推薦があって入学したことから、“秘蔵っ子”だとかなんとか、メディアで持ち上げられてたりもする。
こんな大層な付加価値まであるのだから・・・当然、指名も来ているよな!!?
ドクドクと煩い胸元に手を添え、強子は教壇を凝視した。


「で、その指名の集計結果がこうだ」

「・・・っ!」


黒板に表示されたA組の指名件数を見て、思わず強子は、ガタリと音をたてて立ち上がった。


4012―――轟
3305―――爆豪
 964―――身能 
 326―――常闇
 289―――飯田
 257―――上鳴
 101―――八百万
  44―――切島
  13―――麗日
  10―――瀬呂
   1―――芦戸


「例年はもっとバラけるんだが、とくに二人に注目が偏った」


その結果を、何度も何度も繰り返し確認して、強子の表情がぱぁあっと輝く。


「ほわぁぁぁあっ・・・!!」


表情筋がゆるゆるになり、締まりのない、情けない顔を晒してしまう。慌てて強子は両手のひらを自分の頬にあてて取り繕ったが、強子のそんなリアクションも、仕方のないことだろう。
だって、強子の指名件数は―――3位だ。
優秀なA組において、轟と爆豪に次いで指名が多い、3位なのだ・・・!


「っくうぅぅぅ・・・!!」


強子はぎゅっと目蓋を閉じ、一人、喜びを噛みしめた。


「つーか、1位 2位、逆転してんじゃん」

「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな・・・」

「ビビッてんじゃねーよプロが!!」


教室前方では体育祭優勝者がなにやら喚いているが、その耳障りな声すら、今の強子は気にもとめない。
鼻歌でも歌いだしそうな上機嫌で椅子に座りなおすと、足をプラプラと揺らす強子。


「えっへへへへェ・・・!」


わかりやすく、浮かれている。けれど、それもそうだろう。
体育祭で、彼女は多くの困難にぶち当たった。予期せぬ突発的な事態に振り回された。超えられない、大きな壁にも邪魔された。自分自身の限界を突きつけられた。
それでもめげずに・・・自分に出来ることを、出来るかぎりやろうとした強子の努力が、今、報われたんだ。強子の努力による成果が、数字として表れている。


「さすがですわ、轟さん」

「ほとんど親の話題ありきだろ」


強子の前の席では、轟を称える八百万と、それにクールに返す轟のやり取りが見られた。
普段の強子なら、もっと喜ぼうぜと無表情の轟に声をかけるところだが・・・今ばかりは、自分のことを考えるので精いっぱいだ。


「身能が3位とか、マジで下剋上じゃねーか」

「ベスト4の常闇と飯田より、指名数 上だもんな・・・」


教室前方でコソコソと話しているのを耳ざとく聞き取ると、強子はにんまりと口角をあげた。
そうっ・・・!そうなのだっ!!


「わたしッ、3位ぃぃ「うるせぇ!!」ぃ!!」


感極まった強子がぴょんと飛び上がって喜びを表現すると、即座に、鬼の形相をした男に怒鳴られた。


「テメーはさっきからヘラヘラしやがって何様のつもりだ補欠女ぁ!3位ごときが調子にのってんじゃねー!!わかってんのか、オメェの上には二人いんだよっ!文字どおり“ケタ違い”の差ぁつけてなァ!」

「ぐっ・・・」


爆豪に容赦なく突きつけられた事実に、危うく心が挫けそうになる。


「っでも・・・私に指名をくれたプロが、964人もいるんだよ!?この結果に、少しくらい喜んだっていいじゃない!!」


正直、トップの二人が圧倒的なのは、強子には元々わかっていたことだ。だから、自分の上に二人がいることに、そこまでの悔しさはなかった。
それよりも、強子を指名してくれたプロヒーローがこんなにもいるのだという事実に、ひたすら心が躍った。これは、誰にも予想し得なかった快挙だ。
ドラフト指名に関していえば、強子は―――これまでのように“上”を見てへこむのではなくて、自分自身が成し遂げた成果を、純粋に喜んでいた。
・・・だというのに、なぜ爆豪に、こうも騒ぎ立てられなきゃいけないのか。


「ハッ!指名数1000もいかねェ奴が、イキがってんな!!」


イラッ―――
腹から湧き出てくるような怒りの念を抑えるよう、強子は無理やり笑顔を張り付ける。


「爆豪くん、少し、黙ったほうがいい・・・君は今、轟くん以外のクラスメイト全員を敵にまわしたよ・・・っ!」


なんてったって、クラスのほとんどは指名件数 1000未満だ。爆豪の言葉にはA組の大多数がカチンときたようで、みんなの顔が怒りや悔しさから歪んでいる。
くそぅ・・・やっぱり爆豪のやつ、腹立つなぁ。
こんなにカンにさわる奴と―――あんな、キスをしそうになる夢を見るとか、マジであり得ない。自分のことながら脳のはたらきは正常なのかと不安になる。
 

「爆豪、身能・・・お前ら二人とも煩い」


怒りのボルテージが上がってきたところで、相澤に一蹴された。
強子は笑顔を張り付けたまま、爆豪も強子を睨みつけたまま、仕方なく、二人はグッと押し黙る。
とりあえずは黙ったものの・・・まだ納得いかない様子の強子を見て、相澤はため息をこぼした。


「身能の指名数・・・1年生にしては、確かに優秀な方だ」

「!」

「だがな、身能の場合・・・約9割の指名票は、話題性によるもんだと肝に銘じておけ」

「え」


話題性?何を言ってるんだ?強子の表情から笑みが消えた。


「体育祭のときの実況解説で、オールマイトの推薦で入学したことが割れてるからな。お前がオールマイトの秘蔵っ子だとか騒がれてるくらいだ。つまり、“身能自身”ではなく、身能のその“ステータス”に興味をもったプロからの指名も多いっつうことだ。あんま浮かれんなよ」

「なんっ・・・だと・・・!」


それが、強子の指名の9割も占めていると!?強子自身でなく、強子の付加価値の方に興味をもったプロが・・・9割、だと・・・?
その付加価値――“オールマイトの推薦”というのも、実のところ、彼が期待したのは強子自身ではなくて緑谷という他者なのだから、救われない。
おまけに、一部のメディアでは、オールマイトに推薦された身でありながらベスト8どまりの強子を「期待外れ」、「彼の見込み違いだった」と、そう批判する声も聞こえていた。
・・・まったく、酷いことを言ってくれるよなぁ。
その言葉、そっくりそのまま緑谷にぶつけてやりたいくらいだ。オールマイトが目をかけている“秘蔵っ子”は、本当は緑谷なんだから。その緑谷だって、ベスト8どまりなんだからさ。
強子は脱力してストンと自席に腰かけると、前かがみに俯いて―――やがて、ふるふると小さく震えだした。


「あの、強子さん・・・?」


強子の様子に、うかがうように八百万が彼女に声をかけた。
すると一拍おいた後、彼女はがばっと勢いよく上体を起し、にっこりと笑顔を見せた――ギリギリと歯を食いしばりながら。


「ははは・・・9割が話題性による指名だって?それがどうしたよ・・・その程度の脅しで、この私がヘコむとでも?片腹イタいわ!だって、裏を返せば1割――およそ96件の指名は、私の実力を見てのご指名ってことだよね?96件もだよ!?俄然アガるっての・・・!」


強子に対する世間の認識が誤っていることについては、誰に文句を言ったところで、解決できるもんじゃない。
腐ってても良いことなんて無いのだから・・・だったら、前向きに、この現実を受け止めていくしかない!


「「「(相変わらず、ガッツすげぇ・・・)」」」


恨めしげに黒板を睨みながらも、ポジティブな屁理屈をブツブツ唱えている強子。
彼女の打たれ強さを目の当たりにして、A組の大多数が、ほっこりとして笑みを浮かべた。


「さて、」


相澤の一声に、クラスの注目が教壇に向けられる。生徒たちの視線を受けながら、相澤は黒板を指し示した。


「これを踏まえ・・・指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

「!!」

「お前らは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」

「それでヒーロー名か!」
 

クラスの誰もが、“職場体験”というワードと、そのための“ヒーロー名”ということで盛り上がりを見せる。


「まァ仮ではあるが、適当なもんは・・・」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」


ガラッと教室のドアが開き、ヒールの音を響かせて、颯爽とミッドナイトが入ってきた。


「この時の名が世に認知され、そのままプロ名になってる人 多いからね!!」

「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう・・・俺はそういうのできん。将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが”名は体を表す”ってことだ」


相澤の言葉に、はたと目を見開く。
なるほど、そうか―――“名前”という常に背負うものだから、それだけ常に自分の脳に言い聞かせられるのだ。私のあるべき姿がどうなのか。私は、目指すビジョンに近づけているのか。
そして、背負ってしまったからには、実現しないわけにはいかない。そういうプレッシャーも与えられるわけだ。


「(ヒーロー名って、思ってたよりずっと、重いんだなぁ・・・)」







15分後。


「じゃ、そろそろ・・・出来た人から発表してね!」


思いがけず発表形式だったことにクラスが戸惑う中、先陣をきったのは、青山だった。


「行くよ・・・」


教壇に立って、ヒーロー名を書いたボードを掲げる青山に、皆が固唾をのんで見守った。


「輝きヒーロー 『I can not stop twinkling.(キラキラが止められないよ☆)』」

「短文!!!」

「「「(なァァ・・・!これは・・・!!)」」」



「じゃあ次アタシね!『エイリアンクイーン!!』」

「「「(バカヤロー!!)」」」


――最初に変なの来たせいで、大喜利っぽい空気になったじゃねぇか!!
クラスが妙な空気に包まれ、身動きひとつ取りづらい状況となったが・・・そこで、我らが梅雨ちゃんが名乗りを上げた。


「小学生の時から決めてたの・・・『フロッピー』」

「カワイイ!!親しみやすくて良いわ!!」


お手本のようなネーミングでクラスの空気を変えてくれた蛙吹に、感謝の気持ちを込めて、フロッピーコールが沸き起こった。ありがとう、フロッピー。
続いて、教壇上に登ったのは、


「んじゃ俺!!『烈怒頼雄斗(レッドライオット)』!!」


気合いを入れた切島が、意気込んだ様子でヒーロー名を表明した。


「“赤の狂騒”!これはアレね!?漢気ヒーロー『紅頼雄斗(クリムゾンライオット)』リスペクトね!」

「そっス!だいぶ古いけど、俺の目指すヒーロー像は“紅”そのものなんス」


憧れのヒーローを思い浮かべ、切島の眼はきらきらと輝いている。その純粋な眼差しを見てから、ミッドナイトは彼のボードに目を落とす。


「フフ・・・憧れの名を背負うってからには、相応の重圧がついてまわるわよ」

「覚悟の上っス!!」


間髪入れず、そうハッキリと言いきった切島に、強子はぽかんとして彼を見つめた。


「(切島くん、かっこいいなぁ・・・)」


憧れの名を背負う覚悟。ミッドナイトの言うように、相応の重圧が常に彼を苦しめるだろうけど・・・彼は、それを受け入れる覚悟ができているのだ。
やはり、切島はすごい。いつでも前向きで、勇気にあふれ、積極的に行動を起こせるんだから。

実を言うと強子は、自分のヒーロー名なら、とっくに考えてあった。手元のボードにもすでに書き込んである。
だけど・・・それを名乗る覚悟は、まだなかった。
別に、憧れの誰かを意識したヒーロー名でもないし、大げさに考えすぎかもしれないけど―――名は体を表すと言われたように、このヒーロー名が、強子の今後の人生を決めてしまうのでは?
そう思ったら、なかなか、自分のヒーロー名を表明する踏ん切りがつかなかったのだ。

そのとき、ミッドナイトからOKをもらって、ちょうど教壇から席に戻っていた切島と目が合った。
彼は二ッと満面の笑みを見せ、ほんの一瞬、強子だけが気づくように親指をぐっと立てて見せた。


「!」


すぐに彼は席に座ってしまったので、彼の表情をもう見ることはできない。あの一瞬のサムズアップが、彼の笑顔が意味するところは・・・わからないまま。
ただ強子は、彼からの一瞬の合図に、背中を押されたような感覚になった。
後から考えると、彼の勢いに便乗しただけのような気もするけど―――気がつくと強子は、はじかれたように立ち上がり、その手を頭上高くあげていた。


「――次っ、いいですか!?」


ミッドナイトに呼ばれ、ボードを持って教壇まで歩いて行く。教室の最後方が座席の強子には、その道のりが、なんだか長く感じられた。
そして教壇まで来ると、自分を見つめているA組みんなの顔を見渡す。
強子にとって、大事なクラスメイトたち。良き友だちであり、無二の好敵手でもある彼ら。
この20人に知ってもらいたい・・・ヒーローとしての、強子の名を。


「私は――― 強化ヒーロー『ビヨンド』です!!」


ボードを教卓の上にドンと置いて、きりりとした表情でその名を言い放つ。
そんな強子を教壇の脇から見ていたミッドナイトは、ふむと口元に手をあてた。


「ビヨンド――これは英語の「〜を超えて」、「〜の向こうに」という意味の“beyond”で合ってる?」

「は、はいっ!」

「なるほど。人間が本来もっている身体能力の範囲を“超えて”いく身能さんの『身体強化』・・・まさに“ビヨンド”よね!」


納得したように頷いて強子に笑顔を向けたミッドナイトに、ほっと息をついて、力んでいた肩の力が抜ける。


「うん、音の響きも覚えやすくて、呼びやすいし。なにより・・・雄英(うち)の校訓である“プルス・ウルトラ”ともマッチしてて、いいじゃない!!」


限界を超えて、さらに向こうへ―――きっと、“ビヨンド”なら、そういうヒーローになれるはず。

そしてもう一つ、この名前には意味がある。

“beyond”は、“あの世”や“来世”を指すときにも使う言葉だ。
身能強子という人間は――かつて、無念にも殺された“私”にとっての“来世”にあたる。自分は自分だけれど、前世の“私”あっての自分であることも忘れてはならない。
誰にも救けてもらえなかった“私”の死・・・その恐怖も、悲しみも、忘れないように。
“私”のような救われない人を無くすという目標を、絶対に忘れないように。
強子にとってのオリジン――前世の“私”への弔いを、生涯忘れないように。

そのために、強子は、この名前を背負うのだ。

強子は、ヒーロー名を書いたボードを、ぎゅっと胸元に抱きしめる。
将来自分がどうなるのか、名をつけることでイメージが固まると言うけれど・・・将来の自分なんて、まだ、モヤモヤとした曖昧なものでしかない。
だけど、自分のイメージできる自分すらも“超えて”いける、そんなヒーローに、強子はなるんだ・・・!










==========

夢主の指名数・・・クラスのみんなの指名数から奪ってます(笑)原作よりもみんなの指名数が減ってるというわけです・・・ほんとゴメンナサイ。
細かいこだわりですが、需要が被りそうな子達から指名票を夢主に与えて・・・そのほか、本来A組の誰にも指名しないで夢主に指名したプロは500名と想定。その結果の964票でした。
あと、芦戸VS夢主の戦いを見て、芦戸に指名を入れたプロも追加。原作は指名なかったけどね、改変しました。

ヒーロー名は、連載初期からずっと考えてたけど、これ以上のものは思い浮かばず、ビヨンドちゃんになりました。
名前変換だと、ウラビティ的な名前もじりのヒーロー名は無理だし。夢主の可愛らしさをアピールした名前も考えたけど、売れないアイドルみたいな安っぽさが出るし。そうなると、個性に由来した名前しかないかなって。



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