選択せよ

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は、予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう」


A組生徒のヒーロー名があらかた決まったところで、ヒーロー情報学の授業を終えると、相澤から職場体験について詳細を聞かされた。


「それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる―――よく考えて選べよ」


クラスにプリントが配られ始めると、さっそく何人かが口を開き、職場体験先をどうしようかという話題に花が咲く。


「俺ァ都市部での、対・凶悪犯罪!」

「私は水難に係わるところがいいわ。あるかしら・・・」


指名がなかった者も選択肢が40も用意されているし、指名を受けた者は、自分を求めているヒーロー達の中から、1つを選択しなければならない。
強子の場合は、964もの選択肢がある。この中から選ぶとなると、なかなか骨が折れそうだ。


「今週末までに提出しろよ」

「あと二日しかねーの!?」


クラスがざわつこうと、提出期限は変わらない。
時間は有限。いつだってヒーローは、敵か時間との戦いなのだ。
強子は自分に渡された個別リスト――“オファー 身能宛”と記載されたプリントを手に取ると、ドキドキしながら、羅列されているヒーロー事務所の名に目を通す。
すると、彼女の目にまず飛び込んできたのは―――


「エッ!?」

「「「?」」」


思わず大きな声をあげてしまい、クラスの注目を浴びてしまった。
慌てて取り繕うように苦笑を浮かべ、何でもないよアピールをする強子。
みんなの視線が強子から離れていくと、彼女は額に汗をかきながら、目を見開いて、もう一度リストに目を通す。そこには・・・


「(まさかの・・・エンデヴァーヒーロー事務所から、ご指名 きた・・・!)」


見間違いではないことを確認すると、強子はごくりと唾をのみこんだ。
あのエンデヴァーに、強子のヒーローとしての素質を見染められたというのか!?
いやしかし、おかしいだろ。
どう考えても、彼の強子に対する心象は悪いはず。体育祭の日、彼に喧嘩を売るような生意気な態度をとっているし。そもそも彼には、強子がオールマイトの派閥だと思われていそうだ。
彼からの指名について、考えられる可能性としては―――


このまま勝ち上がり、焦凍と戦ってもらおうじゃないか。
君と戦うことは、焦凍にとって得るものが少なからずあるだろう。



自分の息子とオールマイトに認められた強子(勘違いだけど)を戦わせようという魂胆だろうか。
轟と強子、二人とも“職場体験”として自分の事務所に迎えたなら、訓練の一環だとか言って、いくらでも戦わせられるもんな。
まさにこの指名票こそ、強子自身ではなく、“オールマイトの秘蔵っ子”に対する一票であると見たり!


「うーん・・・」


ちらりと、斜め前の席にいる彼の後ろ姿を見て、眉根を寄せる。
エンデヴァーの真意はともかく、ようやく距離を縮められた轟と、同じ職場体験先に行く―――そんなシチュエーションは垂涎ものだ・・・。
けれど、その場合、強子はただのサンドバッグになり果てるだろう。左右の両個性を使用した轟と戦うとか、フルボッコにされる未来が容易く想像できる。
何よりの懸念点は、エンデヴァー事務所は、“ステイン”を捕えるために保須市に出向くということだ。
実際、轟は緑谷や飯田とともに、ステインと対敵することだろう。三人が保須市の路地裏で、ステインと死闘を繰り広げる未来がくる。
ステイン――彼の主張は、強子の思うヒーロー像とは決して相容れない。
ステインからも、ヒーローとしての素質を見出される緑谷や轟とは違って、強子は間違いなく・・・粛清の対象として、命を狙われるだろう。


「(それは、勘弁だよなぁ・・・)」


とりあえず、強子を指名してくれた他のヒーロー事務所すべてに目を通してから決めよう。そう思いなおして、再びリストを手に取った。


「うぉ・・・!?」


またクラスの注目を浴びる大声を発してしまった。
だって、50音順のリストをよく見たら、エンデヴァーの上に、洗濯ヒーロー“ウォッシュ”の名も載っているのだ。
“キレイにツルツル”のCMでお馴染み、子供からの支持率がえげつないヒーローだ。ヒーロービルボードチャートでもかなりの上位。
いやしかし、彼(?)が何を思って強子を指名したのか・・・謎すぎる。見た目はただの洗濯機だし、いつ見ても「ワッシャ!」しか言わないし。強子に、洗濯せよというのか?いったい強子は彼のもとで、何を学べるのだろう・・・?


「うーん・・・」


とりあえず、またリストをペラペラとめくっていく。
しかし、リストを見ればみるほど、チャートにのっているような、名だたるプロたちの名前があるものだから、ついつい強子の口元はにやけてしまう。


「ファーッ!!」

「うるせぇぞ3位っ!!」


興奮のあまり叫んでしまったが、爆豪に怒鳴られて、少しだけ冷静になる。
いやしかし・・・はしゃぐだろう、こんなの!
憧れのヒーローたちから「うちにおいで」って言ってもらえてるんだからさ!幸せすぎて、発狂しそうだ。


「んんっ?・・・ッベェ!」


次に強子の目にとまったのは、ベストジーニストだ。彼もまた、チャートでNo.4の超人気ヒーロー。
そして確か・・・爆豪が、彼の事務所を職場体験先に選ぶはずだ。
ちらりと、前方の席にいる彼のつんつん頭を見て、眉根を寄せる。
未だに張り合ってばかりで仲良くなれそうもない爆豪と、同じ職場体験先に行く―――そんなシチュエーションも悪くはない、のか・・・?
いや、しかし!強子の記憶が正しければ、ベストジーニストは爆豪の素行を“矯正”するために指名していた。
まさかと思うが、強子を指名した理由も、爆豪と同じだとしたら・・・?だとしたら、ぞっとしない。
そうでないにしても、ピッチリなタイトジーンズで、髪型もピッチリ固めてヒーロー活動をするわけだ・・・。


「うーん・・・」


どこのヒーロー事務所を選んだとしても、メリットもあればデメリットもある。職場体験というルート分岐において、どのルートを選択すべきか、非常に悩ましいところだ。
でも、職場体験先は一つしか選べない。
ああ、ここにセーブポイントがあればなあ・・・と、強子はひとり現実逃避した。







「随分と悩まれていますわね」


食堂で昼食をとっている時、うんうんと唸る強子を見かねた八百万が切り出した。
言わずもがな、職場体験先のことだ。


「うーん・・・二人はもう決めた?」


八百万と耳郎に質問をふると、二人ともふるふると首を横にふった。


「リストを見ればみるほど、悩んじゃってさ・・・」

「だよねぇ」

「私も、いくつか候補は絞れたのですけど・・・まだ決めかねていますわ」

「へぇ・・・候補ってどこ?」


参考までに彼女の候補先を教えてもらうと、やはりチャートにのってくるようなトップヒーローが多い。それにしても、


「いいなぁ百ちゃん・・・女性ヒーローからのご指名いっぱいで!」

「え?」

「なに、アンタは違うの?」

「それがさぁ、男ばっかりで・・・できれば同性のヒーローを間近に見て、お手本にしたいなとも思ってたんだけどさ」


体育祭で、男勝りに勇ましく暴れていたからだろうか・・・チャート上位にのってくるような、麗しい女性トップヒーローからは指名をもらえなかった。どちらかというと、ゴリゴリの格闘タイプの、男性ヒーローからの指名ばかり。
それはそれで嬉しいけど、強子としてはもうちょっと、アイドル路線のヒーローを目指したいというか。ミッドナイトとかMt.レディみたいに、雑誌の表紙を飾るようなヒーローになりたいというか。CMに起用されるようなヒーローでありたいのだ・・・!


「っていうか、ウワバミからのご指名・・・羨ましすぎるッ!」


八百万にきていた指名票の中にある、ウワバミの名に強子が反応した。


「あの色気たっぷりながらも仕事をスマートにこなしちゃうデキ女っぷり、いいよねぇ!憧れちゃう!」


しかも強子の記憶が正しければ、ウワバミの元での職場体験では、ヒーロー活動の一環としてCM撮影を行って・・・八百万と拳藤の二人は、CMに出演させてもらえたはずだ!
それをきっかけに彼女たちのファンが増えていくのである。


「はあぁ・・・私だったら、絶対にウワバミのとこに行くけどなぁ・・・」

「スネークヒーローか・・・でもあの人、強子と違って武闘派じゃないし、あんたがウワバミのとこに行っても、ヒーロー活動の方向性ちがくない?」

「わ、わかってるけど!言ってみただけ!そもそも私には指名きてないしっ」


いかんいかん・・・つい無いものねだりしてしまったが、強子もしっかり考えて、職場体験先を決めなくては。“強子自身”を見て指名してくれて、強子を成長させてくれるプロヒーローを選ぶ必要がある。
だって―――この職場体験を終える頃には、今まで個性を扱えていなかった緑谷が急成長を遂げ、個性を使いこなせるようになってしまう。
焦燥感にかられた強子は唇を噛み、改めて思考を巡らせた。










希望の体験先を書いたプリントを持って、職員室を訪ねる。
結局、期限ギリギリまで悩んでしまったけれど、ようやく決まった。
相澤を見つけて彼にプリントを手渡せば、彼はそれに目を通したあと、じっと強子を見つめた。


「?」

「・・・ここを希望した理由は?」

「えっ!?あ、これって、そういう・・・面接形式!?」


すでに提出し終えた人たちから、そんな話は聞かなかったが・・・志望動機みたいなのを答えないといけないのか。予期していなかった展開に強子は目を見開いた。


「フフ・・・」


ふと隣から聞こえた笑い声の方を見れば、ミッドナイトが笑みを浮かべて強子を見ていた。


「普通は職場体験先のことで面接なんかしないわよ。基本的に生徒の自主性に任せているんだし」

「え、じゃあ・・・」

「よーするに、だ!」


今度は、相澤の隣の席に座っていたプレゼント・マイクから声がかかる。彼は強子にピッと人差し指を向けると、グラサンの下から強子の顔をのぞきこんだ。


「お前はイレイザーから特に目をかけられてる、っつー話だろ!他の生徒には誰ひとり、理由なんざ聞かなかったんだぜ?随分と買われてるじゃねーの?」

「ほんと、愛されてるわねぇ」

「イレイザーも、補欠入学生なんて“お荷物”は無用だとかなんとか言ってた割にゃ・・・柄にもなく子煩悩してるよなぁ!」


ほほう・・・?目をキラリと光らせ、強子が相澤を見やった。
相澤が、強子に特に目をかけている、だと・・・?相澤と同期で付き合いの長いマイクが言うのだから、その言葉の信ぴょう性は高そうだ。
普段は強子に除籍除籍とうるさい彼だが、実は、それは期待の裏返しだったのか?意外な人物のツンデレ要素に、そわそわと強子の気分が浮き立った。
彼は呆れたような半目になると、同僚の教師たちを見ながら息をついた。


「はあ・・・あまりコイツに変なこと吹き込まんでください。身能もニヤニヤすんな」


気づかぬうち強子の口元は緩んでいたらしい。相澤に注意され、慌ててきゅっと口元を引き締めた。


「コイツの場合、他の生徒よりも、さらに慎重に選ばせる必要があるんですよ。オールマイトさん絡みでの指名票が多いですから・・・。彼の推薦で入学した件も、知れちまってるんで」


そう言いながら相澤は、隣の席に座っているプレゼント・マイクの椅子をげしっと蹴りつけた。なんせ、この男の実況が原因で、オールマイトの秘蔵っ子だなんて騒がれてるんだもんな。
いやしかし、理由がどうであれ、こうして相澤に気にかけてもらえることを嬉しく思う。
中学まで、その優秀さゆえに、教師たちの期待と信頼を一身に背負っていた強子は・・・こうして教師から、強子の行く末を案じ、支えてもらうなんて経験、初めてのことだった。


「ふーん?確かにちょっと意外なチョイスよね。身能さんは色んなとこから指名をもらってたと思うけど・・・」


強子の希望先をのぞいて、ミッドナイトがつぶやく。そんな彼女の横顔を見ていた強子は、素直に思ったことを口にした。


「私、ミッドナイトからご指名があったら、ミッドナイトのとこにしたと思います」

「あらっ嬉しい!ありがとう!」


ミッドナイトは笑みを深めると、強子に向けてウインクを飛ばした。
雄英の教師が職場体験のオファーを出すことはないようだけど、ミッドナイトのヒーロー活動ぶりを間近で見られるなら、是非ともお願いしたかった。


「でも、私が身能さんにオファーを出すことはないでしょうね」

「えっ・・・ひどくないですか?」


自分のところに強子は要らないと、オブラートに包むこともなく言われて、強子の顔が引きつった。


「だって、うちの事務所のキレイどころは私がいれば十分だもの!オファーを出すなら従順なイケメンに限るわっ」

「(えー・・・?)」


イイ笑顔で言い切ると、彼女は強子に背を向けて去っていった。雄英の教師って、ほんとみんな自由だよなぁと感心してしまう。
けど、彼女の言い分は、納得のいくものであった。事務所ごとにニーズってもんはあるよなあ。


「ヘイ身能、俺が指名したらもちろん俺ンとこ来るよな!?」

「そうですね、指名件数が1だったら行きます」

「く〜っ!こいつぁシヴィー!!相変わらずユーモアのセンスが抜きでてんぜ!」


ヤレヤレとかぶりを振るプレゼント・マイクに、シヴィーと大げさに嘆かれた。
雄英に入って言われてみたいセリフランキングなら、トップ5に―――いや、入らないか。意味もよくわからないし。


「それで、俺の質問に対する答えを聞いてないんだが・・・?」


合理的じゃないと言わんばかりの相澤に睨まれ、ギクリとする。
そうだった、まだ何も話が進んでいない。
―――けれど、強子だって考えなしに体験先を決めたわけではない。しかるべき理由があるのだ。
強子はすぅと息を吸うと、つらつらと語り始めた。


「まず、職場体験で私が重要視するのは、ヴィランとの戦闘経験の多さです。多くの経験をつめばつむほど、その経験は自分の強さに変わると思うので。そういう観点から、ヴィラン発生率の高い都市部にある事務所か、実績があってチャート上位にいる事務所か・・・いずれかにしようと考えました」


強子が目指すビジョンは、悪意あるヴィランどもと戦い、救けを求める人を一人でも多く救うことにある。
だったら、今この瞬間にも、ヴィランと戦い人々を守っているヒーロー事務所に行き、そこでノウハウを吸収するのが合理的だ。
そしてノウハウが蓄積されているのは、やっぱり・・・経験、実績の多いヒーロー事務所だろう。


「とはいえ、得られる経験の“質”も重要ですよね。チャートのトップ10に入るくらいのプロにもなると、事務所の規模も大きくなるから・・・期間限定のゲストである学生の指導に、そこまでの時間や労力を割いてもらうのは難しいでしょう」


それこそ、血のつながった息子だとか、矯正しなくてはと使命に燃えるくらい素行が悪い奴でないと、事務所のトップから直々に指導を受けることは出来ないだろう。
きっと下っ端ヒーローが教育係とかに任命されて、学生の面倒を嫌々見ることになるのだ。世の中なんて、そんなもんだ。


「ベストなのは、都市部を拠点としている、チャート“そこそこ上位”の事務所だと考えて、さらに候補を絞りましたが―――そうなると次は、指導力の質も気になるところですよね!」


事務所のトップ自ら指導してくれたって、教え方が下手なら意味がない。教育・育成に長けている、あるいは慣れている事務所が理想的だ。


「そこで、各事務所の過去の職場体験やインターンの受け入れ経験を調べ、経験の多いところをピックアップしました。さらにそこから、受け入れた学生のその後の活躍、成長ぶりも考慮して・・・“ここ”しかないと思ったんです!」


強子は、提出したプリントに書いてある体験希望先を見ると、ニパッと明るい笑みを浮かべた。


「あと単純に、私・・・彼のフォロワーなんで!」

「「「(いろいろと御託を並べておいて、結局はそれなんだろうな・・・)」」」


職員室にいる多くの教師が彼女の本音を察したようで、神妙な顔つきになった。
その、職員室にただよう微妙な空気を感じ取った強子は、不安げに首を傾げると、相澤の様子をうかがう。


「先生、私の選択は・・・間違ってますか?」

「・・・さあな」


その返答に、強子は思わずカクリと崩れそうになった。
生徒に答えを求めておきながら、その答えの正誤を教えてくれないなんて、教師としてどうなんだ!?


「その選択が正しいかどうかは、お前自身が決めることだ」

「!」


相澤の言うことはもっともだ。
選択することも大事だが、選択した――その先の行動が大事なんだよな。うん、大丈夫。わかっている。この選択を後悔する未来がこないよう、精いっぱい頑張ろうじゃないか。


「それじゃあ 私・・・ファットガム事務所に行ってきます!!」










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ということで・・・夢主の体験先は、ファットガム事務所です。
ほぼオリジナル話で、妄想・ねつ造の度合いを高めでお送りしていきます。

アニメ派の方へ―――予備知識なしでぶち込むことになり、申し訳ないです。
でも、この職場体験は、夢主にとってのターニングポイントになるので、できれば読み飛ばさずに、目を通していただきたいです!
なるべく、原作展開のネタバレはしないよう、気をつけます。
ちなみにファットガムは、アニメ3期の終わりに出たビッグ3の天喰くんがお世話になってる事務所のヒーローです。きっと4期で出ます!



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