理想 ※切島視点

俺のクラスには、カッコイイ奴がいる。
“カッコイイ”とは言っても、見た目の話じゃねェ。中身の話だ。


「絶対に、あんたを越えてみせる!」


そいつが、強くまっすぐな視線で、爆豪にそう宣言した時のことを、今でも鮮明に思い出せる。
爆豪は、強力なヴィランに抗い続けたタフな中学生として、ちょっとした有名人だった。実技入試の成績だって、トップで通過したという。
そんな爆豪へ堂々と宣戦布告するなんて、度胸がある奴だなと密かに心を打たれたものだ。
しかも、実はそいつ――身能強子は、爆豪の輝かしい成績とは正反対に、補欠入学というギリギリな成績だったらしい。
それを知って、彼女は度胸があるというより・・・少しばかり、無鉄砲というか、破天荒な奴なんだなと思いなおした。
それでも“補欠”である彼女が本気で“トップ”を越えようと、全力でもがく姿を見たら、誰だって彼女に好感を抱くに決まってる。彼女のアツい姿勢は、漢らしくて、カッコイイんだ。
個性把握テストで見た、パワー増強型の身能の個性も、シンプルだけど、彼女の内面と同じく・・・カッコイイ。彼女が力を振るうサマは、あのオールマイトをも彷彿とさせた。


「(ああ・・・きっと、身能もそうなんだ・・・)」


派手で強力な個性で、そいつ自身の心の在り方さえ素晴らしいもので。
同じ中学出身の芦戸に対しても同じように感じたことがあったが、きっと身能も、芦戸と同じで・・・“ヒーローになるべくしてなる”類の人間なんだろう。





そう思い込んでいたからこそ、USJで倒壊ゾーンに飛ばされた時は、彼女の変わり様に度肝を抜いた。
ヴィランを前にした彼女は―――恐怖ゆえか・・・真っ青な顔で冷や汗を流しながら、手足を震わせていた。息が乱れ、過呼吸に近い状態で、地面に手をつき嘔吐を催す身能を見て、切島は思い出す。
自分がまだ中学生だった頃。
それまでの切島は、漢らしくあれ、ヒーローになるべく行動せよと、そんな風に振るまってきた。けれど、いくら上っ面だけそれらしく振るまったって、本当に怖い時、本当に命をかけて動かなきゃいけない時・・・本性があらわれる。
人のピンチを前にして、切島は―――恐怖ゆえに、まったく動けなかったのだ。
今の身能を見て、切島は逡巡する。
おそらく彼女は、この様子では・・・ヴィランと戦うなんて無理だろう。以前の自分だって、恐怖を感じた瞬間から、一歩も足を動かすことが出来なかった。
ここは自分と爆豪とで戦い、ヴィランから身能を守るしかない。


「・・・ふ、ざっけんな・・・お前も、戦え!!」


有無を言わさぬ爆豪の横暴な言葉。
切島は慌てて口を挟もうとした。だって、誰もが爆豪のように、強烈な攻撃をポンポンと出して、ヴィランに抗えるわけではないのだ。無理強いをするのはよくない。
だけど―――


「こんな雑魚ども、てめェの個性でぶっ飛ばせや!てめェにはそんだけの力があんだろうがッ!!」

「・・・・・・あ、そっか」


静かに呟いて、身能がゆらりと立ち上がったかと思うと、驚くほど素早くあっさりと、彼女は残っていたヴィランたちを制圧したのだ。
あまりにあっけらかんとヴィランを倒すものだから、こちらの方が肩透かしをくらったようで、当惑してしまう。
とにかく、ヴィランを全員叩いて一息つく頃には、彼女の顔色も戻っており、もう大丈夫そうだと安堵する。
しかし・・・やはりというか、爆豪は身能の変わり様に納得いかなかったようで、ヒーローになるのを止めろなどと、身能に怒り交じりに言い放った。


「私は・・・ヒーローに、ならなきゃいけない」

「「!」」


その言葉には、彼女の強い意志が感じられた。彼女は、ただまっすぐに前だけを見据えている。彼女から溢れる気迫に、ぶち切れモードで目を吊り上げていた爆豪さえも、はたと口を噤んで、静かに彼女を見やった。


「死ぬのは、怖い。すごく怖い。だから、ヴィランも怖い・・・だから、私がヒーローになるの」


身能の言葉を聞きながら、切島は―――自身の憧れるヒーロー“紅頼雄斗(クリムゾンライオット)”のことを思い出していた。
彼の全盛期は少し昔だけれど、漢気あふれ、猪突猛進というイメージが強いヒーローは、今でも切島の目標だ。
かつて、インタビュアーが彼に「危険に身を投げる事への恐怖はないのか」と問うたとき、彼は「俺を何だと思ってるんだぁ!?」と、そう吠えていた。


「あるに決まってンだろ!死地に飛び込むのに怖くねェ奴なんぞ、よほどのアホウか“ピ―(規制音)”のみよ!!」


当時、まだ幼かった自分には彼の言葉が難しくて、理解できていなかった。ただ、全力で突っ込んでいく姿がかっこよくて、彼に憧れを抱いていたんだ。


「ヴィランも死ぬ事も怖ェ!ただそれよりもっと恐ろしいことを知ってるのさ―――亡くなった方の最後の表情、救えない辛さ・・・そいつを知ってるから、俺は飛び込んでいくのさ」


・・・そうだよな。誰だって――ヒーローだって、恐怖を感じるんだ。自分も、身能も、恐怖を感じるのは当たり前のことなんだ。
それでも、自分は死地へ飛び込むのだと、そう語った紅頼雄斗は・・・使命を帯びたような表情をしていた。


「多くの人々を恐怖から守れるヒーローになるんだ。ヴィランから人を救って、いっぱい救って、救いまくって・・・ヴィランに怯えることがない世界にしたいの」


ぐっと拳を握りしめて語る身能も、どこか、使命を帯びた表情をしていて。その姿が、インタビューに答える紅頼雄斗の姿と、重なって見えた。


「あなたにとって、漢気とは・・・?」

「心の在り方だ。漢とは書くが、性差じゃねェ!自信を持つとか、恐れ知らずだとか、そういう事でもねェ!!俺はヒーローだから人々を守る!一度心に決めたなら、それに殉じる!!」



「ヒーローになることを諦めたら、きっと私は、後悔しながら生きることになる・・・!」


「ただ 後悔のねェ生き方・・・それが俺にとっての、漢気よ!」


身能の何がそうさせるのか知らないが、彼女の覚悟は本物だと伝わってくる。
上っ面だけじゃない。今の身能なら、もう、繰り返さないだろう。
本当に怖い時、本当に命をかけて動かなきゃいけない時・・・今度は命と向き合って、その上で、身能は一歩を踏み出せるに違いない。


「ヴィランが怖くても、私はヒーローになるよ!!」


まるで、歴史書に出てくる偉人のような。まるで、少年マンガに出てくる主人公のような。
こんなカッコイイ奴が、同じクラスメイトだなんて、信じられるか?
でも、確かに、幼い頃から憧れていたような理想のヒーローが、切島の目の前に実在した。


「私はヒーローになって、たくさんの人を守るんだ!これだけは、ゆずれない!!」







彼女に一目を置いているのは俺だけじゃないと、切島は考える。その兆候が顕著に表れたのが、体育祭だった。

第一種目の障害物競走――
先頭を走る轟と身能を見ていると、轟は明らかに、身能に向けて妨害を仕掛けていた。クラス内じゃ、轟と身能の二人は犬猿の仲だなんて認識されているが・・・実のところ、あの二人は互いに実力を認めていて、単純に張り合っているだけなのだと思う。その証拠に、轟とトップを並走している身能は、えらく楽しそうにはしゃいでいる。
結局、轟の妨害はすべて彼女に易々と避けられて、彼らの後ろを走っていた他クラスの奴らが巻き添えで凍らされていた。

第二種目の騎馬戦――
チーム決めで、爆豪は多くのクラスメイト達からの誘いを受けながらも、煮え切らない様子に見えた。ふと切島が爆豪の視線の先を追うと、そこには身能がいた。二人は互いに目を合わせながら、狼狽えているようだ。きっと互いに、チームを組もうか悩んでいるのだろう。
二人は入学当初からぶつかってばかりで、つい先日もサシで盛大に喧嘩していたような間柄だ。だからこそ、二人は互いの実力を認め、信頼しあっているはず。何だかんだ言っても気が合うようだし、二人が共闘すれば無敵だろう。
・・・と思っていたのだが、身能は爆豪から目を逸らすと、普通科の奴を熱心に口説いて、そいつとチームを組んでしまった。
そのときの爆豪の鬼のような形相といったら、思い出すだけで手に汗をかくほどだ。切島と同じく一部始終を見ていた芦戸と顔を見合わせ、思わず苦笑いをこぼす。

いざスタートの合図が響くと、予選一位で1000万Pの緑谷を差し置いて、一直線に身能の騎馬へ向かっていく爆豪の心情も、察してやれなくはない。
残念だが、爆豪のこの様子じゃ、身能に勝ち目はないだろう・・・というか、もし身能に出し抜かれるようなことがあれば、切島たち騎馬三人の命が危うい。
何がなんでも身能にだけは負けられないと、死にもの狂いになった瀬呂が、相手の騎手めがけてテープを射出した。だが、身能が騎馬を崩さないよう器用に跳びあがり、なんと瀬呂のテープに噛みついた。咥えたテープをペッと吐き捨て、じろりとこちらを見据える彼女に、切島は改めて瞠目する。


「身能、お前・・・ガッツすげぇな」

「てめーが騎手じゃねえのが残念だ・・・俺の手で直接ぶちのめしてやれねぇもんなァ!?」


ああ、つまり――やっぱり爆豪も身能の実力は認めてるんだな、と・・・奪い取ったハチマキを満足そうに握る爆豪に、なんだか微笑ましい気持ちになった。

それに、騎馬戦が終わって昼休みに入ったあとにも、身能のことを目で追う爆豪の姿があった。
クラスの女子たちと会話に花を咲かせる身能。そちらを見ていた爆豪が、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
いったい、身能たちは何を話してるんだ?切島が首を傾げていると、身能と話していた芦戸が声を張り上げ、その声が切島の耳にまで届いた。


「えー!?もっと恋バナしたいぃぃ!」


切島は爆豪に歩み寄ると、彼の肩にポンと手を置き、そっと声をかけた。


「・・・おまえ、女子の恋バナを盗み聞きは、ダメだろ・・・」

「してねェわッ!!!」



そして、最終種目のトーナメント戦――
芦戸と身能の勝負が始まるとき、観戦席にいる奴らでどちらが勝つかと予想し合った。芦戸の凄いところも、身能の凄いところも知っている切島からすると、この勝負、どうなるか見当もつかないのだが・・・


「身能さんじゃないかな」


きっぱりと、確信をもって言い切った声に・・・周りの数名が目を開いて、緑谷を見た。なぜそう言い切れるのかと、誰もが不思議そうな顔だ。


「いや、でも、わかんねーだろ。芦戸には『酸』があるんだぜ?」

「うん、確かに・・・遮へい物のない試合ステージでは、芦戸さんの出す『酸』は厄介だ。対して身能さんは近接戦闘が必須の個性。個性の相性から言えば、不利・・・なんだけど、」


ブツブツと唱えながら、自前のノートを険しい顔で睨む緑谷は言った。


「・・・個性の相性なんか関係なく―――身能さんが勝つと思う」


自信をもって宣言する。身能が勝つ、と。
そんな緑谷を見て、そういえばと切島は口を開いた。


「身能も、似たようなこと言ってたな。緑谷と心操が戦ったとき・・・“緑谷にアドバイスしようがしまいが、勝つのは緑谷だ”って、そんなこと言ってたぜ。お前らも、互いに信頼しあってんだな!」

「・・・エッ!?」


目をかっぴらいて、勢いよくこちらを振り返った緑谷は、顔を盛大に赤くしてあわあわと動揺していた。
その後、身能を盗み見ては、顔を真っ赤にして慌てて彼女から目を逸らすという――不審極まりない挙動を繰り返す緑谷の姿があった。





体育祭では、切島も彼女もベスト8という結果で終わったわけだが―――
プレゼント・マイクが言ったように、オールマイトの推薦を受けて雄英に入った彼女は“オールマイトの秘蔵っ子”などと、テレビなど一部のメディアで取り上げられた。
表彰台には上がってないので、爆豪や轟ほどのインパクトはないかもしれないが・・・それでも世間の一部では、身能を期待の新星だとして色めいていた。

もとより、身能は凄い奴だから、いずれ人気ヒーローとして名を馳せるだろうと切島にはわかっていた。
しかし、何故だかうちのクラスでは身能に対する評価が辛口というか、彼女がどうにもぞんざいな扱いを受けていることに、前々から歯がゆく思っていたのだ。爆豪の喧嘩腰な態度も、もう少しどうにかならないのかと手を焼いている。
そんな背景もあって―――身能が注目を浴び、称賛されている現状を・・・切島は心から喜ばしく思った。ベスト8とは思えぬ彼女の功績を、自分のことのように誇らしく思う。





休みが明け、ジロジロと自分を見てくる周りの視線に気を張りつつ登校していると、前方に人だかりが出来ていることに気がついた。人だかりの中心を見れば、期待の新星――身能本人がいるではないか。


「写真いいっすか!?」

「握手してー!!」


聞こえてきた声で、彼らは身能に好感を抱く、所謂ファンなのだろうと察しがついた。身能のまわりに集まる彼らに共感しつつ・・・今や、身能がこんなにも多くの人に認められたことが嬉しくて、胸がじんわりと温まった。
―――ところが、僅かな一瞬、人だかりの隙間から見えた彼女は・・・苦しげな表情で、眉を八の字に下げていた。
それを視認した瞬間、考えるより先に切島は、人だかりの中心に向かって駆け出していた。

身能の腕を掴んだまま、人だかりを抜けて、駅の改札までやってくると、ハッとして彼女の腕を放した。
そして、今さらになって気づく。なにも考えず彼女をあの場から連れ出してしまったが、余計なお世話だったんじゃないか?身能にとってもファンにとっても、楽しいひと時だったところに水を差してしまったかもしれない。


「切島くん、さっきは、ありがとう・・・助かったよ」


どこか疲れたような声で、身能が礼を言った。
その反応にほっと安心して、肩の力をぬく。どうやら、自分のとった行動は、身能の迷惑にはならなかったようだ。


「身能、すげぇ人気だったな!駅のホームでやたらと人が集まってるから、何ごとかと思ったぜ!やっぱアレだな・・・体育祭でも身能はガッツが凄かったし、アツい性格が好感もたれるんだろうな!」


安心したせいか、いつもより饒舌に、思ったことをそのまま口にしていく。
そうして彼女と横並びに雨の中を歩いていれば、彼女が突拍子もなく告げた。


「切島くんの、天性のヒーローっぷりが、すごい」

「・・・はっ!?」


あまりに唐突な発言に、目を見開いて驚き、足をとめてしまった。
天性の・・・ヒーローっぷり?彼女はいったい何を言っているんだ?
個性や、人間性からしても、身能ほどヒーローらしい人は他にいないのに。彼女こそ、ヒーローになるべくしてなる、見本のような人なのに。


「・・・ヒーローに救けてもらえるって、嬉しいものだね」


くしゃりと、はにかむように笑う彼女を見ながら、もしかして、人だかりから連れ出したことについて言ってるのかと思い至る。
あんなの、救けるのが当然なのに。礼を言われるほどのことじゃない。そんな褒められることでもない。
だというのに、心底嬉しそうに笑う彼女にぽかんとしていると・・・彼女が爆弾を投下した。


「かっこよかったよ、ヒーロー!」


息が、止まった。
自分の理想であり――密かに憧れている身能からそんなことを言われて、急速に心拍数が上昇する。かっこいいと慕う相手から、かっこよかったと褒められて、舞い上がらないわけがない。
自分の顔が赤く火照っているのは、身能から指摘されるまでもなく気づいてる。


「・・・なに、照れたの?」


―――ひとつ、まだ、言及していなかったことがある。彼女の“見た目”の話だ。
ぶっちゃけ、身能はめちゃくちゃ可愛い。
ヒーローではなくアイドルを目指してると言われてもしっくりくるほどだ。
上鳴いわく、あの可愛さゆえに、身能はチヤホヤと甘やかされて育ってるから、絶対に性格が悪いのだと。しかも自分が可愛いと自覚があるので、他人を魅了するのは楽勝だと思っていて、超人気ヒーローになる日も近いと勘違いしているのだとか。・・・そんなことはないだろうと、切島は思うのだが。

そして、それほどまでに可愛い女子が、だ。
いたずらっ子のような、無邪気な笑みを、自分にだけ向けている。傘の下から切島の顔をのぞき込むから、自然と彼女が上目遣いになるだけでなく、互いの顔の距離もぐっと縮まる。
こんなの、顔から火が出そうなくらい赤面して、耳まで熱くなるのが普通だろう。
動揺したまま、何か言おうと口を開くが、何から言えばいいか考えがまとまらず、結局まともな言葉は出てこなかった。
・・・正直、ダセェ。これじゃあ、身能を見るたび赤面しながら慌てて顔を逸らす緑谷を、挙動不審だとか、とやかく言えないな。


「行こう、切島くん!」


きらきらと顔を輝かせ、天に向けて拳を突き上げると、そう切り出した身能。降りしきる雨の中でも、彼女のまわりだけは眩しく輝いていた。
彼女の横顔を見ながら、つくづく自分のクラスメイトは凄い奴らばかりだと感嘆する。
体育祭効果で、今や世間から期待されている身能。
強力なヴィランにも抗うタフさで、世間から注目されている爆豪。
そんな奴らと対等に張り合って、人々を守れるかっこいいヒーローになるには・・・生半可な努力では足りないだろう。
そのことに気づいたなら、こんな所でグズグズなんてしてられない。
早く・・・!早く学校に行って、もっと、たくさんのことを学ばないと駄目なんだ!


「理想のヒーローに、なるためにッ!!」







気合いを入れて、身能とともに教室に入ると―――誰より先に轟がこちらに気づき、席を立って近づいてきた・・・なんだ?なにが始まるんだ?


「・・・おはよう、身能。切島も」


なんと、あの轟が、彼の方から話しかけてきた。たった一言の挨拶とはいえ、これは驚くべきことだ。今までの轟からは想像もつかない行動で、身能と二人して面食らってしまう。
まあ、自分に対する挨拶は“ついで”のような気もしたが、切島も彼に笑顔で「おはよう」と返す。


「身能に、話したいことがある」


真剣な表情で身能に告げた轟に、クラスがざわついた。
当の身能はというと、何やら思い当たる節があったようで、ああ、と呑気に頷いた。


「じゃあ・・・今日もまた一緒に帰ろっか?」

「(今日“も”・・・!?)」

「(“また”って言った・・・!?)」

「(いつのまに、一緒に帰る仲に・・・!?)」


身能の返した言葉が、再びクラスをざわつかせた。
二人は、犬猿の仲ではなかったのか?少なくとも体育祭まで、二人の間にはピリピリとした空気があったはずだ。
しかし、身能の提案に素直にこくりと頷いた轟を見て・・・ついに上鳴が立ち上がった。


「馬鹿な!!あの轟が・・・身能に取り込まれただとッ!?」

「ちょっと、言い方・・・」


身能が笑顔を引きつらせて上鳴をたしなめる。すると今度は、峰田が腕を組みながら、しみじみと言葉を漏らした。


「まさか轟がたぶらかされて、身能の傘下にくだるとはな・・・」

「だからッ、言い方・・・!」


悪乗りコンビに睨みをきかせる身能。一方で、身能たちのやりとりをキョトンと見ていた轟が、口を開いた。


「いや、俺は、身能の傘下に入ってないと思うが・・・俺はたぶらかされてるのか?」


怪訝そうに、いたって真面目に聞いてきた轟に苦笑しつつ、冗談だから真に受けないほうがいいぞと否定しておく。
しかし、これまでの彼とは違い、ずいぶんと人当たりが柔らかくなった印象を受ける。今までの轟なら「くだらねぇ」と歯牙にもかけず、こうも律儀に、会話に混ざらなかっただろうに。
身能に対してはもちろん、自分や、他のクラスメイトに対しても・・・以前のような一線を引いた感じがしない。
彼と身能の間で何があったのか切島にはわからないが、きっと、彼の中で、なにか大きな変革があったに違いない。
体育祭以前と比べ、1−Aのクラスが一つにまとまったように思い、その嬉しさから切島は破顔した。










==========

どうしても体育祭編の切島視点が書きたくて、このタイミングでぶち込みました。体育祭では、彼視点でないと語れないことも多々あったので。なかなか話が進まなくてごめんなさい。
しかし他者視点だと、どうにも夢主が聖人君子のような、素晴らしい人格ヒーローに見える不思議・・・。自分的には、他者視点はご褒美回だと思ってます。

1−Aの彼らとは、互いに支え合い、互いに高め合い、互いに尊敬できる・・・理想のクラスメイトでありたいですね!決して、たぶらかしてません。

ちなみに・・・
クリムゾンは「救えなかった人の最後の表情、救えない辛さ」を知っている。
対して夢主は「救われなかった人の最後の感情、救ってもらえない絶望」を知っている。
真逆の立場から抱いた使命感ですが、目指すところは同じなのでした。


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