のし上がれ!

飯田と塩崎の勝負は、あっという間に決着がついた。飯田の機動力で塩崎のイバラを出し抜き、場外アウトをとったのだ。
続く試合は、いよいよ強子の二回戦目である。


『攻撃、防御、移動と・・・なんでもござれな個性のこの男!1対1ならほぼ無敵だろォ!?常闇踏影!』


彼の実力が高いことは、これまでの授業で十分にわかっている。それに騎馬戦では緑谷チームの主戦力として活躍していた彼だ。轟の氷結、上鳴の電撃・・・それらの攻撃をものともしない防御力は、確かに手ごわい。
それに、伸縮自在のダークシャドウの攻撃力も厄介なこと極まりない。


「・・・先に言っておこう。俺は手加減しないぞ。全力でお前に挑むつもりだ」


強子の眉がピクリと動く。
強子バーサス芦戸の一回戦では、互いに手加減しあったため相澤から叱責された。常闇は、自分はそんな馬鹿なことはしないと、わざわざご丁寧に宣言してくれたわけだ。


『バーサス・・・!』


ステージにて相対した常闇と強子。互いの表情には一切の迷いはなく、鋭い目つきで勝負相手を射抜いた。


『1戦目じゃあ手加減して怒られちゃぁいたが、今回はこいつの本気が見れるのか!?何かとお騒がせな特例入学者!身能強子!!』


わっと観客席が盛り上がる。
強子はちらりと観客席に視線を向け、炎を纏っている男を視界におさめる。そして再び視線をずらすと、まるで骸骨のような痩身の金髪の男を視界に入れる。
視線を常闇に戻すと、強子は普段の笑みを消した表情で、つんけんとして言い放つ。


「もちろん、私だって、手加減なしに本気でやるつもりだから」

「・・・そうか。ならば、互いに悔恨も残らんだろう」


互いに静かににらみ合う。
心臓がドクドクと激しく波打っているのを感じる。
この勝負に勝てば、強子は体育祭ベスト4に名を連ねることになる。そして、次の試合で因縁の相手――爆豪勝己と、再び戦うことができるのだ。
こんなところで、負けてなんていられない。強子がみているのは、もっと“上”なんだ。


『スタートぉ!!』


同時に、二人が一斉に動きを見せた。
強子は足を強く踏みこんで駆け出すと、常闇に一気に距離をつめる。


「往け!ダークシャドウ!!」

「アイヨッ」


一方でダークシャドウも、常闇の身体から飛び出ると猛スピードで接近してくる強子へと襲い掛かる。
ダークシャドウの動きは俊敏だ。強子の目で追えないほどの速さじゃないけれど。
鋭い爪を思わせる形をした大きな手が迫りくる。それに狼狽えることなく、強子は駆けるスピードを緩めないまま、ダークシャドウとステージの中心にてぶつかりあう。


「オリャア!」
「ふぬっ!」


襲い来るダークシャドウの右腕に、強子は右ストレートを打ち込んだ。
その衝撃で押し負けたのは・・・ダークシャドウの方だ!強子はその場に留まったのに対し、ダークシャドウは後方へと弾かれる。
スピードはほぼ互角であるが、パワー勝負なら、強子はダークシャドウより勝る。目に見えたその事実に、観客が一層盛り上がった。


「(いける・・・!)」


続けざまに、強子は足を踏み出すと、ダークシャドウの顔の下からアッパーパンチをお見舞いした。
もろにくらって、体をのけ反らせるダークシャドウを横目に見ながら、強子は常闇に向かって全速力で走り出す。

常闇の個性のダークシャドウは、攻撃・守備の範囲の広さと、機敏で自在な動きが持ち味だ。ダークシャドウと1対1で戦うとなれば、奴を切り崩すのは中々に骨が折れるだろう。
だが、常闇の間合いにさえ入ってしまえば、強子に勝機が見えてくる。


「悪いけど、勝たせてもらうよ!」

「ッ!!!」


強子は常闇の間合いまで接近すると、彼の腹部に、彼の内臓をつぶさない程度のパンチを打ち込んだ。
パンチを受けた常闇の身体は、直線状に場外へ向かって飛んでいく。このまま場外アウトで強子の勝利―――そう思っていたが、


「させるカヨッ!」


ダークシャドウがステージの地面に爪をたててしがみついたかと思えば、宙を舞っていた常闇が地に落ちる前に、力づくで彼の身体を引き寄せ、フィールドまで連れ戻した。


「!」


審判のミッドナイトから、場外アウトのコールはない。どうやら今の判定はセーフだったらしい。
強子は思わず舌打ちする。
トーナメント戦の勝利条件の一つ“場外”が通用しないとなると、降参させるか、あるいは戦闘不能にさせるかに絞られる。いずれにしても、常闇&ダークシャドウが相手となると、かなり骨が折れそうだ。
ダメもとで常闇が気絶してくれてたりしないかと様子を見るが、彼は苦しげに腹部を押さえてはいるものの、意識はあるようだし、戦意も失っていないようだ。


「ドコミテル!?」


ハッとして、ダークシャドウに対応しようと強子が動きを見せるより早く、ダークシャドウはラリアットのように強子の首に腕をまわし、思い切りぶん投げた。


「っ!」


投げ飛ばされた強子は、空中で器用に体勢を整えると、手足をステージの地面について摩擦をつくり、投げられた勢いを殺してフィールドに踏みとどまった。


「「・・・」」


悠々と強子が立ち上がると、互いを正面にとらえて無言でにらみ合う。
期せずして、スタートの立ち位置まで戻ってきてしまった強子と常闇という構図ができあがった。


『開始早々、互いに目まぐるしい攻防を繰りひろげたかと思えば、振り出しに戻ったあぁ!こりゃあ・・・案外、いい勝負になるんじゃねェか!?』


本当に、常闇とダークシャドウのコンビには、苦戦を強いられそうだ。
ダークシャドウの攻撃は、威力で言えば強子は負けてないし、スピードもついていけている。
だが、一撃を放ったあと、次の攻撃を繰り出すまでがとにかく早い。
人間であれば、体勢を整える、筋肉に力を入れるといった動作時に、どうしてもタイムラグが発生するのだが、ダークシャドウにはそれがない。タイムラグなしで行動できるのだ。


「(チート個性め・・・)」


相手の万能個性を前に、内心でげんなりしていると、ダークシャドウが再び強子に向かってきた。
体当たりのように突っ込んでくるダークシャドウに、回し蹴りを食らわせて軌道をそらす。だが、


「キカネーナ!」


痛がったり、ひるむ様子もなく、ダークシャドウは即座に強子に向き直って襲い掛かる。すかさず強子もパンチをくらわせて応戦する。
それにしても、一発くらわせて、もう一発・・・そう思った時には、すでにダークシャドウは強子から距離をとっているものだから、なかなか思うように戦えない。
幾度とダークシャドウとぶつかり合う中で、どうにか隙をついて常闇の間合いに入れないだろうかと頭を働かせるが、考える間を与えないほど、ダークシャドウは絶え間なく強子に攻撃を仕掛けてくる。


「っああもう、埒が明かない!」


なにより、一番の懸念点は、いくらダークシャドウに攻撃をくらわせても、奴が弱る気配がまるでないことだった。ダメージを与え続ければダークシャドウにも疲弊が見えるのではと思っていたが、そんな様子もない。
殴ったり蹴りを入れると手ごたえはあるから、実体はあるはずなんだ。だけど、奴に与えたダメージは、本当に蓄積されているのだろうか?
いや、そもそも、ゴーストタイプ(?)に物理攻撃が効かないってのは、世の常識だろう。ダークシャドウに物攻で耐久戦をやっていても、徒労に終わるに違いない。
ならば、さっさと決着をつけるよう、自分から仕掛けていくしかない。
どうにかしてダークシャドウを出し抜かないと、常闇に勝つことはできない!


「っ・・・とにかく、やるっきゃない!!」


強子は一つ深呼吸すると、覚悟を決めたような鋭い目で常闇を見据える。そして、彼に向って勢いよく駆け出した。
当然、すぐにダークシャドウが反応して、強子の行く手を阻むように正面から突撃してくる。ダークシャドウが大きな右手を強子へと振りかざす、その一瞬の間に・・・その手首を、強子は己の左手で掴んだ。


「!?」


ダークシャドウは強子の予想外の行動に驚いたのだろう。咄嗟に手を引っ込めようとするも、強子の掴む力はあまりに強く、引き離せない。
焦りから反射的に左手も同じように強子へと振りかざしたダークシャドウだが、その動作は単調で、左手も、あっけなく強子に掴まれてしまった。


「戻れダークシャドウ!身能から距離をとるんだ!」


常闇の指示通りに強子から逃れようと試みるが、手首を掴む強子の力は強く、彼女を引きはがせない。
両手の自由を奪われて困惑するダークシャドウに、強子は思い切り、今度は頭突きをかました。


「キャンッ!?」


強子は頭突きをした体勢のまま、ダークシャドウの顔を俯かせるよう、グリグリと上から抑え込む。
これで、ダークシャドウの攻撃の手段となる両手と頭部の自由を奪った。
ダークシャドウの手数が多く、攻撃の間のタイムラグがないことが厄介なら―――いっそ、次の攻撃を出せないようにしてしまえばいい。強子自身も両手と頭の自由がきかないが、それでもいい。常闇の間合いまで入ることが、勝つための第一条件なのだ!


「さて・・・力比べといこうか!!」


ニヤリと笑むと、強子は一歩を前に踏み出した。強子が踏み出した分は、当然、ダークシャドウにとって後ろ――つまり、常闇に向かって押しやられることになる。
一歩、また一歩と、踏ん張るダークシャドウを押しながら、強子は着実に常闇へと近づいていく。もちろんダークシャドウも抵抗を見せるが、直射日光が当たるこのフィールドでは、強子を押し返せるほどの力を発揮できないらしい。


「くっ・・・ダークシャドウッ、抗え!!」


焦りの色を隠しもせず、常闇が声をあげる。いつもクールな彼が余裕なさそうに、不安に揺れる瞳で強子を見ている。
そうだろう、恐ろしいだろう。嫌な気分にもなるだろうさ。じわじわと追い詰められ、敗北という結末に収束していくのを、そこで見ているしかできないなんて。自分ならきっと耐えられない。常闇には同情するよ。
でも、強子は勝つために足をとめない。


『実力が拮抗しているように見えたが、パワーで勝る身能が力づくのゴリ押し戦法で常闇の個性を圧倒ー!!ズイズイと常闇へと迫っていく!常闇はこのまま為すすべなく、身能の拳の餌食になるのかー!?・・・・・・って、アレ?どうした、身能!?』


スタジアムの観客たちがその異変に気が付き、ざわめきだす。
フィールド上にいる彼女の動きが突如、停止したのだ。常闇に向って進めていた足は、ピタリと静止している。


『・・・オイオイ、こいつァ、まさか・・・』


誰よりも早くその異常に気付いた強子本人は、ダラダラと嫌な汗を流しながら、青ざめた顔で、自身の足を見つめていた。
そんな彼女に両手と頭の自由を奪われていたダークシャドウも、彼女の足を見て、状況を把握した。


「へっへ・・・そういうことカヨ」


闇の眷属に相応しい、意地悪い笑みを浮かべたダークシャドウは、常闇に向って声をあげた。


「フミカゲ!こいつ“筋肉疲労”ダ!!」

「くぅっ・・・!」


強子の足は、よく見るとプルプルと小刻みに震えていた。
今日一日、筋肉を酷使しすぎた結果だろう。いや、ここ連日、体育祭に向けて、足に負荷をかけるようなトレーニングを続けていた影響もあるかもしれない。
足全体を鈍い痛みで苛まれ、コントロールは鈍り、まともな歩行すら出来るか怪しい。これ以上、個性を使用するなんて到底無理。強子のキャパを超えていたのだ。


「(なんで・・・今なんだよ!?)」


あと、数メートルなんだ。あと数歩で、この試合に勝利できるんだ。それなのに、どうしてこんなタイミングで限界がきてしまうのか。
そう悔やんでいる場合ではなかった。
強子の腹部に強烈な衝撃が走り、後方へと吹っ飛ばされる。


「っぐ、はっ」


ダークシャドウが強子の腹部に向けて、頭突きをし返したのだ。どうやら、強子の力が緩んだせいで、ダークシャドウを拘束しきれなかったようだ。
呼吸するのも苦しいような攻撃を受けても、次の攻撃に備え、ふらふらの足でなんとか立ち上がる強子。


『おーっと!今度は常闇の反撃ィ!!足元のおぼつかない身能に怒涛の連撃で、じわじわと身能を追い詰めていくぅ!』


ダークシャドウから立て続けに攻撃を受け、場外のラインぎわまで追い詰められながら、強子は眉間にしわを寄せて唇を噛んだ。
ああ、嫌な気分だ。じわじわと追い詰められ、敗北という結末に収束していくのを止める術がないなんて。こんなの、耐えられない・・・!


「・・・ぅおりゃああ!」


悪あがきだと、笑われてもいい。何もせずに負けを認めるより、ずっといい。
強子は、自分に向ってきていたダークシャドウの体に掴みかかった。
相撲を取るような体勢で掴んだはいいが、強子には、ダークシャドウを抑え込むパワーなど、残っていない。


「ソレデ、力比べのつもりカヨ!?」


案の定、ズルズルと場外ラインに向けて押し出されていく。
それでも必死に力を振り絞っている強子の耳に、ざわめきだした観客達の声が入り込んでくる。



「こりゃ勝負が決まったな」


「やっぱり、補欠合格の子と一般合格の子じゃ差が出るでしょ・・・」


「個性の相性がなあ・・・ただのパワータイプにはキツい相手だよな、あの伸縮自在の影は」


「あの子も優良個性だが・・・パワー増強型の個性で“女”ってのが惜しい!基礎能力の男女差を考えりゃ、男でないとプロじゃ勝負になんねぇ」



そんな言葉がスタジアム中で飛び交っているのに気づき、強子はハッと目を見開いた。
そして彼女は、彼らの言葉に苛立ちを隠しきれず、しかめっ面で歯ぎしりする。


「(外野が、勝手なことを言いやがって・・・!)」


まだ試合は終わっていないのに、勝敗を決めつけるなよ。
まだ私は行動不能になっていない。降参もしてないぞ。

補欠だからって、実力を決めつけてくれるな。
どうして私が補欠になったのか知らないくせに。
皆からの遅れを取り戻すため、私がどれだけ努力してるかも知らないくせに。

個性の相性だ?今さら何を言ってるんだ。
パワー増強なんて、この超人社会においては地味なもんで、無個性を力持ちにしただけみたいなもんだ。闇のモンスターを身に宿すわけでもない、爆破を起こすわけでもない、氷結も業火も出せない。
個性の相性を考えたら、私はいつだって不利ってことにならないか?

それでも・・・これが私の個性なんだ。身体能力の強化が、私の個性だ。
だというのに、女がもつべき個性ではなかったと?女には似つかわしくない個性だと?
私が女に生まれたことが間違っていたと、そういうことだろうか?


「・・・決めつけられたく、ないよなぁ」


眉を下げてハハッと笑った強子。
負けを目前にして、彼女は試合をあきらめたのだろうと、スタジアムにいるほぼ全員が思った。だが、


「まだ、負けてないっ・・・!それに、補欠入学者の底力も、個性の相性も、女の能力値も・・・杓子定規で、勝手に限界を決められたくないッ!」


叫ぶと同時に、強子は片足をふわりと地面から浮かせると、それを目にもとまらぬ速さで、地面へ突き刺した。
セメント製のステージの地面に、彼女の片足が深くめり込んだ。
これにより、ズルズルと場外ラインに押しやられていた強子の身体が、その場に縫いつけられる。


「限界を・・・超えていくのが、雄英生!私だって雄英生だもん!プルス・ウルトラしてやんよ!!」


その場で踏みとどまる強子に、ならばと、ダークシャドウは容赦なく追撃を繰り返した。
数多の攻撃を受けることしかできない強子は、なおも勝つ方法を探っていた。

なんとしても勝ちたい。勝たなきゃいけない。
ここで勝って、ベスト4以上にあがれば、閉会式で表彰台にあがれる。
そしたら、そこで言うんだ。オールマイトに。それからエンデヴァーに。
私は強いんだ、って。誰かの踏み台になるために存在する人間じゃないんだ、って。
それから、認めてもらいたいんだ。みんなに。
私を雄英に入学させたことは、理由はどうであれ、間違ってなかったんだ、って。優秀な有精卵を、雄英は勝ち取ったんだということを。


「オラァッ!」

「っ・・・!」


ダークシャドウの突撃をくらい、衝撃で地面にめり込ませていた足がついに抜けた。
再び攻撃をくらう前に、もう一度だ!もう一度、足を地面に突き刺して、時間をかせぐ!
そこからまた巻き返すんだ!
強子の足はとうに限界を超えているが、限界の――さらに向こうへ!


「プルス・ウルト・・・」


強子が片足を浮かせた瞬間、ダークシャドウが思いっきり強子の身体に体当たりをかました。


「・・・ラァ「身能さん場外!」ぁぁあああっ!!」


我が校、校訓―――その最後の一音は、悲痛な叫びとしてスタジアムに響き渡った。










負けてしまった。
どんよりと曇った表情で、とぼとぼとフィールドを後にした強子。
スタジアムの屋内、観客からの視線が届かないところまで歩いてくると、通路の壁に背をあずけてため息をもらす。
すると、強子のあとを追うように、常闇もフィールドから戻ってきた。
常闇は強子に向かって一直線に歩んでくるので、いったい何ごとかと、思わず強子はたじろいでしまう。


「身能、体は無事か」


壁にもたれかかる強子の正面に来ると、彼女をまっすぐに見ながら問う常闇。
目をパチクリとさせてから、ふいと彼から視線をそらして口を開く。


「べつに・・・何ともないよ」


嘘だ。
本当は体のあちこちが死にそうなほど痛い。壁に寄りかかっていないと、二本の足で立っていることすら危うい。
でも、悔しいから、泣き言なんか吐かないけど。
だいたい、勝者が敗者をいたわるなんて、敗者を気に掛けるなんて・・・そんなの、余計に惨めだ。これなら、爆豪に敗北した時のように、酷な扱いをされたあげくに放置された方が、まだ気が楽というもの。


「・・・やはり、お前は強いな、身能」

「?」


勝者が敗者に「強い」などと、どういうつもりで言っているのだろうか。嫌味を言うような奴には思えないが。
訝しげに強子が見ていると、常闇は一つ、息をこぼした。


「俺は、お前の能力を買っているんだ。クラスでもトップクラスの実力だと踏んでいる」

「!」

「お前に僅かな隙でも見せれば負けるだろうと考え、開始早々に容赦なく攻撃を仕掛けたつもりだったが・・・それでも、お前に実力差を見せつけられた」


そう言うと、悔しそうに常闇はぐっと拳を握り締めた。
彼から実力を認められるようなことを言われた強子はというと・・・彼女の方も、釈然としない表情で、力強く拳を握り締めていた。

彼女は、思わずにはいられない。
もし、自分のスタミナがまだもっていたら・・・。自分の限界を把握し、自分の体力をコントロールできていれば・・・。
きっと、先の試合で勝利を掴んでいたのは、強子だった。


「・・・それでも、負けは負けだ。勝者は、常闇くんだよ」


いくらタラレバを考えようと、強子の負けは確定事項。そして、強子の敗因も明らかだ。ならば、敗因を取っ払うのみ。
もっと鍛えなければ!もっと、自分自身を把握しなくては!


「身能、」


悔しまぎれでも笑顔を向けた強子の顔を見て、ふと常闇が何かに気づいたように名を口にする。
彼はするりと腕をのばすと、強子の頬に優しく手を添えた。


「!?」


何事かとぎょっと目をむき、体を硬直させていると、強子の頬にピリッと小さな痛みが走る。


「・・・すまない。嫁入り前の娘の顔に、傷を負わせてしまったな」


神妙な口調で常闇に告げられる。
そういえば、ダークシャドウの攻撃を顔に食らった拍子に、頬が少し切れたような覚えがある。
しかし、嫁入り前って。常闇の言葉に、強子は小さく吹き出し、くすくすと肩を揺らして笑った。


「こんな傷、何ともないから気にしないで。ヒーロー科の女子は、こんなのいちいち気にしないよ」

「・・・そうか」


そう言うと、常闇の手が強子の頬から手を離れていく。それにほっとしながら、強子はまだそわそわと目線を泳がせた。


「なんか、ちょっと・・・恥ずかしいな。雄英に入ってから、あんまり“女子”として扱われることなかったしなあ」

「?・・・そうなのか?」


そうだよ!
雄英に入学してから・・・いや、入学前から、強子の扱いなんてぞんざいなもので。踏んだり蹴ったりばかり。
恋愛フラグの前に、友だちとしての一歩もなかなか踏み出せないのが現実だ。
これが夢小説だったなら、もっとチヤホヤされてしかるべきだろうに。どうにも自分は、受難に見舞われているように思えてならない。


「俺は・・・お前ほど可愛らしい女は他にいないと認識しているが」

「んガッ?!」


突如、常闇の口から出た衝撃的な一言に、強子は踏まれたカエルのような声を発してしまった。
幽霊でも見るような目で常闇を見やるが、強子の視線を意にも介さず、彼はなんてことないような顔で「ちゃんとリカバリーガールにみてもらうんだぞ」と言い残すと、観戦席へと戻っていった。
強子がぽかんと間抜けな顔で呆けていると、すぐ近くに人の気配を感じ、そちらに視線を向けた。


「!」


次の試合の出場者である爆豪が、選手控室から出たところで、強子を睨んでいた。
その表情から、彼がものすごく苛立っていることが手に取るように伝わってくる。

なんだ?何をそんなに怒っているんだ!?
通路には彼と強子の二人しかいない。そんな不安が募る状況で強子が戸惑っていると、爆豪は舌打ちしてから強子の前までずかずかと歩いてくる。
そして、壁に背をもたれる強子の正面に来ると、無言のまま、強子の顔のすぐ横に思いっきり右の拳を打ち込んだ。


「ひっ!?」


顔を青くして目を剥き、爆豪の拳を凝視する強子。


「よそ見してんな・・・!」

「ええ!?」


地を這うような彼の言葉に、強子は恐怖しながら彼の顔を見た。
彼は鬼のような形相で、強子に対して静かに怒りを滾らせているようだ。


「てめぇは・・・俺以外のやつに負けてんじゃねえ」


その言葉に、ハッとして強子は口を結んだ。
彼と因縁の対決をした後に、自分が彼に向けて宣言したことを思い出す。
必ず爆豪を負かすって言ったんだ。爆豪の足にしがみついてでも食らいついてやるって、言ったじゃないか。
それなのに、トーナメント戦で爆豪にあたる前に負けてちゃ、こいつを倒すどころか、足にしがみつくことすらできない。


「・・・俺と同じ土俵に、とっとと来いや」


そう吐き捨て、強子を流し目で見ながら、次の試合に出るためフィールドに向かって去っていった爆豪。
彼の後ろ姿が見えなくなると、強子の足からカクリと力が抜けて、強子はその場に座り込んでしまった。
いろいろと、強子のキャパを超えていた。










==========

常闇戦は、体育祭編の中で一番、執筆するのに苦労した気がします。もともと戦闘描写は苦手ですけど。
この連載の構想を練る前から、体育祭編を書くなら、夢主に「プルスウルトラぁ!」って言わせたいという願望があったので、叶えられてよかったです!

もう少し、体育祭編の話が続きます。




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