戦闘の前に

今日はヒーロー基礎学にて、人命救助(レスキュー)訓練を行うらしい。
強子たち1−Aの面々はコスチュームに着替えた後、少し離れた場所にある訓練場に向かうため、用意されたバスに乗ろうとしていた。


「(これって確かアレだよね・・・ヴィランに襲撃されるアレだよね・・・?)」


まわりはウキウキと浮かれている中、強子は肩を落としてげんなりする。
予定しているカリキュラムは人命救助だが・・・これからやってくる受難を知っているのに、どうしてクラスメイト達に混ざってはしゃげるというのか。


「・・・む、どうした身能くん!そんな浮かない顔をして」

「なんでもないよ、飯田くん」

「ですが飯田さんのおっしゃる通り、顔色が優れませんわ。どうなさいました?忘れ物でもしたんですの?」

「なにも忘れてないよ、百ちゃん」

「はっ!まさか体調が優れないのか!?リカバリーガールにみてもらうか!?」

「全然元気だよ、飯田くん」

「では、お手洗いでしょうか?バスの出発を遅らせていただけるよう頼んでみますから、我慢なさらず、バスに乗る前に行かれた方がよいかと・・・」

「全然平気だよ、百ちゃん」


強子をはさんで、飯田と八百万の二人が交互に彼女へと声をかけている。
その様子を少し距離を置いて見つめているクラスメイト達は、微笑ましいものを見る表情だ。


「委員長も副委員長も、身能にベッタリだな」

「まるで過保護な両親とその一人娘って感じだよね。箱入り娘!」

「あの二人、しっかりしてるっつーか面倒見よさそうだしなー。身能のちょっと無鉄砲なとこが心配なんだろうな」

「あ、でも・・・そろそろ一人娘の反抗期がくるぞ」


口うるさい二人にはさまれ、ああだこうだと余計なお節介を受けていた強子。
眉根を寄せ、口をすぼめていた彼女は、しびれを切らしたようにくわっと声を荒げた。


「っあーもう!私は小さい子供じゃないんだからね!?体調管理くらいできるし、忘れ物もしてないし、トイレも済ませてきたっての!!」

「まあ、そうでしたか」

「そうか、不調でないなら授業にも差し支えないだろう!万事解決だ!」


何が厄介かと言えば、この二人は純粋に強子を案じているという点だ。
ここまで口うるさく言ってくるのは、強子に対する純粋な厚意ゆえである。
無碍にするわけにもいかないが、かといってすべてを聞き入れるには・・・お節介がすぎるのだ。


「では皆!バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」


飯田はそう言うなり、ピッピッと笛を吹いて、クラスメイト達をバスに乗車するよう誘導しはじめた。
その様子を視界にとらえつつ、強子は深いため息をついた。


「ため息なんかついてないで、もっと嬉しそうな顔したら?」


そう強子をたしなめたのは、耳郎だった。


「ほら、アンタ友達ほしがってたんだし、過保護な友達にかまい倒されて良かったじゃない」

「確かにありがたいと思うけど・・・どうにも度が過ぎるっていうか。言われてる内容がやけに低レベルなのも気になる」

「ま、ヒーロー科なんて世話焼きな人間の集まりみたいなもんだし。自分よりも立場の弱い人には、自然と手を差し伸べたくなるんだよ」

「ん?(立場の弱い人・・・?)」

「いくら戦闘は強いったって、アンタの立場が“補欠の子”なのは変わりないからね。あの二人ほどじゃないにしろ、無意識のうちに皆から多少は気にかけられてるんじゃない?」


コード状の耳たぶをいじりながら告げられた耳郎のストレートな言葉に、うへぇと顔を歪めた。
うすうす気づいてはいたが、未だに補欠扱いは払拭されていないらしい。
戦闘訓練は頑張ったんだけどなぁ。第一印象ってものを覆すには、なかなかの労力が必要らしい。
強子が脱力していると、先にバスに乗り込んでいた飯田から早く乗るよう催促され、すごすごと強子と耳郎もバスに乗り込んだ。


「あ、」


バスに乗ってすぐ、足を止めた。きょろきょろとバス車内を見回してみる。
どうやらバスに乗り込んだのは最後だったようで、ほとんどの座席が埋まっていた。
あいている席は、爆豪の隣か、轟の隣のいずれかだった。
正直いって、どっちの席も座りたくない。
爆豪は、今にも噛みつかん勢いで強子を威嚇しているのだが、強子以外にもそんな顔を向けていたのだとしたら・・・この席に誰も座らなかったのも納得である。
その後ろの轟は、こちらに興味なさそうに窓の外に視線を向けていた。クラスメイトとしてその冷たい態度はどうかと思うし、この間の食堂での一件もあり少し気まずい。
けれど、


「・・・轟くんの隣にしよう」


しいて選ぶなら、こっちだろう。
爆豪の目がよりいっそう吊り上がった気もするが、相澤からの視線も痛いので、早々に決めてすばやく着席した。
強子の後にバスに乗った耳郎は、自動的に爆豪の隣に座ることになり、強子を咎めるような表情で見てきたので笑ってごまかしておく。


「轟くん、隣にお邪魔し・・・ってもう寝てるーっ!?」


強子が着席して隣の席を見れば、彼はすでに、紅白の頭を背もたれに預けて、穏やかにその瞼を伏せていた。
・・・きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ、寝てるんだぜ、これ。

強子が話し相手を失ったところで、バスの前方にいる何人かが楽しそうに会話しているのが聞こえてきた。
ヒマなので、そちらに聞き耳をたてることにする。


「私思った事を何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」


蛙吹に話しかけられた緑谷は戸惑いながら、彼女に応じる。


「あなたの個性、オールマイトに似てる」


緑谷が人に知られてはいけない秘密。その秘密に迫るような指摘を受け、緑谷が狼狽している。
あんなにわかりやすく態度に出したらダメじゃないか。そう心の中で彼にダメ出しをしながら苦笑する。


「オールマイトの個性に似てるっていやぁ、緑谷より身能だろ?緑谷みたいなケガもないしよ」


自分の名前があがり、強子の体がぴくりと反応した。


「しかし、増強型のシンプルな個性はいいな!派手で出来る事が多い!」


切島の言葉。強子のことだけを言っているわけではないが、自分が褒められたようで、ホクホクと舞い上がってしまう。
そして続いた言葉。


「・・・まあ、派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪だな!」


そこに強子の名前はあがらないのかよ・・・。強子の表情から笑みが消えた。


「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「ほんとそれッ!」


蛙吹の指摘にすかさず同調し、声を張り上げた強子。


「んだとコラ出すわ!!」


爆豪は、蛙吹と強子を交互にせわしなく睨みをきかせるが、その反応に「ホラ」と蛙吹に指をさされている。ざまぁ。


「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」


出た!上鳴の“クソ下水煮込み”発言・・・ヒロアカ史上、屈指の名言である。
そのやりとりを生で見ることが出来た強子の顔は自然と笑顔になる。


「まあ、入学早々に性格の悪さが露見したのは身能もだよな。クズを下水でフォンデュしたような性格してんじゃん?」


さらりと上鳴が吐いた言葉を耳にした瞬間、強子の笑顔がひくりと引き攣って固まった。
これは、聞いていないぞ。この下水シリーズの罵倒が強子にむけられるなんて、聞いてない。本当に君のボキャブラリーどうなってんだ。
クソ下水煮込み発言は、第三者として聞くから愉快なのであって、その発言を自分に向けられて、どうして笑えようか。
間違っても、雄英に入って言われたいセリフランキングには入ってこないだろう。


「・・・上鳴くんは私に恨みでもあるの?」


先日もクラスの女子の中で強子だけ食事に誘わなかったし、どうにも上鳴の強子に対する態度が冷たいというか、辛辣に思えるのだが。


「強子ちゃんは素直ないい子だって、私はそう思うわ。それにとっても可愛いから、きっとヒーローとしても人気が出るんじゃないかしら」


蛙吹がそう言って強子と目を合わせ、にこりと笑顔をみせた。
きゅんッ!
彼女の言葉と、その笑顔に、強子の心臓がはねた。
別に「可愛い」なんて言葉は、これまでに何度も言われてきた言葉だが、なぜだろう・・・この1−Aのクラスメイトに言われると、とても貴重で価値のある言葉のように感じる。


「あー、確かに人気でそう!個性もかっけーし、性格もアツくていいよな!」


切島からもお墨付きをもらい、強子は破顔する。
ニマニマとおさまらない笑みを隠さず、斜め前に座る爆豪へと声をかける。


「ねえねえ爆豪くん、いまの聞いた?私って可愛いし、個性もいいし、性格もいいから人気が出そうだってさ・・・キレてばっかの爆豪くんとは大違いだね!」

「っせぇ!俺だって人気出るわ!!性格なんて関係なく、強ぇ方が人気でんだろーが!」

「えー?なにその脳筋な発想・・・」

「(かっちゃんがイジられてる・・・!信じられない光景だ!さすが雄英・・・!)」


笑う者、怒る者、戸惑う者・・・まとまりなく賑わっているバス車内。
しばらく悩んだ素振りを見せていた芦戸が、強子に向けて口を開いた。


「あのさ、身能はなんで補欠なの?」

「「「!?」」」

「みんなが言ったみたいに、プロヒーローとして有望っぽいし、体力テストでも戦闘訓練でもすごかったし・・・なんで補欠になったわけ?」


芦戸のふとした疑問。それにクラスの誰もが意識を向けた。
なぜなら、少なからず誰もが気になっていたから。
有能である身能強子がなぜ補欠になったのか。雄英はなぜ、補欠なんて扱いにしてまで、彼女を合格させたのか。


「それは・・・」


強子はどう答えたものかと、まごついた。


「ただ・・・私よりも強いやつがいた。それだけだよ」


それだけだ。それだけのことなんだ。
本当は言いたいことが山ほどあるけど、今さらこんなところで言ったって、どうしようもないことだ。


「それって・・・「もう着くぞ、いい加減にしとけよ・・・」

「「「ハイ!!」」」


誰かがさらに言いかけたところで、相澤の声に雑談タイムは唐突に終了した。

訓練場にもう着くとのことだが、それを聞いても、不思議と強子の気持ちは軽い。バスに乗る前はあんなに憂鬱だったというのに。
きっと、1−Aのみんながいたからだ。
くだらない話で盛り上がって、強子の良いところを褒められたり、逆にいわれのない罵倒をくらったり・・・。
みんなのおかげで、気分がまぎれた。緊張がほぐれた。視界がクリアになった。思考がまとまった。


「(うん、きっと大丈夫だ・・・!)」


みんなが言っていたように、強子は超人気プロヒーローになるべき存在だ。ヴィランごときにやられるタマではない。ヴィランなんか、強子の個性でぶっ飛ばしてやるさ!
バスに乗る前よりずっと前向きになった強子は、口元に笑みを浮かべた。


「いや・・・けどさぁ・・・」


ふと、上鳴が口をすぼめて呟いているのが視界に入る。


「身能は確かに可愛いけど・・・あれはウラがある顔だって!あいつ絶対に性格極悪だってェ!!」

「ねぇ、私上鳴くんに何かした!?」


上鳴・・・お前は絶対に許さない。
ヴィランよりもまず先に、この男をぶっ飛ばす必要があるようだ。










==========

飯田くんはクラスの問題児を放っておけなさそう。爆豪の素行とかにもいちいち注意してそうだし。
百ちゃんは、出来の悪い子を放っておけなさそう。成績下位の子に勉強を教えたりしてたし。
・・・結果、やたらと夢主の面倒をみたがる二人が生まれました。


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