これが立ち位置

「さてホームルームの本題だ・・・急で悪いが今日は君らに・・・」


相澤の言葉に、また臨時テストでもやるのかと、教室がざわつく。


「学級委員長を決めてもらう」

「「「学校っぽいの来たーーー!!」」」


一斉にみんなが手をあげて立候補しはじめた。
普通科なら雑務って感じでこんなことにはならないだろうが、ここはヒーロー科。集団を導くという、トップヒーローの素地を鍛える役職として人気が高いのだ。

しかし、これでは収拾がつかないということで、飯田の提案により、投票で委員長を決めることになった。
投票のクジを作成している間、前の席に座る八百万が強子を振り返る。


「強子さんも立候補されていましたわね」

「うん、まあね」


強子も例にもれず、先ほど手を伸ばして自己主張していた。
これまでだって、学級委員長から生徒会長まで、あらゆるトップの役職を務めてきている。他をけん引することに、それなりに自信があった。


「ですが、私も負けられませんわ!このクラスを率いる学級委員長、そのポストに相応しいのはどちらか、勝負ですわね!!」


拳をかかげ、ぷりぷりと気合いを入れている八百万。その微笑ましい様子に、強子は笑顔で返した。
けれど、強子が勝つことなどないだろう。そもそも、自分に投票するつもりもない。
少し前に、飯田はこう言っていた。「やりたい者がやれるモノではない」と。
彼の言う通りだと、強子もそう思う。学級委員長は強子がやるべきではないのだ。
これでも自分の立ち位置は理解している。まだスタートラインに立ったばかりの強子に、皆をまとめるような役割は任されるべきじゃないんだ。学級委員長だなんて、分不相応である。


「僕、三票ーーー!?」


投票の結果、緑谷が三票。次点で八百万が二票であった。
そして、その他は誰もが一票しか入っていない。自分で自分に入れた一票というわけだ。


「1票・・・わかってはいた!さすがは聖職といったところか・・・!!」

「お前もやりたがってたのに・・・何がしたいんだ飯田・・・」


床に手をついて憂いているのは、投票で決めようと言い出した飯田である。


「じゃあ委員長、緑谷。副委員長、八百万だ」

「緑谷なんだかんだアツイしな!」

「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」


こうして、クラスの総意として委員長と副委員長が決定した。










昼休み。
強子はニンマリと口角を上げて八百万に声をかける。


「百ちゃん!一緒に食堂いかない!?」


何を隠そう、入学してから強子は、ずっと一人でお昼ごはんを食べていた。だって友達と呼べる相手がいなかったのだから、しょうがない。
だから、今日こそは・・・友達ができた今こそ、友達と一緒にお昼ご飯を食べるのだ!


「ランチラッシュの本日限定メニューは『肉も魚も野菜も欲張り定食』だってさ!超おいしそうでしょ!!」


さらに言うと、他の科も集まる食堂でぼっち飯を食らうのは強子のプライドが許さず、いまだにランチラッシュのつくる食事を食べたことがない。
なので、今日こそは、食堂でお昼ご飯を食べたいのだ!
突然の強子の誘いに、驚いたように振り返った八百万の返答を、強子はごくりと唾をのんで待つ。


「ごめんなさい、強子さん。私、お弁当を持ってきていますので・・・」

「!?」


申し訳なさそうに、お重箱を見せる八百万。
そうか。八百万家専属のシェフがつくったお弁当に違いない。しかし、量すごいな。


「そうだよね・・・欲張り定食はあきらめて、購買で適当に買ってくるからさ、お昼一緒に食べよう?」

「ええ、ですが・・・私はそれで構いませんけれど、強子さんが食べたいのは本日限定のメニューなのでしょう?それでしたら・・・」


がたっと立ち上がった彼女に強子は首を傾げた。


「轟さん!」

「!?」


席を立ち、どこかへ行こうとしていた轟を呼び止めた。


「轟さんはいつも食堂で食べてらっしゃいましたわね?それでしたら、強子さんと一緒に昼食をとられてはいかがでしょう」

「・・・は?」

「クラスメイトどうしですもの、いい考えだと思うのですが」

「ちょ、百ちゃん!」

「私とはこれから毎日でも一緒に食べられますが、本日限定メニューは今日しか食べられないのでしょう?私のことは気にせず、食堂に行ってきてください」


にこりと上品な笑顔を向けられ、うっと言葉につまる。
その心遣いは嬉しいし、これから毎日でも一緒にご飯を食べてくれるのも泣くほど嬉しいが・・・


「・・・おい、行くなら早くしろ。食券並ぶのに混んじまう」


人選ミスだよ、百ちゃん・・・。
強子を睨むように見ている轟を見て、そっと心の中で嘆いた。
彼と談笑しながらランチに舌鼓をうつところなど、想像もつかない。
きっと気まずい空気の中で、互いに終始無言で、食べ物を胃袋につめこむ時間になるだろう。
いっそ断ってもらった方が良かったかもしれない。





二人は特に会話もないまま、強子は計画通り本日限定メニューを注文し、彼は迷わず蕎麦を注文した。
一人で食堂に来るよりよっぽどつらい、そう思いながらも強子は、こんもりと盛られた定食に箸をのばした。


「!・・・美味しい!!」


思わず顔がほころんでしまう。
ゆるゆると頬を緩め、手を止めることなくパクパクと料理を口に運んでいると、正面に座る轟が反応を示した。


「・・・だな。うまいもん食えば、生きる活力に繋がる。災害時にランチラッシュの炊き出しに救われる人も多いだろうな」


はた、と彼を見つめる。
彼はいつだって無口で、話しかけても冷たく返されると、何となくそんなイメージを持っていたけれど・・・実際はそうでもないのかもしれない。
今までだって、話しかければそれなりに返してくれたことを思い返す。
まあ、彼からしたら強子と話していても「楽しくねぇよ」と思っているのかもしれないけど。


「うーん・・・轟くんて、よくわかんないなぁ」


再び定食を味わいながら、首をかしげる。


「お互いさまだな。俺もお前がわかんねえ」


彼も冷たい蕎麦をすすりながら、そっけなく返された。
ふいに、蕎麦のめんつゆの香りが強子の鼻を刺激する。


「・・・蕎麦もおいしそうだね。一口くれない?」

「断る。お前、肉も魚も野菜も米も食べてんだから十分だろ。欲張りすぎだ」

「私の定食もわけてあげるからさぁ、交換しよう。お米もおいしいよ?」

「いらねえ」


強子が身を乗り出したところで、彼は自分の蕎麦をとられないようにと、器を自分の方に引き寄せ、強子から守るように腕で器を抱えた。
その仕草がやけに年相応にみえて、強子はこらえきれずケラケラと笑った。
彼はむっと口をへの字に曲げると、蕎麦を食すスピードをあげた。これは彼が食べ終わり次第、強子を置いていくパターンだと察し、強子も慌てて食べるスピードをあげたのだった。


ウウーーー!!


「警報!?」

『セキュリティ3が突破されました』


その放送に、強子はハッと思い出す。
そうか。校内に報道陣が侵入したことで警報がなり、生徒たちが避難しようとパニックになる。そんなこともあったなと記憶を呼び起こす。


『生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難して下さい』


途端に食堂にいる生徒たちは一斉に立ち上がり、食堂の出入口に駆け足で向かい始めた。
その様子をぼんやりと見ていると、ぐいっと力強く腕を引かれ、立ち上がらされた。


「何やってんだっ、避難しろって聞こえなかったのか!?」


顔をしかめた轟に立たされ、強子は促されるまま彼についていく。
本当は、何事もなくこの避難騒ぎが収まることを知っているが、そのことを説明しようがないので、ここは大人しく従おう。
幸い強子たちの座っていた席は、食堂の出入口の近くだ。すぐにこの騒ぎから抜け出せるだろう。


「いてぇ!いてぇって!」

「押すな!倒れる!!」

「「!」」


パニックになって入り口へと押し寄せる人波に、二人して勢いよく突き飛ばされた。
体勢を崩した強子は、背中を壁に打ち付けられた。
轟も強子に覆いかぶさるよう群衆に押され、咄嗟に彼女をつぶさないよう、彼女の顔の横に手をついてどうにか堪える。


「!?(まさかの壁ドン!?)」

「ワリ、大丈夫か?」


予期せぬ轟とのラブイベントに動揺する強子は、コクコクと首振りマシーンのごとく頷いている。
目の前に、覆いかぶさる超絶イケメン。
群衆から守ってくれているように思えて顔が熱くなるし、逆に彼に襲われているようにも思えて躰も熱くなる。


「?・・・悪いが、身動きとれそうもねぇ。人が少し引くまで待てるか?」

「は、はいっ・・・」

「?」


急にしおらしくなった強子に、轟が不思議そうに首を傾げている。
態度が変わるのも仕方ないことだ。
戦闘中でもない日常シーンで、普通はこんな距離間で異性と接しないだろう。強子の顔の数センチ先には相手の顔があって、喋られるたびに強子の前髪に振動が伝わってくるのだ。
しかも、相手は端正な顔立ちをした轟である。
不愛想だし、表情も乏しいけれど、それも込みで魅力あふれる轟だ。今はその冷たい視線にすらドキドキしてしまう。あ、まつげも長いんですね轟さん。


「そういや・・・」


再び至近距離で話しかけてきた轟に、強子の肩が揺れる。


「お前、誰に投票したんだ?」

「へ?」

「学級委員長。お前の名前、一票も入ってなかったよな」


この状況で、何を言い出すかと思えば。
彼が気にしているのは、学級委員長の投票で強子が誰に投票したか、だと。
彼がこの状況に動じなさすぎて、なんだか強子の気も抜けた。肩の力をぬくと強子は素直に答えた。


「飯田くんだよ」

「飯田?・・・なんであいつに?」

「だって彼ほど規律を重んじる真面目な人、他に知らないし。入学初日に私と爆豪くんの口論の仲裁したんだよ?今思うとすごいよね」


教室内で喧嘩してる人がいれば、普通の感覚なら、怖いと思うか、めんどくさいと思うかだろう。関わりたくないと思うのが普通だ。
それでも彼は、臆せずに声をかけてきた。あまつさえ説教までしてきた。


「それに・・・「いってえ!!」

「ちょ待て!人倒れたっ、倒れたって!押すな!!」


強子が言いかけたところで、また人の波が押し寄せてきた。
思いきり轟の体が突きとばされ、ただでさえ近かった強子との距離が、ゼロになる。


「「!?」」


強子と轟の体がぴったりと触れ合い、密着する体勢になってしまった。
少しでも距離を取ろうと強子は背中側にのけぞるが、当然だが壁はびくともしない。
轟も距離を取ろうと、強子の横についた手に力を入れているが、一人の腕力でどうにかなる圧力ではないらしい。彼の手も限界を超えているようで、プルプルと震えている。
結果として、強子は轟と抱き合うような体勢で、壁との間にサンドイッチされてしまった。
強子の柔い胸は、その形を変えるほど轟の体に押しつけられているし、強子の足を割るように轟の足が入り込んできて、スカートもめくりあがる。


「(なんという、ラッキースケベ状態!!)」


しかしだ。強子にくっつかないよう必死に力んでいる彼を見て、どうにも自分が逆セクハラをしかけているような気がしてきた。
いや、不可抗力だよ。不可抗力なんだけど・・・なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
誰か、早くこの状況をなんとかしてくれ・・・


「大丈ー夫!!」


飯田の声が食堂に響き、ハッとする。


「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません!大丈ー夫!!」


食堂の出入口で、ズギャアアンと大胆に、端的に皆へと知らせる飯田。
その声をきき、パニックに陥っていた集団は、やがて落ち着きを取り戻していく。


「た、助かった・・・さすが飯田くん」


さっさと人の波に引いてもらい、轟との距離を取りたいところだ。一刻も早く、みんな解散してくれないだろうか。
轟と密着したまま、ちらりと周りの様子をうかがった強子は、とある人物と目が合って息をのんだ。
“彼女”は強子と轟がくっついているのを見て、顔をかぁっと赤く染め上げる。
赤い両頬をぱちりと両手で覆ったかと思うと、彼女はふわりと無重力になって浮き上がった。


「う、麗日さん!?」

「ふっ・・・」

「(ふ?)」

「不純異性交遊やぁー!!」

「ちょっ、麗日さあああん!?」







食堂での飯田の活躍を受けて、学級委員長は飯田になった。
それはいい。それには強子も賛成だ。あの食堂での騒動も、無意味なものではなかったと思える。
だが―――


「聞きましたわよ強子さん!不純異性交遊だなんて、品位に欠けますわ!トップヒーローを目指すものとして、心構えを改める必要があるようですね!」


ぷりぷりと怒っている八百万に、正座させられたまま首を垂れる。
食堂で、宙に浮いて目立っていた麗日の叫びが反響した後、その麗日の視線の先で、抱きあうように密着していた轟と強子。
当然ながら、ものすごく注目されてしまったわけだ。他科や他学年の人たちから好奇の目でみられ、かなり恥ずかしい思いをした。
もちろん、このクラスにも強子と轟のラブハプニングのことは知れ渡っている。


「災難だったね・・・ぷぷっ」


笑いをこらえきれていない耳郎を恨みがましく見つめる。
彼女は、麗日の言葉を鵜呑みにしている八百万と違い、強子の身に起こったおおよそのことは予想できているのだろうに。


「なぁ轟、どうだった!?身能に胸を押しつけられた感想はよぉ!くんずほぐれつで色んなトコ触れたんだよな?脚は?腰は?どうなんだ!?」


はぁはぁしながら轟を問いつめている峰田に殺意がわく。
正座させられてなかったら、間違いなく奴を蹴りとばしていただろう。


「・・・くだらねぇ」


心底、呆れたようにため息交じりに呟く轟。
ホントそうだけど、お前がそれを言ってくれるな。
強子の体を堪能しておいて(語弊あり)、くだらないの一言で済ませると?
お前はもう少し、赤くなるとか、鼻の下のばすとか、思春期の少年らしく喜べよ!

このクラスに、強子の味方はいないのか。
すがるような思いで、教室の前方へと視線を投げる。
(聞いてますの強子さん!?と説教を続けていた八百万に怒られた。)

顔を真っ赤にしている麗日と緑谷が視界に入る。なぜ君らが顔を赤らめてる?
そしてその向こう・・・爆豪がこちらを見ていたことに気付く。相変わらず眉間に皺をよせて不機嫌そうな彼は、強子と目が合うと盛大に舌打ちした。


「・・・こっち見んな、クソ痴女が!」

「え、ひどくない?この扱い・・・」


不可抗力で轟に壁ドンされただけなのに、こんなに酷い扱いされることある?
現実を受け止めきれず呆然としていると、強子の肩がぽんと叩かれる。


「身能くん、そう気を落とすことはない。俺は、君の支えになれるよう励むつもりだ」

「!・・・飯田くん!」


さすが非常口委員長、哀れな強子に救いの道を示そうというのか。
思わず瞳を潤ませ、すがるように飯田を見つめた。


「一つ確認したいのだが・・・学級委員長を決める投票で、俺に一票を入れたのは・・・君なんだな?」

「ん、なんで知って・・・?」

「やはりそうか!!俺は、君が俺を信じてくれたことを誇りに思う!だからこそ俺は、君のその期待に応えられるよう、誠心誠意を尽くして学級委員長を務める!身能くんの理想とする委員長となることを、君に誓おう!」

「お、おう(しかしアツいなこの人・・・)」


どこから情報が漏れたのかは不明だが、強子が自分に投票していたことが、飯田はとにかく嬉しかったらしい。
いささか鬱陶しいと思えるほどの熱意とともに、委員長としての決意を強子に訴えてくる。

彼の勢いにたじろぎながらも、強子の口元には笑みが浮かんでいた。
飯田のこういったバカに素直なところ、これがあるから、彼を信頼に足る人物だと思えるのだ。
委員長としての彼の言葉には、強子も素直に従ってもいいと、そう思えた。


「俺は委員長として!このクラスのため、つまりはクラスメイト一人ひとりのために出来ることに、俺は全力を尽くすぞ!そのためにも、必ずや君を更生し、ヒーローに相応しい真人間にしてみせる!不純異性交遊など言語道断だからなッ」

「・・・おい、コラ」


前言撤回だ。
やはりこのクラスに強子の味方など一人もいない。










==========

「すまっしゅ!!」ネタで、轟さんに壁ドンしていただきました。本当にありがとうございます。
轟と夢主の会話を聞いていた麗日が、夢主は飯田に投票したと知り、飯田にまで伝わったと思われます。
そして八百万さんはその後、夢主のために脱・お弁当して、食堂で食べるようになっていたら最高。


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