評価 ※緑谷視点

緑谷出久が雄英に入学してから、どうにも気になっている人物がいる。

入学初日、1−Aの教室に足を踏み入れた瞬間から、彼女の存在はとにかく目立っていた。
なんせ、あの爆豪勝己と喧嘩していたのだから。
中学の頃から、いや・・・もっとずっと幼い頃から、爆豪勝己という人間に歯向かっていくような女子はいなかった。
彼に“媚”を売るような女子はいただろうが、あんなに正々堂々と爆豪に“喧嘩”を売るような女子は、少なくとも緑谷の知るかぎりではいなかった。
なんなら男子だって、彼に喧嘩を売るような奴は長らくいなかったのだ。


「(さすが、雄英・・・!)


それにしても、彼女は爆豪に負けないくらい、近寄りがたい印象を受ける。
二人して目くじらを立て、互いを視線で射殺さんばかりの迫力だ。口を開けば、一方は罵詈雑言を、もう一方は慇懃無礼な嫌味をぽんぽんと出してくるし。
何をそんなに怒ることがあるのだろうか?と第三者から見れば、とても理解できない光景であった。
結局、飯田が仲裁に入るまで、教室にいる誰もが固唾をのんで二人の対立に見入っているような状況だった。


「(かっちゃんみたいに、怖い人なのかな・・・)」


彼女とはなるべく関わらないようにしたい。
その女子を“苦手なタイプ”と認識した緑谷であったが、直後、その認識を覆すような出来事がおきた。
グラウンドで個性把握テストを実施することになり、そのデモンストレーションを終えた時だった。


「絶対に、あんたを越えてみせる!」


強い、まっすぐな視線で、爆豪にそう宣言した彼女に、緑谷は瞠目した。
そうか・・・きっと彼女も、自分と同じなんだ。
緑谷の憧れているあの背中に、彼女も同じように憧れたんだろう。
自分と彼女は、きっと同じ背中を追いかけている。そして同じ背中を、追い越したいと願っている。


「(かっこいい、な)」


ビビッて委縮するだけの自分と違い、彼女は・・・彼女の追い越すべき相手に、真摯に立ち向かっている。
そのひたむきな姿勢に好感を抱く。が、それ以上に、対抗心を抱く。
自分も、彼女に負けてはいられない。憧れの背中に憧れているだけじゃダメだ。ビビッて委縮しているだけではダメなんだ。


「(身能さん、か)」


彼女が異例の“補欠入学者”だと知っても、緑谷の彼女に対する評価は変わらない。
彼女は強い人だ。きっと彼女は、すごいプロヒーローになるだろう。
さらに、彼女の個性把握テストの結果を見て、それは確信に変わった。


「3秒87!」


第1種目の50メートル走で出した成績。


「すご・・・っ!」


思わず感嘆の声をもらす。
宣言どおり、爆豪の記録を越えてきた。

その後に続く種目でも、どれも素晴らしい成績を残す彼女は、どうやらパワー増強型の個性らしい。
彼女が走り出すと、周囲に風が巻き上がる。
彼女が跳躍すれば、宙をとんでいると錯覚するほどの滞空時間を保つ。
息を乱すこともなく、平然といくつもの種目をこなしていく彼女。
人間ばなれした筋力、瞬発力、機動力、持久力。
それらを、まざまざと見せつけられる。
除籍の可能性が高い緑谷としては、彼女に気をとられているわけにはいかないが、どうしても目を奪われてしまう。


「かっこいいなぁ・・・!」


身体ひとつで、人間ばなれした超パワーを自在に発揮するそのさまは、きっと誰もが一度は夢見るものだろう。
本当に、ヒーロー向きなすごい個性だ。
それに個性も当たり前に使いこなせている。“借り物”の個性である緑谷とは違い、幼い頃から個性とともに育ってきたからだろう。
性格もまっすぐで、負けず嫌いで、怖いもの知らずで・・・とてもヒーローらしい性格といえる。
見た目も、その・・・すごく可愛らしい人なので、ヒーローとして人気も出やすいだろう。


「(まさに、ナチュラルボーンヒーローって感じだ!)」


緑谷の憧れる、理想のヒーローの要素を詰めこんだような彼女。
しかし、彼女ほどの人が、なぜ補欠なのか?それだけが素朴な疑問として残った。










翌日に行ったヒーロー基礎学の戦闘訓練において、爆豪との壮絶な勝負の末、緑谷はボロボロになりながらも、かろうじて試合で“勝ち”を得た。
緑谷は保健室で治癒を終えると、クラスの反省会にも混ざらず帰宅したという爆豪のあとを追いかけた。
彼に、話すべきことがあったからだ。


「今日・・・俺はてめェに負けた!!!そんだけだろが!そんだけ・・・っ」


堰を切ったように、爆豪が吐き出した。
要領を得ない緑谷の言葉に苛ついたのか、緑谷の言葉の中に地雷があったのか、あるいはその両方か。悔しさと苛立ちを前面に押し出して、彼は心中を吐き捨てていく。


「氷の奴見てっ!敵わねえんじゃって思っちまった・・・!クソ!!」


それは、推薦入学者の一人、半冷半燃の轟のことだ。
個性把握テストでも、戦闘訓練でも、彼は圧倒的な力をみせつけていた。


「ポニーテールの奴の言うことに納得しちまった・・・クソが!!」


それも推薦入学者の一人、創造の八百万のことである。
個性把握テストでも、戦闘訓練でも、彼女の優秀さは際立っていた。


「補欠女の戦う姿にっ・・・かっけぇとか一瞬でも憧れちまった!入試ん時といい、つい目が追っちまう!クッソ!!馬鹿みてぇだ!!」


吐露されたその言葉に、緑谷は金縛りにあったように固まった。

今、彼が言ったことを整理しよう。
まず、“補欠女”だが、これはクラスメイトの身能強子のことだろう。他に該当する人物など一人もいない。なんせ、雄英史上初の補欠入学者だ。

では・・・彼女が戦う姿に対して、彼はなんと言った?
「かっこいい」、「憧れ」だと?
そんな誰かを手放しに褒めるようなこと、ここ数年で彼が言った覚えなどなかった。まだ幼い頃は、「オールマイトかっこいいぜ!」なんて言っていたけど、それも昔の話だ。

“入試ん時”というのは初耳だが、話の流れからして、おそらく二人は実技試験の会場が同じだったのだろう。
そこで彼女の戦う姿を見て、つい目が追ってしまった、と・・・?
大事な入試の最中に、彼女に見惚れていたというのか?基本的に他人に興味ない、あのかっちゃんが?
確かに彼女は、オールマイトみたいな派手でかっこいい個性をもっているけれど。

彼はその心情を無意識のうちに吐露したようであるが、なんだかこれは・・・聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないだろうか。


「なあ!!てめェもだ・・・!デク!!」


ぎくりと体を震わせる。


「こっからだ!!俺は・・・!!こっから・・・いいか!?俺はここで一番になってやる!!!」


彼のその言葉を聞いて、なんとなくだが理解した。
今まで、自分が一番だと、誰よりも上だと考えていた彼は、その考えを覆されたのだ。
雄英(ここ)にきて、今まで通りにはいかないと気づかされ、それを認めたのだ。


「俺に勝つなんて二度とねえからな!クソが!!」


彼の導火線に火がついた。
校門に向かって歩み始めた爆豪の背中を見ながら、緑谷はさらに気を引き締める。
自身のやることは今までと変わらないが、彼の変化を目の当たりにして、今までと同じ気持ちではいられない。










その翌日、登校してきて教室に入ろうとした緑谷は、ばったりと身能と鉢合わせした。


「おっ、おおおおはよう!身能さんっ!」


きょとん、と緑谷を見返す彼女に、緑谷はだらだらと冷や汗を流す。


「(しまった!思わず挨拶しちゃったけど、お互いに自己紹介もしてないのに名前を知ってるとか、気持ち悪がられるかな!?ていうか、僕なんかが挨拶するなんて嫌がられるんじゃ・・・!?)」

「おはよう、緑谷くん」


ハッとして彼女を見ると、緑谷に笑顔を向けている。
ほっと安堵すると同時、彼女も自分の名前を知っていたことになんだか嬉しくなり、さらに言葉を続ける。


「昨日の戦闘訓練、身能さんはどうだった?僕、保健室に行ってて皆の訓練の様子を見れてないんだけど・・・身能さんの増強型の個性なら、きっとすごい活躍できたんだろうなぁ!戦闘でも十分応用できる個性だもんね!プロにも通用するくらいの有用な個性だし!それにしても、身能さんの戦うところ見たかったなあ・・・個性把握テストもすごくかっこよかったし・・・身能さんのパワーなら、戦闘訓練でもそうそう負けないんじゃない!?」


あの爆豪に「かっこいい」と言わせしめる程の健闘ぶりだったのだ。きっと凄まじい活躍をみせたのだろう。
そう信じて疑わない緑谷に、彼女は張り付けたようなぎこちない笑顔で告げた。


「負けたよ」

「え、」


彼女は笑みを浮かべたまま、淡々と告げる。


「残念だけど、私のパワーで出来ることなんてたかが知れてるから・・・緑谷くんとは違うんだよ」


顔は笑顔のはずなのに、彼女の口から出てくる言葉は冷たく、棘を含んでいて、緑谷はさぁっと顔を青くした。


「拳ひとつで、ビルの屋上までを突き破るような超パワー・・・私には、ない」


それだけ言うと、緑谷の横を通り過ぎていく彼女。
彼女の言葉を頭の中で反芻する。拳ひとつで屋上まで突き破ったというのは、戦闘訓練での緑谷の行動を指しているのだろう。

考えてみれば、彼女も緑谷も、同じパワー増強型だ。
自分はまだ全然個性を扱えていないから、彼女と比較するなんておこがましいけれど・・・個性をカテゴライズするなら、二人は間違いなく同じカテゴリーに属するだろう。

バッと勢いよく彼女の方を見やる。
その表情は驚愕と、畏怖を含んだもの。


「(マジかっ・・・!)」


個性がダダかぶり。
その上、向こうは十年以上も個性を使いこなしてきた熟練者で、こちらは個性発動に代償が伴う未熟者。
この差は、とてつもなく大きい。自分が個性を調整できるようになるまでの間、彼女は今よりさらに、どれほどの力をつけてしまえるだろうか。
それに、個性だけじゃない。性格も、容姿も、すべてにおいて自身よりも優れている。
まさしくナチュラルボーンヒーローだと、憧れを抱いた相手だ。
あの爆豪すら一目をおいている存在だ。

でも、だけど・・・この先、緑谷は彼女と張り合っていかなきゃならない。トップヒーローを目指すなら、それは絶対だ。

これまでは爆豪勝己という人間の背中を追いかけていたけど、今はそれと同じくらい、いやそれ以上に、身能強子を意識してしまう。
爆豪より、“オールマイトみたい”な彼女の方が、自分の望むヒーロー像にずっと近い。
それでいて彼女は、オールマイト本人よりもずっと身近な目標だ。
・・・つまるところ、彼女は、緑谷が目指すべき姿そのものとも言える。
でも、だからこそ、憧れているだけじゃダメだ。ビビッて委縮しているだけではダメなんだ。

彼女を視界にとらえたまま、緑谷はその目に強い焦燥と、静かな闘志をやどらせた。










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これまで夢主視点のみで書いていましたが、他者視点だと、見えてくるものが違って面白いですね。夢主視点のみだと気づけないこと、思い込んでしまっていることが・・・『実はこうでした』って覆るのが好き。
他者視点は書きやすいし、書いていて楽しいので、今後もちょこちょこあると思います。



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