スタートライン
クラスでの反省会がお開きとなり、各々がまばらに帰宅し始めた頃。
強子も帰るための身支度を整えながら、目つきを鋭くして教室を見まわした。
「(どうする?どうする強子!?)」
昨日の下校は、強子一人だった。
だが今日は、誰かと一緒に仲良く下校することができるのではないか?いや、今日こそはできるはずだ。昨日とは違い、友達がたくさんできたのだから!
今日こそ、絶対に誰かと仲良く一緒に帰ってやるんだ。
強子はまず教室前方に視線をやると、強子に最初に声をかけてくれた葉隠を探す。
姿が透明なものだから少し手間取ってしまったが・・・すぐに見つけた彼女は尾白となにやら楽しそうに話しながら、ちょうど教室を出ようとしているところだった。
「!」
出遅れた。教室をあとにする二人の後ろ姿を見送りながら、歯噛みする。
なんだよ・・・強子だって一緒に戦った仲だし、声をかけてくれてもいいじゃないか。
小さく唇をとがらせて拗ねていると、教室前方で行われているやりとりが視界に入った。
「麗日、今度飯いかね?何好きなん」
麗日にそう声をかけているのは上鳴だ。
入学して2日目にして、クラスのかわいい女子を食事に誘う。
さすが上鳴!一般の男子高校生にできない事を平然とやってのける!そこに痺れる、あこがれる!
だが、さらにその上をいく麗日である。
「おもち・・・」
「餅!?」
予想の斜め上をいく麗日の返答に、上鳴が思考を停止させる。
確かに、餅が好きと言われたところで、どこに食べに行けばいいのかわからないよね。
麗日のフラグクラッシャー具合に、吹き出しそうになった強子は口元を手で押さえた。
「蛙吹は?何か好きなもんあるか?」
めげないのかよ!思わず心の中でツッコミを入れる。
麗日に次いで蛙吹へも同様に声をかけたことから、上鳴がチャラい奴で、軽い気持ちで誘ったことが見てとれる。
蛙吹もそれがわかったからだろう、彼の誘いには頷かない。
「虫・・・って言ったら諦めてくれるかしら」
「ちぇー」
つまらなそうにつぶやいて、彼はきょろきょろとまわりと見回した。
まだ教室に残っている女子は、耳郎と八百万と・・・強子を残すのみだ。
上鳴は教室後方のこちらに視線をやると、機嫌よさそうにこちら側へとやってくる。
「(これは、もしや・・・?)」
はっと目を見開く。
これは、くるかもしれない。
雄英に入って言われてみたいセリフランキングなら、トップ5に入るだろう言葉――上鳴の「身能は何好きなん?今度メシ行こうぜ」がくるかもしれない!
「おーい八百万、今度一緒にメシ食いにいかね?」
彼は強子の前に座っている、八百万へと声をかける。
なんというかもう、手あたり次第だな。そう呆れながらも、八百万がどう返すのか気になって彼女を見る。
「申し訳ありませんが、私、外食はしないようお母様から言いつけられておりますの。我が家の専属シェフが栄養バランスまで考慮して食事を用意していますから。せっかくのお誘いですが、遠慮させていただきますわ」
さすがだ。お嬢様はナンパの断り方も一味違う。
上鳴はもうなんも言えねえといった様子で、笑顔を張り付けたまま頷いて返した。
そして、彼は視線を強子の方へ向けた。ぱちりと、強子と上鳴の視線が混じりあう。
「(くる・・・!)」
どうしよう・・・上鳴になんて答えようか。
上鳴の誘いにのり、彼とのフラグを立てるか。あるいは、これまでの流れを汲んで彼の誘いを断り、フラグをへし折るか。
どちらにせよ、まずは彼と一緒に下校して友情を築いていくのはアリかもしれない。
強子が考えあぐねていると、上鳴はふいっと強子から顔を背けた。
「!?」
え、強子には何も言わないの?お誘いなし?
混乱しながら彼を見続けるが、その甲斐もなく、彼はそのまま自分の席に戻っていった。
ち ょ っ と 待 て 。
上鳴はなぜ強子に声をかけない?
言っておくが、強子の顔面偏差値はそこらのアイドルに匹敵するレベルだと評されている。中学の頃なんて、学校のマドンナだとか言われちゃってたくらいだ。
強子の通っていた学校では、強子がダントツにモテていた。
強子の住んでいた地域では、強子ほどかわいい子は他にいなかった。
―――しかし、それは強子のこれまでの経験上の話だ。
現に、今はどうだ?
クラスメイト達から「かわいい女子」扱いされた覚えがあっただろうか?否だ。
クラスメイトの誰かと恋愛フラグをたてた覚えがあっただろうか?否だ!
「(なんてこった・・・!)」
唐突に、強子は自分の預金通帳をなくしたような感覚になり、青ざめた顔を両手で覆った。
自分が今まで所持していた財産が、ごっそりと消えてしまったようなものだ。自分の誇るアドバンテージが崩れ落ちていく。無くなったからといって死に直結するわけじゃないが、生きづらくなるのは確かだ。
「なぁ耳郎、今度メシ行こうぜ」
「ア・・・アンタこの流れでよく声かけられるわね」
自席に戻った上鳴が、隣の席の耳郎を誘うのが聞こえてくる。
まるで追い打ちだ。見事に強子以外の女子全員を誘いやがって。
強子はギリィと歯を食いしばった。
「(上鳴・・・お前は絶対に許さない、絶対にだ)」
とはいえ、このクラスの女子のレベルが高いのは、強子も認めざるを得ない。
もしかして雄英って、入試で顔面偏差値もみてるんじゃ?なんて疑うくらいにはみんな可愛い。
そろりと窺うように、強子は前に座る八百万のしゃんと伸びた背中を見た。
姿勢だけでなく、立ち振る舞いも上品な彼女。近くにいるだけでなんかいい匂いするし。きりっとした意志の強そうな美人顔はついつい見惚れてしまう。艶やかな黒髪のポニーテールもピョンと可愛らしく跳ねていて、自然と目で追ってしまう。それに・・・
「(・・・でかい)」
教室の窓ガラスに映る彼女を盗みみれば、横向きに彼女の姿がみえる。
横から彼女をみると、やはりその突き出た胸が視界に飛び込んでくるのだ。
・・・思考が峰田と同レベルだとか思わないでいただきたい。
強子とて、スタイルは良い方だ。胸もある。だが、彼女と比較すれば“上には上がいる”のだと認めざるを得ない。
なにも胸の話だけではない。
容姿も、頭脳も、運動神経も、個性も。
上には上がいて、その『上』とされてきた人たちが、この雄英に集まっている。そういうことなのだろう。
だって、この学校には、今までは『上』にいたはずの強子でも勝てない奴らがたくさんいる。
悔しいが・・・認めざるを得ないのだ。
強子はもう今までのように、なんでも簡単に“1番”になれるわけじゃない。
雄英(ここ)は、そんなあまいところじゃないんだ。
強子がいままで誇ってきたアドバンテージの数々は、ここでは無いものと思った方が賢い。
ゼロからはじめないといけないのだ。いや、補欠という枷があるので、マイナスからのスタートとも言える。
ガラス越しに八百万の横顔を見ながら、悟ったように強子がため息をこぼした。
すると、八百万が勢いよく後ろを振り返って、強子を見る。
「身能さん!!」
「うぇ!?」
彼女を盗みみていたのがバレた!?
これでは補欠のレッテルだけでなく、変態のレッテルまではられてしまう!
そう焦っていると、八百万は困ったように眉を下げて、視線をさまよわせた。
「その・・・帰宅される前に、少し、お時間をいただけないでしょうか」
教室を出て、ひと気のない空き教室まで連れられてくると、彼女は強子の正面に向かい合うように立った。
空き教室に呼び出しとか、最初はビビりまくってた強子だが、どうにも八百万の様子がおかしいことに気付く。
「ええと、ですね・・・その、ですね・・・」
彼女はお腹の前で両手をぎゅっと握り、気もそぞろに指先を弄っている。ちらちらと強子の顔を見ているが、なかなか話を切り出さない。
あまりにですねですねと繰り返すので、ですとDeath(死)をかけた暗号かなにかと強子が勘ぐりはじめた時だった。
「ッあなたに、謝罪をさせていただきたいのです!」
「・・・へ?」
「私は、あなたを・・・身能さんのことを、見下していましたわ!」
八百万の突然のカミングアウト。
虚を突かれた強子がぱちぱちと瞬きをしている間も、彼女はぎゅっと目を閉じて、息継ぎする間もなく告げる。
「私、あなたを誤解していました。勝手な先入観を抱いて、あなたという方を見誤っていましたの!見誤ったまま身能さんに対して失礼な態度をとっていたんです!ですから、どうか謝らせていただきたいのです!ええ、謝ったからといって私の罪がなくなるわけではないと理解していますが、それでも、どうか聞いていただけないでしょうか!?帰宅前に申し訳ありませんがそれほどお時間はとらせませんので・・・!」
「き、聞くから!だからちゃんと息継ぎをして!」
思い詰めた様子の彼女を慌てて諭せば、彼女は一つ深呼吸して、ゆっくりと語り出した。
「・・・入学初日、初めて身能さんをお見かけしたのは、爆豪さんといがみ合っている時でした。彼と対立し、教室で騒ぎ立てているあなたを見て、高校生にもなって自分を律することもできない、思慮の足りない方なのだと、そう思いましたわ」
「ぐっ・・・」
八百万の言葉が胸にぐさりと突き刺さる。
自分を律することができない、思慮が足りない・・・まったく彼女の言う通りです。
「それに、個性把握テストの時も変わらず爆豪さんに張り合おうとムキになっている姿を見て、小競り合いをしないと気が済まないような、血の気の多い方という印象を受けました」
「うっ・・・」
さらに八百万の言葉が胸に突き刺さる。
毎度、小競り合いをしないと気が済まない・・・言われてみれば確かにその通りです。
「相澤先生に“補欠入学”と言われているのを聞いて、私は納得してしまったんですの。個性は素晴らしいのに補欠になるということは、その気性の荒さか、あるいは思考力の乏しさか・・・何かしらの欠点があってのことだろうと」
「はう・・・」
八百万のストレートな言葉に、強子の心はダイレクトに傷つけられていく。
すべて彼女の言う通りのような気がします。
「それに身能さんに対して冷たく接した轟さんへ、まるで報復のように口説を述べて彼を言い負かしていましたわね。人助けはヒーローの大前提だなどと、卑怯なタイミングでおっしゃって・・・あの時は正直、轟さんに同情しましたわ」
謝罪したい、そう言ったくせに、まったく謝る気がなくないか?
それどころか強子を非難、中傷することを言われている気がするんだが。
「けれど・・・今日のヒーロー基礎学であなたを見ていて、気がついたんです。私は勘違いしていたんだって、早とちりしていたんだってことに」
「?」
不安げに首を傾げる強子に、八百万はニコッと笑顔を見せた。
「身能さんに思慮が足りないはずがありませんわ!あの戦闘訓練での一つ一つのやり取り、思慮深くないと出来ないものでしたから。それに自分を律することができない人なら、轟さん達を相手に一人で立ち向かうなんて出来ず、恐怖ゆえに降伏していたと思いますわ」
八百万からの評価に、言葉を失う。
降伏するなんて発想は強子の中になかったが、彼女がそう言うなら、強子の行動は勇敢なものだったのかもしれない。
「そして訓練後に、葉隠さんや尾白さんの凍らされた足を気にかける身能さんを見て、私はようやく考えを改めたんですの。あなたが本当は心優しい、ヒーローの適性をもった方なのだと・・・」
自嘲気味に笑みをこぼすと、八百万は瞼を伏せた。
「考えてみれば、他者と競り合ってでも上を目指すなんて、トップヒーローを目指すものなら当然のこと。思慮が足りていないのは、私の方でしたわ。身能さんは最初からそれをわかった上で、自分を鼓舞するため爆豪さんと張り合っていたのですわね」
「え、いや・・・うん、そうかな?」
若干、強子を買いかぶっている感が否めないが、とりあえず肯定しておく。
「轟さんに口説を述べていたのも、今なら身能さんの真意を理解できますわ!彼をクラスから孤立させないためですね!?彼のため、果ては1−Aクラス全体を思っての行いなのでしょう?」
「えー、まぁ・・・そういう面もあった、かも?」
「やはり!そうでしたのね!クラスメイトとの協調は必要不可欠ですもの!それを級友として指摘するなんて、人格者でないととてもできませんわ!!」
なんだか予期せぬ方向に、八百万の中で強子の人格が作り上げられていく。
どうしたものか、そう考え始めたところで八百万が強子の手をとった。
「!」
「あなたの表面だけを見てあなたを評価したこと、改めて謝らせてください。それから“補欠入学”という肩書きだけであなたを判断してしまったこと、心よりお詫び申し上げますわ」
深々と頭を下げた彼女に、今度は強子が挙動不審に口ごもる。
「や、いやっ、八百万さんはあながち間違ってないっていうか、むしろ的確すぎるというか、えっと、その・・・あああ、頭をあげてっ!?」
「・・・都合がいいことを言っているのは百も承知ですが、もし赦していただけるのでしたら、」
八百万はゆっくりと頭を上げると、恐るおそると強子の顔色をうかがう。
「・・・私と、仲良くしていただけませんか?」
「へ!?」
目玉がこぼれそうなほどに目を見開いて、もじもじしている彼女を見つめる。
「身能さんの考え方も、発言も、行動も、戦い方も・・・どれも私には思いつきもしないもので、刺激を受けてばかりです。こういうのを“人によって磨かれる”と言うのでしょう?」
ただ轟と仲良くなりたくて述べた口説を持ちだされ、内心どきりとする。
しかしそれ以上に、恥ずかしそうに頬を染めて語る彼女のあまりの可愛さに、ドキドキしてしまう。
「でしたら、私は身能さんともっと関わって、あなたからもっとたくさんのことを得たいんですの。正直いうと、今は・・・身能さんと楽しそうに話していらした轟さんのことを、羨ましいとすら感じていましたの」
「・・・っ」
なんだそれ。
先ほどの反省会で強子が轟と話していた時、八百万から何のリアクションもなかったので、話を聞いてすらいないだろうと思っていたのに。
実は強子たちの話を聞いていて、そんなことを思ってくれていたなんて・・・!感極まるあまり、うまく言葉が出なかった。
なので言葉の代わりに、強子は八百万の手を強く握り返す。
「!」
「私もね、八百万さんの考え方とか、行動とか・・・まったく想像もつかないことばっかりで、ほんと驚かされてるの」
この数分だけでも、彼女にどれだけ驚かされたかわからない。
「だからね、私たち・・・ぜったい、最高の友達になれると思うんだ!」
ハッとして、八百万が肩を揺らした。
強子は、彼女が思うような立派な人間ではないと思うが、彼女が強子に伸ばしてくれたこの手を、掴まずにはいられない。
「改めてこれからよろしくね・・・百ちゃん」
強子がくしゃりと笑うと、彼女は目を見張ったあと、嬉しそうに目を細めて笑い返した。それは、前に彼女が見せた作り笑顔ではなく、彼女の心からの笑み。
「ええ!こちらこそ、ですわ!強子さん!」
雄英での高校生活。
マイナスからのスタートになってしまったが、これも案外悪くない。
このスタートラインだからこそ見えた景色もある。
いいじゃないか、今まで通りじゃなくたって。今までのようになんでも簡単に一番をとれてしまう環境じゃなくたって。
高いハードルを越えてこそ、その“一番”は価値あるものになるはずだから。
誰よりもスタート位置の低い強子が“一番”になったら、きっとそこから見える景色は、他の誰が見るより、格別に素晴らしいものになるのだろう。
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超優秀な人たちの集まる雄英高校。
爆豪しかり、ヤオモモしかり・・・これまでの人生「他の誰より優秀」ともてはやされてきた人たちが集まっているんでしょう。
そこで初めて自分よりすごい人と出会って、挫折を味わったり、自信喪失したり、ライバルと呼べる存在ができたりするんだろうな、と。
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[mokuji]
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