クラスメイト
教室に戻って、みんなで戦闘訓練の反省会をしようということになった。
保健室に行っている緑谷は不在だが、各々が訓練で感じたことを互いに意見しはじめていた。
「轟のところの対戦すごかったよなぁ！」
「ねっ！氷がビルをまるごと、ズガーンって！」
切島や芦戸が中心になり、テンポよく話題が繰り広げられる中、轟の名前があがるとみんな一斉にうんうんと頷いた。
「一戦目の爆豪ＶＳ緑谷もアツかったけどよ、二戦目もなかなかの激戦だったな！」
「お前はいいよなー、ほぼ満点だろ？反省点なくて」
その二戦目で見事に勝利をおさめた轟を見やり、瀬呂が肩をすくめた。
講評でオールマイトが言っていたことを思い出す。
彼が初めに放った氷の奇襲は、仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えないまま、敵を弱体化させるという、最強の一手だと。
さらに言えば、その一手で勝利を過信せず、奇襲を回避した相手への対策を練っていたこと、そしてその相手との戦闘に関しても、高評価を得ていた。
「そんなことねェよ。人質や第三者がいない前提での戦法だったし･･･」
轟が伏し目がちに答えた。
周りから見れば完全無欠なようにも思えたが、当の本人は慢心せず、さらなる向上心を燃やしている。その姿勢には感心せざるを得ない。
「･･･いや、今回の実践訓練、間違いなく轟がＭＶＰだったぜ」
やけに真剣な表情で重々しく言い放ったのは、峰田だ。
その様子に、誰もが峰田の言葉の続きを待つ。
彼はなにを思って轟を称えているのか。もしかして、他の誰もが気付いていない『何か』に気づいたりしたのだろうか？
「だってよぉ･･･対戦相手の一人は素っ裸で、足を固定されて無防備な状態の女子だったんだぜ！？透明でみえないとはいえ、夢のようなシチュエーションだろ！おまけに身能に馬乗りされるとか、最高かよっ！俺も身能に押し倒されてぇ！」
教室にいる全員の動きが固まった。
峰田のこの発言によって、彼の人となりがクラスに露呈した瞬間であった。
「なぁ轟、どうだった！？身能に尻を押しつけられた感想はよぉ！くそう、せめて尾白のポジションにいたかったぜ」
「峰田ちゃん、最低ね」
蛙吹の言葉に、心の中で誰もが同意した。
「二戦目の感想ということなら･･･強子ちゃんの戦いっぷりもすごかったわ」
唐突にくるりと強子の方に顔を向け、蛙吹が強子に笑いかけた。
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「！」
雄英に入って言われてみたいセリフランキングなら、トップ５に入るだろう言葉だ。
ぱぁっと強子の顔に笑顔が広がる。
「うん！！よろしくね、梅雨ちゃん！」
蛙吹と強子の会話を皮切りに、他のクラスメイトも名乗りあいつつ、話題が強子へとシフトしていく。
「身能、轟と互角によく戦ったよな！」
「個性把握テストの時も思ったけど、身能の強パワーは活躍の幅が広そう！」
「あの一撃目の氷を避けれる反応速度がすげぇわ」
「･･･私、避けられなかったよ」
「･･･俺も」
チームを組んでいた葉隠と尾白が落ち込むのを見て、強子は困ったような笑みを浮かべた。
「実を言うとアレ、自分でもよく避けられたなと思ったよ。まあ奇跡みたいなもんだね」
あの初見殺しの攻撃は、知らなかったら避けられなかっただろう。強子はあの攻撃がくると警戒していたからこそ、避けられた。まあ、前世のヒロアカ知識があったことから生じた反則みたいなものだ。
「つーかさ、轟と１対１でやりあってた時、お前すげえ動きしてたよな！？」
「身能が補欠入学とかマジかよ？ぶっちゃけ俺らより戦えんじゃね？」
「え、そ、そうかなぁ･･･！？」
これまで一線引いていたようなクラスメイト達が強子を囲み、訓練での戦いぶりを褒めている。強子の実力をみてもらえた、認めてもらえた。補欠のレッテルを覆すような活躍を、彼らに見せることが出来た。
強子が対等なクラスメイトとして受け入れられたのだと、彼らをまとう空気から伝わってくる。
こんなの嬉しすぎて、口元の筋肉が緩んでしまうじゃないか。勝手に目尻が下がって、ほわほわと頬に熱がこもっていく。
慌てて強子は両手のひらを自分の頬にあてて取り繕おうとしたが、どうやら遅かったらしい。周りのみんなの強子を見る目が、なんとも生温かいものに変わっていた。
「･･･身能、」
名前を呼んだのは、轟だった。
強子は少し身構えると、彼へと向き直った。
「お前、なんか武術でもやってるのか？」
きょとん、と彼を見つめる。
馴れ合いは「必要最低限に」とか言っておきながら、意外と、普通に自分から話題をふってきた。
ほんの少しでも、強子に興味を持ってくれたのか？なんて、都合よすぎる考えだろうけど。強子は満面の笑みを浮かべると、彼の問いに正直に答えた。
「いや、全然」
「え、そうなの！？」
これまた意外にも、一番に反応をしたのは尾白だった。
どうやら彼は、武術に多少の造詣があるらしい。
「身能さんのあの動き、拳法とか柔術とかキックボクシングとか、いろんな武術に精通する動きだった･･･だから色々やってるのかと思ったんだけど、違うの？」
「い、いやいや！そんな大層なもんじゃなくてねっ」
どうしよう。
言うか？言うのか、ここで？
本当のことを言うか言うまいか悩んでいると、轟が瞬きもせずじっと強子を見つめていることに気づく。これは、彼の納得する答えを告げるまで強子のターンは終わらなさそうだ。
「･･･見よう見まねなの」
「「「･･･は？」」」
彼女の言葉の意味を理解できず、全員が同時に聞き返す。
「だからっ、見よう見まね！テレビで観るプロヒーローの活躍とか、バトルアニメの戦闘シーンとか、格闘ゲームのキャラの動きとか･･･そういうのを真似してやってたの！！」
ようするに、詳しい知識もなく、イメージで適当にやっているということだ。
開いた口が塞がらないとは、こういうことを言うのだろう。１−Ａのクラスメイト達は、誰もが強子を見て固まってしまった。
なかでも轟は、見よう見まねのなんちゃって武術によって組み敷かれたこともあり、特に困惑しているようだった。普段のクールな表情が崩れてしまっている。
だから言いたくなかったのだ。独学のなんちゃって武術とか、カッコつかなさすぎだろ。
教室が妙な沈黙に包まれたところで、誰かがイスを引いて立ち上がる音がした。
その音につられてそちらを見ると、爆豪が帰宅しようと荷物をひっつかんでいる。
「あ、おい！爆豪、帰るのか！？」
「お前も反省会してこうぜ？もうすぐ緑谷も保健室から帰ってくるだろうしさ！」
みんなで彼を引き留めようとするも、爆豪は何も言わないまま、教室から出ていってしまった。
「･･･アレ、あんたは止めなくていいの？」
彼と強子が親しいと思っている耳郎がこそっと強子に耳打ちしてきた。
逡巡した後、緩慢とした動作で頷く。
今の彼に声をかけるべきなのは、強子じゃない。ここは強子の出ていい幕じゃない。
「おお緑谷きた！！おつかれ！！」
爆豪が出ていってから少し経った頃。
保健室に行っていた緑谷が戻ってくると、再び教室に喧噪が戻ってきた。
緑谷は騒々しいクラスメイト達に囲まれるも、爆豪が少し前に帰ったことを聞くと、すぐに教室を飛び出していった。
それを自席から遠目に見て、強子はぼんやりと考えに耽る。
このあと彼は、爆豪の元へと向かうのだろう。
今日の実践演習で轟や八百万という優秀な人達を見て、自分よりも“上”の存在がいることを認識した爆豪。
彼にとって、きっと今日という日は一つの受難だったに違いない。同時に、今日という日は、その受難を超えるためのスタートラインでもあるのだ。
ふと、強子のすぐ近くの席から、未だに強子をじっとりと見ている轟の存在に気付き、びくりと肩をふるわせた。
「な、なに？」
「･･･お前、“人助け”なんて必要ないんじゃねぇか？」
「え？」
「補欠だから、みんなに追いつくために仲良くしろっつってたが、そんなことしなくても、お前には十分に力があるように感じた」
ああ、強子の持論“人は人によって磨かれる”説のことを言っているのだろう。
補欠だからみんなとの触れ合いが欲しいと言った強子だが、その必要はないのではと、彼は言いたいらしい。
「補欠だっつうからどんな劣等生なのかと思ってたけど、ちゃんと戦えるじゃねーか」
彼の問いも、もっともだと思う。
強子だって、実際のところ、轟と仲良くしないとクラスメイト達に追いつけないとは思っていない。大半のクラスメイトとは、実力差がそんなにあると思っていない。
轟に言ったあの持論は、彼を丸め込むための口上にすぎないのだ。だって、
「轟くんと話してみたかったからね」
ただ単に、強子が轟ともっと話したかった。仲良くなりたかった。
強子を相手にしてくれない轟に食い下がり、妙な持論まで持ち出してきた理由なんて、そんなものだった。
耳郎にはまた笑われそうだが、結局のところ強子は、轟にかまってほしかっただけなのだ。
しかし、強子の返答に納得がいかないのか、轟は勘ぐるような視線を向けたまま黙り込んでいる。
哀しいかな、強子の信用度はゼロである。
「それにさ、あー･･･こんなこと相澤先生に聞かれたら怒られそうだけど、」
「？」
強子が思い出したように肩をゆらして笑いだしたので、轟の顔はさらに訝しげな表情になる。
「楽しかったよね、戦闘訓練！」
あの、一瞬一瞬のやりとり。
一つでも選択を誤れば、即座に敗北に繋がるという緊迫した状況。
一つの挙動で、自分のすべてを最大限にぶつけていくその応酬。
自身の全力をためせるという期待感と。
自身の全力、その無限の可能性に気付いた高揚感と。
自身の全力でも倒れない相手、実力の均衡した相手がいるという焦燥感。
五感が研ぎ澄まされ、思考はかつてないほどにクリア。
どうしようもなくワクワクしてじっとしてられない、血が沸いてくる――そんな表現がしっくりくる状態だった。
「きっと、相手が轟くんだったからだと思う。轟くんとだから、学ぶところがたくさんあったし、省みるところにたくさん気づけた。でもそれ以上に、轟くんとだから･･･楽しかった」
心からの言葉を正直に伝える。
彼が“強い”と知っていたからこそ心が躍ったし、そんな彼とそれなりにいい勝負ができたことが嬉しかった。思い返せば、彼との戦いは、楽しかったんだ。
相澤あたりに聞かれたら、そんな腹づもりでどうのこうのと叱られそうだが、楽しいと感じたことは覆しようのない事実だ。
「だからね、やっぱり轟くんともっと仲良くなりたいって思う。それに、轟くんも･･･楽しくなかった？」
どこか確信をもった顔で、彼に問い返す。
強子の勝手な思い込みかもしれないが、強子と戦っている間の彼は、どこか生き生きとした眼をしていたように見えた。
きっと彼も強子と同じように、あのひと時を楽しんでいたはず。
そりゃ、訓練開始の数秒後には、一撃で敵全員を行動不能にしてハイ終わり！って･･･それじゃあつまらないだろう。
レベルが違いすぎて、それでは戦闘というより、ただの作業にすぎない。
だから、強子が多少の抵抗をみせたことで、彼も少しは“戦闘”を味わえたのではないか？彼の戦闘訓練が、少しは実りあるものになったのではないか？
そして強子と同じように、楽しいという感覚になったのではないか？
そうだったなら、きっと轟と強子は友達になれる。これから、いい関係を築いていけるはずだ。
「･･･楽しくねぇよ」
「え、」
予想していなかった言葉に、強子は笑顔のまま固まった。
轟は彼女を睨んで、再び口を開いた。
「楽しいわけねぇだろ」
低い声でそう吐き捨てると、轟は荷物をもって立ち上がり、そのまま教室を出ていってしまった。
「え、え〜･･･？」
轟の去っていった方を呆然と見ながら、うしろ頭をかいた。
身能強子の経験上、「君と仲良くしたい」とか「君といると楽しい」などと甘いことを言えば、男女とわず大抵の人間は、二つ返事で必ず強子を受け入れてきた。
こんなにもきっぱりと、迷いなく、ばっさりと断ってきた相手は初めてだ。
「（え、ご都合主義は？夢主補正は･･･どこに？）」
ご都合主義なら、轟は満更でもない顔で「しょうがねえから仲良くしてやるよ」みたいなことを言っててもいいはずだ。
夢小説なら、ここで恋愛フラグがたっていてもいいはずだ。
だが現実は相も変わらず、轟に強子を相手にしてやる気は毛頭ないようで。
強子はこの現状を、心中で盛大に嘆いた。
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そう簡単に、ウハウハな展開になれると思うなよ？その前に（管理人が）夢主をたっぷり可愛がってやるんだからさ！（黒笑）
でも、クラスメイトとはだいぶ馴染んできました！良かった･･･！
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