バーテンの綺麗な大学生くん
「彼女いるんで、ごめんなさい」
そんな一言に俺はカクテルを吹き出した。
一緒に居たともだちが周りに失礼しましたと謝りながら、じぶんのおしぼりでテーブルを拭く。
「大丈夫ですか?」
さっきまで他の客の相手をしていた、彼女持ちだというバーの店員が真っ白なタオルを数枚持ってきてくれた。
これまたともだちが大丈夫ですありがとうございますとタオルを受け取っておれの惚けた顔面にタオルをぶつける。ビターン!とビンタされるようにぶつけられて、やっと意識が回復した。
「ここはどこ」なんて咄嗟にでたことばにともだちはゲイバーだと答えてくれる。
そうだよ、ゲイバーなんだよ。
目の前の綺麗な顔したバーテンさんが、首をかしげてにっこりと笑った。
「お兄さん、彼女持ちなの?」
ゲイじゃないの。なんて、聞くのがなんだか失礼な気がしてそう問う。
「はい。同じ大学にとびきり可愛い彼女が」
右耳にかけた横髪が妙にえろい、ひとつだけ空いてるピアスが更にえろい。
このひと狙いの客なんてごまんといて、それをどうやってあしらっているのか今日初めて分かった気がする。彼女。そう、ゲイにとって女という存在はタブーというか。どうしたって勝てっこないじゃないかと、彼女持ちなんかに惚れたら一生の終わりだ。片思いか、良くてセフレ。
てか、このひと大学生なんだ。
「なに、お前こいつのことタイプだったの?」
この店だけのともだちは、俺の挙動不審さを見かねてそう言う。
タイプっていうか、なんで彼女持ちのやつなんかがこの店にいるんだよ…的な。ああ、せっかく忘れかけていたことがぷかぷかと浮かんできた。
「元彼のこと思い出しちゃった…」
ああ。となにか悟ったように首を縦にふるともだち。
バーテンのお兄さんは、ちょっと困った顔で俺たちを見ていたから「大丈夫です」と手を振るともだち。お仕事があるようで、ではと小さく頭をさげたお兄さんの後ろ姿が元彼にしかみえなくなった。
すこししか残ってない手元のカクテルを一気に煽る。
「なんだったっけ、元彼さん。彼女がいる人だったんだっけ」
彼女いる人だったっていうか、彼女いたのを知ったのは付き合って半年してからなんだけど。
しかも付き合ってたと思ってたのは俺だけっていうね、あっちは興味本位で男とやってただけ。おれじゃなくても良かったんだろう。本命は向こうと言われるより、当たり前のように最後に選ぶのは女だろと言われたことが酷く刺さった。そんなお付き合い。
そりゃそうだ。男じゃないと駄目な俺とは違って、女を選べるならそれに越したことはない……。
「うっ…もうだめ……」
「あーあー。これじゃ一か月前に逆戻りだな」
酔いも混じり、カウンターに伏せって泣き上戸になる。
どうせどうせ、そんな言葉しかでてこなくて今この感覚が一番嫌い。
だれも責められないし、じぶんを責めたところでゲイなのがどうにかなるわけじゃない。
女の子好きになる努力したけど、そもそも男ですら好きになるのって時と場合と色んなものがピッタリ来た時なんだし、難しすぎる。
まえの彼氏を忘れたいからって、ゲイバーなんかに来るんじゃなかった。
コトン、マグカップが置かれる。
湯気のたつそれからする甘い香りに、伏せっていた顔をあげた。
なみだが数滴頬をつたっていくのも気にせず、カウンターの向こうのお兄さんをみる。
「ココア、落ち着きますよ」
おれは懲りない人種なのかもしれない。
せっかくゲイバーというところに来たのに、神様が意地悪くも彼女持ちの綺麗なバーテンさんなんかに会わせるから。
となりであちゃあ…と眉間を押さえるともだちは、おれの無残な未来でもみえたかもしれない。
「ありがとう…」
「店長には秘密でお願いします」
じゃあ連絡先教えてください。
死ぬ気でとどめたことばを吐き出したくて言葉を詰まらせていると、横からまたタオルでぶたれた。本日二度目のタオルビンタに、こんなに感謝するとは思ってもいなかった。
(頬が赤いのはビンタのせい)
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